●リプレイ本文
傭兵にもそれぞれ強弱はある。
性質の善悪も、秩序への適性も様々である。
おおよその傭兵はそれでも任務を確実にこなす者ばかりなのだが‥‥。
今回の場合に限ってワイズは、正確に言えば傭兵のうちそいつを除く全員は、
名簿を見て以降嫌な予感しかしてなかった。
「とーぅ! 俺様は!ジリオン!ラヴ!クラフトゥ!! 未来のうぉぉ! ワイズ! 久しぶりだな!」
会議室に通していきなりこれである。
「‥‥そうだね」
さしものワイズもジリオン・L・C(
gc1321)相手には、普通に返事をするのがやっとだった。
ワイズがドン引きしている間にもジリオンのマシンガントークは続く。
「本社にいけるとか胸熱だな!! 俺様は‥‥乳に会いたいな!」
本社じゃないとか、余所様の社長を乳呼ばわりするなとか、
突っ込みたいことはたくさんあった。
「‥‥期待してるよ。立ち話もなんだし、お昼でも一緒に食べながら話そうか」
ワイズは事前に並べてあったピザを差す。
食べてる間は静かになるだろう、という思惑が誰の目にも透けてみえていたが、
ジリオンは何の疑いもなく席に座り、「お前、いいやつだな!」とだけ言って普通に食事を始めていた。
「‥‥話を始めてもよろしいですか?」
いつもと変わらない終夜・無月(
ga3084)。呆れているのか、無関心なのか、表面からは何も読み取れなかった。
ジリオンはいつもの調子として、他のメンバーはそんなに楽観視もしていなかった。
その時の彼ら、傭兵達の心の底にわだかまっていたのは不信だった。
全員にその認識が共有するわけではないが、実際に被害にあった3人は疑念の感情が強い。
セラ・インフィールド(
ga1889)、須磨井 礼二(
gb2034)、今給黎 伽織(
gb5215)の3人は同じ依頼だったのだが、
騙された相手がドローム社の警備部門。
ワイズ達に不信を抱いてしまうのは無理もなかった。
後ろに控える終夜、UNKNOWN(
ga4276)、エレナ・ミッシェル(
gc7490) の3名も、
彼らの疑念を否定せず編成を任せていた。
「ふーん」
チーム構成は良いとはいえなかった。
本来連携を取り易いはずのメンバーを完全に分断している。
提出されたスケジュール案を確認し、ワイズは敏感に傭兵達の猜疑心の大きさを感じ取った。
ピザをくちゃくちゃ食べながら並ぶ傭兵達を流し見る。
「わかった、いいよ。バランスが悪いわけじゃないし、これで君達の気が済むなら」
「すみません」
セラは素直に頭を下げる。
流石にワイズにまで隠すつもりというメンバーは少なかった。
「出発した後のバスの護衛については不要だよ」
「ですが、仕掛けるならここは‥‥」
「そんな事言われなくてもわかってるよ。君たちの仕事はこの施設の護衛だろ?
余計なところまで口出ししないでくれるかな? それとも僕まで信用できないのかな?」
セラの台詞を遮ってワイズは不機嫌そうに続けた。
部下の信用がないということはそのまま自身の管理責任でもある。
「ワイズさん」
更に何かを言おうとするワイズを押し止め、獅月 きら(
gc1055)が前に出る。
「この事態においては、味方が誰か見極めないと動けません。
雇われ傭兵は目的達成が全てです。情報共有、懸念点のすり合わせをさせて下さい」
邪気のない声にワイズは黙る。
溜息一つついて、ようやく気持ちを落ち着けたようだ。
「ま、上手くやろーか。三日間だけだしね」
そういうワイズの声は友好という言葉とは程遠かったが、
それでもきらは満面の笑みで右手を差し出した。
◆
その疑いを持ち込むことは必然であっても、流石にワイズの選抜した部下だけあり、
彼らからの裏切りはなかった。
「けど、良い気はしません」
「わかりますよ、その気持ち」
「わかるだけ、でしょ?」
「そういうことです」
今給黎と警備部のサイエンティストと、互いの意図を理解しながらも上手くやっていた。
巡回しながら各種エレベーターや喫煙所、給湯室、と人の気配にムラがある場所を重点的に確認していく。
特に異常は見受けられない。
内通者など居ないのか、それとも行動を移していないだけかはわからない。
「携帯、使えないんですね」
今給黎は自身の持っている携帯を見る。
