タイトル:珠:青と緑の狭間マスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/27 22:43

●オープニング本文


 世界を救いたい。そんな大言壮語を臆面もなく言う男が居た。
 出会ったばかりの彼はひ弱で知識もなく、かといってメンタルもさして強くない。
 誰もが夢見がちな奴と思った。でも、誰も彼を笑わなかった。
 その願いは心の底では誰もが懐いていたものであったし、なによりそいつが誰よりも一途に、その願いに突き進んでいたからだ。
 いつしか想いの強さは彼を鍛え上げ、訓練が終わる頃にはほとんどの科目でトップクラスの成績を残すほどだった。
 久米川は配属の違いで多くの同期と別れることになったが、遠い空の下でずっと彼の噂を聞いていた。
 英雄が現れたのだと、誰もが興奮気味に語る。そして彼と並び立ち戦ったことを誇らしく語る。
 ‥‥‥それが、1年前までの話だ。 



 街を出れば見渡す限りの荒野がある。
 そんな光景は世界では珍しくもないのだが、日本人からすれば不安を覚える光景には違いなかった。
 北米の荒野は山に至るまで砂と岩の色で、海の青と森の緑を無性に恋しく思ってしまう。
 日本人は世界に出るべきだ、と誰かが言っていた。
 世界を知るためでもあり、日本を知るためでもあるのだろう。
 しかしこの不安を知るためだけというなら、もう十分だとも思う。
 日本でなくても良いから緑と青の世界に戻りたいものだ。
 せめて海の青でも見る事が出来ればと思ったが、それだけのために高度を上げて敵の防空網に突っ込むほど、
 久米川 麻生(gz0351)は愚かにはなれなかった。
「ヤマト・オウジュ、知ってるぜ。お前の同期だったのか?」
「ええ。基礎訓練を受けたころに」
 久米川はニックの乗る僚機からの無線に、どうでも良い事のように素っ気無く答える。
 変わらず視線は眼下の山、バグアの基地を地下に控える連なりの中央に注がれていた。
 カメラの望遠機能を最大にしても細部はここからでは見えないが、中腹辺りに入り口があるらしい。
 その近辺にはタロスやゴーレムと言った機体が既に集結していた。
「べらぼうに強かったな。あのサエキやジェームスとだってやれるんじゃないかってぐらいだ」
 実際には冴木より劣るらしいが、雲の上の達人の所業は比べようがない。
 それを見極められるのも、久米川が一角の達人であるからに他ならない。
「で、それが欧州からこっちに流れてきた理由なのか?」
「概ねそうだよ」
「‥‥行方不明だろ? もう死んでるぜ、そいつ」
 僚機のパイロット、ニックの声は僅かに沈む。
 会った当初は傭兵らしい傭兵のアメリカ人、という印象だったが、意外に気遣いの出来る男なのかもしれない。
 陽気で誰とでもすぐに親しくなってしまう気質は少し羨ましい。
「わかってますよ。それはもう良いんです」
「じゃあなぜ?」
「後始末さ」
 答えた久米川は自機であるシコンをロールさせ、基地へ帰投する進路を取った。
 ヨリシロになっても強化されても、平時の本人と何が変わるわけでもない。
 遠くから見たバグアの布陣には見覚えがあった。 
「アマデオ、パトリック、それに‥‥ダリウス。本当だったんだな」
 このメンバーなら司令塔がアマデオ、パトリックを前衛に後列からダリウスが狙撃という布陣が最も有効だろう。
「敵の幹部連中がどうかしたのか?」
「大したことじゃない。戦友なんだよ」
 今度こそニックは黙る。
 故郷を離れて遠くに行きすぎたのだ、と久米川は思った。
 戦友達には故郷の青も緑も、砂の色さえもう意味がない。
 グリップを握る手が僅かに震えていた。



