タイトル:【AA】北阿陽動偵察Cマスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 1 人
リプレイ完成日時:
2010/05/09 12:22

●オープニング本文


 イタリア、ローマから南へ200kmの地点、地中海洋上。
 タンカーを改造したKV母艦の甲板上に、ジゼル大尉は居た。
 海上を吹く風は穏やかだが、春先の風は寒い。
「こんな遠くまで飛ばされるとはな‥」
 集結しつつある艦隊を眺めながら、ジゼル・ブランヴィル大尉は苦笑した。
「ジゼル大尉」
「なんだ、准尉」
 ジゼルは振り返る。
 クラリス准尉が、未だに慣れない挙動で敬礼をしていた。
「スピリットゴーストの最終チェック、完了しました」
「ご苦労。ブリーフィングまで待機していろ」
 彼女の背後には出撃を控えたスピリットゴーストが飛行形態で配置されていた。
 機体の両翼にはスクラムジェットブースターが装備されている。
「はい。‥‥あの‥」
「心配するな。何も問題ない」
 不安そうな顔をするクラリスを見て、ジゼルは軍人らしい顔を崩した。
 ラストホープから傭兵達が欧州へ流れるのにあわせ、
 作戦参加可能な兵器や人材も多数、欧州に送られた。
 ラストホープで機種転換訓練を受けていたクラリス・チェンバレン准尉も同様だった。
 彼女は他部隊の所属ではあるが、それでも一時的に傭兵と同じような運用をする事は可能だ。
 最新鋭機の一機を捨て置くような余裕も無い。
 ピエトロ・バリウス中将の配下らしい考え方だった。
「准尉はスピリットゴーストで優秀な成績を残した。実戦でも同様に戦えると信じている」
 ジゼルは身一つで来た為、管制のみでの参加となった。
 大規模作戦が発令されて余りの機体など1機もない。
 もしもの時、隣に居ることは出来ないのだ。
「いつか、私が居なくなっても戦えるようにする。その訓練だと思え」
「そんな‥」
 不安が重なり、震えるクラリスをジゼルはそっと抱きしめた。
 また「甘やかしが過ぎる」とスタインベック中佐に怒られるなと、苦笑してしまう。
 軍隊なのだから甘えが不要なのはわかる。
 でも、それだけで人間が生きていけるわけじゃない。
 優しさが必要な人間が余りにも多すぎる。
「スピリットゴーストなら性能は十分。今回のような任務にも十分使える。
 これが卒業試験代わりだ」
「はいっ」
 クラリスの震えは止まっていた。
 あの街で見せた、決意を身にまとっている。
 もう心配ないだろう。
 ジゼルは微笑んで、クラリスの肩をそっと叩いた。
 仮初の優しさを使う彼女と、真実しか告げないスタインベック中佐。
 どちらが子供達にとって優しいのか。
 危険を与えるのに欺瞞ばかりでも良いのか。
 ふと、ジゼルはそんな事を考えてしまった。



