タイトル:【JTFM】BackWayHome1マスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/11/16 07:01

●オープニング本文


 かの人物、ボリス・エストラーダ中佐は、
 コルテス大佐とは真逆の人物だった。
 引き締まってはいるが体は細く、
 ともすれば骸骨と揶揄されかねない。
 眼鏡が無機質なイメージを助長する。
 彼の衣服が軍服だから軍人に見えるだけで、
 スーツにしてしまえば何者にも見えないだろう。
 護衛を兼ねて同伴した副官は、
 この二人が友人であることを奇跡に感じた。
「申し訳ありませんが、辞退させていただきたい」
 明確な拒否。
 しかしその顔には、迷うような困ったような、
 そんなニュアンスも含まれていた。
「ふふ‥。相変わらず他人行儀な言い方だな」
「貴方は上官です。いつまでも学生気分では困ります」
 コルテス大佐は肩をすくめる。
 杓子定規な性格に困りつつも、懐かしい感覚に頬がゆるんでいる。
 遠い昔、共に学んだ時代を思い出していた。

 二人が会った理由は、この中佐を本部付きに異動させる相談をするためだった。
 彼はコルテス大佐幕下にない技能を多数持ち合わせている。
 防衛戦に実績があり、補給線構築に実績があり、
 現在でもある地域の防衛任務を一任されている。
 攻撃的な作戦を得意とする大佐と対照的に、
 地域を維持することに深い造詣があった。
 だが返答は前述の通り。
「なぜあの土地にこだわる?」
 コルテスは残ったウィスキーを飲み干した。
 まともな飲酒は、もしかしたら作戦発令以来かもしれない。
 ここ数ヶ月は仕事に忙殺され、就寝前に一人舐めるように飲んだ記憶しかない。
「‥あの場所には、私の生まれた街があるんです」
「‥そうか」
 理由はごくごく私的なもの。
 言葉を命令にすればすぐにでも無視できる内容だ。
 それでも、大佐はそうはしなかった。
 拠り所を奪うのも奪われるのも、
 この大陸で生きる人間としてしたくはなかった。
「なら、こうしよう‥」
 この時のコルテス大佐の提案は、
 エストラーダ中佐には受け入れるしかない内容でもあった。
 中佐は「相変わらず、ずるいですな」と嬉しそうにつぶやくと、
 空のグラスを差し出して、追加のウィスキーを注文した。



 空に無数の戦場痕。
 白煙を散らしながらKVとHWが交差する。
 地上からは無数のミサイルが放たれる。
 航跡雲を引きながら垂直に空へ飛んでHWを狙い、
 あるいは軌道を変えて山の中腹にあるバグアの基地に降り注いだ。
 爆発の余波は振動となって、基地のある山を囲む陸戦部隊まで届いていた。
 出撃したHWのほとんどは戦闘機とKV部隊に阻まれ、
 ミサイルを迎撃できていない。
「うっひょー。こいつは豪儀だねぇ。こいつは楽勝か?」
 陸戦KV隊の一翼、エーテル小隊のテリーが口笛をふく。
「いえ、地表のキメラを掃討するのがせいぜいでしょう」
「ちぇーっ。わかってるよ。
 ちょっとぐらい夢みたっていいだろう」
「夢とかいわれましても‥」
 同じ小隊のコフィとの掛け合いもいつものとおりだ。
 ミラベルは小隊員からを視線を外し、正面を向く。
 最初の予定通り、本部からの通信が届いた。
「HQより作戦中の全ユニット。
 現時刻より陸路からの侵攻を開始する。
 戦車隊、歩兵隊、KV隊、全ユニット前進」
「各機、聞こえたな? 中腹の基地に侵攻する」
 後方の指揮車両から指揮を執るのは、
 歩兵中隊のフェリックス大尉であった。
 新しい上官は能力者ではないが、きびきびとして好感が持てる。
「エーテル1、了解」「エーテル2、了解っす」「エーテル3、了解です」
「エーテル4、了解」
 エーテル4のトニ・バルベラ曹長が、
 フェリックスに似たはきはきとした調子で返答する。
 この子は問題ないと、それだけミラベルは確認した。
「各機問題なし。エーテル小隊、出撃」
 命令と共にチームは前進する。
 新しいチームは急造の割には信頼できる。
 だがそれでも、このうち何人が帰れるか。
 ちらりと過ぎる不安を、ミラベルはこっそりと押しつぶした。
 


