●リプレイ本文
使い捨てられた人工衛星
シャトルが切り離したタンク
ステーション建造時にでた廃棄物
宇宙に浮かぶたくさんのゴミ
スペースデブリは実はとても危険な存在です。
2012年 これは宇宙のゴミが問題になった時代の物語。
「おい雪花、その口上色々大丈夫なのか?」
「OK牧場ネ。この程度なら無問題ヨ。ところデレオポール、宇宙服で漏らしても大丈夫なようにオムツはちゃんと装着済みかナ? 宇宙にはワンちゃんトイレがないことヨ」
「犬じゃねえよオレは!」
「了解した? 了解したときはアイコピーて言うんだヨ。ユーコピー?」
大型輸送機の格納庫内。
ナイトフォーゲルPT−056ノーヴィ・ロジーナのコックピットにいる楊 雪花(
gc7252)は、レオポールをからかうのに余念が無い。
「くど‥‥くどらふきゃ‥‥えっと、くーちゃんって呼んでも良い、かな? きみが、宇宙に初めて行ったんだね。くーちゃん、一人ぼっちで寂しかっただろうね」
ナイトフォーゲルEPW−2400ピュアホワイト――愛称:チャンドラの高槻 ゆな(
gc8404)は、モニタに出た映像――非常に古ぼけた犬の写真へ語りかけている。
「いや懐かしいものです。当時は大ニュースで新聞も一面で報じていましたからね」
堀越 惣一郎(
gc8970)がナイトフォーゲルHA−227幻龍――愛称:八束小脛(やつかこはぎ)で、郷愁に目を細める。
「そうなのかや、我は全く知らなかったのう‥‥しかしこれ、本当に飛んだのかや?」
ナイトフォーゲルPT−120ニェーバのフェンダー(
gc6778)にとって三角錐型の旧式衛星は、おもちゃと見えてしょうがない。
「飛びましたとも。昔はそれが最新科学の結晶だったんですよ。まだ幼かった息子に新聞の写真を見せ、見てごらん、ワンちゃんが宇宙に行ったそうだよと伝えた時の、輝く様な笑顔。よく覚えていますよ‥‥それだけになぜワンちゃんは帰ってこないの? なにか悪い事をして追い出されたの? と息子に問われた時、返答に困りました」
そこで雪花が、多少の揶揄を込めて言う。
「そもそも計画じゃ大気圏再突入で燃え尽きさせるコトにしてたんデショ。今更連れ戻さなくてもネ」
ファリス(
gb9339)はナイトフォーゲルMX−Sコロナ――愛称:ロスヴァイセから、声を上げた。
「雪花姉様、ずっと一人きりで冷たい宇宙をさまよっていたワンちゃんをきちんと故郷に帰してあげたいの。だから、きちんとお仕事を済ますの」
「いやまア、そのことに反対する気はないけどネ」
入間 来栖(
gc8854)は、ナイトフォーゲルHA−227幻龍――愛称:Cyaの座席に身を沈め、考え込んでいる。
(彼女はただ一人宇宙へ‥‥行った‥‥)
怖い思いをしたろうか。辛くはなかっただろうか。思っていたところ、アナウンスが入る。
【輸送機メドヴェージ・航行軌道に乗りました・ハッチを開きます】
終夜・無月(
ga3084)はナイトフォーゲルXF−08Bミカガミ――愛称:白皇 月牙極式を動かした。
「さぁ‥‥行きましょうか‥‥英雄を迎えに‥‥」
「ウン、行ってきて。オレここで待ってる」
かようなことを言い出したレオポール在中機体の後ろに回り、機体で押す。
「全く‥‥同じ血が流れてる英雄に何か感じる処が無いのですか‥‥」
「流れてないよオレ犬じゃないよ、犬じゃないったら! 押すなよ押すなよ!」
「それは押せということですね? よく分かります」
「違うよ!?」
キャンキャン鳴くのを強制出港させる彼は、クドリャフカのことを考える。
新たなる世界を文字通り、其の命を賭して切り開いた彼女。
(自身の意志は定かではありませんが‥‥)
きっとこのプロジェクトに関わる誰かに主人と決めた人や大好きな人が居て、其の人の為に辛抱強く過酷な訓練をこなし、最後は殉じたのだろう。そう思う――思いたい、が近いかもしれないけれど。
「ともあれ、クドリャフカ嬢を地球にお連れするお手伝いが出来るとは思ってもみませんでした。長生きはするものですナ」
惣一郎が続く。
「ろじゃーです‥‥作戦行動を開始します」
そして来栖が。
「お迎えに行って、ご主人さまの所に帰してあげよう? 頑張ろうね、チャンドラ☆」
ゆなが。
「うむ。ずっと一人ぼっちは寂しかったじゃろ‥‥今、皆で地球に返してやるからのう」
フェンダーが。
「ファリス、行きますの」
ファリスが船外に出る。
最後の雪花は一人こっそり肩をすくめた。
「皆センチメンタルだナ。大体地球に帰してやるとか言われてモ‥‥自分達デ殺したようなもんじゃないノ、あのワンちゃン? マー仕事ナラやるけどネ‥‥」
●
地球の上には今や大量のデブリが生まれている。対バグア宇宙戦闘の名残だ。