「これより作戦を説明する」
 欧州軍の少佐の言葉とともに、室内正面のモニターに光が灯った。
 地中海の広い海図には多数の情報が表示され、
 今回の大規模作戦が如何に大きいかを物語っている。
「君達の任務は、アフリカ大陸北岸の偵察とそれに伴う陽動である」
 朗々と響く言葉に合わせ、画面が移り変わる。
 拡大された海図には現在位置が表示された。
 KVの配備数自体は少ないが、この近辺の部隊から
 様々な形で援護が行われているのが見て取れる。
「偵察班に所属する傭兵の管制はジゼル大尉に行ってもらう。
 以後は彼女の指揮に従え」
「北中央軍のジゼル・ブランヴィル(gz0292)大尉だ。宜しく頼む」
 ジゼル大尉が進み出る。
「今回我々は、アフリカ北海岸の偵察を担当する。
 第一フェイズ、傭兵を中心に編成された部隊が
 サルディニア島西部の小規模前線基地への攻撃を開始し、
 観測される敵戦力の3割以上が動き出した段階で第二フェイズに移行する。
 偵察班は第一フェイズ開始と同時に高度7000mまで上昇。
 西王母及びA−6イントルーダー改より空中給油を受けて待機。
 第二フェイズ移行と同時に全機ブーストでジェットスクラムブースターを起動。
 マッハ10の速度で一気にアフリカ大陸上空へ突入する。
 突入後は旧チュニジア領と旧リビア領の国境付近、ナールート近辺まで移動する」
 第二フェイズの予想戦力配置図へ画面は移り変わる。
 赤い光点がアフリカ大陸を覆っていた。
 敵の総数は確認されるだけでも優に1000を超えている。
「到達後はジェットスクラムブースターを破棄、
 以後は戦闘を避けつつ可能な限りアフリカ大陸の偵察を続行。
 敵HWが集結するまえに再びブーストを使用して撤退する。
 撤退に際してはUPC欧州軍艦隊から援護を行う予定だ。
 洋上を出てイタリアまで帰還すれば友軍のKV部隊が防壁となってくれるだろう。
 脱出後、各戦線の撤収を第三フェイズとするがここでは君達に役割は無い」
 ジゼルが言葉を切り、傭兵達とクラリスを見渡す。
 もしもの時はこれが皆と話す最後の機会になるかもしれない。
 一堂を目に焼き付けるように、1人ずつ顔を見た。
「当然のことだが、敵地で撃墜された場合、パイロットの回収は限りなく難しい。
 自決と自爆の準備を各KVに施してある。各自の判断で使用しろ。
 以上が本作戦内における我が隊の役割だ」
 言葉だけは事務的に。
 ジゼルは作戦説明を区切った。

●参加者一覧

UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
Anbar(ga9009
17歳・♂・EP
レイヴァー(gb0805
22歳・♂・ST
美空(gb1906
13歳・♀・HD
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
澄野・絣(gb3855
20歳・♀・JG
番場論子(gb4628
28歳・♀・HD

●リプレイ本文

 第一フェイズ開始まであと僅かとなる。
 搭乗者の傭兵を交えての最終チェックが行われていた。
 UNKNOWN(ga4276)は1人、遥か向うの北アフリカに視線を向けていた。
 風はやや強く、手で押さえなければ帽子を飛ばされてしまう。
「さて、今はどうなっただろうか‥‥」
 2年前、彼や他の傭兵達は依頼でアフリカの都市を訪れていた。
 その時はまだ人の気配のする街が残っていた。
 音信不通となって長い時間が過ぎ、今その街がどうなっているのか誰も知らない。
 偵察班として編成された9人が最初の目撃者になるのだ。
「作戦開始30分前。各隊は所定の集合せよ。繰り返す‥」
 UNKNOWNは加えていた煙草の火を握りつぶした。
 


 遠雷が響くように戦場の音が流れる。
 遠くの空、サルディニアの上空に閃光。
 艦隊からはミサイルによる援護射撃が間断なく打ち込まれている。
 最大望遠では戦況はわからないが、乱れる航跡雲が戦線の激しさを物語っていた。
 作戦は既に半ばまで進んでいる。
「最後にもう一度作戦を確認するよ」
 赤崎羽矢子(gb2140)が短距離の弱い電波で旋回中の各機に呼びかける。
 この強さなら流石に傍受の心配は無い。
「ナールート到着後にチュニス経由でイタリアに抜ける班は
 Anbar(ga9009)、美空(gb1906)、龍深城・我斬(ga8283)、クラリス・チェンバレン。
 トリポリ経由で海岸線沿いを偵察する班はレイヴァー(gb0805)、番場論子(gb4628)、
 澄野・絣(gb3855)、UNKNOWN、そして私。間違いないね?」
「ああ、間違いない。クラリス、飛行位置をもっとこっちへ」
「は、はいっ」
 龍深城に招かれてクラリスはスピリットゴーストを寄せる。
 普段以上の重装備にスクラムジェットブースターをつけた機体に乗っているため、
 クラリスの挙動は少々危うい。
 だがそれはクラリスに限った話ではなく、他の多くのメンバーに言える事だった。
 慣熟訓練はしたが慣れない装備には違いない。
 誘導する龍深城もそれ以上の余裕は無かった。
「情報を少しでも多く手に入れない事には目隠ししたまま戦うようなものだからな。
 それだけ俺たちに任務は重要だって事だな。
 必ず無事に帰還して傭兵の底力を示してやろうじゃないか」
「ええ、大天使が飛翔する道筋を示せれば良いですね」
 与えられた任務の大きさに意気を上げるAnbarと番場。
 他の者も少なからず自負というものを感じずには居られなかった。
「偵察隊各機に告ぐ。作戦は第二フェイズ移行」
 管制機に乗るジゼル・ブランヴィル(gz0292)大尉から作戦開始の合図が告げられた。
 ルート維持・誘導の為に共に飛行していた通常戦闘機が離れ、
 北アフリカまでの道が開かれる。
 各機で連動したデジタル時計がカウントダウンを開始した。
「全機出撃。スクラムジェットブースター起動」
 9機のKVはタイミングを同期させブーストを起動する。
 M3を越えてスクラムジェットが起動、M10以上の速度とそれに伴うGが傭兵達を襲う。
 戦闘の景色が凄まじい速度で過ぎ去っていくが、それを見る余裕は無い。
(「北伐の時はこの加速度をあの子は体感したわけでありますか。
 これは‥‥確かに‥‥きつい‥‥」)
 美空はグレプカの空に散って行った姉妹を想った。
 一瞬、この速度の重圧の先に死があるような幻覚を見る。
 生きて帰らなければならない、死んでいった姉妹の為にも。
 美空は閉じてしまった目をゆっくりと開いた。



