タイトル:【WF】SweetCompanyマスター:錦西

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 19 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/01/25 00:09

●オープニング本文


 北米の大規模作戦も終わった12月、ミラベル・キングスレー(gz0366)中尉は変わらずLHに滞在していた。
 休暇の消費のつもりだったが上司の好意によって何日かは出張・任務という口実になって延々と引き伸ばされていた。
 口実だけでなくLHですべき事務処理も存在するため仕事はしていたが、
 戦闘に明け暮れたあの日々からすれば休暇も同じだった。
「‥‥はぁ‥‥」
 溜息が漏れる。何が不満なのか自分でもわからない。
 望んでも手に入らなかったもの、望んではいけなかったものを手に入れたというのに、
 空虚に感じてしまう理由はどうしてだろうか。
 自分の居場所がここにはないような漠然とした不安が、昼も夜も収まらない。
「どうしたの?」
 振り向いて視線をあげると、アニー・シリング(gz0157)少尉が心配そうにこちらを見ていた。
「昨日、彼氏にふられちゃってねー」
 咄嗟に嘘をついた。昨日じゃなくて何ヶ月も前の話なのだが、この手の誤魔化しに使える実話は幾つもキープしてある。
 ――なぜそこで嘘をついたのか。そうしてしまった自分に驚く。
 不安を抱えている理由が後ろめたいもの、というわけでもないはずなのに。
「ミラベルさんもなの?」
「他にも誰か居るんだ」
「うん、私の友達で一人ね」
「ふーん」
 いつのまにかアニーは近くの椅子に座りこみ、長話をする姿勢になっていた。
 最近はお互い仕事に余裕も出来て、こうして雑談に興じることも少なくなかった。
「――それでね、クリスマスにパーティをしようってことになったの」
「良いわね。私も行って良い?」
「もちろんだよ! 折角だから盛大にやりたいよね」
「そうね。私も知り合いで暇そうな子、探してみるわ」
 和やかな会話だが、これもきっかけの一つになる。
 アニーは少しだけ認識が甘かった。
 自分より若い20そこそこのミラベルが、南中央軍でどんな役割を果たしてきたのか。結果、誰と深い繋がりにあるのか。
 寸志ながらも南中央軍や北中央軍からパーティ開催へ寄付金が出始め、パーティが大きくなった一因は間違いなくミラベルにもあった。



 主催者に祭りあげられたアニーを助けながら会場は万事滞りなく整えられた。
 会場はUPC特殊作戦軍が使用する会議室で広い部屋を借りることが出来、収容人数は十分。
 飾りつけは当日の朝から傭兵達とアニー達軍人の中から有志で行なわれていた。
 ホール中央にはクリスマス色に飾り付けられた立派な樅の木が備えられ、
 会場全体にもサンタや雪だるまを模した置物やキャンドルなども並べられている。
 暖かい雰囲気が部屋全体から感じられた。テーブルクロスを掛けられた机には今まさに料理が次々と並べられている。
「流石にクリスマスって言ったら、どこも料理は同じかあ‥‥」
 各種サラダと各種パン、シチュー、ローストビーフ、ローストチキン、フィッシュ&ポテト、パエリア、豚肉の香草焼き、ブルスケッタ。
 デザートにタルト、ムース、クッキー、トライフル、ブッシュ・ド・ノエル。
 由来の分からない料理がないことにほんの少しの安心感。こういう雰囲気は場に居るだけで気分が落ち着く。
「ミラベルさんっ」
「アニー、舞香さんも。遅かったじゃない。もう始まってるよ」
 遅れて到着した2人に、ミラベルはシャンパンの入ったグラスを手渡した。
 アニーは小さく口をつけると、喉を潤して小さく息を吐いた。
「一時はどうなるかと思ったけど、なんとか間に合ってよかったわ」
「本当にね」
 お互いに笑みをかわす。普段やったことのない仕事ばかりが集まったが、走り回ったこの3週間は楽しい日々だった。
 明るい舞香の様子を見ると目的は既に達成されたのかもしれないとミラベルには思えた
「それにしても、結構人集まったわね。もう少し少ないかと思ったけど‥‥」
「まあ、戦争戦争で出会いは少なかったものね。良い機会だと思ったんじゃない?」
 アニーはミラベルの言葉にふと違和感を感じる。
「出会い‥‥?」
 思わず言葉を反芻していたが、直感は間違ってなかった。
「合コンじゃなかったっけ?」
「え?」
「え?」
 二人して首を傾げる。沈黙を最初に破ったのはミラベルだった。
「最初は舞香さんが振られた話から始まったよね?」
「そうね」
「彼女を励ますためのパーティだったのよね?」
「うん、間違ってない」
「でも気付いたら関係者を一杯呼んで盛大にパーティすることになったよね」
「うん、確かそう」
「彼女居ない男の人呼んどいたけど、結果的に合コンになったほうがいいよね?」
「何か違う!?」
 人数呼ぶ段になり男性を呼ぶ意味ですれ違いがあったらしい。
 舞香に新しい出会いが必要なのかも、と呟いた気もするが本旨ではない。
 パーティと同じようにどこかで内容が膨れ上がっていたのだ。
 当のミラベルは「なんだ。違うんだ。道理でー。あはははは」と反省の色もなく楽しそうに笑っている。
「まあまあ、広告自体には書いてなかったわけですから、そういう人ばかりが集まるわけでもないですよ」
 ジャネット・路馬(gz0394)は苦笑していた。
 今日の彼女はカジュアルな私服に着替えており、軍服の時以上に胸のラインがはっきりとわかる。
 その稜線はミラベルと比べても見劣りしない。
「私みたいなリア充が呼ばれるぐらいですから、ご飯狙いの人も一杯ですよ」
 他人事のようなことを言っているのはジェーン・ヤマダ(gz0405)だった。
 話もそこそこにフライドポテトをぱくついている。視線は泳いだまま、回りの喧騒を眺めるばかりだ。
「‥‥? 彼氏は?」
「最近忙しくて呼ぶ暇もありませんでした」
 それは果たしてリア充と言い切れるのかどうか、すこし疑問が残るところだろう。
 何にせよ普段LHに現れない女性陣は十分に役割を果たしていた。
 ふと遠くを見た視線の先ではヘンリー・ベルナドット(gz0360)が三枝 まつり(gz0334)と楽しげに談笑していた。
 上首尾で話が弾んでいる、ように見えるが三枝は彼氏持ちだ。そのうち断られるだろう。
 ヘンリーはめげずに色んな女性に声を掛けているが、どこで成功するだろうか。
「‥‥まあ、パーティには違いないから楽しくやろう。夜ももうそんなに長くないから」
 言ってミラベルは自分のグラスを机に置き、集まりから離れていった。
 出会いが欲しいのは舞香だけではない。彼女も同じだった。
 焦っているわけでも、寂しいわけでもないけど、不安が収まらないのは変わらない。
 理由はおぼろげながらも見えている。この休暇が分岐点だからだ。
 宇宙に行くか、地上に残るか、それとも‥‥軍を辞めるか。
 期限は休暇の終わる、明日の夜までだ。確かめないといけない。自分の日常と非日常を。
 まとまらない思考はアルコールのせいかもと苦笑いしつつ、ミラベルは別のグループの会話へと混ざっていった。

