タイトル:【JTFM】黒い風来たりてマスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/08/13 00:20

●オープニング本文


 暗がりには機械の唸るような音だけが木霊している。
 時折生き物の気配はするが、人の物でないことだけが確かにわかる程度だ。
「シン‥‥ネン‥‥」
 緑の光にライトアップされた試験管のような水槽から、
 搾り出すような声が聞こえた。
「信念。実に尊いな」
 答えたのは黒く巨大なオウムガイのような体を持つバグア、
 ティルダナであった。
 彼も同じく水槽の中であったが、
 彼の周りは地球の物でない生命で溢れていた。
 この施設の通路らしきスペースに、人の形をした生き物は居ない。
「専用の調整を受けながら、まだ忘れないのか。速さへの執着を」
「‥‥タリ‥ナイ」
 ティルダナは嗤う。
 既に人の身として死んでなお、欲望に忠実な様は、
 彼にとって愚かで愛おしく写る。
「ならばくれてやろう。人の身に余る、最速の足をな」
 どこか遠くで機械の唸るような音がした。
 それはどこか、檻の中の獣が吠えるような声にも聞こえた。




 コロンビアとベネズェラの国境付近は、
 バグアの侵攻に備えて錬度の高い兵と十分な装備を持つ部隊が配備されていた。
 ボリビアが落ち着きをみせつつある現状においては、
 ここの守りこそがコロンビア防衛の要の一つでもある。
 KV部隊の基本構成はS−01やR−01を中心としつつも、
 メルス・メス社のサイファーなどの最新鋭機も配備されていた。
 少々の攻勢ではびくともしない戦力であると、KV部隊の隊長は言っただろう。
 だが、その自信はある日を境に砕かれることになる。
 哨戒中のゴルドバ小隊とイギータ小隊が、廃墟の街で黒い風と出会ったのだ。
「コルドバ小隊全滅! 応答なし!」
「イギータ4大破。搭乗者のバイタル信号、途絶!」
 オペレーターから悲鳴のような報告が飛ぶ。
 サイファー1機を含む8機2小隊のKV部隊は、
 黒い装甲を持つ鹵獲KV4機と接触、交戦。
 圧倒的な速度で翻弄され、瞬く間に6機のKVが撃墜される。
「イギータ4! ‥クソッタレ‥!」
「イギータ3、焦るな。陣形を組みなおせ!」
「イギータ3、了解!」
 サイファーとR−01は互いを背後に守りあうように立ち、
 目の前を飛びまわる黒い影にマシンガンを連射する。
 既に勝ち目のない戦闘だが、せめてこの1機、
 隊長機と思しきこの機体だけは落としたい。
 そうすれば仲間の死も無駄死にじゃない。
 だが現実は非情だ。
 これだけ弾をばら撒いても、少しもかすりもしない。
「こいつ、聞いた事があるぞ‥」
 イギータ3が搾り出すような声で呟く。
「イギータ3、それはいつの話だ!?」
「V1グランプリに必ず現れるという黒い悪魔‥」
 イギータ3に僚機の声は届いていなかった。
 黒い風だけを睨みつけ、マシンガンを乱射する。
 黒い悪魔が視界に現れた。
 そう見えたのも束の間、異様な速度で突撃する。
 抵抗すらできずにイギータ1はソードウィングで断ち切られ、
 イギータ3も組み付かれて、マシンガンを持つ腕を捻りあげられた。
「‥‥オ‥オソイ‥モット‥」
 外部スピーカーを通して声が聞こえる。
 悪魔の声に正気は残っていない。
「ヴィエント‥!」
 組み付いたヴィエントの機関砲が唸りを上げ、
 R−01のコックピットを吹き飛ばした。



「‥傭兵まで呼んで、再調整とは。手の込んだことだ」
 バスベズルは山の中腹から街を見下ろしながら、
 黒い風の戦いぶりをみていた。
 乗機である六本腕のタロスは複数の幕に覆われて、
 近くまで寄らないとほとんどわからない。
「新兵どもはどこまでやってくれるか、それも見物だな」
 援軍として駆けつけた傭兵達のKVがレーダーに映る。
 激突までもうしばらく。
 バスベズルは徐々に近づく光点を見つめ、
 ゆっくりと目を閉じた。

