●リプレイ本文
【こうしてゆうしゃたちはたびだった】
「いや、旅立ててねえし」
半眼になる村雨 紫狼(
gc7632)は、自分の姿を見た。
パーカーにジーンズに「俺がロリコンだ」とロゴが入ったTシャツ、そしてスニーカー。あからさまに周囲から浮いている。
「でさ、なんで俺だけいつもの私服なんだよ!? コレもバグかあ?」
文句を言うその隣にもう一人、世界観から浮いた人間がいる。鎌苅 冬馬(
gc4368)だ。
大きな青いツナギを着、「安全第一」のヘルメットを被り、ツルハシを持つという格好をしている。
(バグを見つけて報告し、依頼を解決させる事以外、何も考えないつもりだったが‥‥俺は確か剣士の装備を選んできたはずなんだが‥‥)
気になる。
というわけでステータス画面を開いてみた。
【しょくぎょう:どかたのおにいさん】
【所持品:おーいお茶×1(体力60%回復)】
【主な攻撃方法:ツルハシを振るう、又は投げてブーメランの様に扱う】
(バグだな‥‥多分‥‥しかしこれでどうやって魔王の元まで‥‥)
冷静に装いつつ足を踊らせる冬馬に習い、紫狼もまたステータス画面を確かめる。
【しょくぎょう:ろりこん】
【所持品:子供の好きなお菓子×10(食べさせると相手の体力が30%減少)】
【主な攻撃方法:幼女を車に巧みに乗せ連れ去る、又は優しくして手なづける】
「‥‥ちょっと待ておいいいいいーっ! こんな職業あるかーっある意味ファンタジーだけど!! た、確かに俺のリアル嫁は10sa」
紫狼は恐るべき事実を危うく暴露しかけ、口をつぐんだ。少女たちがひそひそやっているのが聞こえたので。
「あの人危険そうデスぅ。置いていった方がよくないデスかぁ?」
虹のごとくきらめく踊り子衣装をつけているのは、トンボの羽を持つ30センチ大の有翼妖精シフール、エルミナ・ハディハディ(
gb1899)。
「‥‥ん。私は。食の旅に。行くから。金輪際。関わることも。ないだろうけど。あれは。ちょっとね」
頭からつま先までゴシックロリータなのは、最上 憐(
gb0002)。職業は今一つ分からないが、いつも通り大きな鎌を持っている。
「うーん、魔法で石にしておこうか? あたしハイレベルに初期設定してあるから、そのくらいの呪文ならこの段階でも使えるよ」
御名方 理奈(
gc8915)は魔術師。いつもと違う菫色の髪、黒の袖無しローブ――タンクトップ程度の長さのもの――姿。
手にあるのは竜の装飾が柄頭に施された長杖、「ドラコアーテム」。マイスタークラスに到達せねば、目にすることさえ叶わぬレアアイテムだ。
「我のは何だかすーすーした服じゃのう‥‥まあ、いざとなればあれは石牢にでもほうり込んでもらおうぞ」
フェンダー(
gc6778)は、真っ白なふわふわのドレス姿。頭にちょこんとティアラを乗せている。
そんな最愛の対象たちから警戒され、紫狼もちと切ない。
そこに、外部のプログラマーから通信が入ってきた。先の質問に関して。
【その方が面白いから】
「うんそうだねーって、いらんわこのボケえええっ!!」
見えない対象に吠える紫狼。かくして余計不信を招く。
「奇声を上げてるデスぅ」
「‥‥ん。興奮。してるね」
「ますます危ないよ」
「仕方ない。水牢にするかのう」
そこで天堂 亜由子(
gc8936)が異を唱えた。
「待ってください。確かに彼はかなり問題なところがあるとは思います。けど、それでも置いて行くのはよくないですよ。仮想空間、こういう状況って珍しいことだと思うんですが、だからこそ孤立したり分断したりはまずいですよね‥‥」
