タイトル:幕間:南北合同訓練マスター:錦西

シナリオ形態: イベント
難易度: 難しい
参加人数: 50 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/04/05 23:33

●オープニング本文


 1月某日。
 新年明けてから、なぜか高円寺少尉が妙に優しかった。
 正直怖い。
「困ったことがあったら何でも言ってね?」
 見たこと無いぐらい優しい笑顔で彼女はそう言った。
 なんとなくだがその優しさは、
 老衰で死に掛けた祖父を労わるような優しさだった。
 理由はよく分かっているが、言えるわけも無い。

 1月末日。
 一之瀬大尉と鉄木中尉から呼び出し食らう。
 正直怖い。
「呼び出しの理由は分かっているな」
 渋い、というより微妙な顔の二人。
 理由はよく分かっている。
 自己申告するしかなかった。
「‥KVの塗装ですね」
「そうだ」
 トニのKVにはあるペイントが施されている。
 クリスマスにある傭兵から送られたプレゼントで、
 何も知らない整備のおじさん達は快く塗装を手伝っていた。
 そのペイントの見た目はどう見ても‥。
 スクール水着。
 だった。
「南米の人間ならわからんだろうが、俺達は日本人だ。
 ということは意味も良く分かるということだ」
「‥重々承知してます」
 わかってるから陸戦からやんわり逃げてたりした。
「一度塗った以上、理由も無く再塗装は出来ない」
「はい。わかります」
「だが塗りなおしの為にわざと汚すような真似は断じて許さん」
「はい。それもわかります」
 だから困っていた。
 トニはこの数ヶ月、一之瀬にしごかれながら腕を上げた。
 そうそうの事で機体を壊すヘマはしない。
 矜持に反する行為でもある。
 しかしペイントは塗りなおしたい。
 しかし貰い物を台無しにするなんて出来ない。
 延々その思考の繰り返しだ。
「‥どうしたら良いでしょう‥?」
「安心しろ。それも考えてある」
 トニはぱっと顔を上げた。
 ちょっと不器用に微笑む一之瀬が神々しく見えた。
 きっと東洋のホトケとはこんな風に笑うに違いないと、トニは心底思った。


 3月上旬。
 この世に神など居ないのは知っていた。
 あと追加でホトケも居ないらしいと悟る。
 トニはラストホープの土を踏みながら、ぼんやりそんな事を思った。

 模擬弾・模造刀剣を使用したKV戦闘訓練。
 それが一之瀬大尉の案だった。
 ペイント弾で大規模に模擬戦を行えば必ず再塗装の必要がある。
 誰も不審には思わないだろう。
 かくしてKV運用試験部隊の特性を生かし、模擬戦の申請がなされた。
 ‥それだけのはずだったのだが。
「北中央軍・南中央軍及びラストホープのKV合同訓練‥」
 もう一度、貰った書面を読み上げる。
 各方面軍の錬度差がどうとか、固有の戦術がどうとか、
 如何にも鉄木の書きそうな小難しい文面が続く。
 重要なのはその中身。
 北中央軍のお偉いさんが言うにはこんな感じだった。
「今後の訓練課程にも反映されるだろう」
 動画で記録取るそうです。
 フィールドに設置された500個のカメラで。
 へー、すごいや。
「ラストホープの精鋭のみならず、特殊作戦軍の関係者も出席する。
 また、当日は一般見学席も用意する予定だ」
 スク水ペイントの意味を知ってる人が一杯来るんですね。
 把握しました。
「‥晒し者じゃん‥」
 暑くもないのにジトリと汗が伝ってきた、ような気がした。
 天を仰ぐ。
「神様‥、なんか恨みでもあるんですか?」
 神様は居ないので返事はない。
 でもちょっとだけ返事を期待した。
 
 


「トニ・バルベラ曹長、ですか?」
 まるっこい声が聞こえて、トニは意識を引き戻す。
 いつのまにか目の前には、小柄なツインテールの女の子が立っていた。
 軍服と肩についた准尉の階級証があまり似合っていない。
「はっ! トニ・バルベラ曹長です」
「クラリス・チェンバレン准尉です。貴方を迎えに来ました」
 堂に入ったトニの敬礼に、精一杯胸を張ってクラリスは敬礼を返す。
 挙動は慣れていないし、似合ってはいない。
 けれども、なんとなく愛嬌があるというか微笑ましい光景だった。
「はっ! ありがとうございます!」
「‥‥‥えと‥」
「‥はい、なんでしょう」
 クラリスがもじもじし始める。
 気を張っていたが続かなくなったらしい。
「こういうの苦手なので、普通に喋ってくれると助かります」
「わかりました」
 見た目どおりの中身だった。
 こういうタイプの女の子は自分の国では珍しかったように思う。
「ありがとっ。じゃあ案内するね」
 隣を歩きながらクラリスはトニを先導する。
 歩幅を合わせてひょこひょこと早歩き気味だ。
 その様子を見て、トニは数ヶ月ぶりの笑顔を見せた。

●参加者一覧

/ 榊 兵衛(ga0388) / 須佐 武流(ga1461) / 如月・由梨(ga1805) / 新居・やすかず(ga1891) / 叢雲(ga2494) / 伊藤 毅(ga2610) / 漸 王零(ga2930) / 終夜・無月(ga3084) / 藤村 瑠亥(ga3862) / 金城 エンタ(ga4154) / UNKNOWN(ga4276) / キョーコ・クルック(ga4770) / 鈴葉・シロウ(ga4772) / クラーク・エアハルト(ga4961) / ハルトマン(ga6603) / 百地・悠季(ga8270) / 鈍名 レイジ(ga8428) / レティ・クリムゾン(ga8679) / ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751) / 三枝 雄二(ga9107) / テルウィ・アルヴァード(ga9122) / 最上 憐 (gb0002) / 遠倉 雨音(gb0338) / 仮染 勇輝(gb1239) / 美空(gb1906) / 赤崎羽矢子(gb2140) / 鳳覚羅(gb3095) / 堺・清四郎(gb3564) / 澄野・絣(gb3855) / 橘川 海(gb4179) / 冴城 アスカ(gb4188) / 椿(gb4266) / 鹿島 綾(gb4549) / ウラキ(gb4922) / 賢木 幸介(gb5011) / ルノア・アラバスター(gb5133) / フィルト=リンク(gb5706) / ソーニャ(gb5824) / 佐賀重吾郎(gb7331) / 神楽 菖蒲(gb8448) / ゼンラー(gb8572) / 館山 西土朗(gb8573) / ジェーン・ドゥ(gb8754) / 亜守羅(gb9719) / アクセル・ランパード(gc0052) / ソウマ(gc0505) / ジャック・ジェリア(gc0672) / リュティア・アマリリス(gc0778) / 如月 芹佳(gc0928) / D・D(gc0959