それらを一同は避け、また排除しつつ、目的の衛星タワリーシチまで進んで行く。
フェンダーは警戒担当として、目につくデブリを排除して行く。
「最近物騒だからのう‥‥ぶつかったら大変じゃ。しかしいつの間にこれだけ増えたのじゃろう。ちょっと待つのじゃ、ここはこうしてっと」
デブリはデブリ同士でぶつかり、更に細分化、再生産され散らばる。そこが最も始末に悪いところだ。
「いずれ本格的にUPCでお掃除しないといけないかもなの。バグアさんは 多分手伝ってくれないの」
ファリスは大きめのデブリをレーザーガトリングにて砕き、次々地上に落として行く。
それらは空気摩擦により、あっと言う間に燃え尽きて行く。
「高槻君、気をつけてくださいね。前から接近してきますよ」
レーダーとカメラを駆使しデブリ監視を行う惣一郎の言葉に、ゆなが前を向く。
「はーい、こっちに来ちゃ駄目だよ‥‥あれ‥‥」
そして目を丸くする。
漂ってきたのはゴーレムの頭部だった。軌道上で戦闘した際の残骸らしい。
「うーん‥‥」
これを見ると、少々不安になる。
今のところ回りにバグア反応はないのだが、なにしろKVがこれだけ集まって行動しているのだ。衛星自体に興味がないとしても、何をしているのかと寄ってくることとか――ないのだろうか。
「‥‥まあ今まで放っておかれたんだし、大丈夫だとは思うんだけど」
ある程度警戒はしておこう。
決めて彼はゴーレムの一部を、はるか遠い地上に向かって落とす。
「行け、ゆな流星群」
さてレオポールはというと、デブリに機体をごんごんぶつけていた。
「あっ、翼擦った! さっきも塗装が剥げたのに‥‥なんだよもー、ここ障害物多すぎるよ」
「レオポール運転下手だネー。自宅の車も凹みキズだらけなんでないノ?」
「そんなことない! オレいつでも安全運転だもん! シートベルトも締めてるし!」
「まあそれはいいとして、三次元の感覚にもっと慣れる努力は必要みたいですね。帰りに宇宙航空士の訓練施設にでも寄って行かれては?」
「アア、あの椅子に座てシェイクされるすごく楽しそうな奴ネ」
「止めろ! そんなん乗せられたらオレ絶対吐く!」
雪花と無月に挟まれ四苦八苦している彼はさておき、基本的に皆は滞りなく、衛星までたどり着くことができた。バグアの出現もなかった。
「うーむ、実物見ても本当に小さいのう‥‥」
フェンダーの口からつい、そんな言葉が漏れる。
実際場にいる誰から見ても、衛星は、拍子抜けするほど小さかった。せいぜい子供が身を縮めれば収まれるだろうかという程度の代物で――しかもひどく老朽化している。三角錐の透明な部分にはひびが入り、土台の金属部分にも欠落が見られる。
あまりに長い間漂い続けたせいだろう。
「ステーション聞こえるカ? こちら回収隊、これから作業に入ル。サポートよろしク」
船外活動に支障が出ないよう、相対速度を調節する。
ファリスが接近し、乗り移る。
他のデブリと衝突したことでもあるのか、全体が歪んでいる。
これでは指令を与えたとしてもまず開かない。
即断し彼女は、外壁を丁寧にアーミーナイフで切除し始めた。
「‥‥ずっと一人きりで寂しかったのかな? もう寂しがらなくても良いの。ファリスと一緒に生まれ故郷に帰るの」
続いて来た来栖は、内部にある電子回路へのアクセスを試みた。残っている限りのデータを収集しようと。
「タワリーシチさん‥‥。‥‥彼女を、迎えにきました」
一体発射時から今日まで、何が起こりどうなったのか知りたいと思ったのだ。知ってほしいと思ったのだ。彼女を送り出した人々に。彼女の生が無意味なものであったとはしたくないがために。
「ハーイ、クドリャフカちゃん良い子にしてたカナ〜?」
雪花が来たところで、ちょうど衛星が開かれた。
おどけて中を覗く彼女は、鼻白んだようにすぐ口を閉じる。
クドリャフカは円筒形のガラス筒といったものに入っていた。そこで打ち上げられたときと同じ姿勢のまま固まっていた――立つ座る以外の姿勢など不可能な狭さなのだ。
体は真空状態で腐ることもなく、水分だけが抜けていた。目は中身が落ち窪み、歯は皮膚が縮んだせいで、剥き出しになっている。
レオポールを連行して来た無月が亡骸を前に、「デュランダル」で、恭しく儀仗の礼をとる。
「私も狼として彼女を誇りに思います‥‥」
剣を降ろし、おっかなびっくりクドリャフカにふんふかやっているレオポールに言う。
「貴方はどうですか?‥‥」
「え? オレが何?」
「彼女を誇りに思いませんか? ‥‥いつも逃げてばかりの自分を恥ずかしく思いませんか? ‥‥貴方にも守りたいと自ら望む存在が有るでしょう‥‥」
