●リプレイ本文
動き出したエレベーターは何階層をも緩慢に下っていく。
底は暗く何も見えない。
KVに備えられたセンサーと高度計が無ければ、
地の底に着くのではないかと思わせる雰囲気だった。
「情報が来たぜ。敵が6機。先発隊16機があっさり全滅だとよ」
スコール・ライオネル(
ga0026)の言葉に居合わせた全員が息を呑む。
敵主力の強大さを改めて思い知った。
「どうする?」
「進むしか、ないでしょう」
遠倉 雨音(
gb0338)が強い言葉で言う。
この先に進めば決着が着く。
そして彼女にとって、失態を挽回する最後の機会。
引き返す選択肢など初めからなかった。
その様子を、藤村 瑠亥(
ga3862)が不安の混ざった視線で見ていた。
他のメンバーも遠倉と同じく、引くような気配はなかった。
「戦場は相手の畑か。何が仕掛けておいてもおかしくはない。
その覚悟だけはしておこう」
夜十字・信人(
ga8235)の言うとおり、
以前の基地攻略では基地ごと生き埋めにされかけたこともある。
戦場で誰が死んでも、誰を置き去りにしてしまっても恨まない。
彼の言葉はその事実確認だ
「‥次の戦闘、ミラベルには指揮をお願いして良い?」
「私が?」
赤崎羽矢子(
gb2140)の提案にミラベル・キングスレー(gz0366)はわずかに戸惑う。
一通り他の反応を待つが、反対意見はないらしい。
「どこが危ないとか、戦力の補強とか指示をお願い」
「‥わかったわ」
決断は早かった。
若いとはいえ、彼女も士官に違いはない。
「――ま、生き延びたら勝ち、だ」
UNKNOWN(
ga4276)のK−111が、ミラベルのサイファーの肩を叩く。
この部隊は、死地へ赴くこと以前に何かしらの想いを抱える者が多い。
それでも、不必要に気負う者は居なかった。
傭兵達は共有された情報で陣形を組みなおす。
出た所勝負という感は否めないが、考えうる限りベターな陣形にはなった。
「よぉ、どうだよ調子は」
天原大地(
gb5927)が機体を接触させ、ミラベルに個別の通信を送る。
「‥変わらないよ」
取り繕っている。
部隊のリーダーとしては当然の行動だ。
だが、天原にはそれが危うげなものに見えた。
「そっか‥あんま気負うなよ、顔強張って化粧崩れてんぜ?」
「‥‥‥」
冗談だったが、ちょっと無神経すぎたかもしれない。
ミラベルの無言の抗議に天原はちょっと慌てた。
「ごーめーん、冗談だ。綺麗だって。ま、無事に一緒に帰ろうぜ」
「‥‥そうね」
言い終わった頃、もう一人ミラベルに個別の回線を開いて来た者が居た。
鷹代 由稀(
ga1601)だ。
「ね、ミラベルさ。帰ったらデートしない?
なんならお酒付きで‥どう?」
内容はナンパだった。
「な‥! おい待てよ、俺が先だぞ!」
「何? 天原もナンパしてたの?
断られたんだったらすっこんでなさいよね」
「違‥。俺はなあ‥!」
二人の緊張感の無いやり取りに、ミラベルが思わず噴き出していた。
「ごめんなさい。先約があるの。また今度ね」
くすくす笑うミラベルの顔は、普段の年相応の朗らかなものだった。
◆
地の底とも思えた地下倉庫は、地上のように眩しいぐらいの明るさだった。
整地されて交通整理のためのラインが引かれた地面に、
生々しく戦闘の痕跡が残っている。
周囲には16機のKVが、無残に転がっていた。
その中央、待ち構える6機は傷一つない。
「私がこの基地の司令、ニオ・ベスプ!