正論だがフェンダーは、いまいち納得していない。王様に意見を求める。
「のう王様、そちはどう思う?」
「勇者たちよ。魔王退治は任せたぞよ」
「‥‥いや、それさっき聞いたからもういいのじゃ。それより」
「勇者たちよ。魔王退治は任せたダニ」
「じゃからいいというに。我の聞きたいのはじゃな」
「勇者たちよ。魔王退治は任せただべえ」
フェンダーは、商人の格好をした楊 雪花(
gc7252)に尋ねる。
「‥‥王様が同じ事しか言わないのじゃ。バグかや?」
「いヤ、語尾の変化の方がバグっぽいネ。フェンダーサン、RPGにハ詳しくないカ?」
「うむ。あまりしたことはないのじゃ」
「それならワタシがこの冊子を進呈しよウ。ゲーム公式ガイドだヨ。コレさえ読めばサルでモ楽々攻略間違いなしネ!」
「おお、そうかや。親切にどうもなのじゃ」
本を受け取ったとたん己の所持金メーターがダウンし、代わって雪花の所持金メーターが上昇したことに、ゲームに疎いフェンダーは気づかない。
「何々‥‥ほう、こうしてステータス画面を開くと‥‥左上が我のすてーたすじゃな。職業はプリンセスか‥‥よく判っておるな」
ともあれこのまま城内でぐだぐだし続けているわけにもいかない。
というわけで、雁久良 霧依(
gc7839)は移動魔法を試みることにした。
彼女の職業は女司祭。だがその司祭服――きわどくスリットが入り、足は黒のストッキングでなまめかしく包まれ、白のガーターベルトがちらちら見えと、実に挑発的。
そして蛸の頭っぽい柄頭の付いた名状しがたい造形のメイス‥‥何の神に仕える司祭なのか気になるところだ。
「はいはい、まずは皆一緒に移動魔法で城の外に脱出よ♪ イクイ・ドロシュ・オド‥‥」
バシューン
【ゆうしゃたちは じょうかまちに きた】
「成功ね♪」
霧依は満足げに額を拭う。直後亜由子が叫んだ。
「ちょっ!? それはまずいです霧依さん!!」
冬馬が固まり、反射的に顔を背ける。なにしろ彼女の格好と来たら、素っ裸だったのだ。
「あわわわわ! 見ちゃだめえ!」
理奈が両手を広げて立ちはだかり、目隠しの役をする。
「あら。移動魔法でデータ消えた? えーと、ステータス画面‥‥グラフィックデータだけ飛んだっぽいわね」
確かに町を行くNPCたちも騒ぎだすことはない。
なので彼女はこう言い放ち、走りだした。
「まあいいわ、減るもんじゃなし。この恰好で最後までゴーよ♪ やだ、なんだかすごい解放感♪」
亜由子と理奈は追いかける。
「駄目です! 服を買ってください、服を!」
「霧依さん、待ってえええ!」
「大丈夫、胸と股には黒い海苔が何故か張り付いてるし、蔵倫はどうにかなるわ♪」
雪花、フェンダー、憐も一応追いかける。
「ウーン、B級ハプニングAV企画みたいな光景ネ」
「なんだか楽しそうじゃのう」
「‥‥ん。もはや。別の。種類の。ゲーム」
その後を冬馬と紫狼が。
「まだ何も始まってないんですよ、戻ってきてください!」
「くっそう、なんで憐たんや亜由たん達がむけねえんだよ! バグだろこれも!」
最後にエルミナがぱたぱた必死に飛んで行く。
「ああ〜皆さあん、早いデスぅ〜」
途中で疲れて降りた彼女は少し考え、特殊能力を濫用するとした。
「う〜ん、えい! エミタデスぅ!」
【上位権限の使用。アイテム>ペット>ライディングホースを選択】
かくして彼女は、難無く移動手段を手にいれた。
「わーい、お馬さんデスぅ! パカラパカラって走るデスぅ」
●
とにもかくにもバグ捜し。
