タイトル:【AS】不惑の従士マスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/12/04 15:06

●オープニング本文


 ヨリシロを手に入れた直後はいつもこうだ。
 飲み込んだはずの彼らの感情を理解できない。
 焦がれても明確な答えはなくただ戸惑い、いつかは気にしなくなる。
 残照のような声が消える頃には、またいつものように戦場働きの日々だ。
 今回もそうなる。そう思っていた。
 少女を失った日がその境なのだと。
 私はいつものようにあがいた。
 彼女の消息を、自分の感情の答えを探して、供もつけずに街を歩く。
 諦めかけていた私が見つけたのは、そのどちらでもない邂逅だった。
 

 少年は打ち捨てられた墓地に居た。
 管理者不在の荒れ果てた墓地の端で、懸命に穴を掘っていた。
「何をしているのだ?」
 少年、ウィル・パーソンズは振り向き、こちらの姿を確認すると眉をしかめた。
 UPC軍の制服には良くない思い出があるのだろう。
「‥‥墓を作ってるんだよ」
「誰の?」
「知ってるくせに‥‥」
 少年は穴掘りを再開する。墓標となる木を立てるために、深さを測りながら。
 彼の小さな鞄の上には、見覚えのある銀色の指輪が置いてあった。
 それは潜伏の時の衣装の一部として彼がパティに与えたものだ。
「パティは、死んだのかね?」
「そう言ったのはあんた達だろ」
「知らないな。私はUPCの軍人ではないからね」
 少年はその言葉にはっとして振り返る。
 目の前に立つ相手が人間でないと気づき、身を硬くした。
「私はエドガー・マコーミック(gz0364)。バグアのゼオン・ジハイドの‥‥。すまん、わかるはずもないか」
「‥‥わかんねえよ。ばっかじゃねーの」
 わからないのも当然の話だ。
 軍人なら当たり前の知識でも、一般人にはバグアの称号や階級などどうでも良い話だろう。
「パティ・フォスターは忠実な‥‥。‥‥良い部下だった」
 良い、と表現する中身はエドガー自身にも判然としなかった。
 失ったことが無性に惜しく感じる。
「もしよかったら、手伝わせてくれないか。
 それが彼女の‥‥パティの墓なら私は手伝う義務がある」
 少女の名前を聞いたからか、ウィルは緊張を解く。
 無言で手に持っていたスコップを手渡してきた。
 ウィル、自分の知らないあの少女を知る少年。
 彼の答えが自分に益がなるかどうかはわからないが、ただ知りたかった。
 私を苛む迷いに、意味があるのかと。




 新しいヨリシロを得た上司は戦術に関する知識と経験を獲得した。
 能力は確実にバグアの同胞を助ける要因となり、
 特に生まれて間もなく弱いバグア達の生存率は飛躍的に高まった。
 それ自体は歓迎すべきものだが、悩みの種も飛躍的に増えた。
 上司に奇行癖がついたのだ。
 今日も朝早くから人間の勢力下へ護衛もつけずに出かけていった。
 帰ってくるのは数日後だろう。
 部下が困らないように必要な手続きと終わらせ、連絡手段を残しては行ったが、
 残ったバグアの配下から不満が出るのは当然の帰結だった。
 
