タイトル:【Re】Kの刺客マスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/06/02 13:44

●オープニング本文


 篭城とは後手である。
 打開の策なしに行うのは愚策であり、手足を出さない亀は煮られても焼かれても文句は言えない。
「篭城していてはこの国は持ちません」
 ベネズエラの会議場のKはバグアを見回しながら言い含めるように告げる。
「既に生産力はUPCが上回っており、早ければ来月にも彼らに倍する戦力が用意できるだろう」
 マナウスの会議場のコルテス准将はその外見に似合わぬ落ち着いた声で整然と語る。
 遠い2人の人物の会話は、期せず同期する。
 どちらも状況を正しく把握するがゆえに、同じ結論に至る。
「「であるからこそ、我々が今‥‥」」
 為すべきは、恐れるべきは。
 2人の指揮官は同じ言葉を放つ。
 詳細を聞いたバグア・人類双方の将達は一斉に行動を開始した。



 ガイアナ協同共和国首都ジョージタウンの近郊、UPC南中央軍陸軍基地。
 木造建築の多い古風な街並みの側に、ベネズエラ侵攻部隊を駐留している。
 総数100を越えるKVが召集され、戦車や戦闘ヘリの数はそれ以上という大部隊だった。
 精鋭を率いるニコラ・シュミット大尉もこの地に参集し、攻撃開始の合図を待っていた。
 そんな折の4月下旬のことである。
 傭兵になる、そう言って軍を辞めたミラベル・キングスレー(gz0366)元中尉は‥‥。
「やっほー、元気してた?」
 と、気楽な風情で帰ってきた。
 服装は堅苦しい軍服でなくジャケットにタンクトップにジーパンというラフな私服を着ている。
 元上司であるニコラ大尉は最初呆気にとられ、なんと声をかけたらいいのかわからないまま彼女の顔を見つめていた。
「‥‥私の顔、なんかついてる?」
「いや、驚いただけだよ」
 怪訝な顔をするミラベルに、ニコラはやわらかい微笑で答える。
 この可能性がなかったわけではない。
 元々がコルテス准将やボリス大佐――両名ともこれまでの功績でつい最近昇進した――と懇意にしているエースパイロットだ。
 機密に触れる機会は皆無となったが、戦場を読む力には長けている。
 仕事を探して元上司を訪ねるぐらいはするだろう。
「今日はどうした?」
「依頼よ。仕事の」
 ミラベルの何気ない一言に、ニコラは僅かに眉根を寄せる。
 ニコラは内容を知っていた。その依頼の内容を討議する際に会議に参加していたから当然の話である。
 まさかそれを、彼女が受けるとは思わなかった。
「危険な仕事だぞ」
 ミラベルは一瞬ほうけたような顔をしたが、すぐに意味に気づいて小さく噴き出した。
「何を言ってるのか理解できません。ニコラ大尉の下に居た時のほうがずっと危なかったです」
 ミラベルは真面目くさってそんな風に言う。
 何事かを言い返そうとしたニコラだが、彼女と組んで以降は激務が多く反論は出来なかった。
 代わりに諦めたように苦笑して肩をすくめた。



