タイトル:【JTFM】GarnetElegy2マスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/06/02 13:23

●オープニング本文


 目の前に広がる状況に、ソフィアはしばし立ち尽くした。
 傷つき倒れた兵士、破壊された戦車、ひっきりなしに今なお届く敗色の濃い通信。
 一体誰と戦争したというのだろう。
 ただ、人間1人を追っていただけだというのに。
「正直、侮っていました」
 側に立っていた少佐が悔しそうな顔で零した。
 情報は武器。ソフィアはその言葉を痛いほどに実感する。
 スラムに逃げ込んだ本城の逆襲ぶりは、とても非能力者とは思えないものだった。
 装甲車10台、戦車5台が大破。
 兵員の死傷者が既に100名を越えている。
「何があったんですか?」
 ソフィアは優しい口調で問いかける。
 少佐は躊躇いながらも、しっかりとした口調で状況を説明しはじめた。
 スラムで彼らを出迎えたのはありとあらゆる通常兵器の猛攻だった。
 地雷、狙撃、建物を崩壊させての防戦、そして挙句に本人の奇襲。
 対キメラ戦の力押しに慣れていた兵士達は対応に遅れるばかりだった
「‥能力者が居たでしょう?」
「能力者の居ない部署を狙われました。それも的確に」
 どこから監視しているのかわからないが、本城は部隊の編成さえも見切っていた。
 一般人ばかりの部隊を狙い、能力者が迎撃に現れる前に撤退する。
 能力者の眼ならば彼女を追えるが、人数が足りない。
 今は部隊の戦闘に能力者を立てて警戒しながら進んでいるが、
 今度はぱたりと攻撃がやんだ。
 このまま睨みあいが続けば能力者の錬力は持たないだろう。
「現状の戦力では捕縛は難しいでしょう」
「‥わかりました」
 ソフィアは何かを決意するように言葉を切った。
「傭兵を使いましょう」
「‥それで、捕まえられるでしょうか?」
「無理なら発見だけでも。‥‥最悪、射殺もやむなしです」
 勿体無いと思う。
 一般人でここまで出来る人材を、
 ここで殺してしまうなどということはしたくない。
 それでも状況が選択を許さない。
「‥嫌な話ね。お酒で誤魔化したくなるわ」
 ソフィアは重い溜息を吐いた。



 無人となったオフィスビル街の一角に本城は居た。
 ビル3階のフロアで椅子に座ったまま、マガジンに弾を積めている。
 その横には対戦車ライフル、地雷、爆薬、煙幕、その他諸々。
 わかりやすい火器から食糧一式、何に使うのか解らないものまで、
 多数の物品が並べられていた。
 物品を並べたのは彼女ではない。
「これが今回の援助物資。目録は要る?」
 本城が顔を上げる。
 白いスーツの男、グリフィスと目が合った。
「置いていって。あとで見る」
 しかし本城はすぐに興味を失って俯く。
 焦点の合っていないように見える目は、地面ばかり映していた。
 飾り気の無い布製のチョーカーを物憂げな顔で撫でている。
 グリフィスは「困ったね」と言わんばかりに肩を竦めた。
「君の事、上司には推薦しとくよ」
「要らないわ」
「僕がしたいんだ」
「要らないって言ってるでしょ。死に場所なら、ここで間に合ってるわ」
 グリフィスは言葉を失った。
 死にたがりを説得する言葉は無い。
 強化処置を施せば彼女はまた戦える。
 是非ともそうであって欲しい。
 自分から降りてしまった舞台に彼女が復帰してくれることほど、
 今の彼にとって喜ばしいことはない。
「他に何か、欲しいものある?」
 無視ともとれる沈黙が続いたあと、本城は小さな声で呟いた。
「‥‥淹れたての珈琲が飲みたいわ。出来る?」
「それならお安い御用で」
 グリフィスは笑みを浮かべて、慇懃に過ぎる仕草で会釈した。
 その笑みには、珍しく邪な気配はなかった。 

●参加者一覧

アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
錦織・長郎(ga8268
35歳・♂・DF
リュドレイク(ga8720
29歳・♂・GP
アキ・ミスティリア(gb1811
27歳・♂・SN
キリル・シューキン(gb2765
20歳・♂・JG
フィルト=リンク(gb5706
23歳・♀・HD
佐賀重吾郎(gb7331
38歳・♂・FT
ブラドダーム博士(gc0563
58歳・♂・ST