町を重点的に調べて行くから遅くなるという憐と雪花を残し、一同は先を急ぐ。
現在地点は街道沿いの、とある村。の中にある民家。
「財布の中身が200Cしかないのじゃ‥‥コレは深刻なバグじゃのう」
雪花から巻き上げられたことに気づかないままこぼすフェンダーに、理奈は肩をすくめる。
「まだいいよ。あたしは所持金ゼロだよ。まあ、貧乏設定にしたからしょうがないんだけど」
そう、理奈は飛び抜けて高い能力値を獲得するため、マイナスの特徴をたくさんつけているのだ。
この貧乏のほかにも、痛みに弱い、くいしんぼ、そそっかしい、幼い、自信過剰‥‥そしておねしょ癖。最後のだけはやめておけばよかったなかと、今更ちょっと思っている。
「ところで、何故皆は家に勝手に入って引き出しを開けてるのじゃ?」
「お、薬草があったぞ。えーと、こっちは聖水か。冬馬、そっちは?」
「金貨が5枚。さっき取ったのと被るけど、銀の指輪もありますね」
RPGに付き物な光景がフェンダーには、単なる家捜しに見える。
というかゲームという建前がなければ実際単なる家捜しである。
「ああ、これは言わば仕事の一部よ。フェンダーちゃんも探しなさいな」
裸の上にローブ一枚だけ羽織った格好の霧依から促されても、いまいち参加する気になれなかった。
「行儀が悪いのう‥‥我はそんな事はしないのじゃ」
「でも、これが一番早いし確実よ。モンスターを倒して現金化するという手もそりゃあるけど‥‥」
そうこうしているところ、名もなきNPCがふらっと入って来た。
『だいこんは いらんかね 10Cだよ』
「特に入り用ではないのう」
『だいこんは いらんかね 10Cだよ』
「いや、いらぬで、悪いが他の人間に」
『だいこんは いらんかね 10Cだよ』
「いらん」
『だいこんは いらんかね 7Cだよ』
「‥‥こやつ何度断っても諦めないのう、何時までねばる気じゃ。そして微妙に金額を下げおった‥‥」
バグなのか何なのか分からないが、うるさくなってきたのでフェンダーは買っておいた。
途端、ぱぱらぱーとめでたそうな効果音が。
【ぷりんせすは ぶきを てにいれた】
「これ、武器だったのかや!?」
そんな家捜し一味から少し離れた河原にて、エルミナと亜由子は戦っていた。
【じゃいあんとらっと が あらわれた】
ただの大きなネズミ、雑魚モンスター。2人ともそう思っていた。だが。
「踊ってかわして、踊って攻撃デスぅ」
「刺突!」
「踊ってかわして、踊って攻撃デスぅ」
「刺突!」
「踊ってかわして、踊って‥‥」
「刺‥‥」
「バランス悪いデスぅ! この異常なHPはなんデスか!」
「攻撃力と全然釣り合ってないですよ!」
エルミナが100回、亜由子が100回突いても、HPゲージがまだ半減しない。
単調な動きを彼女らはそれぞれ後500繰り返した。
ようやくネズミは死んだ。
得た経験値はというと、雑魚モンスターにふさわしく、わずか1ポイント。
どっと疲れが出た亜由子は地に伏す。
「なんでデスかあ!? エルミナたち無茶苦茶頑張ったデスよ!?」
納得いかないエルミナはじたばたする。
と、効果音が。
【えるみなは MPが ほんの ちょっとだけ あがった。 つぎの りすとから たったの ひとつだけ あたらしい まほうを しゅとくできるよ よかったね】
「う、なんだかイラっときますデスぅ。でもレベルアップデスぅ。じゃあ、このデスデスレーザーの魔法をとるデスぅ」
どうせどれを取っても似たようなものだろうと、期待せず適当に決めたエルミナは、魔法を使ってみるとした。
「デスデスデスぅ!」
ヒュボッ!