●参加者一覧

榊 兵衛(ga0388
31歳・♂・PN
三島玲奈(ga3848
17歳・♀・SN
宗太郎=シルエイト(ga4261
22歳・♂・AA
六堂源治(ga8154
30歳・♂・AA
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
仮染 勇輝(gb1239
17歳・♂・PN
澄野・絣(gb3855
20歳・♀・JG
山下・美千子(gb7775
15歳・♀・AA

●リプレイ本文

 黒い炎と煙が吹き上がる街に、傭兵達のKVは突入する。
 レーダーは既にヴィエントと未確認の類似機体を捉えていた。
「ヴィエント‥聞いた事はあるッスね。よく知らないんスけど」
 六堂源治(ga8154)は以前に見た報告書を思い出す。
 最期の瞬間に正規軍のパイロットが残した叫びは、
 少なからず傭兵達に動揺を与えていた。
「まだ信じられませんよ。彼とこんな形で戦う事になるなんて‥」
 宗太郎=シルエイト(ga4261)が苦い思いを吐き出す。
 舞台がV1であれば少なくとも速さを競う場であったが、
 ここはどう言い訳しようと戦場、ただ単純に殺しあうだけの場所だ。
 本部からは続々と回収されたデータが傭兵達のKVに転送されてくる。
 接触までのカウントダウンが始まる。
「むむ、竜牙の初陣の相手は強敵だね」
 山下・美千子(gb7775)が弱気を見せる。
 竜牙は良い機体だが攻撃に特化した性質上、ヴィエントには少々相性が悪い。
 戦い方次第だが、間合いを見誤ればすぐにでも撃破されかねない。
「少し‥‥似た者同士かな。
 どうやら相手の方が2枚も3枚も上手のようだが‥」
 仮染 勇輝(gb1239)がデータを見比べながら言う。
 ヴィエントの速度は追随できそうにない。
 だが、鹵獲R−01ならなんとかと言ったところだ。
 彼のフェニックス:クロノスの速度は、もしもの時は切り札足りえるだろう。
「かなり難敵の様だが‥必ず弱点は有る筈だ」
 転送されたデータを見ながら、三島玲奈(ga3848)が山下を励ます。
 戦えない相手では無いだろう。
 速度はどの機体も圧倒的だが、火力や装甲は並程度だ。
 戦術次第でなんとでもなる。
 澄野・絣(gb3855)もこくり、と頷く。
 陸戦は経験が少なく不得意だが、埋め込まれたAIが助けてくれる。
 共に歩んできた赫映の力を信じよう。
「しかし、鹵獲KVか‥。
 連中にとって何の意味がある? 俺らへのあてつけか?」
「わからん。だが、バグアにいつまでも俺達の希望であるKVを、
 使わせたままというのも業腹な話だな。
 鹵獲KVはこの機会に1機でも多く墜として憂いの種を無くす事としよう」
 龍深城・我斬(ga8283)に答えた榊 兵衛(ga0388)の言葉に全員が頷く。

 最後に互いを見交わすと、傭兵達は2グループに分かれて敵と当たった。
 傭兵達の作戦通りか、はたまた敵の意図と合致したのか。
 ヴィエントと鹵獲R−01部隊は分離して行動を始める。
 兵衛、源治、宗太郎は3機でもってヴィエントと当たり、
 残り5機、三島、竜深城、仮染、澄野、山下の機体が、
 3機の鹵獲R−01に向かう。
 破壊された8機のKVが見守る中、苛烈な戦闘が再び始まった。