●リプレイ本文

 夕焼けが並ぶレンガの壁を染める頃、
 街にはようやく静寂が戻った。
 軍と本城の睨みあいが続いて戦闘は収束し、
 今は散発的なキメラとの戦闘が起こっているだけだった。
 傭兵達はその刻限になってようやく到着する。
 現場に案内され、状況を説明された傭兵達の反応は様々だった。
「ふむ、ただ一人がここまでできるとはな。」
「何とかして生きたまま捕まえたいところですが‥」
 ブラドダーム博士(gc0563)とリュドレイク(ga8720)はまず感嘆の声をもらす。
 攻勢がなくなり破壊された戦車や装甲車は片付けられているが、
 テントに運ばれてきた死傷者の数は尋常ではなかった。
「何を考えているんだ‥」
 キリル・シューキン(gb2765)は苦々しい声で言う。
 その声は驚きと怒りで練られて出来ていた。
 メンバーの中では最も感情的だったかもしれない。
「どう見ても陽動にしか見えないね」
 錦織・長郎(ga8268)が言う。
 理由の解釈や見解に差異はあれども、皆彼のように何らかの意味を考えていた。
 場当たり的な対処に見せかけているが、意味はある。
 陽動、というのは恐らく正解に近かっただろう。
「敵と通じていたと言うが、何の得があるのやら」
 佐賀重吾郎(gb7331)は関心もなさそうだった。
 バグアに寝返るのは愚か、と切り捨ててしまっている。
「さあ? 理由は様々でしょうけど、私達の仕事は彼女の捕縛。
 そこまで考える必要はないでしょうね」
 アキ・ミスティリア(gb1811)の答えも同様だ。
 冷徹に自身の論理に当てはめる能力者の中にあって、
 フィルト=リンク(gb5706)は浮かない顔をしていた。
「どうかした?」
 一歩引いていたアグレアーブル(ga0095)だけがそれに気付いていた。
「いえ‥。‥‥私は本城さんを気に入ってましたので‥」
 残念でならない。
 どんな事情があったのかは知らないが、死人が出てしまった以上庇いようがない。
「そう」
 無感動にそれだけ言ってアグレアーブルは視線を戻した。
「せめて理由を聞ければと思ったのですが‥」
 尋問の機会はあっても、このメンバーに感情でお願いをするのは無理だろう。
「それなら、私も興味があるわ」
 フィルトはアグレアーブルの横顔を見る。
 そこには変わらず、何の表情も映っていなかった。
「彼女を見つけて、話しはそれから」
 抑揚の無い声でアグレアーブルは言う。
 彼女の瞳は慣れ親しんだ空気をまとう街並みだけを映していた。



 軍属能力者5名と佐賀、リュドレイク、錦織は計8名は、
 陽動班として街路を練り歩いた。
 人が嵌れば必殺となる罠があちらこちらに敷設されていたが、
 リュドレイクの探査の眼もあって順調に回避していった。
 例え発見できずとも罠ごと踏み潰すのも容易かった。
 能力者に傷をつけるには、この数倍以上の火薬が圧力が必要になるだろう。
 時折キメラが散発的に襲撃をかけてはくるが、
 能力者が8人も居れば大よそどんなキメラでも撃破可能だ。
 そうこうして進むこと1時間。
 成果らしい成果は未だに見えなかった。
 偵察を買って出た5名から、未だ有力な情報は届いていない。
 遠くから建物が崩れる音が響いてきた。
「フィルトさんから連絡です。3階建ての建物が崩壊したそうです」
「外れか」
 錦織は地図上の調査済みの地区に斜線を引く。
 成果なしではあるが、錦織は焦らなかった。
 確実に包囲しつつある確信があったからだ。
「‥錦織殿、アグレアーブル殿が不審者を見つけたらしい」
「不審者?」
「アキ殿にバックアップをお願いしたいと言っている。‥もしかすると‥」
「‥わかった」
 この時点で不審者となれば、本城の協力者かもしれない。
 錦織はアキへの連絡を頼むのと同時に軍属の能力者に、周辺の包囲を要請した。



 アグレアーブルの予想は的中した。
 物資の提供者と合流しやすく、人目を避けることができ、
 篭城しやすく、裏口のあるオフィスビル。
 最初期の襲撃位置からは移動したものとして除外して虱潰しにしたところ、
 10件目の該当物件でその人物を発見した。
 ボロ布をまといながらもスラムの住人とは明らかに空気の違う人間だった。
 その人物をビルの屋上から監視して10分たったころ、仲間からの通信が帰って来た。
「アキです。配置についた」
 視線を横にずらすとビルの四方を狙える位置にアキが狙撃の姿勢で待機していた。
「了解。仕掛ける」
 アグレアーブルは屋上から10m下の街路に飛び降りると、跳ねるようにその人間に襲い掛かった。