●リプレイ本文

 トニ・バルベラ(gz0283)がクラリスに連れられて演習場に到着した頃には、
 総計50機を越えるKVの換装作業が行われていた。
 明日からの訓練に向け、最終チェックということもあり人が慌しく動き回っていた。
 傭兵・軍人問わず参加者も集合しており、
 武装を確認しながらではあるが、各所で明日以降の作戦会議も始まっている。
 中には終夜・無月(ga3084)のように観戦だけの者も混じっていた。
「では、私はここまでです」
「ありがとうございます」
 最後だけちゃんとした敬礼をかわし、クラリスは走り去っていく。
 走った先には彼女の上官や知り合いが何人も。
 若い友人も何名か。
 思い返せば、自分のあれぐらいの友人は皆‥。
「ほうほう。トニはクラリスみたいな子が好みか(にやにや)」
「‥そんなんじゃないです」
 赤崎羽矢子(gb2140)ががっと肩に腕を回してくる。
 物思いに沈みかけて、クラリスのほうをガン見していたのを思い出し、
 少し顔があかくなる。
「ふーん、それならクラリスに『ペイントの意味』教えても大丈夫だよね?」
 赤崎は倉庫の一角にあるシラヌイをちらっと見る。
 KVの足元では、余りにも痛々しいペイントに見入る傭兵が何名か居た。
「う‥」
「じゃ、行こっか?」
 赤崎は言葉に詰まったトニを、そのままクラリスの混じる輪に連行した。
 ラストホープらしいノリと歓迎は、連戦続きの少年兵への気遣いでもあった。
 それに気付いたのか気付いていないのか、トニはあまり抵抗はしなかった。

 格納庫の別の場所では普段無い出会いもあった。
 遠倉 雨音(gb0338)は混雑する倉庫で、ようやく目当ての人物を探し当てる。
「一之瀬大尉!」
「ん? ああ、遠倉か!」
 1人で破暁の換装作業を眺めていた一之瀬に、遠倉のほうからハグ。
 ほんの少し面食らいながらも、一之瀬は遠倉の背中に腕を回す。
「こんな機会でなければ、大尉たちと刃を交える機会なんて無いでしょうから
 ‥‥今回は胸を借りるつもりで行きますね」
 身体を離した遠倉は、宣言するように言う。
 どことなく嬉しそうではあった。
「‥そう言ってくれる者は随分減ってしまったな」
「大尉?」
「何でもない。私のセンチメンタルだ」
 その表情は嬉しそうで、悲しんでいるようで、
 遠倉はどうしていいかわからなかった。
 過去と今に囚われている人を救うほど、深く関わっていない。
 距離を縮めたつもりだったのに、その距離の遠さに眩暈を覚えた。
 


 主だった尉官と佐官達に与えられた観戦席ではちょっとした騒動が起こっていた。
「グレッグ、マッケイン。この阿呆をここからつまみ出せ」
「はっ」「はっ」
「ちょ‥ちょっと私は別に‥」
 スタインベックが亜守羅(gb9719)を指差して言うと
 護衛である能力者の中尉達が彼女の脇を固め、
 エリア51の某異星人か何かのように連れ去って行った。
 当初こそ亜守羅は真面目に費用の軽減に関する陳情行っていたために
 真面目な応対を受けていたが、
 途中で『トニの痛KVペイントを晒し者にして精神的ショックを増大させる』計画を、
 ある佐官に耳打ちしている最中にスタインベック中佐に聞かれてしまい、
 あとは流れるように処理が決まった。
 めでたくお帰りいただく運びにはなったが、彼女の行動はどのみち認可されなかっただろう。
 今回の訓練は最低でも3名以上の将官の許可を持って実行されている。
 何を変更するにしても今更だった。
 だが、スタインベックの苛立ちを煽るには十分だったかもしれない。
「これも傭兵側からすれば娯楽に過ぎんということか‥」
 スタインベック中佐は傭兵達に解放された観戦席を下に眺めながら、そう呟いた。
 観戦席では叢雲(ga2494)が食べ物類を大量に持ち込み、参加者に配っていた。
 休憩を取る人のためのスポーツドリンクも持っている。
 数名の助力もあり、まるで花見か何かのようでもあった。
 中にはウサ耳を布教をする最上 憐(gb0002)のように、集まる人が目的の人物も居た。
「‥良くも悪くもこれが傭兵か」
 機体のペイントに関しても士気向上の為と言えば理解は出来るが、
 彼にとっては無駄な話にしか聞こえない。
 個別のペイント分の費用で何が買えるかと、そういう計算になる。
「傭兵と比べると北米軍は地味だな。
 あれでは士気も上がりにくく‥‥せめてジゼルがもう少し華やかであったら」
「‥‥」
 横合いから入った声に考え込む。
 士気、メンタルを操る術なら学んできた。
 人は機械ではない。
 だからこそ英雄の夢を見せ、薔薇色の未来を想起させる必要がある。
 状況が絶望的なゆえに‥。
「‥?」
 よくよく考えたらその場所は一之瀬大尉が座る予定の席だった。
 誰が喋ったのか確認しようとスタインベックは視線を向ける。
 が、既に誰も居ない。
 その場には何故か、バニー服が残されていた。



