タイトル:【JTFM】GarnetElegy4マスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/06/19 15:05

●オープニング本文


 そんな話は半信半疑以下だった。
「ソフィア准尉に不審な点があります。今すぐ拘束するべきです!」
 傭兵達の出した答えにどう対処すれば良いかわからなかった。
「証拠は?」
「医者の証言を洗えば必ずあります」
 彼らの言葉を信じて、もっと早くに動けば違った結末にもなったろうか。
 


 その報告を受けたのは傭兵達の進言を受けて、ほんの数時間後のことだった。
 ソフィアと高円寺・鉄木両名が戦闘し、高円寺戦死、鉄木が危篤状態。
 あまりに突拍子もないことで、マヌケな声で返事していたと思う。
 現在、軍の能力者達で鉄木中尉から要請を受けソフィア准尉を追跡中。
 どうでも良い報告を受けながら、鉄木が治療を受けている現場まで走った。
 現場、ソフィアの部屋は血のにおいで満ちていた。
 高円寺と鉄木の流した血で、むせ返るほどに。
 高円寺は胸元に大きな穴が空いており、傍目に見ても絶命している。
「‥鉄木、何があった?」
 鉄木はまだ息があった。
 エミタが彼をまだ生かしている。
 だが、いつまでも持たないこともわかっていた。
 治療をしているサイエンティスト達も、首を横に振っている。
「‥‥ソフィアが‥ヨリシロになっていた‥‥ようですね」
 彼の口から直接言葉を聞いて、ようやく事態の重さを理解する。
 それほどに一之瀬は動揺していた。
「‥‥早めに‥相談‥しておけば‥」
「わかった。喋るな‥」
 言葉を遮るが、声ももう届いていないのだろうか。
 鉄木の視線はうつろだった。
「‥‥血生臭い‥‥人生でしたが‥、あの子と‥逝ける‥なら‥‥‥本‥望‥」
 鉄木は見えない目で高円寺を見ていた。
 伸ばした腕は震えながらも彼女を探し、そして力なく落ちる。
「!!」
 心拍数が跳ね上がる。
「‥ソフィアを拘束しろ!」
 表面にはロジックを纏いながらも冷静さを失っているのを自覚していた。
「逃がすな! まだ基地を出ていないはずだ」
 逃がしはしない。
 決して許さない。
 夫を奪い、子を奪い、また我が子同然だった部下を私から奪うのか。
「基地の全戦力を動員しろ! 鉄木を撃破したヨリシロだ。何をするかわからんぞ!
 本部の少将にKV隊の使用許可も取れ! 場合に寄っては基地施設ごと破壊しても構わん!
 私の対装甲ライフルも持って来い! いますぐだ!」
 一之瀬は吼える。
 溢れかえる怒気の波動は、
 鬼神も避けると形容しても遜色なかっただろう。
 
 



