タイトル:【JTFM】約束を胸にマスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/26 23:36

●オープニング本文


 エクアドル最大の都市、グアヤキル。
 南米バグア軍の本拠地は現在この港湾都市にあった。
 南米のバグア最大の拠点は、同時に最後の拠点でもあった。
 各地で敗退したバグア軍は例外なくこの港湾都市で集結し、決戦を目論む南中央軍に対して反撃の機会を窺っていた。
 その機会が訪れることがないのは、誰の目にも明らかだった。
 本城他ティルダナ配下の強化人間部隊は遅れながらもこの地に入った。
 この日も慌しくバグアが走り回る本部へと、本城はアリスンを連れて現れていた。
 高層ビルの最上階に近い司令室のドアをノックし、返事を待って中へと入る。
「ソフィア司令、ティルダナ司令がこちらへ帰還するそうです」
「そうですか。任務ご苦労でしたと伝えてください」
「はっ」
 執務机の向こうに居るソフィアは、一人の乳児を抱いていた。
 最近ではよく見かける光景で、本城もアリスンも良く知る赤子だった。
 赤子の名前はユウ。生後八ヶ月、男子。目元と口元は母親を連想させほっそりとしている。
 ユウはソフィアの腕に抱かれたまま、窓の外の景色をじっと見ていた。
 時折ソフィアの顔を見上げ、ソフィアの笑顔を確認するとまた外の景色に視線を移す。
「ユウは相変わらず良い子ですね」
 近寄ったアリスンがユウの頬に人差し指で触れながら微笑む。
 本城も遅れて側に立った。
 ユウは本城がプリマヴェーラから託された厄介者だ。
 アリスンも本城も、ユウを抱き上げて世話をした時期がある。
 今は本来の養育者であるソフィアへと戻っていた。
「アリスン、私は本城と少しばかり、大事な話があります。
 ユウと一緒に、お昼をいただいてきてください」
「‥‥わかりました」
 アリスンはソフィアからユウを預かる。
 人見知りしないユウに笑顔を振りまきながら、一礼して部屋を辞した。
 アリスンが部屋を出るのを見届けると、ソフィアは厳しい表情に戻った。
「お話は、ユウのことですね」
「そのとおりよ」
 ソフィアは窓の外へと視線を移した。
 視線の先、靄がかって見えない海の向こうには、UPCの艦隊が集結している。
「あの子を連れて、この街から避難して欲しいのです。貴方なら、包囲されたこの街からでも抜け出すことが出来るでしょう?」
「可能ですが‥‥本当にそれで良いんですか?」
 本城の言葉に、ソフィアは遠くを見つめたまま苦い顔をした。
「私には、貴方のように人の間に紛れ込む技能はありません。逃げられたところで、一人で子供を育てる知識がない。逃げた先であの子を飢えさせるだけです。‥‥それ以前に、これまでも貴方達が居なければ何もできなかった。母親失格ですね」
「‥‥」
 しばし2人は無言のまま街を眺める。
 お互いに語れる言葉がなかった。
「わかりました。ユウを連れて脱出します。その代わり‥‥」
 ソフィアは本城に向き合う。
「あの子のことを、教えてください。なぜあの子を貴方が養育しているのかを」
「‥‥バズベズルやティルダナから聞いていないのですか?」
「興味がありませんでしたから」
 ソフィアの顔にすこし笑顔が浮かぶ。
 呆れたような、何かを納得したような、そんな顔だった。
「あの子は―――との大事な約束なのです」
 語り始めるソフィアの横顔は、どこか晴れ晴れとしていた。



