タイトル:3年目の亡霊マスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/08/24 12:58

●オープニング本文


 その時期、戦争の渦中はどこも地獄だった。
「助けてください、中佐!」
「援軍は出せん。撤退は許さん」
 それが部下と上官の最後の言葉だった。
 そうでもしなければ、戦線を維持できなかった。
 後悔はしていない。
 部下の声は娘の声に変わる。
「パパ、助けて‥」
「援軍は出せん。撤退は許さん」
 それが父と娘との最後の会話だった。
 言葉は同じ、抑揚も同じ。
 マイクのスイッチをオフにする。
 縁を断ち切るように。
 躊躇してはいけない。
 これは互いに納得した結末であり、曲げてしまっては部下を無駄死にさせたことになる。
 部下が道に殉じたと信じるために、娘といえど特別扱いはできない。
 そうしなければ、戦線を維持できなかった。
 後悔してはいけない。


 それでも‥。
 それでももう一度、あの場面をやり直せたら?
 くだらない感傷だ。
 私とて人の子、人の親かもしれない。
 だがそんなものは無意味だ。
 職業軍人の道を選んだあの日から、全ての感情を切り捨てたのだから。
 


 スタインベックは昨夜見た悪夢を思い出していた。
 大隊を歩兵戦闘に駆り出す前夜になると、稀にこの夢を見る。
 良い加減自分でも女々しいと思いながらも、悪夢は繰り返す。
 警告なのか示唆なのか、良心というものが自身と別個に存在するとでも言いたいのか。
 何にせよ意味の無い話だったろう。
 人の死を数字で数える人生に、感情など必要ない。
「アルファ中隊のデューク・デッカー大尉だ。聞こえるか、HQ。北区の制圧完了した」
「こちらHQ、ジゼル大尉です。アルファ中隊はそのまま待機。ブラボー中隊の合流を待て」
「アルファ中隊よりHQ。了解した。ブラボー中隊を待つ」
 ジゼル大尉他、副官達が滞りなく任務を遂行しているため、
 作戦開始よりスタインベック中佐にほとんど仕事が無い。
 大物をKVで掃討した後で敵戦力もごくわずか。
 支援は別のKV部隊に任せ、大隊のKVは全機オーバーホール中だ。
 パイロットは歩兵として活躍してもらっている。
 いつものローテーションだ。何も問題ない。
 確認を終えて、中佐が一息ついた時、指揮車輌に切羽詰った声の通信がかかった。
「! 中佐、エコー中隊より援軍要請。新たな敵です!」
 音の背後からは爆発音も聞こえている。
「‥種別と総数は?」
「HQよりエコー中隊。敵の種別と総数を報告せよ」
 オペレーターは何度も報告を促す。
 だがまともな答えはほとんど返ってこなかった。
 誰もが返答を諦めそうになったころ、ようやく返事が帰って来た。
 だがそれは望んだ返答ではなかった。
「‥中佐、敵らしき人物がエコー中隊の無線を使っているようです」
 中隊は全滅したのだろう。
 無線からは何の音もしない 
「‥音声をつなげろ」
 覚悟を決めて、中佐はそう命じる。
 無線から聞こえる声は、予想だにしない相手のものだった。
「パパ、久しぶり。会いたかった」
 あまりの事に、一瞬思考が止まった。
 錆びれかけていた記憶が掘り返される。
「‥カタリナか?」
 最も馬鹿げていて、最も可能性のある問いを口にした。
「そうよ、パパ。ずっと会えなくて寂しかった」
 名を騙っているのか、それとも本人なのか。
 女はスタインベックの娘の名前を名乗った。
「寂しくて苦しかったから、パパの子供達を殺しに行くね。
 安心して。パパは最後だよ。だって愛してるもの。一番最後にしてあげる」
 通信は一方的に切れた。
 車輌内は静まり返る。
「義兄さん、あの子は‥‥」
「ジゼル大尉、傭兵に迎撃させろ」
 動揺する大尉に本来の職務を思い出させる。
 その声を聞いて、他の副官達も気を引き締めた。
「あれは既に私の娘ではない。それを忘れるな」
「‥はいっ」
 ジゼルが傭兵達に連絡をとるのを横目で見ながら、ふと過去を思い出していた。
 3年前、今と比べて能力者用の装備も貧弱で、彼らの運用実績もなく、
 多くの能力者が犠牲になった暗黒期だ。
 失ったものは多かったが、それゆえに今がある。
「‥作戦遂行中の全部隊に通達。作戦に変更なしだ」
「了解。HQより作戦遂行中の全部隊へ。作戦に変更なし。繰り返す‥」
 敵がこちらを狙ってくれるならそれでいい。
 その感情はコントロールできる。
 もしここで踏み込みを誤り、亡霊に食い殺されるぐらいなら、
 それは自身の不徳というものだ。
「カタリナ。意志の弱いお前に軍人など無理だと、あれほど言ったはずだ」
 スタインベックは哀れむように、怒りを吐き出すようにそう言った。