 あの日、一つの約束がかわされた。
 中佐は、この地方を安定させることが出来たのならば、
 喜んで中央に出向くと言った。
 その言葉に対する大佐の答えがこの地方の侵攻であった。
 ボリス中佐が備蓄していた大量の軍備を使って立案された作戦は、
 超短期決戦を意図したコルテス大佐らしい非常に攻撃的な作戦に仕上がった。
 作戦に当たってはコロンビア駐留の軍から精鋭が選抜され、
 これ以上無い布陣でもって作戦は開始された。
 だが、問題がないわけではなかった。
 第一に時期。
 ボリビア防衛戦のダメージからベネズェラが立ち直ってしまうと、
 二度と攻勢に出ることは出来ないだろう。
 第二に物資。
 マッカラム曹長が言うまでもなく、南米戦線には珍しく大盤振る舞いだ。
 当たり前だがこんなミサイルの雨は何回分も無い。
 通常の警戒任務などに必要な備蓄を差し引くと、
 多くて3回、確実なのは2回きり。
 そして落とす必要のある基地が2カ所。
 ここと更に後方の一つ。
 基地攻撃を一度も失敗する事は出来ない。
 失敗すれば同じだけの物資を貯蓄するのに、
 条件が良くても1年はかかるだろう。
 つまるところ博打だ。
 ボリス中佐が決して前に出なかったのはこれが理由でもあった。
 そして、この作戦を立案・採択するか否かが、二人の大きな違いでもある。
「敵の動きが鈍いですね‥」
 電光板には判明した敵の配置が表示されていくが、
 フェリックスから見てその動きはどうにものろくさしていた。
「おそらく私が原因だな」
「‥どういうことですか?」
 フェリックスが振り返る。
 中佐は電光板から視線を外し、眼鏡のレンズを吹いていた。
 余裕の表れか、彼特有のリラックス方法なのか。
 丁寧に曇りをぬぐっていく。
「彼らはこの1年の戦いの中で、私と戦うことに慣れすぎたのだろう。
 それがここに来て、唐突に強引な攻めの構えだ。
 対応が遅れるのも無理からぬことだな」
 フェリックスはもう一度配置図を確認する。
 確かに中佐の言うとおりだった。
 敵の行動は開戦後から常に消極策ばかり。
 コルテス大佐はこれも予期していた、というのだろうか?
「懐かしいな」
 ボリスの声がふっと緩む。
 表情も心なしか柔らかくなっていた。
「士官学校時代、彼が攻めて私が守れば負けなしと言われたものだ」
 それが遠いところまで来た。
 時間も場所も状況も。何もかも。
 それでも、変わることのなかったものがここにある。
「‥‥敵の動きは?」
「変化ありません」
「よし。ありったけのミサイルを浴びせろ。やつらの布陣を完成させるな」
 復唱がかわされ、再びミサイルの一斉発射が実行される。
 自分の為、友人の為、国の為、この大陸の為、
 ひいては人類の為。
 この一戦、断じて負けるわけにはいかなかった。

●参加者一覧

スコール・ライオネル(ga0026
25歳・♂・FT
夕凪 春花(ga3152
14歳・♀・ER
麻宮 光(ga9696
27歳・♂・PN
遠倉 雨音(gb0338
24歳・♀・JG
ウラキ(gb4922
25歳・♂・JG
ライン・ランドール(gb9427
23歳・♂・SF
ジャック・ジェリア(gc0672
25歳・♂・GD
ヘラルド・サトウ(gc5262
23歳・♂・SN

