●リプレイ本文
3月中旬某日。時刻は23:55。軍のKVのレーダーは8機の機影を捉える。
モニターには情報が視覚化され、8個の点には型式番号と仮の管理番号が割り振られた。
「来たか。戦車隊、道を譲ってやってくれ。燃料補給車も回してくれ」
ニコラは起きぬけの頭で入眠前に考えていた指示を飛ばす。
順次着陸するKVはシコンが1機、スレイヤーが2機と傭兵の機体だけに最新型も多く開発工廠もばらばらだ。
中にはディアブロ、バイパーのような旧型も混じっているが、
機器更新が保障される傭兵の場合は旧型持ちは古参のベテランないしトップ級のエースと相場が決まっている。
見上げる若い兵士達の顔にも期待の色が濃い。
実際にディアブロに乗る飯島 修司(
ga7951)はラストホープでも屈指のエースだった。
「この隊の長はどなたかね?」
残る片方の旧型に乗る錦織・長郎(
ga8268)が全体に対して通信回線を開いていた。
「私だ」
「貴官か。傭兵8名、KV8機を使いこれより任務にあたる。許可をいただきたい」
「許可する」
短い定型的なやり取りのあと、錦織経由での短距離の通信で機体のデータはすぐさま全て端末で共有された。
その処理の間、友軍の状況が傭兵達に回覧される。
最初に目を通したゲシュペンスト(
ga5579)は、数字を見て呻いた。
「こいつは予想以上に酷いな‥‥」
元より鎮後の軍でKVも少なく死傷者の数が非常に多い。
民間人の被害は比較的少なく済んだと聞いていたが行方不明者を数えればこの小さな町で百を超える。
「戦況劣勢と‥だからといって引けないか」
追儺(
gc5241)が見たのは後方に広がる町並みだった。
これだけの被害を出しても彼らが踏みとどまるのは、この街の明かりを守りたいからだろう。
「まぁ、諦めたらそれまでなんでね‥当然、勝ちに行くさ」
追儺は不敵に笑う。この言葉の意味を現地の軍人達が知るのはもう少し後になる。
一方、天原大地(
gb5927)は他のメンバーがデータを回覧する間に、見知った顔を探していた。
「よう、相変わらず酷い戦場ばかりだな」
「天原君‥‥」
休んでいたミラベル・キングスレー(gz0366)中尉は飲料水のパックのストローから口を離す。
依頼を出せば誰か見知った顔が来てくれる、そんな安心感があったため彼の到来は驚かなかった。
「私も私も! 私も来ておりますわー」
割り込んできたのはミリハナク(
gc4008)だった。
彼女の相手は調子が狂うと思いつつも、常に変わらないマイペースさは心を落ち着けてくれる。
ミラベルは一通り機体を見回すと、当然見知らぬ機体も目に入る。
どんな装備を持ってきたのかと些細な疑問を抱き、リンクされたデータを開いた。
データの情報を見て、ミラベルは固まった。
「え‥‥‥文さん?」
「どもッス。元気してたか?」
通信機越しに聞こえる声は間違いなく紫藤 文(
ga9763) のものだった。
日常と非日常は別。そういう約束だったはずなのに。
「‥‥どうして?」
「どうしてって、そりゃダチが困ってるなら当然だろ」
紫藤は「な?」と回りにも同意を求める。
更に言い募ろうとしたミラベルだが、一部の傭兵の機体が動き始めたのを見て声を飲み込んだ。
「それじゃ、ちょっと行ってくる」
ジャック・ジェリア(
gc0672)は朗らかにそう言いつつ、邪魔な機体周りの兵士達を追い払っている。
「どこへ!?」
「ちょいと野暮用さ」
飛び立つ4機のパイロット達は時間が無いと、あるいは面倒だからと明瞭に返事をしない。
彼らは迷わず東へ、プラントのある方向へと飛んでいった。
「あの、彼らは一体‥‥」
「勿論、夜襲をかけるのさ」