 緩やかなウェーブの金の髪が、風にながれる。
 硝煙の匂いの中にあってもくっきりと残る爽やかな石鹸の匂い。
 カタリナの第一印象は身形の清潔なイメージ、とみなが口を揃えていっただろう。
 彼女が人であったその頃から。
「ありがとう。勝手に使ってごめんなさい」
 カタリナはにこやかに微笑むと、通信機のマイクを元の持ち主に返した。
 鼻から上の頭部を吹き飛ばされた死体には、如何ほどの意味もない。
 周囲に動くものは彼女と、彼女を守るキメラの兵隊だけだ。
 身長6mを越える樹木のような体と、
 鮮やかに赤く光る水晶の頭と腕を持つ巨人が8体。
 無残に破壊された車輌の中央で、彼女を守るように悠然と立っていた。
「さあ、いきましょう、ナイトさん達。
 私を優しいパパのところまでエスコートしてちょうだい」
 言葉を理解したのか、それとも命令のための機械がどこかに埋まっているのか。
 1体のキメラがかしずき、カタリナを自らの肩に乗せた。
 ゆるやかに廃棄都市を進軍する8体は、確かに御伽噺の騎士にも見えなくも無い。
 この騎士達が姫君のためにどれだけの暴威を振るうかは、既に実証済みだ。
 戦車十数両と兵士200人が無残に横たわっている。
 キメラの肩に乗った。カタリナが小さく歌を口ずさむ。
 むせるような死臭の中に、彼女の透明な歌声だけが響いていた。

●参加者一覧

藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
クラウディア・マリウス(ga6559
17歳・♀・ER
六堂源治(ga8154
30歳・♂・AA
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD
アリエーニ(gb4654
18歳・♀・HD
ジン・レイカー(gb5813
19歳・♂・AA
リスト・エルヴァスティ(gb6667
23歳・♂・DF
湊 獅子鷹(gc0233
17歳・♂・AA

