タイトル:騎士への転生:仁マスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: 不明
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/01/07 18:34

●オープニング本文


 エドガー・マコーミック(gz0364)が連れて来た少年―ウィルについて最初に問いただしたのは、北米戦線からの撤退途中に立ち寄っていた金髪の少年だった。
「‥‥ねぇ、エドガー。君、正気?」
「問題無い、プロード。判断あってのことだ」
「‥‥ふぅん、そっか」
 エドガーの言葉は果たして、少年にとってどれほどの意味があったのか。
 返答に、金髪の少年―プロードと呼ばれた少年は笑みを浮かべた。
 エドガーがエドガーのままに、翻意も裏切りの意志も無い事に安堵するように、笑っていた。
 でも、なんでだろう。深い淵を覗き込んでいるような錯覚が少年の心を灼く。
 エドガーが。否。彼の側近のバグア達すらもそれを知る事なく、少年と何事も無いように会話を続けている事もまた、ウィルにとっては不吉で。
 知ってる。この感覚は、とても馴染みがあった。
「エドガー。君の道行きに幸あれ。君がいなくなったら、寂しくなるし」
 そうして―致命的な何かはそのままに、すれ違って行く。



 上司の調子は頗る良い。
 日を追うごとにヨリシロの能力を引き出し、今や生前と遜色ない性能に回復しただろう。
 元から持ち合わせていた経験も加えればゼオン・ジハイドでも指折りの強さと言っても良い。
 本来なら強いバグアはそれだけで誇れる上司なのだが、そこまで分析し終えたアトオリの表情(に相当する鏡面に近似する装甲)は暗い光を湛えていた。
「今すぐ戦闘を中止しろ! 民間人まで追撃するな!」
 今日もまた理解できない命令が飛ぶ。アトオリは上司の奇行を諦めの眼差しで眺めていた。
 先日、彼に反抗的だったバグア達が『命令の無視によって』揃って戦死したため、以前より遥かに部下達は従順に動く。
 しかし未だに誰もが彼を理解しきっているわけではない。
 多くの同胞が命を救われている事は事実だが、異星人を取り込んだばかりの上司はやはり奇異に映った。
 先日の一件も同様だ。飼っていた強化人間と親しかったという少年を連れて帰ったが、洗脳も強化もせずにあまつさえ配下の強力な強化人間を与え、何もさせていない。
 従順な相手なら洗脳のコストも少なく、子供なら諜報員として利用価値があるというのにもったいない。
「戦闘の中止を確認しました。キメラの小隊、全ユニットを基地へ帰還させます。偵察用飛行キメラにより作戦区域内を監視中。
 生存者、1名。他は発見できず。今後、発見される可能性はほぼ皆無です」
 極めて事務的なアトオリの報告を聞くと、エドガーはすぐさま市街地へ駆けていった。
 アトオリはエドガーを引き留めなかった。彼の行動の全てが正しいとは思わない。
 だが一定の行動の中に一考すべき新しい価値観を備えている。
 観測から価値ある論理を抽出するまでは止める必要はないだろう。



 シェアトが死んだ。その事実は少なからずエドガーの心中に暗い影を落とした。
 戦争となればその好き勝手する気性に悩まされたが、決して悪い奴じゃなかった。
 バグアらしいバグアだったからこそ、誰もがそれぞれの方法で認めていた。
 今となってはあいつとのバカ騒ぎも懐かしく感じている。
 死がバグアにとって絶対の恐怖ではない。記憶の在り方こそが、彼らの存在意義とも直結するだろう。
「この子が生き延びれば、この子の家族のことは語り継がれるのだろうか?」