追儺 のあっさりした答えに誰もが愕然とした。勝ちに行くとは、そういう意味かと。
彼らはこの劣勢においても希望を捨てないどころか、勝利を見据えている。
勢いよく飛び出していく4機のKVを、軍人達は見守るしかなかった。
◆
大きな障害も無く東へ30分。
飯島、天原、ジャック、ミリハナクの搭乗する4機のKVはプラント落着予想地点にたどり着いた。
現地は木々が密生し視界が悪く、夜の闇も重なってプラントの位置も数もまるでわからない。
更にはプラント近辺には数百を越えるキメラがひしめき合い、森がうごめいているような錯覚さえ見せた。
「ふふふ、喰らい甲斐のある敵で楽しみですわ」
「お気に召すと思ったよ」
ミリハナクの愉悦交じりの声に、ジャックは半ば呆れ気味だった。
ミリハナクにとっては軍人達に敬意は払えども、戦場の意義は問わない。
地に溢れるキメラの群は、彼女の闘争心を刺激するに十分だった。
「感心しててもしょうがない。さっさとおっぱじめようぜ」
「そうですね。時間もありませんし、始めましょう」
4機はそれぞれを一瞬だけ見交わした後、トップスピードのまま群の中央へと突入した。
先頭を切った飯島機だった。
飯島は照明代わりにとフレア弾を投下する。
フレア弾は効果範囲こそ広いが大した火力は持たない。
本来であれば数発まとめて使うことでようやくそこそこの効果を発揮する武装だが、高出力の飯島機はその前提を覆した。
地上への落着と同時に閃光と衝撃。一気に広がった炎は地上をあっと言う間に飲み込んだ。
小型キメラのほとんどは為す術なく息絶え、中型以上も身動きが取れぬほどのダメージを受けていた。
そしてもう1点、この攻撃は思いがけず別の成果を生んでいた。
「‥‥こりゃいい」
延焼する森からあがる炎が生き残ったキメラを炙る。
各所でFFの赤い光がちらほらと見える中、森の中に三ヶ所、ひときわ大きい光を放つ物体が見えた。
「狙って‥‥?」
「なに、偶然ですよ」
謙遜して笑う声は虚実どちらともとれない。
どちらにせよ、爆撃班にとって最大の難問は解決した。
場所がわかれば降下して探す必要もない。
「行きましょうか」
「おう!」
天原のD−04A小型ミサイルポッドが口火を切った。
エナジーウィングで飛行する小型キメラを切り裂きながら突入するミリハナク機を先頭に、4機のKVが一斉に急降下をかける。
抵抗することのできないプラントは為す術なく大きな火柱を上げた。
◆
爆撃は滞りなく終了する。十分すぎる戦果だった。
「ん?」
森が延焼を続ける中、逃げるように慌ててHWが浮上してくる
距離の近かったジャックは咄嗟にファルコンスナイプを起動。
4連装砲を向けそれぞれ3回、計12発のみHWに撃ち込んだ。
逃げるならそのままにして他の任務に専念しようというつもりだったのだが‥‥。
「‥‥落ちたな」
「落ちましたね」
HWは脆かった。彼ら傭兵達が知る由も無かったが、グアキヤル決戦から逃げ延びただけのバグアがまともな機体を有しているわけもない。
彼自身も混乱に乗じて逃げるつもりだったのだから、当然の結果だろう。
「‥‥?」
往復で爆撃をかけていた天原は地上の異変に気づく。
キメラ達の様子がおかしかった。
傭兵のKVには目もくれず、一つの方向に動き出したのだ。
夜行性のキメラはほぼいないはずだが、例外なく目に見えるキメラ全てが動き出している。
地上で休眠して飛行キメラも一斉に森林から空へと浮上していた。
「これはまずいかもしれないな‥‥」
「急いで戻るぞ!」
4機のKVはすぐさま進路を変え、キメラの向かう方向に飛ぶ。
向かう先には仲間の待つ峡谷。
彼らの危惧は数分後に現実のものとなった。
◆
異変から5分。