●リプレイ本文

 軍人としての訓練を受けていようと、
 人は機械のようには振る舞えない。
 動揺を呼んだ理由はいくつかある。
 同規模程度の中隊が既に壊滅していること。
 中隊を壊滅させた敵と数分もすれば接触すること。
 なによりそれを率いる者の名前が、
 古参の何名かにとって忘れられない名前だということ。
 しかし、最も動揺しているはずのスタインベック中佐は、
 いつもとなにも変わった様子がない。
「‥‥戦車及び歩兵の動きは以上だ。
 傭兵8名は前面に展開。後は好きにしろ。
 その方が動きやすいだろうからな。
 砲撃のタイミングは随時無線で連絡する。
 聞き逃すなよ。何か質問は?」
「はい、中佐。提案があります」
「発言を許可する」
 挙手したのは橘川 海(gb4179)だった。
 橘川は一歩前に進み出ると、表示されている敵の予想侵攻ルートに視線を向けた。
「ビルを戦車砲で倒壊させ、
 相手の進路を塞ぐことはできないでしょうか?
 横に展開できないようにすれば数の優位を得られると思うのですが‥」
「なるほど。リックマン大尉、意見を」
「はっ、中佐。非常に難しいといわざるを得ません。
 意図は分かりますがリスクが大きすぎます。
 リスクを解決するには時間が足りません」
 年配の戦車乗りは悩むような顔をしながらも断言する。
 時間が有ればとは考えているようだが、作戦として昇華しきれない為に切ったのだろう。
「そうか。ならば却下する。他には」
 スタインベックは全体を見渡す。
「向こうのリーダーが中佐の娘ってのは本当かい?」
 次に挙手したのは湊 獅子鷹(gc0233)だった。
 彼には橘川ほどの真面目さはない。
 軍人上がりのリスト・エルヴァスティ(gb6667)が湊を睨む。
「可能性が高いという程度だ」
「愛されてるねえ」
「おい、湊。止せ」
 リストが制止するが間に合わない。
 スタインベックは不機嫌そうに眉根を寄せている。
「感情を利用されているにすぎない。
 作戦に関係ないのなら後にしろ」
 不機嫌が爆発しないかと部下一同冷や汗ものであったが、
 中佐はそれ以降、また感情が見えなくなる。
 部下は胸をなで下ろしつつも、湊を睨んだ。
 視線が集まったのを知ってか知らずか、
 湊の厚顔不遜な態度は変わらなかった。
「じきに敵と接触する。各個に役目を果たせ。以上、解散。持ち場に戻れ」
 スタインベックに敬礼し、尉官達がその場を離れていく。
 スタインベック自身も離れたため、残ったのは一部の通信兵と傭兵達だけになった。
「実の娘をまた失うのか‥。辛い‥なんてレベルじゃないんだろうな‥」
 ジン・レイカー(gb5813)は広まっていた噂と中佐の言葉を反芻する。
 部隊を見渡したときに最初に感じたのは、戸惑いだった。
 軍人達は躊躇わずに引き金を引くだろう。
 だが本当にそれだけでいいのか、はかりかねているような雰囲気であった。
「もう彼女は彼女じゃない‥‥けど。‥‥それでもやりきれない、ね」
 このご時勢、家族や友人、恋人と死に別れる程度は日常茶飯事だ。
 バグアはその痛みに上塗りするように、死体をもてあそぶ。
 バグアにとって人の思い、感情はその程度のものなのだろう。
 アリエーニ(gb4654)はきつく拳を握り締めていた。
「‥バグアは、わざと苦しめるために?」
「そうとしか考えられないっスね」
 クラウディア・マリウス(ga6559)の言葉に、
 六堂源治(ga8154)が相槌を打つ。
 記憶や外見を残したまま強化人間が運用される以上、
 生前の関係者と鉢合わせることは珍しくない。
 クラウディアも以前に別の依頼で同様の事件に出会っている。
 事前に聞かされたカタリナとの無線の内容を考慮するならば、
 彼女を操るバグアは彼女の感情も利用しているのだろう。
 許せない、とクラウディアは誰にも聞こえないような声で呟いた。 
「可哀相だし同情する。けど、優しくはしてやれないッスね」
 彼女の人生が辛いものであったとしても、200人を殺してしまった事実は曲げられない。
 傭兵に下された命令は彼女の撃破だ。 
 ただ安らかにあれと祈りつつ、彼女の息の根を止める以外、
 彼らに出来ることは無かった。