 アフリカ北海岸に差しかかった傭兵達が最初に目撃したのは、
 作り変えられてしまった海岸線だった。
「なんだ‥これ‥」
 誰かが呟く。
 眼下に見える海岸線は定規で引きなおしたような直線だった。
 埋め立てられた海岸線のそこかしこにはバグア製と思しき土木作業用の機械が動いており、
 砂をさらわれ形を変える海岸をさらに作り直している。
 放っておけばコンクリートで固めてしまいかねないような作業だ。
「‥ひどい」
 Anbarは思わず呟く。
 作りかえられているのは海岸線だけではない。
 都市そのものも変わってしまっている。
「人影がない‥」
 レイヴァーは複数のカメラを何度も調整して大地を撮影する。
 ビルには蔦が巻きつき、道路はどこも荒れ放題だ。
 植物は我が物に繁茂し、あるいは枯れ果てていた。
 人の居なくなった都市には砂漠の砂も押し寄せている。
 その都市のいたるところには、大型のキメラが闊歩しており、
 何体かは空を飛ぶ侵入者に鋭敏に捉えていた。
 ビルの屋上にはバグアの対空銃座もあるが、高高度を飛ぶ傭兵達を狙えない。
「ひとまずはナールートまで飛びましょう。こういう時こそ予定を崩さないのが一番ね」
 番場の一言で、やや崩れかけていた編隊が再び集結した。
 


 都市のあったはずの場所はやはり廃墟に変わっていた。
 だがここには沿岸部と違う風景が広がっていた。
「何だこれ‥?」
 高度をやや落とし、見たことの無い建造物をカメラに収める。
 建造物はドーム状の何か、としかいえない。
 コンクリートのような、違うような、見たことの無い素材で覆われた建造物が、
 そこかしこに乱立している。
 ナールートに向った者達と同じく都市に人はなく、
 代わりにその周囲に何かが移動したであろう後も残っている。
「これがバグアの都市か?」
 高度を落としても動きらしいものは見えない。
「わからない。でも他に人の気配がないと考えると‥」
 このドーム状に収容されている可能性が高い。
 各機はスクラムジェットブースターを破棄し、空中で自爆させる。
 更なる情報を得ようとドームへと接近する。
「出てきたぞ。迎撃のヘルメットワームだ」
 ドームの近くの砂漠から、砂を巻き上げて何機ものHWが飛び立つ。
 澄野機、龍深城機、クラリス機がすぐさま迎撃に向う。
「ここで落ちるわけにはいかないのよ」
 最速で接敵した澄野機:赫映がプラズマライフルで小型HWを瞬く間に撃ち落す。
 最善とは言え重要施設に遠いせいか、HWの戦闘力は平均程度のものしかなかった。
「よし、空撮終了。撃破したら2班に分かれて‥って早いわね」
 赤崎が苦笑する。
 火力の大きい機体が3機で15秒しか掛からなかった。
「予定どおり2班に分かれる。‥無事で」
「ああ、またイタリアで会おう」
 翼を振って互いの無事を祈ると、偵察班はチュニスとトリポリに向け、
 二手に分かれていった。