 グアヤキルを包囲した南中央軍はついに総攻撃を開始した。
 フェイズ1、空母艦隊からの超長距離ミサイルを使用した絨毯爆撃。
 これによってキメラの半分を掃討する。
 続いてフェイズ2、KVを交えた陸海空軍による攻撃。
 おおよそ圧勝とさえ思われた戦力比はあっさりと覆される。
 不動と思われた前線が崩れる様に、流石のコルテス大佐も一瞬呆然とした。
「何が起こった!?」
 ボリス中佐が急いで前線と連絡をとらせる。
 答えは簡単だが理解し難いものだった。
 限界突破、機械融合とバグアには奥の手とも言える能力がある。
 一時的にではあるが飛躍的に能力向上させる能力は、バグアにとって大事な何かと引き替えだ。
 死の間際でようやく使うようなものだが、それを目の前のバグア達が一斉に使い始めたというのだ。
 今までに一度も見られなかった現象だ。
「態勢を立て直せ、此方の優位は揺るがん! 各戦線は援軍が来るまでなんとしても持ちこたえろ!」
 ボリス中佐は個別に指示を与え、徐々に戦線に安定を取り戻していく。
 だがそれだけでは勝利はおぼつかない。
「ダビド大尉と、それとミラベル中尉に連絡を。傭兵を連れてソフィアのティターンを撃破しろ。この混乱の中で彼らは危険すぎる」
「了解です」
 切り札を切る。
 この状況を作ったのはソフィアに他ならない。
 敵司令官がわざわざ前線に居るのならチャンスだ。
「頼んだぞ‥‥」
 死してなお跋扈する彼女を止めるまたとない機会だ。
 これで長い戦いを終わらせる。
 コルテス大佐は両の拳を知らず握り締めていた。



 戦闘開始前からバグア軍の内情は厳しいのは分かっていた。
 それを覆すには限界突破と機械融合しかない。
 だがそのどちらも、行なう彼ら自身の尊厳を傷つける。
 ソフィアはその命令を下すことはできなかった。
 何よりも自分自身がそれらを重んじる人間だったからだ。
 玉砕覚悟で挑んだ戦のはずが、蓋を開けてみて驚いたのはソフィアも同じだった。
 彼女は一言もそんな事を仄めかしていない。
「どうしてなのですか?」
 ソフィアは隣に控えるティルダナに声をかける。
「私は外様の将軍です。それに日頃から、皆私のことを理解できないと言っていたではないですか。それなのに‥‥」
 誰かのためでもない。ソフィアのためにと叫びながら多くのバグアが最後の枷を外していく。
「確かに貴方は理解できなかった。ですが‥‥」
 ティルダナのティターンは浮かび上がる。こちらへ飛来する敵を感知したからだ。
「貴方は嘘をつかなかった。我々を見捨てて北米に帰ることはなかった。命を惜しまず常に前線で戦った。例え死んだ人間との約束であっても律儀に守った。立派です。だから皆、貴方のことが好きなのです。それは理由にはなりませんか?」
「ティルダナ司令‥‥」
「そろそろ敵が来る頃です。一暴れしようではありませんか」
 ティルダナとの通信にノイズが走る。
 この現象は、戦闘に入ってから何度も見た。
「機械融合!」
 ティルダナは自身のティターンに埋没した。
 水棲生物以外のヨリシロを頑なに避けてきた彼がである。
 ティターンの外見は徐々に変化し、ティルダナと似た黒い装甲に覆われる。
 彼だけではない。親衛隊として選んだ者全てが機械融合を果たした。
「目の前の敵はどうやらエースのようです。撃破すれば勝機も見えるでしょう。
 アリスンが敵主力を本部の防衛に寄せている今がチャンスです」
「‥‥そうですね」
 答えてソフィアも空へ舞い上がる。
 部下達の未来を掴むために、大事な約束を守るために、ソフィアは接近するKV部隊へと突入した。

●参加者一覧

鷹代 由稀(ga1601
27歳・♀・JG
藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
アンジェリナ・ルヴァン(ga6940
20歳・♀・AA
錦織・長郎(ga8268
35歳・♂・DF
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
キリル・シューキン(gb2765
20歳・♂・JG
ウラキ(gb4922
25歳・♂・JG
天原大地(gb5927
24歳・♂・AA
黒瀬 レオ(gb9668
20歳・♂・AA
ジャック・ジェリア(gc0672
25歳・♂・GD