 一之瀬の発令も加わって基地内は俄に慌しくなった。
 潜伏している洗脳スパイや強化人間が暴れ始めた為、ソフィアへの追撃は数を減らしたが、
 巡回の兵士は時間を経るごとに増え続けた。
 傭兵達が事前に申請し召集していた部隊が有効に活動し始め、
 突発的な事態にも関わらず徐々に混乱は鎮圧されつつある。
 ソフィアは混乱に紛れて基地内某所の施設の天井裏に潜み、友軍の到来を待っていた。
「‥‥はっ‥」
 息を整える。
 傷はかなり深い。
 いつもならこんな囲みぐらい突破する自信があるが、
 この傷ではKVの相手は無理だろう。
 ソフィアは肩を抑えていた手をゆっくり離した。
 再生能力のおかげで血だけは止まったらしい。
「‥‥高円寺と‥‥鉄木‥か」
 良い戦士だった、とソフィアは思い返す。
 彼女がソフィアそのものではないと気付いたのは高円寺だった。
 言葉の違和感だけで正体を暴き、奇襲で肩に刃を打ち込んだのは彼女だ。
 カウンターの抜き手で彼女を屠ったのは良いが、
 そこから逃走できなかったのは鉄木が原因だった。
 彼は備えていた槍の猛攻で武具を持たないソフィアの行動を封じ始めると、
 それと同時に猛撃の隙間を縫って、通信で本部への救援要請を始めた。
 自身の半身とも言える女性が死んだというのに、必要以上に熱くならず冷静に。
 素晴らしい自制心だったろう。
 最後には奥の手を使い、鉄木を打倒したが、
 鉄木は血の泡を吐きながらも、本部との交信だけは途絶えさせなかった。
「‥‥‥くそっ」
 汚い言葉を吐く。
 こんな言葉はソフィアという器に合わないとわかっていても、それでも吐き出したかった。
 叶うなら、こんな陰謀劇の渦中ではなく、
 正面から堂々と、自身の全てで持って打ち合ってみたかった。
 バスベズルもティルダナも元々気に入らないが、
 今ほどあの二人を忌々しく思ったことはない。
 こんな苦しい気持ちをしなければならないのはあの二人が原因だ。
「――――グローリーグリム様ー‥‥」
 物陰から足音を殺してケットシーが現れた。
 とはいっても何かを引き摺ってる音で忍び足の意味がないのだが‥。
 彼(?)は自身の体を越える大柄な斧を担いで現れた。
 もしもの時にと基地内に運び込んでおいたものだ。
 百万の銃器よりも心強い。
「ケットシーか。助かる」
 ソフィア――グローリーグリムだったバグア――は笑顔を見せて、
 ケットシーから武器を受け取ると、軽く右腕で振るってみた。
 片手扱っている分だけいつもより重いが、その重さも心地よい。
「ニャッ! 体が変わってもグローリーグリム様は斧が似合うのニャ!」
「ありがとう。‥けど、ケットシー。今の私の名前はソフィア・バンデラスよ。
 間違えないでね?」
「ニャニャ? わかったのニャー。これからはソフィア様って呼ぶのニャー」
 ソフィア。名前をそっと言葉に乗せる。
 良い女の名前だ。
 その名前を名乗ることに少しも躊躇いを覚えない。
「ともかく、これで百人力なのですニャ。
 バスベズル様も援軍に飛んできてくれるのニャー。
 ささ、それまでに小生意気な人間ドモに、一泡吹かせにいくのニャッ!」
 コルテス大佐を殺して。
 最初の任務の一つだ。
 うきうきしたような声で言うケットシーは、
 小さく跳ねながらシャドーボクシングの真似事をしている。
 グリムはそれを見て、静かに目を瞑った。



 無線機から緊急の指令が飛ぶ。
「物資集積所の区画でソフィアを発見。
 以前にグローリーグリムと同行していたネコ型のキメラと、軍に紛れていた強化人間2名を連れています。
 戦力や装備、同伴するネコ型キメラのことなども考慮すると、
 ソフィアの中身はグローリーグリムである可能性が高いです。注意してください。
 また、サイレントキラー部隊から基地へ飛来する本星型HWと交戦したと報告があります。
 一番近いのは貴方達です。時間がありません、急いでください」
 傭兵達がその場に到着したのは、何もかもが終わろうとする間際の頃だった。

●参加者一覧

終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
九条院つばめ(ga6530
16歳・♀・AA
遠倉 雨音(gb0338
24歳・♀・JG
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
キリル・シューキン(gb2765
20歳・♂・JG
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD
カンタレラ(gb9927
23歳・♀・ER
ファタ・モルガナ(gc0598
21歳・♀・JG
ジャック・ジェリア(gc0672
25歳・♂・GD