黒いレーザーが風を巻き込みながら一直線に飛んでいき、地平線の山に穴を開け、地を揺るがす轟音を立てた。
ズズウ‥‥ン‥‥
巨大なきのこ雲が彼方に湧き上がる。
亜由子が驚いて起き上がる。
「何、何が起きたんですか今!?」
家捜し一行も駆けつけてくる。
「なんだ、魔王が攻めてきたのか!?」
そこに重々しいメロディが。
【こうして まちが また ひとつ ほろんだ】
「バランスをもっと考えるデスぅ!」
叫ぶエルミナの上から、ひらひら紙切れが舞い降りてくる。そこにはこう書いてあった。
(説明書)『デスデスレーザー:「デスデス」と唱えて発射すると最大出力で放たれる。魔王には不可』
●
【ひがくれて、よるになった】
「‥‥ん。ついさっきまで。昼だった。ような。気が。するけど」
これもバグか。
思いながら憐はバケツのような特大ラーメンをずるずるすする。
「‥‥ん。味はするけど。お腹に貯まらない。‥‥つまり。ゲーム。終了まで。無限に。食べられる」
際限なく食べられるという利点がうれしい。それも代償なしでいけるのだということを発見した。全メニューを注文して食べていたのだが、閉店時間が来ると同時に自動的に外に出され――そのまんまとなるのだ。所持金メーターも変化なし。
つまり閉店時間まで食べ続ければ、ペナルティなしの無銭飲食が可能。
つゆを最後の一滴まで飲み干した彼女は、どんぶりをカウンターに置き、一人ごちる。
「‥‥ん。食べ歩きを。して。気が付いた。どこにも。カレー屋が。無い。コレは。凄く。深刻で。重大なバグ」
『お客さん、閉店です。毎度ありー』
このバグをどうしたものか。
つらつら考えながら通りを歩いて行く憐の前に、突如モンスターが――。
【まちのやみにひそむ かいじゅう ぴぎーごぶりんが あらわれた】
――出てきたと同時に両断された。
「‥‥ん。ひとまず。ブタは。食べられる」
自分の倍程もある大きさのものを引きずり、彼女は、調理してくれそうな店を探す。
宿屋を見つけたので、ひとまず入ってみる。
女主人が出てきた。
『いらしゃイお客サン。ウチの宿を選ぶとは目が高いネ。アイテムの販売と買い取り・セーブポイント(無料)・クラスチェンジ神殿支所・全て揃てるネ。別料金にテ、ダンジョン内へも特別出張販売やてるのコトヨ。電話一本ぜひご利用ヲ。いつもニコニコ現金先払イ』
「‥‥ん。雪花。どうして。NPC化。してるの?」
『サア。多分これもバグの仕業ネ』
そこに、別行動をしていた一行が入ってきた。
「‥‥ん。皆。先に。行ってたの。では?」
「いやそれがな、次に行くはずだった町が吹き飛んでしまって‥‥一旦引き返すってことになったんだ。とにかくここでクラスチェンジが出来るようで、よかった」
エルミナが宙を見ながら口笛を吹く横を過ぎ、冬馬は、本日稼いできたアイテムもろもろを売り払い、神殿支所に入って行った。
フェンダーは肩をすくめる。
「はぁ、明日は大人しく薬草とやらをとりに行くかのう、キュアと練成治療あるのに話を聞かない輩じゃ」
「‥‥ん。それを。言ったら。RPGの。存在意義が。危うい。ところで。その。だいこんは?」
「ああ、これかの。一応武器で‥‥まあ、実地に見てもらおうかの。外で跳ねているのが敵みたいじゃな」
彼女は憐を連れ、宿の外に出る。
そこにはこん棒を持った、巨大な一つ目巨人が。
【まちのやみに ひそむ かいじゅう さいくろぷすが あらわれた】
明らかにモンスターの配置を間違えている。あんな大型ひそめないだろう町の闇に。
思いながら亜由子は本日の疲れを癒すため、薬草ドリンクを頂いた。
隣席で紫狼が大きなため息をつく。