●リプレイ本文

 時間が経つごとに混乱は収束していくが、戦闘は激化を続ける一方だった。
 濃密な戦場の気配は時間の感覚を麻痺させていく。
 何時間も戦っているような錯覚を覚えるが、まだ1時間も経っていない。
「流石に、簡単には行かないか」
 天原大地(gb5927)は唸った。
 敵の強さは当初の想定を大幅に超えている。
「大地、焦るな」
 藤村 瑠亥(ga3862)がたしなめるように言う。
「焦ってなんか‥‥」
 天原は「いない」という言葉を飲み込んだ。
 その感情は焦りとは違うかもしれないが、強い感情を抱いているのは事実だった。
 外から同じように見えて同じ結果に至るのならば、指摘は間違いではない。
 守れなかった者、守りたい者、彼には思い返す物が多すぎた。
「藤村、その指摘は少し厳しくないか」
 フォローを入れたのはウラキ(gb4922)だった。藤村は特に否定も肯定もしなかった。
 ウラキは一見冷静に見えたが、内面の高揚は他の者と大差ない。
 誰もが、この決戦に並々ならぬ決意を抱いている。
 その中にあって、違うものを見ている者も居た。
「ソフィアのため殉ずる死兵‥‥か」
 赤崎羽矢子(gb2140)が小さく呟く。
 価値観を共有できない異星の生物だが人望はあるらしい事をまざまざと見せ付けられた。
 敵の内情は理解できなかったが、改めてソフィア・バンデラス(gz0255)が巨大な敵だと認識する。
「だけど‥‥」
 負けられない理由があるのはお互い様だ。
 ここで彼女を止め、戦いを終わらせる。そして‥‥。
 赤崎は確信に近い疑念を再び思い起こした。
 それをなんとしても、彼女に問いたださなければならない。
「赤崎さん」
 黒瀬 レオ(gb9668)が心配そうに声をかけてくる。
 赤崎は出撃前、彼の様子がおかしかったことを思い出した。
 戦いを前に高ぶることはなく、疑念を胸に秘めたような‥‥。
 分かりやすく言えば、自分と良く似た表情をしていたのだ。
「大丈夫。きっと答えはあるよ」
 黒瀬の言葉は励ましなのか、自分に暗示をかけたのか。
「そうだね」とだけ答えて、赤崎は正面を見据えた。
「データ照合。敵司令官機を発見した」
 キリル・シューキン(gb2765)が随伴各機に告げる。
 タロス3、ティターン2。2機の指揮官機は装備からソフィアとティルダナに間違いなかった。
 ティルダナの機体は傍目にも異形の姿に変貌していた。
「あの形態から推理するに『蛟の王』という処かね」
 錦織・長郎(ga8268)はティルダナの機体をそう評する。
 その回りの強化型タロスも全て異形に変わっており、機械融合している事は明らかだった。
 居並ぶパイロット達に緊張が走った。
「あ、そうだ‥‥ミラちゃん」
「何?」
 鷹代 由稀(ga1601)に答えるミラベル・キングスレー(gz0366)の声は硬かった。
 普段の溌剌さは完全に消え、軍人としての彼女がそこにいる。
「‥‥幸運を‥‥じゃ、また後で」
「‥‥」
 一瞬だけ、ミラベル機のカメラアイが鷹代機を見つめ、離れる。
 言いたいことは伝わっただろうか。
「全機ブースト。前衛を叩き伏せる」
 ダビド大尉の号令と共に正規軍のKV隊は突撃。絡めとるように近衛3機を足止めする。
 その隙間を縫って、傭兵達10機のKVが前進する。
 接触まで猶予は僅か。
「始めるぞ!」
 ジャック・ジェリア(gc0672)が叫ぶ。
 全機全砲門をティターンに突きつける。
 やや間があって、戦場に轟音が響いた。
 10機分の弾幕と、それに負けじと応酬する2機の光線。
 ミサイルの大半は互いに有効打とならなかったが、
 空間を白く染めるほどの光線は着弾して噴煙を巻き上げる。
 狭まった視界の中、レーダーと自分の勘だけを頼りに突き進む。
「‥‥ここだ!」
 アンジェリナ・ルヴァン(ga6940)がシコンの種子島を敵2機の間に向ける。
 発砲。高出力のレーザーが指揮官2人を分断する。
 ダメ押しとばかりに錦織がグレネードを連射し、2機の距離は致命的に別れた。
 アンジェリナのコクピット側面の画面には種子島の残弾0と表示が赤く表示されているが、構わず狙いだけはつけ続ける。
 レーダー照射から次弾を警戒したのか、敵機は僚機と距離を詰めない。
 アンジェリナ達の想定どおり、敵は新型機に警戒して動きが鈍っていた。
「成功だ。このまましとめるぞ」
 ジャックとウラキが砲戦を継続する中、傭兵達は至近距離に飛び込んでいく。
 ここまでは前哨戦、ここからが本番だ。
 大仰に振り上げられたソフィア機の斧に、傭兵達は正面から向かい合った。