 キメラが暴れまわったその地域で、唯一助かった少女を眺めながらエドガーはふと考えた。
 エドガーはバグアらしいバグアだったが、余計な殺しには否定的だった。
 ヨリシロを得てからは特に顕著で最近ではこのように慈悲を与えることも少なくなかった。
 「人類は家畜」と言う例えは正確ではないが真実に近いものだったろう。
 他の生物全てが捕食対象なだけで、捕食対象が憎いわけじゃない。
 だから捕食に値しない者を無闇に殺すのは、生物としてどうにも気が引けるのだ。
 抱き上げられた少女はエドガーの腕のなかで泣きじゃくる。
 恐怖、悲しみ、安堵、多くの感情が押し寄せているのを肌で感じた。
「‥‥で、気まぐれを起こすのは良いですが、その子供、どうなさるんですか?」
「‥‥む」
 無線に繋いだイヤホンから副官アトオリの小言が聞こえてくる。
「お勧めの用途は、キメラの材料や餌6・潜伏用のヨリシロ2・保留2です」
「すべて却下だ」
 この副官は曖昧な言葉を極度に嫌う。感情的な行動は否定しないものの良い顔をしない。
「では、どのような用途に?」
「私が人間の陣地の元に送り返してくる」
「その行動は推奨できません。予測される敵指揮官の反応は交渉のない迎撃6 騙し討ち3 判断保留1です」
 副官はそこまで人間を信用していなかった。
「私を殺せるほどの人間は居ないだろう。いざとなればこの子供が盾になる」
 副官はそれだけ聞くと黙って引き下がる。
 機械のように無愛想且つ従順な副官を、エドガーは少しだけ有り難いと感じ始めていた。



 北中央軍はエドガーからの連絡に戸惑った。
「逃げ遅れた民間人を1名、返還したい」
 言葉のまま信用するには指揮官として不用意すぎ、罠というには稚拙すぎる。
 実際には自分の決めたルールに準拠できなかった事への彼なりの反省の仕方だったのだが、そこまで理解しているのは極一部のバグアのみだ。
 ただ不幸なことにこの街の指揮官は理解を示す気が欠片もなかった。
「バカが。能力者で背後を抑えろ。戦車隊は俺の護衛という形で前に出す。狙撃手は距離をとって配置につけ」
 中隊指揮官の大尉の言葉に、副官の少尉は慌てる。
「た、大尉。子供は、子供はどうするんですか‥‥?」
 大尉は少女のことを完全に度外視している。
 大尉は少尉が言わんとすることがわかったのか、恐ろしく冷めた目で少尉を見返した。
「ああ‥‥? ‥‥そうか、少尉にはあれが子供に見えるのか
 子供はどうせ爆弾だ。一緒に殺してやれ。どうせもう死んでる人間だ。
 ちゃんと親の所に送ってやるのが親切ってもんだろ」
 少尉は言葉を失った。確かにそれは一時期の常套手段でもあった。
 しかしエドガーが指揮官としてついて以降は一切その手の作戦は取られていない。
 今度のこともエドガーの性格を考えれば言葉通りの真実にも見える。
「良いか、少尉。俺たちの仕事はバグアを皆殺しにすることだ。
 あいつらと対話することなぞありえん。あいつらがこの街でなにをしてきたか、忘れたわけではあるまい?」
 忘れてなど居ない。彼も大尉も守れなかったものが多すぎる。 
「爆弾じゃなかったら‥‥」
「戦争のどさくさだ。わかりゃしねえ。ミンチになるのは一緒だ。
 わかったらさっさと傭兵どもを動かせるように手続きをしてこい」
 少尉はそれ以上抗弁できなかった。大尉が戦争で流れる血に酔っていると、批判することも出来ない。
 大尉がエドガーを包囲する作戦を指示する姿をみながら、少尉はそっと部屋をあとにした。

●参加者一覧

セージ(ga3997
25歳・♂・AA
クラーク・エアハルト(ga4961
31歳・♂・JG
鹿嶋 悠(gb1333
24歳・♂・AA