 痩せて骨ばった顔つきの男、アマデオは双眼鏡でじっと人類側の様子を伺っていた。
 防空網を迂回した敵は地上に戦力を展開し、すぐにでも前進を始めるだろう。
 先程空を過ぎていった機体はやはり偵察だったのだ。
「来たよ、パトリック」
 アマデオは振り向いて、後ろに控えていたリーダーに声をかける。
「おう、やっぱり来たか。腕がなるぜ」
 筋肉質の巨体を揺らしながらも、リーダーはふんぞり返るだけで何もしていない。
 鷹揚に頷いて見せるだけで、特に指示はなかった。 
「どうするの?」
 かっと目を見開いてパトリックが出した答えとは。
「無論、正面から迎え撃つ! 行くぞ!」
 言うなりパトリックは同僚を放って自分の機体に向かって走り始めていた。
「やっぱり‥‥」
 アマデオは諦めたように嘆息する。
 何度聞いても違う答えが返った試しが無い。
 その度に止めてはみるが聞く様子も無い。
 最近では聞く時間も惜しく感じ始めている。
「しょうがないよ。いつも通り僕がバックアップする」
 取り残されたもう一人の同僚、ダリウスが苦笑しながらアマデオの肩を叩いた。
 狙撃屋ではあるが、その割りには華奢で文学青年か何かのような風貌だった。
 軍服が似合わない。学生でもやっていると言ったほうがしっくり来るだろう。
「頼むよ本当に。こうなったらダリウスだけが頼りなんだからな」
 やれやれと呟きながらもアマデオは律儀にパトリックを追う。
 何度も繰り返されたやり取りと言う事は詰まるところ、生きて帰るだけの力量があるということだ。
 ダリウスは前衛2人がいつもの調子でバカを言いあうのを見て、張り詰めすぎた緊張をほぐす。
 この基地はバグアにとって捨て石とも言える基地だった。
 パトリックに応対するのは強化人間ばかりで、バグアは一人も居ない。
 今なお自分達がここで持ちこたえていられるのは、本部に残ったオウジュ達の細々とした補給のおかげだ。
 オウジュの話によれば、あと2週間持ちこたえればここを引き上げても良いらしい。
 ダリウスは気を引き締める。2週間なら無理じゃない。
 自分達ならやれる。
 自分達3人の編成を破ったのはあとにも先にも2組だけだ。何も問題は無い。
 一つは自分達の上司であるバグア。もう一つは‥‥。
「‥‥?」
 思い出せない自分に違和感を抱く。
 何故だろう。大事な何かを忘れてしまったような気がする。
「なにやってんだよ、ダリウス。早くしろ!」
「わかったよ!」
 パトリックに向けて叫んだ拍子に違和感が消えた。
 落ち着きを取り戻してダリウスも機体へと走る。
 頬を伝った涙も、きっと気のせいだろうと見ない振りをしていた。

●参加者一覧

鷹代 由稀(ga1601
27歳・♀・JG
六堂源治(ga8154
30歳・♂・AA
館山 西土朗(gb8573
34歳・♂・CA
綾河 零音(gb9784
17歳・♀・HD
美具・ザム・ツバイ(gc0857
18歳・♀・GD
ハンフリー(gc3092
23歳・♂・ER
クティラ=ゾシーク(gc3347
20歳・♀・CA
羽柴 紫(gc8613
17歳・♀・ST

●リプレイ本文

 久米川 麻生(gz0351)が敵情に詳しいのなら、是非とも聞かねばならないと美具・ザム・ツバイ(gc0857)は思った。
 それがどんな事情によるものだとしても傭兵同士には関係ない。
 勝率が少しでも上がるのならばそれに越したことはないだろう。
 ただ、当たり前の質問は当たり前のように供された。
 彼らとはどういう繋がりなのかと。
「かつての戦友がいまや敵同士、戦場のならいとは言え慣れん物じゃな」
 聞いた上でも美具は姿勢を崩さなかった。
 同情しても良い事など何もない。そして久米川もそんな答えを期待してはいなかった。
 おおよそ誰しも美具と同じ反応だったが、鷹代 由稀(ga1601) は静かに高揚していた。
「‥‥敵さんにも狙撃手、ね。面白いじゃない」
 装備も同じ、パイロットも同じタイプとくれば腕を試してみたくなる。
 向こうが強化されている分だけ分が悪いかもしれないが、個人のスキルだけが戦場で必要なわけじゃない。
「昂ぶるのは良いけど、甘くみれば取られるよ」
 一言だけクティラ=ゾシーク(gc3347)が釘を刺す。
 鷹代は鼻で笑い、「上等」と付け足した。
 各位それぞれに聞きたいことは聞いたとばかりに別の話題に移っていく。
 その中で羽柴 紫(gc8613)だけは一人暗い顔をしていた。
「ねぇ、麻生。‥‥私、初めて見るの。教えて。あれは、強化人間? ヨリシロ?」
「‥‥順当に考えるのならば強化人間でしょうね」
 装備の質、戦略上の意味を考えるならば捨て駒に等しい彼らはバグアそのものではないだろう。
 それ故に彼ら個人の個性は強く残っている。
「そのどちらでも‥‥私や麻生が、あの人達に出来ること、少ない‥‥ってこと、でしょ?」
 麻生は苦笑して「そうだね」とだけ答えた。
 強化人間を助ける方法はあるが、それは限られた資源を消費することになる上に、
 その状況にまで持っていくのが非常に難しい。
 少なくともこの戦力差では望めないだろう。
 ただこれを討つしか出来ることはない。
「麻生は‥どうしてあげるのが、一番だと思う?」
「さあ。一度ぐらい一緒にお酒を酌み交わしてみたかったかもしれません」
 冗談めかす声の奥には、それ以上の言葉を遮る硬さがあった。
 久米川は現実と理想に折り合いをつけてしまっている。
「もういいかな? すまないが、敵に情けをかけることができるほどの強さも優しさも、私は持ち合わせていないんだ」
 話題を切るように言ったのはハンフリー(gc3092)だった。
「死合が避けられないなら、後腐れの無いように力を出し尽くすだけさ」
 館山 西土朗(gb8573)の言葉を結論とするかのように、言葉はそれを境に途切れる。
 多くの者が戦場ゆえに仕方ないと言うが、羽柴には納得できなかった。 
 慣れてしまった者達が結末が不可避であることを確かめ合っている。
 仕方がない、という言葉は自分に向けた免罪符に他ならない。
 誰も悲しみの本質に向き合おうとしていない。そう感じられたのだ。
「悲しいよ、こんなの‥‥」
 慰めが必要なのではないけれど、諦めに身を任せるのは間違っている。
 紫は僅かに瞳を滲ませる。
 通信機越しでは誰も気づかない。
 六堂源治(ga8154)はこのやりとり聞いているのかいないのか、黙したまま何も反応を示さなかった。



