●リプレイ本文
第一フェイズ開始まであと僅かとなる。
搭乗者の傭兵を交えての最終チェックが行われていた。
UNKNOWN(
ga4276)は1人、遥か向うの北アフリカに視線を向けていた。
風はやや強く、手で押さえなければ帽子を飛ばされてしまう。
「さて、今はどうなっただろうか‥‥」
2年前、彼や他の傭兵達は依頼でアフリカの都市を訪れていた。
その時はまだ人の気配のする街が残っていた。
音信不通となって長い時間が過ぎ、今その街がどうなっているのか誰も知らない。
偵察班として編成された9人が最初の目撃者になるのだ。
「作戦開始30分前。各隊は所定の集合せよ。繰り返す‥」
UNKNOWNは加えていた煙草の火を握りつぶした。
◆
遠雷が響くように戦場の音が流れる。
遠くの空、サルディニアの上空に閃光。
艦隊からはミサイルによる援護射撃が間断なく打ち込まれている。
最大望遠では戦況はわからないが、乱れる航跡雲が戦線の激しさを物語っていた。
作戦は既に半ばまで進んでいる。
「最後にもう一度作戦を確認するよ」
赤崎羽矢子(
gb2140)が短距離の弱い電波で旋回中の各機に呼びかける。
この強さなら流石に傍受の心配は無い。
「ナールート到着後にチュニス経由でイタリアに抜ける班は
Anbar(
ga9009)、美空(
gb1906)、龍深城・我斬(
ga8283)、クラリス・チェンバレン。
トリポリ経由で海岸線沿いを偵察する班はレイヴァー(
gb0805)、番場論子(
gb4628)、
澄野・絣(
gb3855)、UNKNOWN、そして私。間違いないね?」
「ああ、間違いない。クラリス、飛行位置をもっとこっちへ」
「は、はいっ」
龍深城に招かれてクラリスはスピリットゴーストを寄せる。
普段以上の重装備にスクラムジェットブースターをつけた機体に乗っているため、
クラリスの挙動は少々危うい。
だがそれはクラリスに限った話ではなく、他の多くのメンバーに言える事だった。
慣熟訓練はしたが慣れない装備には違いない。
誘導する龍深城もそれ以上の余裕は無かった。
「情報を少しでも多く手に入れない事には目隠ししたまま戦うようなものだからな。
それだけ俺たちに任務は重要だって事だな。
必ず無事に帰還して傭兵の底力を示してやろうじゃないか」
「ええ、大天使が飛翔する道筋を示せれば良いですね」
与えられた任務の大きさに意気を上げるAnbarと番場。
他の者も少なからず自負というものを感じずには居られなかった。
「偵察隊各機に告ぐ。作戦は第二フェイズ移行」
管制機に乗るジゼル・ブランヴィル(gz0292)大尉から作戦開始の合図が告げられた。
ルート維持・誘導の為に共に飛行していた通常戦闘機が離れ、
北アフリカまでの道が開かれる。
各機で連動したデジタル時計がカウントダウンを開始した。
「全機出撃。スクラムジェットブースター起動」
9機のKVはタイミングを同期させブーストを起動する。
M3を越えてスクラムジェットが起動、M10以上の速度とそれに伴うGが傭兵達を襲う。
戦闘の景色が凄まじい速度で過ぎ去っていくが、それを見る余裕は無い。
(「北伐の時はこの加速度をあの子は体感したわけでありますか。
これは‥‥確かに‥‥きつい‥‥」)
美空はグレプカの空に散って行った姉妹を想った。
一瞬、この速度の重圧の先に死があるような幻覚を見る。
生きて帰らなければならない、死んでいった姉妹の為にも。
美空は閉じてしまった目をゆっくりと開いた。
◆
アフリカ北海岸に差しかかった傭兵達が最初に目撃したのは、
作り変えられてしまった海岸線だった。
「なんだ‥これ‥」
誰かが呟く。
眼下に見える海岸線は定規で引きなおしたような直線だった。
埋め立てられた海岸線のそこかしこにはバグア製と思しき土木作業用の機械が動いており、
砂をさらわれ形を変える海岸をさらに作り直している。
放っておけばコンクリートで固めてしまいかねないような作業だ。
「‥ひどい」
Anbarは思わず呟く。
作りかえられているのは海岸線だけではない。
都市そのものも変わってしまっている。
「人影がない‥」
レイヴァーは複数のカメラを何度も調整して大地を撮影する。
ビルには蔦が巻きつき、道路はどこも荒れ放題だ。
植物は我が物に繁茂し、あるいは枯れ果てていた。
人の居なくなった都市には砂漠の砂も押し寄せている。
その都市のいたるところには、大型のキメラが闊歩しており、
何体かは空を飛ぶ侵入者に鋭敏に捉えていた。
ビルの屋上にはバグアの対空銃座もあるが、高高度を飛ぶ傭兵達を狙えない。
「ひとまずはナールートまで飛びましょう。こういう時こそ予定を崩さないのが一番ね」
番場の一言で、やや崩れかけていた編隊が再び集結した。
◆
都市のあったはずの場所はやはり廃墟に変わっていた。
だがここには沿岸部と違う風景が広がっていた。
「何だこれ‥?」