 南中央軍にとってのベネズエラ攻略は、南アメリカ大陸開放のために必要な悲願でもあったが、
 同時に戦力の充実した彼らにとっては消化試合という面も強くあった。
 オーストラリア方面やアフリカ方面からの圧力が薄れ、且つ北米から南米へのバグアの支援も滞りがちになりつつある現在、
 既に南中央軍を阻む者はなく、オーストラリア軍の合流を迎撃したことによって勝利は確実なものと思えるようになった。
 しかし‥‥。
「‥‥暗殺?」
「暗殺に限らないが、効果的で且つこれ以上ないぐらい面倒な手段だ」
 ミラベル含む集まった傭兵達を前に、ニコラは広げた基地の地図に小さなピンを撒いていく。
 ピンの一つ一つが色と個数で事件の内容と数を表していた。
 数が増えるにつれてミラベルの視線は険しくなる。ニコラが用意した目印の数は尋常な数ではなかった。
「これがここ一ヶ月の事件だ」
「酷いわね」
 基本的には破壊工作が主であるが中には佐官や尉官の暗殺も混じっている。
 あまりの量に辟易としながらもふと、ミラベルは小さな疑問を懐いた。
 ニコラはその表情を見て、小さく笑みを作った。
「南米バグア軍には‥‥」
「こんな小細工をする司令官はもう居ないはず」
「そういうことだ」
 ニコラはリストの書かれたA4の用紙を地図の真ん中に置いた。
 ベネズエラのバグア司令官の一覧表である。
 通常バグアは自己顕示欲の塊で、高位のものになるほど自分の存在のアピールに余念が無い。
 普段の通信の情報を集めるだけでもバグアの司令官の性格と名前は大よそ判明するのだ。
 写真まで添付できるかは諜報部の働き次第だが、この場では必要ないだろう。
「コルテス准将の指示で備えはしてあったが、正直士官の誰もが驚いている」
 南米に該当者が居ないのならグローリーグリムの時のように北米からの援軍もありえるが、そこまで範囲を広げても該当する固体は見当たらない。
 南米バグア軍を指揮できるだけの強さ・階級を持つ個体がそもそも稀なのだ。
 過去にそういう指揮官も居なくはなかったが、それも過去の話でしかない。
「誰かは知らんが、こういう事を思いつくやつがベネズエラに居る。それは確実だ。‥‥さて、現状の説明はここまでにして本題に移ろう」
 ニコラは上座の席に腰を下ろし、傭兵達にも席につくように促した。
「ミラベル、ボリス・エストラーダ大佐は知っているな」
「眼鏡のほっそい髑髏みたいな顔の‥‥」
 ニコラは吹き出しながらもミラベルを手で制した。
「コルテス准将の片腕と言われる人物だ。特に防戦をさせれば右に出るものは居ないとまで言われている。
 そのボリス大佐が3日後正午、この駐屯地に赴任してくる。以後はしばらくこの基地で問題解決に尽力されるのだが‥‥」
 傭兵達には各自にボリス大佐の詳細な資料と写真が手渡された。
 ミラベルはおざなりにぱらぱらとめくるだけで閉じる。
 確かに、ミラベルの言うとおりの外見だと傭兵の半分がそう思った。
「わかりやすく言おう。これは罠だ。この大佐を殺せば軍の動きは止まる。バグアも相当な無理をして戦力を集めるだろう。
 この基地で今走り回っているネズミなどは真っ先に召集されるだろうな」
 ニコラの声に一同の空気が引き締まった。危険な依頼、と最初に断るはずである。
「既にこの話は、噂に乗ってジョージタウンの駐留軍も知っている。当然、スパイの誰かには届いているだろう。
 君達には今日から3日、動きが活発になるネズミの掃除と、その後の護衛をしてもらう」
 ニコラは席に座ったまま動かない。
 彼の視線は眼鏡にさえぎられて見えなかった。
「極秘の任務だ。くれぐれも慎重に頼む」
 その言葉と共にカーテンが開けられ、太陽の眩しい光が室内を満たした。

●参加者一覧

鷹代 由稀(ga1601
27歳・♀・JG
錦織・長郎(ga8268
35歳・♂・DF
ウラキ(gb4922
25歳・♂・JG
天原大地(gb5927
24歳・♂・AA
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER
追儺(gc5241
24歳・♂・PN
フール・エイプリル(gc6965
27歳・♀・EL
マキナ・ベルヴェルク(gc8468
14歳・♀・AA

