●リプレイ本文
秘密裏の召集から2日後。
傭兵達は各部署に臨時の役割が与えられ、それぞれ情報収集に散って行った。
ある者は直接的な尾行、ある者は聞き込みと、
各自の得意分野や適正に合わせて各自で軍と言う集団に紛れ込む。
そのうち1人は食堂に現れた。
橘川 海(
gb4179)が新顔であることは国籍の違いで目立ったため、
兵士達にはすぐにわかった。
「お嬢ちゃん、見ない顔だね?」
気さくそうな、ついでにプレイボーイだな、と一目でわかる男が橘川に声を掛ける。
軍人らしく規律正しい格好ときびきびした動作の人物だったが、
個人の性格は兵士でなかった頃と変わっていないようだ。
「はい。初めまして。ここでしばらく働くことになりました。
よろしくお願いしますね」
橘川は満面の笑顔でトレーにテキパキと食事を盛る。
並んでいる以上、食事を盛られたら前に進まないといけない。
優男は橘川の手際を無言のスルーかただの天然かしばし悩んで、
「おう、よろしくな」とだけ行って前に進んだ。
橘川はその僅かな間があったことに首を傾げる。
男の察したとおりだった。
そんなやり取りのあった場所から10m離れた位置。
特殊作戦軍少尉の階級証をつけたジャック・ジェリア(
gc0672)の姿があった。
「最近、上から優秀な人間の取り上げとかで、評価についての報告がうるさくて。
この辺が話に聞くと名前が挙がりそうなメンバーらしいんだが、
本人たちに聞く前に周囲の正確な評判を知りたくてね」
尤もらしい嘘と高級煙草を餌に兵隊達に溶け込んでいた。
評価といいながらも雑談交じりの会話で噂を集めるに留まり、
概ね兵士達にも好意的に受け入れられていた。
「そういえばさ」
ジャックはアルバール大尉の噂を一通り聞くと顔を輪の中央に寄せた。
「ソフィア准尉って良い女だよな? どんな人なんだ?」
「え、何? あんたも狙ってるの?」
警戒されてしまった。違う意味で。
「まあそんなところ」
「へえ‥。ま、諦めるんだな。コルテス大佐の愛人って話が大本命だ。
対抗はボリビアから亡命してきたっていう中尉殿。
大穴でメルス・メスのリカルド・マトゥラーナって噂もあるが、これはほとんどガセだな」
他の兵士達に気持ちよく喋ってもらいながら、情報を整理する。
それらしいアルバール大尉が裏切ったという明確な情報はなく、
素振りらしいものや不審な雰囲気もない。
ソフィアが疑うに至った情報まで辿り着けないでいた。
ジャックはふと視線を横に移す。
後は彼の直接の部下達には話を聞かねばならないだろう。
「それにしても、あの若さでコルテス大佐の補佐官か。才色兼備ってやつだな」
「ああ。ミスボリビアってだけのお飾りかと思ったら、全然違ったな。
ボリビアから来る時に、苦労したんだろうなぁ‥」
ジャックは話の輪に戻る。
そして、今回の依頼主がソフィアとは言わなかった。
◆
傭兵達がそれぞれ思い思いに散らばった後。
終夜・無月(
ga3084)は1人、ソフィア准尉の私室を訪れていた。
「本城女史のことについて、聞きたいことがあります」
「本城さん、ですか?」
「はい。いえ‥少々気になりましてね‥」
仕事の説明をした際、ソフィアが本城の名前を出した時の僅かな違和感。
親しみよりも恐怖に近い何かを終夜は嗅ぎ取っていた。
「先ずは部外から潰すのは‥この手の調査の基礎ですから‥
何も無ければ其れで良いんです‥」
終夜は机越しでソフィアに顔を近づけ囁く。
「女史の雇われた経緯、人柄、雇われる以前の事情。
あとは貴方の感じたどんな些細なことでも良いので、教えてもらえませんか?」
「‥わかりました」
ソフィアは少しずつ、言葉を選びながら話し始めた。
本城恭香の過去は良くわかっていない。
以前は東京で探偵業を営んでいたらしいが、
東京がバグアの攻略されて詳細な資料は失われたとされている。
以後再び確認されるのは、グリフィス・司馬に関連した事件からだった。
報告書「【白】エスピオナージ」に詳しいがそれ以上のことは結局、諜報部も掴んでいない。
「‥何もかも見透かされたような、そんな不安を感じました」
「‥本城女史は今どこに?」
「わかりません。彼女の情報収集の遣り方は誰も知らないんです」
それは彼女が競合地区のみならずバグア支配域にも頻繁に出入りするからでもある。
能力者でもない彼女が身を守るためには、情報を可能な限り隠蔽するしかない。
「あの人の信頼は、あの人の虚無的な性格でしか保証されていません。
ですがその危険を含んでも、彼女を雇う価値はあります」
「なぜ?」
「彼女の情報が本物だからです」
選べる選択肢が常に最良の物ばかりとは限らない。
それは人であっても同じだった。
◆
「‥とまあ、そういう内容だった」
「へえ」
終夜の調査報告をシン・ブラウ・シュッツ(
gb2155)は気の無い返事で締めた。
シンの役割は、尾行班全体のバックアップだ。
高所に陣取ってアルバール大尉の監視を続けている。
双眼鏡で見つめる先には大尉本人と、尾行中のキリル・シューキン(
gb2765)の姿がある。
「‥‥そちらから周囲に人間は確認できるか?」
キリルから通信が入る。
シンは全体を見渡して「問題ない」とだけ告げた。
キリルは慎重に、且つ大胆に歩みを進めていく。
「妙ですね」
キリルと交代して戻ってきたアキ・ミスティリア(
gb1811)が小さく呟いた。
「‥幾らなんでも無用心すぎると思いませんか?」
