タイトル:研究者A氏の問題マスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/11/02 01:53

●オープニング本文


 アドルフ・マロリー。40歳、既婚。
 某有名国立大学を優秀な成績で卒業。
 卒業後はドローム社に入社。
 某所(機密のため場所は伏せる)の研究所にて開発に参画し、
 KV開発初期においては難関の一つでもあった、
 人型のモーションプログラムの完成に尽力する。
 彼は私生活においても良き夫、良き父であった。
 23歳の時に周囲のうらやむような美女を妻に迎え、
 25歳の時に娘が生まれる。
 今年15になる娘は母にて美しく、
 悩みが増えるばかりと、嬉しそうにはなしていた。
 彼の人生は順風満帆そのものだった。
 そう、この時までは‥。



 くたびれた顔のアドルフが家の扉を開ける。
 家に戻って家族の顔を見れば、どんな疲れも吹き飛ぶ。
 そう言っていた彼の顔は憂いに満ちていた。
「あなた、お帰りなさぁーい。待ってたわぁー」
 間延びした男の裏返った声が台所から聞こえた。
 当然、彼の妻のものではない。
 彼の家族を拘束するテロリストの親玉の声だ。
 視線を移せば、若干頭の後退した40前後の男が、
 エプロンをつけて台所にたっていた。
 エプロンの下には勿論、ボディアーマーに拳銃。
 アサルトライフルもしっかり腰に吊っている。
 彼らは昨日、唐突にアドルフの家にやってきた。
 アドルフの家に土足で踏み込み、家族を拘束し、
 彼にドロームへの裏切りを示唆したのだ。
 お決まり通り、従わなければ皆殺しにする、
 と但し書きを添えて。
「‥何のつもりだ?」
 アドルフが怒気を滲ませて言うと、
 テロリストのリーダーはくねくねと身をよじらせながら「怒らないでっ」
 などとのたまった。
「毎日、頑張ってるあなたに、
 おいしいものを食べてもらおうって思っただけじゃなーい。ねー?」
 そう言って部下達を見回す。
 部下は常識人なのか、揃って「はぁ。そうですか」
 と言った顔をしている。
 決して口には出さないが。
「ふざけるな! 妻と娘はどうした!?」
「ああ、うるさかったから寝室に入って貰った。
 今、ヘンリーと一緒に居るぜ」
「!! 私の家族になにかしてみろ、貴様‥」
 それ以上は口に出来なかった。
 テロリストはアドルフの胸ぐらを掴みあげると、
 半開きだった口に拳銃をつっこんだ。
「良い気になるなよ。殺しはしないとは言ったが、
 死ぬ方がマシないたぶり方をしてやっても良いんだぜぇ?」
 先ほどまでのふざけていた顔が裏返る。
 頭がいかれているように見えても、彼はプロだった。
 反抗する意志がアドルフから消えたのを見て取ると、
 拳銃を口から抜いて、突き倒すようにアドルフを解放した
「おい。よだれがついてばっちいから洗っといて」
「は‥はぁ」
 拳銃を受け取った副官がまた困ったような顔をしたが、
 彼は気にせず料理を続けた。
 その料理は彼の好物で妻の良く作ってくれている料理だった。



 軍事に関する研究所は機密情報を扱う為、
 必ず警備やそれ以上の仕事をこなす人員が配備されている。
 今回の傭兵達の雇い主はその研究所の警備主任を名乗る男だった。
 彼は見るからの肥満体質で制服のボタンが今にもはじけそうだった。
 彼はキャスター付きの椅子に座ったまま、傭兵達と面会した。

