タイトル:願いの果てマスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/03/06 13:07

●オープニング本文


 バグアは星の文明と文化を盗み、真似る。
 それは人の記憶から盗むこともあるが、
 形そのものを盗むことも多い。
 高層ビルの最上階近くにあるオフィスも、また彼らが盗んだものだった。
「‥はぁ。よくも集めたもんだ‥」
 クレメンスは後退した生え際あたりをなでながら、興味無さそうに漏らした。
 隣に控える副官とカタリナは、なんともいえない顔でクレメンスを見た。
 それも当たり前の話で彼らは今、目の前に直接の上司、
 しかもそれなりに高位のバグアを控えている。
 機嫌を損ねればすぐにでも首を刈り取られるような個体もいる。
 不用意も良いところだ。
「すごいでしょ? 親バグアの方が届けてくれるの。
 紅茶もコーヒーも良い物が揃ってるわよ」
 目の前のバグアは、人間らしい柔和な笑顔でそういった。
 見た目はキャリアウーマンと言った姿で、年齢は20半ば。
 スラッとした長身に程よく膨らんだ胸、長く美しい金の髪。
 プレイボーイ諸氏なら間違いなく口説くことを考えるだろう。
 名前はキャサリン・ラヴロック、インディアナポリス近辺を支配するバグアの1体だ。
 その向かって右隣。
 ほぼ同じ背丈のバグアが立っていた。
 人間をヨリシロにしたらしいのだが、黒い外套と黒いマスクで全身を覆っており、
 人種や男女の区別さえも一切みえない。
 クレメンスの記憶では、この二人のバグアは常に一緒に居るのだが、
 黒いほうが喋ったことは一度も無かった。
 名前さえも聞いたことが無い
「‥ふーん。で、俺達を呼んだってことは余程戦況が危ないってことか?」
 クレメンスが本題を切り出す。
 先ほどのやる気の無さとは打って変わって、冷徹な思考を垣間見せていた。
「推察の通りよ。そこで私達は‥」
 キャサリンは言葉を切った。
 外からどたどたと、誰かが走ってくる音が聞こえる。
 足音は複数、しかし大人のものではない。
 子供が4、5、6‥。
 クレメンスが音だけで推測しているうちに足音は無遠慮に部屋まで近づき‥。
「母さん、ただいまー!」
 10歳ぐらいの子供達がノックもせずに扉を開けた。
 口々に母さん母さんとひとしきり言ったあと、クレメンスたちを見て、
 バツの悪そうな顔をしてちいさく「こ、こんにちは」と頭を下げる。
 クレメンスは頭を掻きながら子供達を見下ろした。
 どの子も身なりは良いが、元気溌剌と言った体で身体に小さな傷が多い。
「お帰りなさい。チェスター、ダリル、エリオット、フラニー、ジョージ、ヘレン」
 母と呼ばれたキャサリンは一人ずつ名前を呼び、腰をかがめて優しく頭を撫でる。
 子供達は嬉しそうに母の足元に抱きついていた。
「ごめんなさい。母さん、今お客様と大事なお話中なの。
 ロビーで待ってて。すぐに行くわ。
 ‥アドニスとベティは?」
「怪我しちゃったから医務室」
「そう。わかったわ。アドニスとベティにも教えてあげてね」
「はーい」
 子供達は扉の向こうに消えると、
 来た時と同じように元気よくエレベーターまで走っていった。
「‥あれが例の子供達か。ま、子供なら色々できるわな」
 クレメンスの呟きには何も答えず、キャサリンは優しい笑顔を浮かべた。
 その笑顔の裏の思惑がどす黒いことは、一部始終を見届けた者には一目瞭然だった。