死をも恐れぬガッツに溢れた勇者達よ、良く来た!」
中心の機体から人類側と同じ周波数で、うるさいぐらいの名乗りが聞こえた。
「‥わかりやすいやつだな」
御影・朔夜(
ga0240)がぼそっと呟く。
「彼だけは異次元だね」
錦織・長郎(
ga8268)は肩を竦めた。
以前に彼を見ていたメンバーは苦笑するしかなかった。
「あたしは赤崎羽矢子。戦いで散った味方の為に、お前を倒しに来た!」
赤崎の名乗りは彼の注意を引くためのものだ。
ニオの勢いに若干出鼻をくじかれたが、ニオはあっさりと食いついてきた。
「うむ。その心意気や良し! 素晴らしい。ガッ‥」
ニオが最期まで言い切る前に、14機の一斉射撃がバグア勢を襲った。
FFの赤い光で直撃とは行かなかったが、発射された弾丸のうちかなりの数が直撃した。
もうもうと土煙が舞い上がり、一時バグア勢の姿が見えなくなる。
それでも傭兵達は攻撃の手を緩めない。
「‥効いていないな」
「‥‥‥でしょうね」
御影の言葉にイリアス・ニーベルング(
ga6358)が苦笑する。
案の定、舞い上がった煙の中から6機が一斉に飛び出してきた。
「この際、無理をするなとは言わん。ただ――死ぬなよ」
「もちろんよ」
「了解しました」
同じ小隊の御影と鷹代、イリアスはそれぞれに言葉をかわす。
「散開!」
ミラベルの声と共に、傭兵達も散開した敵を迎え撃つ
完全に分断できたとは言い難いが、ぶつかる前に勢いは弱まった。
備えるだけの時間は十分だ。
◆
本城機の突入を迎え撃ったのは天原大地と冴城 アスカ(
gb4188)の2名。
両名とも武器の間合いを生かし、本城を近寄らせまいとする。
「くらえっ!」
刹那の衝撃。
天原機:ショウヨウが獅子王を振り下ろす。
大振りの一撃を本城機は後方に下がって回避。
勢い余った獅子王は、地面を大きく抉る。
「逃がさねえ!」
すぐさま横殴りの一撃に切り替え、本城機を追う。
横一文字、袈裟切り、掬い上げるように切り上げ。
本城機はそれをかわすばかりで前には出ない。
再度の縦斬りを回避したところで、
本城機は間合いをつめることなくショウヨウに拳を向けた。
当然剣に触れる程度の距離しかないが、その手の平には小さな孔があいていた。
孔の奥が小さく光る。
「!」
手の平に設置された小型プロトン砲の速射が天原機を襲った。
細長い光が秒間数発の間隔で天原機の胴体を抉る。
重装甲が幸いして、致命傷だけは避けたが
至近距離からの一撃で肩のアーマーが弾けとんだ。
後ろに下がりつつも膝は着かなかったが、完全に手玉にとられている。
「本城!」
冴城機がガンランスで横合いから殴りかかる。
本城機はプロトン砲でそれを迎撃。
冴城機は盾で受けつつ、突進し‥。
「‥!?」
本城機を一瞬、見失った。
次の瞬間、コックピットを衝撃が襲う。
腰の一部に損傷、左側面には本城機のタロス。
本城機は滑り込むように姿勢を低くし、
盾を持った際に生まれる死角へ突入してきたのである。
「くっ!」
冴城機は盾を持った腕で本城機へバックナックル。
本城機を引き離す。
本城機は最小限の動きで回避すると、必殺の拳で冴城機を狙う。
「させるか!」
天原機が本城機に切りかかる。
無理な体勢がたたって命中こそしなかったが、本城機を冴城機から引き剥がすことはできた。
体勢を整えた冴城機は槍の穂先を本城機に向ける。
「あたれ!」
ガンランスによる砲撃が、本城機を襲う。
1発、2発、3発。
命中を確認せず全力で。
どの一発が命中したのかはわからないが、