 北米、人類勢力圏外縁部。
 市場が有ったと思しき場所は死と破壊の残り香で満ち溢れていた。
 戦線は更に遠く、悲鳴や銃声が混ざり合って間断なく届いてくる。
 人の居なくなった街路を薄緑に輝く正八面体の水晶、に見えるバグアが悠然と浮遊していた。
 エドガー・マコーミックの副官、アトオリである。
 周囲にはキメラと部下の強化人間達しかいない。
「戦争、という言葉とは程遠い光景だな」
 使い古された軍服に身を包む老人がアトオリの隣で呟いた。
 彼の言葉がこの戦場の全てを表していただろう。
 戦争は悲惨な物、彼の言葉はそれ以外を指していた。
「キチ、キチチチチチチ」
 金属の擦れる音と、虫の鳴く声を足して割ったような不快な音が通信機から聞こえてきた。
「アトオリ副指令、北の区画ハ制圧完了シた。チチチチ。久方ぶりに心躍ります」
 ぐちゃ、と何かの音がする。
 また死体を潰して遊んでいるのだろう。
 アトオリの脳内に仕込んだ通信機には、ご丁寧なことに今しがた潰したばかりの肉の塊の画像が送られてきていた。
 会話の相手、幹部のインディクはただの報告と言い張るのだろうが同族から見ても悪趣味極まりない。
「た‥‥大量ですゾ。この星ノ生キ物は‥‥は、良い声で泣きます」
 別の回線からたどたどしい声が聞こえるが、こちらも趣味が悪い行為に及んでいるのは同様だ。
 動画で送ってこそこないものの、その背後からは苦痛にもだえる叫び声が高く低く重なって聞こえてくる。
「ネイガ。先に報告を済ませてください」
「す、すみませんンん。北西の区画を制圧しまマした。もうスこし、遊んでキます」
 遊んでくる。また侵略先の生き物のパーツ、耳や鼻等をアクセサリに仕立て上げる気なのだろう。
 弱者を駆り立てる感覚がお気に召したのか、何百年以上もこの入念な陵辱趣味に嵌ったままだ。
 つけっぱなしの通信機からまた、一際大きな悲鳴が聞こえてきた。
 そしてアトオリはふと気づく。報告すらしていない区画がある。
「ピリフィー。報告はどうしました?」
 返事は無い。ずるずるぺちゃぺちゃと、咀嚼の音が聞こえるだけである。
 耳を澄ませば弱弱しく食われている最中の人間の声が聞こえただろうが、そこまで確認する義理はなかった。
 食事を始めたということは回りに脅威が居なくなったのだろう。
「良いのか? あのような無法者をのさばらせて」
 傍らの老人、強化人間のバルタザルがそう問うのは道徳的な理由からではない。
 彼らの上司であるエドガーは今まさに行なわれるような残虐な行為を、純粋な戦いに水を差すものと嫌い、徹底的に禁止している。
 意見する権利のない彼だが、命令違反とあれば洗脳の上からでも諫言をぶつける事は出来た。
「私は彼らの提案を検討した結果、集団にとってメリットがあると判断し、認可したに過ぎません」
「このような破壊にどんなメリットがある? 連中の福利厚生とは言うまいな?」
 バルタザルは表情のない副官を睨む。
 感情が欠落しているのか、表現する手段がないのか、アトオリの外観には何の変化もない。
「もちろん違います。この地を守る敵の総司令官はエドモンド・マルサス少将。
 恐らくですが、今回この防衛線を容易く突破できたのは彼の罠の一環です。
 我々がこうしている間にも包囲が進められているでしょう。軍事的にもメリットはありませんが‥‥」
 アトオリは通信機を切り、回りに聞かれぬようにスピーカーの音量を調整する。
「集団において不穏分子は結束の解れとなります。労せず処分できるならそれに越したことはありません」
「‥‥気に入らぬな」
 バルタザルは鼻をならした。
 生き物としての必要以上に壊す者も、同族を見捨てる機械も、どちらも気に入らないようだ。
「老には命令を下しておりません。私と彼ら、気に入った者と心中しても構いません」
「抜かせ。こんな場所で死ぬなど、それこそ願い下げだ」
 バルタザルはアトオリの説明を聞き終えると、胸のポケットからタバコを取り出した。

●参加者一覧

セージ(ga3997
25歳・♂・AA
鹿嶋 悠(gb1333
24歳・♂・AA
狐月 銀子(gb2552
20歳・♀・HD
五十嵐 八九十(gb7911
26歳・♂・PN
館山 西土朗(gb8573
34歳・♂・CA
神棟星嵐(gc1022
22歳・♂・HD
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
ラサ・ジェネシス(gc2273
16歳・♀・JG