 個人戦闘の部は白熱した戦いが繰り広げられた。
 第1戦は傭兵の佐賀重吾郎(gb7331)対北中央軍のフレデリック・ファンタスマ少尉の戦闘だ。
 双方、遠距離火器の牽制から白兵戦への移行と全く同じ戦法で激突する。
 実力は双方十分だったが、たった一つの優位によってフレデリック機が佐賀機を圧倒した。
 剣道三倍段という言葉に表されるように、武器の間合いの優位が勝敗を分ける。
 間合いの合間を滑り込んで戦うには、Nロジーナは鈍重に過ぎた。
「ぬぉっ!」
 トゥインクルブレードは胴をかすめ、佐賀の機体が揺らぐ。
 その隙を見逃すファンタスマではない。
「いくぜ、必っ殺! トゥインクル・‥」
 何人かの人間は無駄に叫ぶファンタスマの通信をきった。
 トゥインクルブレードがサムライソードごと胴体を薙ぐ。
 誰の文句も無い直撃判定が出され、判定のシステムがロジーナの動きを止める。
 攻防の中ではこのようなわずかな違いが勝敗をわける。
 その証左ともいえる組み合わせとなった。


 
 続く第二戦はそれを踏まえてセッティングされたのか、
 誰もが目を疑うような機体が出撃した。
 如月・由梨(ga1805)のシヴァとレティ・クリムゾン(ga8679)のPixieだ。
 シヴァの右手には巨大剣「シヴァ」が握られていた。
 トゥインクルブレードとでさえ比較にならない巨大さのそれを、シヴァは軽々と振り回す。
 Pixieも機槍「グングニル」を所持しているが、巨大剣に比べれば大した大きさではない。
「ラスト・ホープに来た頃から追い続けた背中。
 私はどこまでこれただろうか。確かめさせてもらおう!」
 レティが叫び、Pixieが突貫する。
 異様さに圧倒された人々は、いつ戦いの合図が下されたのかわからなかった。
 4つの高出力ブースターで姿勢制御をしながら、シヴァは巨大剣でなぎ払う。
 Pixieはグングニルのブースターで巧みに機体を操り回避、
 遮蔽物の陰から陰へ渡りながら、スラスターライフルの弾幕とロングレンジライフルで応戦する。
「ふぅ、さすがはレティさんです。やりにくいことこの上ない」
 如月の反応は早かった。完全に見切られてしまっているシヴァをあっさりと手放し、練機刀「月光」に切り替える。
「行きますよ」
 シヴァで相殺されていた速度が復活し、凄まじい速度で仮設ビルの合間を疾駆する。
「くっ!」
 懐に入られたPixieがグングニルで月光を受ける。
 間合いの広さを生かすことなく、今度は踏み込まれてしまった。
「如何にグングニルでもそう簡単に捉えられるつもりはありませんよ?」
 何度か切り結び、間合いを取る2機。
 Pixieがブーストで跳躍し、グングニルで攻勢に出るとみせかけて‥
「え‥?」
 Pixieのコックピットハッチが開いている。
 そして小さな何かが飛んで‥
 閃光がカメラを襲い、視界がホワイトアウトする。
 目が眩みながらも如月はシヴァを後退させるが、回避行動を十分に取れない。
 その隙に乗じてPixieのスラスターライフルから大量の弾丸が降り注ぐ。
 何発かが頭部のカメラに付着し、今度はモニター自体がブラックアウトする。
「‥やられました」
 勝者はレティ・クリムゾン。
 その判定が下されると同時に、閲覧席から大きな歓声と拍手が沸き起こった。
「勝った、のか?」
 信じられないという風に、レティが呟く。
 短時間でかいた汗が身体を冷やして行くのを、今頃実感していた。



 個人の部は続く。
 続いては須佐 武流(ga1461)のシラヌイと、
 ジゼル・ブランヴィル(gz0292)大尉のロビンの一機打ちだ。
 訓練場ではノーマルカラーのシラヌイとロビンが激突を前に整然と向かい合う。
「しかし、何もなしじゃ勝負に緊張感がないな」
「そうですか?」
 戦闘開始位置まで移動しつつ、須佐はジゼルにそう話しかけた。
 しばらくあってなにやら思いついたように指を弾く。
「俺が勝ったら、今度一日‥俺に付き合うってのはどうだ?
 俺が負けたら‥そちらのお願いを一つ聞きます」
 須佐の提案にジゼルは笑みを作った。
「構わないわ。でも、休日に限らせてもらっていいかしら?」
「おっしゃ!」
 須佐はコックピット内で小躍りする。
 その様子が音声だけしか聞こえないジゼルの側からも容易に想像できた。
「‥あ‥。俺のほうも、出来れば、無理のないものでお願いします!」
 自分に都合の良い言い分、とはジゼルは捉えなかった。
 どちらも全く別の都合で動いている。
 こんな場でもなければ接点の少ない者同士だ。
 そうこうしているうちに戦場と機体の準備が完了する。

