タイトル:幕間:模擬演習マスター:錦西

シナリオ形態: イベント
難易度: 難しい
参加人数: 57 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/09/30 22:28

●オープニング本文


 8月中旬。
 トニ・バルベラ曹長はラストホープ本島を訪れる。
 訪れた理由は公私合わせて複数あった。
 士官としての教練を受ける手続き、
 SES搭載装備の修理・新調、
 溜まった休暇の消化等々。
 一番の理由は、一之瀬大尉に招かれたからだった。
 その予定でのんびりラストホープへ上陸した曹長だったが、
 一之瀬と合流した途端、無理矢理シュミレーターに乗せられ、
 準備運動もできないまま模擬訓練に駆り出された。
 言われるままに顔も知らない誰かと戦闘し、
 ようやく一息ついたのは30分後だった。
「‥で、大尉。僕の相手だった彼らは誰なんですか?」
 訓練が終了してようやく、その質問を投げかけた。
 対戦相手のテクスチャに視線を向ける。
 トニは相手のパイロットの顔は知らなかった。
 竜牙、イビルアイズ、スピリットゴースト、Sー01HSC。
 どれも優秀な機体ばかりだが、パイロットの腕は並だ。
 シラヌイSを駆るトニと一騎打ちをして、
 あっけなく破れさった。
 準備運動もままならないとは言っても、
 常時臨戦態勢の密林戦線をくぐり抜けた猛者には関係ない。
「私の新しい部下だ。
 皆、尉官以上で正規の訓練を受けた者ばかりだよ」
「‥‥‥へえ、すごいですね」
 ぼんやりと答える。
 全員が一応上官だったらしい。
 こちらの台詞が聞こえていたのか、
 ヘッドホンからかすかに舌打ちが聞こえる。
 向こうはこちらの顔を覚えているはずだ。
 先任とはいえ自分より年少の者に、
 こうもあっさり叩きのめされては面白くもないだろう。
「大尉。僕にも人間関係の苦悩とかあるんです。
 こういう時は早めに相手が誰か教えてくださいよ」
「教えたら手加減したか?」
「ノー、マム。手加減は失礼なので全力で戦います」
 それを聞いた一之瀬は愉快そうに笑う。
 言うようになった、と後ろの新兵に毛が生えたぐらいの人たちを置いてけぼりだ。
「‥それで、手加減はしたのか?」
「手加減はしていません。
 ですが、高円寺少尉のセッティングでした。
 万全とは言えません」
 トニは小さくため息をついた。
 トニのシラヌイSは高円寺少尉が使用していた頃から、
 装備と調整をほとんど変えていない。
 これはトニが高円寺の白兵戦能力を、
 少しでも学びたいという意図から来ている措置だが、
 2ヶ月経った今も高円寺の仕様に振り回されているのが実状だ。
 それも無理のない話だった。
 高円寺の設定は同業の者から見ても複雑怪奇なで、
 機能を有機的に連携させること自体が難しい。
 いったい幾つの武術を修めればいいのか、
 そもそも何の武術を修めればいいのかもわからない。
 結果として高円寺の天性の素質を証明することになったが、
 その事実は何の役にも立ちはしない。
 とにもかくにも、高円寺の設定の要所を掴む訓練は、
 トニがラストホープを訪れた理由の一つになった。
「しばらくはここに居るのだろう?
 付き合うついでに私の仕事も手伝ってくれ」
「勿論です」
 こうして彼の再訓練が始まった。
 大規模作戦が始まる1週間前のことであった。



 8月下旬。
 大規模作戦発令と共に、ラストホープは慌ただしく動き出す。
 島本体が南米ボリビアでの作戦に適した位置へ移動し始め、気候も徐々に移り変わっていく。
 傭兵達はまだ出番を待って自身の装備と向き合っているが、
 兵站側はそれと比になら無い忙しさだ。
 本来ならトニも南米軍に召集され、作戦に備えるべきなのだが、
 待てど暮らせど南米軍から連絡は無かった。
 正式な通達があったのは発令から3日経った昼のこと。
 相変わらずシュミレーターで、
 シラヌイSの操縦に四苦八苦している最中であった。
「トニ、大佐から連絡があったぞ。連絡あるまで待機、だそうだ」
「大佐から‥?」
 一之瀬からスポーツドリンクと一緒に、
 データの入ったカードを受け取る。
 連絡をした主は直属の上司であるフェリックス大尉ではない。
 しかも内容は待機、というだけ。
 曲がりなりにもシラヌイSという高価な機体を使っている身で、
 待機というのはどういうことなのだろう。
「指揮系統は一時的にフェリックス大尉からコルテス大佐へ移す、
 という連絡も一緒に送られてきた。あとで確認しろ」
「‥‥了解です」
 上で話が付いているなら納得するほかない。
 この時期にわざわざ待機にしているのも、
 それ相応の理由があるのだろう。
 いずれ、知る必要のあるときに知ることが出来るなら、
 今は黙って従うのみだ。
「晴れて暇になったな。
 それはそうと、明日から傭兵と軍の希望者向けに、
 KVの戦闘シュミレーターを開放する。
 私の部下にも参加させるが、来るか?」
 暇になった以上、ありがたい申し出だ。
 どこに赴くにせよ、この機体と共に行くのは間違いない。
 戦端が開かれるまで残り1週間。
 刻限は残り僅かだ。

