●リプレイ本文
傾き始めた日差しが照らす街には無数の屍。
やがてくる柔らかい闇と混ざり合って、赤はおぞましい色に変わる。
街の中央の大通りを同じ色合いの赤をまとった3人が進む。
傭兵達は正面から歩み近寄ってくる敵をそれぞれの想いを載せて見据えた。
「3度目か感慨深いな」
最初にそう呟いたのは時任 絃也(
ga0983)だった。
3度目となっても、彼の覇気は変わらない。
今回こそ最後と言う意思に満ちている。
逆に、様相を変えてしまった者も居る。
同じく3度目となるラナ・ヴェクサー(
gc1748)は最初の頃に比べるとまるで別人のようだった。
ピルケースからトランキライザーを何錠も取り出し、噛み砕いて飲み込んでいく。
「ラナさん、そんなに一度に飲んだら‥‥」
「ほっとけよ」
心配そうにラナを見ていた猫屋敷 猫(
gb4526)を、天原大地(
gb5927)が止める。
天原は猫屋敷に視線を向けていたが、すぐに興味がうせたように前方へと視線を戻した。
藤村 瑠亥(
ga3862)はそれとは対照的に、視線は向けないまでもラナへ常に意識を向けていた。
彼がこの依頼を受けたのも彼女が死にかねないと思ったからだった。
だが、何事も思い通りにはいかない。
「なんと、無様‥‥だな」
藤村は時折痛む傷を気にしながら平静を装う。
前の戦いの傷が癒えておらず完全とは言いがたかった。
「どうやら、むこうもこちらを見つけたみたいですよ」
朧 幸乃(
ga3078) は他の者に声をかけながら拡声器を用意する。
策の一環でもありゼーファイドとは対話を試みる予定だが、その前に襲われたらたまらない。
朧が呼びかけると彼らは返事の代わりに歩みを緩め、傭兵達から20m離れた位置で止まった。
「あれが‥‥ゼーファイド‥‥」
拡声器を借りて話しかけようとする時任の横で、
鷹代 由稀(
ga1601)は黒い感情の乗った目でゼーファイドを見ていた。
あれを好意的に語る恋人の姿が思い起こされる。
自分でも整理できないほど色んな感情が混ざっていたが、不愉快に感じるという点は間違いないだろう。
「ゼーファイド‥」
ラナの視線は鷹代以上に敵意が篭っていた。
彼女にとって自分の今の不調の原因は全てあれが原因だ。
事実はともかくそうであると思う彼女にとって、この憎悪は正当なものだった。
「やりあう前に少し提案があるんだが時間を貰えないだろうか」
「なんでしょう?」
時任の問いに拳法家の男は温厚そうな顔で答える。
見た目通りの武人気質なようで、戦場にあっても自然体だった。
「今回は決闘を申し込みたい、此処にいる8名と、ゼーファイドとでな。
人数が違いすぎる点は単なる戦闘力の差を埋めるだけと捕らえてもらいたい。半端な人数では‥‥」
「お断りします。私は決闘を見に来たのではなく戦争をしにきたのです。
多少のお喋りはかまいませんが、私の本業に水を差さないでいただきたい」
徐はやや怒気を含んだ声で時任の声を遮った。
「私も仕事ですのでそういうお誘いはちょっと‥‥」
「‥‥トイウ訳ダ。申シ訳ナイガソノ話ニ乗ル事ハデキナイナ!」
ゼーファイドが意味もなくでかい声で宣言する。
判断基準は護衛達に一任しているらしい。
「ま、なんでもいい。話が終わったなら始めようぜ。その為に来たんだ」
天原が蛍火と血桜を抜く。
ゼーファイドが構えたために釣られて他の傭兵も構える。
その中で、相対する徐は嬉しそうに笑っていた。
◆
ゼーファイドの突撃にあわせてマクレガーと徐も各々追随する。
一塊であった傭兵達もそちらへの対応をせねばならず、
最も近く警戒していたものが回り二人の対応に向かった。