『なにやらお悩みカ、紫狼サン。そんなときにハ雪花サンに相談ヨ』
「ああ‥‥まーここまでゲーム進めてみたが、衣装チェンジ出来ねーバグには参ったZE!」
頭を振り振り彼は、どこで買ってきたのか分からぬ「あぶないひもみずぎ」と「てんくうのすけすけれおたーど」をカウンターに置いた。
「これを憐たんや亜由たんたちに装備させられねーとは‥‥っ。バグじゃねーけど、ゲーム中のフォト機能も追加して欲しい! エロいネトゲの装備はやっぱフォトって掲示板にうpるもんやんか!! あと視点変更でローアングルビューを追加希望だ! やっぱゲームには夢が無いと駄目だと思うんだ!」
『ナルホド。気持ちはよく分かるのことネ。そんなこともあろうかと、ワタシ実は特殊アイテム販売してるのコトヨ。このORデジカメがあれバ、ゲーム内のどのような場面も撮影可能ヨ』
「マジ!? 売ってくれ!」
『ではこの契約書にクレジットカード番号を入力するネ』
どーん、どーんと、外で大きな戦闘音がする。
「我とした事がこのような輩に手こずるとは‥‥レベルが上がった? なんじゃ? もっと上げればよいのかや?」
サイクロプスが倒れてきたらこの宿潰れるんじゃないだろうか。
危惧しつつ亜由子は、マティーニを飲む霧依に話しかける。
「それにしても、冬馬さん遅いですね」
「そうね。クラスチェンジなんてすぐなのに、何やってるのかしら」
「気分でも悪くなったんでしょうかねえ」
理奈も心配していると、宿の電話が鳴った。
雪花が取りに行き、短く会話し、また戻ってくる。
『皆サン、今冬馬サンから伝言あったネ。「すまん。出張所行ったらなんかいきなり魔王の城前まで飛ばされた」とのコトヨ。どうもあの支所、バグってたみたいネ』
とてつもない地響きが、窓の外からした。
「いやったー! 我、プリンセスからスーパープリンセスにバージョンアップしたのじゃー!」
●
【こうして あさになった】
「もう!? まだ今の話終わってないよ!?」
と理奈が声を上げても、そこはそれゲーム内の時間だからしょうがない。
【おねしょして しまった】
「え‥‥きゃあああ!」
泊まった覚えもない部屋にいつの間にか移動していた彼女は、これまた覚えのない世界地図を描いたシーツを前にする。
【おしおきの じかん このまちは おねしょしたこは ほごしゃに おしりをたたかれる しゅうかんが ある。このまちでは みずが きちょう。せんたくすいの むだづかいは わるい こと ちなみに やどだいも さんわり うわのせ】
そんな罰ゲームみたいなものがあるなんて知らなかったんだが。
やっぱりおねしょ要素は付け加えるべきではなかった。
痛感する理奈は、おどおど保護者役である霧依に上目を向ける。彼女は悲しそうな顔をしていた。
「私も辛いのよ‥‥こんな事したくないの‥‥」
理奈は恐る恐る、彼女にお尻を向ける。
「ううっ‥‥霧依さんお手柔らかに‥‥」
スナップをきかせた手のひらが飛んでくる。バチーンといい音がした。
「痛っ! ごめんなさーい!」
思わず悲鳴が出るが、間髪入れずもう一発。さらにもう一発。更に‥‥というわけで待っても待っても全然終わらない。
「痛ーい! もうおねしょしませんからー! 止めてー!」
叩いている側の霧依も不審そうだ。
「おかしいわね‥‥バグかしら‥‥」
とはいえ、全然力が緩まない。
「ううっ‥‥もうやだよー! うわああああん! 絶対バクだよー!」
とうとう理奈は本気で泣き始めた。
その段になってようやく、霧依が名案を思いつく。
「あ、そうだわ、移動魔法を使えばいいのよ! イクイ・ドロシュ・オド‥‥」
こうして彼女らは部屋から無事脱出、皆が待つ宿の一階に降りてくる。