 行動は同時だった。
 須佐機はジゼル機のプラズマライフルを時にかわし、時に受け、一気に懐に入り込む。
 ジゼル機が武器を投げ捨てる間を狙い、脚甲「シリウス」で回し蹴りが飛んだ。
 ぎりぎりでロビンがかわしたのを、更に須佐機は追撃。
 腕に装備した機爪「プレスティシモ」を抉りこむように突き出す。
 ロビンは機盾を使いぎりぎりで受け止めた。
 須佐は体中に装備されたブースターを配した近接戦闘特化装備で、着実にロビンを追い詰める。
「だが、甘い!」
 ジゼルは須佐の戦術を悟るとすぐさまマイクロブースト、アリスシステムの作動。
 ビームコーティングアックスを抜き放ち、須佐のシラヌイに逆襲する。
 回避能力重視でセッティングされた須佐のシラヌイに対して、
 ジゼルのロビンは命中精度を重視した装備がなされていた。
 シラヌイが器用に攻撃をかわそうとするのに対して、
 ロビンはそれに負けない精密さで斧を振るう。
 目で追うのも一苦労という高速近接戦闘が続いた後、
「貰った!」
 ロビンのビームコーティングアックスがシラヌイの肩を捉えた。
 一瞬の大破判定だった。
 如月対レティ戦ほどの派手さは無かったが、名勝負と言って良い戦いだっただろう。
「‥いや、やっぱり激戦区の正規軍は強い‥少し甘く見てたかな? 反省‥」
「そうでもない。なかなかだったぞ。ロビンを使っていなければ危なかった」
 アリスシステムとマイクロブーストが無ければ、
 速度で押し負けていたのは間違いなくジゼルだったろう。
 ジゼルはどことなく嬉しそうだった。
「さて、約束の件だけど‥」
「お‥おう」
「‥思いつかないから、貴方が考えてくれる?」
「‥へ?」
 戸惑う須佐の声を聞いて、ジゼルは優しく微笑んだ。 




 第4戦が始まって1分たったころ。
 尉官と佐官達に与えられた観戦席は静まり返っていた。
 市街地を舞台としたディスタンとバイパー4機の対戦に、
 全員視線が釘付けになっている。
「あのパイロット、名前は?」
 スタインベック中佐は側に控えていたジゼル大尉に問う。
 ジゼルは資料をめくり、目当てのページを中佐の前に差し出した。
「ラーズグリーズ隊の鈍名 レイジ(ga8428)です」
「鈍名レイジ。‥‥惜しいな。これが実戦なら勲章物だぞ」
 スタインベック中佐は唸る。
 KV部隊を率いる佐官の台詞に一同は無言の賛同で答えた。

 バイパーの一機はディスタンの逃げながらの射撃を脚部に食らい、判定により機能停止。
 転倒したところを更に追撃を受け大破判定を受ける。
 数秒の油断でバイパー1機が脱落していた。
「ふぅ‥やっと1機か」
 鈍名は自機のディスタンを擬似市街の陰に隠し、重機関砲の弾倉を入れ替えた。
 レーダー上に移る機影は慌しく集結を始めている。
 鈍名に聞こえない相手側の回線では既に悲鳴が飛び交っていた。
「ブラボー3、胴体破損。大破!」
「なんて奴だ‥!」
「侮るな! 集中攻撃でしとめるぞ!」
「「イエッサー!!」」
 声を張り上げて答えるチームメンバー達。
 だがそれは、抱きつつある畏怖への裏返しだった。
 鈍名のディスタンはかなりの強化が施してあるとはいえ、
 今回は訓練に必要として機体には足枷が設定され、
 十分な打撃が行えるようにほかのバイパーも強力な火器で武装してある。
 だというのに、この結果だ。
 無理は無いと言えよう。
 市街地を利用して徹底的に集団戦を避け、遠距離砲撃をかわし、
 且つ相手の動きに合わせて、流れるように動く。
 鈍名のディスタンの動きは完璧だった。
 だが流石に北中央軍のパイロットにも意地がある。
 ファランクス・アテナイの弾幕を生かして突っ込んだ鈍名は、
 前衛となるバイパーを追い詰め破壊するが、
 前衛さえも囮にした捨て身の戦法で後衛のバイパーが一斉に襲い掛かった。
 ディスタンは攻撃を避け損ねて足に被弾し、機動性が落ちる。
 機動性が落ちたために攻撃をかわしきれず、
 3機目を撃破するまえに致命打を食らい戦闘は終了した。
「負けちゃったし、流石に拍手無しか」
 正確には誰もが見入って言葉が出ない、だけである。
 その後彼は、例の尉官と佐官達に呼び出されて手放しで賞賛されるが、
 演習記録には関係が薄いので内容の記載に関しては省略する。



 次に用意された戦闘は如月・レティ戦以上に異様な雰囲気になっていた
 金城 エンタ(ga4154)のディアブロ:韋駄天1機のみに対して、
 漸 王零(ga2930)、キョーコ・クルック(ga4770)、クラーク・エアハルト(ga4961)、
 ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)、美空(gb1906)、賢木 幸介(gb5011)、
 の以上6機という組み合わせ。
 半数以上が熟練の戦士であり、機体特性も幅広い。
 まともに考えれば勝ち目は無い。
「誰がこれを企画した?」
「ディアブロ乗りの金城エンタです」
「若いな」
 スタインベック中佐は苦い口調で呟いた。
「若くて愚かだ。考えが無くても、無理をすれば何でも出来ると思っている」
 スタインベックは訓練場を映すモニターから視線を外すと、
 用意されたやたらと濃いコーヒーを飲み干した。
「‥中佐?」
「見る価値も無い。結果は見えている。何か面白いことが起こったらあとで教えてくれ」
「‥はっ」
 ジゼルは答え、代わりのコーヒーを用意する。
 戦闘の結果は中佐の言うとおりになった。
 個人の錬度をあげることは確かに大事だが、
 単機で出来ることには限りがある。
 逃げ回り必死に反撃の機会探した金城だったが、
 結局一矢も報いることなく撃破されてしまった。



 演習はチーム対抗戦に切り替わる。
 最初の組み合わせは北米エース隊と
 榊兵衛(ga0388)、堺・清四郎(gb3564)、
 新居・やすかずga1891)、神楽 菖蒲(gb8448)、
 の以上4名による【槍】チーム。
 雷電2機、S−01HSC1機、バイパー1機とバランスの良い編成だ。
「前回の合同演習では馬鹿正直に戦った結果大敗を喫したからな。
 汚名返上と行こう」
「ああ。せっかくこのような機会が与えられたのだ。
 存分に生かすことにしようか」
 堺の言葉に榊が応じる。
 メンバーの士気は非常に高かった。
 