●リプレイ本文

 ごった返す人を押しのけて、傭兵達はソフィア・バンデラス(gz0255)の部屋にたどり着いた。
 強化人間が暴れまわって混乱していることもあり、
 たどり着くことさえも容易ではなかった。
 先頭をきって、転がり込むように部屋に入ったのは橘川 海(gb4179)だった。
「‥‥高円寺‥‥さん‥‥」
 信じたくなかった現実が、目の前にあった。
 身近だった人が永久に居なくなってしまった。
 辛い現実に打ちのめされる。
 遺体が軍の医師達によって身形を整えられた後だったのは、
 彼女にとって良かったのか悪かったのか。
「‥大丈夫か?」
 ジャック・ジェリア(gc0672)が嘔吐をこらえる橘川を支える。
 まだ平然を装う彼自身も、二つの遺体には後悔の念を抱いていた。
 なぜ、疑いを深く追求しなかったのか。
 この結末を回避しえる可能性を自分が握っていただけに、余計に悔しかった。
「‥一之瀬大尉は?」
 遠倉 雨音(gb0338)は感情を整えるために、深呼吸して事務的な言葉を装う。
 立て続けに幾つもの死を見てきた彼女も、心中穏やかではなかったが、
 橘川の動揺が彼女の理性を引き戻していた。
「一之瀬大尉は既に捜索に向いました‥。貴方達には可能な範囲で便宜を図るようにと、承っています」
「そう‥ですか‥」
「‥‥」
 震える遠倉に声をかけようとして、 藤村 瑠亥(ga3862)は開きかけた口を閉じる。
 かける言葉が見つからない。
 誰もが無言のまま、二つの遺体を見ていた。
 外からは時折、何かが爆発する音が聞こえてくる。
「‥まだ終わっていません」
 終夜・無月(ga3084)が暗い雰囲気を打ち破るように、良く通る声で言った。
 瞳には決意の火がともっていた。
「ソフィアはまだ基地内に居ます。俺達で二人の無念を晴らしましょう」
「‥そうだね。無月の言うとおりだ。まだ終わっちゃいない。終わらせちゃいけない」
 赤崎羽矢子(gb2140)が怒りに震える腕を押さえながら言う。
「行こう。泣くのも哀しむのも全て終わってからだ」
 怒りも悲しさも胸に秘めて、今は戦おう。
 それが死んで言った者達への手向けになる。
「兆倍返しだ。必ずこの手で縊る」
 静かな怒りを秘めて、キリル・シューキン(gb2765)も銃を掲げる。
「ソフィアさんを追いましょう。手分けすればみつかるはずです」
 九条院つばめ(ga6530)が橘川を支え上げる。
 橘川はその眼を見て強く頷き返した。
「――もうこれ以上‥‥見知った顔がいなくなるなんて、嫌ですから。
 瑠亥さんの背中‥‥お預かりします」
「‥‥わかった。この腕、雨音の為に使おう」
 藤村は二刀の柄を握り締めた。
 この悲しみを拭うために、誰であれ撃破してみせる。
「レラ姐さん、私は今クールじゃない。多分、周りは見れないよ」
「ええ、構いませんよ。フォローしますから、
 ファナちゃんは好きなようにしていいですよ」
 怒りを隠そうともしないファタ・モルガナ(gc0598)に、
 カンタレラ(gb9927)は艶やかに微笑み返す。
 それぞれに想いを秘めて、全員の意思が揃う。