ヒリヒリするお尻をさすり、理奈はぐすんと鼻をすする。
「酷い目にあった‥‥」
そんな彼女を見て、霧依はこそりと呟く。
「やっぱり幼女って最高ね‥‥」
どうやら、バグとかでは全然なかったらしい。
うらやましい。
紫狼は心底からそう思いつつ、出発前のステータス確認を行う。
「てか、俺の職業がいつのまにか「ろりこん」から「へんたい」にクラスチェンジしてるんだが!?」
彼以外誰もその変更に異議なしだった。
宿から一歩踏み出した所、大きなカレー専門店が向かいに出来ているのを発見。
「あれ? 昨日はあんなものなかったですよね」
いぶかしむ亜由子に、まんが肉を食べている憐が、ビシと親指を立てる。
「‥‥ん。何とか。NPCを。脅迫して‥‥ではなく。お願いして。カレー屋を。オープンさせ。バグを。改善した。このまま。ゲーム世界で。チェーン化を。目指す」
「なるほど。バグでバグを制するのじゃな。で、何を食べておるのじゃ?」
「‥‥ん。ゴブリンの。焼き豚。モンスターを。食べると。無条件で。ステータスが。上がること。発見」
「まことかや! そんなら我も食すのじゃ!」
すっかりゲームにはまってしまっているフェンダーは、ぐっとこぶしを握る。
そこへ唐突に、真っ黒で悪っぽい一個師団がやってきた。
彼らは宿に入ってくるや、女主人にこう切り出す。
『我らは魔王の配下。世界を滅亡させるため武器を買いに来た。刀剣、毒、火薬、特大ゴーレム、呪いのアイテムをありったけ出せ』
『了解。いくらでも売りましょウ。もってけドロボー』
「おおおおい! 駄目だろ、売っちゃ駄目だろ!」
『いヤ、悲しいことにバグのせいデ、ワタシPCとNPC問わず買い物を拒否出来ないのヨ。だからアナタたちガ、『そう かんけいないね』『殺してでも うばいとる』『ゆずってくれ たのむ!!』とか何とかデ購入者を説得することを勧めるヨ』
かなり無茶な注文だ。だが突っ込んだ手前もあるので、紫狼は一応やってみた。
「ゆずってくれ、たのむ!!」
『断る』
「ゆずってくれ、たのむ!!」
『殺すぞ』
「えええ2回目でもうそれ!?」
ひるむ紫狼の前に、エルミナがずいと出る。
「最初からそんな下手では駄目デスぅ。ここは、『殺してでも うばいとる』デスぅ」
「えっ、エルミー、まさか‥‥や、止めろ! ここであの技はあまりに危険が大きすぎ‥‥」
妖精はゆっくり殺し文句を口にした。
「そう かんけいないね――デスデスデスぅ!」
かっと周囲に光が満ちた。
●
「‥‥まだかな‥‥」
いきなりワープしたものの、「どかたのおにいさん」では魔王の城に入ることが出来ず、さりとて何もやらないのも気が引ける、というわけで冬馬は、城門の前から内部へトンネルを掘っていた。
と、地平の彼方から何かが近づいてくるのが見えた。
目をこらすとそこには、確かに仲間たち。
霧依は、またしても海苔だけの姿。
「やっぱり解放されるわー♪」
紫狼はTシャツのロゴが「俺が前科百犯の変態だ」になっている。
「ふっ‥‥ここまで堕ちればもう何も怖くないぜ!」
亜由子はゴホゴホ咳をしているエルミナを頭に乗せている。
「しっかりしてください、エルミナさん」
「うう‥‥すまないデスぅ‥‥あたしがこんな体でさえなければ苦労はかけずに‥‥ウゲフ、カハアッ!」
「吐血してますよ!?」
理奈はおねしょした布団を担いでいる。
「もうやだー、こんな罰ゲームうう」
フェンダーは手に黄金のだいこんを持っている。
「我はミラクルスーパーギャラクシーブリリアントプリンセス、皆のもの、頭が高いぞよ!」
雪花は「焼け残り品回収」ののぼりがついたリヤカーを引いてくる。