回避のために下がったタロスの右腕は焼けて抉れていた。
「くそ‥‥。やっぱりつええ‥」
あれだけの連携で与えた傷も、既に再生が始まっている。
大地が唸るのも無理はない。
「‥でも戦えてるわ」
少なくとも、本城は一撃必殺の拳を使う余裕が無い。
こちらの武器をかわすことに専念している証拠だ。
手のひらのプロトン砲も暗器としての威力しかない。
「‥やるわね」
本城機が八極拳に似た構えを取る。
何度も見てきた、一部の隙もない完璧な構えだ。
「羨ましいわ‥」
冴城はぼそりと呟いた。
「‥?」
「武術家として、貴方が」
「そう‥」
感慨の見えない言葉だった。
自身の拳に、価値を見出しているように見えない。
彼女の虚無的な言動・行動の理由が、そこにあるように思えた。
「構えなさい。おしゃべりは終わりよ」
冴城は我にかえる。
今は、彼女を撃破するのみだ。
「もう一度行くわ」
「おうよ!」
天原機が正眼に獅子王を構える。
睨み合う両陣営。
再び瞬間を争う激戦が始まった。
◆
ジェラードを迎え撃ったのは御影の破暁:夜天。
戦闘とも言えない、余りにも一方的な展開となった。
何度目かになるジェラードの突撃を、夜天のプラズマライフルが撃ち抜いた。
大腿に直撃を受けたジェラード機のゴーレムは、その場で膝をつく。
「どうした? 余り時間をかけるつもりもない。
私の攻撃を抜けられればお前の勝ちだぞ?」
「ぐっ‥!」
ジェラード機は既に穴だらけという様相だった。
盾は言うに及ばず、足も腕も胴体も。
動いているのが奇跡ともいえる。
夜天は彼の機体にとって致命的に相性の悪い相手だった。
防御力を押し通して接近する重装甲型に対して、
御影機はそれを完封できる知覚特化型で射撃装備。
悪いことにその火力はラストホープでも指折り。
「敵にしておくには惜しいほどの愚直さだな‥」
その状況が確定して以後も、ジェラードはその戦法を改めない。
御影は言葉では賞賛していたが、同情はしていなかった。
「ああ、そうさ。俺はこれしか知らん‥」
御影機のリロードが止まる。
その呟きが、遺言のように聞こえていた。
「だがな、何もなかった俺には、この拳だけが誇りだったんだ。
愚直だからと、今更生き方を変えるものか!」
騙され続け、それでも拳を頼りにあがき続けた、彼の心からの叫びだった。
御影は目を瞑る。
今から刈り取る命をコンマ秒だけ悼んだ。
「うおおおおおお!!」
慣性制御の出力を上げ、滑るように走る。
ジェラード機が拳を盾には使わず、防御を捨てて突き進む。
御影は迎撃しなかった。
もはやする必要も無かったのだ。
「致し方ない」
最後の一撃は、誰の目からみても勢いが無い。
ならばその拳が届いたところで結果は同じ。
夜天は腰のウェポンラックから雪村を引き抜く。
「眠れ」
高出力のレーザーブレードはジェラード機を袈裟切りに切り伏せる。
無音にも感じられる一瞬の間隙のあと、
ジェラード機は複数個所で燃料に引火し、爆風に包まれた。
「部隊の同胞がいる手前、無様も晒せなくてな――」
目的を違えれば情けをかける道理もなし。
一瞬の憐憫の情は、彼の中からすぐさま消え去った。
◆
グリフィスのタロスを迎え撃ったのはスコールのオウガ:シュテン、
夜十字のシュテルン・G:ゲシュペンスト。
「こちらジョーカー、また会ったな。グリフォン」
と名前をわざと間違える夜十字。
この言葉に切れたグリフィスを誘導しきったかに見えたが、実情は違っていた。
「‥攻撃が遅い?」
タロスの攻撃をぎりぎりでいなしながら、夜十字は疑念を抱く。