五十嵐 八九十(gb7911
26歳・♂・PN
ヨダカ(gc2990
12歳・♀・ER
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER
ラーン=テゴス(gc4981
17歳・♀・DG
マキナ・ベルヴェルク(gc8468
14歳・♀・AA

●リプレイ本文

 副官の少尉が傭兵に連絡に向かってからほどなくして、
 傭兵達は大尉が常駐する指揮車輌に完全装備で現れた。
 既に部隊は動き始めている為、傭兵達はそのまま配置につくように要請されていたが、
 そのまま始めるわけにはいかない事情が彼らにはあった。
「早速だけど話がある」
 そう切り出したのはセージ(ga3997)だった。
「エドガーは恐らく陽動だ。戦闘に入れば別方向から襲撃が来るだろう」
「‥‥ほう? そう判断する根拠はなんだ?」
 大尉は椅子の向きを変えると傭兵達に続きを促した。
 発言していないが後ろに控えているクラーク・エアハルト(ga4961)、鹿嶋 悠(gb1333)、
 五十嵐 八九十(gb7911)、春夏秋冬 立花(gc3009)も同じ意見らしい。
「奴は以前の戦いで後方で指揮をとるみたいなこと言ってたはず。あの子は純粋に人質の可能性が高い。
 ヤツは俺達傭兵が引き受ける。軍は敵本隊に備えて欲しいが駄目か?」
 セージはそう考えていた。この布陣からすればエドガーは本命ではない。
 しかし大尉の反応は芳しくなかった。
「今日と先日でバグアの言葉を取捨選択した理由はなんだ? それでは根拠が薄い。それだけか?」
 セージは言葉に詰まった。彼の中では直感のほうが強かったのだろうか。
 少なくとも、矛盾を抱える論理では彼を説き伏せることはできない。
「上手くいったら功績は軍だけの物にして良い。判断ミスであれば責任は取る。だから‥‥」
 セージは言い募る。だが、彼が口にした言葉は悉くが大尉の神経を逆撫でした。
「‥‥出来もしないことを言うな。この場の責任を取れるのは俺だけだ。
 自由に発言することは認めるが、最低限の分は弁えろ。わかったな」
 静かに叱責が飛ぶ。怒鳴らないのは優しさではなく拒絶が理由だった。
 大尉は大きく息を吸い込むと、眉間に寄った皺を緩めた。
「‥‥これまでの傾向から判断するにその可能性は極めて低い。が、懸念はわかった。
 最低限だが監視は立てる。これで問題ないな」
「‥‥ああ」
 意見が割れれば指揮官がその判断と責を引き受ける。それ以上は幾ら自由な傭兵の身と言っても越権行為であった。
「もう一件、提案します」
 セージが下がると次はクラークが前にでた。
「我々はエドガーと面識があります。交渉に向かい話を長引かせ、包囲までの時間を稼ぎます。如何でしょうか?」
「‥‥なるほど。やれると思うならやってみろ。許可する」
 こちらについては大尉はあっさり許可を出した。
 この案ならば自分達でタイミングを掴む機会は得られる。他のメンバーにも文句は無い。
 セージ、クラーク、鹿嶋、立花、五十嵐の5名はそれで納得し、指揮車輌を後にする。
 彼らの去った後、ラーン=テゴス(gc4981)とマキナ・ベルヴェルク(gc8468)が前に進み出た。
 ラーンはヨダカ(gc2990)の分の記入済みの契約書と、2人の未記入のままの契約書をそれぞれ大尉の前に差し出した。
「申し訳ありません。理解はできます。でも、納得できません」
「子供の命を蔑ろにするなど軍人、傭兵共にあってはならないことだ」
 マキナに続きラーンが断言する。それが2人の出した答えだった。
 クラークや鹿嶋は理解も納得もした上で、気に入らない結果を覆すためにと依頼を受けた。