●リプレイ本文

 血溜まりの真ん中にそいつは居た。
 四つ足はいびつに大地を捉え、角度を変えれば猿のようにも熊のようにも、あるいは虫のようなにも見えた。
 バグアのピリフィーは不自然な四つ足で死体の上に陣取り、ぴちゃぴちゃくちゃくちゃと食事を続けている。
 ピリフィーはしばらくしてからようやく顔(口しかないため顔と言えるかどうかわからない何か)をあげる。
 顔を向けた側には人類軍の兵士達と、傭兵らしき人間が4人並んでいた。
「下種が‥‥」
 ラナ・ヴェクサー(gc1748)の声にどす黒い感情が滲む。
 バグアの食事の後の風景は、食い散らかすという表現が適切だった。
 空腹を満たすため、というには余りにも食べ残しが多い。
 それが余計に凄惨な現場を作り上げていた。
 ラサ・ジェネシス(gc2273)は口元を抑える。耐え難い臭気は路地を越えてもわかるほどだった。
「こんなやつに‥‥。エドガー、コレが貴殿のやり方なのカ‥‥見損なった」
「どうかな? 確かにこの辺りの指揮官はエドガーだったはずだが、この間の言動からは真逆だ。
 ‥‥罠かはたまた部下の暴走か」
 セージ(ga3997)は前回のエドガーの言動からこの状況を分析していたが、
 どうにも辻褄が合わないことのほうが多かった。
 蛙の面をしていた時期からこういう虐殺を積極的にするようなタイプではなかったはずだ。
 疑問符ばかりが浮かぶ。だが考えてばかりも居られない。
「何にせよ。街をこれほどまで破壊するとは、生きて返すわけにはいきませんね」
 神棟星嵐(gc1022)が立ち止まる。ピリフィーとの距離が近い。必殺の間合いはすぐそこだろう。
 ピリフィーが動き出す。四足になり、頭らしき器官で探るようにこちら側を窺っている。
 周囲に居たキメラ達も続々と集まり始めていた。狼のような外見のキメラ達は唸り声を上げて侵入者に身構える。
 傭兵達は一斉に武器を抜きはなち、迷うことなく挑みかかった。



