●リプレイ本文
新しい気持ちで始まったはずの新年。
終わりと始まりを祝い、新しい暦を読み上げる日。
「あ‥ははははははっ」
既に出来上がって、陽気に笑う女が居た。
イリアス・ニーベルング(
ga6358)だ。
覚醒で半獣化してできた狼のような耳をぴこぴこ動かしながら、
延々と鷹代 由稀(
ga1601)に絡み付いていた。
「イル、飲みすぎじゃ‥」
「らいじょぶです、酔ってません!」
きりっ、と擬態語を口で言いかねない様子。
しかし説得力が無い。
その右手には大分と減ってしまった一升瓶が握られている。
「ごめんねー。お屠蘇と間違って鬼殺し持ってきちゃったー」
棒読みしつつぱかぱかあけているのは冴城 アスカ(
gb4188)だった。
酒は飛騨高山が有名な鬼ころし。
どこの鬼殺しなのかはわからないが、アルコール度数はきっちり高い。
既に囲む卓一つが乱痴気騒ぎ一歩手前だ
「ミラベルしゃんミラベルしゃん、わらし、こう見えても着つけが出来ましてですねぇ〜♪」
「へ‥?」
その矛先はミラベル・キングスレー(gz0366)中尉にも向かった。
イリアスはとアルコールか何かでにやけまくった顔でぐいぐいとミラベルを引っ張り始めた。
ミラベルは苦笑いしながらどうするべきか周りをみている。
元凶の冴城は役に立たないどころか、酔った振りして延々とミラベルにおさわりを敢行していた。
「中尉も大変だな」
御影・朔夜(
ga0240)はその様子を同じ卓の端から、
他人事になれば良いなと念じながら見ていた。
無理だった。
「さ、おきがえ。らいちょーもいきましょー」
「‥‥‥‥‥はっ? おい待て!?」
イリアスは覚醒したまま力ずくで御影とミラベルをこたつから引きずり出し、
そのまま二人を隣の部屋に引きずっていった。
「‥ごめん」
鷹代は謝りつつも、でも和服は見たかったから止めなかった。
その隣の卓は男ばかりが囲んでいたが、ここも新年早々騒がしかった。
「‥今年はウサギ年‥ウサギといえば‥」
須佐 武流(
ga1461)が湯飲みを置く。
静かな宣言にジャック・ジェリア(
gc0672)が、はっとして須佐を見る。
かわした視線に互いの気持ちを確認し、互いにうなずいた。
「‥バニーだ‥ジゼル大尉のバニーだ!」
「そうだ、バニーだ」
「これが足りないんだ!!」
「はぁ‥」
同じこたつを囲んでいたジゼル・ヴランヴィル(gz0292)大尉は、気の無い返事を返す。
怪訝な顔で二人の話を待った。
「ということで、まず、ジゼル大尉にはバニーを着てもらわなければなりません」
そう言ってジャックはどこからともなく、バニーガールの衣装を取り出した。
こたつの中に仕込んでいたようにしか見えないが気にしてはいけない。
「強く、美しく、気高いバニーガールというそんじょそこらでは見かけることのできない、希少種!
だからこそ、効果は倍、さらにドン!
これによって、当社比で北米兵士の指揮が238%アップ、南米で195%アップ、
アジアで354%アップという試算も出ています」
スラスラと立て板に水のように嘘八百。
どこから持ち出したのか、とても見やすいグラフが書かれたボード付き。
同じ目的で喋ろうとしていた須佐さえも呆気にとられるスピードだ。
ジャックのマシンガントークは続く。
「これだけの成果を目の前にして、
軍人の見本たるジゼル大尉がこれを着ないということはありえないと思いませんか。
既に各方面の了承も取り付けてあります。
本来であればもっと似合う相手などと仰られる場面でしょう。
例えばミラベル中尉でも良いと言う人はいるでしょう。
しかしそこは違う!
ミラベル中尉は表向き奔放な性格と見られている、それではいけない!
そういう話にまず乗ってこなさそうな人が、
バニーガールになるということこそが男の本懐という奴なのですよ!
