タイトル:【BD】長蛇の列マスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/13 04:04

●オープニング本文


 陽が沈む頃、ミラベル・キングスレー中尉は目を覚ました。
 窓からは赤い日が射し込んでおり、
 ほんのすこし目に痛い。
 視線を動かして時計を確認する。
 休憩に入ってから5時間経っていた。
 小隊単位の警戒任務を追えて、
 接収された無人の民家で休んでいたのだが、
 余程疲れていたのか夢も見なかった。
 ミラベルがのろのろと体を起こすと、
 ウェーブのかかった金の長髪が揺れた。
 一房を指先でつまみなぞってみる。 
 能力者になった影響なのかは不明だが、戦場という劣悪な環境でも、
 髪の毛があまり痛んでいない。
 体型も気にしていない割りに維持されている。
 同時に、大きすぎる胸はもう少し小さくても良いのに、
 ともミラベルは思っていた。
 女性をやってるうちはありがたいが、こんな場所ではどうしても邪魔になる。
「お目覚めですか?」
 傍らに座る黒人の青年がこちらの覚醒に気づいた。
 彼はコフィ・ローリングス曹長。
 細身で哲学を嗜むような学者肌の雰囲気をまとっている。
 今はブランケットを羽織りながら、
 片膝を立てて座っていた。
 左手には先程まで興じていたと見えるパズルが握られている。
「‥ええ。‥ちゃんと寝た?」
「はい。3時間ほど」
「そう‥」
 今日も彼は眠りが短かったらしい。
 そういう体質らしく任務にも支障がないため、
 特にそれ以上聞かなかった。
 それよりも確認しなければならないことがある。
「マッカラムはどうした?」
 聞かれたコフィはごまかすように苦笑する。
 やはりいつも通りらしい。 
 たったったっとわかりやすい足音をたてて、
 噂の彼が帰還する。
「わ。お嬢さん、もうお目覚めで?」
 軍服の似合わない軽薄そうな男、テリー・マッカラム曹長が扉から顔を出す。
 彼はミラベルの視線に気付いて、慌てて襟元を正した。
 ミラベルは呆れたような目で見たあと、わかりやすいように嘆息、苦笑する。
「休めと言っただろう。女性相手に体力を使ってどうする」
「3時間寝たから大丈夫です」
「‥バカ」
 芝居っ気たっぷりに櫛で髪を上げる彼には何を言っても通じない。
 無駄に元気で体調を崩していない以上は、文句を言っても仕方が無いが、
 勤めとして言わねばならない。
 マッカラムはブランケットを拾って手近な壁に背を預ける。
 だが彼が息をつく間もなく、
 甲高い警報が街一体に鳴り響いた。
「前線本部より援軍要請。西北西よりキメラの大群が侵攻中。
 全部隊、即応体勢で待機せよ。――繰り返す――」
 本部のスピーカーが大音量で緊急事態を告げる。
 ミラベルはブランケットを丸めて、素早く立ち上がった。
「休みそこなったわね?」
「いえいえ。これぐらいで十分です」
 コフィもテリーも、柔和な表情を改める。
 激戦を生き残ってきた戦士の顔だ。
「いくわよっ」
「「了解」」
 3人の能力者は、自身の分身である機体の元に走った。 