 2ブロック向うの十字路からキメラが現れる。
 表情のない頭部が中隊の中央を指向した。
「通常弾頭を目くらましに、二撃目は磁力砲を使え。
 キメラの防御特性を確認後は任意に発砲。敵を殲滅しろ」
 M‐1戦車の140mm砲が旋回し、キメラを狙う。
 キメラの肩に乗るカタリナが腕を振ると、キメラ達は弾けるように走り出した。
「撃て!」
 スタインベックの号令と共に戦車砲が一斉に火を噴く。
 戦車砲弾の速度は毎秒1.7km。
 巨体のキメラは回避を捨て、前面に水晶の腕を構え、
 砲弾を受けながら突き進む。
 着弾の衝撃で爆風が巻き起こり、噴煙がキメラ達の前面を覆う。 
 戦車隊は着弾から間髪置かずに磁力砲を発射。
 収束する光線の直撃を受けたせいか、前列の何体かのキメラが膝をつく。
「‥知覚攻撃に弱いのかな?」
 橘川が目を凝らして噴煙を見る。
 弱点がわからない相手と戦うために、二通りの武器を持ってきたのだが、
 もし有効なら役に立つ。
 しかし確認するには至らず、それよりも先に残ったキメラが再度突進してくる。 
 接近と同時に戦車と装甲車は一斉に後退。
 歩兵は周囲の建物へ散開。
 相手を取り囲むように布陣し、
 携行ロケット砲を一斉に撃つ。
 足元を狙った一撃はキメラの足を焼き、
 あるいはコンクリートを砕いてキメラ達の足を止めた。
「俺たちも行くぞ!」
 藤村 瑠亥(ga3862)が先頭を切る。 
 後退する車輌から飛び降り、傭兵達がキメラに突撃する。
 それぞれに陣形を形成、
「ハッカペル!」
 リストが吼える。
 コンユンクシオを肩に構え、破壊された装甲車を踏み台に大きく飛び上がった。
 流し切りと両断剣のスキルを同時に発動。
 エミタから両腕へ、溢れんばかりのエネルギーが振り分けられる。
「くらえっ!」
 大上段に振り下ろした大剣は、当たればコンクリートさえも易々と砕く威力を持つ。
 だがその一撃は、振り向いたキメラの右腕に受け止められてしまった。
 金属音を立てて刃と水晶がぶつかり、弾かれてたたらを踏む。
「なに‥!?」
 キメラの腕力も武器の強度も、リストのそれを上回っていた。
 さらには悪い事に見た目以上に動きも俊敏だ。
 水晶を槌に見立て、1撃2撃とリストを押し潰すように叩き伏せる。
 3発目、リストは横薙ぎの一撃に体を吹き飛ばされ、瓦礫の中で意識を失った。
「‥くそっ、こういうタイプか。クラウディア、治療を!」
「はいっ! いますぐ!」
 近くにいたジンがキメラを引き剥がし、
 クラウディアがリストを連れて下がる時間を作る。
「真正面から相手をするな。散開しろ!」
 ジンの言葉に答えて傭兵達は散開し、
 撹乱するようにキメラと向き合う。
 キメラとの戦闘は乱戦の様相を呈してきた。
「おらぁっ!」
 六堂がソニックブームでキメラの首筋と思しき部分を狙う。
 狙い違わず衝撃波が首を切り裂き、樹液のようなものを振りまくが、
 それで怯んだようには見えなかった。
「‥効いてねえ‥っスか?」
 効果を見極めようとする六堂だが、ついに何もわからずじまい。
 キメラは何事もなかったように水晶の腕を六堂に振り下ろした。
 六堂は無理をせず下がりながら攻撃を回避した。
 彼らの攻撃では、最初に想定したほどひるんだりはしなかった。
 首を切っても頭を狙っても変わらない。
 普通の生物ならどこかに五感を司る器官があるはずだが、
 このキメラはそれがわからない。
 だが効果が無かったわけではない。
 水晶以外の部分は比較的に脆く、知覚攻撃は防御しきれていない。
 それだけ確認できれば戦うのに問題は無い。
 クラウディアの練成治療もあって、戦列は安定し、
 傭兵達は順調にキメラを撃破し続けた。
 一方、藤村は乱戦の中でカタリナを探していた。
「‥見つけた!」
 カタリナはキメラの肩から降りて、逃げる戦車部隊に白兵戦を仕掛けていた。
 この距離まで近づかれると、流石に戦車では分が悪い。
 彼女の拳銃が火を噴くたびに、車輌が炎上し動きを止める。
「橘川、アリエーニ、強化人間を包囲するぞ!」
 藤村の呼びかけに答えて橘川とアリエーニがキメラとの戦線から離脱。
 装輪走行で素早くカタリナを囲い込む。
「‥! 邪魔しないでっ!」
 カタリナは囲まれまいと大型のランスをふるって切り込む。
 牽制目的の横薙ぎだが、威力は必殺。
 当たれば戦車の装甲さえ砕くだろう。
 正面の藤村は警戒してバックステップで回避。切り込めない。
 橘川の棍棒も受けには向くが、片手では切り込むには不適だ
 この二人を囮に槍の間合いを抜いたのはアリエーニだった。
 AUKVの脚部が放電、竜の翼を起動。
 一気に間合いを詰め、銀色の大剣を上段から振り下ろす。
「‥くっ!」
 カタリナは手元に引き寄せ、金属の柄でアリエーニの大剣を受け止め弾く。
「こんなことして、復讐のつもり? それとも同情が欲しいの?」
「‥‥なんのことですか?」
 邪気のない答え。
 眉根を寄せて首を傾げる仕草を、不覚にもかわいいと思ってしまう。
 アリエーニは明確に理解せざるを得なかった。
 彼女の瞳の奥に棲む狂気を。
 例え言葉が届いても、正常な出力は望めない。
「‥‥Бедная девочка(可哀想なひと)‥‥わからないなら‥‥力づくで!」
 アリエーニは更に勢いを増し、数合打ち合う。
 エクスプロードに見えた槍は、特徴であるはずの火を吐く機能がない。
 その事実に気付いた瞬間、背中にちくりといやな予感が走る。
 受け止めて目の前で止まった穂先の一部が展開、小さな筒状の何かが姿を見せる。
「‥かわせ!」
 本能で危険を察知した藤村が警告する。
 だが間に合わない。
 筒状のパーツから青白い光が伸びる。
 アリエーニは反射的に身をそらしていたが、光に肩を焼かれる。
 小型のレーザー砲だ。
「アリー、下がって!」
 膝を付いたアリエーニを庇って、橘川が棒術で接近戦を挑む。
 武器の種別も間合いも似ているがゆえに不利は否めない。
 ただ、不利を承知で挑んだことで藤村が突撃するだけの隙を作ることはできた。
 橘川の動きに乗じて、藤村が突撃。
 瞬速の二刀を振るう。
 懐に入ってしまえば取り回しの悪い槍では戦えない。
 加えて藤村の尋常でない速度が、カタリナを確実に追い込んでいく。
「‥こいつ、速い!?」
「槍使い‥。あいつほどじゃないな」
 カタリナは槍の間合いを盾に、辛うじて藤村の攻撃を防ぐ。
 レーザー砲を使わないところをみると、
 数回限りの奇襲用武器だったのだろう。
 そして受けに向く武器でもない。
 藤村の攻撃を受けた槍はバキッと致命的な音を立てて、穂先を失った。
「くっ‥」
 カタリナは槍を捨てSMGに持ち替えると、
 藤村と橘川の足元を掃射し距離を取った。
 銃器は健在でまだ弾も残っているが、使う彼女自身がもう限界だった。
 笑みを浮かべていた顔に、最初ほどの余裕は無い。 
「―――――!!」
 カタリナは何事か、聞き取れない言葉を発する。
 バグアの特有の言語なのか、取り付けられた新しい発声器なのか。
 言葉に何の意味があったのかはすぐにしれた。
 それを聞いたキメラは周囲の敵を振り払い、
 自分の損害を無視して一斉にカタリナの周囲に駆け寄る。
「うおっ‥!」
 藤村も橘川も、これにはさすがに距離をとらざるを得なかった。
 キメラ達は無茶をしたせいで一斉攻撃を受け、ほとんどが致命傷を負っていた。
「‥覚えてなさい。‥次は必ず殺してあげる‥!」
 キメラを文字通り盾にしてカタリナは逃げる
 動きを止めたキメラを葬るのは楽な作業だったが、
 逃げるカタリナを追える者は居なかった。
「‥冴えない捨て台詞だな」
 手近な一匹を切り捨てながら、藤村は吐き出した。