●参加者一覧

/ 鳴神 伊織(ga0421) / 須佐 武流(ga1461) / 鷹代 由稀(ga1601) / 如月・由梨(ga1805) / 新居・やすかず(ga1891) / 伊藤 毅(ga2610) / 漸 王零(ga2930) / アッシュ・リーゲン(ga3804) / 藤村 瑠亥(ga3862) / 金城 エンタ(ga4154) / 宗太郎=シルエイト(ga4261) / UNKNOWN(ga4276) / クラーク・エアハルト(ga4961) / 砕牙 九郎(ga7366) / 百地・悠季(ga8270) / 植松・カルマ(ga8288) / 高日 菘(ga8906) / 最上 憐 (gb0002) / 遠倉 雨音(gb0338) / 仮染 勇輝(gb1239) / 鹿嶋 悠(gb1333) / 霧島 和哉(gb1893) / ジェームス・ハーグマン(gb2077) / 赤崎羽矢子(gb2140) / ドッグ・ラブラード(gb2486) / 鳳覚羅(gb3095) / 堺・清四郎(gb3564) / アレックス(gb3735) / 澄野・絣(gb3855) / 橘川 海(gb4179) / 冴城 アスカ(gb4188) / ルノア・アラバスター(gb5133) / ナンナ・オンスロート(gb5838) / 安藤ツバメ(gb6657) / 山下・美千子(gb7775) / 神楽 菖蒲(gb8448) / ゼンラー(gb8572) / 館山 西土朗(gb8573) / 奏歌 アルブレヒト(gb9003) / 夢守 ルキア(gb9436) / 亜守羅(gb9719) / 八尾師 命(gb9785) / 沖田 護(gc0208) / ソウマ(gc0505) / ジャック・ジェリア(gc0672) / 神棟星嵐(gc1022) / ホキュウ・カーン(gc1547) / ラナ・ヴェクサー(gc1748) / ネオ・グランデ(gc2626) / ハーモニー(gc3384) / 和泉 恭也(gc3978) / イレイズ・バークライド(gc4038) / ヘイル(gc4085) / リック・オルコット(gc4548) / 弓削 一徳(gc4617) / 麻姫・B・九道(gc4661) / 辺裡(gc4720

●リプレイ本文

 シュミレーターでの戦闘は全てモニターされ、
 筐体を備えた部屋で観戦することができた。
 モニターの前は長椅子が置かれ待合室と化していた。
 今のシュミレーターでは軍人達が模擬戦を行っている。
 傭兵達は手続きや簡単な作戦会議をしながら、モニターを見守っていた。
「これはまた、人数が集まったものだな」
 シュミレーターの配された部屋の扉を開けて、一之瀬・遥(gz0338)大尉が顔を出す。
 その後ろにはトニ・バルベラ(gz0283)曹長も付き従っていた。
「大尉っ」
 一之瀬の顔を見て、遠倉 雨音(gb0338)が駆け寄る。
「遠倉か。2ヶ月ぶりぐらいだな」
 一之瀬は笑顔で彼女を抱きしめ返した。
「この前はまともに打ち合うこともできませんでしたが‥‥
 今回も、胸を借りるつもりで行きます――」
 遠倉の言葉に、一之瀬は頬を緩める。
 前回は確かに散々な結果ではあったが、彼女の前向きな姿勢は好ましい。
「楽しみにしているぞ。‥‥‥と、そうだ。忘れるところだった」
 一之瀬は持ってきた紙束から一枚抜き出し、近くのホワイトボードに貼り付けた。
「シュミレーターの使用の順番が決まった。
 各自、眼を通せ。コピーしてあるから欲しければもっていけ」
 了解、わかった、と各自口々に答えると予定の確認を始める。
 部屋にはまた喧騒が戻った。
 多くの者は自分のチームとの相談に時間を費やしたが、
 対戦相手に挨拶、という者も多かった。
「トニくんに一之瀬さん久しぶり♪ 元気にしてた?」
 冴城 アスカ(gb4188)が鷹代 由稀(ga1601)を、
 伴って二人の前に現れる。
 気が早いのか、二人とも既にパイロットスーツに着替えていた。
「貴様も来ていたか」
「ええ。2対2で申請しておいたから覚悟してね」
 冴城は答えて親指を立てた。
 男らしい仕草だが、彼女がすると妙に映える。
「しかしトニくん、人気よね?」
「はい‥?」
「対戦表、見てない?」
 鷹代に言われて対戦表を確認し、愕然とする。
 希望の対戦予定が7回もあった。
 聞けば3日前にトニが士官の何名かを、
 一方的に撃破していた映像が流れていたらしく、
 それで対決の希望者が多いらしい。
 トニは「希望があれば全部受けても良いですよ」と、
 安請け合いしたことを後悔した。
 人の波は徐々に周囲に散っていく。
 それぞれに挨拶をかわしていくが、やはり対戦を有意義にすることが今は大事だ。
「大尉、この設定なのですが‥」
 しばらくすると不安そうな顔をした技術士官が
 クリップボードを持ってやってきた。
 中身を覗き込んで見て理由はすぐにわかった。
 確かにこれは変則的だ。
 キメラのデータに傭兵のデータを当てはめるのだから、
 使う側も独特の操作を求められるだろう。
「問題ない。それで進めてくれ」
 UNKNOWN(ga4276)が間に割って入る。
 変則的な要求をした首謀者だ。
 キメラのデータに彼らの歩兵としての戦闘力を入力し、
 擬似的にKVと戦いたいというのが彼らの希望だった。
「処理能力が足りなければ私のKVを、使っても良い。
 都市も人も緻密に作ったから、ね。
 鳴神のさらしも完璧に、だ」
「別にそこまでする必要はないのですが‥」
 隣に来ていた和装の美女、鳴神 伊織(ga0421)が冷静に突っ込みを入れる。
 緻密なことは良いことのはずだが、確かにそこまでしなくてもいい。
 むしろ女性からすればそこは再現されないほうが良い。
 見れば二人の後ろに、対戦の希望者が集まっている。
 UNKNOWNの変な凝り性は全員の知るところなのか、
 揃って肩を竦めたり、視線を逸らしたりしている。
「何でも良い。希望通りにやらせてみろ。
 ダメでも面白いデータがとれるはずだ」
 一之瀬はクリップボードを士官に押し付けると、朗らかに笑った。