高度をやや落とし、見たことの無い建造物をカメラに収める。
建造物はドーム状の何か、としかいえない。
コンクリートのような、違うような、見たことの無い素材で覆われた建造物が、
そこかしこに乱立している。
ナールートに向った者達と同じく都市に人はなく、
代わりにその周囲に何かが移動したであろう後も残っている。
「これがバグアの都市か?」
高度を落としても動きらしいものは見えない。
「わからない。でも他に人の気配がないと考えると‥」
このドーム状に収容されている可能性が高い。
各機はスクラムジェットブースターを破棄し、空中で自爆させる。
更なる情報を得ようとドームへと接近する。
「出てきたぞ。迎撃のヘルメットワームだ」
ドームの近くの砂漠から、砂を巻き上げて何機ものHWが飛び立つ。
澄野機、龍深城機、クラリス機がすぐさま迎撃に向う。
「ここで落ちるわけにはいかないのよ」
最速で接敵した澄野機:赫映がプラズマライフルで小型HWを瞬く間に撃ち落す。
最善とは言え重要施設に遠いせいか、HWの戦闘力は平均程度のものしかなかった。
「よし、空撮終了。撃破したら2班に分かれて‥って早いわね」
赤崎が苦笑する。
火力の大きい機体が3機で15秒しか掛からなかった。
「予定どおり2班に分かれる。‥無事で」
「ああ、またイタリアで会おう」
翼を振って互いの無事を祈ると、偵察班はチュニスとトリポリに向け、
二手に分かれていった。
◆
海岸線を飛ぶ偵察隊には断続的にHWの襲撃が行われた。
「その程度で骸龍を捕まえられるとお思いですか?」
レイヴァーの骸龍はひらりひらりとHWのプロトン砲をかわす。
交わしながら他の機体がHWを撃破するのを眺めつつ、
HWの飛来方向へカメラを向けていた。
基地施設らしいものは何箇所かに散見されたが数は多くない。
だが基地施設の少なさにも関わらず敵は徐々にその数を増していた。
レーダー上の赤い点はそろそろ数え切れない。
当初こそその場の兵力のみで迎撃という姿勢が見え隠れしたものの、
偵察隊の戦力に対応して強力な機体が空に上がるようになった。
遠くにはギガワームらしき影が2隻。
その中から多数のヘルメットワームが出撃する。
多くは代わらず無人小型機だが、速度や質量の差からそれ以外も出撃していることがわかる。
「‥本星型が10‥20‥」
「数える時間があるなら逃げるべき、だな」
中型のHWを撃墜したUNKNOWNが至極尤もな事を言う。
通信からは時折呻くような吐息が聞こえた。
「撤退しましょう。連絡を」
澄野がHWを撃墜して反転するように機動し、戦列に戻る。
傭兵達は進路をイタリアに向けるとブーストを再点火。
KVの速度は一気にM5を越え、人類側勢力圏に直進する。
◆
追撃に集まったヘルメットワームは50機を越えた。
無線の先ではトリポリに向ったメンバーもまだ戦闘を続けている。
「いい加減しつこいぜ!」
追撃で放たれたプロトン砲が龍深城にかする。
距離が離れている以上、ほとんど当たらないのだが、
まれに至近距離を通過する。
「偵察機を逃がす理由はないであります」
だからこそこの数が追っ手に差し向けられたのだろう。
傭兵達は必死に操縦桿を握り、速度を殺さないように全速力で進む。
異様に長く感じた数十秒のあと、レーダー上前方に別の反応が現れた。
遠距離から放たれたミサイルがHWに直撃する。
火を噴く機体の爆発音が聞こえた頃に、通信が入った。
「任務ご苦労。後は我々に任せろ」
正規軍のロングボウIIがすり抜けて行く。
続くバイパー部隊はホーミングミサイルを一斉射し、
ヘルメットワームを次々に撃墜してくる。
追いかけていたはずの本星型の姿は既に無く、無人機も潮時と見て逃げ腰だ。
逃げるヘルメットワームの1機に大口径の高分子レーザーが直撃する。
「お帰り。待ってたわ」
艦隊と行動を共にしていた百地・悠季(ga8270)のディアブロ:ポザネオだった。
ポザネオは偵察班の機体とすれ違うと、正規軍と共にHWを迎撃する。
どちらにとっても事後処理となった戦いは数分で終了した。
◆
傭兵達のKVは順序よく海上の母艦へタッチダウン。
先に到着していたトリポリに向っていた5機に続くように、
チュニスからの4機も着艦する。
偵察隊は1機も損なうことなく帰還した。
「第3フェイズへ移行。各艦隊はタイムスケジュールに沿って撤収」
軍用無線の向うで歓声が上がっているのが聞こえる。
「アフリカへの道は、これで開かれたかな」
赤崎はKVのコックピットを開け、海の向うを見る。
「いや、開くのはこれからだな」
既に機体を降りてハムを齧っている龍深城が言う。
これからアフリカに目掛けて人類は大挙して押し寄せる。
傭兵達はその尖兵となるだろう。
かの地を踏むことが出来るかはその成否次第だ。
船は傭兵達を乗せて北へ引き上げる。
大きなうねりは動きを露にし始めていた。