●リプレイ本文
プリントアウトされた画像を見た傭兵達の反応は様々だった。
無関心、驚愕、呆れ、あるいは怒り。
「ホンジョウ‥‥ね。知ってるよ。
殺れる時に殺らないから、こんな苦労と犠牲を払う羽目になったんだ」
ファタ・モルガナ(
gc0598)は苛立ちを隠さない。
口元は普段と打って変わりきつく結ばれている。
「‥君達の知っている相手か」
「‥はい。本城さん、本当に敵になってしまったのですね‥‥」
答えたのは遠倉 雨音(
gb0338)だった。
彼女と藤村 瑠亥(
ga3862)、冴城 アスカ(
gb4188)、ウラキ(
gb4922)の4名は、
本城が軍に協力を始めたころからの知り合いだ。
雨音に比べ、3人は事実をあっさりと認めている。
ウラキは仕方ないというふうに溜息をついていた。
藤村も特に感慨は無いらしく、「そうか」とだけコメントするに留まる。
一方、冴城はというと‥。
「こんな形になったのは残念だけど‥拳を交えられると思うとワクワクするわね」
と、他とは違う意味でやる気十分だった。
「洒落にならないけど、確かにそういう見方もできるね」
横に居た鳳覚羅(
gb3095)はそれには苦笑を禁じえなかった。
「‥で、あの強化人間に勝てるのか?」
話を切って中佐が問う。
今はそこが肝要だ。
傭兵達は即答出来ずに幾つか言葉をかわす。
何回か見交わしあった後、叢雲(
ga2494)が代表して挙手をした。
「中佐、提案があります。戦車中隊、一つ貸していただけませんか?」
「中隊を一つ‥?」
傭兵達の提案は勝算あってのものだろうが、中隊一つと言えば戦力の3分の1だ。
簡単にはいとは言えない。
視線が集まるなか、中佐は考え込む。
複数の不確定要素が天秤には載せられていた。
何が最良かは誰にもわからない。
だが彼も歴戦の将に違いない。
判断は早かった。
「‥君達のほうが、あの敵との戦い方を知っているなら任せよう。
君達を信じて布陣する」
その言葉で、全ての準備が始まった。
◆
傭兵達の作戦は中隊一つを囮にした大掛かりなトラップであった。
中隊の一つが撤退の際にトラブルが起きたように装い、
本城達を誘き寄せ、吊られたところを迎撃するというものだ。
中隊には月城 紗夜(
gb6417)、叢雲、冴城、秋月 九蔵(
gb1711)、遠倉、
の以上5名が直衛につき迎撃に参加する。
また、これ以外のルートを取ることや、別働隊を捜索するために
捜索班を二つ設けた。
A班はカンタレラ(
gb9927)、ファタ、藤村の3名、
B班はウラキ、鳳に軍のエキスパートを交えた3名である。
予定であれば囮となった中隊と共に戦闘を開始する予定であったが、
そこまで作戦は上手くことは運ばなかった。
「‥罠ね」
「罠だな」
イヤホンから聞こえる報告を聞きながら、本城は素早く断定する。
ここから囮となった中隊は見えない。
だが彼らには他にも目があった。
その目が、彼らに作戦を看破しうる情報を与えている。
「迂回するわ。守りの薄いもう一つの中隊を叩く」
「了解」
本城とジェラードは、人類側の斥候に捕捉されないように、
路地と路地の合間を縫って移動し始めた。
◆
その本城達を発見したのはB班だった。
「こちらB班、本城を発見! 場所は‥」
ウラキが急ぎ、囮の援護班に連絡をつける。
傭兵達の動きは完全に読まれてしまっていた。
本隊から離れたこの位置では、すぐには援軍も望めない。
「‥早かったわね。ジェラード、あの斧使いを抑えて」
「了解だ」
捕捉されたと知ったあとの本城の動きは速かった。
直線的に走っていた2人は、
3人を挟み込むように飛びかかる。
本城は軍のエキスパートへ、ジェラードは鳳へ。
間合いはあっと言う間に詰められた。
「遅い!」
「!」
本城は飛び込みざまに軍属エキスパートの連撃を叩き込んだ。
急所への打撃に加え、喉を抜き手で抉る。
確認はできないが、おそらくあの一撃で絶命しただろう。
「くそっ‥!」