 最初の対戦はもっともシュミレーターの数をを必要とする組み合わせから開始された。
 参加者はUPC特殊作戦軍から12名、
 傭兵から11名の計23名。
 傭兵側は前衛にヘイル(gc4085)、ネオ・グランデ(gc2626)、沖田 護(gc0208)、
 和泉 恭也(gc3978)、金城 エンタ(ga4154)、リック・オルコット(gc4548)。
 後衛にソウマ(gc0505)、八尾師 命(gb9785)、弓削 一徳(gc4617)、
 ハーモニー(gc3384)、夢守 ルキア(gb9436)が参加している
 これに対してUPC軍側はディアブロ4機、バイパー4機、ディスタン4機。
 人数差は傭兵側の機体の能力を上乗せすることで解決した。
 傭兵側はディアブロやディスタンなどの初期に配備される機体から、
 ゼカリア、グローム、シラヌイなども含んでいる。
 骸龍とウーフーも参加しているためバランスは非常に良い。
 だが、それとは別の視点で良くない予想が立ち始めていた。
「これは‥まずかったかもしれないな」
 一之瀬が苦々しくつぶやく。
 視線の先には戦闘前にブリーフィングをする2チームがいる。
 あと30分後には機材の調整を終え、この2チームが激突するのだが、
 一之瀬には既にこの段階で未来が見えていた。
 結果は果たして、一之瀬の予想通りになった。
 開始20秒目、ディアブロとバイパーが
 ブーストで低空より戦線を強引に突破。
 残ったディスタンが防御力に任せて傭兵側の前衛を押さえる間に、
 突破した機体が近接戦闘能力に劣る後衛を奇襲。
 八尾師のウーフー、弓削 一徳のディアブロ、ハーモニーのゼカリアを撃破。
 数が減ったチームはドミノ倒し。
 傭兵側もかなり抵抗して激戦となったが、数の差を覆すことは結局できず、
 一方的な展開のまま戦闘は終了した。
 勝敗を分けたのは、作戦の意図の有無だった。
 個人の技量やKVの性能で劣っていたわけじゃない。
 むしろ傭兵達は人数以外の全ての点で勝っていた。
 明確な指揮系統の不在が致命的だった。
 チーム戦においては個人が最善を尽くすだけでは足りない。
 チームである事、それぞれの最善が噛みあっていることが
 何より必要不可欠なのだ。
「個人プレイの結果がチームプレイになるには、
 明確な指標がなければならない。
 勝つという意識は、明確なようで曖昧だ‥」
 一之瀬は、傭兵側の残る機体が賢明に抵抗する様を流し見る。
「最後に残ったのは金城かな‥?
 だが、今の彼の動きではひっくり返ることはないな」
 堅実な手を使う金城は非常に手強い存在であったが、
 それ以上でもそれ以下でもなかった。
 彼女はため息をついて、次の参加者を待った。



 大規模のチーム戦を終えたあとは、
 ほかの筐体を調整する合間に、個人戦が始まった。
 最初にぶつかったのは仮染 勇輝(gb1239)のフェニックス:クロノスと、
 トニのシラヌイS。
 再現された密林の中、2機が睨みあう。
(「‥勝てるか? いや、勝つ‥!」)
 脳裏にチラつく黒い影を、仮染は振り払った。
 機動力の高い機体に乗る自分に、何が足りないのか。何が必要なのか。
 この戦いで見極めなければならない。
 自信が無いなどと、弱音は吐いていられないのだ。
 彼我の距離は100m。
 開始の合図が告げられ、両機は全速力で相手に接近した。
 互いに射撃で牽制を行うが、牽制以上の意味はない。
 機体が許すかぎりの速度で直進した2機は、
 ライトディフェンダーと機刀でぶつかりあった。
 一合二合‥と剣撃は続く。
 互いに一刀と言う状況が戦闘を膠着させる。
 撃剣の使い方ではトニに大きく分があった。
 変幻自在、といかないまでも一撃一撃が鋭く重い。
 クロノスは序盤から防戦一方であった。
 薄紫に輝く刃が閃くたびに、徐々にクロノスは押されていく。
「うっ‥。強い‥!」
 押されつつある仮染だが、彼には奥の手があった。
 一撃目では押されて使えなかったが、ようやく目が慣れてきた。
 その一撃が決まれば逆転も可能だ。
「ガーデン所属な以上、俺は負けてられないんだ。
 いつか帰ってくるあの人の為にもな!」
 花園の主のために。日常を象徴する彼女のために。
「いくぞっ!」
 仮染はトニ機の機刀を受け止めた瞬間、
 剣を握っているように見せかけていた左手を、
 ブーストの勢いを乗せて前に突き出すように。
 左手に隠し持ったメアリオンを起動。
 逆手に持ったレーザーの刃が、トニ機に迫る。
 しかしトニは予測していたかのように、機体を横にそらして刃を回避。
 機刀を弾いて体制を立て直し、すくい上げるように、
 突き出された左腕を斬り落とす。
 上段に構えなおした刀は、そのままクロノスの頭部へ振りおろされる。
 クロノスはライトディフェンダーで受けるが、
 片手の力では受けきることはできなかった。
「‥もっとうまくやってください。
 ばればれでしたよ」
 トニはため息をつくように言った。
 ばれてしまったのも無理のない話だ。
 一之瀬隊が健在の頃、彼はそれこそ毎日のように武術の指南を受けていた。
 師はどちらも不意打ちとはいえ、グローリーグリムを負傷させるほどの武芸達者。
 彼らを見て学んだトニからすれば、
 仮染のフェニックスは構えから握りから、不自然な事だらけの存在だった。
 彼を相手にするならば、せめて握りぐらいは何かで隠蔽するべきだっただろう。
 長く感じた攻防は、開始から決着まで40秒ほどしか経っていなかった。
 