 パイロットスーツの金具をシートに固定。
 出力を巡航レベルへ。
 待機状態からシステムのみを起動する。
 システムが自動で機体のチェックを進める間に、
 本部からの情報を受信。
 慣れた動作で機体を暖めていく。
 ディスタンのカメラをめぐらせ、部下達の機体の起動も確認する。
 万事滞りない。
「大隊HQよりエーテル小隊」
 本部からの通信回線が開く。
「こちらエーテル小隊。全機、異常ありません」
「了解です。では、現在の状況と作戦を説明します」
 言葉と共に送られてきたデータが、周辺の地図情報を更新する。
「10分前、前線のサイレントキラーがキメラの大群を発見しました。
 数は最低1000。大型の個体も50以上確認されています。
 群はボリビアに延びる補給線に対して侵攻しており、
 1時間以内に輸送部隊の先頭と接触します。
 護衛部隊は応戦の準備を進めていますが、
 十分な戦力を集めるには時間が不足しています」
 バグアを示す赤い点、補給部隊のルートを示す白い線。
 線や円の大小で現された戦力比は、ほどよく絶望的といえた。
「エーテル小隊を含む各KV部隊と戦闘ヘリ部隊には
 護衛部隊の迎撃に先んじて、このキメラの群を攻撃。
 護衛部隊の準備が整うまでの陽動、時間稼ぎを行ってください。
 細部に関しては各隊に任せ、データリンクは本部がサポートします。
 エーテル小隊は他隊に比べ戦力に乏しいため、傭兵の8機を合流させて戦力を調整します。
 ‥質問はありますか?」
「ありません。傭兵と合流後、作戦行動に移ります」
「了解しました」
 通信が切れる。
 隊内だけのリンクに切り替えた途端、マッカラムは舌打ちした。
「また一番危険な場所かよ‥。
 外人部隊だと思って舐めやがって、しまいにゃ‥」
「マッカラム、私語は慎め」
「だってよー」
 マッカラムの非難は貧乏籤への言いがかりだったが、
 そう思う根拠は根深い。
 私達は全員が難民の出身だった。
 私とテリーはオーストラリア、コフィはガーナだ
 戦争で故郷を失い、海を渡って南米にたどりついた。
 家族はブラジルに仮の住まいで暮らしている。
 南米の人々は、祖国を追われた私達を暖かく迎え入れてはくれた。
 だが、差し伸べられる手は常に余り物だ。
 明日を生きるための食べ物までは、なんともならなかった。
 食べ物を更に分けてもらうには働くしかなく、
 より確実でより安定しているのが軍だった、という青年は少なくない。
 この状況を利用されている。
 こう考える者が外人部隊に根強いのは、仕方ない話だった。
「補給の先延ばしも順調に遅れて6日目だぜ?
 補充のパイロットの話だって怪しいぜ」
 補充‥。
 要するに、死人がでたということだ。
 私達は数週間前に隊長機を失っていた。
 厳格で優しく、父や兄のように慕っていた一番機を‥。
 胸が締め付けられる、が意識を追いやった。
 彼だけではない。
 本来ならこの部隊は中隊規模、4機3小隊の12機編成だった。
 激戦区を渡りあるいているうちに、ここまで減ってしまったのだ。
 大学のキャンパスから外を知らなかった私は、
 今では銃器の扱いのほうが詳しい有様だ。
 今年の春で20を迎え、あと何年、この地で戦えば良いのだろう。
「悪態をつく前に、生き残る方法を考えましょう。
 善後策を考えるためにも、傭兵達と合流する」
「了解」
「了解っと。‥‥使える野郎なら良いですけどね。
 もしくは女。女なら使えなくても良いや。
 使えるならなお良いね」
 マッカラムの軽口は、いつもの明るさを取り戻した。
 彼の言動に呆れたり、彼の行動を叱責していれば、
 少なくとも気は紛れた。
 彼なりの気の遣い方なのだろう。
 コフィにしても最近は何かと側に居てくれて、
 話し相手になってくれる回数が増えた。
 少なくとも私は、彼らを戦場から生きて返さないといけない。
 決意を胸にしまいなおし、機体を合流地点へと向けた。 

●参加者一覧

クラリッサ・メディスン(ga0853
27歳・♀・ER
夕凪 春花(ga3152
14歳・♀・ER
セージ(ga3997
25歳・♂・AA
月神陽子(ga5549
18歳・♀・GD
キリル・シューキン(gb2765
20歳・♂・JG
鳳覚羅(gb3095
20歳・♂・AA
佐渡川 歩(gb4026
17歳・♂・ER
殺(gc0726
26歳・♂・FC

