タイトル:【JTFM】BackWayHome2マスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/12/01 15:41

●オープニング本文


 ボリス中佐の反攻作戦によりバグアの前線基地が壊滅。
 この報告を聞いたバグアの地方司令官ニオ・ベスプは、驚愕を隠さなかった。
「まさかあの地の人間どもが、
 ああもガッツに溢れていたとは思いもしなかったぞ」
 蜂に似た昆虫のような頭部は表情を写さないが、
 声は溌剌と抑揚し、触覚がしきりと動いている。
 彼は半年の間、ボリス中佐の部隊とにらみ合い、
 この地を争ってきたバグアだ。
 半年の戦いで互いの傾向は知り尽くし、
 一進一退の攻防を繰り返していた。
 つい先日までは‥。
「困ったぞ。この劣勢を挽回するには戦力が足りない」
 ニオ・ベスプは目の前に並ぶHWを数えながら唸る。
 彼は目の前の敵のガッツの無さに絶望し、
 不要と判断した戦力をごっそりとボリビア攻略戦に提供した。
 結果、基地の中は規模の割にスカスカだ。
 現在急ピッチでゴーレムやHWを生産し、近隣にも増援を要請しているが、
 防衛に必要な戦力が整いそうにない。
「その割には嬉しそうですね」
 悩むニオ・ベスプの後ろには、ベネズェラから派遣されたバスベズルが立っていた。
 更にその後ろには彼の子飼いの強化人間達も並んでいる。
「うむ。実に嬉しい。この地の地球人の軍を見直したぞ。
 実にガッツがあった。
 もしかすると今までの消極さは、
 この攻勢のための前準備だったのかもしれないな。
 そうであればなおさらだな! すばらしい!
 ガッツに溢れている!」
 バスベズルはニオ・ベスプの熱弁を聞きながら苦笑した。
 ニオの性格は率直に言えば単純だ。
 バカとも好戦的とも違い、バグアでは珍しいタイプだろう。
 彼は敵も味方も彼の言う「ガッツ」の有無で評価する。
 究極、「ガッツがあれば何でも出来る!」と言い出しかねない。
 変な性格と言えばそれまでだが、
 誰でも彼でも賞賛することに躊躇のない性格を好む者は多い。
「ならば、本人に会いに行きますか?」
「会いに‥だと?」
 バスベズルは簡潔に現状の打開策を説明する。
 短い話が終わるころには、ニオ・ベスプの触覚がせわしなく動いていた。
「すばらしい案だ。ガッツに溢れている!
 よし、それで行くぞ! おまえ達、準備をしろ!」
 喜々として指示を飛ばし始めるニオ・ベスプ。
 ニオ・ベスプの部下の強化人間が困ったような顔でバスベズルを見上げたが、
 バスベズルは面白おかしそうに肩をすくめるだけだった。



 ボリス中佐の駐屯する前線基地はこの近隣では最大規模で、
 兵力1万と多数の機動兵器を収容可能な地方軍の要であった。
 如何にバグアであってもそうそう遅れを取らない。
 誰もがそう信じられる規模を誇っていた。
 その基地が今、阿鼻叫喚の最中にあった。
「北東に敵出現! 敵はキメラ20。戦車隊が迎撃していますが、押さえきれません!」
「ノヴェンバー中隊は北北西に新たに出現した敵を迎撃せよ」
「こちらHQ、マイク中隊。支援砲撃の再開の目処は立っていない。繰り返す‥」
 司令所は混線こそしていなかったものの、悲鳴のような報告が飛び交っていた。
 敵の数は百前後。
 キメラならば恐れる規模ではないが、
 強化人間とバグアが多数含む少数精鋭で構成されており、足止めしきれていない。
「バグアめ。何のつもりだ。やつらの目的は一体‥?」
 ボリス中佐は基地中央地下の司令室で指揮をとるが、
 散発的とも言える敵の攻撃に対して有効な防御を行えていなかった。
 一直線で指令所を目指すわけでも、包囲殲滅するわけでもない。
 攻勢そのものがふとした瞬間に鈍り、付け入る隙がある。
「中佐、これを!」
「どうした? ‥これは?」
 ボリス中佐はオペレーターの示すモニターを見る。
 映像を撮影しているのは、戦闘の起こっている区域で辛うじて生きているカメラの一つ。
 負傷して戦闘力を失った軍人を、
 強化人間が引きずって連れ去っていく姿が写っている。 
 軍人は何事かを叫びながら必死に抵抗しているが、
 傷ついた体を身じろぎするのが限界だ。
 通信士の報告で、それがその区画を守る中隊長だと知れた。
「新しい強化人間にするつもりか‥!」
 もしくは洗脳スパイかもしれない。
 内部への浸透を含むバグア得意の戦法だ。
 戦力差が大きいために絡め手のつもりだろうか。
「フェリックス大尉は?」
「中隊を率いて北東の主力と交戦中です」
「動けそうにないか。なら、ミラベル中尉だ。
 傭兵達に合流するように指示しろ。
 これ以上、やつらの跳梁を許すな!」
 ボリスは叫ぶ。
 敵が侵入してから10分。
 状況は悪化の一途をたどるばかりだった。