 警備主任の彼はモニタールームを私物化していた。
 そこかしこに私物のパソコン用機材が散乱し、
 ハンバーガーの紙袋や宅配ピザの箱が積みあがっている。
 ピザに関してはちょうど1箱開けている最中で、
 振り向いた彼の口元にはトマトソースがついていた。
 指で拭って口に運び、ようやく入室した傭兵に会釈する。
 ピザから手を放せこのデブ、というのは
 何人かの偽らざる気持ちだっただろう。
 小汚いデブーーもとい、警備主任のワイズは、
 ナプキンで丁寧に手を拭うと、傭兵達に握手を求めた。
 よくよく見ればキーボードやその他機器は清潔だ。
 線を引いたようにゴミの山と隔離されている。
 傭兵達はそれをみて、辛うじて握手を拒むことを回避した。
「よく来てくれたね。待っていたよ」
 彼はにこっと笑った、ような気がした。
 盛り上がった頬の脂肪で目元が細く、
 何か卑猥な事を思い浮かべて、
 下卑た笑みを浮かべているようにしか見えなかった。
「おねえちゃんエロいケツしてるね」とでも吹き出しがつきそうである。
 彼は傭兵達が感じている不快感を無視して、仕事の話を始めた。
「昨日のことだ。
 うちの職員で不審な動きをするのが居てね。
 そいつは重要な書類を閲覧しながら、
 まるで体のどこかに仕込んだカメラに、
 その中身を写すように体の向きを気にしていた。
 ‥少女のスカートの中を、盗撮しているかのような挙動不審ぶりだったね」
 その口振りは、さては貴様前科者か。
 とは、話を腰を折ることにしかならないので、
 誰もが口にしなかった。
「で、だ。本当はそこで拘束しても良かったんだが、
 こいつを捕まえても親玉をなんとかしないと、
 また別の人間が現れる可能性があるからね。
 うちの専属の能力者に尾行させた。
 ‥そしたら、厄介なことになっていた」
 ワイズはリモコンでモニターの一つを操作する。
 モニターにはその科学者の家に、
 銃を持った剣呑な男達が複数たむろする写真が映った。
 科学者は中心で怯えるように座っている。
「傭兵諸君にはこれを制圧して欲しい。
 第一目標、情報を知る人間の確保。
 第二目標、人質の救出。
 ‥‥ああ。彼は優秀だけど替えの効く人材だからね。
 学校の勉強がよく出来る程度だ。
 気が向いたら助けてあげてくれ。
 奥さんと娘さんは死なせるには勿体ない美人だから、
 そっちのほうは優先してもいい。
 未亡人になったら僕が面倒みるから、後の心配はいらないよ」
 ワイズは平然としていた。
 人間らしい弱点を持つ者は必要ではない、
 と彼は信じている。
 傭兵達は顔を見合わせる。
 何を優先するにせよ、まずは作戦を立てなければならない。

●参加者一覧

翠の肥満(ga2348
31歳・♂・JG
リュドレイク(ga8720
29歳・♂・GP
米本 剛(gb0843
29歳・♂・GD
桂木穣治(gb5595
37歳・♂・ER
御守 剣清(gb6210
27歳・♂・PN
月城 紗夜(gb6417
19歳・♀・HD
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
御闇(gc0840
30歳・♂・GP
ジリオン・L・C(gc1321
24歳・♂・CA
レインウォーカー(gc2524
24歳・♂・PN