 戦闘が始まるとすぐさま前衛が近接戦闘に移行。
 グレッグのイビルアイズ目掛けて榊が突入する。
 槍と槍が激突して、激しい近接戦闘が始まった。
 堺もそこに突っ込もうとしたが、機盾を前面に出して突入してきたジゼル機に阻まれる。
 堺機のミカガミ:剣虎は已む無く機刀「建御雷」を抜き放ち応戦を開始した。
「前と同じと思うなよ!」
「いや、前と同じだ!」
 ジゼル機のモノアイが光る。
 マイクロブースト、アリスシステム機動。
 接近戦主体に調整された剣虎を速度に物を言わせて押し切っていく。
「くっ!」
 出力を切り替えているためダメージは少ない。
 だがダメージ蓄積は小さくなく、このままでは撃破されるのも時間の問題だろう。
 ロックオンキャンセラーの補正もあって剣虎の攻撃は当たらず、
 なによりも移動速度が違いすぎて振り切れない。
「時間稼ぎか!」
「わかったらどうする?」
 レーダーに映る友軍機は、ほぼ位置を変えていない。
 周辺の助けは得られそうに無かった。
 後方支援を予定していた新居機はクラリス機の砲撃を受け、応戦中。
 機体特性の分だけ新居機が押しつつあるが、同型装備での遠距離戦闘はしばらく決着はつきそうにない。
 榊機の雷電:忠勝も押しつつあるが、イビルアイズとまだ戦っている。
 こちらもしばらくは決着は着かないだろう
 そして神楽機は‥
「見え見えだぜ!」
「ちっ!」
 ジャンプを多用して迫るファンタスマ機に詰められ、
 射撃武器のみで応戦せざるを得ない状況に陥っていた。
 新居機の警告で接近に気付き、迎撃して数発当てたものの、
 ショルダーアーマーで防がれて損害は小破に留まった。
 詰め寄られて以降は攻撃をかわすので精一杯だ。
「‥なら、これで!」
 神楽機のバイパーはファンタスマ機に煙幕を射出。
 ファンタスマの視界を防ぐ。
「のわっ!?」
 ファンタスマ機が煙幕に隠れたところで神楽機は細工された照明を放った。
 色彩は自機のバイパーの噴射炎と同じ。
 機動を誤認させる撹乱だ。
 これで距離をとればまた勝機はある。
 神楽機はタイミングをずらしてジャンプして‥ 
「甘いぜぇ!!」
 巨大なブレードが欺瞞に釣られることなく、横なぎで神楽機を捉える。
 直撃こそしなかったものの、体勢を崩し転倒してしまう。
 間断なくブレードは縦に振り下ろされ、肩口から直撃。
 一瞬のミスで大破判定となった。
「‥どうして‥?」
「俺は自分の眼は信じちゃいねーんだ。悪いな」
 神楽の欺瞞は確かにファンタスマの眼を騙しきったが、
 バイパーの眼は欺けなかった。
 噴射炎の光その他の情報を分析し、
 照明銃であることは早々と解析されていた。
 生身の歩兵らしい強さは、KVの歩兵とは違う。
 その一点が明暗を分けた。
 バイパーはグレッグ機が足止めしている榊機に襲い掛かる。
 人数差が出来てしまった戦いは、雪崩れるように決着へと向っていった。



 その事件はチーム対抗戦を開始して数試合後に起こった。
「さぁ皆さん、大変お待たせいたしました!! 本日の主役!
 むさ苦しい南中央軍において貴重な少年成分ッ!
 トニ・バルベラ軍曹の登場だァァァッ!!!
 今日も輝くスク水ペイントォッ!!
 おまけになんだあのハイディフェンダーはぁッ!?
 痛い! 実に痛々しいぞォッ!!」
 冴城 アスカ(gb4188)の実況が会場に響き渡る。
 トニはそろそろ色んなことを諦め始めてきた。
 ふと1時間前のことを思い出す。
「拙僧の‥とっておき、だよぅ。コイツをもって、戦ってほしい。
 模擬戦だから壊れないというのもあるが‥何より、お前さんを応援したいんだよぅ」
 そういってゼンラー(gb8572)はハイディフェンダーのセッティングを申し出てくれた。
 使ったことのない武器だから試せるのなら本当にありがたい。
 お礼を言って、整備のおじさん達にも事情を伝えたが、
 思えばそのとき、整備班の人の眼が何だか生暖かかった。
 貰ったハイディフェンダーを確認したのは出撃前。
 もう置いていくことも出来なかった。
 剣の腹部の一方にはゼンラの神様のインド的で豪華な宗教画ペイントが描かれており、
 もう一方には、「トニ 頑張れ」と猛々しい字体で記されている。
 そして小さく、「スポンサー:ZENRA教」とも。
 絵の一部は当然モザイクな塗装もしてある。
「トニ、陣形が崩れているぞ」
 正面に立つ対戦相手の1人、ノーヴィ・ロジーナに乗るウラキ(gb4922)から通信が入る。
 違うんです。ウラキさん、これは‥。
「高円寺少尉が距離を取るんです」
「ははは、そんなバカナ」
 ウラキさん、最後のあたり声が若干棒読みです。
 突っ込みは心の中に留めた。
 そして観客席を見ると案の定、かの人物がいる。
 【唸れ ZENRAの星 トニ】(スポンサー:ZENRA教)
 とか、そういった如何わしい垂れ幕を持った僧侶(風)の男が‥。
「トニー! トオオオオオニイイイ!!!」
 渾身の力で応援していた。
 今にも覚醒しそうな力のいれようだった。
「ありがとうございます、ゼンラーさん」
 ちょっと棒読み気味で言ってみる。
 高円寺少尉は相変わらず微妙に距離を取ったままだし、後ろの二人は無言だ。
「くそっ! こうなりゃヤケだ!」
 トニは威勢よくハイディフェンダーを振り回し始めた。