 トニが休憩を挟む横で鳳覚羅(gb3095)の破暁:黒焔凰(コクエンオウ)と
 一之瀬の破暁による同機種対決が始まっていた。
「遠距離じゃ分が悪いか‥」
 ビルを遮蔽にして機体を隠しながら、鳳は状況を分析する。
 一之瀬の機体は試作型スラスターライフルの他にラスターマシンガンを備え、
 隙のない攻撃を加えてきている。
 ある事情により武装に制限のある鳳の機体ではかなり分が悪い。
 試作型スラスターライフルなら黒焔凰も装備しているが、遠距離武器はそれのみだ。
「やはり、接近戦しかないか」
 鳳は大回りに市街地を迂回すると、若干の被弾しながらも近接戦闘に持ち込んだ。
「いくよっ!」
 機斧「パラシュラーマ」を正面から振り下ろす。
 一之瀬は機杖「ウアス」で受け流し、間合いをはかる。
 鳳、わずかに優勢。
 機杖を振るい手数で攻める一之瀬を、
 重いが一撃の威力に優れるパラシューマで徐々に追い詰める。
 だが一手たりない。
 機敏な行動を阻害するほどに重いパラシュラーマでは、すぐに逃げられてしまう。
 この距離はそう長くは維持できない。
 逃げらたら最後、射撃武器の一方的な応酬で決着がついてしまうだろう。 
 鳳はそこまで分析。
 必殺の一手の間合いを計り、仕掛けた。
「対エース用に組み上げたこの攻撃‥受け切れるかな?」
 黒焔凰は脚甲「迅雷」で蹴り上げ‥と見せかけて内蔵の機杭で破暁の脚を狙う。
「‥!」
 破暁は小さくステップして直撃を回避。
 機杭は外れる。
 脚を縫いつけるには、目標が小さく相手のステップが早い。
 やむなく剣翼装甲「黒翼」を展開。
 6枚の羽が一斉に一之瀬の機体に襲い掛かる。
 一之瀬は何発か攻撃を受けながらも、その半分を振り払い、
 黒焔凰の間合いから逃げ切った。
「‥仕損じたな?」
「‥やはり一筋縄ではいかないか‥」
 破暁は倒れなかった。
 暗器はそれが致命傷か、後に引く傷を作ってこそだ。
 生身の戦いであれば、毒を仕込めば擦り傷でも足りる。
 だが、ここはKVの戦闘だ。
 機械は機能を落とすことはあっても怯まない。
 機械は擦り傷ぐらいでは止まらない。
「‥‥‥まぁ、こんなのは一度しか通じないのが欠点だけどね」
「いや、発想は悪くない。小手先の技に頼りすぎたことがより悪い。
 もっと正道を極めるつもりで鍛錬を積めば良い。
 ‥では、続きを始めるぞ?」
「は、‥はは。お手柔らかに」
「断る」
 楽しむような一之瀬の声が聞こえたかと思うと、
 一之瀬の破暁が黒焔凰に向けて疾走した。
 存在が露呈した暗器はこの局面においては役に立たない。
 鳳の破暁は使える武装の少なさと重さゆえの単調さを突かれ、
 数十秒後には撃破された。



 続いてトニはクラーク・エアハルト(ga4961)も難なく制圧する。
 距離のあるうちこそ押していたクラークだが、
 近寄られてしまうと、近接戦闘に特化したシラヌイSに歯が立たなかった。
 続いて館山 西土朗(gb8573) のバイパーと対戦する。
「どりゃあっ!!」
 機槌「明けの明星」がシラヌイSに振り下ろされる。
 トニは横方向へのステップで回避しようとして、
 慌ててその場を下がっての回避運動に切り替える。
 シラヌイSが居た場所を盾のブースターで強引に軌道を変えた槌が通り過ぎる。
 機槌は勢い余ってビルの側面を抉りとった。
「かわしたか‥」
 バイパーは優勢に戦っていた。
 人間の武術を突き詰めたトニのシラヌイSに対して、
 館山のバイパーは機械らしい戦い方を追及したセッティングがなされていた。
 戦場でどちらが優位ということは無いが、
 館山は予測の付かない機動で確実にトニを追い詰めていった。
「‥っ」
 トニは伝う汗を拭った。
 武器の間合いも相性も非常に悪い。
 前回の戦闘で彼の戦いを見ていなければここまで持たなかっただろう。
 そんな状況だがトニは落ち着いていた。
「流石、高円寺さんです。既に対策済みだったんですね」
 シラヌイSは腰のラックから短機刀「雨花」を引き抜くと、素早く手裏剣のように投げつける。
「むっ‥」
 バイパーは機盾で短機刀を弾く。
 バイパーが短機刀を弾いた隙に、トニのシラヌイSは大きくさがった。
 弾いた隙に何か攻勢に出るものと思った館山は、小さく息を吐く。
 下がったシラヌイSは機刀を納刀すると、機槍「宇部ノ守」に似た槍を構えていた。
「何をする気だ?」
 穂先側と石突側で分離して両手にそれぞれ構えることも出来る特殊な槍だ。
 背中から取り出したそれを合体させ、一つの槍として構える。
 高円寺の申請で未来科学研究所が製作したオリジナルの武装だが、
 今回の使用が初めてになる。
「まさか‥」
 館山は本能的に不利を悟った。
 目の前の槍はやたらと長い。
 剣道三倍段という言葉通り、間合いの長さは武器の強さだ。
「これなら、貴方の攻撃を受けなくて済みますね」
「そ‥そうだな」
 言うとトニはシラヌイSを前進。
 連続突きで猛攻を仕掛ける。
 館山のバイパーはこれに抗しきれず、
 肩を貫かれて盾を取り落としたところで降参した。