●参加者一覧

/ 須佐 武流(ga1461) / 鷹代 由稀(ga1601) / 藤村 瑠亥(ga3862) / UNKNOWN(ga4276) / アルヴァイム(ga5051) / 百地・悠季(ga8270) / 白虎(ga9191) / タルト・ローズレッド(gb1537) / ファリス(gb9339) / 綾河 零音(gb9784) / ジャック・ジェリア(gc0672) / 美具・ザム・ツバイ(gc0857) / ラナ・ヴェクサー(gc1748) / ミリハナク(gc4008) / 杜若 トガ(gc4987) / カズキ・S・玖珂(gc5095) / 追儺(gc5241) / 立花 零次(gc6227) / 村雨 紫狼(gc7632

●リプレイ本文

 寒波の通り過ぎたあとには一面の雪化粧。
 夕闇の僅かな明かりも過ぎ去って、外には街の明かりがぼんやりと映っている。
 聖なる夜はどこも静かに暖かな光に満ちていた。
「また降りだしたか」
 アルヴァイム(ga5051)は窓から空を見上げた。
 空にはうっすらと雲が掛かっており、僅かな音さえも吸い込むように綿のような雪が降る。
 一人で見上げるには寒く寂しい景色なのかもしれない。
「なにしてるの?」
 意識が引き戻される。窓の外に視線をやりながら時間を忘れていたらしい。
 アルヴァイムが振り向くと、百地・悠季(ga8270)が側で不思議そうな顔をしていた。
 ファリス(gb9339)はその後ろから2人を見上げている。
 手の中には2人の娘である時雨の姿があった。
 ファリスはまだ幼いと言って良い年齢だが抱きかかえ方はどうにいったものだった。
 普通は心配になって自分でと思ってしまうところだが、落ち着きぶりに安心する。
「別に。終わったなら挨拶回りに行こう」
「ええ。行きましょう」
 アルヴァイムは悠季の手を取ると賑やかに談笑する人々の間に入っていった。



 宴もたけなわ。
 顔見知りが多い会場ではあったが、合コンと銘打たれた以上ハメを外す者は多かった。
「王様だーれだッ」
 準備万端で王様ゲームを始めたのはカズキ・S・玖珂(gc5095)だった。
 酒も回ってかなりはしゃいでいる。
 談笑していた回りの相手にそれぞれ引かせた結果、何が幸いしたのかカズキの元に残ったのは王様の札だった。
「お、幸先が良いな。では、6番が3番の耳元で30秒間甘い台詞を囁く!」
「ああ‥‥?」
 途端に不機嫌そうな藤村 瑠亥(ga3862) が振り向く。手元には6番の札が握られていた。
 片方だけになった目がぎらりとカズキを睨む。
 子供ならそれだけで泣き出していただろう。
「あ、いや‥これはそういうゲームだから」
 気圧されつつも気を取り直し、6を7と言い換えてゲームは続いていった。
 理由もなく騒ぎ続ける彼らを、藤村は呆然と見ていた。
「‥‥何なんだ、これは」
 カズキはあの通りだったが、藤村は別に不機嫌だったわけではない。
 睨んでいるように見えたのは単に困って眉根を寄せただけだ。
 普通のパーティのつもりで参加し、礼儀として談笑しているだけのはずだったのだが、
 どうにも自分を取り巻く女性の反応はそれだけではない。
「藤村さん、それよりもこの前の依頼のお話、聞かせてくださいよ」
「あ、私も気になるー。バグアの強化人間と1対1で戦った時のお話っ」
「俺は‥‥その‥‥」
 困った。何を言っても意図通りに通じる気がしない。
 彼女達が頑迷なのではなく、自分が読み違えているという気配がある。
 困った藤村はグラスを置く振りをして視線の置き場を探す。
 丁度良いことにすぐ近くには、ミラベル・キングスレー(gz0366)中尉が立っていた。
 既に他の者と何事か話しているがこの際仕方ない。避難させてもらおう。
 そこまで考えてようやく、藤村はぎこちなく笑顔を浮かべた。
「すまん。まだ挨拶が済んでいないんだ」
 回りの女性に軽く頭を下げ、ミラベルの元へ向かう。
 その数分後、藤村は避難先が間違っていることを痛感することになった。