今、スコールがグリフィスの怒気に押された振りをして、
散発的な攻撃を仕掛けながら位置取りを変えている。
その動きが、途端に危なげな物にみえてきた。
「止めだ!」
グリフィスが腕を振り上げ、大きな振りを見せる。
それに呼応して、シュテンがツインブーストを起動。
グリフィス機に最高速度で迫る。
「おねんねの時間だぜ、糞野郎‥!」
振り上げた雪村は振り下ろされることはなかった。
伸びた腕が雪村を握る腕を掴んでいた。
「貴方の動きは読み易い」
彼が怒りに燃えているのは事実だったが、
既に冷静さは取り戻していた。
「いつまでも、思い通りになると思わないことだ!」
背後をとろうとする動きは、彼にとってはあからさまに見えすぎた。
その手法はともかく、グリフィスは夜十字を圧倒する戦力がある。
動きを意図的に鈍くしていたスコールを、同時に監視することは容易だ。
「‥くっ」
スコール機は完全に動きを拘束され、引き寄せられないように踏ん張るのが精一杯だ。
押しても引いても、タロスの腕はびくともしない。
タロスはスコール機を抑えたまま、胴部の小口径プロトン砲を開く。
「邪魔だ。‥寝てろ」
声と共にプロトン砲を連射。
回避出来ないスコール機を数十発の光で撃ち貫く。
穴だらけになったスコール機は腕を解放されると、
そのまま仰向けに倒れていった。
スコールの生死は確認できない。
「相棒は選んだほうが良いですよ。次があれば、ですが」
振り返ったタロスが腕を広げ構える。
頭部のカメラが、妖しく赤く光った。
◆
キーン機を迎え撃つのは遠倉機の雷電:黒鋼と藤村のシュテルン・G:パニッシャー。
彼の機体を見るのは両者とも初めてだったが、
遠倉はその独特の動きでパイロットが誰かをすぐに理解した。
「右腕の借り、大尉の借り‥‥思えば貴方には借りばかり。
いい加減、ここで全て返済させていただきます――!」
遠倉機がスラスターライフルを連射。
回避したキーン機は2丁のライフルで応戦。
その幾つかを、藤村がハイプレッシャーで受け止める。
藤村はそのままハイプレッシャーを構えて突撃した。
キーンは藤村をかわし、射撃に徹する遠倉へと狙いを定める。
そのキーンの行く手を、数発の光条がさえぎる。
「イル、カバーお願い! 乱れ撃つわよぉぉぉっ!!」
「了解です」
鷹代のガンスリンガー:ジェイナスとイリアスのサイファー:ヴァルキュリアだ。
2機は並んで前進しつつ、支援砲撃を浴びせ続ける。
ブリューナクの一撃が、キーンの足元を抉った。
「‥数が多いな」
単機での性能は上回っているキーンの機体だが、
以下に彼でも4人を相手にするのは難しい。
徐々に後退を余儀なくされる。
「潰れて、そのまま砕け散れ」
射線から外れた横合いから藤村機のハイプレッシャーが飛ぶ。
唸りをあげて迫るハンマーを回避。
キーンは銃器をショットガンに切り替え、目の前の藤村機を撃とうとして‥。
そこで違和感に気づいた。
陣形が変わっている。
違和感の正体は遠倉機だった。
後列に下がって支援に徹していた機体が異様に突出し、
次の瞬間にはブーストでキーン機に迫っていた。
「!」
「ここで‥!」
遠倉機のハイディフェンダーが、キーン機の胴を薙いでいた。
キーン機は反撃も出来ないまま、転がるように地に伏した。
遠倉機の射撃に徹し、距離を取り続ける動きは囮で、
この一瞬を狙っての動作だった。
藤村と遠倉のペアだけならこの動きに気づいたかもしれないが、
4機に囲まれた彼にはその余裕は無かった。
キーンは自身の下腹部を見る。
遠倉のハイディフェンダーが足元を薙いだせいで、