 時間を置いて2対2のチーム戦が開始される。
 鷹代 由稀のシラヌイSと冴城アスカのシュテルン・G、
 に対してトニと一之瀬の組み合わせだ。
 鷹代が後衛、冴城が前衛となり接近し、
 会敵の瞬間、鷹代がトニに先制攻撃を仕掛けた。
「捉えた‥ラジエル、目標を狙い撃つ!」
 鷹代のシラヌイS:ラジエルの口径8.8cmの高分子レーザーは、
 ぎりぎりでトニ機に当たらなかった。
 ビルを遮蔽にとられ、鷹代はさすがに攻めあぐねる。
 だが状況はトニにとって更に悪かった。
 狭い戦場では狙撃を回避することも難しくなっているが、
 近寄ってもプラズマライフルとプラズマリボルバーで迎撃されてしまう。
 射撃戦に移行して隙を窺おうとするも、
 マシンガン程度の火力ではラジエルの大型可動式シールドで全て防御されてしまう。
 果敢に突撃を繰り返すトニと追い返す鷹代、という構図は変わらず、
 勝負は鷹代の圧倒的優位で進んでいた。
 だが勝利はまだ危うい。
 シラヌイSの装甲は薄く、互いの武器が互いに必殺の威力となる。
 トニに接近されてしまえば、同型機ゆえに逃げきれない。
 ほんの些細なミスでも状況は覆りかねないだろう。
 鷹代は慎重に射撃とリロードの間隙を計算する。
 ミスさえしなければ勝てる以上、今が神経を使う時だ。
「やっぱり手強い。こっちはなんとか抑えてるけど、
 まだ危ないわ。‥できるならそっちも片を付けてちょうだい」
「了解っ」
 答えた冴城は、更に勢いを増して一之瀬機にぶつかっていった。
 冴城機のGランスと一之瀬機の機杖が何度も激突する。
 冴城機のほうが間合いにおいて利があるが、
 武器の特性上受けには向かない。
 ぶつけ合うよりにではなく、
 牽制しあうように機体が滑る。
「さっすがUPCきっての女傑♪ やり甲斐があるってもんだわ。
 ‥でも、これで終わりよ!」
 用意した切り札を切る。
 前回の戦闘で使用された閃光手榴弾の再現だ。
 冴城のシュテルン・Gのハッチが開いた直後、前方に、大きな閃光が放たれる。
 スクリーンは閃光を減じるが、それでもまだ目が眩む。
「さあて行‥‥!?」
 突っ込んだ冴城機は破暁にGランスの柄を捕まれる。
 一之瀬は怯むどころか、欠片も迷うことなく突撃してきた。
 肉薄した破暁のカメラアイが、シュテルンを睨むように赤く光る。
「あ、やば‥」
 回避不可能な距離から機杖が振り下ろされる。
 頭部に被弾、主機に異常、停止。
 シュテルンが膝を折る。
「誰かの二番煎じで私を倒せると思うな」
 一之瀬の言葉は怒りと呆れを含んでいた。
「この槍、なかなか良さそうだな。借りるぞ」
 倒れたシュテルンの手から槍をもぎ取ると、
 破暁はブーストを起動して、ビルの上まで急上昇
 決着のつかない一騎打ちに横から殴り込んでいった。
 これで状況は1:2。
 戦いの決着は十数秒でついた。



 続いて1:4、という戦場を望んだ者達の戦闘が開始された。
 如月・由梨(ga1805)は生命1割・錬力2割という条件でAチームからの撤退戦を行ったが、
 流石に損傷が大きすぎて思うように身動きがとれず、
 弾幕の中で脚をやられ、早々に決着が付いた。
 鹿嶋 悠(gb1333)、ルノア・アラバスター(gb5133)も同様に1:4の戦闘を行うが、
 前回参加者が行ったほどには成果を残せなかった。
 3人とも良い腕には違いないし、機体も完璧にセッティングされているが、
 前回の戦闘データで訓練した正規軍の面々にとっては既知の状況である。
 慌てず騒がず対処する彼らを相手には、2機を撃破するのが限界だった。
 自動迎撃の装置の類や被弾の衝撃を最大限封じる機能等がなければ、
 更なる結果は望めないだろう