 夕暮れの暗がりの中で、敵は最初は猿に見えた。
 だがその手に握られているダガーや拳銃が、
 猿以上の知性を垣間見せる。
 黒いローブで身体を隠した体の小さい何かが、
 次々と兵士達を殺戮していった。
「ええい!」
 能力者の若い少尉はアサルトライフルを敵の一体に向け掃射する。
 影のような敵は組み付いていた軍曹の肩からダガーを抜き、
 軍曹の身体を盾に家屋の影に姿を消した。
「ちっ‥」
 これで分隊は自分一人になった。
 辺りには部下の死体が無残な姿で転がっている。
 援軍の要請はしたが到着する頃には決着が着くだろう。
 少尉はアサルトライフルを構える。
 仲間の犠牲から相手の行動パターンは読めた。
 次の行動は予測できる。
「そこだ!」
 屋根の上から跳びかかろうとしていた敵に、ライフルを三点射。
 弾丸は狙いたがわず敵を穿った。
 小さな影は屋根から転がるように、少尉の足元に落ちてきた。
 その拍子に、顔を覆っていたローブの一部が外れた。
「‥子供?」
 少尉は思わずライフルの銃口を敵、女の子に見える何かから外した。
 少尉の見間違いではない。
 確かに子供だった。
 ローブに隠れていた顔も手足も、どうみても10歳程度の子供にしか見えない。
 その手にはしっかりと血にまみれたダガーが握られ、
 腰のホルスターにはマガジンとハンドガンが収まっている。
 この子が、自分の仲間を殺した。
 にわかには信じられなかった。
「‥おい、き!!!」
 唐突に左肩に激痛
 言葉が途切れる。
 少尉の背中に誰かが飛び掛り、肩にダガーを突き刺していた。
「ああああああ!!」
 ダガーを更に押し込もうとする手を握る。
 押し返そうとしても力で敵わない。
 そうこうしているうちにも、血液が噴出し続ける。
 長いようで短い攻防のあと、少尉は倒れ二度と起き上がらなくなった。
 肩口に載っていた影は、少尉の首を苛立たしげに蹴る。
 手首を掴まれたのがイヤだったらしい。
 影はローブの顔の部分をはぐと、倒れている少女に声をかけた。
「おい。フラニー、起きろ」
「‥ん」
 少年、エリオットに言われ、フラニーはもぞもぞと起き上がる。
 エリオットは立ち上がったフラニーのローブの留め金の位置を調整し、
 裾から埃を払った。
「お前さ、どんくさいんだから気をつけなきゃダメだろ」
「‥う、うん‥」
「このままじゃまた成績ドベだぞ。母さんからご褒美もらえないぞ」
「‥それは‥やぁ‥」
 フラニーはぐしぐし泣きそうになりながら、エリオットのローブの裾を掴んだ。
 エリオットはしょうがないな、と言うような顔でフラニーの頭をなでた。
「大丈夫だって。頑張れば出来る。足りない分は俺が頑張るから、ほら行くぞ」
「‥うん」
 エリオットはフラニーの手を引っ張り、
 その場をそそくさと後にした。
 向かう先は別のUPC軍小隊の野営地だ。
 目的は一つ、血なまぐさい殺し。
 殺した数で母さんからご褒美をもらえる。
 無邪気な思考のまま、彼らは進軍を続けた。

●参加者一覧

御影・朔夜(ga0240
17歳・♂・JG
翠の肥満(ga2348
31歳・♂・JG
漸 王零(ga2930
20歳・♂・AA
藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
イリアス・ニーベルング(ga6358
17歳・♀・PN
キリル・シューキン(gb2765
20歳・♂・JG
ブロント・アルフォード(gb5351
20歳・♂・PN
籠島 慎一郎(gc4768
20歳・♂・ST

●リプレイ本文

 時刻はようやく正午を過ぎたぐらい。
 太陽は高いが、まだ冬の寒さを和らげるほどではない。
 瓦礫が多くどこに行っても風をさえぎる物は無いが、
 代わりに陽光を遮るものもない。
「しかし‥視界が悪いとな」
 御影・朔夜(ga0240)はSE−445Rを駐車すると、
 銃を油断なく構えながら辺りの陰に気を配った。
 その背後を2人乗りで一緒に乗っていたイリアス・ニーベルング(ga6358)が守る。
 敵は報告から身の軽い少年少女の強化人間と判明している。
 いつも以上に念入りに、周囲を警戒した。
「隊長‥」
「なんだ?」
 御影は振り返らずにイリアスに返事をした。動きは止めない。
「本当に撃退するだけで良いんですよね?」
 イリアスの指は少し震えていた。
 事情はどうあれ、子供を撃たなければならないことに忌避感があった。
 子供を殺すために、自分を高めてきたわけではないのだから。
 御影はイリアスの心身の状態に気づきながらも、視線を動かさなかった。
「‥撃退で構わんよ」
 それで、引いてくれる相手ならばの話だ。
 条件を言外に付け加える。
 事情はどうあれ、子供達は間違いなく自分たちの敵なのだから。