下半身は潰れて血まみれだ。
「‥まあ、悪くない人生じゃないかな」
その呟きは、誰にも聞こえなかった。
キーンは満足そうに目を瞑る。
次の瞬間、火花が燃料が引火してキーン機が爆発。
胴部のほとんどが無残に吹き飛んだ
「‥‥」
遠倉は機体に装備を変更させつつ、破壊したキーンの機体を見る。
これで最後ではない。
まだ元凶ともいえるバグアが残っている。
それなのに‥。
「雨音」
「‥ごめんなさい、大丈夫」
藤村の声に自分を取り戻す。
思いをはせるのは後にしよう。
遠倉は目元をぬぐい、いまだ戦闘中の周囲を見渡した。
由稀とイリアスは既に劣勢の夜十字を支援に向かっている。
◆
側面より仕掛けてきた本星型HWを迎撃したのは、
ペインブラッドを駆る錦織とシュテルン・Gを使う赤崎。
突進してくるHWのアームを錦織はドラゴンスタッフ、
赤崎はハイディフェンダーで受ける。
錦織は反撃されないうちにすぐさまフォトニック・クラスターを発射。
回避したHWと距離をとる。
「たったの2機で私に挑むか。小癪な」
「‥その声、フェリックス大尉‥。中身はお前か。蝿男」
「くっくっくっ。おそらく蝿の王からフェリックス君に衣替え。
とんだ不死鳥だね」
本星型はティターンのようなエース機に比べれば性能は低いが、
それでもそれ以外に比べれば強力な機体には違いない。
しかもこのHWはエース用に強化された機体。
2機は良く戦ったが、2機で相手取るには強力すぎる相手だった。
「‥強化FFは使うまでもない、そう言いたいのかね?」
錦織は常に赤崎と十字になる位置に陣取り、
ブラックハーツを加えた最大出力のフォトニッククラスターを放つ。
だがその悉くが装甲に弾かれて致命傷には至らず、
本星型HWは強化FFを使用する気配は全く無い。
それでもその位置取りは、フェリックスに危機感を抱かせるに十分な行動だった。
以下に強力なFFと装甲を備えていても、弱い部位は存在する。
いつそこに命中するかわからないという状況は、バグアであっても気分は良くない。
「鬱陶しい‥」
HWは距離を離したかと思うと、慣性制御を駆使してスピンするように方向転換する。
前面に集中して装備されているプロトン砲を錦織に照準する。
「!」
プロトン砲を一斉射撃。
雨のように振るプロトンを避け続けることはできない。
錦織機はあっという間に撃破された。
「‥っ!」
仕掛けるなら今しかない。
赤崎はスパークワイヤーを発射。
HWのアームを絡め取る。
この瞬間でなら、相手に回避されることもないはず。
「PRM−A−M、ナックル!!」
PRMによって出力を強化されたガトリングナックルが本星型HWを狙う。
「!」
フェリックスはワイヤーの絡まったアームを強引に引き寄せ、赤崎機を引き倒した。
HWはそのまま更に2本のアームで赤崎機の両腕を押さえ込み、
赤崎機の動きを完全に封殺した。
「驚かせおって。どうやら恐怖が‥足りないようだな」
フェリックスの宣言と共にアームが動き出し、
めきめきと音を立て、赤崎機の両腕がねじ切れる。
続いて胴体を掴んでいたアームが力をこめ始める。
悲鳴を上げ始めたのはコックピットブロック。
メキメキと音を立てて機体がきしむ。
押さえつけられているため脱出もままならない。
「‥なぶり殺しか!」
アームの力の込め方は緩慢だ。
照明が割れてコクピットは一面暗黒となるが、
完全に潰れるのはまだ先だ。
赤崎は必死に、目の前の死と戦い続けた。
恐怖に泣き叫んでしまいたい衝動を抑えるが、
自分の命が消えるのとどちらが早いだろう?