正面のゼーファイドには天原、ジャック・ジェリア(
gc0672)、ラナ、の3名。
左側面のマクレガーに朧と鷹代、右側面の徐に時任、藤村、猫屋敷。
ゼーファイドは散開した傭兵には目もくれず、正面に残った3人に突撃する。
振り上げたヘビーフレイルは吹き上がる赤いオーラで覆われていた。
「フンッ!!」
振り下ろしたフレイルは地面を割り、周囲に衝撃波を撒く。
パターンを読みつつあるメンバーは直撃は避けた。
シールドで防いでいち早く態勢を立て直したジャックが、スコールの連射でゼーファイドの頭部を狙う。
距離を取ったラナも超機械でゼーファイドを撃つ。
ゼーファイドは攻撃を受けることで視界がふさがっていた。
「天原、さっさと決めてくれよ」
「わかってる!」
二本の刀を携えた天原が駆け寄る。
狙いはマント。エースアサルトの破壊力なら防刃繊維を破るのも難しくは無い。
二刀で一撃離脱を繰り返しながら徐々に勢いをそいでいく。
「甘イッ!!」
ゼーファイドが前のめりに跳躍。
渾身の力でフレイルを振り下ろす。
避けきれないと悟った天原は血桜を振るう間もなく、盾にするが‥‥。
「ぐっ‥‥!」
衝撃を捌ききれない。
軌道のそれたフレイルはそのまま天原の肩口に直撃する。
鈍い、というには致命的な音が響く。
距離を取った天原だったが、その右肩は完全に潰れていた。
「隙を、見せたなっ‥‥!」
ラナはゼーファイドがフレイルを振り切った瞬間を狙いすまして、迅雷で接近する。
ライトニングクローでゼーファイドの腰部を貫くが、一歩踏み込みが足りず傷は浅い。
「ム‥オオオオオオオ!」
それでもライトニングクローの一撃は重い。
ゼーファイドは横薙ぎにタワーシールドを振り払う。
接近しすぎて避け切れなかったラナは一撃をまともに受け吹き飛ぶ。
意識だけは落とすことはなく、ぎりぎりのところで脚から着地した。
「強クナッテイルナ、戦士達ヨ。ダガマダ終ワリデハナイゾ!」
ゼーファイドが更に跳躍する。
「させるかっ!」
ラナに向かった一撃をジャックが受け止める。
盾ごと吹き飛びそうな一撃を食らいながらも、ジャックはぎりぎりの算段を重ねていた。
◆
マクレガーは案の定前に出る。対応するのは鷹代と朧の2名。
お互いに走り回りながら銃での応戦が始まる。
「さあ‥‥どうくる?」
鷹代は街の路地に隠れ、朧はプロテクトシールドを片手に詰め寄っていく。
精密さはともかく、火力に乏しい鷹代は朧のように真っ向から応戦はできない。
鷹代は呼吸を整え思考する。相手の行動が見えないうちは行動しづらいが、相手の行動の方向性は読めている。
おそらく、人間らしい行動を突き詰めてくるだろう。
自分の考えうる範囲の方法は何でも使ってくる。
おそらく第一撃は‥‥。
「煙幕、閃光手榴弾‥‥!」
鷹代が予想したとおり、煙幕があたりを覆う。
近くにいたはずの朧が見えない。
「驚かないんですね」
声はすぐ近くから聞こえた。
すぐさま転がるように前へ逃れる。
刃の軌跡が鷹代の首筋のあった位置を通った。
「くっ‥‥」
逃げた鷹代に向けて回し蹴りが来る。
下がって回避しようとするが、靴底から伸びた刃に腹部を裂かれる。
浅いが出血量が多い。刃の先端に何か細工がしてあることしかわからなかった。
更にダガーが突き出される。鷹代は防戦一方でこれも逃げる他ない。
この突きをなんとかギリギリでかわすが‥‥。
「!!」
かわしたはずの左肩に激痛。
ダガーの刃だけが射出されて、鷹代の肩に深々と突き刺さっていた。
バネ仕掛けの単純なものだが先端の切れ味はSES兵器に勝るとも劣らない。
「‥‥く‥‥」