そんなに深い階層に来たわけでもないのに、圏外の表示が出ていた。
「壁とパーテーションを増やして電波の通りを悪くしています。内線は使えますよ」
見ればいたるところに電話が設置されていた。
デスクの上は勿論のこと、扉の前や通路の交差点等々。
一通り安心はするが疑いというものはきりのないものだ。
「内通者、居ると思います?」
「ええ、多分居るでしょうね」
気楽そうに答える警備部の職員。
その目は異様に鈍く重い。
「‥‥次は調理場に向かいましょう」
その雰囲気も一瞬のことだった。
今給黎はその一瞬の出来事に、少しだけ安堵した。
●
昼食時。
傭兵達の食事の様子は、完全に二つにわかれていた。
傭兵達に与えられたテーブルには全員分の食事が用意されたが、3名分は完全に手付かずだった。
「どうした! 食べないのか!?」
「いえ、私は結構です」
エレナはジリオンから勢いよく渡された皿をやんわりと押し返した。
皿が近づいたときに皿からはみ出したピザが袖を汚していたが、
エレナは何事もなかったかのような笑顔のままナプキンで拭った。
エレナは自分で用意したレーションと、誰かが先に手をつけた物以外を全く手をつけないようにしていた。
彼女だけではなくセラと須磨井も同様だった。
今給黎が確認してはいるが、それでも念には念をいれる。
「‥‥ワイズさん。この引っ越し、上手くいくと思いますか?」
きらは食事を止め、そっとフォークを置く。
午前中の傭兵達の行動では成果は出ていない。
警備とは多くの無駄を許容しながらも忍耐強く続けるものだ。
これだけ厳しくやって成果の出ないことはむしろ良いことなのだが‥‥。
「不審な動きがあるんですよね?」
「そうだね。しばらく前から本社からの確認が多い。内通者は必ず居るね」
セラの問いにワイズは溜息をつく。
「しばらくはこのまま‥‥」
ワイズが喋っているとデスクのほうから電話の鳴る音が聞こえた。
デスクは無人だった。隣の島の人間が気づいて受話器を取ろうとするが、
嬉々として走り出したジリオンに先を越されてしまう。
「俺様は! ジリオン! ラヴ! クラフトゥ!!」
何かが固まる音がした、気がした。
「あ、あの担当のバーナードさんは‥‥」
「皆が勇者の熱い魂の元一致団結して目下引っ越し準備中だ! 恐ろしい程に順調だぞ! 首を洗って待ってろ!」
ガチャ。
止める間もなく電話が降ろされる。
室内はきまずい沈黙に包まれた。
「止めないんですか?」
恐る恐るエレナが聞く。
「撹乱には最適だよ。あのままやらせておこう」
そういうワイズの表情は、いつもほど自信に満ちてはいなかった。
◆
異変は二日目に起こった。
1200を回った頃合、列を作りやってきたトラックが水平線の向こうに現れる。
「10台か。多いな」
須磨井はパタパタと手で顔を仰ぎながら言う。
季節的には気温が下がる頃合だが、内陸の土地では寒暖差が大きい。
炎天下というほどではないが、長時間外に立っていると流石に暑い。
しかしこれもトラックの異常をチェックすれば終わりだ。
「‥‥様子がおかしいですね」
トラックがそろそろ門に到着しようかというころ、
隣に立つ終夜はぼそっと呟いた。
「え?」
「先頭のトラック、よく見てください」
言われて須磨井は目をこらす。
近づいてくるトラックは、ぱっと見不審な点はない。
あるとすれば‥‥。
「加速、してますね」
2台目の車輌と距離が少しずつ離れ始めていた。
終夜は剣を抜き放つ。
研究所のゲートに向かって突入しようとするトラックに向かって瞬天速で加速。
巨大な剣を横に構え、擦れ違い様にトラックの前輪のタイヤを両断。
普通ならタイヤに弾かれるかもしれないが、SESの生み出す爆発的なパワーで強引に叩き割る。
トラックはそのまま滑るようにゲートに向けて突き進んでいく。
ゲートを前にしてトラックは停止。
そのトラックが炎上するよりも早く、トラックの積載スペースからキメラ達があふれ出した。
「敵襲だ!」
須磨井は無線に向かって叫ぶと先頭のキメラをスコールで撃破。
他2名の能力者と共に応戦を開始した。
事前に気づいたことによりこの襲撃は失敗。
これが最初で最後の大掛かりな襲撃となった。
◆
3日目。