 しかし彼女達はどうしても、その心境にまで至ることは出来なかった。
 いや、至っては行けないと思っていた。
「‥‥そうか」
 大尉は特に気にするでもなく2人の契約書を取り、別のファイルに仕舞い込んだ。
「教えてください、大尉。人類の為‥‥それは確かに崇高な事だけど。
 であるならば、あの子供はその中に入ってはいないのですか」
 マキナの言葉に大尉の手が止まる。大尉は視線を上げてマキナを見た。
「救えないのならば、切り捨てても構わないと思える人間は、その人類の中には入らないのですか。
 なら、ならば――人類など、何処にいると言うのですか」
 ラーンはふと思う。出した答えは同じでも、マキナと自分では誇りの形に明確な違いがあった。
 ラーンは正しく軍人がかくあるべしという理念であったが、マキナのそれは人として些か異質だった。
 自分の信ずる英雄の姿で在りたい、そう話していたマキナの言葉をラーンを今ようやく実感した。
「こんな事、理想だけの話だって解っている。
 でも、追い求めてこその理想なのではないでしょうか」
「‥‥」
 マキナは大尉が何か言い返してくると思っていたが、予想に反して大尉はしばしの間何も喋らなかった。
「理想は‥‥部下を死地に追いやるだけだ」
 疲れたような眼差しが、全てを語っていた。
 言葉を重ねなくても彼は理解してくれている。
 彼も間違いなく、自由と正義を愛するアメリカ合衆国軍人の直系なのだ。
「君達が信じる理想を信じろ。そして、今日理想を口にしたのならそれを最後まで貫き通せ。邪魔をしなければ、止めはしない」
「‥‥ありがとうございます」
 2人の気持ちの強さは最大限の譲歩を引き出した。これ以上の要求は失礼にあたるだろう。
 ラーンとマキナは静かに一礼すると指揮車輌を出て、現場へと走っていった。


 
 エドガーは変わらず待っていた。
 寒さに震える少女を気遣いながらも、周囲への警戒は解いていない。
 彼の連絡から30分。ようやく人類側の軍使となった傭兵が姿を現した。
「クラーク・エアハルト傭兵伍長、子供の受け取りに来た」
 先頭に立つクラークを始め、全員が見るからにフル装備。
 だがエドガーは気にする様子もなく、6人を見る。
「よう、久しぶりだな。さっきの連絡が本気なら穏便に済ませたいんだがどうだ。
 それとも、力づくで取り返せってヤツか?」
 セージは左手で刀の鞘を掴む。いつでも抜刀できる姿勢だ。
「他のバグアならともかく、アンタならその行動に偽りはないと信じれる
 俺からは手を出さないよ。子供を無闇に傷つけたくない」
 クラークは銃に手をつけないが、緊張しているのか差し出す手はすこし揺れている。
 その背後では五十嵐が油断なくエドガーを見据え、不穏な行動に出ないように気を張っていた。
「信じられないかもしれないが、言葉以上の意味は無い。この子を連れて帰るが良い」
 エドガーが傍らの少女に何事か言い含めると、少女はエドガーを気にしながらも傭兵達の元へ走ってきた。
 控えていたラーンとマキナが走りより少女を保護する。
 それを見届けるとエドガーは何も無かったように背を向けた。
「待て!」
 鹿嶋が呼び止める。
「こんな真似をして、どういうつもりだ‥‥?」
 当然の疑問だ。立ち止まったエドガーはゆっくりと振り返った。
「君たちが今見たとおりだ。子供を連れてきただけで今日は争う気はない」
「子供一人助けて『いい人』気取りですか? 随分ちょろいですね」
 エドガーは目を細める。言葉を発したのはヨダカだった。
 彼女の表情には普段は決して見ることができない憤怒の色があった。
「次の町を攻め落とした時、あの子供の死体を見つけたらお前はどうするのです?