「高値で買い取リ、高値で買い取リー」
憐は道々モンスターの肉を食べている。
「‥‥ん。雑魚より。ボスの方が。美味しいね。魔王は。もっと。美味しいのかな」
(どういう団体なんだ)
仲間とはいえ冬馬は、ついそんな疑問を持ってしまう。
「皆、思ったより早かったですね」
「うむ、エルミナどのが大変健闘してくれてのう‥‥しかしそのせいでこの通り、HPをゴリゴリ削ってしもうて」
確かに彼女のHPは1。瀕死といっていい状態だ。
「うう‥‥あたしのことは気にしないでデスぅ‥‥屍を越えていけデスぅ‥‥」
「気弱なことを言わないの。超強化かけたげるから――イア! グン=マー! ネギェ・シモニータ!」
霧依の最高位回復呪文により、場にいたメンバーは全員最良のコンディションに戻った。
【さあ、戦いはこれからだ】
‥‥
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‥‥‥‥‥‥
「オラオラオラオラオラオラオラ無駄無駄無駄無駄無駄無駄なのじゃあ!」
フェンダーのパンチにより、魔王の配下が次々吹き飛ぶ。
「メテオストラーイク!」
理奈は天空から隕石をどしどし召喚し魔王の城を崩していく。
城を囲むウンカのごとき軍勢は、エルミナによって塵と化していく。
「デスデスデースっ!」
紫狼は物陰に隠れつつ頭をかき、冬馬に言う。
「‥‥なんかすげえサクサクいっちゃうんだけどさ‥‥これラスボス戦だよな?」
「そのはずですが‥‥なにかと配分が悪いんでしょうね、全体的に――憐さん、どこからカレーを?」
「‥‥ん。カレー屋の。NPCに。敵を食べさせ。鍛え。どこへでも。カレーを。出前。出来るに様にした」
「もはやなんでもアリとなてるネ、このゲーム。ワタシもとモノポリーの要素入れていいと思うヨ」
「私は宿屋でのイベントを充実させて欲しいかしらねえ。お尻叩きに留まらず、バラエティに富んだお仕置きをしてみたいわ」
「それだと成人指定になってしまいますよ‥‥」
亜由子がそう言ったところで、半壊状態である魔王の城から黒い霧が立ちのぼり、凝固し、巨大なドラゴンとなる。
『くくくく‥‥勇者どもめ‥‥いい気になるなよ‥‥貴様らの力など、私の前には塵に等しいのだ!』
それを見た瞬間紫狼は、ついぞ味わったことのない恐怖を覚えた。
よりにもよってドラゴンの顔に、最も苦手とするオリム中将がはめ込まれていたもので。
「やべええええーっ! SUN値が、オレのSUN値が下がるううー! こ、これが一番のバg」
台詞を言い終わる事なく倒れた彼を、冬馬が助け起こす。
「どうしたんだ!」
【へんじがない ただのしかばねのようだ】
「おおおい、こんなことで死ぬなあ!」
『お前達の知らぬ遠き過去より、この瞬間を待って待って待ち侘びて幾星霜‥‥私はついに究極の力を手に入れ』
魔王が喋り続けている間に憐は背後へ回り、長い尻尾の先をズバンと切り落とした。
『‥‥話が終わっとらんのに攻撃するなああ!』
●
ゲームから覚めた憐は、眠気覚ましのカレーを飲みつつ、ゲーム会社のアンケートに答えている。
「で、どうでした?」
「‥‥ん。ボスが。話している。最中にも。攻撃出来るね。無防備な所を。丸焼きにして。楽に。食せた」
フェンダーはヤクルトをストローで飲み、苦情を漏らす。
「バグだらけじゃったぞ‥‥特にモンスター関係が‥‥」
「いえ、あれは仕様です」
「何、あれが仕様なのか、それじゃあ仕様がないのう」
ほかの人間も次々起きてくる。欠伸をしながら。
そのうちで一番遅い紫狼のカプセルを覗いてみたフェンダーは、汗をかく。
「うーむ。見事な白髪になっておるぞよ‥‥大丈夫かや?」