●リプレイ本文

 ミサイル第二波発射。
 陸戦部隊の頭を越えて、山へと着弾する。
 先んじて移動した隊は既にキメラとの戦闘を開始しており、
 各戦線での損害報告が至る所から流れて来る。
 傭兵達は敵機動兵器の報告はまだない。
「完全に浮き足だってますね。‥キメラの動きがばらばらです」
 遠倉 雨音(gb0338)は最大望遠で前線の敵情を観察していたが、
 どこを見ても変わらず人類側が優勢だった。
 キメラ達が次々と包囲・殲滅されていく。
「でも、敵のタロスは、健在です。‥まだ油断できませんよ」
 ヘラルド・サトウ(gc5262)が小さい声で呟くように言った。
 彼自身戦いが得意でないことにくわえ、
 今回は故郷に近いため敵の強さもおおよそ把握している。
 ヘラルドは汗ばむ手で、ゆっくりとグリップを握りなおした。
「心配しなさんなって。お偉方さんが行けるって言ってるんだから
 足並み揃えて突撃すりゃなんとかなるだろう」
 ジャック・ジェリア(gc0672)がのほほんとした調子で言う。
 激しい砲火の音が鳴り響いてはいるが、悪い知らせはあまり届いていない。
「そろそろ出番よ。準備は良い?」
 ミラベル・キングスレー(gz0366) は最終チェックとして各機体を確認する。
 喋りながらも作業は途絶えさせず、手際が良い。
「たいしたもんだ。俺より年下の女が小隊長って聞いてどうかと思ったが、
 なかなかどうしてサマになってるじゃないか」
 スコール・ライオネル(ga0026)が口の端を少し吊り上げて、笑みを浮かべる。
 外見から不安に思っていたのか、少し前までミラベルの言動や挙動を注視していたらしい。
「女が隊長じゃ気に食わない?」
「いや。あんたみたいな良い女からの誘いなら大歓迎さ、それが地獄への誘いだとしてもな」
 砂と鉄の匂いしかしない場ではあったが、口説き文句でもあった。
 KVを間に挟んでいなければ肩を組もうとしていたかもしれない。
 親しげに、というよりプレイボーイの口調だ。
 それを聞いていた ライン・ランドール(gb9427)は気が気ではなかった。
 それに気づいたのか、ミラベルは個別の回線を開いた。
「いつものことだから気にしないでね。
 ‥期待しているわ。最初の約束ぐらいは守ってね」
「ああ。せっかく取り付けた約束を怪我でフイにするわけにはいかないからな」
 ラインはぎこちない笑みで返した。
「‥敵の主力が動いたな」
「あれと戦えば良いんですね?」
 最前列で敵を監視していた麻宮 光(ga9696)と夕凪 春花(ga3152)が、
 それぞれ撮影した画像を各機体に転送する。
 画像にはそれぞれ得物の違う青銅色のタロスが、3機並んでいた。
 