ここ重要です! ここ重要です!」
ジェスチャーも大仰さがきわまり白熱してくる。
彼はこのさき、傭兵を辞めても通信販売のCMで食っていけるだろう。
「それに当てはまるのはジゼル大尉しかいないんです!
いや、探せば出てくるかもしれませんが、
今この瞬間あなたにUPC軍全将兵の期待が集っているんです!
これに答えるのは今なんです!これに答えずして何が軍人か!
その美貌を有効活用できる瞬間なんです!」
喋りきって呼吸を整えるジャック。
やりきったという充足感が彼を包んでいた。
「というわけです、大尉! バニーを!」
「バニーを!」
「いいですよ」
「早いな!」
ここまで喋った努力が吹っ飛ぶような呆気なさだった。
ジゼルは何の躊躇も無く衣装を受け取ると、
先ほどイリアス達が着替えに向かった部屋に何事もなかったかのように向かっていった。
そこまで事態が進んでジャックは気づく。
着せることに本気を出しすぎて、それ以上何かをしようとかさせようとか
一切考えてこなかった。
それを隣から見ていた錦織・長郎(
ga8268)は感情のこもらない拍手を返した。
彼もこたつにこもって日本酒を嗜んでいる。
同じこたつに足を突っ込んでいるのは片方がバスベズル。
もう一人は誰かわからないが、頭に輪っかを載せた眼鏡でオールバックの‥、
ありていに言うと錦織に良く似た人種の人物だった。
この席だけ何とも言えないオーラが漂っていた。
「‥‥いつ鬼籍に入ったのかね?」
「お前達が攻めてきた後の作戦で逃げ損なってね」
「なるほど。又剣戟を合わせあいたいのだが、それは二度と叶わないだろうね」
彼はアフリカの作戦で錦織と戦った強化人間だった。
「ちなみに先日は不発であった。
足元へ滑り込みだが、君ならどう対処したかね?」
「‥‥‥その場に戻ってみなければわからん」
そういって彼は猪口の日本酒を飲み干した。
「過ぎたことは過ぎたことだ」
そう言ったのはバスベズルだった。
「君こそ、南中央軍の暗躍はご苦労様だったね。
諜報部を裏で操ってた可能性を読み、全ての仕組みが陽動かなと見据えてたが
敵の首魁を懐に送り込む手筈とは感歎過ぎるくらいの手際だね」
「雑な作戦だ。褒められたものではない」
「その雑な作戦に翻弄された立場としては、聞き捨てならないね」
そう言いながら錦織は酒を進める。
バスベズルは黙って受け取った。
周りの喧騒とは隔離された、危険人物のたまり場にしか見えなかった。
部屋の中のこたつは複数あれど、おおよそにおいてお花畑な場所が多い。
高円寺と鉄木がいちゃついているのも、対して目立たない。
だが邪魔者というのはいつでも居るものだ。
「いただきっ!」
赤崎羽矢子(
gb2140) は、鉄木が高円寺に差し出した蜜柑を奪い、
勝ち誇ったような顔で二人を見下ろした。
「甘い! 初夢でいちゃついて邪魔が入らない訳じゃないでしょこの無警戒カップルめ!」
「‥‥‥‥‥‥‥」
沼のように澱んだ目で赤崎を見上げる高円寺。
邪魔されたのが余程腹に据えかねたらしい。
「わかったわ。喧嘩ね、受けて立つ」
「やる気ね。でも今日は正月。血なまぐさいのは避けるわ。羽根突きでいいわね?」
「なんでもいいわ」
どんどんヒートアップしていく高円寺。
赤崎はにやりと笑って、罠の最後の仕上げにかかった。
「じゃあ決まりだね。負けたら罰ゲームでブルマを穿くって事でどう?」
「なっ‥!」
「怖いの?」
「やってやるわ!」
「‥おい」
どれだけ脳筋なのか。呆れた鉄木が声をあげるがもう遅い。
受諾の返事を聞いた赤崎はちいさく笑い声をあげた。
「けど、あたしにブルマを履かせる事は出来ないよ」
ばさっと、大仰に履いていたスカートをむしりとった。
その下には‥。
「だってもう履いてるからね!!」
ブルマが既に装着されていた。
後に引けない不毛な争いは外へ持ち越されるらしい。
そうこうしていると女性達がぞろぞろと着替えを終えて戻ってきた。
黄色い声をあげながら騒ぎ、時に抱き合ったりしながら大騒ぎである。
時任 絃也(
ga0983)はその様子をのんびりと観察していた。
「婦女子を直視出来なかったがなぜか、
フィルターをかけなくも普通にみれるな。
理由は分らんが新鮮だな、振袖姿も見れて言うことなしか」
心の声がだだ漏れである。
いやらしい目つきで見てるわけでもないので、誰もとがめないが、
行動自体はある意味において変質者かもしれない。
「あぁ〜っ!! やることが陳腐だぁ〜っ!!