そんな疑念が湧いた頃、外で爆発音が響く。
アームの力は止まり、外れていた。
「雨音、赤崎を救出してくれ」
「はい」
御影、藤村、遠倉の3人が本星型HWを攻撃し、
赤崎機から遠ざけていた。
「お前の相手は私達だ」
「‥‥また増えたか‥」
フェリックスは目を細める。
「貴様らは骨がありそうだな‥」
フェリックスは乱入した3機の砲門を向ける。
3機の離脱者を出しながら、戦いは更に激化し、加速しつつあった。
◆
中央のニオを迎撃したのはUNKNOWNただ1機。
何度と無く槍をかわしながらも決着はつかない。
「そういえば‥」
「む‥」
一歩引いたUNKNOWNが、共通の周波数で呼びかける。
「初対面だし名乗ろう。私はUNKNOWN。誰でもない旅人だよ」
「ふむ。戦闘中であれ、武技以外の交流を忘れない‥。
素晴らしい、ガッツに溢れている! ならば私も今一度名乗ろう。
私はバグア南米軍地方司令‥、ニオ‥」
そこまで言ったところでUNKNOWNがエニセイを撃った。
UNKNOWNがこの手の奇襲をするのは4度目になる。
流石に4度目かになるのでコレはかわす。
普通の人間なら怒り始めるところかもしれないが‥。
「‥どんな卑怯な手を使っても目的を達成するというその信念‥。
素晴らしい! ガッツに‥」
以下略。
余りにもポジティブシンキングである。
もしかしたら彼はこの地に左遷されただけなのかもしれない。
「‥ならば、全力で戦おう」
ここまでくれば、戦うことに迷いを見せなかった。
大降りの斧がK−111のグングニルと激突する。
速度は互角。腕力・装甲はそれ以上。
そして再生機能つき。
いかにLH屈指のKVとはいえ、単機での勝利は難しい。
「‥‥今ので30秒、か」
それでもUNKNOWNは慌てない。
この状況も想定のうちだ。
ニオを抑えておけば、仲間がじきになんとかするだろう。
UNKNOWNはティターンのブーストに呼応して、ツインブーストを起動する。
燃費の悪い機能だが、撃破されるまでの時間ぐらいは持つだろう。
2機の激突は更に速度を増し、誰にも近づけない領域を作り上げていた。
◆
夜十字に由稀とイリアスが加勢して、グリフィス機と交戦開始。
3対1の人数差でありながら、グリフィスは一歩も引くことは無かった。
「こいつ‥!」
鷹代がプラズマリボルバーの近接射撃でグリフィス機を追い返す。
ここに来て、イリアスの視界の狭さが仇となった。
鷹代は良くイリアスの右側面を守ったが、
必ず右側面へと戻らざるを得ないその動きは、グリフィスにもよく見えた。
ダメージの酷い夜十字の機体、右側面に難を抱えるイリアス。
二つの弱点を執拗につくことで、グリフィスが優位に戦いを進めていた。
「‥悪い。イル、少し離れるよ」
「‥わかりました」
「夜十字君もそれで良い?」
「反対する元気がない」
3人は、鷹代の意図をすぐに汲み取っていた。
再び3機は正面からグリフィスとぶつかり合う。
同じく軽やかに飛び跳ねながら、イリアスの弱い側面を狙ったグリフィス。
意図的に作られたものとはいえ、その隙を突くには十分な力量があった。
伸びた腕はイリアス機の右肩を抉り取る。
イリアスが捨て身で稼いだ時間で、鷹代はグリフィスの背面に回りこんでいた。
「‥!」
グリフィス機の腕が駒のように回転して鷹代を襲う。
その腕は頭部を直撃し、いくつかのセンサーを破壊する。
だが、鷹代機は怯まなかった。
「人間、なめんなぁ!」
由稀は引き金を引く。
あらん限りの力で吼えながら。
狙いをつける余裕もなく、いつもの彼女らしからぬ乱雑な銃撃だ。
弾倉が空になり、リロードを促す警告がコックピットに響く。