抜こうと思うが深く刺さりすぎていて抜けない。
甘かった。知っていること、使えること、対処すること。
全てが全くの別物だ。
それだけに時間を費やしたプロに、付け焼刃の素人が追いつくことなどできない。
「これで終わりです」
拳銃が鷹代の額に向けられる。
この位置からではどこにも逃げられない。
鷹代は死を覚悟した。
「いえ、まだです」
銃声。しかし痛みはない。
朧が身体を張ってその攻撃を受け止め切っていた。
マクレガーも下がらずそのまま朧の首筋へと狙いを定め、ダガーを突き出す。
避けるかと思ったが、朧は避けない。
血飛沫が吹き上げても意に介することなく、そのままライガークローをマクレガーの胴体に突き刺していた。
予想外のダメージに呻くマクレガー。
何事もなかったかのように荒い息を整えようとするが、その顔には既に死相がでていた。
対して朧の傷は、どれもが早々に再生に向かっていた。
ライガークローを握るもう片方の手には、超機械ミスティックTが淡い輝きを放っていた。
自分へ練成治療を書け続けることで即死するダメージ以外を無効化していたのだ。
「‥‥あれ? 私はどうして‥‥?」
マクレガーは心底不思議そうな顔をして、自分の腕や目の前の朧を見る。
きょろきょろと視線だけを動かし、身体が自由に動かないことに気づいたあたりで、
ようやく全てを悟ったような顔をした。
朧に向けた顔は先程の張り付いた笑みとは別人のように、穏やかで優しい笑顔だった。
「これはお手数を‥‥お掛け‥‥しました。申し‥‥訳‥‥ありま‥‥せ‥‥ん」
マクレガーは組み付いていた朧により掛かるようにして息を引き取った。
朧はマクレガーの遺体をそっと道に横たえると、その瞼を指で閉じた。
◆
突撃した徐に向かった3人の傭兵は、奇しくも同じペネトレイター。
3人は同時に加速。徐に襲い掛かった。
「はっ!」
時任が気合を放ちながら上段へ回し蹴り。猫屋敷がライトニングクローを振り下ろし下段へ攻撃。
回避したところへ藤村が二刀で連撃をかける。
徐も同じく足の速さで対抗。振り回される暴威を紙一重でかわし続ける。
攻め手に移らず、高速で跳ねる3人を注視する。
「なるほど。そうでなくては面白くない」
徐の声には余裕があった。
攻撃の手に移っていないのは演技でないはずなのに、
その表情を崩すことはない。
時任の拳をかわしきったところで、徐は初めて構えをとった。
「君からだ。さあ避けたまえ。首筋を狙うよ」
宣言から一瞬の間隙、徐はすさまじい速さで踏み込んでいた。
「!!」
振り払う手刀を見切れない。時任の距離は近すぎた。
間合いこそ外していたが、FFを利用して同時に発生するソニックブームを回避できない。
見えない刃は宣言通り、時任の首筋を切り裂く。
出血に目の前が暗くなる。時任の動きが止まった一瞬を狙い、更にもう一撃。
振り切った手がしなる蛇のように時任を狙う。
生々しく鈍い音を立て、抜き手は左のわき腹を貫く。
徐が手を引き抜くと、時任は前のめりに倒れ伏した。
「次は君だ」
徐の次の狙いは藤村だった。
藤村はなけなしの錬力を使いきって既に動きが鈍っている。
手刀が藤村に振り下ろされる。
しかし手刀は藤村に届かない。
「む‥‥」
徐師父の一撃を捌いたのは、猫屋敷だった。
盾は破壊されて左腕を負傷したが、まだ戦意は衰えていない。
「おおおおっ!」
一瞬の隙をついて藤村が走った。
藤村の二刀が交差する軌跡を描き、徐の胴体を正面から切り裂く。
押し出された徐の背後から猫屋敷が迅雷で駆け寄り、ライトニングクローを深々と徐に突き刺した。
反撃される前に猫屋敷は刺さった爪を引き抜く。