 傭兵達は逆巻く風に向って走り出す。
 運命の引き合わせか。
 それとも細い糸を自ら手繰り寄せたのか。
 傭兵達は出会う。
 全ての元凶に。



 本星型HWからの通信が切れる。
 ソフィアは供を従えて滑走路を走りながら、通信機を閉じた。
 到着まであと数分。それでケリがつく。 
「ソフィア様ー!」
「ん‥?」
 ケットシーの悲鳴に振り返る。
 エンジンを最大まで吹かせて、AUKVが後背から迫っていた。
「‥来ましたか」 
 進行方向に回り込むように橘川がバイクで乗りつける。
 後ろに乗せたジャックが飛び降りるとすぐさまにAUKVを装着。
 カプロイア伯爵と同じ真紅の外套を靡かせ、ミカエルがソフィアの行く手を遮る。
「ここは通さないんだからっ!」
 橘川の横にはガトリングガンを構えたジャックが立つ。
 色違いの鋭い双眸がソフィアを見据えている。
 足を止めた一行を傭兵達が取り囲んだ。
「グローリーグリム、まさか貴方なのですか?」
 九条院が斧を見て問いかける。
「‥今はソフィアよ。面識はあったかしら?」
「九条院つばめ。貴方とは何度も戦っていますが、名乗ったことはありませんでした」
「‥覚えが無いわね。けど、貴方がそういうのなら面識はあったのでしょう」
「貴様が誰であれ関係ない‥!」
 キリルは叫ぶ。
「本城とも無関係というわけでもないだろうッ! 彼女をどこへやったッ!?」
「知りませんね。答える義務もありません。‥腕ずくで聞いてみたらどうですか?」
 ソフィアは斧を地面と平行に構える。
 数秒の静止、風の音が聞こえるほどの無音。
 暴風が交わるような激しさで、人とバグアは激突した。



 ケットシーと対するファタとカンタレラだったが、
 ケットシーは逃げる一方だった。
「ニャー!」
「逃げるな黒猫ッ! キメラだろうがぁ!」
 ケットシーはファタのガトリング砲を必死にかわす。
 演技ではないようだが、その逃げっぷりはファタの神経を逆撫でした。
「‥仕方ないですね」
 後ろで少々苛立ちながら見守っていたカンタレラは、
 ひとつ溜息をはくと、雷光鞭から電撃を放った。
「ニャッ!?」
 雷光鞭の放った光はケットシーではなく、ソフィアにむかった。
 ソフィアは斧で弾くが、その隙に無月に攻め込まれる。
「貴方が仕事をしないと、ソフィアさんはどんどん困って行きますよ?」
 カンタレラはまるで日常会話を楽しむような嬉々とした笑みで言う。
 さあ戦いましょう、とも。
「‥‥わかったのですニャー」
 ケットシーは諦めたように肩を落とし‥‥、愛らしかった眼を鋭く光らせる。
 ケットシーが王冠の中にあるスイッチを押すと、
 煙幕がケットシーの周囲をアッと言う間に包み込んだ。
「な‥なんだい‥?」
 ファタは思わずあとずさる。
 煙幕の中には、いつのまにか巨大な影が映っていた。
 風きり音が走り、飛び出した巨大な爪がファタの身体を切り裂いた。
「ファナちゃんっ!」
 練成治癒で命は繋ぎとめたが、それ以上の治療はできなかった。
 本能が、目の前の脅威の大きさを感じ取っている。
「良かろう。我が相手をしよう」
 煙幕の中が晴れて現れたのは巨大な化け猫だった。
 喉を鳴らし、太く低い音で威嚇している。
「‥‥嬉しいわ」
 カンタレラは震えた。
 恐怖からではない。
 これから与える痛みと受ける痛みに、恍惚を予感するからだ。
 カンタレラの雷光鞭が静かに放電の音を響かせていた