 バグアはUPC軍の警戒網をすり抜けるため、
 姿を隠したまま50kmを徒歩で移動し、
 夜間を狙って北部と北東部から侵入した。
 北部はバスベズルをリーダーとしてグリフィス・司馬、本城恭香のエースが参加。
 北東部はニオ・ベスプをリーダーにジェラード・アダムス。
 スロウターと組んでいた狙撃手のキーン・バクスターが参加している。
「ニオ司令」
 制圧もほぼ完了した基地内の通路。
 ジェラードは思い切って司令に話しかけた。
 どうしても聞きたい事があったからだ。
「なんだ? 言ってみろ」
「あの、私を護衛に選んで理由はもしかして‥」
「うむ。君がガッツに溢れているからだ!」
 拳を握りしめて力説する。
 ああ、やっぱり。とジェラードは少し安堵しつつもどう反応すべきか迷った。
「君は体からガッツが溢れている!
 実にすばらしい! 私の知る人間の中ではとびきりの逸材だ!」
「は‥はぁ」
「ではもう一人の彼も?」
 ジェラードは、今は居ないフードを目深に被った男を示した。
「そうだ。彼も君ほどではないが中々だ。
 根暗で無口なのは珠にキズだが、ガッツに溢れている点ではすばらしいぞ!」
「そう‥でしょうか?」
「うむ。君にもこれからきっとわかる!」
 狙撃手としての忍耐力の話なら、
 確かに彼は「ガッツがある」と表してもいいだろうが、
 彼の本質は陰鬱な思考のストーカーだ。
 粘着質な性格はガッツに含まれるのだろうか。
 この鬱陶しいリーダーを避けたのか、話題の主は既にこの場に居ない。
「どうかね? バスベズルの下でなく、私のところに‥」
「む‥。司令、お話はあとに‥」
「むお?」
 ジェラードが身構えたことでニオは通路を振り返る。
 機関銃を含む中隊規模の歩兵達が、二人に銃口を向けていた。
「おお、すばらしい!
 仲間をここまで無残に殺されてもまだ立ち向かう勇気。
 ガッツに溢れている!」
 演技がかってもいない。
 心のそこからの賞賛を人類軍に向けるニオ・ベスプ。
 だがここは戦場。
 次の台詞は勧誘の言葉ではない。
「ならば私も、最上級のガッツで君達に答えよう!」
 バスベズルと同じ6本の腕には一対の剣、一対の槍、一対の斧。
「さあ、行くぞ!」
 ニオはFFで機関銃を正面から受け止めながら突進。
 歩兵中隊は1分立たぬ間に壊滅した。

●参加者一覧

終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
月神陽子(ga5549
18歳・♀・GD
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
錦織・長郎(ga8268
35歳・♂・DF
遠倉 雨音(gb0338
24歳・♀・JG
ウラキ(gb4922
25歳・♂・JG
天原大地(gb5927
24歳・♂・AA
ライン・ランドール(gb9427
23歳・♂・SF
緑(gc0562
22歳・♂・AA