今がチャンスなのに! 今がチャンスなのに‥!!
相変わらずいざとなると何も思いつかないできない‥!!」
頭を抱えていた須佐が唐突に叫びだした。
彼もジャックと同じく、着せた先のことを考えていなかったらしい。
バニー服のジゼルになだめられながら、
未練がましくなにかをわめいている。
「須佐は相変わらずだな」
近くに座っていたウラキ(
gb4922)は、
須佐の醜態を横目でみながら熱いお茶を啜っていた。
「‥ウラキ、お前」
「どうした、そんな変な目で見‥」
ウラキは気づいて自分の姿を見下ろした。
ウラキの今の服装は、けもみみ付きパーカー(うしゃぎ)、サングラス。以上。
どうみても怪しい。
なぜこんな服を着ているのか自分でもわからないが、
一度街に出れば「ママー、変な人が居るー」「しっ。見ちゃいけません」
のコンボを食らうことが確定だろう。
「‥いや、これは違‥これは僕の意志では‥!」
「‥分かってるって」
優しく須佐が肩を叩いた。
俺だけはお前の味方だよ、と言いたげな‥。
ありていに言うとウザい顔だった。
ウラキは無表情のままでその手を払った。
「みなさーん、羽根突きしませんかー!」
外から元気な声をあげたのは橘川 海(
gb4179)だ。
「羽根突きって言われても‥」
「優勝商品は、ミラベルさんや一之瀬大尉が一つお願いを聞いてもらえる権利で‥」
「「「乗ったぁ!」」」
さて、何人が反応したのだろうか。
主に3人。鷹代、天原、冴城。
欲望にまみれているのか、それともネタに反応したのか。
判然とはしないが、それに引きずられるまま参加者が増えた。
2人×5チームの参加者がぞろぞろと庭に出て行く。
「元気だねえ」
ジャックは見送るように外に視線を移す。
簡易の対戦表を作り、庭に線を引いて、やる気満々と言ったところだ。
「‥ぱるぱるぱる‥」
どこからともなく聞こえた陰気な声に、
身体を硬直させながらジャックはこたつに視線を戻す。
こたつの丁度反対側で、ミリハナク(
gc4008)がこたつと一体化していた。
首だけを外に出して、外の様子をぼんやりと見ている。
「どうした? 元気ないな」
「だってミラベルとデートしたかったですわー」
ふてくされたように、外の羽根突き大会参加者を見ている。
「どうして私、あそこに混ざれないんでしょう」
なぜか、手を上げれなかった。
ミリハナクはまわりの布団を掴んでさらに団子になる。
「もういいです。今日はやさぐれてますわ。
ジャックさん、蜜柑剥いてください。白い繊維もしっかりとって」
「やだよ」
「‥‥ジャックさんが慰めてくれないですわー」
理不尽な台詞も大して気分がこもっていなかった。
◆
その場のノリで始まってしまった羽根突き大会。
赤崎・橘川VS高円寺・鉄木。
序盤は高円寺・鉄木ペアの優勢でスタートした。
寒そうな体操着の赤崎以外は動き辛いはずなのだが、
高円寺と鉄木は苦も無く俊敏に動き回っていた。
「ああん、なんで高円寺さん、そんなに動けるのー?!」
「慣れよ。慣れ!」
そういう訓練を受けたらしいとか。
正装で護衛につく仕事が多かったという点を考えれば当然か。
「安心して、海。私達にはまだアレがある」
「アレって」
赤崎は飛んできた羽根に狙いをつけつつ、覚醒。
高速機動、瞬足縮地で回り込み、スマッシュの一撃で羽根を打ち返した。
「な、何!」
「やった!」
「見たか!」
大人気ないにもほどがあったが、勝ちは勝ちだった。
その後も同じ戦術で点を稼いで行く赤崎・橘川チーム。
初期クラス2人のチームに抵抗する術はない。
「こうなったら‥!」
一方的な攻撃に、高円寺が切れた。
羽子板の向きを替え、刀を持つように構え‥。
「斬っ!」