 気の利いた部下が愛玩用のキメラにでもして持ってきたら?」
「‥‥」
「お父様もお母様もお婆様も皆々お前達に殺された。その子の未来がヨダカと同じならどうするのです?」
「どうもしない。その問い自体に自分達を特別なものと思う驕りがある。人とそれ以外の動物との関係を思うが良い。
 山や森から人里に紛れ込んだ野生動物は、時に保護され、時に食用に供されるだろう。それと同じだ。
 君達のバグアに対する恨みは正当なものだ。そこまで否定はしない」
 ヨダカは歯噛みした。今すぐにでも手を出したいのを必死に堪える。
 エドガーがヨリシロに引きずられているというヨダカの直感は正しかった。
 だがそれも程度の差に過ぎず、淡々と語る姿からは隠しようの無い違和感が漏れ出ていた。
「確かに。バグアを憎むのは正しくても、別件でこいつを恨むのは筋違いだな」
 言葉には牽制の意味もあっただろうか。
 クラーク自身、乗機を撃破された折に左目をやられ、数ヶ月前には見逃されたこともある。
 爆発してしまったヨダカの手前、隠しとおしてはいるが、恨みがまるで無いわけでもない。
「じゃあどうしてこんなことを? 人間に興味が‥‥?」
 五十嵐はエドガーを睨みながらもそう問いかけた。
「そう考えて貰ってかまわん。それ以外、私には君達の言葉に耳を傾ける理由はない」
 答えは明瞭だった。それを何人が信じたかわからない。
 ヨダカには信じるも信じないもなく、セージは疑うような顔を崩さなかった。
「‥‥信じますよ。エドガーさんの言っていること」
 最後に話しかけたのは立花だった。
「気がついています? 私がこの間とった方法と、同じことやっているんですよ?
 わざと目立って相手に見つけられて、自分の命をベッドして信用を得る。
 あの時信用してくれませんでしたがね」
 エドガーの表情は変わらなかった。立花の真意を探ろうと乾いた視線だけを送ってくる。
「全く、お互い利用し合うべきなのは考えたら分かったのに。どれだけ参っていたんですか?」
 立花はジト目でエドガーを睨む。ウィルやパティのことだ、わからないはずがない。
 何人か、というよりほとんどの者は何の話かもわからずに立花を見ていた。
 親しげに話す立花、それに対してエドガーの反応は冷ややかだった。
「貴様の言い分、始めから終わりまでまるで理解できん。
 私と貴様では目的も違えば立場も違う。行動の意味と価値もだ」
 エドガーが欲したのは自分に対するケジメだ。平時と非常時の線引きとも言えるだろう。
 拒絶はされたが引き下がるわけにはいかない。立花は拒絶にめけず言葉を続けた。
「‥‥さておき、私とお友達になりません?」
 周囲の人間はぎょっとした。それはこの場で言うにはあまりにも危険な言葉だった。
 エドガーからの返答がないのを確認して、立花は続けた。
「貴方の人間としての頭は、バグアの勝率はどのくらいだと思っていますか?