●リプレイ本文

 感情は伝播しやすい。共通の不安となればなおさらだろう。
 警戒は密に組まれていたが、強化人間となれば単身での工作に向くため、
 一般の兵士であれば濃密な死の恐怖と向き合うことにもなる。
 ここ一ヶ月の破壊工作は兵士達の心身を病みつつあった。
 バグアの策略は既に成功を収めつつある。
 そして今日も夜陰に紛れ、黒い影が暗躍する。
 基地へと赴任予定となっている大佐を葬るために、万全の罠を敷く。
 大佐が使用予定の執務室についた侵入者は、手持ちの道具で窓を開けて中に侵入しようとして‥‥。
「やっぱりきたな」
「!!」
 突如としてカーテンが開かれ、一人の男が姿を現す。
 闇の中で男の瞳が紅く光り、その頬を蔦のトライバルが徐々に這い上がっていく。
 隠密潜行で伏せていたウラキ(gb4922)だ。
 作戦失敗を悟った侵入者は身を翻して逃走しようとするが、屋上からの銃撃を受け足をもつれさせた。
「くっくっくっ‥‥。目立つエサを使った甲斐があったというものだね」
 撃ったのは錦織・長郎(ga8268)だ。
 伏せていたのは彼だけではない。
 建物の陰から春夏秋冬 立花(gc3009)とマキナ・ベルヴェルク(gc8468)も姿を現す。
 立花は機械刀を抜き、倒れこんだ侵入者の近くの地面を薙いだ。
「抵抗しないでくださいね。これ以上は気が進みません」
 立花は構えるだけでレーザー発振部は相手を向いていない。
 そんな立花の態度にマキナは苛立ちを露にした。
 刀を抜き、立花に見せ付けるように侵入者の手の甲を地面に縫いとめる。
 たまらず苦悶の声が漏れた。
「マキナさん!」
「なんですか‥‥?」
 抗議の目に敵意をぶつけ返すマキナ。にらみ合ったのは数秒。
 見かねてウラキが間に入った。
「そこまでだ、2人とも」
 表情は暗くて良く見えないが、無表情のままのようにも見える。
 怒りか、或いは‥‥。
 目を覗き込んだ立花はその視線に背筋を震わせた。
「任務に集中しろ。俺達の成果次第では決着がつきかねない」
 ウラキの手には輪胴式の拳銃。その弾倉を弄ぶようにくるくるとまわしている。
 下りてきた錦織はその気配に気づくが、肩をすくめるのみだった。
「では尋問を始めよう。なに、君のこころがけ次第ではマシな扱いになるだろう。くっくっくっ」
 そう言うと錦織はウラキに目配せをする。
 ウラキは無言で、侵入者の顔を思い切り蹴り飛ばした。