 藤村同様にパーティにほのめかされた趣旨に気付いていない者は他にも多数居た。
 藤村は違和感に気付いていたが、その違和感にすら気付かないものも居る。
「ごう‥こん?」
 三枝まつり(gz0334)はかくり、と首を傾げる。
 その仕草が愛らしい。
(違う、そんなこと考えてる場合じゃなくてだ)
 須佐 武流(ga1461)は思考を切り替えるために少し頭を振った。
 今のまつりの反応、かなりの難敵だろう。
 言葉を知らないということは無いのだろうが、上手く繋がってないのは確かだ。
「だから‥‥つまりだ。男と女が相手を探す集まりだ」
「要はお見合いみたいなものですか?」
「違うとは言い切れないが、合ってるわけでもないな‥‥」
「?」
 埒が明かない。NGワードを避けていれば当然のことだが、
 かといって一度で理解できるような下世話な話をするわけにもいかない。
 兎にも角にも余計な邪魔に入ってもらっては困る。
 須佐は会話をしながら徐々に会場の端へとまつりを誘導した。。
「そういえば、実家のほう大丈夫なのか?」
 須佐は聞かないといけないことを切り出した。
 喧騒の中なら、意識しない限り聞かれることはない。
「え‥ええ、まあ‥」
 まつりの言葉は歯切れが悪かった。
 ここでは喋り難いのか、余計な心配をさせまいとしているのか。
 どちらとも取れるが、心配は募る。
「まだ解決してないなら‥大丈夫以前の問題か。
 でもよ‥俺が何とかしてやる。そのために‥俺がいるんだからな」
 まつりははいともいいえとも言わない。
 代わりに嬉しそうに、恥ずかしそうに小さく微笑んだ。
 須佐は満足そうに、その笑顔を受け取った。
「‥‥ここに居てもしょうがないな。俺の家で続きをやろう」
「武流さんの家で?」
「ケーキくらいなら用意してある」
 そう言って須佐は少々強引にまつりの手を引いた。
 相手のことを慮ったというよりは、ここにきて独占欲が強くなったのかもしれない。
 更に言えばここは知り合いが多すぎる。
 須佐はそっと、鞄に収めていたプレゼントを思い出した。
 桔梗のかんざしとこねこのぬいぐるみ、ここで渡すのは止そう。
 冷やかされたくは無いし、なにより彼女の笑顔は独り占めにしたい。
 須佐はまつりを伴って、そっとパーティから抜け出した。



「エクスカリバー級は北中央軍と南中央軍で合計4隻。これを中心に編成して‥‥」
「いつ頃に進宙予定で?」
「来年の頭から動きはあるはずだけど‥‥詳しいことまでは‥‥」
 パーティに似つかわしくない会話を続けるのはジャネット・路馬(gz0394)とアルヴァイムだった。
 パーティ向けの装いかと思えばブレがない。
 気楽に喋る機会ではあるから、大事な事だった。
 ひとしきり聞きたい事を聞いては見たが、どうしても公開された情報に留まる。
 また時期を変えるかと考えたアルヴァイムはふと視界の隅に妙な物を捉えた。
「‥‥失礼。すこし席を外します」
 言うが早いか駆けて行くアルヴァイム。
 視線の先には見知ったのっぽと、やたらと大騒ぎするちびっこの姿があった。
「ぐぬぬ、お子様、しかもしっと団総帥である僕を呼んでおいてこの展開とは良い度胸だ! 粛清だーテロだー!!」
 しっと団とは!
 カップル撲滅・桃色殲滅を掲げてLHに(バカ)騒ぎを起こす、モテない傭兵達によるテロ(っぽい)組織である!
 悪の秘密結社風に紹介してみたが、乗り込んできたのは総帥の 白虎(ga9191) ただ一人。
 ピコハン振り回しつつ、既にくっついたカップルに突撃していく。
 見ようによっては悪酔いの類に見えるが、ノンアルコールである。
「舞香さん! 事情を聞いたので普通に元気付けにきました。という訳で一緒に暴れましょう」
「はぁ」
 流石に酔っていても混ざれなかった。
 孤立無援。一人寂しくこのまま連行されるかと思ったその時、白虎に助けが表れた。
 季節外れのかぼちゃの仮装をみにつけ、おもちゃの鎌を振り回すジャック・ジェリア(gc0672)だった。
「リア充はいねがー」
 何かが混ざってもう訳がわからない。
 一杯居るよ、等と突っ込めば確実に突撃されそうな異様な雰囲気だ。
 勿論、返事がなくても突撃する気満々である。
「リア充はヘブァッ!?」
 手近な目標に突撃しようとしたジャックに死角から飛び込んだアルヴァイムのアッパーが炸裂。
 きれいな放物線を描きつつ空中を舞った。ような気がした。
「ジャーーーック!」
 倒れこんだジャックの耳から、白虎の声が遠ざかる。
 あいつ逃げたな、と頭の隅で判断して処刑リストに加えておく。
 何にせよ自分も危ない。早く立たなければ。
 ジャックは素早く身を起し、アルヴァイムとは逆の方向に走り出そうとする。
「どこへ行く気だ?」
 いつの間にか目の前に立っていたタルト・ローズレッド(gb1537)を見て、ジャックは固まった。
 身長140cmに満たない彼女は遠めには子供のようにも見えるが、仁王立ちする姿からは不穏なプレッシャーが発散されていた。
「えーと、リア充撲滅?」
「ほー。リア充の定義とやらはよくわからんがそういうお前はどうなんだ?」
「似たようなものかもしれないな」
 冷たい汗が背中を伝う。これはイヤなパターンだ。
 沈黙が流れること数秒。
「つーかな‥」
 タルトは言いつつ胸の前で拳を握る。
「お前はこんなとこで何をしとるかっ!」
 低い位置(意図したわけではない)からの渾身の一撃が、またもジャックを吹き飛ばす。
 能力者だから頑丈と思って皆やりすぎだろと思わなくも無い。
 ジャックは吹き飛んでる刹那にそんなどうでも良い事を考えていた。
「‥‥‥‥」
 視線を感じる。タルトは起き上がろうとしているジャックをじっと見ていた。
 さっきの呆れ果てた視線とはまた理由が違うようだ。
「どうした?」
「‥‥なんでもない」
 拗ねているのか、多分。
 浮気しているわけではないとは言え、馬鹿騒ぎに乗っかった理由は彼女以外の女性が理由だから。
 証拠もない、怒るのも大人気ない、もやもやが胸のうちにたまるだけ。
「いやぁ、予想外の所からツッコミが飛んできたなぁ。サンタも俺の敵だな」
 アルヴァイムがサックス持ち出そうとしていたUNKNOWN(ga4276)と合流し、
 騒ぎの主の白虎を探して消えていった。
 ミラベルはこちらを見ているが、タルトを気遣ってか近寄っては来ない。
 人一人分の距離がそこにある。
「楽しかったかい?」
 誰に話しかけるでもなく発した言葉だが、相手には伝わったらしい。
 答えづらそうに苦笑するばかり。
「まったく‥そんな下らんことしている暇があったらその‥なんだ、私をどっかか連れて行くとか‥」
「はいはい」
 ジャックはタルトに答えて立ち上がり、咥えていただけの煙草に火をつけた。
「そうだ。折角だからプレゼント。まぁ、メリークリスマス」
 その煙草をミラベルに渡す。
 ミラベルは驚いたようにそれを見るが、受け取って一口だけ大きく肺に吸い込んだ。
「きついのね」
「そうかな?」
 ジャックはそれだけ聞くとタルトを抱えあげて、部屋の外まで歩き出した。
 腕の中でタルトがもがくが別に恥ずかしい以外に文句はないのだろう。
 見送ったミラベルは、残った火をそっと灰皿に押し当てた。