 分断した後にソフィアに向かった機体は7機。
 メンバーの半数以上を投入して早期決着を図る構えだ。
 新兵ばかりならともかく、この数と質ならソフィアであっても圧倒できる。
 ウラキ、ジャックは弾幕を継続しつつ、黒瀬、キリルを先頭に中距離に藤村、赤崎、天原が控える。
 7機はソフィアの特殊能力を回避するために、至近距離からの直接攻撃に移った。
「一年と二ヶ月ぶりだな、ソフィア‥‥メジデン内部工作の借りを返しに来たぞ‥‥ッ!」
 キリルが先頭を切る。重機関銃で牽制しながら突撃。
 ヒートディフェンダーの一撃をソフィアは斧で受け止めた。
 キリルが一撃のみで引き下がると黒瀬が、黒瀬が引き下がると藤村、天原と波状攻撃をしかける。
「くっ!」
 流石のソフィアもこれには手を焼いた。
 致命傷は受けていないが神経が磨耗する。
「胸をやられた借りもある、ここで落ちてもらうぞ、ソフィア‥‥」
 藤村が攻勢をかけながら呟く。
 天原が駆け抜けた後、武器を振りぬいたソフィア機の腕にスパークワイヤーが絡まっていた。
「!」
「利き腕なんだろう? あの二人の無念と共に貰っていくぞ‥‥ッ!」
 ワイヤーはキリル機の右腕から射出されたものだった。
 ギリギリと腕に傷をつけていく。
「二人‥‥鉄木と高円寺か‥。お前があの二人の無念を語るな!」 
 ソフィアは吼えた。
「バグアが何を‥!」
「あの戦いは私の物だ! この気持ちはお前にはわかるまい!」
 キリルには何を激怒したのかも理解できなかった。
 その会話の意図をおぼろげにも理解できたのは、傍で聞いていた黒瀬だけだろう。
 全力で生を全うし、「本望」と言って互いの半身と共に死んだのだ。
 それは戦場にしか居場所の無い2人にとっては望外の幸せだったのかもしれない。
 僅かな間だけ恋人の顔を思い、黒瀬はそう感じていた。
 ソフィア機は傷が付くことも厭わずスパークワイヤーを引き寄せる。
 完全に力負けしていた。機体からワイヤーをパージするが、一瞬の動作が命取りになった。
 逃げきれないキリルの機体を、ソフィア機の戦斧が両断していた。
 機数は減ったが、怒りに任せてうごいたことが、彼女に致命的な隙を作る。
 ジャック機の砲撃が左腕に直撃していた。