 ボロを纏った男―グリフィス―にとってそれは完全な奇襲になった。
 地面に彼女が着地する音で辛うじて反応したが、
 直上から攻撃されたらどうなっていたかわからない。
 足場の悪さが直上からの奇襲を防いだようだが、
 それがどちらにとって幸運だったかはわからない。
「ちっ!」
 アグレアーブルが突き出したナイフがまとっていた布を裂き、
 グリフィスのスーツの袖を裂き、備えていた金属板に弾かれた。
 致命傷にならなかったとわかるや、アグレアーブルはすぐさまナイフを引っ込める。
 赤い髪がフードからあふれ出し、彼女の動きに合わせてたなびき流れる。
 鋭くナイフを振るう彼女はグリフィスからは人間以外の何かに見えた。
 鮮やかな赤の流れは妖艶な貴婦人か蛇か。
 グリフィスは距離を取られるまえに拳を振るう。
 蛇のようにしなる拳はアグレアーブルの腕を交わし心肺の位置に直撃。
 構えが僅かに解かれたその間隙を縫って蹴りが飛ぶ。
 かわせないと悟ったアグレアーブルは蹴りの衝撃には逆らわず、
 自分から後ろに跳ぶことで衝撃を殺す。
 転がりながらも倒れこむことだけは避けた。
 グリフィスはそのまま追撃に移ろうとするが、寸前で跳ぶように後ろに下がった。
 彼の居た場所を銃弾が通り過ぎ、壁に当たって跳ねる。
 アキの狙撃はぎりぎりのところでかわされてしまった。
「勘が良いですね」
 無線機からアキの溜息が聞こえる。
 それに続いてリロードの音も。
「残念。もう一度行こう」
 口から伝う血を拭って、アグレアーブルはナイフを構えなおした。
 だがそれと対象的に、グリフィスは構えを解く。
 その顔には苦痛に耐えるような表情が浮かんでいた。
「?」
「‥‥仕事に失敗してこのザマなんて‥」
 地に向けて開いたグリフィスの両腕が不気味に赤く発光する。
 その発光は能力者のアグレアーブルには見覚えがあった。
「力で潰すぐらいなら、僕の価値なんか無い。僕は自分の価値を証明する!」
 グリフィスは何かを掬いあげ投げるように腕を振るう。
 赤い衝撃波がアグレアーブルの眼前を覆うように広がり、
 次の瞬間に二人の中間点で地面に直撃する。
 砂と埃を撒き散らし、噴煙で視界を塞ぐ。
 見えない煙の向うからは小さく浅く跳ぶような足音が聞こえていた。
「なんか爆発してましたけど、大丈夫ですか?」
 敵の監視を引き受けていたリュドレイクから通信が来る。 
「‥本城のサポートを1人排除した。
 それと、本城は必ずこの近くにいる」
 アグレアーブルは赤い髪を掻き分け、事も無げに報告した。




 銃撃の音が響く。
 傭兵達は狭まった包囲の中に本城を捉えていた。
 兵士を使って逃げる彼女に制圧射撃をかけ、軍属能力者を周囲に配置。
 傭兵8人のみで最後の詰めを敢行する。
 彼女を最初に発見したのはリュドレイクだった。
 本城をビル内の端の部屋に追いつめる。
「もう、逃げられませんよ?」
 窓の側に立つ彼女に拳銃を突きつける。
 本城は既に右腕と右足を負傷し、全力で走れない状態になっていた。
 その傷はアキが狙撃でつけたものだ。
 本城はリュドレイクの居る入り口とは別の方向の壁を見た。
 みしみしと小さな音を立てていた壁は鈍い音で砕ける。
 壁の向うには迂回してきたフィルトの姿があった。
 遅れながらブラドダームやアグレアーブルも姿を現し、
 本城は完全に包囲された。
 アキと錦織は姿を現さないが、俯瞰できる位置にいるのは明白だった。
「恭香さん、大人しくしてください。
 ‥何があったんですか?」
「‥それを私が喋ると思う?」
 フィルトの問いをかわす。
 予想通りの返答だった。
 それが彼女にとって本意であってもなくても、そうと答えざるをえない状況なのだろう。
 彼女の追い詰めたは良いが、傭兵達にはその条件を覆すことができなかった。
 あとは強引な手段しか存在しない。
「‥これ以上は待てない」 
 窓から不意に影が落ちる。
 気配を殺し近づいたのはキリルだった。
 一つ上の階から降りてきたキリルは本城を背面から奇襲した。
 異変に気付き振り返るだけの余裕があったのは流石だが、
 能力者に一般人では歯が立たない。
 キリルはすばやく本城の腕を捻り上げて押し倒すと、
 もう片方の手を彼女の口に突っ込んだ。
 咥内に異物なし。
 リュドレイクから渡された布を手の代わりに押し込む。
 手馴れた一連の動作を能力者の剛力で進められ、本城には抵抗することもできなかった。
「本城、お前には聞きたいことがある。筆記で答えろ!」
 キリルは用意していた紙とペンを取り出し、片方の腕を解放する。
 だが、上手く行っていたのもそこまでだった。
 しゅっっと空気の抜けるような音がする。
 本城の唯一戒めを解かれた腕と指が痙攣しはじめた。
「! ドクトル!」
 ブラドダームが呼ばれて近寄り、蘇生を始めたが、
 その場での尋問は以後不可能となった。



 ブラドダームが側に居たおかげで、本城は致死量に近い毒を受けながらも命を繋ぐことができた。
 その後の検査の結果、体内に爆弾らしいものはなし。
 彼女の衣服に付けられていた盗聴器と、チョーカーについていた毒針の爆弾は除去した。
 だがそれ以後彼女が目を覚ますことはなく、
 彼女が何故裏切ったのかなど肝心な情報は得られなかった。
 3日間昏睡のまま集中治療室で眠り続けた彼女は、
 4日目には忽然と姿を消していた。
 白いスーツの見慣れない男が彼女をさらっていたという未確認の情報があるが、
 それも最後まで確認はとれずに終わった。