 村雨 紫狼(gc7632)は不満だった。
 何故か。10歳から13歳の美幼女が居ないからだ。
(合コンと暗にほのめかされたから、みーんな適齢期やんか!)
 酷い話だが、真性のロリコンには適齢期の女性などババア同然である。
 一応、条件にあう女性も居ないではなかったが。
(んん〜美具たんはいい線いってっけどなーうん、18歳の合法ロリはなんちゃってロリ!!
 真のロリータに非ずっ、ただの小さい女性なのだよ!)
 紫狼の視線が美具に向けられる。一瞬、美具・ザム・ツバイ(gc0857)は何かが背中を這うような悪寒を感じた。
 驚いて背中を振り向くが視線の主らしい人物を発見できなかった。
 背後には談笑する健全な男女ばかり。美具の頭上に大量の疑問符が沸く。
 ロリコンにこう言った不躾な視線を送られるのは少なくなかったが、
 流石にその件の人物が完璧な女装をしているとは夢にも思わなかった。
「どうかした?」
 目の前の相手は流石に美具の様子を不審に思った。
「何でもないぞ」
 微笑みかける笑顔にどきまぎするが、笑顔の内情を知ってしまうと素直に喜べない。
(これは完全に子供扱いされておるな)
 美具はもどかしい思いを、炭酸入りのオレンジジュースで飲み下した。
 そうとわかれば目の前の男性の魂胆も透けて見えてくる。
 こうやって美具の相手をしていれば他の人間に話しかけられにくいだろう。
 楽しんでいるのも本当なのだろうが、他の女性と話をするのが面倒という事もあるのだろう。
(まあ良い。理由はともあれこの男を独占できるなら悪くない。美具を邪険にする視線も心地良いしのう)
 邪気の無い笑顔を見ながら、二度の失恋を思い出してしまう。
 美具は寂しいような懐かしいような、不思議な感覚にとらわれていた。

 話の紫狼に戻す。
 ターゲットの居ないことを嘆いた彼の選択は、完璧な女装によって男を釣り、トラウマを残すこと。
 美具にばれなかったように、多くの男性と会話をしていてもしばらくはばれなかったのだが‥。
「‥‥‥」
「どうかなさいました?」
 喋っていた相手の男性の笑みが凍り付いていた。
 徐々に何か確信を得たのか、男の顔は苦い表情を鮮明にしていく。
「‥‥おい」
 急に男が紫狼の(詰めた偽)胸を揉んだ。いや、掴んだ。
「きゃっ☆」
 可愛い声をあげて逃げてみるが、紫狼は少し嫌な予感がしていた。
 男の反応は相変わらず固い。
 これはもしかして‥‥。
「てめえ、男だな」
 偽乳がばれたらしい。
 完璧な変装だったはずだが、どういうことだろう。
「そ‥‥そんなこと‥」
「危うく騙されるところだったぜ。だが見てくれだけじゃ女とは言えねえな。てめえには、女の匂いがしねえ」
 野生動物かよ。と突っ込みたくなったが、確信に至った目を見ながらそんな台詞ははけなかった。
 そういえばどこかで聞いたことがある。汗の匂いには異性を引き付ける成分が含まれているとかなんとか。
 女を良く知る男であれば、その匂いを感覚的に知っていてもおかしくない。
「今思えば話し方も完璧だったが、会話の回し方も男だったな。さあ、どうしてくれようか‥」
 絶対絶命。クリスマスのこの時期にこのジョークはどうやら拙かったらしい。
 徐々に包囲が狭まる中、紫狼の肩を叩く者がいた。
 ゆっくりと振り向いた先には妙に無表情なアルヴァイム。
 彼は左手の親指で後ろの大きなドアを指差している。所謂「表へ出ろ」のポーズだ。
 それが周囲の意見の総体であり、それ以上長居すれば身の安全が保証されなかっただろう。
 紫狼は大人しく室外へと連行されていった。