 彼らの戦術の基本は街路を盾にとって防御の戦術だった。
 速度を生かせない場所に追い込んで一斉射撃で弾幕を形成すれば、
 如何な速度を持つ相手でも回避不能。
 それを全員で徹底して布陣した。
「くっ‥連中、ここまでやる気がないのか」
 三島が毒づきながら、雷電の全兵装でR−01を迎え撃つ。
 スナイパーライフル2門、ショルダーキャノンにリニア砲、プラズマリボルバー。
 全てで面を抑えるように展開する。
 R−01は遠距離では応戦する気はないらしく、思った以上に効果が薄いが、
 それでもそこそこの成果は上がっていた。
 三島の予想したとおり、装甲は並程度だ。
 これなら十分勝てると確信する。
 だが徐々に誤算が出始めてもいた。
「‥嫌な感じがする。みんな注意を‥」
 龍深城が警告を呼びかけようとしたとき、R−01・3機の攻勢が始まった。
 遮蔽の向うに逃げ込んでいた鹵獲R−01は、3機同時にブースト使用。
 建造物を飛び越え、低空から傭兵達の機体に迫る。
 傭兵達の戦術はこの瞬間に瓦解した。
「しまった‥!」
 制限の無い空中から狙われたのは、弾幕でもって近接戦を妨害していた三島機だった。
 3機の鹵獲R−01は応酬する弾幕を掻い潜ってハンドマシンガンで一斉射撃。
 数十発の弾丸が雨のように降り注ぎ、三島の雷電を貫く。
「三島さん!」
 肩や胴の装甲をはじけさせてながらも三島機は健在だったが、
 もう幾らも持たない。
「大丈夫! それより連中は‥!?」
 三島を庇うように前に立ち、仮染はレーダーを確認する。
 鹵獲R−01の3機は5機の周りを周回しつつ、
 次の攻撃の機会を狙っている。
 傭兵達もそのまま手を拱いてはいない。
 澄野は素早くレーダーを確認、あとは直感を信じる。
 赫映が大出力のプラズマライフルで一部建造物ごと鹵獲機を焼き払う。
「着弾確認。‥‥掠っただけ」
 澄野が悔しそうに呟く。
 遮蔽の向うで逃げ続ける相手を狙い撃つことはできない。
 それでも大出力ゆえの一撃は、鹵獲機をうろたえさせるだけの威力はあった。
「どうする‥?」
「どうするって‥」
 仮染と龍深城は互いを見交わす。
 狭い路地への誘導をしたせいで自分達の周囲も狭い。
 攻撃を回避するのに十分な余裕があるとはとても言えないだろう。
 かと言って同じくブーストを使用して空中戦をするのは愚か過ぎる。
 仮染のフェニックスなら追随可能だが、
 それ以外の機体では正規軍の機体と同様の末路を辿るのが関の山だろう。
 速度を最大限に生かせる空中では余計に分が悪い。
 龍深城は警戒こそしていたがその速度と連携に追随できず攻撃を許してしまった。
 飛び上がる算段をしていたが、全員でこられては意味が無い。
 一人撃破するまえに、確実に自身が的になり撃墜される。
 追い掛けるには速度が足りず、弾幕を展開するには火力が足りない。
 三島機が被弾によって、一部武装が使えなくなったのが痛い。
「‥来るぞ!」
 美千子が警告を発する。
 鹵獲R−01は再び3方向に散らばった後、やはり同時に飛び上がった。
 同じ戦法だが、傭兵達にそれを破る手段が無い。
 だが同じ戦法ゆえに防御は可能だ。
 初撃は不覚を取って痛打を受けたが、威力自体は大したことはない。
「‥こうなったら、すこしでも数を減らす!」
 傭兵達は手に手に、もっとも強力な武器を構える。
 ジャンプしたR−01にありったけの火線で応酬。
 機体のスキルを大判振る舞いした美千子の竜牙が、
 一機に致命傷に近い傷を与える。
 命中さえしてしまえば竜牙の高い打撃力は十分有効だ。
 他2機のR−01は何発か食らいながらも弾幕を抜けた。
 火力の大きい澄野の赫映に狙いをつける。
 レーダー照射を感知してマイクロブースターを起動。
 可能な限りの回避行動に移る。
 鹵獲R−01達のカメラアイが紅く妖しく光った。