●リプレイ本文

 季節はそろそろ冬に近い。
 木々は青々とした葉を落とし、
 風景にはモノトーンの気配が色濃い。
 気温も一日通して低くなりがちだ。
 しかし昼ともなれば、一日で一番強い日差しが空気を暖めてくれる。
 冷たい風を遮断できる自動車の中ならばその恩恵も強い。
 杠葉 凛生(gb6638)は運転席のリクライニングを倒し、
 仰向けになっていびきをかいて眠っていた。
 訂正、すべては演技である。
 今しがた車の横を通り過ぎた、テロリストの歩哨を欺くための。
 杠葉は歩哨達が完全に通りの向こうに消えると、
 新聞を読んで仕事を再開したかのような素振りで携帯を握った。
 前職の経験もあり、どう見てもサボタージュ中の営業マンにしか見えない。
「杠葉だ。今こちらを通過した」
「了解っ」「了解」
 口々に答えたのは翠の肥満(ga2348)、リュドレイク(ga8720)、
 ジリオン・L・C(gc1321)レインウォーカー(gc2524)の4名。
 彼らあるいは町人に扮し、あるいは木々に紛れ、
 マロリー氏宅への包囲を調査していた。
 歩哨が過ぎて帰還するまでの短い間が勝負になる。
「うわっ‥予想通りか」
 周囲の茂みや木々の中を探索していたレインウォーカーが、
 赤外線スコープを覗きながらうめいた。
 茂みの中にはトラップが複数しかけられ、警報装置もあちらこちらに見える。
 とてもじゃないが、踏み込めるようなものではなかった。
「‥ふはは! 勇者イヤーが人質を見つけたぞ!!」
「ちょ‥! わかったから静かにしろよ!」
 レインウォーカーは隣に居るジリオンの口を塞ぐ。
 ジリオンは高指向性集音マイクで建物内部の配置を探っていたのだが、
 どうやら首尾よく人質を見つけたらしい。
 しかしここで逐一説明させていては敵に見つかってしまう。
 そんな間抜けな事態を防ぐためにも、もがもがうるさいジリオンの口を押さえたまま、
 レインウォーカーは翠の肥満の待つトラックに戻った。
 一方、更にその茂みを見下ろす位置にリュドレイクは来ていた。
「スナイパーは居ないか‥」
 彼はマロリー宅を見下ろせる位置、狙撃に適したポジションを回っていたのだが、
 結局何も痕跡を見つけることはできなかった。
 だが無駄足ではない。
 その情報があることで一つの心配を完全に消去できる。
「翠さん、こっちはクリアです」
「はいはい。了解ですよ。じゃあひっそりこっそり車に戻ってください」
「わかりました。罠は潰しておきますか?」
「藪蛇になっても面白くありません。そのままにしておいてください」
「了解」
 リュドレイクは携帯電話をきる。
 その視界の下ではレインウォーカーがジリオンを引っ張っていくのが見えた。
 スナイパーの危険を警告したのはジリオンもそうなのだが、
 彼が一人でここに派遣されなかった理由は、見ての通りだった。
 色んな機材のことを知っていたり妙に勘が鋭かったりと、
 自称勇者は侮れない男だったが、感心したのは机上での話までだった。
「人数が足りないのと、異常を悟られないための配置ですね」
 運送会社の配送車を装ったトラックの中、
 翠の肥満は入ってくる情報をメモしながらそう評した。
「予定に変更は?」
 御守 剣清(gb6210)が身を乗り出し、翠の肥満のメモを見る。
「今のところはなさそうですね。あとは桂木さんと月城さんの情報次第ですね」
 同じく待機していた御闇(gc0840)がそう締めくくった。
「‥ところで」
 黙って聞いていた米本 剛(gb0843)が困った顔で身を乗り出してきた。
「誰ですか? ピザなんか運び込んだの?
 美味しそうな匂いですけど、ちょっときつくて‥」
 米本が指差す先には、ワイズが食べていたものと同じ店のピザが置いてあった。
 中からはチーズの濃厚な匂いが漂ってきている。
 好きな人にはたまらないだろうが、密閉された空間では慣れない人も居るだろう。
「‥そういえば、ジリオンが」
 御守が名前を出した瞬間に残り三人は納得する。
 そういえば、彼はミーティングの最中ずっとピザを眺めていた。
 おそらく彼が注文して持ち込んだのだろうが、このまま放置するわけにもいかない。
 4人は出発前の腹ごしらえをすることを、互いに見交わすだけで決定した。



 一方、桂木穣治(gb5595) と月城 紗夜(gb6417)の調査は初動の段階でつまずいていた。
 マロリー氏に接触して筆談をしたり、カメラを破壊したりという予定ではあったが、
 入室の許可を得る段階でワイズの制止をうけていた。
「ダメ。絶対ダメ」
 二人の話を聞いた途端、この反応であった。
 ピザをくちゃくちゃ食いながら、
 モニターの側を向いたまま振り向くこともなく、
 話の続きを聞こうともしない。
「どうしてなんだ!?」
「どれもこれも失敗の公算が高いからさ」
 食い下がる桂木を制して、ワイズはようやく口を開く。
 振り返ったワイズは心底面倒くさそうな顔をしていた。
「考えてもみなよ。研究一筋で普通に生きてきた人間が、
 君たちの演技に急にあわせられると思う? きっと3秒でボロを出すね」
「‥う」
 尤もな言い分だった。
 よりマロリーのことを知るワイズの言葉だ。
 おそらくそうなるだろう。
「‥なら、せめてカメラを無効化出来れば‥」
「そうしてこっちが何かアクション起こした事を向こうに教えるの?
 逃亡されるか罠を張られるか。どっちみちマロリーの家族は皆死ぬね。
 あーあ、美人がもったいない」
 わざとらしく大仰に、ワイズは溜息をつく。
 桂木は拳を握り締めながらも、何もいえなかった。 
「戻って制圧の準備でも進めなよ。時間が惜しいだろ?」
 車に装備は積んだ。それだけ言うとワイズはまたモニターに向きを変え、
 振り返ることは無かった。



