●リプレイ本文
動物園の職員控室では終夜・無月(
ga3084)の手により、監視映像記録が点検されていた。
リプレイするのはただ一点。檻に野良犬が近づいてきたところから5分ほどの間。
詳細は見えにくいが、それでも犬の体から異様な何か――アメーバーや粘菌といった体のもの――がわき出、虎の顔面に張り付き、体内に潜り込んで行ったのは分かった。
潜り込まれた虎はしばしのたうちまわっていたが、やがて静かになり、何食わぬ顔で元いた寝所に戻って行く。
未名月 璃々(
gb9751)は眉をひそめ、独自見解を述べる。
「はぁ、犬から虎ですかぁ。大きさとか、強さとか寄生対象があるんですかね‥‥証拠不十分ですが」
無月もその観測に同意する。これまで数多くのキメラを屠ってきた経験と今目にした情報から、この敵がより強い肉体を求めているという確信を得て。恐らくこのタイプは、炎に弱いはずだとも。
「‥‥バグア自体も正体は憑依生命体‥‥創造者を模倣し作られましたか‥‥多分この犬の前にも、何かに取り付いて生きていたのでしょう」
真剣な面持ちでフェンダー(
gc6778)が、顎に手をやる。眉間にしわを寄せて。
「乗り移るキメラか‥‥類稀なる我の知性と美貌がバグアの手に渡ると大変なことになるから注意せねばのう。まあ、そんな事よりこれ以上犠牲者を出さないようにせねば」
だね、と御守 剣清(
gb6210)はあいづちを打つ。
「とりあえず、これ以上被害がデカくならないようにしましょ。人間も動物も、ね」
壁に張られた園内見取り図に目を走らせる瓜生 巴(
ga5119)は、犀や象やキリンなど大型獣の配置を頭にいれながら、ごく簡潔な言葉を口にした。
「なら行動開始ですね。職員の皆さんも避難してください。襲われる危険があります」
この言葉にはしかし、渋る声が多かった。どの飼育員も自分が扱っている動物には、愛着を持っているからだ。次の標的として狙われているだろう大型獣はもちろん、小型獣についても。
その気持ちを一部汲み、巴は再度提案をした。持ってきていた無線機を一台渡して。
「では、監視カメラはありますか? あるならそれのモニターができる人だけ、その無線をもって残って下さい。残りの人は自動車に乗って動物園の外周まで避難してください」
エイミー・H・メイヤー(
gb5994)もまた無線を一台譲渡し、こう付け加える。
「避難するにあわせて、園内の客についても誘導願えますか? まだ朝早いから少ないとは思いますが、念のため‥‥鍵がかかって密閉出来る広い空間なら、どこでもいいので。それから――あなたがたは動物に関することなら、我々よりはるかに勝って知っていますから、是非ともキメラを探すのを手伝っていただきたい。無論直ではなく監視カメラでだが。寄生されているとあれば、必ず常とは違う行動を取るはずだと思われますから」
そんな周囲の緊迫模様とは裏腹に、サウル・リズメリア(
gc1031)は歓喜の声を上げていた。理由は以下である。
「周囲は美女か美少女。最高だぜ、ジーザス!」
今回の任務に男は俺と剣清しかいない。なにしろ後一人の男仲間である無月は、覚醒中女性体型となってしまうのだ。上下左右どこから見ても完璧に。
(‥‥この場合リズメリア氏から見て終夜氏も、一応美女にカウントされているとしていいんだろうか‥‥)
エイミーは考える。考えるだけで追求はしない。
兎も角傭兵たちは手分けし、失踪した虎を探すことにした。
もっと力の強い動物を探しに行ったと仮定し、剣清、フェンダー、璃々は象を、無月と巴が犀を見回りに行く。エイミーとサウルは、それ以外の場所を捜索する。
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「人っ子一人見かけない動物園というのも、妙な雰囲気がするものですね」
万一にも動物が逃げないよう、出入り口のゲートは閉じられた。
「ドンパチよりこういう現場のほうが向いてる気がします、私」
キメラ発生の報告を受け、園内には直ちに避難命令が出ている。客は大急ぎでそれに従い、園内施設に避難し、息をひそめ閉じこもっている。
開園時間なのに人間が急に引き上げてしまったことで不安になってきたのか、動物たちもあまり鳴き騒がない――
(――いや、鳴き騒がない原因はこの人にあるのかも)
巴は隣の無月を見て思う。
彼が発散している覇気は、同業者であってもかなりの圧迫感を覚える。ただ側にいるだけで、それを向けられているわけではないのにだ。
より強いものを求めるキメラがこれを嗅ぎ付け反応を示してくれば、という作戦なのだとのこと。
(その試みが当たるかどうか)
速足で移動しながら彼女は、周囲へ目を走らせる。オープンにしたままの無線に語りかけつつ。
「相手がトラだけとは限りません。不審なことがあれば連絡してください」
そうしながら、虎の檻の前へ来る。
手摺りに汚いぼろが引っ掛かっている――と思ってみれば、犬の皮だった。毛皮と言うほどの生気も失せはて、紙くずみたいな感じになっている。
試しに無月が「ティルフィング」の先でつついてみると、端からもろもろ崩れてしまった。
彼は一人ごちる。静かな哀れみを滲ませて。
「どうやら、中身は食われてしまうようですね」
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剣清はふと、爬虫類館のガラス窓に移る己の姿に立ち止まった。
「しかし、普通の休日だったらこの画ヅラは‥‥」
『右に女の子、左に少女を携え行く成人男性』以外の何者でもない姿がそこにある。
「どうしたのじゃ剣清殿、早く行くのじゃ。まだ迷うておる客がおらぬとも限らぬぞ」
「そうですよ、早くしないと」
「あ、ああ。そうだね」
(危ないお兄さんには見えてないよな‥‥?)