 空は徐々に赤く染まる。
 廃墟の街には激戦の跡だけが残っていた。
 大隊の損害はエコー中隊の全滅に加え、
 中佐の率いる中隊から戦車3輌、兵士43名。
 任務を終えて合流した者達でようやく全ての負傷者と死体を回収した。
 護衛であったキメラの遺体は、まだ大通りを塞いでいる。
「狂気と理性、保身か‥」
 藤村が折れた槍の穂先を拾い上げる。
 カタリナの遺体をどこかで回収していたのかはわからない。
 今までこの戦場に投入しなかった理由は不明だが、
 バグアがカタリナと中佐の関係を知らないはずはない。 
「脅威が一人増えたに過ぎない。お前達は気にしなくても良い」
 対するスタインベックは何も感じていないように動じない。
「スタインベックさんはそれで良いんですか?」
 クラウディアは目に薄く涙を浮かべている。
「考えるだけ時間の無駄だ。強化人間もキメラも同じだ。撃破するしかない」
「それでも家族‥‥じゃないですか」
「橘川の家じゃ、ゾンビも家族に数えるのか?」
 話に割り込んできたのは湊だった。
 ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべている。
 その後の傭兵達のやり取りを中佐は聞いていなかった。
 キメラ同然とは言ったが、
 彼女を逃がしたことを中佐は後悔していた。
 単純な悪意しか向けてこないキメラに比べれば、
 妄執に取り付かれたカタリナは脅威だ。
 誘導は出来ても、行動を予測は出来ない。
 いつか今日の結果を清算する日がくる。
 確信だけが彼の胸に残り、じわじわと覆いつくしていった。