●リプレイ本文

 遠くで砲声が聞こえる。
 戦車隊とキメラが争っているのだろう。
 普段ならすぐにでもその援護に向かう、という者も多かったが、
 焦れる気持ちを抑えてミラベル・キングスレー(gz0366)中尉の説明に耳を傾ける。
「‥私達の敵は以上の2チーム。編成は‥貴方達のほうがなれているわね。任せるわ。
 ここまでは大丈夫?」
「了解だ。精鋭を抑える作戦で問題ないだろう」
 藤村 瑠亥(ga3862)が即答し、
 ウラキ(gb4922)と遠倉 雨音(gb0338)を視線をかわす。
 敵は何度と無く戦った相手だ。
「だけど、編成は2チームじゃなく3チームにしよう」
「‥なぜ?」
「足りないからさ。彼らのバックアップが居ない」
 バックアップが蜂の顔をしたバグアに追随していたのは確認しているが、
 彼は以後カメラに映る位置に現れていない。
「恐らく、何らかの工作に出ているものと思われます。何人かを探索にあてましょう」
「人数を割るのか。‥厳しい戦いになりそうだ」
 緑(gc0562)が少し苦い顔をする。
 それでも文句は言わなかった。
 編成は簡易に手早く決定される
 A班、藤村、天原大地(gb5927)、ライン・ランドール(gb9427)、ミラベル。
 B班、終夜・無月(ga3084)、錦織・長郎(ga8268)、夜十字・信人(ga8235)、
 緑、トニ・バルベラ(gz0283)、テリー。
 捜索に月神陽子(ga5549)、遠倉、ウラキ。
 という編成となった。
 A班とB班はどちらも戦力不足だが、
 狙撃手の存在を考えると捜索班を減らすわけにはいかなかった。
「なぁ、ミラ」
 移動の途上。
 天原がミラベルを愛称で呼ぶ。
 仕事以外の話だろうと、ミラベルも平時の笑顔で返した。
「ん? 何?」
「おめぇさ‥無理、してねぇか?」
「‥‥あとでね」
 ニコっと笑うと、口に人差し指を立てる。
 それ以上は声をかけても、振り向いてはくれなかった。
「かわされたな」
 ラインが苦笑する。
 彼女を心配する気持ちはラインも同じだったが、
 大地に先を越されて見守るに留まっていた。
「‥あんな顔、もうさせないぞ」
「ああ、同感だ」
 天原とラインは互いを見、走る速度を上げた。