 時刻は定刻。正面には敵が9機、陣形も想定のとおり中央にパトリック機。
「うわ、本当にそのままできやがった‥‥」
 綾河 零音(gb9784)があきれたように呟く。
 バカにした響きもあったが、正面の機体から感じる重圧は本物だ。
 自分を落ち着ける意味もあったのかもしれない。
「作戦通りだ。まずは相手の足を止める」
 館山がロックオンキャンセラーを起動し、射撃戦に備える。
 各々が得物を抜いたのを確認し、久米川もシコンの切り札である高出力レーザー砲「種子島」を引き抜く。
 狙うは正面、パトリックとその後方のアマデオ。
 傭兵各機が熾烈な弾幕を形成する中、久米川は慎重に狙いをつける。
「効くとも思えませんけど、やってみましょうか」
 種子島からレーザーの光が奔る。
 パトリックは気づきながらも避けるそぶりは無く、そのレーザーを真正面から受け止めた。
 装甲には焼け焦げた後があるが、致命傷には程遠い損傷だった。
「散開じゃ!」
 美具は煙幕を周囲に巻く。
 合わせて弾幕を形成していた各機体も位置を変え始めた。
 レーダーを信じて弾をばら撒いて行くが、お互いに場所がわからないまま接触まで機体は一つも撃破できずにいた。
 レーダーのマーカーでは距離感はつかめない。
 90mm連装機関砲を撃つクティラの目の前に、煙幕を抜けて唐突にゴーレムが現れた。
「うわっ!?」
 慌てて武器を構えて衝撃を受け止める。
 ゴーレムの側もクティラの機体が見えていたわけではなく、突撃をかけたというよりは交通事故の体だった。
 組み合ってしまった機体を放そうとあわててヴィガードリルで殴りつける。
 たたらを踏んだゴーレムだが、大きな損傷は無く距離を離すに止まった。
「硬い。だが撃ち砕く」
 クティラはゴーレムを煙幕から逃がすまいと、ブーストで勢いをつけて追撃にかかった。
 残り4機のゴーレムもそれぞれ敵を見つけて組み合うように接敵していた。
 前衛抜ける予定だった、鷹代、館山、綾河、美具、ハンフリーは狙われることはなかったが、
 間の悪いことに羽柴に2機のゴーレムが向かっていた。
 偶然ではなく、蓮華の結界輪による逆探知に相手が気づいていたからだ。
 最初からあたりを付けて狙っていた2機の攻勢に羽柴の幻龍は逃げ切れなかった。
 煙幕を抜けたゴーレムが大振りのブレードを振りかぶる。
 撃墜を覚悟した羽柴だが、それよりわずかに早く横合いから青く光る軌跡が走った。
 久米川の機刀の軌跡だった。
 すばやく振られた軌跡はブレードを断ち割り、さらにはゴーレムの腹部を狙う。
「おや、少し浅かったみたいですね」
 ゴーレムの装甲の一部が斜めに切断されていた。
 もう少し深ければそのまま一撃で沈んでいただろう。
「‥‥ありがとう」
「いえ、これも役目です」
 本来ならば近接戦闘に優れている六堂辺りが担うにふさわしい任務であったが、
 六堂はパトリックとの激しい打ち合いで他に手を出せる状況ではない。
 もう一人のニックは場所はわからないが、やはりゴーレムと撃ち合っているのだろう。
 状況を確認した羽柴は久米川の機体に隠れると、もう一度ゴーレムに向き直る。
 ここで生き残ることが自分の使命、ともう一度胸に刻み込んだ。
 パトリックとの激闘を後目に5機のKVが更に前にでる。
 煙幕を抜けると同時に互いに銃弾の応酬にはいる。
 まずは館山のロックオンキャンセラーによる支援を受けつつ、ハンフリーと綾河がアマデオと無人機に立ち向かう。
 こちらはやはり相手の得意な距離となって中々優位には立てない。
 それに対して美具は重機関銃と榴弾砲、鷹代は狙撃銃で後方のダリウスを狙い撃った。
 ここまで前衛を抜いて攻撃される機会がなかったのか、狙われたダリウス機の攻撃は明らかに鈍った。
 支援機には違いないが本来は更に後方で運用されるべき機体である。
 複数機に狙い撃ちされる状況には弱い。
 流石にバグア製の機体であり未だに脅威は残るが他への支援には向かわないだろう。
 それを見た綾河は更にアマデオ機への接近を試みた。
「ハンフリー、左からお願い。あたしは奴の右から回る」
「了解だ」
 タイミングを合わせた2機のスフィーダはアマデオ機を取り囲む。
 今でこそ優位に立つアマデオと2機のゴーレムだが、
 取り回しの悪い武器しか持たないアマデオ機は接近戦となれば上手く立ち回れない。
 懐に入り込めば容易に屠ることができるだろう。
「味方がゴーレムを片づけるまで耐えればあたしの勝ち。貴方とは勝利条件が違うんよ?」
 綾河はアマデオにぴたりと貼り付き、プレッシャーを掛け続ける。
 この距離では阻むものも居ない。まずは1機、その場の誰もが取ったと確信した。
(‥‥本当に?)
 鷹代はふと疑念を覚えた。
 その視線はダリウス機の腰に装備された二丁のハンドガンに向けられる。
 鏡写しのように似通った装備、狙撃屋のパイロット。
 自分ならあのハンドガンをどう使う?
 見落としていた事実が浮き上がり、背筋を冷たい汗が伝う。
「飛んじゃダメ!」
 警告を発するも遅く、スフィーダ2機はメテオブーストを起動。
 挟み込むようにアマデオ機に迫り、直後着弾に装甲が弾け吹き飛ばされた。
 2機ともである。
 撃ったのは2挺のハンドガンを構えたダリウス機だった。
 狙撃屋だからと接近戦が弱いわけじゃない。
 強い自負は強烈な悔恨に変わる。
 クィックドロウが得意なことは久米川が最初にはっきりと明言したことだ。
「‥‥嘗めてたのは、私のほうね」
 距離を離してしまった2機はアマデオの随伴機から集中攻撃を受け、防戦一方となっていた。
 切り札を使ってしまったスフィーダは脆い。
「反省は今は良い、突っ込むぞ」
「わかってる!」
 鷹代と美具は装備を切り替え、乱戦の中へと突入していった。