連絡は残った者達に届いてた。
観測の結果、周辺の全てのキメラが、防衛すべき街へと向かって全速力で進んでいることが判明する。
各隊はすぐさま休憩中の兵士も招集。峡谷に防衛線を引いていた。
「つまりは、このデータはもう当てにならないと?」
「その通りだ。陣形を組むことすらしていないらしい」
ゲシュペンストは観測班の話を聞いて苦笑するしかなかった。
これまである一定のパターンに基づいて群をなしていたという予測は正しく、
データを精査すれば対抗策も練れると踏んでいたのだが、それが何の助けにもならない結論に落ち着いてしまった。
「臨機応変ということだ。傭兵は得意だろう、期待している」
「買い被りだね。こうも数が多くては変わりのない話だよ」
話を聞いていた錦織も呆れ顔だった。
ただ以前よりも非効率的な編成であるため、迎撃が容易いかもしれないというのは確かだった。
「一つだけ聞き忘れていたことがあった」
追儺の声に、ニコラは顔を上げる。
追儺自身の視線は正面を向いたままで、微かな地響きに意識を集中させている。
「何があってもミラベルを生き残らせたいか」
「当然だ。部下を生かして返すのは隊長の役目だからな」
明瞭な肯定の言葉。部下と呼んだのは戦場だからだろうか。
だが十分な言葉だった。
追儺は不敵な笑みを作る。
「なら、守りきってみせる。誰一人欠けさせない。そんな結末は認めない。
誰だって、女の泣き顔よりは笑顔を見たいからな」
この状況でそこまで大口を叩けるのならば大したものである。
ニコラは苦笑しながらも、その言葉を否定はしなかった。
「‥‥そんなに無理をしてまで、生き残りたいとも思えないわ」
「君の故郷も漸く解放されつつあるのだから。生きて凱旋する為にも前向きな意思を持ちたまえ」
「この状況で?」
錦織の言葉にミラベルは苦笑を漏らす。
目の前には集結しつつあるキメラの群。
接触まであと数十秒と迫っている。
「そうだとも。気楽に構えると良いね、くっくっくっ‥‥」
錦織は機体の安全装置を解除、グレネードを照準する。
有効射程まであと少し。
「エスコートは仕事の一つさ。例え、相手がバグアであろうともだね」
射出された榴弾がキメラの前衛の内側で弾ける。
それが攻撃の合図となった。
無数の鉄の雨が降り、峡谷に死体の山を作り上げていく。
編成が雑な為に迎撃は容易かったが、途切れない数には流石に辟易とさせられる。
部隊は抑えきれず徐々に後退を余儀なくされていた。
「これだけうずたかく積もると、邪魔でしょうがないな」
ゲシュペンストはスラスターライフルの火力で死体を弾き飛ばす。
高分子レーザーのほうがダメージは大きいが、吹き飛ばすならこちらのほうがやりやすい。
「ゲシュペンストさん、そっち行ったぜ」
紫藤の言葉と同時に接近の警報が鳴り響く。
弾幕を抜けた竜の一匹がゲシュペンスト機に迫った。
「なんの!」
ゲシュペンストは咄嗟にランスで竜の腹を突き刺し動きを押しとどめる。
苦悶の呻きを上げる竜が口からレーザーを発射。
ゲシュペンスト機は後方に飛んで回避した。
「KVは伊達に人型してるわけじゃないぜ」
跳ねたと同時にブーストを起動。ゲシュペンスト機が高く飛ぶ。
「これがその有用性と可能性だ! 究極!!」
落下の速度を利用して真上から変形したレッグドリルが唸りをあげる。
突き刺さったドリルは竜型を真っ二つに切り裂いた。
竜の遺体が仰向けに倒れると、その遺体を踏み越えて別のキメラが殺到してくる。
ゲシュペンスト機が回収した槍を抜き、応戦に入る前に紫藤機がキメラの群をなぎ払う。
「助かったぜ」
しかし状況は好転しない。このペースではもう数分とこの場は持たない。