 ニオの性格はみたまんまである。
「一騎打ちだと!? 素晴らしいガッツに溢れている!」
 と言って、平然とジェラードと藤村の戦闘を隔離することに承諾する。
 ダメ元の提案がすんなり通り、藤村は戦闘中だというのに苦笑してしまった。
 戦闘開始から数十合、藤村とジェラードの戦力は拮抗し決着はつかない。
 ジェラードの攻撃は掠る程度に留まり、藤村の攻撃は致命傷足り得ない。
 共に特化した能力ゆえに、1対1では互いをしとめきれない。
「時間が経つだけだぞ? 俺はそれで構わんが?」
「別に構わない。司令はあの性格だが、バカじゃない」
 拳を構えるジェラードに隙は無い。
 若干の思い違いがあったことに、藤村はわずかに眉をしかめる。
 藤村は横目でニオと他3名の戦闘を流し見る。
 彼らは即席ではあったが素晴らしい連携を見せた。
 相手の意識を逸らし、死角を狙い、
 しかしそれでも、3人で司令官級のバグアを相手取ることはできなかった。
 打ち合うこと数十合。
 チームの特性を見切ったニオは、火力に乏しいミラベルの刀を正面から受け止める。
 マチェットを弾かれたミラベルは、後ろに一歩後ずさる。
 ニオは畳み掛けるように肉厚の斧を、ミラベルに振り下ろした。
「守ると言ったァ!!」
 天原がミラベルを押しのけ前に立つ。
 ミラベルを庇った天原は斧の一撃を受け、肩を深く割かれた。
「ぐっ‥!」
「なんと‥。自らの身体を盾にするとは‥」
 ニオは天原を残り4本の手で掴む。
 決して軽くない天原の体が軽々と持ち上がった
「素晴らしい! ガッツに溢れている!」
 野球のボールを投げるように、振りかぶった腕で天原を壁に向かって投げつける。
 壁に激突した天原は血を流して横たわった。
 痙攣しながら、まともに動けない。
「大地!」
 ラインが叫ぶ。
 この事態は予測していた。
 それでも、目の前で起こると心がざわつく。
「次は君だ!」
 ニオの動きは速かった。
 ミラベルを連れて逃げる、という余裕は無い。
 投擲された3本のショートスピアが右腕と左足、腹部を貫く。
 痛みに失神することは無かったが、激痛で身をよじることさえも出来なくなった。
「ふう‥素晴らしい若者達だった」
 清々しい声で溜息をつくと、ニオはミラベルに向きなおる。
 藤村は変わらずジェラードを一人でいなしているが、
 援護に向かえるほどではない。
「殿方二人が情けない。ミラベルさんを頼みますと、あれほど言ったのに」
「む?」
 声の主は月神陽子だった。
 走ってもどってきたのか少し息が荒い。
「‥陽子さん? 捜索は?」
「捜索は二人に任せてきました」
 陽子は狙撃手の狙撃を元に位置を割り出そうと動いていたが、
 相手が完全に姿をくらましたため、やむなく戻ってきたのだ。
「まずは彼を撃破しましょう」
 陽子は鬼蛍の切っ先をニオに向ける。
 切っ先を向けられたニオはすこし震えていた。
「戦いに向かない女性でありながら重武装を軽々と扱うその筋力、その錬度‥。
 素晴らしい、ガッツに溢れている! ならば私も‥」
 喋る台詞は先程と対して変わらない。
 最後まで聞いてやる義理も無いとばかりに、
 二人のガーディアンは同時に突撃した。



「やあ『蝿の王』、半年前は活躍してくれたものだね」
 出会いがしらに開口一番、錦織が蝿の大男に声をかける。
 バスベズルは攻撃の対応をすこし忘れ、首をひねった。
「‥‥あの時の関係者か」
「南中央軍諜報部を虚仮にした暗躍は罪深くてね。敬意を表して付け狙わせて貰う。
 くっくっくっ‥‥」
 暗い笑みを浮かべる錦織。
 その様子を、バスベズルはしばし黙ってみていた。
「笑止」
 気負いも衒いもない反応。
 路傍の石を見つめるかのような視線と虫を踏み潰すが如き悪意。
 バスベズルが6本の腕に幅広の短剣を抜くと、取り巻き二人も握った拳を構える。
 跳躍したバグアを先頭に、戦闘は唐突に始まった。
「ふふふははははははは!」
 バスベズルは大仰に笑いながらも、圧倒的な速度で攻勢に出る。
 受けるは終夜と錦織、後衛にテリー。
 前線の務めるのはどちらも歴戦の傭兵。
 それでもたった二人ではバグアの攻撃を防ぎきるのは至難の技だった。
「‥っ!」
 終夜は明鏡止水で振り下ろされた2本の短剣を受ける。
 受けた直後に更に2本が横合いから終夜を刺し貫こうと迫った。
 終夜は若干後退し、大剣を振り回して牽制。
 回避して事なきを得る。
 しかしそれ以上踏み込めない。
 間合いを生かして攻めようにも文字通り手が足りない。
 攻撃の隙間を縫って次は錦織がバスベズルの背後から迫る。
 小銃で頭部を狙うが半身振り向いたバスベズルは腕で庇って回避。
 残った腕の短剣4本を一斉に投げる。
「ぐっ‥!」
 うち一本が錦織の太腿に深く突き刺さる。
 何か細工をしてあったのか、返しのついた矢のように抜ける気配が無い。
 バスベズルは錦織を見下ろすと次の短剣を引き抜き、終夜に向き直った。
(「どんなに回避不可能な間合いで繋いでも受けられる。
 間合いは飛び道具で防ぎ、リーチの短さは衝撃波で補う‥か」)
 腕を落とすどころではない。
 先を読めるだけの頭脳があるがゆえに死の臭いが感じる。
「‥‥それでも、死なない程度には戦える」
 錦織を助けるために、終夜は果敢にも懐に飛び込んでいった。
 