 六堂とパトリックの戦いはまだ続いていた。
 人間らしい挙動を追求し金棒を器用に振り回すパトリックに対して、六堂はバイパーの機械としての特性を最大限生かして全身を武器に迎え撃つ。
 両者、技量はほぼ互角。数十合に渡る殺陣の果て、先に限界を迎えたのは六堂だった。
「‥‥もう保たないな」
 激しい打ち合いで機槌の柄にひびが入っていた。
 おそらく、受けても当てても後一発。
 どの武器も今込めた弾が最後だ。
 六堂が覚悟を決めようと機槌を振りあげると、パトリック機は合わせるように同じ構えをとった。
「‥‥何のつもりだ?」
「お前さん、あと一発なんだろ? 付き合うぜ」
 共通の周波数から聞こえた獰猛な声。武人の誇りか、はたまた戦士の共感か。
 是非もない。六堂は構えを変え、正面からパトリック機に向かい合った。
 勝負は一瞬。相打ちもありうるだろう。そこまで一瞬で理解し、六堂とパトリックは真正面から相手に飛び掛った。
 その刹那、飛び出したパトリック機の脚を横合いから飛来した砲弾が直撃する。
 足を吹き飛ばされたパトリック機はそのまま前のめりに崩れ落ちる。
 膝を突いた姿は刹那の一瞬を競う攻防の中ではあまりにも無防備すぎた。
 地面に手を付いた機体めがけて六堂機の機槌は振りおろされる。
 抵抗することもできず、パトリック機は無惨にひしゃげてつぶれた。
 煙幕が晴れ、一騎打ちに割り込んだ者の姿があらわになる。
「よう。暇だったんで助けにきたぜ」
 ニックの乗るスレイヤーは大口径ライフルを肩に担いでいた。銃口からはまだ煙が立ち上っている。
 彼の機体はあの乱戦の中で傷一つ付いていなかった。
 形容しがたい不快感が六堂の胸を埋める。
 敵に同情したわけでもないし、戦場で必要以上に武人を気取るつもりもなかったが、
 六堂は「ありがとう」とも「助かった」とも言えなかった。
「‥‥文句は後で頼むぜ。戦争なんだからよ」
 ニックの言うとおりだ。感傷だろう。
 一騎打ちの幻想は容易に仲間に累が及ぶ。
 六堂は使えなくなった槌を捨て、機杭の弾倉をリロードした。