 同時刻頃。同じように行動を開始していたA班の4名もバグアのインディクと接触を果たしていた。
 虐殺の真っ最中だったインディクの足元では、逃げ遅れた兵士が踏みつけられていた。
 呻きながらもがいているが、とても自力で抜け出せそうにはない。
「さて‥‥随分と好き勝手にやってくれているようですね‥‥」
 鹿嶋 悠(gb1333)が暗青色の大剣を構える。
 4人に囲まれながらも、インディクはチチチと耳障りな音で笑っていた。
「好き勝手? 強い者が弱い者を食う。当然の権利だ」
 言ってインディクは踏みつけていた兵士の喉を爪で突き刺す。
 長い悲鳴が響く。兵士は口から大量の血を吐き、痙攣しながら息絶えた。
 インディクの表情は人間には理解できないものの、歪んだ笑みを浮かべているのは疑いようもなかった。
「てめえ‥‥」
「止めろ。挑発だ」
 今にも飛び出しそうな五十嵐 八九十(gb7911)を館山 西土朗(gb8573)が手で制する。
 一人で勝てる相手でないのは一目瞭然だ。陣形を崩せば相手に思う壷だろう。
 勿論平気だったわけではない。館山の鋭い眼光はインディクを捉えている。
「君等に罰を与えたいとも後悔してとも言わないわ‥‥」
 狐月 銀子(gb2552)はエネルギーキャノンを構え、前に進み出る。
 ぎりぎり間合いの外、分隊支援火器を担う者にとって最大限の接近。
 銀子の目はインディクの足元、既に絶命した若い兵士の顔を見る。
 それが捕食ならば彼らにとっての正義だったろう。相容れないにしても認めないわけにはいかない。
 不幸な出会いを嘆くしかない。だが、こいつは明確に違う。
「消えて‥‥アンタの存在をあたしの正義は認めない」
 突きつけられた指を見て、インディクは目を細める。
 愉快なのか不機嫌なのかすらわからない。
 次の瞬間にはインディクは跳躍して4人に飛びかかっていた。
 先手。銀子のエネルギーキャノンが光を放つ。
 インディクは向かって右に身体をずらして光条を回避。速度を落とさぬまま正面へ飛び出る。
 小手をつけた右腕を前衛の鹿嶋に向けて振り下ろした。
「来いっ!」
 大剣を振りかぶり、突き出てきた右腕に合わせ振り下ろす。
 かち合った刃から稲光が走り、一瞬の閃光が視界を覆う。
 インディクはすかさず踏み込み、左腕で鹿嶋を殴りつける。
「!」
 怪力をまともに受けまいと後ろに跳んで衝撃を殺す。
 鹿嶋が殴られている間に、銀子と館山は両脇に散開するが、距離はインディクの間合いの内だ。
 インディクがより火力の高い銀子へ向けてソニックブームを放とうとする。
 その振りかぶった反対側から、五十嵐が飛び込んで脚爪で蹴りを食らわせた。
 インディクが反撃する前に瞬天速で離脱。時間を稼いだ間に更に離れた銀子と館山が超機械で攻撃をしかける。
 エネルギーガンとエネルギーキャノンの連射に一瞬、足が止まる。
 反撃に移ろうとするインディクに対して五十嵐は同じく妨害に入った。
「この動き、眼で追えるなら追って見ろよ蟲野郎!!」
 瞬天速で加速し続ける五十嵐だが長くは続かなかった。
 インディクは銀子と館山の後衛組から距離を置きつつ、狙いを五十嵐に定めた。
 インディクの足が赤いオーラを纏う。次の瞬間、先程の加速とは比べ物にならない速さでインディクは跳ねた。
 跳ねまわり牽制していた五十嵐を、インディクの爪が捉える。瞬天速と同等かそれ以上の加速だった。
 深く抉られた身体から血が跳ねる。五十嵐は地面に叩きつけられ、勢い余ってビルの壁面まで吹っ飛んでいく。
「させるか!」
 止めを刺そうとするインディクの右腕を全力で滑り込んだ鹿嶋が受け止める。
 怪力をまともに受けとめ、体の至るところが軋む。
「下がって!」
 銀子が動きの止まったインディクをエネルギーキャノンで猛追する。
 一発を肩にくらい、二発目を爪で受け、三発目を回避するためにインディクは大きく距離をとった。
 ぎりぎりだった。インディクの攻撃を受けた鹿嶋は身体の至るところから血を流していた。
 五十嵐よりは軽傷だが楽観できる傷ではない。
 走り寄った館山が練成治療をかける。流血の止まった五十嵐は荒い息をしながら立ち上がった。
「‥‥大丈夫か?」
「悪い、なんとか‥‥な」
 鹿嶋は館山に助けられ立ち上がった五十嵐を見て考えを改める。
 最初は相手の特殊能力の有無の確認や弱点を探すことを考えていた。
 それが手を緩める遠因ともなり、先手を打って攻め込まなかった理由でもあるが、
 速攻を得意とするこの相手にこの作戦はまずい。
 動きを見切る前に撫で斬りにされてしまう可能性が高いだろう。
 もしこのチームに館山が居なければ、チームごと瓦解していたかもしれない。
 練成治療でも治りきっていない腕は、痺れてまだ満足に動かない。
「次で決めましょう」
 銀子はエネルギーキャノンを構えなおし、インディクに狙いをつける。
 余裕のある銀子を基点に陣形を再編した。
 奇襲とも言える先ほどの攻撃でこちらの数を減らせなかったのだ。
 やれる。そう確信して、銀子は一撃を見舞った。