 互いが互いを仕留めきれない戦いだったが、
 地形を生かしきるR−01にわずかに分があった。
 じわじわと、真綿で首を絞めるように。
 傭兵達は徐々にその戦力を削られていった。



 一方、ヴィエントとの戦いは優勢に進んでいた。
「さぁ、思う存分走ろうぜ、『シルフィード』っ!!」
 宗太郎の人格が裏返り、粗野な人格が現れる。
 青いLM−01「ストライダー」は突出して、一直線にヴィエントに向っていった。
 その両脇から榊の雷電:忠勝と六堂のバイパーが遅れまいと布陣する。
 横に広い三角形の陣形でヴィエントに迫った。
 雷電もバイパーもけして遅い機体ではないが、
 こと陸上での速度においてはスカイスクレイパーに一歩譲る。
 コレに対して迎え撃つべく飛び上がったヴィエントは装甲の一部を展開。
 薙ぎ払うように圧力砲を放つ。
 光を歪ませる衝撃波が走り、着弾点の構造物を片っ端から叩き潰す。
 破壊された街並みから噴煙が舞い上がり傭兵達のKVを覆い隠した。
 だがそれも一瞬。
 煙幕を切り裂いて三方向へ飛び出した。
 こちら3機ももう一つの班と同じ失敗をしていたが、
 彼ら3機はエース対応に回るだけあって、流石に自力が強い。
 その作戦ミスから立ち直るだけの戦力があった。
 噴煙を振り払った榊の忠勝は、
 即座にスラスターライフルとファランクス・アテナイを展開。
 弾幕を展開してヴィエントを陸へ追い詰める。
 建造物を遮蔽に態勢を整えるヴィエントに、ストライダーが急接近した。
 路地から姿を現したストライダーは構えたロンゴミニアトを大きく横になぎ払う。
 風が唸りをあげて必殺の槍が通り過ぎるが、ヴィエントは後方に下がって回避。
 ガトリング砲でストライダーを牽制しながら上昇。
 間合いの外へあっさりと逃げる。
「‥ちっ。やっぱ速ぇなぁ! でも‥」
 逃れたヴィエントは気付く。
 機会を窺う人間が他に居ることに。
「源治!」
「おうっ!」
 榊の合図に答え、これまで弾幕の形成にのみ徹していた六堂のバイパーが急加速する。
 目標は逃げ道を塞がれたヴィエントだ。
「おおおおおっ!!!」
 六堂の叫びに答えるように、空戦スタビライザーが形を変え、
 発電で発生した余剰の熱を各部から放出する。
 必殺のエグツ・タルディを装備した右腕を引き下げる。
「吼えろバイパーッ!!」
 背部のスラスターが火を吹き、機体を軋ませながらも飛翔。
 一直線に飛び出していったバイパーがヴィエントに拳を振り下ろす。 
「くらえっ!!」
 それでも無理な体勢からヴィエントは強引に復帰する。
 直撃かと思った必殺の一撃は、ぎりぎりのところでヴィエントの翼を掠めるだけだった。
 だが、掠めただけでも十分だ。
 翼の端をえぐられたヴィエントは飛行のバランスを崩し、すぐに地表に落ちる。
 その後3機から放たれた弾幕を回避はしたものの、
 反撃する余裕は一切無かった。
 速度ではまだヴィエントに分があったが、
 それ以外の点では十分対抗可能な能力がある。
 ここまでの攻撃で、ヴィエントの体には無数の小さな傷が刻まれていた。
 未だに致命傷に至ってはいないが、確実にダメージが入っている。
 それに対して傭兵側は巧みにヴィエントの攻撃を受け流し、
 致命傷を与えるための牽制を着実に重ねていく。
 各々の得意な距離を維持したままヴィエントに迫る。
 そのままいけばヴィエントを撃破ないし、
 最悪でも撃退できるはずだった。