血を流しながらも徐は平然と立っていたが、
目の前の二人には、それが最後の意地だと理解できた。
「‥‥こんな時代に、武に生きて死ぬ‥‥。良い人生でした」
徐は満足気な笑顔を浮かべると、前のめりに倒れ動かなくなった。
彼が死んだのを確認するまで、藤村と猫屋敷は構えを解くことができなかった。
「大丈夫ですか?」
「すまん。助かった」
猫屋敷は藤村を気遣いながらも、手早く時任に止血を行なう。
まだ敵は残っている。
倒れた仲間の心配をする時間はなさそうだった。
◆
時任と天原が欠けて6:1前回とは逆の情勢となった。
「ムオオオッ!」
ゼーファイドは攻勢の基点となりうるジャックを狙った。
既に満身創痍となっていたが、勢いは衰えていない。
「来たな‥‥!」
大振りの一撃に自身の盾を投げつける。
盾が砕けて視界を遮る中、ジャックはゼーファイドの肩付近に組み付いた。
「この一発勝負は本命まで取っておくつもりだったが、お前で我慢してやる、その首貰うぞ!」
引き抜いた機械刀の柄をゼーファイドの首筋に当てる。
レーザーはゼーファイドの肩から首を焼いた
「ガァアァァァアア!!!」
ゼーファイドが激痛に雄叫びをあげる。
それと同時に彼の全身を赤いオーラが包み込んだ。
衝撃波を放つ際と同じものだが規模が違う。
衝撃波はゼーファイドを中心に発生し、その場に居た6人全員を巻き込んだ。
6人を吹き飛ばしたゼーファイドからオーラは消えない。
これが彼の限界突破の効用だろうとは、すぐに予測がついた。
追い詰められたゼーファイドだが、傭兵を追撃することはなかった。
「私ノ負ケダ。限界突破ヲ使ッタ以上、何ヲ弁解スル余地モナイ」
ゼーファイドは肩を落として呟いた。
「‥‥ゼーファイド」
彼に声をかけたのは、鷹代だった。
目には先程までの黒い闘志は見えない。
「‥‥私と同じ格好した銀髪の娘‥‥覚えてるわよね?」
「覚エテイルトモ。紅色ト琥珀色ノ目ヲ持ツ戦士ダナ?」
「あの子に言い残すことがあるなら聞いてあげる」
鷹代がどんな思いでそう尋ねたのかはわからない。
死んでいく相手には嫉妬も嫌悪も、無意味だったのかもしれないが、
その時の感情の深層は、永久に彼女だけにしかわからないだろう。
「何一ツ無イ。戦士ハ結果ニ言イ訳ナドシナイカラダ。‥‥ダガ、ソノ気持チハ無碍ニシタクナイ。
ダカラ、コノ者ノ名前ト姿ヲ覚エテオイテ欲シイ。
コノ者ハ、ココカラ数千光年離レタ銀河ニアル緑ニ輝ク星デ最強ノ戦士ノ一人、赤光ノ騎士『ゼーファイド』ダ」
ゼーファイドは他人行儀にヨリシロであった人物を誇る。
「‥‥わかった、必ず伝える」
言って鷹代はミスティックTを構え、他の5名もそれに倣う。
「サラバ友ヨ。世界ノ記憶トナッテマタ会オウ!」
武器を振り上げ突撃したゼーファイドを、エネルギーの奔流が襲う。
ゼーファイドは大した抵抗もすることなく流れに飲まれ、地に倒れ伏した。
ラナは動かなくなったゼーファイドを見つめ、やがて暗い笑いをあげはじめる。
「‥‥鷹代さん?」
朧がそっと鷹代に近づく。
言いたいことはなんとなくわかった。
「気まぐれよ。あの子が好意を向けた奴に対する嫉妬混じりのね‥‥」
「そう。なら、私が止める理由もないかな」
朧は倒れ伏した者達の治療に戻る。
「敵と約束なんて、あの子の病気が伝染ったかな‥‥」
どうしてこのバカはバグアだったのだろう。
半端に会話できる事実が恨めしい。
意志疎通の出来ない化け物であれば、もしくは普通の人間であれば、
余計な嫉妬を感じることもなかったかもしれない。
鷹代は自身とラナを比べていた。
互いの黒い感情に違いを見出せず、鷹代は静かに赤い空を見上げた。