 1:4という激戦の合間を使ってチーム戦に向けた設定が終了し、
 正規軍VS傭兵のチーム戦が始まった。
 最初の組み合わせは新居・やすかず(ga1891)、遠倉 雨音、
 赤崎羽矢子(gb2140)、安藤ツバメ(gb6657)の4名と
 一之瀬隊Aチームの対戦だ。
 傭兵側は新居のリヴァイアサンを後衛に、
 赤崎のシュテルン・G、遠倉の雷電:黒鋼、安藤の雷電:ディバイザーの、
 3機を前衛をとする攻撃的な布陣で臨む。
 一方一之瀬隊も、ウーフーを後衛として残りを前衛に当てる同様の陣形だ。
 両チームとも相手チーム全速力で近寄ると、
 ビルを遮蔽に激しい銃撃戦が始まった。
「やっぱり普通に勝つのは厳しいか‥」
 赤崎機は一之瀬の一斉射をやり過ごす。
 前面に展開する火力の質は互角だった。
 問題は敵の後衛、ウーフーの電子支援の存在だった。
 個々の性能はそこまで差は無くても、
 ウーフーが居る以上、射撃の精度にどうしても開きがある。
 最初に懸念したとおり、ウーフーだけは先に落とさなければならない状況になった。
「みんな、例の作戦で行くよ!」
 先頭の赤崎が号令をかける。
 4機は互いを見て合図を送ると、黒鋼が煙幕を投擲。
 視界が塞がれる中、新居を除く3機が一斉に突入した。
「な‥煙幕‥!?」
「防衛のフォーメーションだ! 煙幕を出るな、狙い撃ちにされるぞ!」
 一之瀬が指示を飛ばす。
 さすがに混乱することは無かったが、
 メンバーは同士討ちを恐れて、攻撃を完全に中止してしまった。
 その隙を突く。
「悪いけど、もらったよ!」
 煙幕を振り払いながら安藤の雷電がウーフーに迫る。
 狙いは最初からこの1機だけだ。
 一番乗りで到着した安藤は、ホールディングバンカーで狙うが‥
「‥!」
 横合いから戻ってきたサイファーが、機盾を構えてカバーに入る。
 フィールド・コーティングを起動、安藤の必殺の一撃を耐え切った。
 すぐに遠倉が合流し、新居も上空からの射撃で援護するが、
 どうしてもウーフーまで火線が通りにくい。
 赤崎は一之瀬に近かったために迎撃され、前進すらままならなかった。
「‥時間切れです。気をつけて!」
 発射後、タイムキーパーとなっていた遠倉が警告を発する。
 それからきっかり5秒後、継ぎたされることのなくなった煙幕は霧散した。
 傭兵達の視界の中には破暁、サイファー、ウーフー‥。
「安藤、後ろだ!」
「えっ‥」
 安藤が振り向くより早く、
 安藤の雷電の胸を、薄紫の機刀が貫いた。
 背面のバーニア大破、胴部の冷却機構大破。
 大破大破と複数のパーツの致命的な破損が告げられる。
「‥‥ふぅ」
 トニが刀を引き抜く。
 別段、トニは煙幕の中から安藤機を捜し当てたわけではない。
 手探りで彼女の元の位置から、ウーフーへの経路をうろうろしていたら、
 結果として彼女の背面をとる形になっていたにすぎない。
 そして、反射的に一撃を加えた。
 煙幕による分断作戦は失敗、ウーフーを落としきることは叶わなかった。
 1機を失った傭兵チームは、反撃のチャンスを得ることができず、
 そのまま敗退した。
 


 2戦目は【千日紅】チーム、百地・悠季(ga8270)、高日 菘(ga8906
 澄野・絣(gb3855)、橘川 海(gb4179)、亜守羅(gb9719)の5名と、
 Bチーム+トニ曹長の組み合わせとなった。
 千日紅は連携の錬度も高く、それぞれが役割を完全にこなす良いチームだった。
 機体性能も連携も、追加1名を加えて完全ではないBチームに劣る点は無い。
 だが戦闘自体は完全な敗北に終わった。
 理由は致命的な一点のみになる。
 【千日紅】は前回と酷似した戦法を使用していたことだ。
 フォーメーションだけならそれでも敗因になることはなかったが、
 澄野のロビン、という明確な特化機を抱えた状態で、
 前回同様の『光の返し矢』作戦はまずかった。
 『光の返し矢』はロビンの移動速度と高い非物理攻撃力を生かして、
 後衛の能動的な防御と前衛への砲撃を兼ねる良い作戦だが、
 ロビンの特性を見切れば対策は容易だ。
 ミラーフレームと電子装甲「ヤジュル・ヴェーダ」等、
 対非物理装甲を積載したスピリットゴーストが前衛に突撃。
 装甲に物を言わせて攻撃を受けきって凌ぎ、
 命中精度と火力を向上させるファルコン・スナイプで一気に澄野機を撃破。
 1機を脱落させ、膠着に持ち込んでいた各機を1機ずつ撃破していった。
 


 3戦目はドッグ・ラブラード(gb2486)、山下・美千子(gb7775)、
 ホキュウ・カーン(gc1547)に連投の橘川を加えた4名と、
 一之瀬隊Bチームの対戦になった。
 山下とホキュウが前衛、橘川とドッグが後衛を務める布陣となっており、
 バランスの悪くない陣形だった。
 だが戦闘は一方的な結果に終わる。
 原因はドッグの位置取りにあった。
 ドッグの射撃が支援として不十分だったのだ。
 ドッグは800m遠方からスナイパーライフルでの狙撃を試みたが、
 流石に800mもあると、S−01HSCのスキルでも補いきれない。
 見切りをつけてドッグ機が前進するが何もかも遅すぎた。
 十分な後方支援を得られない前衛は攻撃力過多の4機の集中砲火を受けきれず、
 ホキュウのバイパー、山下の竜牙と順調に撃破される。
 ドッグが連携に必要十分な位置を取るまでに、戦線は瓦解していた。