なんとかしなくては、あと5分以内に。
焦る思考が皆の思考を支配し始めた頃、唐突にレーダーに機影が映った。その数、16。
「援軍!?」
驚く彼らを尻目に次々と南米軍のKVが着地し、着地した者から順に弾幕の形成に参加する。
「こちら、南中央軍ボリビア方面師団第三連隊所属、レナード小隊。これより援護に入る」
「同じくボリビア方面師団第三連隊所属、クローセル小隊」
その小隊は別の街を守っていたはずの小隊だった。
小隊長達の話によればキメラの流れが変わったため防衛の任務が不要となり、
急遽援軍としてこちらに派遣されることになったらしい。
キメラの群は徐々に押し返される。
そして更に5分後には夜襲組のKV4機も帰還する。
まとまりが無く突撃するしか脳の無いキメラの群では、これ以上前に進むことはできなかった。
◆
限りないとさえ思われたキメラは、日の出迄には隘路より押し返され、
昼過ぎまでに完全に掃討されていた。
プラントを早期に破壊したことが功を奏した。
「作戦終了。警戒レベルを引き下げる」
友軍のKV達が警戒を引き受ける一方、傭兵達とニコラの隊の者は休息に入った。
誰も彼も疲れ果て、無線を開いても荒い吐息しか聞こえないだろう。
カグヤ(gc4333)を始め救護を担当する者は忙しなく人と人の間を走り始める。
死傷者は少なくないが、当初の予想よりは格段に少ないだろう
ミラベルも休息のために機体を運搬用車両に寝かせると、コクピットから降りる。
後は軍と街の住民でなんとかしてくれる。
急激に襲う眠気に耐えながら庁舎に向かっていると、不意に強い力で腕をとられ、路地のほうへと引き込まれた。
「‥‥びっくりするじゃない」
「悪い悪い。こうしないとゆっくり話せないと思ってさ」
手を引いたのは紫藤だった。
「本当は浚おうと思ったんだけど、燃料は無いし翼は壊れてるし、上手く飛べそうにない」
天原をちらりと見ると、自分の愛機の背面を眺めて、首を横に振っていた。
色々策を練ったが、ここもキメラの数の暴力で予定変更となってしまった。
天原は「ごゆっくり」と小声で言うと、路地の入り口辺りで壁に背を預け、栄養ドリンクのパックに口をつけはじめる。
ミリハナクがやってきて何かごねているが、見えない振りをしている。
「‥‥戦場に出て何年になる?」
「‥‥唐突ね」
ミラベルは諦めて、話題に乗ることにした。
「2年‥そろそろ3年かな」
「そうか‥‥」
紫藤の口から語られたのは彼自身の来歴の話だった。
今まで互いに触れることのなかった戦歴は、同じ時代に生きた人間特有の死の匂いがした。
「実はさ。適材適所って奴で、頼みたい戦場があるんだ。
いつか子供や孫連れて、精一杯生きて繋いだって報告して欲しい。映画の二等兵みたいにな」
紫藤が守りたいのは土地じゃない。ミラベル自身だった。
「なにそれ、なんでそんな勝手なお願いなんか‥‥」
ミラベルは紫藤をにらむ。
紫藤は睨まれる理由もわかっていた。
これが彼女への好意であっても、惚れてるわけじゃないと分かっているからだ。
「どうせ、私のほうなんか向いてくれないくせに‥‥」
ミラベルは、今にも泣きそうな顔をしていた。
こういう反応になるのは目に見えていた。
「後方に耐えられなくなったら俺の小隊で頼りにさせてもらうから‥な?」
紫藤は泣きそうなミラベルの頬にそっと触れる。
ミラベルは「バカじゃないの」と、責めるように小さく呟いた。
◆
2週間後。南中央軍にミラベル中尉の退役願いが提出された。
そこには以後は傭兵となって活動すると記載されていた。
ニコラは彼女用のコロナが届くまで受理を遅らせて、それを彼女への送別の品とした。
彼女のその後の去就に関しては、また別の話。