 甘くないトラップはさておき、別にこんな変な面々ばかりでパーティが開催されたわけでもない。
 当初の呼びかけどおり、ミリハナク(gc4008)は合コンとしてその場に参加していた。
 見た目にも艶やかなドレス、美しい金の髪。男性ならば思わず振り返るような美貌がそこにあった。
 特に女性の気配がない前線務めの長い軍人達には、強すぎる色香だったろう。
 ただ、口を開けばメッキは剥がれた。
 彼女はみかけこそ美女と形容して良い女性だったが、その内面は戦場の灰色に染まりきっていた。
 本来ならあるはずの、色香を引き立てる熱が足りない。
 それは言葉を介して徐々に話相手に伝播していった。
「そうか、なるほどそうか‥。ははははは」
「ふふふふふ」
 戦争こそが日常、と言い放った彼女に軍人達は好意的だった。
 下手な気遣いをしなくて良い相手というのはありがたいのだろう。
「であれば、お嬢さんのキスをいただくには手柄が必要だな」
 年嵩でヒゲを蓄えた恰幅の良い大尉が嬉しそうに笑っていた。
 士官学校からではなく一兵卒から今の地位まで上り詰めた、何十年も戦場に立っている歴戦の古強者だ。
「その時は是非とも競い合いましょう」
 両者の間にあった違和感は取り払われ、一騎当千の猛者は互いの杯を静かに打ち合わせた。
 合コンの会場ではあったが、代え難い戦友となりそうな人物と知り合うことができた。
 ミリハナクにとっては今回これが最大の成果となった。
 残る課題は、彼女自身の恋愛に関わる。
「あら、あれは‥」
 ふと視線を上げた先で、ミリハナクは意中の相手を見つけた。
 他の者と談笑しているが、気にすることはないだろう。
「申し訳ありません。すこし挨拶に回ってきますわね」
 優雅にお辞儀をすると、スキップするようにミリハナクは近づいていった。
 手に入ったものに興味は無い。
 手に入らないものにこそ価値がある。
 刹那的な思考の彼女にとってミラベルは、最も望ましい高嶺の花に見えていた。



 合コンらしいノリも落ち着きをみせた。
 一番の原因は盛り上げ係であるカズキを鷹代 由稀(ga1601)が黙らせてしまったことにある。
 今まさに女性を口説こうという時に「‥‥ボス。君、恋人いたはずじゃ」は無いだろう。
 これ以上余計な口を挟む前にブルスケッタを3枚ほど突っ込んでやったが自業自得というやつだ。
 鷹代はそこまで考えて視界の隅の後輩を見えないことにした。
 ついでにいえば口説きたい以上に重要な用事もある。
 こればっかりは邪魔はされたくない。
「で、何悩んでるのかは‥言ってくれないのかな?」
 鷹代はそう切り出した。
 ミラベルは小さく苦笑する。
 鷹代にはそれが否定なのか拒否なのか、判別は付かなかった。
「確かに悩んでるけど、漠然としすぎてて言葉にできないかな」
 またかわされている。
 鷹代は好きな人の力になりたいと思う一方、自分ではその位置にいけないという焦燥もあった。
 何が自分に足りなかったのだろう。
 思う一方、鷹代は優しい笑みを浮かべた。
「あなたはもう少し周りに寄りかかった方がいいわよ。そんな気がする。
 私の肩でも背中でも‥塞がってるのは一つだけだからさ。いつでも‥ね?」
 鷹代の気持ちは、ミラベルにとってありがたいものだった。
 けれどもミラベルは頷けなかった。
 この細い背中は、きっと自分を支えられない。彼女にはそんな予感があった。
 ただでさえ、既に一人彼女だけを頼りにしている者が居る。
 例え本人が良くても自分が入り込む余地は無いだろう。
 友人としてならば付き合えても、これ以上深入りはできない。
「ありがと」
 ごめんね。心の中で呟く。
 相手の限界を規定しているようで胸がちくりと痛むが、
 不安定に見える足場に乗れるほどの勇気は、今のミラベルには持てなかった。
 友人、愛人、恋人。彼女との距離は求めるものと致命的にずれていた。
 彼女との付き合いがもっと浅いものなら、何も気にせずにもう少し寄りかかれたかもしれない。
 代わりに欲しかったものは明確になった。
 それが彼ら彼女らとの間では永久に満たされそうにないことも。
「あ、そーだ。悩みが解決したら聞いて欲しい事があるのよ」
「いいよ。その時にラストホープに居たらね」
 苦笑しつつも応じる。
 元から忙しい身の上で、この年末ような長期休暇がそもそも珍しい。
 言葉に伏せた理由はあったが鷹代は気づくこともなく、
「仕事だったらしょうがないね」
 と同じく苦笑で返した。
 鷹代が何かを更に言おうとする前に、2人の時間はあっさりと終わりを迎えた。
「お久しぶりですわー!」
 スキップするようにやってきたミリハナクが、そのままの勢いでミラベルの胴のあたりに抱きついていた。
「さあ、何の脈絡もなくいちゃいちゃしましょう。酔っているのなら無礼講ですわ、一夜の悪夢ですわ」
 ミラベルが制止する間もなく、抱きついてきゃーきゃーいい始める。 
 湿度が高くなった鷹代の視線に気にもとめない。
 更にはあろうことか、悪戯気味にミラベルの胸のあたりを触りながら、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「こいつ‥‥」
 鷹代の理性がどこかで弾けていた。
 その後、ミリハナクを引き剥がそうと掴みかかった鷹代は妙に女性らしく見えたと、
 後にカズキは述懐していた。