 バグアのデータとの対戦希望者は3名と少なかった。
 本来ならこのデータを重視すべきと見えるところだが、
 無人機のデータが大半である以上、熟練者の相手にはならない。
 それでもタロスのデータは中堅機体では手を焼く相手だった。
 伊藤 毅(ga2610)とジェームス・ハーグマン(gb2077)のペアは、
 対戦相手にバグアの機動兵器をランダムで出現させることを希望。
 HWやゴーレム、レックスキャノンまでは難なく撃破してきたが、
 タロスが続いたところで機体を撃破された。
 続いてシュミレーターに漸 王零(ga2930)が乗り込む。
 彼の希望は、蟹座のファームライドだった。
「データの正確さは8割程度です。
 判断能力も行動パターンを模倣する程度ですから‥」
「それで構わん」
 陸戦での決着を実現できれば、それで満たされるかもしれない。
 そう思った。
 事実、解析されたデータを満載したファームライドは強かった。
 本物そっくりによく動き、漸の雷電:アンラ・マンユを翻弄する。
 ‥だがそれだけだった。
 彼が満たされることはなかった。
 触れてみてわかったのは、やはり機械の再現は機械の再現にすぎないということだ。
 最初こそその火力や速度で一方的な展開が続いたものの、
 慣れてくるとパターンが見えてしまう。
 中身に人が乗っていないAI独特の動きだ。
「我が感傷的で、我が愚かだったということか」
 漸の言葉は自嘲気味だった。
 漸は何度目かになるワンパターンなプロトン砲を回避。
 接近戦を仕掛けようとするファームライドを正面から迎え撃つ。
 唸りをあげて回転するジャレイトフィアーを振り上げ、
 上段から狙いすました一撃を振り下ろす。
 ワンパターンな回避機動を取るファームライドはかわせるはずもなく、
 散り散りのテクスチャになって霧散した。




 残り2戦となりシュミレータ全てが稼動しはじめる。
 次に開催されたのは個人戦の技術を高めるための近距離戦闘のバトルロワイヤルだった。
 提案者はラナ・ヴェクサー(gc1748)。
 参加者は高層ビルの立ち並ぶエリアを舞台に、
 最後の1機になるまで戦いあう。
 参加者は提案者のラナのほかに、
 堺・清四郎(gb3564)、館山 西土朗、神楽 菖蒲(gb8448) 、
 奏歌 アルブレヒト(gb9003) 、神棟星嵐(gc1022)、ネオ・グランデ(gc2626)、
 イレイズ・バークライド(gc4038) 、九道麻姫(gc4661)の、
 以上9名で行われた。
 ほぼランダムに配置されたKVは、敵を探しながら移動し続け、
 5分後にラナ、館山、神楽が残った。
 興味深いデータかもしれないが、
 個人戦闘にしか意識の行っていない者が多く、特筆すべき内容はない。
 集中砲火で神楽機が撃破、続いて機体の相性が悪く館山機が撃破される。
 ラナの勝利を持って、近接戦闘バトルロイヤルは幕を閉じた。



 最後は生身での参加者と、一之瀬隊Aチームの対戦になった。
 この対戦が最後の最後になったのは、
 単純にこういう使い方をあまり想定していなかったからに過ぎない。
「大尉‥」
「なんだ?」
 トニの声はぼんやりしていた。
 視線は調整用に表示される数値を呆れたように見ていた。
「ハンディキャップで補正される数字が、
 なんかすごいことになってるんですけど」
「気にするな。数が多いのだから当然だ」
 一之瀬は苦笑して、相手側のシュミレーター筐体を見た。
 参加者は名簿順で鳴神 伊織、須佐 武流(ga1461)、アッシュ・リーゲン(ga3804)、
 藤村 瑠亥(ga3862)、宗太郎=シルエイト(ga4261)、UNKNOWN、
 砕牙 九郎(ga7366)、植松・カルマ(ga8288)、霧島 和哉(gb1893)、
 アレックス(gb3735)、ナンナ・オンスロート(gb5838)、ゼンラー(gb8572) 、
 ジャック・ジェリア(gc0672)。
 以上総勢13名。
 彼らは一人一人シュミレーターの調整を行っているのだが‥。
「変な気分だな‥」
 筐体に入った宗太郎は苦笑いを隠せない。
 何せこれはKV用の訓練用。
 自分の体をKVのコクピットで動かすという設定になっているのだから、
 当然と言えば当然だろう。
 植松は面白がってか違和感に戸惑ってか、
 先ほどから奇声をあげながら筐体と戦っている。
「‥そういえば、この戦闘で負けたら一之瀬大尉がブルマ履くとか聞いたけど、
 本当か?」
 アッシュが小声で回りに確認する。
 本人や周囲のものが聞けば卒倒しそうな内容だった。
「ああ、本当だとも。なんて事だろうね。こんな賭けをするなんて」
「‥お前が広めたんだろう?」
「何のことかな?」
 さも真実のように語るUNKNOWNに藤村は頭を抑えて唸った。
 これが原因で逃げ遅れた何人かが絞られたようだが、
 それはまた演習とは別の話になる。
 



