●リプレイ本文
疑いとは際限が無い。
子供のような年齢の傭兵達に怯え縋りながら、
アリもしない威厳を保とうとする彼らに、
何人かの傭兵達を同情の目で見ていたかもしれない。
「全幅の信頼を頂いている訳ではない事、承知しています。
身内を疑わねばならない状況ですから‥おっしゃる事は当然です」
黒瀬 レオ(
gb9668)、同情か素直な優しさか。
あくまで温和に協力要請。
「僕はあんた達への信頼でなく、商売のためにここに居る。安心してもらおう」
ウラキ(
gb4922)は突き放すように。
金のためという印象付けで信頼を引き出すための演技だ。
「準備が必要ですね。施設をお借りして良いですか」
シン・ブラウ・シュッツ(
gb2155)は淡々と作業を進める。
それを合図に8人中7人が立ち上がり、仕事を開始した。
仕事とそれを受け入れる下地はそれぞれ別個に違う。
白か黒か、疑いや信念、願いを秘めて彼らは席を立つ。
ただ1人、橘川 海(
gb4179)だけは‥。
「‥‥‥‥」
仕事と割り切ることが出来ずに居た。
以前に見た笑顔を信じたい。
それが何故、自分はこんなところに居るのか。
どうすれば良いのかわからず、すぐには前に進めなかった。
◆
傭兵達はシンとシィル=リンク(
gc0972)をバックアップに、
それぞれが疑いのある各人物に張り付く形で調査にはいった。
八葉 白雪(
gb2228)と八葉 白珠(
gc0899)の姉妹は
ソフィア准尉とコルテス大佐を疑い、白珠は直接コルテス大佐の側についた。
ウラキは内偵に際しての情報源を得るため、
無実の人可能性が高いと判断するトニ・バルベラ(gz0283) 曹長と面会した。
疑いのある高円寺少尉には橘川、鉄木中尉には南十星(
gc1722)が同行。
他、黒瀬は各種資料の検索を開始。
誰もが嫌な顔ひとつせずに部外者の参画を拒まなかった。
橘川がわかりやすかったこともあって気付いたものも居るが、
気付いたところで無下にすれば疑惑を固めることになる。
‥とはいえ、そんなことに無頓着というか顔に出てしまう人間は居た。
高円寺は想像のとおりであり、またトニも隠すほどの余裕はなかった。
「不服かい?」
「‥気分が良いわけないじゃないですか」
あまりにも子供らしい反応にウラキはくすりと笑った。
大人顔負けの戦果をあげながらも、まだまだ子供だった。
「‥なんですか?」
「別に。‥僕は君を疑っちゃいない。君を信頼して、聞きたいことがある」
ウラキはそういって、自分の考えを切り出した。
「他言無用で頼む。僕に君の知る真実を全て教えてくれ」
それを聞いてトニはようやく軍人の顔に戻った。
◆
ソフィアが出払って他の副官も不在気味、
ということでネコの手も借りたい忙しさになった大佐の秘書達には
白珠は快く受け入れられた。
「ここの資料、背中に番号が書いてあるからあの棚に順番揃えて片付けてくれる?」
「はいっ」
「この紙の山は全部シュレッダーに」
「はいっ」
白珠は言われたとおりに部屋を走り回る。
秘書達の雑用はコロンビアの戦後処理も重なって多忙を極めており、
慮った大佐が自分で珈琲を入れているような状態だった。
本来なら機密書類もあるのだが、そこは秘書達が間違って触らないように配慮してくれた。
白珠もこのタイミングで覗き見するような気は更々無かったが、
「しかし、悪いね。こんなことまで手伝わせてしまって」
申し訳無さそうにコルテス大佐が言う。
未だ衰えを見せない戦士と言った見かけの人物だが、彼も少しやつれている。
本来なら前線で戦いたいという気迫もあるのだが、
この基地には彼にしか決済できない書類が多い。
仕方なく判子を押す作業に戻っているが、
判子を押すのに自慢の筋肉は役に立たないのだった。
「いえ、こちらで迷惑を掛けるわけにはいきませんから。これぐらいはしないと」
白珠は可愛く微笑んで答える。
そして心の中で小さく謝った。
彼女はここに避難しているわけではない。