 傭兵のスパイ探しは概ね上手く行っていた。
 狙う先が分かれば仕掛ける側の頭で探せば良い。
 その視点から狙撃に適した地点での潜伏、スケジュールのデータへのアクセスの監視、
 出入りの多い業者の洗い直しなどを徹底的に行った。
 結果、街に潜伏する者の捜索までは手が回らなかったものの、内部に潜む洗脳スパイの活動は大幅に減少した。
 街の側も昨晩の尋問を元に錦織とウラキが調査に向かっており、じきに結果が出る。
 昨晩の捕り物の現場に関してはフール・エイプリル(gc6965)が調査に向かっているが、
 再確認のためのダメ押しに近い調査であるから結果は変わらないだろう。
 鷹代 由稀(ga1601)は仲間のことを思い、兵舎の窓から空を見つめる。
 彼女は手元に視線を戻し、表情を変えぬままぼそりと呟いた。
「大地」
「何だよ?」
「後悔してない?」
「‥‥少ししてる」
 天原大地(gb5927)は似たような表情で苦い顔をする。
 机の上には資料の山。全て人事に関係する書類だ。
 全てがコピー品で閲覧制限もあり黒く塗りつぶされている部分もあるが、それが優に数千部。
 全て天原と追儺(gc5241)が申請したものだ。
 昼間は護衛対象もなく、人の目が多く調査に向かないため資料を調べることになったのだが、
 流石にそこそこの規模の軍事基地だった。
 ちなみにウラキもこの手の資料を申請はしたが、あたりをつけて数枚確認するにとどめていた。
「小さい基地だからって甘く見すぎよ。それでも大分削ったんだから」
 ミラベル・キングスレー(gz0366)は怒っているのか笑っているのか、どちらともとれない表情をしていた。
 彼女の足元には紙束を満載して台車が置かれている。中身はまだ見ていない。
「助かる」
 追儺は短く礼を言うと台車から紙束をおろしていく。
 簡単に仕分けも済ませると、無慈悲な動作で天原の目の前の机に置いた。
「うげっ」
「自分で言った事の責任は取らないとな」
「わかってるよ」
 大地がやけくそで叫ぶのを見届けると、追儺はニヤリと笑みを浮かべた。
 地道でともすれば無駄にも思える作業だが、こちらもこちらで確かに成果を挙げていた。
 ミラベルの言うとおり、関係する人員は多く実際に調査するには数が多過ぎる。
 その手間を書類の精査で大幅に削減したのだから十分ともいえるだろう。
 漫然と調べれば成果の上がらない作業ではあるが、最初からこれと決めて探している分効率も良い。
 彼らにその成果の実感があるかどうかを、別にすればの話ではあるが。
 ミラベルは喘ぎながらも手を止めない彼らに笑みを送ると、くるりと軽い足取りで退室していった。
 仕事に向かう彼女の背を、天原は視線の端で見ていた。
(表情、ちっとは明るくなったか。‥‥安心したわ)
 思ったことは口には出さない。
「‥‥大地」
「何だよ?」
「後悔してない?」
 鷹代の問いは先程と同じ言葉。だがそのニュアンスが違うことは、天原には容易に聞き取れた。
「‥‥してねえよ」
 選んだ事に後悔はない。けれでも、裏切りに対する負い目はある。
 彼女がそうと感じているかはわからない。
 いや、彼女の性格なら気にはしないだろう。
 人の気持ちが移ろうことを良く知っている。
 それでも天原には、はいそうですかと約束を忘れることはできなかった。
 律儀なのか真面目なのか、それともただの意地なのか。
 天原は視線を鷹代に移す。表情には勢いがない。
 彼女も自分と同じく、心に何かを抱えてこの場に来たのだろうと、それだけ察する事ができた。
「やれやれ‥‥ブザマなモンだ」
 意味を察したのか、鷹代は苦笑する。
「自分で言った事の責任は取らないとな」
 追儺の言葉にはっと顔を見る。それは手が止まった天原への叱責ではなかった。
「まったくだ」
 苦いような清々しいような。何とも言えない笑みを交し合う。
 そうこうしていると丁度エイプリルが戻ってきた。
「確認終わりました。‥‥どうかしました?」
「別に何も」
 怪訝な声のエイプリルに笑いを残しながらも追儺が答える。
 エイプリルは納得できないまま首を傾げていた。