 綾河 零音(gb9784)はきょろきょろと人を探しながら会場を歩き回る。
 呼びかける声に答える間も惜しいと言わんばかりに、慌しく人の間をすり抜けた。
 彼がこの会場に来ているのは名簿を見て知っている。
「ヘンリー先生!」
 綾河はようやく見つけた相手、ヘンリー・ベルナドット(gz0360)に走り寄った。
 ヘンリーはいつもと変わらず女性と楽しげに談笑しているようだったが、
 綾河に気付くと、いつもどおりの気さくな笑顔を向ける。
「よう、どうした。レディはそんなに慌てて走っちゃダメだぜ」
 茶化すように笑うヘンリー。しかし途中から、綾河の様子に気付いて居住まいを正した。
「これからがこの戦争の正念場だと思うの。だから、今のうちに言っときたい」
「‥‥おう、良いぜ?」
 ヘンリーの笑顔はいつになく優しい。
 気付けば回りの女性達は雰囲気を察してその場をすこし離れてくれている。
 彼も、私の気持ちに気付いてくれたのだろうか。
 もう後戻りできない。する気もない。
 綾河はありったけの勇気で、続きの言葉を告げた。
「‥‥あたしは、綾河零音は‥ヘンリー・ベルナドット、貴方が好きです」
 その気持ちにいつ気付いたのだろうか。
 そうじゃない。気持ちはずっと積み重なってきたものだ。
 気さくな笑顔を浮かべる彼も、仕事をしているときの真面目な彼も、全てがたまらなく好きだった。
 だから伝えたい。今を逃せばもう言えないかもしれないから。
 叶わなくても良い。自分の気持ちが伝わらずに、死んでしまうなんて事にはなりたくない。
 戦争の最中に生まれ、戦いの中に育ち生きてきた自分が、これから生涯最後まで愛するのは、ヘンリー唯一人だから。
「‥戦争が終わって、2人共生きてて、あたしがもーすこし大人になってたら、一緒に生きてくれないかな」
 限りなくプロポーズに近い言葉だった。
 自分では年の差も身分の差もわかった上での言葉だが、男性からはどうだろうか。
 体面も仕事も、自分が想像する以上に色んなしがらみがあるのだろう。
 伝えきった以上は断られても仕方ない。綾河は覚悟しながらヘンリーの答えを待っていた。
 見上げたヘンリーは難しい顔のままだったが、険しさは感じられなかった。
「気持ちは嬉しい‥‥が、やっぱ、生徒と教師だからな。
 俺も即答するなんて無責任なことはしたくねぇ。そう、だな‥‥悪ぃが、少し時間をくれねぇか?」
 ふっとヘンリーが笑う。
「こういうことは、後々の事になろうとも、ちゃんと腹括って、男から言わせてくれ。頼む」
 綾河の視界が、少しだけ滲んだ。
 即答できない事はわかっていた。その上でこれなら最良の答えだろう。
「うん、わかった。待ってます」
 それだけなんとか口にした。口を開けば嬉しさで嗚咽を漏らしてしまいそうだった。
 黙って見守ってくれる目は暖かくて、いつもの‥
「リア充は粛清だぁー!!」
 浸っていた綾河の頭上からあんまり聞きたくない声が振ってきた。
 白虎だった。ジャックを犠牲に逃げ切り、暴れる機会を伺っていたらしい。
「と言うかお前は所属団員だろうが、何をやってる!」
「そうだったか?」
「むきー!」
 がらがらと、雰囲気が音を立てて崩れていく。せめてもう1分ぐらい、浸っていたかったのに。
 綾河は腰から下が脱力し、思わず座り込みそうになった。
「零音さんにもモテているようだし、ここは二人纏めて、ピコハンで粛清だ! 尻をたたきまくってくれるわー!」
「そうだな。尻を叩かないとな」
 白虎の背後にたった人物がすっとピコハンを奪う。
 アルヴァイムだった。逃げ切った不届き者を追っていたらしい。
 白虎は振り返りもせずに全力で逃走。アルヴァイムもすかさず追いかける。
 ドアの近くにはUNKNOWNが待ち構えている。とても逃げ切れないだろう。
「というわけだ。次の機会にな」
 ヘンリーが綾河の肩を叩く。
 その感触が、今までの会話が嘘でなかったと綾河に伝えていた。



 アルコールも入ってくれば辛気臭い空気の一つや二つもにじみ出る。
 料理を好きなだけ摘んだジェーン・ヤマダ(gz0405)は、続きはビールだけを飲みながら時間を潰していた。
 合コンと言っているのに恋人連れも多く、そうでない者は早々に誰か相手を見つけている。
 彼氏持ちのジェーンはなんとなく居心地の悪い空間になってしまった。
「元気がないですね、オペ子さん」
「‥‥はじめちゃんも来てたんですね」
 ジェーンはおつまみ代わりにフライドポテトを飲み込む。
 現れたのはワインのボトルを持った立花 零次(gc6227)だった。
「私で良かったら愚痴とか聞きますよ?」
 言って彼はグラスを渡し、そっとワインを注いでいく。
 ジェーンはグラスにたまっていくワインをじっとみていた。
「愚痴というか、お仕事が疲れただけですよ?」
「彼氏さんが来ないことは?」
「連絡間に合わなかったので来るわけないです」
 溜息。忙しいのも本当だったのだろう。年末になって余裕は出来たようだが、
 必要なだけの余暇ではなかったらしい。
 ジェーンはワインを一息に飲み干す。
 雰囲気も何もあったものではないが、そうしたい気分だった。
 零次は小さく苦笑した。
 時間はパーティ開始から2時間が経過し、人によっては引き上げる者も出始めている。
 アルヴァイム・百地夫妻がファリスから赤子を受け取り、何事か話している。
 会話の内容はそこまで明瞭に聞こえてこないが、この後の話や連絡等のことだろうか。
 百地は一通り確認すると授乳のために赤子を連れてどこかへ歩いていく。
 傍目に見ても、幸せの気配が濃密だった。
 上手くいかなかった者には、少々目の毒だな、とも同時に零次は思った
「そうだ。コレ、オペ子さんに似合いそうだと思いまして。クリスマスプレゼントです。
 深い意味はありませんし、怪しくもないですよ。良ければ受け取ってください」
 零次はラッピングされた箱をジェーンに渡す。
 ジェーンは「開けても良いです?」と聞くと、そっと箱をあける。
 中に入っていたのはねこみみフード。
 ジェーンは少し考えたあと、何の躊躇もなく頭に被って見せた。
「本当に似合うと思ってます?」
「ええ、とても」
 ジェーンは少しだけ笑った。
 憂鬱の陰りが、ほんの少しだけ消えたような気がした。