 ティルダナを相手に懐に入ったのは正解だった。
 彼のティターンは近接距離では使える武装が少なく火力に乏しい。
 3機は錦織がばら撒く煙幕に紛れて射撃戦を展開。
 レーザーに耐え、触腕を払い、包囲しつつ激しく渡り合った
 だが、それでも相手は司令官級が機会融合したティターン。
 ハンデを抱えつつも圧倒的な強さだった。
 数十秒の後、アンジェリナ、鷹代、錦織の3者の機体は地に倒れ伏していた。
「手間取らせおって‥‥ん?」
 ソフィアの援護に向かおうとしたティルダナは、動きを止める。
 アンジェリナの機体からレーザー照射。 
 ティルダナは向き直った。
 アンジェリナの機体はブーストを起動、失った足をブーストの推力で補い立ち上がる。
 鷹代機も同様に立ち上がっていた。こちらは右腕がない。
「おとなしく眠っておればいいものを‥‥」
「通しはしない‥‥由稀の内の叫びが貫くまでは」
 満身創痍のシコンはそうしているのがやっとだった。
 ティルダナ機はとどめを刺すべく2機に近づいていく。
 ティルダナ機の触腕がうごめき始めた頃、横合いから別の機体が飛び込んできた。
「させるかぁ!!」
「む‥‥!」
 天原機の機刀が振り下ろされる。
 触腕で受けたティルダナ機が反撃に移る前に天原機は素早くバックステップ。
 射線が開いた隙間にウラキのBoaAceroが砲弾を叩き込む。
「おとなしくしてもらうぞ。ここで終わらせる」
 立ち直れないティルダナに一斉射撃を継続。
 数秒と経たずに立ち直ったティルダナに、今度は天原が再度突撃をかける。
「いかせねえ、絶対にだ!!」
 ティルダナは大地の気迫にたじろぐ。
「俺はもう、誰も死なせない!」
 それが「誰」を指しているのか、何人かにはかすかに予想がついた。
 流しすぎた血を悔やみ誓いを立てた刃に、エミタは最大限の力を与えた。
 機刀はぎりぎりと触腕にめり込んでいく
「貴様等ァ!!」
 ティルダナが別の触腕を振り上げる。
 叩きつけようとした触腕は、どこからともなく撃たれた弾丸によって根本から失われた。
「ここで眠れ‥!」
 銃弾を放ったのは撃破されたはずの錦織の機体。
 スラスターライフルの銃口が煙を吐いていた。
 その隙を逃さない。
 天原機は触腕を振り払い、示現流の構えで機刀を振りあげる。
「一刀両断っ‥‥デリャァァァァァッッ!!」
 スルトシステム、エアロサーカス起動。推力が特化され、機体が殺人的な加速を生む。
 真っ向から振りおろした機刀は刹那の速さを越え、ティルダナ機を右肩から縦一文字に断ち割った。
 血しぶきに似た何かが機体からふき上がる。
 追撃に鷹代機が走った。
「今日ここで終わらせる。落ちろ、ティルダナ!!」
 今にも動きを止めそうな自機を信じ、渾身の一発を放つ。
 プラズマの弾丸はティルダナ機の中央を間違いなく貫いた。
「‥‥危険な種族め」
 燃料に引火したのか、ティルダナ機は爆発する。
 破片は飛び散るなり砂へと代わり、爆発のあとには彼の痕跡を残すものは何もなくなっていた。
 それは鷹代の機体が機能を停止したのとほぼ同時だった。
 見届けた錦織は覚醒を解け、意識が急速に消えていくのを感じていた。
「‥‥彼も水辺で死ねて、幸せだったのかね?」
 錦織の呟きに答えるものはなかった。