 ソフィアとの戦闘は熾烈を極めた。
 射撃攻撃への耐性を突破するために近づかざるをえなかったキリルは、
 大斧が生み出したソニックブームに巻き込まれ戦闘不能に。
 牽制をしていたジャックも手詰まりになっていた。
 錬力切れでスキルを有効に活用できず、
 しかし近づけばキリルと同じ結果となって戦線は崩れるだろう。
「はあっ!!」
 裂帛の気合と共にソフィアは大斧をフルスイング。
 衝撃波が空気を歪めて唸り、斬りあっていた無月を襲う。
「ぐっ‥」
 無月はかわしきれずに明鏡止水で受けるが、
 衝撃を殺しきれずに吹き飛ばされ、後ろに数歩押し戻される。
 だが、傭兵達にはまだ手が残っていた。
「以前のボクサーに劣る。他愛のない相手だ」
 藤村が刀を軽く振って血を払う。
 強化人間を撃破した藤村、赤崎、遠倉が戦線に加わった。
 ソフィアと戦って脱落した戦力は補われた。
 橘川と九条院は互いを見交わし、最初にしかけた策の仕上げに掛かった。
「今ですっ!」
 ここまで負傷した腕ばかり狙っていた九条院と無月が、
 一斉に斧を持つ側から襲い掛かった。
 不意を付かれてソフィアは受けにまわる。
 九条院を蹴り、無月を斧の柄で弾き飛ばすが、
 その隙をぬって間髪入れず、橘川の棍棒と赤崎がハミングバードが振り下ろされる。
「あなただけは許さないっ!」
 ミカエルの腕力でソフィアを押さえ込む。
 ソフィアは再び弾いて距離を取ろうとするが、
 懐に入られてしまって上手く立ち回れない。
「あんたが何を考え武人を名乗ったって‥」
 橘川が抑える隙に赤崎がハミングバードで連続して切りかかる。
「やってる事は人を踏み付け、命を奪ってるだけだ!」
 怒りを叩きつけるように、小さな綻びに最大の力を叩きつけた。
「このっ!」
 橘川と赤崎を渾身の力で発生させた衝撃波で押し返す。
 そうして出来た穴を、今度は遠倉の銃撃が埋め合わせた。
 数発の銃弾がソフィアの右腕に直撃。
 FFで防いでも、威力を殺しきれない。
 危うく斧を取り落としかける。
「終わりだっ!」
 その機に乗じ、藤村が二刀を抜き放つ。
 この位置では如何にソフィアといえど、一撃をかわせない。
「‥‥っ。それならっ!」
 ソフィアは左腕を後ろに振りかぶる。
 その腕にはいつの間にか、異星の文明で鍛えられた小手が装着されており、
 黄金色の輝きを放ち始めていた。
 無月はソフィアの動きに気付きはしたが、警告を発する間もない。
「ファントム!!」
 突き出した左腕から閃光と共に不可視の衝撃が迸る。
 コンマ秒以下の衝撃は藤村の胴に直撃。
 俊敏さを誇る藤村でさえ、その一撃を見切ることはおろか、
 何があったかを理解することもできなかった。
 藤村は衝撃を受けて軽々と吹き飛び、コンクリートの滑走路を低くバウンドし、
 倒れ伏して動かなくなった。
「ああああっ!」
 獣のような叫びをあげてソフィアは取り落としかけた斧を握りなおし、
 独楽のような大振りを3回転。
 遠心力を加えた大斧で、橘川の胴を薙いだ。
 赤い衝撃波を伴った一撃が、装甲が砕いて肉が抉る。
 橘川は捻れた方向に回りながら、血をしぶかせて地面に倒れた。
 絶命は免れたものの、指が痙攣し、血が溢れ、立ち上がれない。
「‥‥はっ‥!」
 ソフィアは斧を構えなおす。
 無理がたたったのか、左腕の傷が開き血がとめどなく流れていた。
 バグアなら再生するだろうが、この一瞬には致命傷足りえる傷だった。
「奪ったから何よ‥?」
 ソフィアは言葉を吐き出す。
「失ったならまた奪えば良い。無くしたなら産めば良い。
 それをごちゃごちゃとっ!!
 食い荒らしながら生きているのはお互い様のくせに、知った風な口をきくな!!」