●リプレイ本文

 コロンビア領内の競合地域は山岳部も多く、
 KVでの離着陸に適さない。
 何箇所かに点在する平坦な場所を拠点代わりに使うのが精一杯だ。
 それら山と谷と森林に囲まれた拠点の一つで、エーテル小隊と傭兵達は合流する。
 3機のディスタンは滑走路と名づけられたただの砂地の傍らで、
 手持ちの誘導灯を振りながら迎えた。
「‥‥有能なほうが良いとは言ったが、こりゃすげえな」
 テリーが傭兵達の機体の1機を見て呟く。
 真紅の塗装が施されたバイパー、月神陽子(ga5549)の夜叉姫だ。
 重装甲と重武装で知られ、ゾディアック・牡牛座を落とした機体の1機としても知られている。
 また、パイロット自身も生身でゾディアック・蟹座の最期に居合わせた猛者だ。
 有能かどうか、という一点ではこれ以上を望むのは難しいだろう。
 他の機体も決して弱くは無い。
 クラリッサ・メディスン(ga0853)とセージ(ga3997) のシュテルン・G、
 夕凪 春花(ga3152)のペインブラッド、
 鳳覚羅(gb3095)の破暁、キリル・シューキン(gb2765)のグローム、
 佐渡川 歩(gb4026)のヘルヘブン750、殺(gc0726) のディアブロ。
 新型機、高級機、攻撃特化機と、編成としては申し分ない。
 着陸した傭兵の機体は後続に道を明けて、滑走路の脇へ。
 人型形態になって場所を空ける。
「‥なんだありゃ?」
 呟いたのはまたしてもテリーだった。
 他の二人は反応に困っている。
 視線の先には夕凪のペインブラッドがある。
 純正品のものと違い大型化されたシュラウドの装甲にはどうみても‥。
「‥どこのアイドルだ?」
 小悪魔、と言った感じの衣装をまとった女性が描かれている。
「日本人みたいですね‥」
 コフィが冷静に分析を試みる。
 だがしかし、それがパイロット本人だとは思いもしない。
 誰にとっても想定外だった。
 その後、佐渡川の服装(コスチューム「アリス」)でまた悶着(?)が発生するが、
 その頃にはエーテル小隊も慣れて来てしまっており、
 「そうか」ぐらいの反応しか示さなかった。
 慣れとはこわいものである。



 本隊の集結予定地から4kmの地点に傭兵達は陣取った。
 ここは山と山の合間に道路が敷設されており、
 誰にとっても動きやすく、誰にとっても集まりやすい。
 キメラが本隊へ向うためにはこのルートを通るか、
 もしくは迂回路、あるいは山道を通る必要がある。
 迂回路は遠く山道は険しい。
 傭兵達は周辺の地図から、ここを守り通せば時間稼ぎという目標は達成できると判断した。
「こちら、キリル。バグアどもはくたばったか?」
 先行してグロームによる爆撃を敢行したキリルから通信が届く。
 偵察のサイレントキラーを経由しているがすこし雑音が多い。
「フレア弾の弾着を確認。‥小型が少し丸焼きになっただけだ。
 進路は変わっていない。これ以上の接近は危険だ。帰投する」
 ザッ、と特有の砂嵐のような音がして通信が途絶える。
 同時に、彼らの居る山の向うで花火が飛び交うような音が聞こえた。
 サイレントキラーが帰り際に手持ちのロケット弾をばら撒いているのだろう。
「1000以上って、多過ぎですよね‥‥」
 夕凪が小さく弱音を吐いた。
 1000で収まれば良いほうだろう。
 サイレントキラーのデータリンクには、それ以上の数が示されつつある。
 調査不足を補ったのか、それとも集結しているのか。
 状況は悪くなる一方だった。
「この当たりでは普通の数です。‥ただ、ここまで集結するのは時節柄でしょう」
 コフィが情報を補足する。
 もしかしたらこのキメラ部隊を指揮するバグアが居るのかもしれないが、
 この山の中に隠れられたら探しようはないだろう。
「揃って貧乏籤だな」
「そうでもない」
「あぁ?」
 殺の返事にテリーが気の抜けた返事をする。
「自分がこれだけの数にどれだけの事が出来るか、試す良い機会だ」
「物好きだな、おい」
「‥それは褒めているのか?」
「なわけあるか」
 憮然とするテリーに動じない殺。
 二人がかみ合わない会話をする横で、
 佐渡川とコフィは余った弾薬を一纏めにして並べていた。
「すみません、ちょっと勘違いをしていて‥」
「いえいえ。お気遣いに感謝します。
 それに、決して無駄にはなりません」
 補給が無い、と聞いて佐渡川は弾薬の欠乏を思い浮かべ、
 ヘルヘブン750にありったけの弾薬を積載して現れた。
 だが実際には弾薬や普段の整備レベルには問題は無い。
 彼らに必要な補給は既存の運用でなく、新しい機材や新しい人材である。
 今回に限って言えば、佐渡川の持ち物は不要にはならなかった。
 敵の数が数である以上、あとで積み直す必要も出てくるだろう。
 本来なら陸軍の補給が全てだったが、これで補給ポイントをひとつ多く設置できる。
「きっと、全部無くなりますよ。だから無駄じゃないです」
「そうですけど、それはそれで嬉しくないですね」
 優しい笑みを浮かべるコフィに対して、
 佐渡川は微妙に引きつった苦笑を浮かべていた。
 