高円寺が神速の振り抜きで羽根を打つ。
どういう原理か羽根が真っ二つとなった。
一気に空気が凍りついた。
人間凶器にもほどがある。
「斬ッ、ではない」
鉄木がいつもどおりのむっつり顔で突っ込みを入れる。
彼だけはカオスに飲まれることなく冷静を保っていた。
「‥‥ごめん」
「ブルマ、履こうか」
「‥はい」
肩を落とした高円寺を連れて鉄木は室内に消えた。
こうして赤崎・橘川チームの勝利が確定した。
実に酷い戦いだった。
決戦は冴城・トニチームVS天原・ウラキチーム
戦いは一方的だった。
「フッ‥羽根突きは正にペネトの見せ場!
さぁ、大人しく蹂躪されるがいい!」
「くっ‥」
ペネトレイター二人が覚醒、そして初夢なのを良いことに錬力無視でスキルを使い始める。
残像まで出始める速度のラリーに天原とウラキもついていけない。
この過剰な速度に赤崎・橘川、鷹代・御影も敗退したのだ。
「フッ‥羽根突きは正にペネトの見せ場! さぁ、大人しく蹂躪されるがいい!」
「くそっ。速い!」
天原はソニックブームで取れない羽根を強引に打ち返すが、
速度の違いに追いつけない。
「おらおらおらおらおらおらおらおら‥」
以下略気味。
冴城とトニは残像剣を使ったラリーでトドメに入る。
天原のソニックブームも使用回数の限界に近づいていた。
もう持たない。
「このままじゃ‥」
「だが負けるわけには行かない」
ウラキは拳に力をいれる。
頬にキス? ブルマを履かせる?
そんな下らないもののために戦っているわけじゃない。
彼は彼の尊厳のため、この一戦は負けられないのだ。
「マシな服を‥よこせ!」
切実な願いが口から漏れる。
トドメの一撃をウラキが打ち返す。
執念は強かった。
カオスに流された者と、抗う者では意志の力が違う。
羽根は跳弾のスキルの作用で直角に曲がり地面に突き刺さる。
勝敗は決した。
◆
戦いが決着すると、気の無いようにみえる拍手をしながら錦織が進み出てくる。
その背後のこたつ組からもあわせて拍手が聞こえてきた。
「優秀おめでとう。これが約束の景品だね」
錦織はそう言って、ウラキに彼の普段の服装を手渡した。
どうしても手元になかったのだろう、と疑念を抱くこともなく、
ウラキはそそくさと着替えに消えた。
「君には私ね?」
天原の前にミラベルが進み出る。
服装は先ほどの和装のままだ。
「キスでよかった?」
「ああ、頼むぜ」
ニカッっと笑って頬を指差す天原。
ミラベルは同じくニコッと笑って近づき、頬を両手で挟んで‥。
「?」
天原の顔を自分に向けると唇にキスをした。
「ああああーーーー!!」
鷹代が吼える。
それは私のもんだと言いわんばかりだが、悔しさのあまりか言葉になっていない。
「鷹代、負けたんだ。大人しくしてろ‥」
御影が錯乱しかけている鷹代を押さえに入った。
そんなやり取りの横でもキスは続いていた。
ミラベルは天原が逃れないように唇を強く重ね、
柔らかい舌を天原の口に差し込む。
最初驚いていた天原も腰に手を回してミラベルを抱きしめる。
抱きしめると更に強く、胸の鼓動、肌の温もり、
髪から香るリンスの匂いが伝わってくる。
鷹代は何事かを呟きつつ、
天原が景品を堪能し終わるまで呆然と立ち尽くしていた。
◆
羽根突きの後は雪合戦をしよう。
鷹代の唐突な提案に皆が賛成した。
雪も無いのに‥。
冷静な突っ込みをしたウラキの肩を、良い笑顔の鷹代が叩く。
「鉄下駄をつま先かかかとで立ったら降ってくれるって。というわけで頼むよウラキくん!」
「‥‥‥だそうだ、グリフィス、君の格闘家としての脚力に期待したい」
いきなり他人に投げた。
カオスに慣れ始めている自分が怖い。
「はぁ?」
何言ってんの君?