それでも、タロスは鷹代の機体を睨んだまま、動かなかった。
「人間‥‥」
外部音声にグリフィスの声。
ほんのわずかに、濁るようにかすれている。
時間が止まったように、夜十字もイリアスも声をかけてこない
「僕もそう名乗ったまま、‥強く‥‥なりたかった‥‥」
タロスの指が緩み、崩れ落ちていく。
由稀の位置からは見えなかったが、タロスは腰のあたりが大きく抉れており、
既にまともに動けるような状態ではない。
機体の一部には、パイロットの血液らしくものも飛び散っていた。
◆
グリフィス機、撃墜。
ニオはレーダーから光点がきえても、名残を惜しむように視線を送る。
「我々が劣勢か‥」
バグア側は既に自身とフェリックス、本城の3機のみ。
対する傭兵側はスコール、赤崎、錦織の3名が離脱したが以前11機の編成だ。
既に戦況は雪崩れるように悪化している。
グリフィスを撃破した3機が他の誰を狙っても次はそこが崩れるだろう。
「そのようだ」
UNKNOWNはコクピット内を転がっていたボルサリーノを拾い上げ、
優雅な仕草で被りなおす。
コクピットは暗い。
UNKNOWNの機体は既に機能のほとんどが停止していた。
腕はもげ、足は折れ曲がり、槍も半ばから喪失している。
機械融合を果たした司令官級バグアのティターンと正面から対決したのだから、
当然の結果ともいえる。
撃破こそされたが、短くない時間を持ちこたえたことこそ賞賛すべきだろう。
彼が作った時間と戦力の余剰は、確実に味方の勝利に貢献していた。
「フェリックス! こんな酔狂によく付き合ってくれた。もう引け」
「‥わかりました。本城!」
「‥‥了解」
天原機、冴城機と交戦していた本城機のタロスが後方に大きく跳躍する。
合わせて本星型もプロトンを周囲に乱射しつつ後退、タロスと合流。
慣性制御で機体の向きを維持したまま、本星型HWとタロスは後方へ下がっていく。
「待て!」
天原と冴城が追撃しようとしたが、立ちふさがったニオのティターンに気圧され、
それ以上前に進めなかった。
「私の部下達を、頼んだぞ」
ニオは去り行く二人に最後の言葉をかけると、
融合していたティターンに更に埋没していった。
「‥なんだ?」
本星型からティターンに狙いを変えていた藤村が、
ティターンの異変に気づく。
ティターンの装甲は時に泡立ち、時に粘菌のように増え、
すさまじい速さで姿を変えていった。
「長い旅路の果て、君達のような若者と戦えることを誇りに思うぞ。
我が命、我が人生の最期の輝きを、とくと見るが良い!!」
吼えるニオ・ベスプ。
その咆哮に同調し、ティターンの各部が徐々に巨大化する。
補助腕には幾重にも筋肉がまきつき鱗のように装甲が浮き上がり、6本の腕が完全になる。
背中には更に羽が生え、頭部のカメラはニオと同じ複眼に変わっていく。
「行くぞ!」
ティターンは跳躍する。
狙いは既に満身創痍の夜十字・鷹代・イリアス。
「逃げろ!」
御影が叫ぶが間に合わない。
3機はそれぞれに迎撃するが、グリフィス戦の損傷が元で火力を減じていたため、
ティターンを防ぐほどの弾幕を形成できない。
ティターンは苦も無く3機の間合いに入り込むと、
夜十字機を上半身を切り飛ばし、鷹代機を庇ったイリアス機をプロトン砲でなぎ払う。
最期に残った鷹代機も、腕と足を切り飛ばして機能不全にする。
この間、数秒。
3機が万全でないとはいえ、圧倒的な強さだった。
「‥化け物め! 足を止めるぞ!」
「おう!」
藤村機を先頭に天原機、冴城機が一斉にティターンに襲いかかった。
ハイプレッシャー、獅子王、ガンランス。
三種の白兵武器で三方向から同時に攻めかかる。