ウラキは自分の甘さを悟った。
相手がグラップラーと同等の脚を持つなら、距離をあけるどころの話ではない。
銃撃で牽制するが、ものともせずに本城は駆け寄ってくる。
グラップラーと同じく、間合いが短い事をその健脚で完全にカバーしていた。
「終わりね」
本城の両拳に赤いオーラが見える。
ウラキの記憶はそこまでだった。
高速で振るわれる拳で、胸や腹部の急所を的確に殴打される。
とどめとばかりに蹴りを喰らって吹き飛び、壁にたたきつけられ、
ウラキの意識はそこで途切れた。
「ウラキ君!」
「余所見はできねえだろ!」
ジェラードのガントレットが鳳を正面から捉える。
鳳はベオウルフで受けるが、衝撃を殺しきれない。
そして間合いをあけたのも束の間、唐突に腹部に激痛が走る。
「すこし狙いが甘かったわね」
「‥っ!!」
戻ってきた本城の抜き手が鳳の腹部を抉っていた。
慌ててベオウルフを振り回して本城とも距離を取る。
鳳は腕から力が抜けるのを感じていた。
敵は2人。あと数秒も持たない。
「そこまでだ本城、ジェラード。俺が相手をしてやる」
現れた藤村の言葉に二人の動きが止まる。
捜索のA班が救援に到着したのだ。
本城とジェラードは既にA班の面々の間合いの中。
一歩動くのにも神経を使うだろう。
「遅いじゃないか‥」
言って鳳は、壁を背にして座り込んでしまった。
命だけは助かったが、もう動く気力は無い。
◆
本城を迎え撃ったのは2種の弾幕だった。
前方、カンタレラの雷光鞭。
後方、ファタの大口径ガトリング砲。
洒落にならない威力の火線だったが、
本城を捉えるには精度と密度が足りなかった。
「はっ!」
呼吸を合わせ、本城の拳が飛ぶ。
赤いオーラを薄くまとった拳は、
カンタレラの盾をすり抜け鎧に触れ‥。
「!」
衝撃が全身鎧をすり抜けてカンタレラの身体に直撃した。
なにをどうやったのかわからない。
対バグア用に用意した強固な鎧を、易々と貫通したことだけを理解した。
「‥頑丈ね」
「それが取り得ですから」
呆れたような本城に、弱々しく返事をする。
内臓にもダメージが来たのか、体が異様に重い。
練成治療をすればいいのだが、悠長に回復する暇を与えてくれる相手じゃない。
拳に再び赤いオーラを纏わせ本城は近寄ってくる。
連撃を受け続ければ流石に持たない。
「レラ姐さんっ!」
ファタがガトリング砲で本城を遠ざける。
やはり命中はしないが、遠ざけるだけなら十分だ。
「ありがとっ。これで持ち直せるわ」
カンタレラはファタの作った時間で、自身を練成治療で回復する。
この連携さえ崩さなければ、錬力が持つ限り戦闘は続けられる。
後は援軍の到来を待てば勝てる。
戦術の目処が立ったところで、カンタレラは横目で藤村とジェラードの戦いを流し見た。
「ちっ‥!」
押されているのは藤村だった。
ジェラードの拳は格段に重く速く生まれ変わっていた。
以前はかすりもしなかった一撃が、今は避けるので手一杯。
「これで三度目だ。強くなるのはてめえらだけの特権じゃねえんだよ!」
「そうだな、前よりマシになったぞ!」
藤村は攻撃を受けながらも小太刀で、ジェラードの右腕を斬る。
血飛沫をあげるが、以前のようにひるむことは無く、
腕を戻すころには何らかの力で最低限の再生が始まっている。
まだまだ早さには藤村に分があったが、
頑丈さに任せた強引な攻めに、藤村は押され気味だった。
「邪魔な連中が来る前にここで決着を‥」
散弾がジェラードを襲い、口上が途切れる。
FFで幾つかを弾き返すが、ベアリングのいくつかが足を掠めた。
「間に合ったな」
散弾は秋月のブラッディローズから発射されたものだった。
本城も戦闘を中断し、銃撃の飛んだ方向を見る。
秋月のやや後方に冴城、叢雲、月城、遠倉が並んでいる。
人数の差は8:2。
如何に強化人間の中でも上位に位置する二人とは言え、
この数、この戦力を相手に勝利は難しい。
「ハァイ♪ 人間辞めたらしいじゃない、おめでとう♪」