 一方、アルヴァイムと別れたジャネットはグループを変えて談笑の輪に加わっていたのだが、
 唐突にピンチに陥っていた。
 振舞われた酒を杜若 トガ(gc4987)の服にこぼしてしまい、それが理由で絡まれていたのだ。
「一発でこの失態をチャラに出来る手があるが‥‥どうする?」  
 肩を抱き、耳元に台詞を吹き込みながら、トガの指は顎下から首筋を触れるか触れないかのタッチで撫でる。
 慣れてないらしいジャネットは顔を真っ赤にして返事に窮するばかりだ。
 勿論、こぼれるように仕向けたのはトガだ。
 すこしばかり遊びすぎたかもしれないが、これはこれで表情の変化を見るのが楽しい。
「‥‥何を‥‥なさってるんですか」
 そうやってトガがジャネットで遊んでいると、見知った顔が現れる。
「よう、奇遇だな」
「こんな所で、奇遇‥ですね」
 ラナ・ヴェクサー(gc1748) は溜息をついて、トガの衣服を見た。
 安い服ではないだろうけど、こういう遊び方をする以上惜しくも無い服なのだろう。
「ジャネットさんも‥‥、そういう悪戯‥なんですから、付き合ってちゃダメです」
「え‥‥は、はい」
 ラナは「なんとかするから」とジェスチャーで伝え、ジャネットを追い払った。
「逃げられちまったな」
 惜しくも無さそうにトガは言う。
 視線は既にラナに向いていた。
 それに気づいたラナは、ほんの少しだけ頬を赤くした。
「丁度良かった‥です。貴方に‥聞きたいこと‥あったんです」
「おう、いいぜ」
「貴方の‥昔の事。聞かせて‥いただく約束でした」
 来るものが来たか、とトガはゆっくりと一度、目を瞑った。
「‥‥俺があと四半世紀の命ってのは知ってるよな?」 
 その言葉を口に出す度に、死の匂いが背筋を這い上がる。
 慣れてしまって今ではもう何とも思わない。どんなものにでも人は順応する。
 ただし記憶は別のようで、言葉を紡ぐ度に脳裏に懐かしい風景と匂いを蘇らせてくる。
 白い壁と白いカーテン、白い陽光。病的なまでに清潔な空気が全てだった頃の記憶。
 自分の欲する物の多くをそこで知った。同時に、拭えない二つの絶望も知った。
 本当ならあのまま壁の中で終わるはずだったというのに、人生はどうしてこんな風に転ぶのだろう。
「つまんねえ話だぜ。それでも良いなら、場所を変えるぜ」
 その詰まらない話を、何故話しても良いと思ったのか。
 自分を刻みたいのかもしれない。誰かの体だけでなく、記憶や心にまで。
 子が親に人生を引き継ぐように彼もまた、誰かに引き継いで欲しかったのかもしれない。
「‥そうだ。こいつをやるよ」
 トガは思い出したようにラナに小さな紙袋を押し付ける。
 中にはゲームセンターの景品によくあるうさぎの帽子が入っていた。
「貴方から‥貰える、なんて‥ね。‥‥ありがとう」
 ラナは僅かに微笑む。
「お返し、しないと‥ですね。何が良いですか?」
 ラナの聞き方はぎこちない。どういう返事になるのか、少し警戒しているのだろう。
 そして、期待しているのかもしれない。
「俺の欲しいもんだ? そりゃあ、言わないでも分かるだろ?」
 トガは言ってラナの耳元に口を近づける。そして息がかかる距離で、
「俺のプレゼントと等価になるだけお前をよこしな」
 と誰にも聞こえない声で囁いた。舌を出せば、ラナの耳に届いたかもしれない。
 ラナが頬を赤くしているのを見ると、トガは満足げに意地の悪い笑みを見せ、ラナの手を引いた。 



 偶然、ミラベルはトガとラナが身体を寄せあう姿を目撃してしまった。
 ミラベルは咄嗟に目を逸らす。普段ならマナーとしての行為だが、今は妙に気まずかった。
 トガに手を引かれたラナは、ミラベルの視界からも消えていく。これから互いの熱を分け合うのだろうか?
 普段なら気にかけることでもないことなのに、今日はどうしてか胸が痛い。
 2人の姿に2年前の自分が重なっている。手を引いてくれた背中が幻となって目の前を過ぎ、気付けば風景が滲んでいた。
「‥‥リカルド」
 呟く声は揺れていた。喧騒の中なら、あるいは仮初でも誰かの腕の中ならこの寂しさも紛れるのではないか。
 そう自分を誤魔化した結果は惨憺たるもので、余計に寂しさを感じるだけだった。
 肌が合わされば良いのでは無い。ずっと、自分に熱を与えてくれる誰かを求めていた。
 ふと、ジャックから貰った煙草の匂いが鼻腔の中で甦る。
 ミラベルは思い出す。匂いも味も違うけれど、答えはこの匂いと共にあった。
 ただそれが絶対に届かないもので、見えない振りをして諦めて、別の答えを探していたのだ。
 結局、見付からないのは変わらない。それが誰にとっても、代え難い熱なのだから。
 ミラベルは寒さに身を竦める。想いの渦中にあったミラベルは、背後に人が立っていることに欠片も気付いていなかった。