と言いたげな視線が刺さる。
そういうグリフィスは蜜柑でピラミッドを作っていた。
足元にはリュドレイク(
ga8720)が転がっている。
そういえばさっきピラミッド作成を邪魔して殴られていた。
「仕方ないな‥」
ウラキは諦めて、鉄下駄を履いた。
こうなればカオスに巻き込まれるのもやむなしだ。
「おおおっ!」
大勢が見守る中、気合をこめて鉄下駄を蹴り上げる。
こんな風に叫ぶのは金輪際止めておきたい。
初夢でもキャラブレイクはしたくないのが本音だ。
飛び出した鉄下駄は何度も空中で回転し、
ドスッ、と音を立てて垂直に地面に突き刺さった。
次の瞬間、暗くなった空から雪が始めた。
「‥ご都合主義とはすごいものだな」
雪は降雪量に比例しない速度でもくもく積もり、
いつの間にか庭は一面雪で覆われていた。
大の大人達が大はしゃぎである。
ウラキが鉄下駄を回収する間にも、それぞれに雪玉作りが始まっていた。
出来たところから既に雪玉のぶつけ合いも始まっている。
「一々握ってたんじゃまどろっこしいな」
大地は何かを閃いたらしく、自前の大剣を持ち出して来た。
覚醒して、準備運動でもするようにスイングする。
「おおおおおっ! 両断剣!」
渾身の力をこめた大剣で雪原を大きく抉る。
吹き飛ばされた雪は無数の飛礫となって鷹代を襲った。
「ぁ痛っ! ‥‥‥酷いよ天原くん‥。
いくら年上だからって女に向かって本気で投げるなんて‥」
「あ、ワリぃ‥」
天原はぺたんと尻餅をついた鷹代を気遣う。
確かに大剣を使うのはやりすぎだったかもしれない。
が、よく考えるべきだった。
鷹代がそんな可愛い反応を、天原にするかどうか。
「隙あり!」
鷹代は天原に向かって雪玉を投げた。
ミラベルのキッスを貰い損ねた恨みを込めての全力投球だ。
天原はその動きが全く見えなかったわけじゃない。
だがこの状況、一度ぐらいは黙って受けておくのが漢というもの。
という余計な考えがよくなかった。
雪玉は天原の顔面に命中する。
ごちっ、っと明らかに良くない音を立てて。
雪玉の直撃を受けた天原は、鼻血を拭きながら仰向けに倒れていった。
「あちゃ‥。泣く前に気絶したか‥」
鬼のような台詞を吐く鷹代は、次の雪玉を握りこんでいた。
不審に思ったウラキは落ちていた雪球、に見える何かを拾い上げる。
「表面は雪で覆っているが、ほとんど石だな」
血痕のついた球体を見ていると、じんわりと嫌な汗が湧いてくる。
「なるほど、石を入れて威力を増すんですね」
「トニ、それは違う」
「そうそう。これが日本じゃ常識」
「違う。鷹代さんは大地を早くなんとか‥」
「雪合戦の元をただせば、武田信玄の軍が投石の視認性を下げるために考案した作戦から‥」
「違う。御影さん、貴方はそんなキャラじゃないだろう‥」
ウラキが何度訂正してもトニに嘘を教える面々。
「要領はわかったわね、トニ君。雪合戦こそまさにペネトレイターの見せ場!