 B班は正規軍にキメラの制圧を任せ、ピリフィーと正面から対峙する。
 素早いバグアに対してB班の取った最初の戦術は弾幕による牽制だった。
「キモイし時間ないんでとっとと死んで」
 ラサがAX−B4で制圧射撃をかける。
 ピリフィーは側面や後方へ小さく跳躍を繰り返しながら、銃弾から逃れる。
 その着地点を狙い、神棟のスピエガンドが火を噴く。
 辺りが浅く、フォースフィールドに弾かれたものの、ピリフィーは更に後ろに下がった。
「ちょこまかと‥‥!」
 神棟はラナの電磁波の合間にリロードをこなした。
 これでこの動きは何度目になるだろうか。
 ラサ、神棟、ラナの3人の攻撃はピリフィーを完封はしていたが、致命傷を与えるには至っていなかった。
 ひたすら逃げ続けるピリフィーを相手に距離を詰められない。
 この状況の解決のために神棟やラナは接近戦をしかけようと狙っていたが、首の伸縮を見切れない以上、なかなか前に進めなかった。
 とはいえスタミナを消耗する一方なのはピリフィーの側だ。時間さえかければそのまま勝利できるだろう。
 ただ不利ではなかったが、あまりに時間を掛けすぎると本隊との合流を許してしまう。
 可能なら急ぎたいところであったが‥‥。
「なら、俺がやる!」
 その様子を見て取ったセージは、銃弾の舞う中に何の躊躇もなく飛び込んでいった。
「ちょ‥‥待っテ!?」
 ラサが慌ててトリガーから指を離す。
「構わず撃て! 弾はこっちで避ける。攻撃を弱めるな!」
 セージはそう言ってピリフィーと切り結び始めた。
「動きが読めないのなら、読める動きをさせればいい。チャンスはそうやって作るんだ」
 しかしそう言われても打ち合わせ無しではそんな簡単に行くはずもない。
 少なくとも他3人の位置からでは、動き回るセージを誤射する可能性が高すぎる。
 そして自分で避けるという言葉も、セージのクラスがエースアサルトであることを考えると頷けない。
 セージからすれば諸々含んで勝算あっての行動だったのだろうが、仲間に一瞬の判断の迷いを生んでしまう。
 それが致命的に良くなかった。
 弾幕の隙間に滑り込むように進んだピリフィーが、首を伸ばして頭を振り回す。
 勢いをつけて振るわれた頭部は戦槌のような重さでセージに直撃した。
 打ち据えられたセージは転がって倒れこむように地面に伏した。
「! よくも!」
 ラナの白鴉から電磁波が放たれる。
 近づきすぎたピリフィーは避け損ね、電撃を腕でもろに受けてしまう。
 転んで倒れ込むピリフィーに追撃が飛んだ。
 弾幕の雨に打たれるピリフィーはそれ以上抵抗することもできず、あっけなく絶命した。