大佐本人を調査するために送り込まれたのだ。
警戒していない秘書達の笑顔に、ちくりと罪悪感が刺激される。
「必要なこと」と言った姉の顔を思い出す。
白珠は夜を待って行動を開始した。
◆
シンと白雪は分かれてアルバールの調査に関する不審な点を洗いながら、
シンを囮として捜査を実行していた。
白雪が「シンさんがあと一歩で全てがわかると言ってしました」と、
犯人が聞けば焦りを抱くような嘘を小さく小さく流し、
シンへの襲撃を促すという作戦だった。
だが目論みはそう上手くはいかなかった。
「‥何も動きはありませんね」
ちょっと眠そうにシィルが言う。
彼女は今、白雪のバックアップとして彼女の死角を監視カメラからチェックしているが、
異変らしい異変は調査開始から一切起こっていない。
「見当をつけた中に犯人が居なかったのか‥、ばれてない自信があるのか」
おそらく後者だろうと見当はつけた。
シンが囮となりながらも、見当をつけた人間の動向は全てチェックしていたが、
傭兵達が調査に入って行動半径が狭まった人間は二人だけ。
だがその二人も理由は既に割れている。
「ますますわからなくなりましたね。
白珠さんも特に目ぼしいものは見つけられなかったようですし‥」
「‥本城からの事情聴取も失敗したらしいしね‥」
手詰まりだった。
解決する手段もこれからまた見つけなければならない
「皆の情報を、もう一度見直してからだな」
シンはそういうとディスプレイの電源をオフにした。
◆
橘川が嘘がつけないことが幸いして一之瀬・遥(gz0338)からはお目こぼしがあった。
「ああ、好きにしろ。お前も大変だな」
そんな風に言って以降、周りをうろうろしても黙って見逃してくれる。
南も簡単に鉄木への同行を認められた。
だが高円寺はそうは行かなかった。
「護衛? 要らない。1人で十分」
突っぱねて話を聞こうともしない。
「そういうな。彼女も仕事なんだ」と一之瀬の取り成しも合って、
ようやくスタートできたようなものだ。
最初期こそ邪険に扱われるばかりの橘川だったが、
それでも時間をかけるうちにようやく打ち解けて話す機会も増えるようになってきた。
橘川が調査とは関係なく、1人の人間として接したからだ。
話をしている中で橘川は少しずつ高円寺の性質を掴んでいった。
人間不信だが、中身は真面目で気遣いも出来る全うな人格者だった。
そうして彼女を理解しながらも、理解できないことは残る。
ソフィアの処遇の寛容さだ。
「ソフィアさんには、優しいんですね?」
「‥そうね。悪い?」
この件に関しては、高円寺は一切何も喋らなかった。
不機嫌な声で今日も返事を拒む
「そうじゃないですけど、‥私とソフィアさん、どこが違うんですか‥?」
「‥私は誰も同じには扱わない。それだけよ」
何もわからない。
輪の中に入れない疎外感だけが残っている。
一番大事な人になりたいとか、そんな意味では無いけど、
友人になるのに何が足りないというのだろう
「‥‥故郷に帰れない彼女に‥同情、ですか?」
「違う! そうじゃない!」
高円寺は更に声を荒げた。
声にはほんの僅かに焦燥のようなものが混じっていた。
「‥そうじゃない。そうじゃないの。わかってよ!」
理解して欲しい。
理解してもらえると、高円寺に思ってもらえている。
橘川はその意味を噛み締めた。
「今はいえない。けど、今は聞かないで。この事は、私は兼定さんにだって話せないの。
だから、あと2ヶ月‥ううん、1ヶ月かもだけど‥‥‥‥‥‥」
「‥どうかしました?」
「‥‥‥‥あれ‥?」
勢い良く喋っていた高円寺が、唐突に言葉を区切っていた。
視線は橘川から逸れ、思考の海を泳いでいる
「おかしい」
「何がですか?」
「ごめん。また今度、ちゃんと話す」
橘川には呼び止める間も無かった。
高円寺は早足で歩き出したと思うとその場で覚醒、
窓から外に飛び出ると、瞬天速を使って誰かを探すかのように走り去ってしまった。
それ以後、高円寺は完全に連絡を絶った。