 藤村 瑠亥(ga3862)、遠倉 雨音(gb0338)、
 ウラキ(gb4922)、椿(gb4266)の【錬】チームと 
 やけっぱちなトニ軍曹含む南米エース隊の戦闘は、
 作戦の相性が悪く短時間で終結した。
 遠倉・藤村の2枚看板で相手の攻撃を逸らしつつ、後衛をいかす良い陣形だったが
 機動力を生かした全員突撃という極めて暴力的な作戦の前には為す術がなかった。
 前衛が密着距離での戦闘に移り、
 誤射の可能性が出たために後衛の支援は早々と効果を減じられてしまったのだ。
 遠倉がやや突出する陣形となっていたために集中砲火を浴びやすかったのも原因だろう。
 
 


 ルノア・アラバスター(gb5133)、仮染 勇輝(gb1239)、
 鳳覚羅(gb3095)、の三名で構成される【ルピナス】チームは、
 クラリスを除いた三名の北米エースチームと対峙した。
 機体はS−01HSC、フェニックス、破暁と最新鋭機を含む強力な編成だ。
「相手はエース、相手にとって不足なし」
「演習とはいえ‥本気で行くよ‥」
 仮染と鳳の言葉にルノアは無言で頷く。
 戦場に障害物は無く、戦闘が始まれば決着までは一瞬だろう。
「行動、開始‥‥各機、突撃」
 ルピナスアタックと命名した作戦に則り、
 ルノアの合図ともに3機は一直線に陣形を組みなおして北米エース隊に突撃した。
 鳳の破暁:黒焔凰が前列で後衛の行動を隠蔽し、
 ルノアのS−01HSC:RotSturmが後方より爆撃で撹乱、
 仮染のフェニックス:Chronusが必殺の一撃でもって敵を砕くという作戦だが‥
「甘い作戦だわ。グレッグ、ファンタスマ。援護を」
「了解」「りょうっかいっ!」
 一直線に並ぶ【ルピナス】チームに対し、前面に開いた扇型に散らばる。
 ルノア機の砲撃を掻い潜りながらも、密集し過ぎないように陣形を維持する。
 ルノア機の砲撃は苛烈ではあったが、
 北米激戦区で生き延びてきた彼らにすれば小雨のようなものだった。
 確かにルノア機は脅威ではある。だが、それ以上でもそれ以下でもない。
「足を狙え!」
 ジゼルの号令下、三つの砲から黒焔凰に集中砲火が行われた。
 後衛の行動を隠すために満足な回避行動が取れない黒焔凰は脚部に着弾を受ける。
「うっ‥!?」
 この集中砲火の中で機動性の低下は致命的だった。
 あっという間に黒焔凰はペイント塗れとなり、大破判定を受けた。
「鳳さん!」
「‥行くしかない! 全ブースター起動! エクシード・ドライブ!!」
 仮染機は、鳳機の支援を失わないうちに作戦を続行する。
 クロノスのブースターの方向を一方向に定め、イビルアイズ目掛けて全推力で飛び出した。
「甘いな」
 ジゼル機のプラズマライフルが側面からクロノスを捉える。
 回避行動が行えず、走りきるには距離が足りない。
 前面に備えたディフェンダーでは攻撃を受け止めきれず、
 数発の着弾でブースターや武装に破損の判定が入る。
 ブースターの方向が代わったことでクロノスの機体がぶれ始めた。
「くそっ‥!」
 速度も落ちてしまった機体に更に着弾。
 仮染機は大破判定となり転倒する。
 十数秒の間に2機が撃墜され、ルノアだけが残った。
 単機のエースを相手取るには有効な作戦だったが、
 連携に長じた彼らにはまるで通用しなかった。
「さて‥、残りは君だけだ。どうする?」
 3機がルノア機を取り囲む。
 それぞれが距離と場所をすこしずつずらし、
 一度に撃破されないように細心の注意を払っていた。
「‥降伏します」
 ルノア機は装備を地面に置き、それを持って戦闘が終了した。


 
 伊藤 毅(ga2610)と三枝 雄二(ga9107)と
 北米中堅パイロット達の模擬戦が終わり、その日の予定が終了した。
 辺りは夕陽で赤く染まり、じきに夜がやってくるだろう。
「先輩、これからの予定は?」
「いや、無いよ。明日の為に作戦会議ぐらいだが‥、明日は多分負けるだろうなぁ」
 二人は緊密な連携で北米のパイロットと渡り合い、見事に勝利を収めたが、
 明日の戦闘はそれを遥に上回る相手だ。
 善戦できる自信はある。
 だがイビルアイズの特殊能力や、
 ロビンの速度を突破することはできないだろう。
「‥そういえばUNKNOWN(ga4276)氏は、何処だ? そもそもやるのか?」
「さあ‥? 訓練開始ぐらいの頃には観戦席には居ましたけど‥」
 二人して首を傾げる。
 本人は「参加するよ」とは行っていたはずなのだが、
 黒塗りのK−111はどこにも用意されていない。
 LHでも11機しかない機体だから一度確認すれば忘れないはずなのだが‥。
 二人は話題を次の対戦に切り替える。
 次に捕まえた時に聞けば良い話だ。
 