 隊列を組みなおしたバグアが砲撃を再開する。
 レックスキャノンが主力ではあるが、多数のキメラもバカにならない。
「こんな山登りでへばるなよ、トニ
 疲れたら頼ってくれても構わない‥安くしておこう」
「‥いつの話ですか、いつの」
 トニ・バルベラ(gz0283)は日本での話を思い出してやや憮然となる。
 ウラキ(gb4922)は悪戯っぽい笑みを浮かべると、前を向き表情を引き締めた。
 ウラキにとって戦場は暗い思い出しかない。
 得た物よりも失った物が多く、戦場に立てば陰鬱な気分になる。
 それでも前に進み続けた結果、見えたものもあった。
(「ようやく‥分かった。戦友がいるから僕はこの地に拘る」)
 過去にある傭兵から聞いた言葉が思い返される。
 兵士が戦う理由は、戦友へ回帰するのだと。
(「‥二度と、あの悔恨を繰り返さないために」)
 遠い異国の地、死と隣り合わせの最悪の戦場。
 だが彼は欠片も後悔していなかった。
 今は全力で役目を果たすのみ。
「煙幕を展開します」
「友軍の戦闘ヘリからデータを受信。地図を更新します」
 各所で報告の声があがる。
「よっしゃ。始めるとするか」
 データリンク、誤差修正。
 砲撃に特化したOSが4連装砲の角度を微調整する。
 ジャックは周りに一声かけると、友軍に一瞬先んじて砲撃を始めた。
 ジャックの攻撃を合図に一斉にUPC軍の反撃が始まる。
 たちまちのうちに山は火砲の発する轟音で埋め尽くされた。
 砲撃にはテリーのサイファーを始めとする友軍機も参加していたが、
 精度と威力共にジャックの機体が抜きん出ていた。
 レックスキャノンは物理防御の装甲を展開して耐えるが、
 前列のゴーレムが盾で防ぎきれずに粉砕される。
 続いて散開した部隊に対して夕凪機のフォトニック・クラスターが放たれる。
 高熱の光の波に地上のキメラの多くが飲み込まれた。
「こんなもんか‥。‥おっと」
 ジャックの砲撃を脅威と認識したレックスキャノンが砲撃を集中し始めた。
 高い防御力を誇るスピリットゴーストだがそう何度も攻撃を受けきれるわけじゃない。
「援護する。そのまま砲撃を続けてくれ」
 ウラキがスピリットゴーストの前に出て盾を構え、
 同時にスモークを焚きはじめる。
「ああ、頼むぜ」
 これでも何分もつかはわからないが、少なくとも‥。
「味方が突っ込む時間は稼げるな」
 ファルコン・スナイプ起動、赤く光る単眼が最前列のゴーレムを見据える。
 舞い上がる煙幕がジャックの機体を隠す直前、
 ゴーレム達にはジャック機の右肩の文字が異様に鮮明に写る。
 【Hello Enemy お前の命をもらいに来た】。
 搭乗者がAIで無ければ何か聞こえただろうか?
 煙幕に機体が隠れた直後、ゴーレムの頭部を200mm砲が吹き飛ばす。
 砲撃によって開いた穴から傭兵の機体が敵主力目掛けて切り込んだ。