 自身の痛みを誤魔化すように。
 怒気は一体、誰に向けられていたのだろうか。
「私達はこうして生きてきた! 何千年も!
 それ以外の生き方が出来ない生き物なのよ!
 今更生き方なんか変えられない。
 三度の食事を止めて、死ねとでもいいたいのか!」
 怒号はこだまする。
 誰もが動けずに黙ってそれを聞いていた。
 二人の強化人間は倒れ、ソフィアは大きな傷を負っている。
 だが傭兵達も無傷ではない。
 藤村、キリル、橘川、ファタの4人が戦闘不能。
 残り6人もほぼ全員が傷を負い、相当量の錬力を使用した。
 比較的軽症のカンタレラはケットシーを相手に動けない。
 決定打を撃つだけの力が、傭兵達には残っていなかった。
「ソフィア様、あれを」
 ケットシーが上空を見据える。
 ソフィアは顔を上げなかったが、何が来るかはわかっていた。
 上空を通り過ぎる本星型HWから、一体のバグアが半透明の翼を開いて舞い降りる。
「グローリー・グリム殿‥‥いえ、ソフィア・バンデラス殿とお呼びすべきでしたね。
 お迎えにあがりました」
「バスベズル‥か」
 エース用に改装された本星型HWの戦力は圧倒的だった。
 無人となった今でさえ、通常のKVでまるで歯が立たない。
 燃え落ちるKVを背景に、バスベズルはいよいよ慇懃に言葉を紡ぐ。
「此度の失敗は私の不明ゆえ。まことに申し訳なく‥」
「黙って仕事をしろ。私は今機嫌が悪い」
「はっ。申し訳ありません」
「待て!」
「ただで逃がすと本気で思ってるのか?」
 バスベズルは振り返り、複眼の双眸を細めた。
 怒りに満ちた赤崎と視線が合う。
 その背後では、ボロボロになった橘川が立ち上がっていた。
 血が蒸発して傷口を塞いで行く。
 心は折れない、と傭兵達の目が語っていた。
「‥そうか。それは失敬」
 次の瞬間には赤崎の目の前に、ハエの巨人が立っていた。
 瞬間移動ではない。単純に相手が速いのだ。
 驚愕する間はあっても、逃れるだけの時間は無い。
 一本の腕が赤崎の頭を1対の腕が右腕と左腕を掴み上げる。
「!」
 赤崎は怪力を振りほどけない。
 締め上げられながら持ち上げられる。
 そして残りの3本の腕が、赤崎の胴部に詰まった内臓を、
 順番に的確に、且つ力任せに叩きのめした。
「ガッ!?」
 人間と言う生き物の急所を知り尽くした連打を受け、
 赤崎は喉奥からこみ上げてきた血を吐きだした。
「ふんっ!」
 首を持っていた腕がしなり、赤崎を軽々とジャックに向けて投げつけた。
 仲間を避けるわけにもいかず、ジャックが抱きとめる。
「遊ぶな、バスベズル」
「‥はっ」
 油断なく構える傭兵に背を向け、
 バスベズルはソフィアと小さくなったケットシーを肩に乗せる。
 2本の腕は彼らを抱えながらも、残り4本の腕は光線銃を構えていた。
 傭兵達にはとても仕掛ける余裕はなかった。
 バスベズルは背中の羽らしき器官を広げると、ふわりと宙に浮く。
「‥‥‥」
 ソフィアは何か言いたげな目をしていたが、何もいわなかった。
 2人と1匹は空を飛び本星型HWに搭乗する。
 仲間を回収した本星型HWは速度を上げ、数秒で視界から消えた。
 気付けば基地の騒乱は終息し、残骸が吹き上げる火の爆ぜる音だけが聞こえていた。
 


 消せない傷跡を残して、事件は終息した。
 ソフィアを放置した際の被害を考えれば、安い損害で済んだ。
 そうとしか、誤魔化しようがなかった。
 妥当な評価も賞賛の言葉も心に届かない。
 全てを救うなど、例え本物の英雄にも為しえないとわかっても。

 
「せめて安らかに」と祈りだけを捧げ、
 苦難の待つ未来を見据えながら、
 傭兵達は帰路についた。