一之瀬大尉にも居場所はわからず、知っていそうな鉄木中尉も姿を消した。
橘川は高円寺と二度と会うことはなかった。
◆
「それで鉄木中尉も居なくなったのか」
何をどうやっているのか、彼ら二人を見つけることはできなかった。
「でも、一応は問題は無いだろう」
ウラキは答える。
トニの証言から一之瀬の潔白は確定しており、
また子飼いである二人のこれまでの不審な行動についても、
居なくなるまえの鉄木から潔白が証明された。
「危うく切られるところでしたけどね」
南が若干青くなりながら零していた。
知らなかったこととは言え、ぷっつんな少尉に閨の話を聞くところだった。
これに関しては察してくれていた鉄木は詳細をややぼかしながらだから、
南に必要な情報は全て開示してくれた。
「君の技量で尾行は危険だ。死にたくなければ止めておけ」
とも冗談めかして言う。
細心の注意を払っているのはお互い様。
南では平時から修練を積んでる高円寺の眼を掻い潜れない。
「結局、高円寺さんの話って何だったんだのかしらね?」
白雪が疲れを溜息で吐き出しながら言う。
大よその人物の潔白されながらも、それだけが疑問だった。
「それだったら多分、ソフィアさんの妊娠のことじゃないかな」
「え? ソフィアさん、妊娠してたの?」
「うん。彼女、2月の頃に妊娠してたんだ。‥‥この前のことで流れちゃったみたいだけどね」
黒瀬が調査した資料を全員の前に提示する。
「主治医のサビーノ先生にしか言ってなかったみたいだけど、
高円寺さん、自分で気付いたんじゃないかな」
そう考えれば納得行くところも多い。
これならヤキモチ焼きの少尉でも、浮気がどうのと疑う前に彼女の身を案じるだろう。
「‥ねえ、それっておかしくない?」
「何が?」
白雪が資料を凝視している。
「高円寺さんの言っているのは、ソフィアの妊娠のことよね?」
「多分。一ヶ月とか二ヶ月ってのはお腹が大きくなっちゃって、
隠せなくなるって意味だと思う」
「そうよね? だとしたら、高円寺少尉の反応って、何かおかしくない?」
「そうか‥! そうだよね‥」
黒瀬が橘川のレポートと見比べる。
「でも、彼女が知らないままそういう風に思ってるだけかも?」
「彼女が自力で気付いたことを考えると、それは幾らなんでも鈍すぎるわ」
「あ‥!」
「橘川さん、どうしたの?」
「高円寺さんが、その話をした時、確かめに行くって‥。
でも、そんな雰囲気じゃなかった」
あの時の高円寺の言葉に親愛の情は無かった。
苛烈な何かが渦巻いていた。
橘川の心に「また今度」という言葉だけが反響していた。
「‥ソフィアさんを拘束しましょう。彼女は何かおかしいわ。
母親になった女の人が、そんなに簡単に子供を諦めて、
あんな風に振舞えるとは思えない」
白雪が女性の1人として違和感に説明をつけた。
その見解に黒瀬も頷く。
「強化人間や洗脳スパイなら検査で見抜けるってお医者さんは言ってたけど、
‥ヨリシロを見抜けるとは誰も言ってないんだ。
やっぱり行方不明の何日かの間に、ソフィアさんに何かあったんだ。
彼女がもしヨリシロだったら、皆の疑いやここまでの辻褄が合う!」
ソフィアは戦闘能力は低いが、その地位や知識はヨリシロにする価値が十分にある。
疑いを喚起していたの誰だったか。
ソフィアが首謀者なら他者に疑いがかかるのは望ましいことだ。
探偵でも何でもないソフィアが何故素早く内通者を見つけていたか。
彼女が首謀者なら可能だ。
彼女が調査の訓練を受けていなくても容易な話だ。
黒瀬は自身の推論に肉付けがなされていく過程に、言いようの無い怖気を感じた。
「一之瀬さんかコルテス大佐に連絡しましょう。
軍医の人達にも更に詳しく聞き込みをしないと‥」
犯人発覚の際して、可能な限りの能力者を準備して包囲するように
既にシィルがコルテス大佐に取り付けていた。
何があったとしても、動く理由さえ明確になれば方はつく。
間に合えば良い。
焦燥を胸に、傭兵達は動き出した。
≪【JTFM】GarnetElegy4に続く≫