「いや、そりゃあるけどさ、だからってこんなお前、カピカピになっちまうのはやだぜ」
「そりゃ誰だて嫌デショ」
トンチンカンな受け答えをするレオポールを遮り、雪花は提案する。希有にも損得抜きで。
「彼女は深宇宙か太陽に向けて旅立つ方が良いのではないカ? あれこれ理由つけてもサ、人間はあの博士も含めてこの子を捨てたのヨ。宇宙犬クドリャフカの居場所は宇宙しかないだロ、という気がワタシはするんだけド」
これにはフェンダーが待ったをかけた。機体のコックピットから見栄を切る。
「あいや待たれい雪花殿! クドリャフカはもう十分頑張ったのじゃ。この上宇宙をさすらわせるのは‥‥いかん、目にゴミが入って前がよく見えないのじゃ」
「メットつけてるよネ?」
「野暮な事は言ってはいけないのじゃ。れ、冷静な我がこの程度で泣く訳はないのじゃ。とにかくクドリャフカは連れて帰るのじゃ。でないと主様からきついお叱りを受けるでな」
無月も続ける。
「‥‥幾ら素体的に大人しく辛抱強かったとしても、愛を貰い育たなければ、人の言う事を聞く様には成りませんよ。捨てたというのは違うと思います」
雪花は少し間を置き、肩をすくめる。
「そこまで言うナラ仕方ないネー。アイコピー」
ファリスがクドリャフカを、用意してきた柩に入れてやる。
残った衛星は満場一致で落下させることになった。
かくして「タワリーシチ」は手動で、落下軌道に誘われる。
重力に引かれ落ち音もなく燃えゆく姿に、来栖がそっと弔辞を述べた。
「タワリーシチさんも‥‥お勤めご苦労様でした。‥‥Спокойной ночи(お休みなさい)」
全員、レオポールに負わせた柩を連れてカーゴに戻る。
そこでようやくクドリャフカに対面した惣一郎は、姿勢を正して一礼した。
「長い間お疲れ様でした、ミス・ユニバース」
ゆなが優しく干からびた体を撫でる。
「さあ、お家に帰ろうね。くーちゃん」
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そこは一国の威信をかけて作られた、宇宙科学技術の集結地。情報漏洩を恐れて、地図にも載せなかった町。
だけどそれも昔の話。今は過ぎ去った思い出ばかりが残る場所。
古ぼけた英雄墓地の一角に、新しく小さな墓。
【史上初の宇宙飛行士 英雄クドリャフカ同志ここに眠る】
「あの頃は、国が競争に勝つ為に、小さなものの意志や命が容易に飲み込まれていってしまう、そんな時代でした。或いは、今もそうなのかも知れませんが。 でもね、犠牲じゃないんです。クドリャフカ嬢にも、若くして散っていった僕の戦友にも、それぞれの生があった――」
惣一郎の穏やかな語りを耳にしながら、ファリスは、花束を置いた。小さな犬の像の足元に。
「‥‥やっと生まれ故郷に帰ってきたの。静かに眠って、いつかまた生まれ変わったその姿を見てみたいの。だから、しばらくはゆっくり休んでいてなの」
フェンダーも花束を捧げる。銅像の頭を撫でながら。
「虹の橋のたもとでゆっくり休むのじゃ。いつか会った時は暖かく迎えて欲しいのじゃ」
そして墓の近くで舌を出しはこはこしているレオポールの尾を引く。
「さてまた月に戻ろうかの、レオポール殿」
「えっ。なんで。オレ帰ってくるなり無月にこの墓掘り手伝わされて疲れてて‥‥」
「まあまあ、噂ではまた何か面倒な事があったらしいのじゃ」
「なるほど。それでは行かねばなりませんね。さあ行きましょうか月世界へ」
「やだあオレは地球にいるううう」
フェンダーと無月から両腕を捕まれ、レオポールが退場して行く。
ゆなは銅像の首から花輪をかけてやった。大きくて立派な奴を。
「くーちゃん、お疲れさま。ごめんね、長い間お迎えに行けなくて」
来栖は瞳を閉じ、依頼主に提出した報告書を、声に出さず復唱する。
(打ち上げ時に脈拍数・安静時の3倍に上昇。
無重力状態になった後に脈拍数は減少するも、地上実験時の3倍の時間を要する。
この間、断熱材一部損傷。船内の気温は摂氏15度から41度に上昇。
飛行開始のおよそ5〜7時間後以降、クドリャフカの生体反応消失す)
ゆっくり見開いた彼女の目からは、とめどなく涙が溢れていた。
「‥‥おかえりなさい」
雪花がうそぶく。よく晴れた空を見上げて。
「ワタシは愛とか友情は信じてないけド、そういうものを本気で信じている人間が居ることは良く分かたネ‥‥」
若人たちを見守る老人もまた空を見る。
「皆さん、生きなければ駄目ですよ――そして伴侶を得て、子供を育て、素敵な老人になるんです。僕の様に、なんてことは言いませんがネ――どうも年を取ると、説教臭くなっていかんですナ」
彼だけの記憶を、そこに重ねながら。