 インディク、ピリフィーを撃破したものの、最前衛の鹿嶋とセージが戦闘不能となった。
 二人をUPC軍のサイエンティストに任せ、残存6名と動ける兵士達はネイガを追撃する。
 最初の傭兵達の想定とは違い、ネイガは仲間の救援に現れなかった。
 このため、アトオリ率いる本隊との接触が避けられなくなった。
「‥‥う」
 銀子の足が止まる。
 ネイガの向こう側にはエドガーの副官アトオリの姿があった。
「強いな、おそらく」
 神棟はぼそりと呟いた。じわりと汗が滲む。
 感情らしい反応が見えないために、余計に練度を計りづらい。
 少なくとも、その隣に立つ老人でさえ先程撃破したバグア以上だろう。単純な戦力では劣るだろうが、連携を意識した立ち位置を見れば瞭然である。
 幸いにしてバグア側もそれ以上近づいて雌雄を決する気はないらしい。
 にらみ合ったままの両者はしばらく動けずにいたが、
 その最中に五十嵐が一歩前にでた。
「てめえがエドガーの副官か?」
「五十嵐さんっ!?」
 神棟が止める間もない。お互いに間合いの外だが、状況は楽観できない。
「肯定。地球の時間に換算して約275日と17時間前よりゼオン・ジハイドの6の副官としての任についています」
 アトオリは望めば秒単位の返答をしそうな声で答える。
 五十嵐の目が剣呑な気配を帯びる。
「宣戦布告にきたぜ。あの時、お前は家畜が命乞いしたら助けるのか、と言ったな?
 残念だが俺らは貴様らの家畜じゃないんだよ!」
 五十嵐の指は真っ直ぐアトオリを指す。強い敵意をぶつけられたアトオリだったが、その反応は妙に鈍かった。 
「検討。以後の会話の必要性に関して。肯定2・否定8。バルタザル、以後の段取りを任せます」
 言うなりアトオリは同じ調子で遠ざかっていく。
 怒ってるのか呆れたのか、感情を推し量ることは出来なかったが、何か気に障ったらしい。
「承った。小僧、口上は終わりか? ならば存分に掛かってくるが良いぞ!」
 入れ替わった老人、バルタザルは朗らかな声で呼びかける。
 ラナはそれをみて、五十嵐の肩を掴んだ。
「止めてくださいよ。あの手合いは‥‥」
 よく知ってる。こと戦闘においては天性の素養を持つ連中だ。
 何度も南米で苦しめられた。
 五十嵐は少々憮然としながらもすぐに頷いた。
「わかってるよ‥‥。今日はそこのそいつに宣戦布告をしに来ただけだ。お前は次に相手してやる」
 バルタザルはその台詞を聞いて、目を丸くした。
「何をヌケたことを言うとるか‥‥。あれだけ吼えたのだから、それはないだろう。それでは負け犬と変わらんぞ」
 五十嵐は前にでない。挑発には乗らないと言葉も発しない。
 バルタザルの表情は呆れきったものに変わった。
「なんとまあ、逃げ腰でよくもあんなでかい事を言うたものだ。
 ‥‥しかしそれならば、それで良いわ。
 宣戦布告と言うたからには、今ここで撃たれたとしても文句は言えぬわな?」
 その言葉の直後、重たい銃声が街に響いた。
 狙撃手の放った銃弾は狙い違わず足の腿を吹き飛ばす。
 五十嵐は何が起こったのかもわからぬまま、その場に崩れ落ちた。
「スナイパー!?」
 館山は武器を構えながら円形になるように進み出て、油断なく周囲を見渡す。
 アトオリは現れたバグア4人の中では極めて理性的だ。
 用意周到で他の3人のように手ぶらで現れて暴れるようなタイプではない。
 備えがあることを予期し、目に見えないものを推測・警戒して進むべきだった。
「小僧。気の向くままに噛み付くだけでは、今しがた貴様が殺した者と同じように、慢心で身を滅ぼすぞ。
 生きて帰ることが出来たならば、重々肝に銘じておけ」
 バルタザルは興味を失ったように大剣を担ぎ直し、キメラを率いて悠々と引き上げ始めた。
 傭兵達は追うどころではない。
 次の弾丸が五十嵐のもう片方の足を砕く。
 銀子と神棟が五十嵐を弾丸から庇うように前に立った。
「そこカッ!」
 ラサが銃弾の飛来した向きからだいたいの位置を割り出し、付近に制圧射撃をかける。
 ほんの一瞬、トレンチコートを着た男の姿が見え隠れするがさっさとポジションを放棄したために以降、捕捉することはできなかった。
 狙撃の脅威に備える中、ラナが練成治療で五十嵐の出血を止めにかかる。
 その間を守る者達は時間が十倍にも引き延ばされるように錯覚していた。
 やがて気配が消える。キメラも、バグアも居ない。
 死傷者はそれ以上でなかったが、追撃を完封されてしまった。
 緊張の糸が解け、銀子はその場に座り込んだ。