 一方、夜十字はグリフィス相手に優勢に戦っていた。
「ちっ‥ジョーカーめ‥! またか!」
「知った振りはしないでください。それは俺じゃ‥」
「聞き飽きた!」
 怒声と共にグリフィスは拳を振るう。
 グリフィスの拳は夜十字に命中する寸前、テリーの援護射撃に脅かされて不発に終わる。
 対面してすぐの他人の振り。
 喋って気を引きながらのクナイ投擲。
 何をするにも一定ではない行動にグリフィスのペースは乱されっぱなしだった。
 元を正せば彼も常識を知り、武術を一筋に突き詰めてきた男。
 話がそもそも通じないカオスの住人や、そういう言動が出来る相手は苦手らしい。
「君のような男が、どうしてバグア等に、事情は知らないけど、良くない。
 力は正しく使わねば‥」
 くどくど言いながら夜十字は再び懐に手を伸ばす。
「そこだ‥!」
 グリフィスはチャンスとばかりに疾駆する。
 クナイのダメージは大したことはない。
 受けきることは容易だ。
「兄さん、今だ!」
 言葉に意味は無い。
 だが前回の件から疑心暗鬼になったグリフィスの動きが止まる。
 その目の前に夜十字が懐から取り出した、爆発寸前の閃光手榴弾が投げられた。
 グリフィスは一瞬の閃光に目をくらませる。
 動きの止まったグリフィスをマヨールーの一撃が襲う。
 咄嗟に回避しようとしたグリフィスだが、肩と一発受けてしまう。
「悪いな。色々と、嘘だ」
「貴様ぁ‥!」
 怒り心頭のグリフィス。
 既に勝負の流れは、夜十字に奪われていた。
 
 更にその側面。
 本城と緑・トニのペアは完全に劣勢に回っていた。
「ぐっ‥!」
 如来荒神で衝撃波を受けた緑がうめく。
 トニはこの時点で既に、壁際に吹き飛ばされ倒れていた。
 原因は最初の方針にあった。
 本城の動きを見極めようとトニに提案し、回避しながらの様子見を提案したが、
 それが甘かった。
「かっ!」
 本城は拳を歪んだ軌道から振り上げる。
 拳は緑の構えをすり抜け、鳩尾へ吸い込まれように叩き込まれた。
「かは‥!」
 あまりのダメージに緑はその場に膝を着いた。
 本城の拳は速く鋭く、とても見切れたものではない。
 受ける前に反撃しようにも、間合いに入られたら反撃さえも潰される。
 最初から様子見などせず銃で掃射して牽制していれば話は変わっただろうが、
 身構えて後手に出たことが彼らの運命を分けた。
「そろそろ、覚悟は良いかしら?」
「‥ぐっ‥!」
 本城が緑に迫る。
 万全の状態でも防げない攻撃を、この状態からかわせるわけもない。
 死者は出さない、などと甘かった。
 自分の身さえ守れないではないか。
 死を覚悟した緑の脳裏に、紫色の髪の恋人の笑顔が過ぎった。
「おおおおおっ!」
 叫び声が緑の意識を引き戻す。
 トニが本城に果敢にも突撃していた。
 シュバルツクローを腰だめに構え、本城の胴を狙う。
「‥‥トニ!」
 トニのシュバルツクローは確実に本城の腹を抉っていた。
 良かったのはそこまで。
 密着戦では本城に敵うはずもない。
 本城の抜き手が、距離をとろうとするトニの腹を抉る。
 痛みに動きを止めたトニに更に追撃、赤いオーラを纏った手刀が鎖骨から右の胸までを切り裂く。
 大きく血を吹き上げながら、トニは叫ぶこともなく仰向けに倒れていった。
「‥‥やってくれる‥」
「グリフィス、本城。良くやった。十分だ」
 バスベズルが動きを止めていた。
 終夜は既に満身創痍で倒れているが、彼らが稼いだ時間で他の軍人達が集まり、
 3人を徐々に包囲していた。
「キーンが目的を果たした。撤収する」
 3人は互いに視線をかわすと、一斉に背を向け走り出す。
 夜十字やテリーらの比較的無事な面々がその背中を撃とうとするが、
 ランダムで回避行動をとる彼らに一発もあてることはできなかった。
「おい、トニ‥?」
 その異常に気づいたのはテリーだった。
 倒れ伏したまま動かないトニの腹から、じわりと赤く血液だまりが広がっている。
「トニさん!」
 緑が叫ぶ。
 守って欲しいと任されていたのに。
 目の前から命が消えていくのを、見ていることしかできない。
 抱き起こされたトニは緑の顔を見ると、弱々しく笑った。
「‥‥死ねないんでしょ‥? だったら‥‥」
 言い終えることなく、体から力が抜ける。
 彼の覚醒の証である斑の炎はいつのまにか消え、当りは僅かに明るさを失っていた。