 海岸線を飛ぶ偵察隊には断続的にHWの襲撃が行われた。 
「その程度で骸龍を捕まえられるとお思いですか?」
 レイヴァーの骸龍はひらりひらりとHWのプロトン砲をかわす。
 交わしながら他の機体がHWを撃破するのを眺めつつ、
 HWの飛来方向へカメラを向けていた。
 基地施設らしいものは何箇所かに散見されたが数は多くない。
 だが基地施設の少なさにも関わらず敵は徐々にその数を増していた。
 レーダー上の赤い点はそろそろ数え切れない。
 当初こそその場の兵力のみで迎撃という姿勢が見え隠れしたものの、
 偵察隊の戦力に対応して強力な機体が空に上がるようになった。
 遠くにはギガワームらしき影が2隻。
 その中から多数のヘルメットワームが出撃する。
 多くは代わらず無人小型機だが、速度や質量の差からそれ以外も出撃していることがわかる。
「‥本星型が10‥20‥」
「数える時間があるなら逃げるべき、だな」
 中型のHWを撃墜したUNKNOWNが至極尤もな事を言う。
 通信からは時折呻くような吐息が聞こえた。
「撤退しましょう。連絡を」
 澄野がHWを撃墜して反転するように機動し、戦列に戻る。
 傭兵達は進路をイタリアに向けるとブーストを再点火。
 KVの速度は一気にM5を越え、人類側勢力圏に直進する。




 追撃に集まったヘルメットワームは50機を越えた。
 無線の先ではトリポリに向ったメンバーもまだ戦闘を続けている。
「いい加減しつこいぜ!」
 追撃で放たれたプロトン砲が龍深城にかする。
 距離が離れている以上、ほとんど当たらないのだが、
 まれに至近距離を通過する。
「偵察機を逃がす理由はないであります」
 だからこそこの数が追っ手に差し向けられたのだろう。
 傭兵達は必死に操縦桿を握り、速度を殺さないように全速力で進む。
 異様に長く感じた数十秒のあと、レーダー上前方に別の反応が現れた。
 遠距離から放たれたミサイルがHWに直撃する。
 火を噴く機体の爆発音が聞こえた頃に、通信が入った。
「任務ご苦労。後は我々に任せろ」
 正規軍のロングボウIIがすり抜けて行く。
 続くバイパー部隊はホーミングミサイルを一斉射し、
 ヘルメットワームを次々に撃墜してくる。
 追いかけていたはずの本星型の姿は既に無く、無人機も潮時と見て逃げ腰だ。
 逃げるヘルメットワームの1機に大口径の高分子レーザーが直撃する。
「お帰り。待ってたわ」
 艦隊と行動を共にしていた百地・悠季(ga8270)のディアブロ:ポザネオだった。
 ポザネオは偵察班の機体とすれ違うと、正規軍と共にHWを迎撃する。
 どちらにとっても事後処理となった戦いは数分で終了した。
 


 傭兵達のKVは順序よく海上の母艦へタッチダウン。
 先に到着していたトリポリに向っていた5機に続くように、
 チュニスからの4機も着艦する。
 偵察隊は1機も損なうことなく帰還した。
「第3フェイズへ移行。各艦隊はタイムスケジュールに沿って撤収」
 軍用無線の向うで歓声が上がっているのが聞こえる。
「アフリカへの道は、これで開かれたかな」
 赤崎はKVのコックピットを開け、海の向うを見る。
「いや、開くのはこれからだな」
 既に機体を降りてハムを齧っている龍深城が言う。
 これからアフリカに目掛けて人類は大挙して押し寄せる。
 傭兵達はその尖兵となるだろう。
 かの地を踏むことが出来るかはその成否次第だ。
 船は傭兵達を乗せて北へ引き上げる。
 大きなうねりは動きを露にし始めていた。