「ふぅん!」
全ての攻撃を受け止めたティターンは、力任せに3機を押し返す。
押し返すと同時に、体の各所に備えたプロトン砲を一斉射撃。
機体のダメージが大きかった藤村、天原、冴城は、
彼の猛攻を止めることができなかった。
プロトン砲の連射を受けて次々と撃墜され、
後列だった遠倉機だけが残った。
ティターンは間髪居れずに斧を振り下ろす。
ハイディフェンダーで受け止めた遠倉機は、受けただけで後方に押し出された。
斧で遠倉の構えを弾き、その隙間を縫って別の腕が握る槍が突き出される。
槍の穂先を見ながらも、回避不可能。
襲い来る痛みに身構える遠倉。
槍は遠倉機を貫こうとして、直前で槍を持つ腕を光条に撃ち抜かれた。
御影のレーザーライフルが間一髪間に合ったのだ。
「ここまでか‥」
ティターンは腕だけでなく、大腿や下腹部、
肩にも同様にレーザーの光を受けていた。
超速度の再生はしない。
既にUNKNOWNとの戦いで使い切っていた。
動きの鈍ったティターンに、距離を取った遠倉、エーテル小隊の集中砲火が浴びせられる。
ティターンの装甲強度を持ってしても、棒立ちのままではこの攻撃には耐えられなかった。
「素晴らしい。この星は‥ガッツに‥‥溢れている」
砲撃に頭部が吹き飛んだ。
ティターンの生体パーツが崩れ落ちる。
音も無く砂のように。
疲れきった彼らが勝利を自覚するまで、たっぷり10秒以上かかった。
◆
トニに家族は居なかった。
全てバグアとの戦争で亡くなっている。
フェリックスが書類上では養父となっていたが、
それも煩雑な作業を肩代わりしていた名残だろう。
もしかしたらそれ以上の意味が有ったのかも知れないが、
もはや誰にも確認は取れない。
トニの遺体は以上のような事情のため、
引き取り手の無いまま集合墓地に葬られていた。
「やっと見つけたぜ。‥俺の事、覚えてっか?」
天原が墓に立つ十字架に触れる。
作られたばかりの墓は集合墓地の中ではしっかりした作りの物だった。
生前の死者を知る誰かが、この墓を整えたのかもしれない。
見れば、既に花も供えられている。
「誰だろう?」
「ふむ。一之瀬大尉‥かもしれないね?」
真新しい墓は南中央軍から贈られた物と、後で知ることになる。
コルテス大佐とボリス中佐からのせめてもの心遣い、と言ったところだ。
錦織は白百合の花束を、冴城は花束に加えて酒を供える。
手を合わせる者、敬礼するもの、それぞれに哀悼の意を表した。
その場に居合わせなかったが、UNKNOWNも遠い空の下から、
彼に別れを済ませていた。
「トニ君‥最初に会ったときの事覚えてる?」
墓の前に跪いていたアスカが、静かに言葉を紡ぐ。
「あなたはいつか、戦争の無い世界に戻らないといけない、って言ったわよね、私。
トニ君死んじゃったけど‥きっと実現してみせるわ。
キミが帰るべき世界を、必ず」
彼女の台詞には、言葉にできない想いが詰まっていた。
アスカは優しく微笑むと、ゆっくりと立ち上がる。
別れを済ませた顔は、どこか晴れやかだった
「‥‥‥‥」
アスカの台詞を聞いていた雨音は、顔を伏せた。
緊張が解けて、抑えていた感情が湧き出してきたのだ。
「雨音‥」
藤村はそっと雨音の肩を抱き寄せる。
雨音は黙って藤村が誘導するままに、胸に顔をうずめた。
こうしていれば、他の誰にも涙は見えない。
天気は快晴だ。
そろそろ、ボリス中佐がコロンビアに赴任した頃だろう。
今日、血を流して明日への道を切り開いた。
だがこれは前哨戦に過ぎない。
ボリス中佐を迎えたことで南米の戦闘は激化する。
それでも、彼らは前に進み続ける。
遥か遠い家路へ。