 だが、生き残った鹵獲Rー01・2機が合流したことで、
 優勢だった戦力バランスは一気に崩れた。
「‥! 仮染と山下がやられた! 残った機体がこっちにくるぞ!」
 六堂は警告しながらも2機と背中合わせになるように転進。
 背後への視界を確保した。
 彼らの機体と比べれば鹵獲R−01の性能は格下だ。
 速度では追随されるものの、それ以外では見るべきも無い。
 残った2機も満身創痍と言って良く、動きにも若干キレが見えない。
 だがそれでも、この場では脅威足りえた。
 2機は弾幕に徹する忠勝に一斉射。
 忠勝は回避し、あるいは装甲で弾いて事なきを得るが、
 ヴィエントへの弾幕を切らしてしまう。
 黒い悪魔が切り込むにはそれで十分だった。
「うぉっ!?」
 榊がスラスターライフルで応戦するが、易々と近づかれてしまう。
 最後の槍の間合いをすり抜けたヴィエントは錬剣らしい武器を抜き放ち、
 忠勝の左肩から頭部にかけてを、払い抜けるように切り裂いた。
 廃墟を押し潰して倒れこむ忠勝。
 コクピット部分こそ傷はなかったが戦闘不能になる。
 すり抜けるヴィエントはそのまま六堂のバイパーに迫る。
 数で完全に押し負けてしまい、押しとどめることもできない
「くそっ!」
 六堂のバイパーはストライダーとの連携を維持するために、後方に下がる。
 だがヴィエントに接近戦をする気はなく、圧力砲をバイパー目掛けて発射する。
 2発目の圧力砲はバイパーの上半身左側に直撃。
 バランスを崩したバイパーは街路の中央で仰向けに倒れこむ。  
「六堂さん!」
 宗太郎も他人の心配ばかりはしていられない。
 最後の一機めがけて、ヴィエントは恐ろしい速度で突っ込んでくる。
 ストライダーはその突撃を回避できずに、ヴィエントに正面から組み付かれてしまう。
 この姿勢ではソードウィング含めて全ての武器が使えない。
 ヴィエントはストライダーの腕を掴み上げ、
 胸部に設置されたガトリング砲で、コックピットを狙う。
 宗太郎はここが最期と目を瞑った。
 


 だが、死は訪れなかった。
 黒い機体は銃口をコックピットに向けたまま、
 微動だにしない。
 宗太郎のストライダーを押さえ込みながらも、
 それ以上何もしてこない。
「確か貴様、この機体と縁ある者だったな」
 回線に割り込んできた声は、初めて聞く声だった。
 理性ある悪意が、声から見え隠れする。
 気付けばカメラの端、街の外縁部に6本腕のタロスが移っていた。
 悠々と近づいてきたそれは、ストライダーを覗き込み、じっと見つめていた。
 ほんの僅かの沈黙のあと、
 ――それでも宗太郎には耐え難い間ではあった――
 コックピットにくぐもった声音の哄笑が反響した。
 バスベズルが愉快そうに嘲笑っている
「生かしてやる。
 貴様は恐怖を伝えるのに最適の人間だ」
「なんだと‥!」
「いつでも殺せる。
 貴様程度の路傍の石、どこに行こうとなにも為せん」
 宗太郎が何かを言い募るより先に、バスベズルは動いた。
 伸びたタロスの腕はストライダーの顔を掴み、高圧電流を走らせる。
 頭部のセンサーが完全に破壊され、コックピットの中は完全な暗闇に変わった。
 風切るような独特の跳躍の音は慣性制御の機体のものだ。
 徐々に駆動音は遠ざかっていく。
 代わりに近づいてくるのは、耳に馴染みのあるKVの駆動音だった。
 傭兵達からはよく見えなかったが、
 正規軍のKV部隊16機がヴィエント一行を追撃している。
 残弾僅かとなったヴィエントは意に介することなく、
 圧倒的な速度でKV部隊を引き離す。
 敵は撤退し、戦略的には大きな影響はないが、
 人類側の完全な敗北だった。
 黒い風は恐怖撒いて去り、
 後には無力化されたKVが野ざらしになって残っていた。