 3日はあっと言う間に過ぎた。
 敵の動きが大きい分収穫も少なくなかったが、強化人間を押さえつけるのは楽な仕事ではなかった。
 ボリス大佐が到着して以降は警備の任に就く者と正式に合流し、主として暗殺への警戒にシフトしていった。
 大佐の側には立花、ミラベルを残し、多くの傭兵はその周囲に散らばった。
 鷹代はマキナと組んで移動経路を狙撃可能な施設屋上などを回っていた。
 一通りの警戒を終え、2人が大佐の周りに戻ってきた頃、鷹代はマキナの視線が一箇所に注がれていることに気づいた。
「どうかした?」
「いえ‥‥」
 マキナの視線の先にはミラベルが居た。
 そういえばと思い出す、彼女の視線は初日から機が有れば彼女を追っていた。
「女性的ですね。蓮葉と言うのは否定出来ないが、割り切りが上手いと言うか」
 憂い人だ。そして故にこそ愛い。そうマキナは評する。
 鷹代の持ち合わせる感情とは少々趣の違う感想だが、半分ぐらいまでは同意できる内容だった。
「年上なのに、同性なのに。抱きしめたくなってしまう。そんな人ですね」
「わかってるじゃない。そう思うなら口説いてみる?」
「‥‥いえ、遠慮します」
 口説くのは良いが、目の前の先輩を始めライバルが多いのは知ってる。
 突撃の宣言をしてライバル認定されるのは流石に躊躇われた。
 鷹代自身と衝突したくないという気持ちもある。
 煙草をふかす彼女の姿や雰囲気、匂いは、遠く懐かしい記憶を思い出させてくれる。
 彼女も、側に居るのが心地よい人間だ。
 更に付け加えるなら、マキナにはそれ以上の懸念事項があった。
 視線を移せばもう一人の護衛が目に入った。
 ローテーションで大佐の近くに控えた立花は周囲を見渡していた。
 ウラキや錦織の情報に寄れば、自爆テロに向いた強化人間があと何人か残っているらしい。
 探査の眼を使い、必死に不審者を洗い出す。しかし‥‥。
(わからない。誰も彼も怪しく見える)
 何をもって不審とするのか、立花はその想定を甘く見積もりすぎていた。
 ここは軍施設、武器を持つのも帽子やコートを着るのも珍しいことでなく、
 画一的な服装と画一的な動きさえしていれば紛れ込むのは容易だ。
 そして、最悪の場合バグア側はナイフ一本、腹に仕込んだ爆弾一発でも事が済む。
 大佐に遅れないように歩くものの、立花は壁になることさえも出来そうになかった。
 エイプリルにバイブレーションセンサーでの警戒を頼んでいたが、この分では空振りだろう。
「立花、3時の方向。先頭の男だ」
 無線機に繋がった無線から指示を飛ばしてきたのは、追儺だった。
 追儺の指定する軍人を見やる立花だったが、特に怪しいところはなかった。
「どうしてですか?」
「消去法だ。証拠はない」
 追儺は昨日の段階までで、これまでの事件の情報を漏洩しうる人物をピックアップしていた。
 それはあくまで可能というだけで証拠がなく、決定打な証拠にはなりえず今こうして監視する以外に方策がない。
「3人まで絞り込んだが決定的な証拠はない。その1人がそいつだ。
 他はこちらで監視している。錦織にも向かって貰った。立花はその男を監視してくれ」
 追儺は一方的に伝えると連絡を切る。どうも距離が遠いらしい。
 立花は半信半疑だったが、それ以外に自分は信じるものがない。
 視界の端に収めながら監視する事10分。大佐に近づいた一瞬をついて前触れなくそいつは動き出した。
 手元には筒状の何か、おそらくレーザーナイフの類。
「!」
 気づいて間に入ろうとしたニコラより早く立花は大佐の前に立った。
 距離はわずか、接触まで瞬きの間もない。立花は凄皇弐式を抜く。
 この刀をまっすぐ前に突き出すだけでも男は足止めできるだろう。
 しかし立花はそうしなかった。
(足を狙えば‥‥!)
 迷いながらも振るった刃はしかし、男に難なくかわされる。
 立花を回避した男はそのまま大佐に向かい‥‥。
 刹那、銃声。控えていたマキナの撃った銃弾が男を止めていた。
 取り押さえるまでもなく、男は絶命していた。
 周囲には安堵の空気、しかしマキナだけは怒りの心頭のまま、立花につかみかかっていた。
「貴女は‥‥一体何の為に戦っていると言うのですか‥!」
 人を救いたい、という理想はわかる。
 正義の味方たらんとする自分にとってもそれは無縁ではない。
 だが、立花のやる事は容認できなかった。
 彼女は何時出会っても詰めが甘すぎる。それで何人犠牲になったのか、本当に彼女は理解しているのだろうか。
 自分の理想ばかりに捉われて、傲慢なままそれ以外の者を蔑ろにしている。
 少なくとも、彼女にはそうとしか受け取れなかった。
 マキナは更に何かを言い募ろうとしたが、その腕を何者かが掴んだ。
「止めろ」
 声の主はウラキだった。
「どうしてですか!?」
 マキナには理解できなかった。
 ウラキなら、理解してくれるようと思っていたのに。
 多くを失いながらも、戦い続けた人間の目だ。
「子供に説教をするのは、いつも大人の役目だからだ」
 それは自分も大人ではないということか。
 遠まわしな子供扱いに頭に血が上る。
 が、すぐに理性は戻る。ウラキの目を見てしまったからだ。
 いつぞやの晩に見た目と、まるで色が違った。
「悩むのは良い。けど、敵は作るな」
 それも戦い方なのだと。
 マキナは握った拳から力を抜く。それを掴むウラキの指は自然と緩んでいた。
 マキナが怒りの矛先を失った頃、ニコラは立花を助け起こしていた。
「春夏秋冬」
 ニコラの声は優しくやわらかく、だが断固とした響きを含んでいた。
「理由はどうあれ。武器を持ったからには中途半端はするな。武器を持った者の責任を果たせ。
 それとな、平和を唱えていいのは武器を持たない人間だけだ。
 君が武器を握っている限り、誰も君の言う「平和」という言葉を信用しない」
 理想に殉じるのならば、理想の体現者でなければな」
 その言葉に何を感じたのかわからない。
 だが、これまでの言葉が通じていないという事は理解していたのだろう。
 立花はマキナをちらと見たが、それ以上に何も言わなかった。