 群の移動が振動になって近づいてくる。
 佐渡川の誘導が首尾よく運んだらしく、
 数分すればここに到達するらしい。
「中尉、後ろはお願いしますわ」
「了解。抜けたやつを優先するわ。楽なものね」
 ディスタンが腰の蛮刀に触れる。
 本来の彼女は突撃して敵を攪乱するのが任務だ。
 相方となるポジションの仕事も十分こなせる。
「KVは友軍の皆にとっては希望の星なんですから。
 戦場にはいつだって希望が必要ですわ」
「‥そうね」
 ほんの僅かにミラベルは言い淀む。
 その言葉は今の彼女には辛い。
「中尉、どうかしましたか?」
 月神が僅かな間に気づいた。
「なんでもない」
 彼女の出自はともかく、今は士官であり、
 立場上彼ら傭兵の臨時の指揮官に相当する。
 弱気を見せるわけにはいかない。
「来ました!」
 サイレントキラーからのデータリンクで、
 敵の大まかな座標が表示される。
 数は表示されていない。
 計測できない事もあるが、迎撃する側にはあまり重要な情報ではない。
 数える暇があれば一発でも多く銃弾をばらまく必要がある。
「ここを通れると思うなよ!」
 セージが吼える。
 戦闘は前列のグレネードの一斉射撃で開幕した。
 陽動をかねて牽制を続けるセージと殺の後方から鉄の雨が降る。。
 数門のスラスターライフル、ツングースカ、GPSh−30mm重機関砲、
 分間1000発を越える集中攻撃にキメラの前衛はずたずたに引き裂かれた。
「一気に蹴散らしますっ!」
 夕凪機の前面の友軍機が退避。
 夕凪機は前面のシュラウドを展開、隠していた砲門を開く。
 意図的に作られた間隙に集まってきたキメラを、
 高熱の光波、フォトニック・クラスターが一気に薙ぎ払った。
 グレネードもフォトニック・クラスターもこれっきりだが、
 大いに相手の数を減ずることには成功した。
 しかし当初の想定どおり、それでも片はつかない。
 集団の大きさが違いすぎる。
 大型キメラはセージや殺を始めとした前衛達が優先的に迎撃しているが、
 小型キメラの侵攻は抑え切れなかった
 ファランクス・アテナイ等の自動迎撃装置の手も借りるが、それでも間に合わない。
「‥!」
 後方、木々の陰にキメラの紅い視線。
 鳳は機を正面に向けたまま、
 銃を持った腕だけを向け、そのまま茂みを一斉射。
「‥参ったね。キリがない」
 キメラの群は混乱から立ち直ると、
 密集していた小型が分散し始めた。
 各々に森の陰に潜み、KVの隙をねらう。
 鳳は周囲の地形を盾に挟撃されないようにと気を配っていたが、
 相手の数が多くてなかなか全てを捉えきれない。
 最初に見晴らしのよさも考慮に入れておいたおかげで、
 迎撃には不自由しないがそれにも限度があった。
 敵が一向に減らない、敵がどこから現れるかわからない。
 そんな状況は、傭兵達を徐々に追い詰めていった。
 


 最初に脱落したのはセージだった。
 セージ機は跳躍を繰り返し、
 キメラを牽制・翻弄しながら一撃離脱を繰り返す。
 大型を狙っては陽動をかけるが、その途上のことであった。
「‥くそっ。ダメだ!」
 回避して持ちこたえる、という考えが甘かった。
 敵の砲は大きいものは2、30程度だが、
 小さいものを含めれば100を越える。
 無数の光線・熱線・砲弾などが飛来し、
 そのうちの一発がシュテルンの膝に着弾、破壊する。
「しまった‥!」
 バランスを崩して着地するまでに、さらに数発着弾。
 セージのシュテルンは背中から大地に激突した。
「ぐぅっ!」
 衝撃で息が漏れる。
 だが怯んでいる時間はない。
 動けなくなったシュテルンに向けて、キメラが砲となる部位を向けていた。
 隣に立つ殺やキリルが大型を抑えているが、間に合わない。
「M3を援護、30秒この場を維持!」
「了解!」
 キメラがシュテルンに止めを刺すより早く、
 飛び出したエーテル小隊が横列に並びセージ機をフォロー。
 手持ちの火器を連射してキメラを牽制する。
 キメラの火力はKV並でも頑健さは機械に及ばない。
 不用意に前に出ていたものから、銃弾の雨の餌食になった。
 その隙にクラリッサ機が動かないセージ機に接触。
 コクピットハッチを強引に剥がす。
「生きてますかっ!?」
「な‥なんとかね」
 フレームが歪んで、コックピットの中で何かが弾けたようだが、
 セージはなんとか生きていた。
 だが機体はこのまま破棄せざるを得ないだろうし、
 パイロットにも治療が必要だろう。
 クラリッサがセージをコクピットへ引き上げると、
 エーテル小隊はその場を放棄して一斉に散る。
 傭兵達が去った後、勢い余ったキメラが殺到し、
 セージ機を踏み潰していった。