 夕刻、研究所の就業時刻の終わり頃。
 テロ屋のこもるマロリー宅に一通の電話がかかった。
「アドルフさん、今日は残業らしいです」
 電話に出た男は苦笑する。
「残業か。仕方ないな。あの性格では断りづらいだろう。
 よし、おまえ達。夜の番を‥」
 クレメンス達が緊張を解いた一瞬を突き、
 四方の窓からグレネードが投げ込まれた。
「んなっ‥!?」
 クレメンスの驚愕の声に追い打つように、
 グレネードがスモーク、閃光、催涙ガスをばらまく。
 強化人間達は閃光と催涙ガスに耐性があったが、
 普通の人間であったものたちは為すすべなく地に這った。
 これはどの部屋も全く同様で、人質がとらわれている寝室も同様だった。
 人質とテロリストが鼻と口を押さえて苦しむなか、
 強化人間の男はすかさず銃を窓に向ける。
 強襲だというのに動作は1秒以内、よく訓練されている。
 だが、傭兵達は窓からは侵入しなかった。
 強化人間が窓を見るのと同時に、人質の近くの壁が吹き飛ぶ。
 舞い上がる粉塵の向こうには黒い斧、炎斧インフェルノ。
 持ち主である米本は部屋に飛び込み、
 人質の近くにいた強化人間にタックルをしかける。
 不意を突かれた強化人間だがこれは回避し、
 転がりながら米本に銃弾をばらまく。
「ぐっ」
 人質を守るために仁王立ちする米本は、銃弾を急所にもろに受ける。
 体の至る所から血しぶきをあげながらも、米本はその姿勢を解かなかった。
 反撃できない米本を銃撃がなおも襲うが、
 その強化人間めがけて超機械の電磁波が飛ぶ。
 桂木のダンタリオンの一撃だ。
「米本さん、人質を連れて下がって!」
 下がって攻撃をかわした強化人間を、
 壁の穴から進入した御闇が瞬天速で、
 窓から飛び込んだ御守が迅雷で追撃する。
「手加減、できませんよ」
 御守の刀は目にも留まらない速さで、強化人間の右腕へ。
 強化人間は浅くない傷にうめき、後ろへ下がった。
 その横、御闇は倒れたテロリストの足を踏みつけて砕く。
 うめくテロリスト。こちらもしばらくは動けないだろう。
「大丈夫。さあ、こっちへ」
 桂木は二人の身体に異常が無いことだけを確認し、
 すばやく外へ連れ出した。
 これで人質という枷は無くなる。
 あとは可能な限りの捕縛と殲滅を行うだけだ。
 