「罠かもしれませんね」
シンは同じ疑念を口にする。
アキは無言で頷いた。
アルバール大尉は今のところ、不審な行動はしていても、
決定的に何か証拠となるような行動はしていなかった。
何かを確かめるように歩いてはいるが「散歩だった」と言われたら言い逃れできる程度だ。
しかしその不審な行動を晒しているのはおかしい。
「僕たち自身が罠にかかった魚の可能性もあるということです。
これに力を割きすぎてもいけませんが、
他のスパイがいるかいないかがわかるだけでも見返りはありますから」
「そうですね」
どのみちこのまま監視を続ける他に方法は無い。
「それでもこのポジションは悪くない」
「‥どうしてですか?」
彼からすれば、調査をしている人物ですら怪しい。
いや、疑って掛かるべき対象だ。
「こういう釣りは僕の得意分野だからさ」
その疑問を共有はしなかった。
◆
傭兵達は軍のように統制された組織ではない。
軍人上がりも少なくは無いが、元々民間人だった者がほとんどだ。
それゆえにその価値観は様々で、奇行に走る人間も非常に多い。
軍に潜入したフィルト=リンク(
gb5706)はその典型例として認識された。
全て彼女の狙い通りである
「AUKVって、着るだけでかなり疲れるって聞いたけど‥」
「戦闘終わってもメット外さないのか‥」
そんな呟きが時折聞こえてくる。
(「作戦成功、ですね」)
悪目立ちしたフィルトは他のメンバーの存在感を霞ませることに成功した。
須佐 武流(
ga1461)、終夜らは大尉の部隊と共にキメラ討伐などに出る場面もあったが、
彼女の存在もあって不審にも思われなかった。
須佐は主に部隊の兵士達と、終夜は大胆にもアルバール大尉本人と楽しく談笑する。
部隊に接触して得た情報は、最初にソフィア准尉から貰った情報のままだった。
部下思いで家族思いで厳しく優しく、非の打ち所の無い軍人。
それでも、違和感を感じないわけではなかった。
フィルトが家族のことを聞くと、ほんの一瞬返答の言葉に暗い影が差した。
(「やっぱり人質に捕られて‥?」)
聞き流したふりをしてフィルトは会話に相槌を打つ。
すると終夜が話題を変えて軍事の方面にもっていく。
会話から外れたフィルトはそっと会話から離れて移動する。
もっと確信に近い情報が必要だ。
フィルトは監視を続けているシン達に連絡を取った。
◆
夕焼け頃、プレイボーイはまた食堂現れた。
仲間と煙草をかけてカードに興じている。
「あ! もうっ。また油を売りに来たんですかっ。
隊長さんに怒られても知りませんよっ?」
橘川はそれを目ざとく見つけて近寄って行く。
この光景は既に5日目だった。
「‥‥怒られたりしねーよ」
プレイボーイな彼を含め、ほとんどのメンバーの手が止まる。
賭けをして楽しんでいたのが嘘のように静まり返っていた。
寂しそうに
彼らは自由を満喫しているわけではなかった。
ただ時間が過ぎるのをじっと耐えながら、待っていたのだ。
自分の主人が骨を投げる時を、ずっと。
だから食堂で務める職員も止めなかった。
「‥どうか‥したんですか?」
「あんた、このお仕事は何時までだ?」
話したがっている気配を感じた橘川は口を噤み、彼らの言葉を待った。
◆
憲兵達がアルバール大尉を部屋の外へ連行する。
両脇を兵士に固められて移動するアルバールは、どこか安堵したような顔をしていた。
ほとんどの者はそれを陰から見ているに過ぎなかったが、
橘川と須佐は彼の前に姿を現した。
「そうか。君達が‥」
大尉は納得したような顔をする。
数日の調査の中で顔を覚えられた者も居る。
調査が来ることもわかっていたのだろう。
「大尉‥」
「‥私は部下を息子同然に思っている。
だが、息子同然と息子は違う」
「それが裏切りの理由か?」
「そうだ」
須佐の容赦ない言葉を諦めたように肯定する。
橘川が夕暮れの食堂で聞いたのは、このことに関する懺悔だった。
アルバール大尉が妻とそのお腹に居る子供を人質に捕られて、
多くの情報を流しているらしいと、密告したのは彼の部下の1人だった。
その情報を元にジャックが裏を取り、今頃は諜報部のメンバーが保護に向っているだろう。
彼を脅していたという人物もアキやキリルが捕縛しに向っている。
大尉の捕縛が最後の仕事なのだ。
「‥‥そうか。捨てられたか」
ほんの僅かな囁きのような言葉が漏れる。
歩きながらアルバールは空を仰いでいた。
果てのない空の向うには彼の故郷がある。
◆
彼が漏洩していた情報は、役職以上に多かったものの、
これが全てと考えるには少なすぎた。
「おかしいな」
ほとんどの者が考えていた疑問を、キリルは口に出す。
「これだけ注目を浴びたのに、我々を監視する者はいなかった」
「タイミングを計ったかのように、証拠も見つかったな」
追随したのはシンだった。
アキも黙って成り行きを見守っている。
多くのメンバーが、アルバール以外からの接触を期待して待っていた。
それが事件を解く鍵にもなる。
芋づる式に多くの情報が手に入れることが出来るはずだった。
「つまりは、情報がどこかで取捨選択されているということだ」
1人の言葉は全員の言葉でもあった。
疑念は確信に変わる。
内通者は全体を俯瞰できる位置に居て、こちらを見渡している。
アルバールは切り捨てられたに過ぎない。
コルテス大佐でさえ、一度疑う必要があるだろう。
傭兵達は共通の見解を胸に、何事もなかったかのように散らばっていった。