 バックアップがニオ・ベスプから離れた事を知ったウラキと遠倉は、
 迎撃に出る小隊に混じり狙撃手を探した。
 遠倉は狙撃に最適なポイントを周り、
 ウラキは既に内部へ新入した可能性を考え、
 軍人達に怪しい人間がいないかを確認してまわる。
 またそれ以上の工作や中佐の暗殺も警戒して、
 動けそうな軍人達にも声をかけるが、
 時間ばかりが過ぎ、成果は上がらなかった。

 この行動を失敗と言うなら、原因を誰に求めることもできないだろう。
 混乱の中で誰もが最善を尽くし、正しい答えを掴もうとあがいた。
 その中でウラキが出した答えは、
 わかりやすくて誰もが信じてしまう答えだった。
 結果として一番大事なものを守りきることはできたが、
 完全な正解でなかった事を後悔することになった。
「こ‥ら、フェ‥‥クス‥隊! 敵の‥強‥‥間‥。‥軍を‥」
 背後で聞こえる爆音で声が聞き取れないが、
 顔を知る者が危機に陥っているのはわかった。
「ウラキさん!」
「ああ、急ごう!」
 遠倉とウラキは走る。
 嫌な予感を押さえ込みながら。
 二人が向かった先で待っていたのは、凄惨な光景だった。
 中央に立っているのはフードを目深に被った男。
 間違えようの無い悪意の視線。
 二人にはそれが今まで戦ってきた狙撃手だと一目で分かった。
 そこには動くものは彼一人しかなく、
 中隊は死体になって彼の足もとに転がっていた。
 唯一の生存者であるフェリックスは、その男の肩に抱えられていた。
「こいつなら間違いないな。いただいていくよ」
「ふざけるな!」
 ウラキはすぐさま脚を狙って撃とうとするが、
 それを制するようにキーンがショットガンを放つ。
 続いて懐から煙幕を噴出し、視界を塞いでいく。完全に逃げの準備だ。
 ウラキも遠倉も追えなかった。
 煙幕から乱射される散弾を回避できない。
 フェリックスが連れ去られるのを黙ってみていることしかできない。
「遠倉さん、僕が突っ切る! 援護を!」
「ダメです‥! ここからでは貴方に‥アァッ!」
「遠倉さん!」
 遠倉はショットガンに遮蔽ごと貫かれ、右腕と右足にいくつもの穴を開けていた。
 血が衣服を徐々に染めていく。かなりの出血量だ。
 ウラキは歯噛みする。
 せめて、他に誰か居れば。もうあと一人居れば突破できるのに。
 誰も居ないのはわかっている。
 軍人達は彼の出した答えを信じて、中佐を守りに行った。
 だからここには誰も居ない。
「返せ! その人は‥!」
 徐々に煙幕が晴れる。気がつけば、誰も居ない。
 無力感に崩れ落ちる。
「ウラキさん‥」
 側まで来た遠倉がウラキの肩に触れる。
 自分を信じきれなかった自分が憎い。
 ウラキは握り締めた拳を、壊れてしまえとばかりに床へ振り下ろす。
 火の粉の音しかしない静かな廊下に叫びがこだました。