 
「煙幕を抜けます! 正面にタロス2、ゴーレム6、レックスキャノン6、他キメラ多数!」
「上等だ。残らず平らげるぜ!」
 スコールが吼え、前列に備えていたオウガが走り出す。
「道を開きます」
 遠倉は黒鋼のミサイルポッドを展開。
 秒間12発のミサイルが雨のように降り、先頭のゴーレム達を怯ませる。
 怯んだ隙に前衛3機は一気に敵円陣を突き抜けた。
「雑魚に構うな! エースを落とす」
 4足獣形態の低い姿勢を生かし、麻宮の阿修羅が一歩先んじて疾駆する。
 スラスターライフルを自動照準で掃射。
 援護に入ろうとするゴーレムを牽制しつつ、主兵装を起動。
「くらえっ!」
 飛び掛った阿修羅の前足が螺旋を描くドリルに形を変える。
 青銅色のタロスは特殊合金の身を隠せるほどの大きさの大剣で受け、阿修羅を弾き返す。
 阿修羅は小さく跳ねて着地すると、間髪入れずに機体後部を振ってサンダーテイルを打ち込む。
 タロスは電撃を再生しながら受けとめた。
 大剣で一撃必殺を狙うタロスと、ドリルとスラスターライフルで巧みに攻撃逸らす阿修羅。
 一進一退、壮絶な激突が続いた。
 2機の周囲が静かだったわけではない。
 ゴーレムは連携しようと距離を縮め、レックスキャノンの砲撃は止まない。
 もう1機のタロスを遠倉とスコールが迎撃する。
「くそっ‥良い動きしてやがる‥!」
 スコールは相手の技量に舌を巻いた。
 スコールのオウガ:シュテンは速い。
 ツイン・ブーストを加えた瞬間の最高速度はゴーレムならば捕捉すら許さないだろう。
 対するタロスは対象的に動きは緩慢だ。
 曲刀と盾を構え、ゆっくりと歩く。
 それが居合いに似た武術と気づくのに、時間は要らなかった。
 牽制射撃はことごとく盾で弾かれ、必殺の速度で振り下ろした刃は軽く触れるように受け流される。
 スコールは距離をとって遠倉の射撃を合間を縫うがスタミナを消耗するばかり。
 緩慢な動きのまま防御に徹していたタロスだが、
 シュテンのツインブーストの切れ目を狙い、唐突に攻勢にでた。
「なにっ!?」
 かわしきれずスコール機は脚を切られた。
 スコール機はそのまま崩れ落ち、地面に激突する。
 タロスは追い打つように刀を垂直に振り下ろし、スコール機の頭部を切り飛ばす。
「スコールさん! 生きてますか!?」
「‥なんとかな」
 遠倉はスコールの脱出する時間を稼ぐために弾幕を展開。
 タロスをぎりぎりのところで押し返す。
 砲撃は勢いを取り戻したバグア軍が優勢になりつつあった。
 ジャックの前面に立ち、盾となったウラキの機体は、
 腕が破壊されてまともに武器を扱うことが出来なくなっていた。
 今は盾を保持するのが精一杯。
 時折混線した通信から。
「僕のことは構うな。撃て!」
 と、ジャックに呼びかける声が聞こえてくる。
 周りを見る遠倉に手を差し伸ばせるものは居なかった。
 ふたたび迫るタロスを、遠倉は防ぎきれない。
「させないっ!」
 遠倉機に迫ったタロスを、横合いから夕凪機が大型のシュラウドを盾にタックルを仕掛ける。
 状況の変化に気づいて、ゴーレムの対応班から飛び出してきたのだ。
 夕凪機は態勢を崩しながらも反撃しようとしたタロスに、エナジーウィングを展開。
 タロスの右腕を切り飛ばした。
「まだっ!」
 下がって態勢を整えようとするタロスを追撃。
 建御雷の刃で更に追い込み、間合いから逃れた瞬間にショルダーキャノンの近距離砲撃。
 タロスはぎりぎりで回避しながらも態勢を立てなおすことなく後退する。
 更にその着地を狙って、夕凪機が大型のシュラウドを展開した。
「ここで‥!」
 ブラックハーツ起動、出力全開!
 フォトニッククラスターの光波が、立ち上がろうとするタロスを地面ごと焼き払う。
 光波に焼かれて周囲の林は完全に炎上し、巻き添えをうけてキメラも吹き飛んでいた。
 火の粉が舞い散り、赤い火が夕凪の機体を照らす。
 熱源を感知するセンサー類が火災の影響を計算し始め、敵機体の状況を調査する。
 タロスはまだ動いていたが、流石のタロスも無傷とは行かなかった。
「麻宮さん、今なら押し返せます」
「了解だ!」
 夕凪に答えて麻宮機が二人に合流した。
 スコールとウラキが機体を捨て、残った者も満身創痍。
 それでも確実に、目の前に勝利が見えていた。