 セージの抜けた穴は、小さくない。
 どこからともなく増え続けるキメラに抗しきれず、
 徐々に戦線を後退せざるをえなかった。
 大小合わせて300匹は撃破したはずだが、
 数が減ったような気がしない。
「スラスターライフル、残弾500‥!」
「こっちも700切った」
 佐渡川の持ち込んだ弾薬はもちろん、
 陸軍が運んでくれた弾薬も合わせてまだ足りない。
 近接武装で切り込む事態だけは避けたいが、
 下手をすればその必要もでてくるだろう。
 全員が覚悟を決め始めた頃、
 ようやく本部からの通信が届いた。 
「大隊HQからエーテル小隊及び傭兵2個小隊。
 準備が整いました。撤退を許可します」
 指定された刻限にはまだ早い。
 陸軍連隊が展開をかなり急いでいたのだろう。
「エーテル1、了解。傭兵の皆は聞こえた?」
 ミラベルは返事を確認。
 誰も取り残されないように目を配る。
「全機撤収!」
 最後の弾倉を撃ちきった瞬間を契機に、
 全機ブーストで距離を取りその場から離脱する。
 移動速度だけならKVは圧倒的に有利だ。
 背後からまだ砲撃が飛んできているが、
 この距離なら減衰して当たらない。
 殿を残す必要も無いためそれ以上の損害は出さず、
 彼らの任務はひとまず終了した。



 傭兵達とエーテル小隊は山を越え、
 用意されていた簡易陣地で武器弾薬・推進剤の補給を受けていた。
 パイロット達は天幕の中に招かれ、
 戦況を知らせるHQからの通信に耳を傾けていた。
 山の向うから聞こえてくる砲撃の音は止まず、
 未だに激戦続きであることを教えてくれる。
 機体を酷使した為、機体の一部部品を交換しており、
 どんなに焦れても出撃許可は下りない。
 例え機体が使用可能でも、陸軍連隊の先鋒が突破された場合に備えなければならない。
 長く不安な時間はやがて過ぎ、ある瞬間に砲撃の音がぱたりと止んだ。
「HQから作戦中の全ユニットへ。作戦終了です。
 警戒レベル1を段階引き下げます。各部隊は―――」
 通信は無機質に勝利を告げる。
 作戦終了。キメラは全滅した。
 その言葉に、皆の肩から力が抜ける。
「お疲れさまでした、皆さん」
 ミラベルは微笑むと仕事の終了を告げた。
 傭兵達は機体を軍に預け、ラストホープに帰還するだけとなる。
「貴女達はこれからどうするのですか?」
 クラリッサがほっとした表情で聞く。
 ミラベルは苦笑して姿勢をすこし崩した。
「残敵掃討の任務につくわ。しばらくはこのままよ」
 それが彼女達の本来の任務でもあった。
 彼らにはまた明日から変わらない毎日が始まるのだ。
 バラバラと傭兵達が立ち上がり、荷物をまとめに天幕を出て行く。
 その中で、月神だけがその場に残った。
「どうかした?」
「‥中尉は笑わないんですね。
 なんだか、泣いてるように見えます」
 月神の台詞にミラベルは目を見開いた。
 困ったように笑顔を向けるが、ちゃんと笑えている自信はなかった。
「‥‥ダメね、私。初対面の子にそこまで見抜かれちゃうなんて‥」
 月神の心配するような視線に耐え切れず、士官の務めを放棄する。
 ミラベルは溜息をつくと表情を変えた。
「平気な顔で居るのは簡単。けど、笑顔は難しいわ。
 ‥‥ちょっと前に、好きだった人が死んだばかりだから‥」
 月神は少し言葉をにごらせる。
 続きの言葉が思いつかない。
 戦争が例え終わっても、彼女の失ったものは大きい。
 安易な慰めの言葉では誰も救えない。
「ありがとう。なんだか新鮮な気持ちになれたわ。
 機会があったらまたあいましょう」
 ミラベルは微笑むと握手を求めた。
 ほんの少し迷った後、月神はその手を堅く握り返した。