 リビングの戦闘は短時間ではあったが熾烈を極めた。
 この位置に突入したのはリュドレイク、月城、レインウォーカーの3名。
 突入と同時に三人はクレメンスとその副官達に殴りこんだ。
「此処で死ぬか、降伏し生きるか。選べ!」
 強化人間の副官に光の斬撃を見舞いながら、月城は降伏を勧告する。
 だが聞き入れるような輩は居ない。
「居たなぁ、戦いしか知らない戦争屋!」
 レインウォーカーはクレメンスの隠れているであろう机に向かい、
 赤く変化した黒刀「歪」を振り下ろす。
 クレメンスは難無くかわし、転がり出てリュドレイクの銃撃もかわす。
「誰お前?」
「はっ。僕は道化さ! お前を殺しに来た!」
 戦場の中にあって嬉々とするレインウォーカー。
「僕と同じ。戦いの中で生きて、戦いしか知らないお前をな!」
 それに対して、クレメンスの反応は呆れたような顔をするだけだった。
「なんだ、ただの勘違いしたガキか」
 大降りのダガーで黒刀「歪」を受け止めたクレメンスは、
 動きの止まったレインウォーカーに銃弾の雨を浴びせた。
 たまらずレインウォーカーは後ろに吹き飛ぶ。
「っ! この!」
 リュドレイクがレインウォーカーを庇い、銃撃で牽制する。
 クレメンスはあっさりと追撃をやめて、台所の陰に隠れた。
「居るんだよねー、たまに君みたいなの。
 良いかいボク、大人の仕事を邪魔しちゃーダメダメ。
 悪いことは言わないから、ママのとこに帰りなちゃい?」
 幼稚な言葉は挑発する意図しかなく、レインウォーカーを苛立たせる。
 だが実力は本物だ。3人では分が悪い。
 喋っている間にも銃撃が3人の逃げ場所を徐々に狭めていく。
 だが最初に折れたのはクレメンスの側だった。
 人質を救出したもう一つの班が合流したからだ。
「ちっ、埒があかん。もう敵は増えない。撤退だ!」
 クレメンスの号令一下、強化人間達が一斉に窓を割って外へ飛び出る。
 向かう先は茂みの中に隠してあった逃走用の車両の元だったが‥。
「あ‥?」
「あ‥」
 今まさにブレーキに細工している翠の肥満と鉢合わせてしまった。
 クレメンスと彼の副官は間抜けな顔で翠の肥満と見つめあう。
 この車を発見したのは歩哨を間近から観察できた杠葉だ。
 彼らは人質救出班やリビングへの突入班とは別に動き、
 退路を断つべく行動していたのだ。
 そんなわけで嬉々として車を破壊していた翠の肥満。
 固まったのも束の間、すぐにとびきりの作った笑みを浮かべる。
「ど‥どうもー。五菱自動車(の方)からきました。
 お客さん、この車ブレーキ壊れて‥」
「壊したのはてめえだろ!」
「わあっ!」
 クレメンスはすかさず拳銃で翠の肥満を撃つが、すぐ近くの茂みに逃げ込まれてしまう。
 逃げた敵は追わずに車をチェックするが、とても走れるような状態ではなかった。
 ブレーキだけではなく、バッテリーまで足元に転がっている。
 その車に追い撃つように茂みの中から銃弾が飛ぶ。
 すぐに車を間に挟んだ銃撃戦に発展した
「くそっ。こんなことで‥。おい、ガイツ。反対側から回り込んで‥‥」
「とーぅ! 勇者の必殺技‥!勇者よけ!改!」
「うおぉ!?」
 マロリー宅から追走してきたジリオンが、跳躍して副官の一人に組み付いていた。
 ちなみに「勇者よけ改」は瞬天速を使ったただのタックルである。
 特に意味は無い。
 副官はジリオンを引き剥がそうとするが、その腕を茂みに伏せていた杠葉の銃が射抜く。
 あっという間に一人が戦闘不能、捕縛された。
「ちっ。‥てめえらの顔、覚えたぞ」
 副官を失ったクレメンスはアサルトライフルを撃ちながら後退、
 茂みの奥から林の奥へ、山の奥へと逃げていった。
「‥逃げられちゃいましたね」
 翠の肥満はクレメンスを見送りながら、太ももを押さえる。
 彼は銃弾を全てかわせたわけではなく、足を撃たれて機動力を奪われていた。
 万全であってもこの戦力で勝てるか怪しい相手だ。
 逃げてくれて幸運。
 翠の肥満はちいさく安堵の溜息を吐いた。



 指揮命令系統の上から二人目である人物の捕縛。
 マロリー一家全員の生存。
 マロリー宅は中も外もぐちゃぐちゃになってしまったが、
 大きな被害はそれぐらいだったろう。
 これ以上無い戦果だった。
 だが、ワイズは良い顔はしなかった。
「危なっかしい人達だね、本当に。見ててヒヤヒヤしたよ。
 良くもまあ一家全員生きていたって感心するね」
 桂木と月城の提案していたマロリーへの接触もそうだが、
 突入時に窓を突き破る前に窓枠を外したり、
 トラップを安易に解除しようとしたり、
 どれをとっても状況次第では最悪の結果に繋がるものばかりだった。
 幸い、何名かの顕著な働きによって最悪の事態はことごとく直前で回避されたが、
 綱渡りには違いなかっただろう。
「報酬は規定通り払うけど、次はもっとボクが安心できるようにお願いするよ。
 ボクは君達に仕事を依頼したのであって、仕事を教えにきたわけじゃないんだ」
 ワイズはそういうと彼ら8名の口座へ報酬を入金するよう指示を出した。
「ああ、グリーンさんとユズリハさん。あんた達は良いね、また来てよ。
 もっと危なくて実入りの良い仕事紹介するよ?」
「そいつはありがたいですね。食い詰めたら考えさせてもらいますよ」
「俺は要らん。ULTを通せ。そうしたら考える」
「そうかい。残念だね」
 少しも残念そうでない口調でワイズは言う。
 それが唯一、この仕事の中で彼が見せた好意だった。
「さあさあ。表までマロリーさん一家が来てるみたいだ。
 ヒーローインタビューは任せるよ。飛び切りの良い顔してきてくれよ
 あれでもドロームが弱小企業のときからの古参社員だからね。
 一緒に来ているお偉いさんにも粗相がないようにね」
 最後まで嫌らしい台詞を吐くと、ワイズは8人をモニター室から追い出す。
 それ以降、ワイズはモニター室から出てこなかった。