 依頼を受けた傭兵達は軍の主力を護衛することを主眼に、
 東西南北に均等に分かれて布陣した。
 北側を御影とイリアス、
 南側を翠の肥満(ga2348)・ブロント・アルフォード(gb5351)、
 東側を藤村 瑠亥(ga3862)・キリル・シューキン(gb2765
 西側を漸 王零(ga2930)、がそれぞれ受け持つ。
 配置の位置を分散させたのは自身を囮にするという意図もあった。
 傭兵達のこの目論見はあたり、全ての班が軍より先に襲撃を受けることになる。
 最初の襲撃は西側で起こった。
「来たか」
 不穏な気配が周囲に二つ。
 殺気と、表現すれば良いだろうか。
 漸はティルフィングを抜き放ち、半身に構えた。
 2体は漸を前後から挟み込むように狙いをつけている。
「今、引くなら見逃そう。来るなら覚悟しろ」
 漸はやや高い声で、確実に相手に呼びかける。
 反応なし。
 呼びかけからきっかり5秒後、二つの影が漸に襲い掛かった。
 V字の配置から接近しながら銃を連射してくる。
「‥致し方ない」
 漸はバックステップで銃撃をかわすと、片方に狙いをつけて走る。
 続く銃撃をかわしつつ、強引に前進。
 狙いをつけた側が弾倉を変えようとした動きに合わせて、瞬天速を起動。
 前方に跳ねるように飛び込み、一気に懐までもぐりこむ。
「フンッ!」
 ティルフィングで胴目掛けて薙ぎ払う。
 黒い影は後ろに跳ねることで斬撃から逃れ、必殺の一撃をぎりぎり回避。
 バランスは崩したが命だけは永らえた。
 立ち上がりながら銃を捨てナイフに持ち替える。
 漸はそこをティルフィングで突く。
 距離は足りないが、突きの挙動自体が攻撃ではない。
 ティルフィングの飾りがざわめくように揺れ、
 切っ先から超機械の電撃が放たれた。
 かわし様が無い攻撃を受け、強化人間は立ちすくむ。
 動きの止まった強化人間に追い撃つ漸。
 ティルフィングを振り下ろし、肩口から肋骨までを両断した。
 強化人間は声もあげぬまま倒れ伏す。
「‥覚悟しろと言ったはずだ」
 もう一人の強化人間はこれを見ておびえたのか、
 仲間を救いあげることもせず、狭い路地の隙間に逃げていった。
 漸は強化人間が暗闇でも目立つようにとペイント弾を撃とうとしたが、
 流石に距離があり撃つことができなかった。
「脆いな」
 気づけばそこかしこで銃声が起こっている。
 漸は無線機を取って他のチームに連絡を入れようとしたが、
 どこも反応がなかった。



 翠の肥満とブロントのチームでは、お互いの武器の特性のため、
 瓦礫を盾に銃撃戦が始まっていた。
 敵は2人。向こうもおなじく建物の陰に身を隠しながら、
 翠とブロントに対して断続的に銃弾を打ち込んできている。
 ブロントは必死に撃ち返すが、付け入る隙がない。
 ライスナーの6発を撃ち切ると、遮蔽物の陰に入って弾倉を換える。
「今時の若い子なのに、よく出来た子ですね」
「‥のんきな事言ってないで、貴方も手伝ってくださいよ」
 ブロントは何もしていない翠に苛立った。
 マスクさえなければ煙草をふかしかねない雰囲気だ。
 実際に煙草を吸うかどうかはしらないが、それぐらいリラックスしている。
「慌てなさんなって。こういうのは焦れたほうが負ける。
 接近戦に持ち込まないと、あなたも戦い辛いでしょ?」
 気づけば銃撃が止んでいる。
 向こうも無駄と悟り、遮蔽物の陰に隠れたらしい。
 翠はニッと笑うと、建物の陰から飛び出る。
 ガトリングシールドを持ち出し、その遮蔽物ごと敵を撃った。
 辺りに重い銃声が響き渡る。
 壁にしていた塀の残骸が弾け飛び、
 辛うじて残っていた木々が無残に折れる。
 敵がどこに居るかは翠には見えないが、攻撃自体は的確だった。
 銃撃に炙りだされ、耐えかねて二つの影が飛び出してきた。
 銃撃をしている翠に2方向から襲い掛かる。
 片方は迎撃したが、もう片方は押さえ切れない。
「俺が相手だ!」
 飛び出したブロントが獅子牡丹と雲隠の二刀流で迎え撃つ。
 強化人間はナイフで攻撃を受けるが、武器の間合いも速度も完全に押されている。
 反撃に移れない。
「はっ!」
 ブロントの獅子牡丹が袈裟懸けに強化人間を切り伏せる。
 強化人間は血飛沫を上げて倒れ伏した。
 もう一体がようやく駆けつけるが、間に合わない。
「投降するんだ。もう良いだろう」
 ブロントは獅子牡丹の切っ先を向ける。
 目の前の彼の腕前も今切り伏せた者と同程度。
 勝ち目はない。
 だが、投降の意思は見て取れなかった。
 黒衣の隙間から見える瞳には、激しい憎悪の色が宿っていた。
 強化人間はブロントを見据えると、地を蹴って飛び出していた。
 刃はブロントには届かない。
 ブロントが切り伏せるより早く、翠の肥満のガトリングシールドが、
 彼の身体を穴だらけにしていた。
「‥結局、こうなるのか」
 ブロントは転がる二つの死体を見て、苦い声で呟いた。