 戦闘はどちらにとっても阿鼻叫喚だった。
「くそっ! こんなデータがあるかよ!」
「泣き言を言うな。掃射を続けろ。
 幾ら火力に優れていても歩兵には違いない」
「アイ、マム! くそったれ!」
 ウーフーのパイロットは再度口からクソを垂れると、
 高分子レーザーで敵の潜伏が予測される地点への一斉射撃を行った。
 ビルの外壁が吹き飛び、窓ガラスは熱にさらされ弾けるように割れる。
 何かの燃料に引火して巻き上がった炎が、KVの眼を奪う。
「ちっ‥やはりこうなるか‥」
 言いつつ藤村は敵の斉射から身を隠す。
 質量の差は大きく、人の身の速度の限界から回避もままならない瞬間はどうしてもある。
 それでも攻撃をかわし続けることが出来るのは、
 アッシュと砕牙が設置し続けているマネキンのダミーのおかげだ。
 藤村は全体を俯瞰する。
 攻撃が止んでウーフーが索敵に入るとジャックの狙撃や
 須佐のミサイルランチャー「ギガンテス」の攻勢が始まる。
 火力では比べるべくもないし、精密射撃も無理だが、
 その隙にアレックスと植松、鳴神とナンナの組み合わせが足元へと襲い掛かる。
 特にラストホープでもトップクラスの攻撃力を誇るアレックス・植松の組み合わせは、
 KV部隊にとっても脅威であったらしく、
 彼らが姿を見せるたびに入念な牽制射撃に終始していた。
 KV部隊が牽制射撃をはじめた横合いから、
 今度は霧島とゼンラーが横合いから突っ込んでくる。
 ゼンラーは途中でバイクから飛び降りたが、
 霧島はバハムートを装着してそのままKV部隊に突入した。
「‥このっ!」
 ウーフーが高分子レーザーを連射して迎撃する。
 本来なら避けるようなところだが、霧島はひるまない。
 そのまま全速力でウーフーの足にタックルをぶちかます。
「うおぉっ!?」
 バハムートの自重は300kg以上ある。
 KVのほうが重量は重いが、バハムートに比べれば重心は低く安定はしていない。
 さすがにたたらを踏んでしまう。
「よっしゃあ! SES、フルドライブ!」
 ビルの中を移動していた宗太郎が限界突破・瞬天足のスキルを使用。
 窓ガラスの割れた窓からウーフーの肩目掛けて宙へ跳ぶ。
 それに合わせアレックスも装輪走行で足元へ突撃。
 ウーフーは同じく装輪走行逃げようとするが、
 霧島がハンディバキュームハンドルで足にくっついているため、
 かえってバランスを崩してしまう。
「いくぜ、先輩!」
「おう!」
「「Wイグニッション!!!」」
 宗太郎が頭部へ、アレックスが脚部へ。
 それぞれ必殺の爆槍を叩き込む。
 装甲の厚いウーフーでもこれは耐え切れない。
 頭部と脚部を完全に破壊され、ウーフーは転倒。
 直後、その瞬間を待っていた他の傭兵達が一斉にウーフーへと攻撃を開始する。
 UNKNOWNのエネルギーキャノンの一撃が致命打となり、
 ウーフーは動かなくなった。 
 一之瀬隊の側では、ウーフーが脱落してデータリンクに致命的な欠落ができた。
 ウーフー無しではトラップの判別は不可能だろう。
 勝利するためには街全てを瓦礫にする以外に方法が無いが、
 あいにくとそんな火力は残っていない。
「これはダメだな。撤退だ、撤退。
 周囲一帯を爆撃するしか勝ち目が無い。
 いやあ、参った参った」
 負けを宣言したはずの一之瀬は朗らかに笑っていた。
 余興に近い戦闘ではあったか、興味深い結果だった。
 一之瀬の破暁がハンドサインで合図を送ると、
 残った3機のKVは一斉にブーストジャンプ。
 傭兵達と距離を取って着地すると、変形して一斉にフィールドの外に逃げ去った。
 KVと歩兵では足の差は埋められず、こればかりは追うことができなかった。



 夕暮れに差し掛かった頃に全ての戦闘が終了する。
 百地がスポーツドリンクなどを配っており、
 今日の結果を話題にする傭兵達で、待合室はそのまま談話室に変わっていた。
「‥頭が痛いな」
 結果は出た。
 傭兵達の負け越しだ。
 前回と同じ問題が浮き彫りになっている。
 個人技量に優れた者は多いが、
 チーム戦になると連携の不備やメンバーの技量差が、問題になった。
 多くの場合その欠けた部分から突き崩される。
 ミスをしないプロの軍人達に、荒削りゆえに対抗できていない。
 完璧を求めるわけではないが、
 この状況はいつか致命的なものを変わってしまう可能性があるだろう。
 かといって、彼らに軍人と同じ訓練をさせて解決する問題でもない。
 負け越しなのは傭兵側でも当然把握しており、
 それに関するデブリーフィングも始まっていた。
 その合間を縫って、最上 憐(gb0002)がまたKV用兎耳アンテナの宣伝をしている。
 売れ行きはいつものとおりだが、耳を貸してしまう人間は多そうだ。
「失礼します、大尉」
 呼ばれて振り返ると、若い兵士が直立不動でたっていた。
 手には薄いカードケースを持っている。
 一之瀬は礼を言ってそれを受け取ると、自身の端末に繋いで中身を参照した。
「‥トニ、南中央軍本部から辞令が送られてきた」
「ようやくですか」
 一之瀬はデータの入ったカードを抜き出し、トニに渡す。
「フェリックス中隊とエーテル小隊を合流させ、
 陸軍の混成部隊として運用するそうだ。
 それに伴い、貴様はフェリックス直属の部下ではなく、
 エーテル小隊の指揮下になる。
 フェリックス大尉の部下のミラベル中尉の部下、だな。
 新しいコールサインはエーテル4だ」
「はっ。了解です」
 言葉にして、トニは安堵している自分に気づく。
 誰とでも合わせて戦ってみせる、という誇りはある
 それでも慣れた仲間と共に歩けるのならば、
 それに越したことはない。
「‥トニ、あのシラヌイは使えそうか?」
「勿論です。やってみせます」
 まだ手足同然とは言えない。
 それでも、濃密な演習で新しい境地が見えた。
 今なら機体を通して、一途で不器用なあの人の側面が見えるような気さえする。
 滞在できる日数はあと数日。
 今日の成果を磐石の物にするには、十分な時間だ。