 重低音の発砲音が山に響く。
 ライン機がスラスターライフル、ヘラルド機がGPSh−30mm重機関砲を使用し、
 二重の掃射でタロスを迎え撃っていた。
「こいつっ‥!」
「ラインさん、10時方向です!」
 タロスは余裕で二人の攻撃を回避する。
 ランダムの回避運動をしながらも、射撃は正確無比だ。
 後ろに下がりながら放ったプロトン砲の光が、ヘラルド機の右足を焼く。
「うっ‥!」
「大丈夫か!?」
「いけます。まだ、戦えます」
 計器をチェックしたヘラルドは即答したが、
 実際には回避行動に致命的な損傷だった。
 以降はブーストによるジャンプを駆使しなければならないだろう。
 二人と共に行動していたエーテル小隊は、
 タロスの護衛であるゴーレム・レックスキャノンと交戦している。
 夕凪は主力5名と共にタロス2機とまだ戦っており、状況はここより良くない。
 誰も二人の救助にはこれそうになかった。
 この状況下で、ラインは実質一人に近い状態でタロスと向き合うことになる。
 AIを搭載していると思しき僚機と違い、フェイントも正攻法も通じない。
 機体性能も相まって圧倒的な強さだった。
 速度に優れる新型のスカイセイバーだが、流石に単機の掃射では追いつけない。
 ラインの腕前を見切ったのか、後続のレックスキャノンの砲撃を囮に、
 タロスはラインの横をすり抜けた。
「! しまった!」
 ライン機を抜けたタロスはエーテル小隊に接触、
 トニのシラヌイS、ミラベルのサイファーと単機で切り結び始めた。
 援護に銃を向けようとするラインだったが、護衛のレックスキャノンが彼を押さえに掛かる。
 苛烈な砲撃を見過ごすことは出来ず、ラインとヘラルドはレックスキャノンに応戦する他なかった。
 一方、エーテル小隊はかなり苦戦を強いられた。
 トニのシラヌイSでは重さに欠け、ミラベルのサイファーでは速さに欠ける。
 じりじりと後退する戦線。追い詰められる仲間達。
 何度か刀を打ち合わせた末、ミラベルの蛮刀が折れた。
「ミラベル中尉!」
 ラインは思わず叫んでいた。
 ミラベル機は武器を失い、徐々に機体を刻まれていく。
 フィールドコーティングで防いだとしても、そう長くは持たない。
「ラインさん、行ってください。ここは僕が抑えます!」
「‥すまない!」
 ヘラルドにレックスキャノンを任せ、エーテル小隊の元に走る。
 だが間に合わない。
 ゴーレムの護衛が振り切れない。
 焦るラインの機体を弾が掠める。
 何度目かの命中で遂には脚をもがれ、機体は前に進めなくなる。
 もう腕しか動かない。あと一歩、届かない。
 目の前で人が死んでいくのを止められない。
 そう思った瞬間、タロスの前に1機のサイファーが立ちはだかった。
「コフィ!」
 エーテル3、サイファーはミラベル機を庇って袈裟懸けに切られて倒れ伏す。
 1機をしとめたタロスだが予想外の行動に態勢は崩れた。
 ラインのスカイセイバーは残った稼動部を無理に動かし、タロスの着地を狙う。
 最後のスラスターライフル掃射。
 足を穿たれたタロスはそのまま仰向けに倒れ、
 テリー機から銃弾の雨を受けて大破。
 完全に動かなくなった。
「‥コフィ?」
 ミラベルは仰向けに倒れたエーテル3のサイファーを見る。
 コックピット部分が無残にひしゃげ、
 燃料のオイルとは明らかに違う赤い液体が飛び散っていた。
「ミラベル中尉‥」
 ラインは何かを言おうとして、声をかけられなかった。
 彼女に声をかけるには、彼はまだミラベルを知らない。
 慰め方法すらわからない。
「‥‥散開。敵施設を制圧します」
 ミラベルが次に声を発した時には既にいつもの彼女に戻っていた。
 一度もコフィの骸を振り返ることなく、KV部隊は山腹の基地入り口を目指した。



 KV部隊で敵機動兵器を良くひきつけた為、
 全体の損害は攻略した基地の規模に比して軽微であった。
 だが軽微とは言ってもあくまで比較の話である。
 戦車は半数が破壊され、歩兵の3割が死亡、負傷者も多数。
 KV部隊はいくつも欠員が出る有様で、再編が必要だった。
「だがここまでは想定の範囲内‥」
 中佐は感情を消した瞳で今しがた攻め落としたばかり山を見上げた。
 ここからは中佐の仕事だ。
 いち早く部隊を再編し、大佐の立案を実行する下地を作る。
 二人の連携がこの電撃的な作戦を支えているのだ。

 故郷への道は、まだ遠く険しい。
 それでも進まねばならないことに変わりは無い。
 引き返せない道は承知の上。
 山を越えればすぐに彼の生まれた街だ。
 今度こそ街を救ってみせる。
 誓いを胸に、ボリス中佐は山を見上げた。

 <BackWayHome2へ続く>