 奇襲が不発に終わってしまえば、傭兵達の敵にはならなかった。
 能力者に成り立ての新人ならばともかく、
 今回依頼を受けた者のほとんどが熟練だ。
 銃を撃ってもナイフで切りあっても、負けるような者は少ない。
 御影とイリアスの班も他の班と同様に襲撃を受けたが、
 大きな損害を受けることも無く、あっさりと撃退した。
 御影とイリアスを襲った強化人間2人のうち片方は発見と同時に御影に射殺され、
 もう片方は足を四肢を撃たれて御影の足元に転がっている。
「手間をかけさせてくれたな。
 まずは襲撃者の数、それと何処から来たかでも喋って貰おうか」
 御影は拳銃を子供の強化人間の頭に押し付ける。
 骨に当たって、ゴリっと音が聞こえるようだった。
「知らないよ! 知ってても教えるもんか!」
 子供なりの儚い抵抗だが、御影に通用するはずもなかった。
「‥出来た教育だな。なら他の奴に同じ事をして聞いてみるか。
 或いは仲間を目の前で殺せば喋る気になるか?」
 酷薄な声のまま、片手は無線機をさぐる。
 他の仲間も交戦中であれば、何かに使えるかもしれない。
「隊長!」
「‥なんだ?」
「止めてください。そこまでする必要は‥」
 見かねてイリアスが止めに入る。
 強化人間とはいえ、子供には違いない。
 御影は呆れたような顔をして、子供の腕を解放する。
 銃は突きつけたままだ。
 イリアスはほっと息をつくが、子供の強化人間は緊張を解いていなかった。
 突如、強化人間がイリアスに向かって走る。
 イリアスならば御しやすいと思ったのだろう。
 事実、腕前以前のところで彼女は弱い。
 ナイフが彼女に突き刺さるというところで、銃声が響く。
 彼の手首から先が吹き飛ぶ。
 御影は容赦せず続いて3連射。
 胸と喉と腹に一発ずつ受けて、強化人間は倒れ伏した。
 血液がイリアスの顔に飛び散っていた。
「‥浅はかだな」
 御影は無感動にそう言うと、子供の手から落ちた拳銃を拾い上げた。