 ティルダナが撃破された頃、ソフィアと相対する者達も決着をつけようとしていた。
 キリルが撃墜され、ティルダナの対応に支援を増したため数の差は1:4。
 多数相手に一歩も引かないソフィアであったが、流石に限界が近づいていた。
「まだだ‥‥!」
 ソフィアの機体が弾けるように跳ぶ。
 ジャック機に向かって巨大な斧を正面から振り下ろす。
 単純だが速く重い斬撃に機体が耐えきれない。
「ソフィアッ!!」
 ジャックは深く機体を断ち割られながらも、ブーストで機体を動かしソフィアの機体に組み付く。
 組み付きながら4本の砲塔をソフィア機に向けた。
「!!」
 ソフィア機は斧から手を離してジャックの機体を殴り飛ばすが、
 射線をずらしきることが出来ず、一発が機体の肩を抉る。
 武器を手放し無防備になったその隙を、周囲の者は見逃さない。
 先程まで接近戦を繰り広げていた黒瀬が、これを好機と突撃する。
 ソフィアは対応しきれず、黒瀬機:レグルスの獅子王がティターンのコックピット付近を貫いた。
「このっ‥!」
 ソフィア機は機刀に貫かれたまま、レグルスに膝をたたき込む。
 黒瀬の機体は吹き飛ばされるが、ソフィアが体勢を立て直す前に赤崎と藤村が突撃した。
 ハンズ・オブ・グローリーによって加速したハイ・ディフェンダーが左腕を切り落とす。
「ここだ‥‥テンペスト!」
 藤村のスカイセイバー:テンペストはアグレッシブトルネード起動。
 正面からハイプレッシャーでの連撃を打ち込む。
 普段ならば十分に回避できるのだが、満足に動かない機体ではそうもいかない。
 ティターンに3発目が直撃し、吹き飛ばされて仰向けに倒れた。
 再生は始まっていたが、既にまともな武装は残っていなかった。
 戦う力を失ってなお、ティターンは立ち上がろうとしていた。
「貴方を思う大切な人を残して、そんな機械に溶けていいんですか? そんなつまらない事‥‥」
「‥‥もう戦う気はない」
 黒瀬の言葉を制してソフィアは力無く笑った。
「機械融合をすれば逃げることもできるし、限界突破をすれば2時間ぐらいは持つが‥‥。今更行くところはない」
 ソフィアはティターンの喉のあたりから機体の外に姿を表した。
 ソフィアには右足が無かった。
 失った部位からは血ではなく、泥のように流動する白い何かが流れ出していた。
 時間が止まった戦域の中から赤崎が一歩進み出る。
「ソフィア、子供は何処? 人間のソフィアの生きた証として、父親の所へ返したいんだ」
「子供だって‥‥?」
 赤崎の隣にいたウラキが聞き返す。
「人間のソフィアの子供です。ずっと気になってたんです」
「なんだ、知っていたのか。それとも誰かに聞いたのか」
 ソフィアは黒瀬の答えを肯定する。
「‥なんでお前が、ソフィアの子供を‥!」
「それが、ソフィアが母親として最期に願ったことだからだ。自分の全てと引き替えにな」
「それで母親をやっていたわけか」
 ウラキとジャックの怒りの色は濃い。
「私は武人として、約束を守ったにすぎない。子供は‥‥ユウは本城に預けた。無事だよ。
 だが申し訳ないが、あの子を父親に委ねることはしたくない。/こいつは俺じゃなくて人間のソフィアが決めたことだ。俺が墓から掘り返していい秘密じゃない」
 答える声は途中からグローリーグリムの頃のそれに変わっていた。
 徐々にだが、姿がゆがんできている。
「代わりに、本城にはコルテス大佐の元に届けるように指示していおいた。待っていればいずれ姿を現す。
 大佐と共にあの子のことを決めてあげて欲しい。それが、あの子の為になる。あとの細かいことは本城に聞けばいい」
 ソフィアの告白に、多くの者は戸惑っていた。
 バグアは理解不能な相手だ。それがここにきて、余計に頭を悩ませる。
「ソフィア。お前は『奪う以外の生き方が出来ない。生き方を変えられない』と言った。
 なら、どうして獲物である人間と腕を競い、子供を育てたの?
 奪う生き方が嫌で、別の道を探そうとしたんじゃない?」
「別の道などと、大層なことを考えたことはない。
 だが、力と力をぶつけあう時だけは、純粋でいたかった。
 異星人同士でも、それならまだ理解できるだろ?」
 グリムの影とソフィアは、満足げに微笑んだ。
 それが答えだった。
「最後だけは私/俺らしく戦えた。感謝してるぜ/ありがとう。あの子のことを頼みます」
 グリムの声とソフィアの声が重なる。
 現世と彼を繋いでた何かが途切れ、ソフィアは光る砂となって風に流れ消え去った。
 遠くから勝ちどきの声が聞こえる。
 戦いが終わった。傭兵達はその喜びの輪に混ざれない。
 彼女が最後に残した言葉がどうしても気に掛かっていた。
 それが希望となるか否かはまた別の話になるだろう。