雪玉作りが終わったら蹂躙するわよ!」
「はいっ!」
ウラキの話だけキレイに聞こえてなかったトニは、冴城と一緒に気勢を上げる。
「‥‥もう好きにしてくれ」
元気良く拳大の石に雪を固めていく面々。
ウラキにはもう止めようがなかった。
ポケットの中の胃薬を一つ口に入れる。
今日一日で胃潰瘍になりそうな気さえする。
ウラキは後ろにある惨状を見ないようにしながら、こたつのある部屋へと戻っていった。
◆
凄惨な事件が雪原を血に染めて。
あと襖にもすこし血痕が飛び散った。
元気な面々は外に放置しつつ、室内ではお茶初めが行われていた。
参加者は赤崎、橘川、時任、リュドレイク、高円寺、鉄木、そしてなぜかニオ・ベスプ‥。
幸いと言うか予定調和というか、お茶の道具は人数分以上。
特に申し分ない環境ではあったが‥
「橘川さん、少し聞いていい?」
「何ですか?」
呼ばれて橘川が首をかしげる。
「何で私が茶道できると思ったの?」
「お嬢様っぽいから」
満面の笑みで告げる橘川。
高円寺が出来ると信じて疑っていない。
しかし当の高円寺は口の端を不器用に吊り上げて、苦笑いしていた。
「‥そっか、そうだよね。お嬢様だからね‥」
「まさか‥」
主客の位置に(ブルマ姿のまま)座っていた赤崎があることに気づく。
「覚えてないのね‥?」
「‥うん」
高円寺はあっさり白状した。
彼女が正真正銘のお嬢様だったのは3年前。
茶道の嗜みは確かにあったが、南米では茶道は全く使わない。
不要な記憶とは消し飛ぶものなのである。
「仕方ない。思い出しながらやろっか」
幸い、赤崎と鉄木は覚えがあった。
それ以外はほぼ初心者ばかり。
教える人間が一人増えるだけだ。
赤崎は屈託無く笑みを作った。
お茶初めは赤崎を主体にまずは基本的な説明からスタートした。
行動の流れや細かな作法など、基本的なことを簡単に。
そして気軽に。
1から教わる橘川は高円寺の手元を見た。
忘れたと言いながらも、思い出せば手順をそつなくこなしている。
剣術も茶道も、徹頭徹尾感覚でしていた人なのだろう。
「リラックスすれば良いわ。肩肘はったらダメ」
「そ、そんなに硬い表情してました?!」
「わりと」
高円寺はくすくすと笑う。
橘川は頬をぴしゃぴしゃ叩き、自身をリラックスさせると、にこっと笑った。
「今の、もう一度お願いします」
「もう一回ね」
高円寺の教え方は直感的で、教える側としては向いていない。
それでも2人は作法を少しずつ進めていった。
この2人に対して、リュドレイクはというと‥。
「リュドレイクさん、器の向きが逆ですよ」
「あ‥」
器の向きを慌てて戻すリュドレイク。
同じミスはそれほどしていないが、出来ていたことを忘れることも多い。
「はははは‥」
リュドレイクは苦笑いを浮かべる。
並んで学ぶ橘川に比べてやたらと習熟が遅い。
日本人でないからしょうがないのだが、凡ミスが多いのだ。
「と、とりあえず休憩入れましょう」
リュドレイクは正座から足を崩して立ち上がろうとして、固まった。
「どうしました?」
見上げる橘川に返事しない。
「‥いや、その」
今度は汗のようなものを浮かべるリュドレイク。
橘川察した。
今、自分が何をすべきか明確に。
固定された姿勢のまま、無防備にさらされる足に狙い定め、
優しく人差し指でなでる。
「ーーーー!!!」
リュドレイクから悲鳴のような何かがはじけた。
足が痺れていたようだ。
典型的な初心者さんである。
「さ、触るなよ。もう絶対に‥」
誘い受けとはこういう事を言うのだろうか。
隣に座っていた時任が「わかった」というなり、今度は人差し指で突く。
2回目の悲鳴が響いた。
「‥それにしても、眼福」
くたばるリュドレイクを無視して時任は周りを見た。
普段とは違い、周りは女性だらけ。
着物姿の橘川や高円寺、ブルマのままの赤崎など。