 藤村とキリルのペアは最後まで討伐にまごついた。
 互いに背を守りながら、周囲に気を配る。
 その速さではラストホープ指折りとも言える藤村が、珍しいことに被弾していた。
「‥‥一般的に子供というのは環境で善悪や行動の基準が決まる」
 キリルは特に前触れもなく、話し始める。
 視線は変わらず周囲の警戒を怠らない。
 本来なら狙撃に徹する予定だったが、相手と白兵戦になる可能性が高く、
 更には藤村の不調もあって彼の背後を守る位置に出てきた。
「社会的経験が少なく、恐怖を知らない。殺人すらファッションとゲームになる」
「それがどうした‥」
 関係のない話に苛立つ藤村。
 それに対して、キリルも似たような苛立ちを覚えていた。
「らしくないぞ、藤村。子供相手に躊躇っているのか?」
「‥‥かもな。無様だ。予想以上に堪えてるらしい」
 藤村は頬を右手の甲でぬぐう。
 銃弾が掠めて出来た傷から血が流れていた。
 深く抉ったのか出血量が多い。
「来るぞ」
 キリルが小銃「S−01」を構える。
 敵は建物を遮蔽にとりながら、2人を挟むように接近してきた。
 両方が同時に遮蔽を抜けて二人を挟み込む。
 1体が藤村にナイフを突き刺そうとするが、
 そのナイフより更に早い振り抜きで一撃で強化人間の首筋を薙いだ。
 子供の強化人間は血を噴いてあっさりと絶命した。
「悪く思うな‥‥‥元々、こういう者だ。俺は」
 挟み撃ちにしようとするもう一人はキリルが応戦。
 小銃「S−01」で足を止める。
 足を狙って撃つが、流石に回避される。
 足止めするには精度が足りない。
 だが、近接戦闘に優れる藤村が、攻勢を仕掛けるだけの時間を稼ぐには十分だった。
 藤村は片方の小太刀を投擲。
 強化人間のFFに弾かれ服に引っ掛かる。 
 小太刀に気を取られた一瞬で詰めより、タックルで強引に押し倒した。
 肩に引っ掛かったままの小太刀で相手を地面に縫い付けつつ、
 もう一本の小太刀を相手の首筋に突きつける。
「藤村、そいつの服をすぐに全て脱がせろ。破いたって構わない」
「服を?」
「‥‥自殺されるぞ。ボリビアで昔一度やられた」
 流石の藤村も、おびえるだけの少女の服を剥ぐのは気が引けた。
 不審な様子が無い以上、これ以上手荒な真似をしても益が無い。
 そもそも服を剥いだぐらいで自殺や自爆は阻止できない。
「藤村っ!」
 慌てたキリルの声に反応して、藤村は強化人間を開放して咄嗟の右側転。
 直後に光線が藤村の居た位置を通り過ぎる。 
「‥なんだあいつは?」
 光線が飛んできた先には、黒い外套で身体を覆った人間が立っていた。
 もしかしたら人間ではないのかもしれないが、
 外見の特長が一切見えない以上、確認はとれない。
「母さんっ」
 子供の強化人間は、嬉しそうな声をあげて黒い影に駆け寄ろうとする。
 背中は無警戒で、敵が居ることを完全に忘れていた。
「‥そうじゃないでしょ?」
 間違いをした子供を、あやすように叱るような声。
 強化人間の子供は、次の瞬間には体の内側から爆発した。
 あまりの出来事にキリルも藤村も呆然とする。
「‥むごいことをするな」
「あら。甘いのね、存外に」
 声は間違いなく女性の声だった。黒い影は子供のサイズではない。
 身長150cmから160cmと言ったところか。
 藤村は女性平均程度と見積もった。
「そういう貴様はなんだ?」
 キリルが油断なく銃口を女性に向ける。
 黒い影は動じている風な様子は欠片もなかった。
「バグア以外の何に見える?」
 茶化すような言葉。
 話をする気はないらしい。
 そのほうが楽だといわんばかりに、2人は武器を構える。
「お前が教育者なら、ここで殺せば良い話だ」
 キリルが発砲。
 銃弾は黒衣の女に命中するが、FFで弾かれる。
 ここまで強力なFFを持つ個体も珍しい。
 黒衣の女は反撃に移るかと思われたが、意外なことに撤退。
 来た時と同様に、あっさりと姿をくらました。
「元凶め。次は殺す」
 キリルは銃をおろす。
 足元には、ばらばらになった子供の死体が転がっていた。



 傭兵達が撃破した者も含めて、死体は最終的に8体上がった。
 二つは誰が撃破したとも定かでないことから、
 あの黒衣の女が止めを刺したのであろうと予測された。
 強化人間の死体は資料としては既に有り触れているため、
 使用されていない葬儀場を再利用し、火葬されることとなった。
 骨にして持ち帰り、あとは共同墓地に埋めるらしい。
「彼らも、もっと別の生き方が出来た筈だ‥」
 花をくべたブロントが、俯きながら呟いた。
 火葬に参列した者は少ない。
 軍の担当者以外ではブロントの他に、イリアスと御影、藤村だけだった。
 御影と藤村はイリアスの付き添い程度の意味しか無く、
 すこし離れた場所で煙草をふかしている。
「‥隊長。‥私、結局一発も撃てませんでした」
「‥そうだな」
「依頼を受けた時は、どんな相手でも戦えるって思ったのに‥」
 火葬の音を聞きながら、イリアスは小さく呟いていた。
 表情は今にも泣き出しそうで、両手を胸の前で小さく震えている。
 御影は溜息をついた。
「イル、‥お前は何の為に戦っている?
 こんな子供に殺される為ではないだろう」
 御影の厳しい言葉にイリアスは縮こまる。
 死ねない理由がある。
 待っている人も居るというのに、何を迷っているのか。
「‥だが、葛藤することは良い事だ」
 それだけ言うと、御影は火葬場を後にした。
 自分や藤村のようになる必要は無い。
 甘い考え方の彼女が生き残ってくれることにこそ意味はある
 苛烈なだけが人の生き方ではない。
 微笑みもしないし、優しい言葉もかけなかったが、
 間違いなく彼の気遣いであった。
 イリアスは意味を測りかねて不思議そうな顔をしている。
 藤村はふっと笑うと、御影のあとについて身を翻した。