 リュティア・アマリリス(gc0778)のディスタン:エオールを、
 トニ機のハイ・ディフェンダーが捉える。
 大破判定と擬似損傷でエオールの動きが停止する。
 2戦行われた戦闘はどちらも、
 燃費の良い超伝導アクチュエータVer2と武器の間合いで圧倒する形になった。
「質も錬度もばらばらか」
 スタインベックが呟く。
 模擬戦の結果を見ながら佐官達は同意するように唸る。
 この一つ前にジェーン・ドゥ(gb8754)と赤崎羽矢子(gb2140)を隊長機とした、
 南北エース部隊の戦闘を実施したが、
 その結果も集団戦の猛者達からすれば物足りないものだった。
 慣れないジェーンを慣れた赤崎が制しただけに過ぎない
「一部に正規軍顔負けのエースが居るのは事実です」
「平均の錬度がよくないが、その一部のエースが全体を牽引している。
 それが傭兵と言う集団の実体のようですな」
「集団戦を始めると、その質のばらつきが命取りになる。
 4対4の戦いで明確な穴があれば、そこから決壊してしまうからな」 
 モニターでは次の戦闘が始まっている。
 ソーニャ(gb5824)のロビン:エルシアンと
 ソウマ(gc0505)のディアブロ:ウィズウォーカー、
 館山 西土朗(gb8573)のバイパー、という1対2の組み合わせだ。
 これはソーニャ側の希望で慣性制御機動からの攻撃を再現するために提案された。
 ソウマ、館山ペアは他の2対2戦闘でもそれなりの成績を収めており、
 即席のペアながらしっかりとした連携攻撃は繰り広げられていた。
 ソーニャは負けじとロビンの高速機動でかわし続けて善戦するが、
 やはり1対2を覆すことはできなかった。
 不規則な速度変化をつけて振り回される館山機の明けの明星が命中し、訓練は終了した。
 この後、ゼンラーと鉄木中尉のヘルヘブン750による対決は、
 槍の間合いが物言って僅差でゼンラーの勝利。
 続いてアクセル・ランパード(gc0052)、ジャック・ジェリア(gc0672)、
 芹佳(gc0928)、D・D(gc0959) の以上4名と南米エース隊の戦闘を実施。
 速度差により分断作戦が失敗し、前衛が撃破され南米エース隊の勝利、と続く。
 ここまで傭兵達は個人戦では五分五分以上の成績をあげながらも、集団戦では黒星が多かった。
「個人の技量では見るべき者は少なくない。‥やや、砲戦の得意なものが多いようだな」
 試合と試合の合間、KV戦隊の尉官や佐官達は別室に移り、これまでの訓練成果を振り返っていた。
「新居やすかず、ルノア・アラバスター、ウラキ、ジャック・ジェリア、D・D‥‥。
 ここまでで目立った者はこれぐらいか」
「近接戦闘では?」
「須佐武流、如月由梨、館山西土朗‥‥ふむ、後は‥」
「加えて芹佳という新人を推薦しておきます」
「‥ほう?」
 黙っていた一之瀬が唐突に口を開く。
 KV部隊として信頼厚い人物だけに、居合わせた者達の興味の視線が集まった。
「ディアブロでシラヌイS相手に良く耐えたと、高円寺少尉が珍しく褒めていました」
 戦闘では作戦の相性が悪く、真っ先に集中砲火を受けて撃破されたが、
 それに比して一之瀬や高円寺としては非常に高い評価だった。
 更にデータの仕分けを続けようとした一同だったが‥。
「必っ殺ぁつ!! KUMA、ドリルぅ、ブゥレイクゥゥウウ!!」
 何かアレな台詞がスピーカーから聞こえて作業が固まる。
 モニターを見るとミサイルポッドを満載した雷電が、脚部のドリルを使って蹴りを放っていた。
 北中央軍のバイパーがかわしきれずに大破判定を受ける。
「‥誰だ?」
「鈴葉・シロウ(ga4772)。雷電のパイロットです。成績は悪くないほうですね」
「‥データは残すか?」
 散々迷った挙句、資料として残しつつ、教練の資料にはしないことになった。



 テルウィ・アルヴァード(ga9122)、フィルト=リンク(gb5706)、
 鹿島 綾(gb4549)、クラリス、の4名と南米エース部隊の戦闘は、
 開始から傭兵側の不利で戦闘がスタートした。
 フィルトの指示した罠が用意できるまで、という意図に対して、
 南米エースチームは関係なく全員で突撃。
 相手にイニシアチブを渡したままの戦闘開始だった。
 激突当初はそれでも鹿島、フィルト、テルウィが個人の役割を果たして耐えていたが、
 やはり人数差は如何ともし難く、
 突出して撹乱を行っていたフィルト機が落ちたことで戦線は崩壊した。
「テルウィ、罠を使う。戻れるか?」
「戻れそうにないです。‥おわっ!?」
 テルウィ機大破、脱落。
 残りは鹿島機、クラリス機のみとなった。
 南米エースチームは囲むように布陣する。
 距離も近く、突破は不可能だろう。
 だが、トラップの性質を考えれば好都合だった。 
「よし、今だ!」
 鹿島の合図に答え、クラリスが擬似市街の屋上に置かれていたフレア弾を起爆する。
「なぁっ!?」
 トニは思わず、ハイディフェンダーを盾にするが防ぎきれるはずもなかった。
 判定はほぼノーダメージ。
 KVのエネルギー付与は距離と時間を経るほど失われ、罠として設置した時点でフレア弾の威力は大きく損なわれていた。
 周囲を見ると高円寺機、鉄木機、一之瀬機のみならず。
 遠隔操作ができずゼロ距離から信管を撃ったクラリス機、鹿島機までもが巻き込まれていた。
「ま、今回は引き分けってことでどうかな?」
 鹿島機が器用に肩を竦める。
 人に近い形のディアブロのらしい動きだった。
 その一言で回線の中に堪えきれないといったような笑い声が溢れた。
 ここまで無敗だった南米エース部隊は、
 フィルトの機転によって引き分けという結果にまで持ち込まれた。
 