美女、美少女が揃っている。
赤崎が和服でないのは光景として違和感はあるが、
程よい肉付きで柔らかそうな、しっとりした太腿は目の保養になる。
そしてふと気づく。
赤崎の目の前にニオが座っている。
そういえばこいつ、服を着ていないが全裸なのだろうか。
赤崎がなれた手つきで入れたお茶を主客のニオが受け取って、
針を椀に突っ込んで一口飲んだ。
「うむ。見事なガ‥‥お手前でした。素晴ら‥‥」
一々何かを言いよどむニオ・ベスプ
もうしゃべるな、と突っ込む人間は誰も居なかった。
◆
夢はいつか醒める。
夢を見ながらも、誰もがそれを意識していた。
「時間だ‥」
誰が言ったのかさえも判然としない言葉で、時間が止まっていた。
高円寺の手が橘川から離れる。
「元気でね。また、いつか」
去り行く人々に、赤崎はちいさくさよならを告げる。
思えば出会った事自体が少なかったけど、好感の持てる相手だった。
「こんなに楽しい正月は久しぶりだったわ。
‥これが私がトニくんに見せたかった風景‥キミが帰るべき世界よ」
「‥‥残念です。出来れば生きてる間にこうしたかった」
そういいながらも、その事を気にしてはいなかった。
自分のことさえも諦めてしまっている。
冴城は一度だけトニを抱きしめる。
それを最後の別れに変えた。
抱擁を終えたころに、ウラキがゆっくりと歩み寄ってきた。
すでに何名かは光の中に消えている。
時間はもうない。
「‥僕は、君と会えた事を誇りに思う‥」
「ウラキさん‥」
言葉は見付からなかった。
だが思いなおす。
感情は言葉にしなくても良い。
伝わりさえすれば良いのだ。
「‥じゃあ‥またな。トニ」
そっとウラキは手を差し出した。
トニはウラキの手を握り返して、笑みを浮かべる。
彼の人生で幸せだったころのような、明るい笑顔だった
何を喋ったのかは、わからない。
名残を振り切るように一人、また一人と光の中へ歩いていく。
遠ざかっていく背中。
彼らの笑顔は妄想の産物なのかもしれない。
本来、死人は土くれに帰れば何も喋らない。
それでも荒唐無稽な夢は、弔いの代わりになった
告げられなかった別れの言葉を告げたことに、きっと意味はあったのだ。
●
執務机に突っ伏していた一之瀬は目を覚ます。
一気に来た疲れで、意識を失っていたらしい。
仕事の途中ではあったが、どれぐらい時間が過ぎたのだろうか。
そうだ。書類だ。
書類に判を押す作業が‥。
「‥‥‥なんだこれは?」
枕にしていたと思っていたのは書類ではなく‥。
ブルマ。どうみてもブルマ。色は紺。
書類は丁寧に脇にどけられ、ブルマがなぜか枕になっていた。
紺のブルマというと、一之瀬は一人しか心当たりはいなかった。
「ん? 起きたのかね?」
一之瀬ははっとして声のほうに振り向く。
UNKNOWN(
ga4276)が応接の椅子に座ってタバコをふかし、
のんびりと本を読んでいた。
いつもと変わらないフロックコート、ウェストコートとズボン。
どんな時にもダンディズムを忘れない男。
そして、いつものブルマの送り主。
彼を招きいれた記憶は無い。
「‥お前は、いつから‥」
「私かね? 30分ぐらいかな。
いや――可愛い寝顔だった。いい夢だった、かね?」
優しい微笑を浮かべて、一之瀬が聞きたくない事実をさらっと喋る。
見てたのか、それまで。
「はっはっはっ‥‥トニと逢えた、かね?
彼は向こうで、元気にしていたかな?
私はまだ彼とは逢えていなくて、ね」
どうやら、寝言でトニの名前を出していたらしい。
恥ずかしさで一之瀬の顔が赤くなっていく。
「それはそうと、依頼の作戦の件で質問があるのだが‥‥」
勝手に話を続けるUNKNOWNに、一之瀬は無言で手近な本を投げつけた。
※架空シナリオの演出上、未成年の飲酒場面がありますが、未成年の飲酒は法律で禁止されています。