 追儺(gc5241)はパーティの最初の頃から一歩離れて会場を眺めていた。
 話をするには吝かではないが、バカ騒ぎとなると混ざっていくのに勇気が要る。
 眺めているだけでも楽しいからと庭と廊下の間に陣取っていたわけだが、予想外にここは会場を眺めるには良い場所だった。
 逢瀬を目撃したのもトガとラナの回が最初ではない。
 ミラベルに声をかけたのは、単純に気まずさを紛らわすためでもあった。
「寒い季節には人が恋しくなるのかね?」
 追儺は自分の存在を教えるように声を出す。
 案の定、彼女は欠片も気づいて居なかったらしく、驚いたように振り返ってきた。
 その目元に薄く涙を浮かべているのを見て、黙って去れば良かったかと少し後悔した。
 涙に気づかない振りをするために、視線はしばらくあげずにいた。
 気付いてしまえば、余計に気まずい空気になりそうだった。
「そういえばミラベルは、休暇の後はどうするんだ?」
 強引だが話を変える。このままだと涙の理由を聞くことになりかねない。
「まだ決めてないわ。宇宙って選択肢もあるけど‥」
 目元を拭いながらミラベルは答える。
 言葉には熱がなく、それが彼女にとって重要であるようには聞こえなかった。
「宇宙か‥‥俺は空が好きだ、その向こうにある宇宙にも行ってみたい」
 無論、危険はあるだろうし不安もあるが、それでも行ってみたい。
 追儺の理由はそれぐらいの単純なものだったが、単純ゆえに迷いも後悔もなかった。
 弱い心を会場の陰で曝け出していた彼女には、自分の横顔はどう写るだろう。
 そんな益体のないことを、追儺はふと考えた。 
「どうも、口下手で良い言葉が出てこないが‥‥な。理由なんて『そうしたい』ぐらいで十分なんじゃないか」
 ミラベルの視線を感じる。不意にこみ上げた恥ずかしさに鼻の頭を掻く。
「何を言ってるんだろうな?」
「‥‥わかるよ。ありがとう」
 ミラベルは小さく微笑む。
 僅かに沈黙が落ちる。ミラベルの視線は追儺のほうを向いているのに、追儺には彼女と目を合わせている実感がなかった。
 こうしながらも、彼女はきっと遠くの別の何かに想いを馳せている。
「少し、出かけてくるわ」
「ああ。いってらっしゃい」
 このまま戻らないな、と確信した。
 誰かが彼女を追うだろうが、引き止める義理もない。
 追儺は手に持っていたグラスのワインを飲み干した。
「‥‥まぁ、祝福を祈るよ、メリークリスマス。全ての人に祝福を」
 悲喜交々、それも人生。誰に向けたわけでもない言葉は、誰に届くこともなく白い風景に溶けていった。
 



 飲み会と貸した一角ではまだアルコールの応酬が続いていた。
 鷹代の前でまた一人、男が沈没していく。
 座り込んで寝息を立て、動きだす気配がない。
「ボス」
 呼びかけるのはこの段階になって用のなくなった後輩のカズキだった。
 顔を振り向けると、どこかを気にしてそわそわしていた。
「すまない、急用が入ったのでハケる。あとをよろしく!」
「おいっ!」
 カズキに逃げられた。というより追っていったのか。
 誰かを見つけたらしく、足取りは速く迷いが無い。
 鷹代はもう一度周囲を見渡す。起き上がりそうな奴、まともな思考を持って奴。
 どちらもこのテーブルには居ない。頃合だろう。
 2人きりで話すには、程よい加減だ。これなら邪魔は入らない。
 気の利いた台詞を言える柄でない以上、気取らずに真っ向勝負をかける。
 そう思って鷹代はミラベルが涼みに行った庭のほうを見る。
「‥あれ?」
 ほんの少し前までそこで誰かと話していたはずの彼女は、いつの間にか姿を消していた。
 慌ててあたりを見渡す。鷹代はぎりぎりで、廊下を通り玄関に向かうミラベルの背中を見つけた。
「‥‥ミラちゃん?」
 立ち上がり走る。思った以上にアルコールが回っており、何度かこけそうになる。
 普段なら心地よいと感じる感覚が今は疎ましい。
 それでもなんとか足を進める。
「止めておけ。追わないほうが良い」
 扉を抜ける直前に、呼び止められる。
 UNKNOWNが煙草をふかしながら、ミラベルの去った方向をじっと見ていた。
 ロイヤルブラックの艶無しのフロックコートに、ウェストコートとズボン、兎皮の黒帽子。
 コードバンの黒皮靴と共皮の革手袋、パールホワイトの立襟カフスシャツ。
 スカーレットのタイとチーフ、古美術品なカフとタイピン。
 何も変わらないいつもの姿。
「傷つくぞ」
 そしていつもと同じ口調で、人の心を見透かしたように物を言う。
「偉そうに、知った風な口を‥‥」
 顔も見ずに吐き捨てると鷹代は走った。
 男性を感じさせる雰囲気が無性に嫌だった。
 そして、こいつの言葉が恐らく正しいのだという事もわかっていた。
 ミラベルは何かを選んだ。それは自分ではない。
 諦めきれない感情のまま部屋を出て、玄関を過ぎる。そこで立ち止まった。
 雪が音を殺し、僅かな痕跡も消し去っていく。
 暗闇の中を駆けていった彼女を、鷹代は追うことが出来なかった。
 深い夜の黒は2人を隔て、鷹代から高揚の熱さえ冷ましていく。
 パーティの喧噪と陽気なクリスマスソングだけが、変わらず玄関まで響いていた。