職員の減った施設は閑散としていた。
誰も居ない区画にはどこかから機械の動く音が響いていた。
「基幹部分というのは人の姿が少ないから、ね」
UNKNOWNは渡された配置図を見ながら進んでいく。
襲撃が失敗に終わった今、懸念されるのは内部からの破壊工作だ。
その類の行動は同時にスパイ自身の身も危険に晒すため、向こうとしても最終手段になるだろうと予測していた。
UNKNOWNの提案で使用しない部屋から小さいダクトまでくまなく閉鎖され、そして罠が張られた。
人の居ない館内だが、ここまですれば自由に動く事はできないだろう。
「それにしてもさ‥‥」
鍵を持ち付き添っていたワイズがぼそりと呟く。
「館内の配置図を見ないうちから随分と詳しいよね。あんた、何者?」
疑惑、というよりも疑問の声。
UNKNOWNは覗いていたダクトの蓋を閉め、つば広の中折れ帽を被りなおした。
「いや、私はただの旅人だよ」
「ああそう」
微笑んで答えるUNKNOWNに、ワイズの反応は鈍い。
それ以上はワイズも追求しなかった。
傭兵というのはそもそも出自の知れないものばかりだ。
これぐらいの疑惑で躊躇していては結局使いこなせない。
「こうなると、今怖いのは‥‥殉教者だね」
「自爆テロ? そういう根性のあるやつは職員には居ないと思うよ」
ワイズは断言する。根拠は自身の勘のみだろう。
「ま、明日わかる。手配、済んでるんでしょ?」
「うむ。これだけはしないと、だからね」
UNKNOWNは帽子を目深に被って、視線を隠した。
◆
職員にしてみれば災難だったと言いきって良い。
移転の最終日、バスにのってもう移動するだけになった職員達の前に現れたのは、
こともあろうに自称勇者だった。
「そこのお前! 一番大事なのはなんだ!」
バスの入り口の前。乗り込もうとする最初の一人をジリオンは指差す。
「え、このパソコン‥‥」
「ちがーう! 貴様らの身の安全だ! 馬鹿もん!!」
「あー!! 何するんですか!」
ジリオンは乱暴に職員の荷物を奪い取った。
「もっと丁寧に扱ってください!」と泣きそうな顔で懇願する職員を尻目に、
ジリオンは勝手気ままに鞄の中身をあけていく。
異様な光景に後ろに並んでいた者達がざわつき始めた。
ようやく解放された職員は諦めきった顔で再び鞄に荷物を詰めなおし始める。
そして当然のように次の犠牲者が出た。
「ワイズ主任、ちょっとこれはいくら何でも‥‥」
横に立って何もしないワイズに、ある職員が近寄ってきた。
4名の班長で代表して陳情しにきたようだが‥‥。
「うるさいな。君も早く身体検査受けてきなよ」
ワイズの目はどんよりと鈍く、そして冷たい。
彼は欠片もそれを止めようとしなかった。
女性の職員には獅月とエレナを指差す。
「やましいことがないなら、問題ありませんよね?」
エレナがワイズの後を継いで言葉をかける。
男はようやく、自分の置かれた状況に気が付いた。
「‥‥!!」
拳銃を取り出し、走りだそうとした男をエレナが当て身で押し倒す。
「うまく隠れてたけど残念でしたね」
そういうセラの表情は、すこし苦笑い交じりだった。
それと言うのも、内通者の彼が見付かった事情が特殊だったためだ。
彼が見付かった理由は、ジリオンの奇行の調査するために危ない橋を渡ったのが原因だった。
ジリオンの行動は読めない。本気なのか、それとも演技なのか。
ワイズという人間の意図があるのかどうか。
正常な人間には評価どころか理解すら出来ない事象を目の前におかれ、
彼や彼を操る黒幕までもが翻弄されてしまったのだ。
これが、最後の内通者の末路であった。
◆
バスでの移動はつつがなく終了した。
一部施設の維持を担当する職員を除き、ワイズをはじめとする警備部門と彼が雇った傭兵全員が退去。
無事傭兵達は仕事を完遂することができた。
若干1名、到着した先で騙されたとかなんとか喚く者がいたが、ここで詳細に記述する必要もないので省略することにする。
「乳社長は!?」
「嘘って最初に言ったでしょ」
「ワイズ! お前! 俺を騙したな!」
「騙してないよ‥‥」
ワイズはある意味での一番の手柄の彼に、奮発して旨いピザをご馳走したが、
その分かり難いやり方は結局気づかれることはなかった。