「‥見知った顔も多いわね」
本城は冴城と遠倉を順番に見る。
楽しそうな顔をする冴城に対して、遠倉は暗い顔つきだ。
目の前の相手が、本当に以前のままの本城なのか、
それとも外見しか残っていない倒すべき敵なのか。
まだ見切れてはいない。
「覚悟してもらおう。いくら貴様らでもここまでだ」
月城が蛍火の切っ先を突きつける。
他の傭兵達も得意の武器を構え、今にも飛びかからんとしていた。
だが本城の顔はいつもと大して変わらない。
興味の無さそうな、そして若干哀れむような目をしていた。
「残念だけど、この勝負は私の勝ちよ」
「何‥?」
傭兵達がその言葉を理解する前に、街に銃声が響き渡った。
それとほぼ同時で、本部に爆発音。
傭兵達の目は一斉に本部にある方向へ向けられた
「この音は‥!」
冴城には聞き覚えがあった。
遠倉も、意識があればウラキも同じ反応をしただろう。
生体パーツを多用した距離2kmを飛ぶ狙撃銃だ。
更に数発の発砲音が響き、そのたびに戦車が炎上する。
本隊は強化人間への対策のため広場に移動したため、かわすだけの場所が無い。
まともな抵抗もできずに次々と戦車が破壊され、火を吹き上げる。
「3人でこれだけやれば上等ね。引き上げましょう」
「了解だ」
本城が驚きで動きを止めていた傭兵達を尻目に、踵を帰す。
「待て!」
秋月が走り出そうとする。
その瞬間を狙ったように銃声が響く。
秋月の太腿が吹き飛んでいた。
傭兵達が驚きから復帰する前に更に一撃。
本城を狙っていた遠倉の右の上腕が抉れる。
「雨音!」
「叢雲、秋月を拾って下がれっ!」
叢雲が秋月を引き摺って回収、それを盾を構えた月城が守る。
雨音は冴城が抱え上げ、藤村が盾になって建物の陰に隠れる。
次の一撃は叢雲の隠れた家屋の2階の壁を吹き飛ばす。
この一撃での被害はゼロ。
しかし‥。
「逃がしたか‥」
雨音を庇って動いた藤村がぽつりと呟いた。
遮蔽物の陰から外を見れば、既に誰も居ない。
銃声も止んでいる。
聞こえるのは本部で起きた火災の音だけだ。
その日はそれ以降、キメラの一匹とも出会うこともなかった。
◆
「あの狙撃での損害は戦車4輌が大破、死亡10名のみ。‥‥ですが」
声を落としてそう切り出したのは、
部隊の中で最高位の階級となってしまった大尉だった。
幹部ばかりが集まる天幕の中は閑散としている。
バグア側の攻撃に拠って大隊指揮官である中佐含め、
指揮車輌の中に居た人間は全滅。
残ったのは他中隊を率いる大尉が2名ばかりになってしまったからだ。
指揮系統を維持するには絶対的に人が足りない。
部隊は再編するか解散するか、どちらかになるだろう
「‥‥連中のやりくちはわかっていたのに‥」
叢雲は机の上に乗せていた拳を、きつく握り締めた。
必ず別働隊が居る。
二人とも陽動かもしれない。
そこまで読んで捜索班をわけたのに、それが機能していなかった。
相手の行動半径を甘く見過ぎていた。
何が居るかわからないのに、自然と本城と同じような人間を想定していた。
それが例えば、観測だけを担う人間であれば前に出る必要もないのに。
一つ一つの小さな思い違いや思い込みが重なって、この事態を招いたのだ。
「あの3人目は‥‥スロウターと対峙した時に居た奴だ」
ウラキは声を絞り出す。
練成治療で細胞を回復させたが、まだ体が痛む。
「知ってるのか?」
「見たことは無い。けど、いまならわかる」
今なら確実に言える。
スロウターと廃墟で対峙した時、敵はスロウターのほかにもう一人居た。
彼女が神出鬼没に振舞っていたのは個人の技量ではなく、
観測手を別に抱えていたからだ。
今回の戦闘も、ほぼ同じ構造だ。
彼らが何の支援もなしに行動することなどありえない。
「‥では、私は残存の部隊をまとめて一旦後方に下がり、
街を防衛しながら本部の指令を待ちます。
皆さんへの指示は後ほど‥」
意気消沈する若い大尉は天幕を出る。
傭兵達には、声をかけることも励ますこともできなかった。