 何事もなければアマデオが戦力差に基づいて戦術を変更するはずだったが、煙幕の中の決着が想定外に早く前衛が全滅の憂き目にあった。
 三者のバランスよって維持されていた陣型は、前衛が崩れた段階で復旧不能になっていた。その後は一方的な展開となる。
 傭兵側はハンフリーと綾河を失って8機に対し、バグア側は前衛全てを失い残存4機。
 しかも2機はAIであり戦力としては大したものではない。
 煙幕を抜けた機体がゴーレムをあっという間に平らげ、館山、六堂、クティラ、久米川に挟まれたアマデオ機が落ち、
 ダリウス機も鷹代、美具、羽柴、ニックの集中砲火をかわしきれずに呆気なく蜂の巣となった。
 防御の要であるワームを失った基地は脆い。
 主力を撃破した傭兵はそのまま周辺の警戒任務に移行し、基地が突入した歩兵によって制圧されるのを見守っていた。
「こいつら、逃げなかったな‥‥」
 館山がアマデオ機を見下ろしながらぽつりとつぶやいた。
 陣形の維持の為に後ろに下がることはあった。
 だが逃亡するそぶりは欠片もなく、追撃のために飛ぶ必要もなく決着はついた。
「引き際を誤ったのかもね」
 クティラの言葉はわかりやすい理由だったが、誰もがその答えに納得できなかった。
「パトリックが死んだ段階で、逃げる気なんてなかったんだろう」
 仲間の死を無駄にしたとも、仲間と共に殉じたとも取れた。
 あの一瞬の会話から垣間見えた彼の人格を考えれば、きっとガキ大将のように強引に仲間を引っ張っていたのだろう。
 六堂は思う。自分ならどうしただろうか。
 もし自分の小隊が一人残らず玉砕の憂き目となれば、一人になっても逃げて復讐を誓うのか。
 あるいはそれも戦争と割り切ってしまうのか。
 今喉元まで出掛かっている答えは、現実になった時に果たして同じ形をしているだろうか。
「‥‥悲しかったからだよ、きっと」
 羽柴の声は小さく、聞こえはしたが誰も気に留めることはなかった。
 久米川は意に添わず残された中で、仲間の魂の解放を願っている。
 だがどんな結末になったとしても、その先にはきっと何もない。
 喜びや悲しみを分かち合うべき友を失ったのだから。 
 久米川は一言も言葉を発しない。会話する者達を止めようともしない。
 コクピットから赤くなりつつある空をじっと見上げるだけで、感情をあらわそうとしない。
 それは彼自身の自制心ゆえでもあったが、周囲にそう望まれたからでもあった。
 思えば、羽柴に見せた小さな苦笑いが、唯一彼の生の感情だったのではないだろうか。
 今日の出来事は彼に更なる覚悟を強要した者にも無縁ではない。
 諦めと覚悟は表裏一体で、他者の視点からどれも同じに見える。
 現実に添うだけで夢も理想も語れないのならば、誰にとっても彼と同じ不幸が必ず訪れるだろう。
 夕焼けの陽はいつの間にか血の色に似た色に変わっていた。