 長かった演習もいよいよ最後の組み合わせとなった。
 百地・悠季(ga8270)、澄野・絣(gb3855)、
 橘川 海(gb4179)、クラリスの4名で構成される【千日紅】チームと
 クラリスの代わりに中堅パイロット1名を加えた北米チームの戦闘になった。
 百地のサイファーと澄野のロビンを前面に出した布陣で、
 ジゼルのロビンとグレッグのイビルアイズと衝突する
 【槍】チームと同様に前衛の衝突になったが、その時とは完全に状況が逆転していた。
「ファンタスマ、何をしてる!? 何を躊躇っている!?」
 一向に突撃しないファンタスマにジゼルは苛立ったような声をあげる。
「無茶言わんでください。踏み込めないんです!」
 ファンタスマはG−M1マシンガンで百地機を撃つが、
 フィールド・コーティングに阻まれ、大した働きを出来ずにいた。
 そうこうしている間にもロングボウ:橘川機とクラリス機の精密射撃が、
 前衛のジゼル機やグレッグ機に少なくないダメージを与えている。
「敵のロビン、絶対に何か企んでます。突っ込んだら迎撃されます!」
「何だと‥?」
 ファンタスマが【千日紅】チームと他チームとの対戦を観戦し、
 そしてロビンの動きを間近で知っていたからこそ、ぎりぎりで罠に気付いた。
 だが、気付いたところでどうにも出来ない。
 頼りにしてたはずの近接装備を、今は凄く重く感じる。
「少尉、乗ってこないね」
「気付かれてしまったみたいですね」
 光の返し矢、と命名した作戦は不発に終わった。
 ロビンの打撃力・速度を生かして、
 後衛を狙い突出する敵を挟撃する作戦だったのだが、
 肝心の突出しそうなバイパーが全く前に出てこない。
 しかし不発には終わった作戦は、脅しとして十分に機能しており、
 北米エース達の手を完全に塞いでしまっていた。
 ジゼルも牽制に徹する澄野のロビン:赫映に阻まれ前に出れない。
 こうなると後衛の攻撃力で勝る千日紅チームの独壇場だった。
 じわじわとダメージが蓄積し、ついにグレッグ中尉のイビルアイズが膝を折る。
「クラリスさん、今ですっ!」
「はいっ!」
 更に追撃で後衛からの攻撃が飛ぶ。
 当たれば大破確定だろう
「させるかぁぁぁっ!!」
 ファンタスマ機が割り込んでグレッグ機を庇う。
 が、それも無意味。
 精密な狙撃でクラリス機がファンタスマ機の足を捉え、
 橘川機のミサイルが頭部に命中する。
 ペイント塗れになったバイパーは動きを停止する。
「‥これ以上は、無理か。降参だ」
 ジゼルは苦々しい、けれど嬉しそうな声で呼びかけた。
 この宣言で、戦闘は終了。



 終わってみれば得る物が多かったが、
 一部では現状把握に留まったともいえる。
 中佐はふと外を見る。
 最後に配布・提供された資料を元に、傭兵達が反省会を行っていた。
 娯楽的な観客までもが一転、真摯な眼差しでモニターを見つめている。
「‥KV談議か」
 彼にしてみれば稚拙で足りない部分も多い。
 だがそれを補うだけの前向きさと、一途さがあった。
 稚拙さはじきに先達である熟練の傭兵達によって補われるだろう。
「なるほど。これがブラット准将に信頼され、オリム中将の心を変えた者達か」
 終始苛立ちを覚えていたスタインベック中佐だったが、
 自身の上官達と同じ物を見つけたような気がしていた。
「ジゼル大尉、約束どおりクラリスにスピリットゴーストを配備する。
 しばらくはラストホープで機種転換の訓練を受けさせろ」
「ありがとうございます」
 すこしだけ、中佐から剣呑な表情が取れる。
 それはとても人間らしい顔だったろう。
 そのいつになく優しい表情の中佐の元に、
 身長130半ばの少女が警戒することなく寄ってくる。
 少女は中佐の足元までくると見上げるように中佐を見つめた。
「‥なんだ?」
「‥‥ん。ウサ耳を。付けると。KVの魅力が。3割位。上がるよ?」
「‥‥‥」
 最上からは渡されたのはKV用兎耳アンテナのカタログだった。
 カタログには基本スペックと装備例として彼女の機体、
 ナイチンゲール:オホソラの画像も付属していた。
 これはこれで良く似合っている。
「‥‥‥検討する」
「え゛っ‥!?」
 隣にいたジゼル大尉は耳を疑う。
 本気なのか冗談なのかはかりかねてスタインベックの横顔を見るが、
 いつもどおり素の剣呑な表情のままだった。
 その後、基地に戻って(冷静になって)から検討した結果、
 やっぱり採用しないことになったことのみ補足する。



 様々な葛藤や決断を生んだ合同訓練から数日後‥。
「な‥何でなんだぁぁーっ!?」
 トニの叫びが南米某所の格納庫に木霊した。
 無理も無い。
 再塗装されノーマル・カラーに戻っているはずのシラヌイが、
 何故か褌らしきペイントに塗りなおされていたのだ。
 叫びたくもなるだろう。
「お、どうしたどうした?」
 その叫びを聞いて何事かと整備班のメンバーがわらわらと寄ってくる。
「お‥‥お‥おじさん、なんで‥?」
 トニは若干声を震わせながら、
 自分の機体‥と信じたくないシラヌイを指差した。
「ん? ああ、これか。どうだ、スモウレスラー風だぞ!」
 何か嬉しそうに、あまつさえ誇らしげに整備のおじさんは言う。
「いや、そうじゃなくて‥」
「前のペイントで泳ぐように飛べるようになったんだ。
 これでスモウレスラーの力強さが手に入れば、もう曹長に敵は無いな」
「スモウレスラーって‥‥その物言いはまさか‥!?」
 トニはある人物の顔を浮かべる。
 そしてそれは残念なことに間違っていなかった。



 同じ日同じ時刻、初日から訓練場をエスケープしていたUNKNOWNは、
 南米からLHに戻る高速艇の中にいた。
 南米での用事はもちろん、ひとつしかない。
「‥‥戦いは見えるものだけではなく、水面下というのも、ある。
 びっくりするだろうな、トニは」
 そう言って悪戯っぽい笑みを浮かべると、
 新しい煙草に火をつけた。