 大佐への襲撃はそれが最後になった。
 細々とした事件はその後もあったようだが、傭兵の彼らが気づく前にその他の者が処理するにとどまる。
 襲撃の後、鷹代は検分に残っているミラベルを引っ張って人ごみを離れた。
 事情を察したのか、代わって貰った錦織はまたいつもの調子で肩を竦めていた。
「悪い。この仕事終わったらもう会えなくなると思うから、話がしたくて」
「良いけどね」
 既に軍の時代のように仕事に縛られていない。
 少々姿を消したところで、誰も困らない。
 鷹代は続ける。ミラベルの腕を握ったまま。
「手のかかる奴と知り合っちゃったし、今後は宇宙を主軸で動こうと思っててさ。だから、今日が最後
 育て甲斐のある子を見つけたし、後はその子に任せるつもり。だからね――」
 言って鷹代はミラベルの腕を引いた。
 そして相手の目も見ないまま、強引に唇を奪った。
 ミラベルは抵抗せずに鷹代の気が済むの待つ。
 唇が離れた後、ミラベルはくすくすと笑いをこぼし始めた。
「笑わないでよ‥‥」
「だって、由稀はしょうがないなってもう‥‥」
 拒まれなかった事は良かったのか悪かったのか。
 少なくとも、顔を赤らめることはなかった。
 恋愛感情の有無だけは、今更ながらにはっきりした。
「‥‥餞別にもらってく。それと、せめて泣きたい時ぐらいは人目気にすんじゃないわよ。意地っ張り。
 もう、体裁気にする立場じゃないでしょ?」
 ミラベルは何も言わずに、ただ優しく笑みを作った。
 それは今まで見たことのない、柔らかい笑みだった。
 彼女は幸福になったわけじゃない。それでも、彼女がここにたどり着いた事に意味はある。
 天原が思う裏切りは、その実妄想に過ぎない。
 約束は既に果たされているのだから。
「それじゃ、さよなら。‥幸運を」
 そう言って鷹代はミラベルに背を向けた。
 近くで待っていた錦織が手を挙げている。
 こいつはこういう時、分かった顔がむかつくが、気を回してくれるのは有り難かった。
「仕事をサボってどこへ行っていたのかね?」
 分かりきったことを聞く彼の声を聞き、ようやく周囲の音が戻ってきた。