 ここで、別の方針を探すのも手だと思いません?」
 返事はやはり無い。視線も変わらない。立花は続ける。背中の不穏な空気を無視するかのように。
「例えば進化です。バグアは進化しないと聞きました。ですが、私なら進化させる事ができるかもしれません。
 具体的な明言は避けますがね。すぐに答えを出せとは言いません。別の道として覚えて貰えると嬉しいです」
 言い終えた立花を重苦しい目で見ていたエドガーは、ややあって徒労を感じさせる溜息を吐いた。
「変わらんな。君は他者を信じることが如何に難しいかを知るべきだ。
 少なくとも貴様の言葉、信を置くには赤子同然の無知が必要だな。
 それに‥‥勝率に進化だと? まるで、進化を知らないバグアは人に敗れるかのような言い様だな」
 エドガーの言葉は怒りを通り越して呆れているかのようだった。
 例え全てが真実であったとしても、立花の言葉はただの押し付けに過ぎない。
 日常の些細な変化ならいざ知らず、裏切りを暗に示唆するには軽率に過ぎた。
「せめて私から信頼を勝ち得るように行動しろ」
 エドガーの言葉は事実上の拒否を意味していた。
 立花の心に焦りがあったのかどうか、それは本人にもわからないが、
 立花は最後に一つ残った信頼の作り方を実践した。
「わかりました。ならエドガーさん、逃げてください。あなた、囲まれてますよ」
 場が凍り付いた。正確には軍人達のみだろう。
 傭兵はそれぞれ、薄々予期していたことである。
「‥‥」
 エドガーは一瞬の間を置いて反転し、逃走をはかった。
 副官の助言により半ば予想していた為、動きに迷いがない。
「撃て!」
 大尉が叫ぶように命令を下す。もはや行動を起こす他ない。
 しかし一歩ずれたタイミングは致命的だった。
 一斉に放たれた弾丸はそのほとんどが標的を掠めることなく空を切る。
「逃がさないのです!」
 ヨダカはエドガーの周囲めがけて、超機械「天狗ノ団扇」を振るう。
 巻き起こった旋風がエドガーの足を止めた。
 足の止まったエドガーを狙撃手が身を乗り出して狙う。
 だが彼は発砲することはかなわず、肩から胸を撃ち抜かれた。
「え‥‥? なにが‥‥?」
 ヨダカは発砲のあった位置を見上げる。
 廃ビルの屋上、狙撃手を狙うのに絶好とも言える位置に狙撃銃を持った男が佇んでいた。
 よれたトレンチコート、さえない風貌、生気の無い目。
 次々と伏兵を撃ち抜いていた男は、ヨダカに気づくと狙いをつけてすぐさま発砲。
 撃たれたヨダカは街路の真ん中で遮蔽をとることも出来ず、血を撒いてその場に倒れ伏した。
 五十嵐は深く後悔した。ほんの少し前、同じような状況で撃たれたばかりだと言うのに、なぜ考慮できなかったのか。
 なぜ一言も仲間に警告しなかったのか。アトオリにばかりに気が向き、前回と全く同じミスをしてしまっていた。
「まさか、こいつが例の‥‥!」
 鹿嶋は倒れたヨダカと男の間に入り込む。
 男はSMGを取り出し反撃しようとする兵士達を掃射、一瞬の時間を稼ぐと煙幕手榴弾をエドガーの通り過ぎた道へ投げ込む。
 煙幕が周囲を隠し、エドガーの背中は瞬く間に見えなくなった。
 エドガーが姿を消した頃にはトレンチコートの男も気づけば姿を消していた。
「‥‥‥」
 静まり返った街路を、大尉は戦車の上から感情の消えたような顔で見ていた。
 死者5名。狙撃手が多い。
 大きな損害ではなかったが、大尉には到底納得できなかった。
「‥‥どんな思想を持とうと構わん。だが邪魔だけはするなとあれほど言ったはずだ」
 それは立花に向けた言葉であったが、大尉の意識はそれを見過ごしてしまったヨダカ以外の傭兵全てに向けられていた。
 特に鹿嶋には、この言葉は重かった。交戦の意思が無いことを知ったとき、鹿嶋は立花と同じ行動を考えていた。
 立花との違い遅いか早いかだけの違いだ。立花がそうしなければ、裏切っていたのは自分だった。
 大尉が傭兵を信じようとしたのは、バグアを地球から退ける事が人類共通の前提と信じていたからだ。
 子供の件に関する抗弁も理想を求める若さ故と思えば、機会を与えることにも吝かではなかった。
 理想を捨て、部下を無駄死にだけはさせまいとしてきた彼にとって、これは許しがたい裏切りだった。
「今回だけは不問にしてやる。その代わり、二度とその面を俺の前に晒すな。その時は仲間でも背中から撃つ」
 一度は子供を見捨てた負い目もあったのだろうか。
 言い捨てる大尉の声は僅かに震えているように聞こえた。