軽く危惧を抱く彼に、弾頭矢装填済みの「橙」をつがえる璃々が言う。
「ところで、一番この中で強いっぽいのって私達能力者ですよねぇ。御守さんとか、狙われそうですー」
「む。そうなったら頼むぞよ。ところで象さんエリアはもうすぐじゃの」
象は囲いの中で、鼻をぶらぶらさせていた。退屈そうな足取りで行ったり来りしている。
「不審な点は‥‥なさそうじゃろか?」
言いながらフェンダーは、足元の小石を投げてみた。ぶつからないように。
FFは発生しない。シロだ。なれば用はないので、次に進む。
「何らかの予兆がある筈なんですよねぇ、乗り移ると言う為には元の身体を捨てないといけないので」
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エイミーとサウルは、熊、ゴリラ等、他の班が見回らない猛獣の檻を巡っている。モニターを受け持っている飼育係と連絡を取り合い、どれも異常行動を起こしていないことを確認しながら。
「随分うまく移動してるみてえだな。虎に乗り移ってるんなら、もちっとすぐ分かるんじゃないかって思うんだけどよ。結構大きいよな、虎」
「そのはずなのですが‥‥もともと隠密行動を取る肉食獣ですからね。ましてキメラに取り付かれているとなれば」
言いかけたエイミーは、反射的に「シエルクライン」を構えた。行く手の曲がり角から、乾いた怪しい音が聞こえたのだ。
ここは男の見せ所と張り切ったサウルは「オセ」をつけた拳で空を切り、先に進み出る。片目を瞑って彼女にさりげなくボデータッチし、つうと鼻の下に赤い筋を作って。
「待った。俺が先に確認するからよ。あんたは後衛を頼む」
そのなにもかもにエイミーは反応しなかった。姿はゴスロリ姫でも、心は騎士。かわいい女の子は好きだが、ウザやか青年についてはさほどでもないのだ。
しかし彼を特に引き留めもしない。実際自分の主要武器は遠距離仕様で、サウルの武器は近接仕様。であるなら当然な戦力配分とも言えるだろうと思ったので。
「分かりました。それでは私は援護を行いますので」
カサカサっとまた音がした。
十分警戒しつつサウルは、曲がり角に飛び込んで行く。
「そこにいるのはお見通しだ――あ?」
拍子抜けした。
いたのは生き物ではない。木に引っ掛かったゴミ袋の切れ端が風に吹かれるまま、音を立てていたのだ。
「‥‥危ないところだったな。此れも巡り合わせ、終わったらデートでm」
相手から完全にスルーされ少し悲しい思いをした彼は、直後、再び顔を引き締める。それがゴミ袋ではないと気づいて。
黄色に黒の縞が入る、色あせた皮の切れ端。
「‥‥これ、虎ですよね」
「‥‥だな。つーことは、だ。野郎どっかにまた移動したってことだよな‥‥」
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動物園に犀がいる。何もおかしいことではない。檻の中にいるのならば。
だが今それは外に出て、佇んでいる。
近くにはかさかさになった虎の抜け殻が、風に吹かれている。
こいつはもはや動物ではないと、巴も無月も一瞬にして理解した。不気味にじっと2人を眺め続ける目には感情がない。あるのは執拗な意志だけだ。
ゆっくりゆっくり犀は近づいてくる。無月に向けて。
巴はそこから目を離さず、無線に告げる。
「こちらキメラを発見しました。犀に乗り移っています。現在地点は犀の檻付近。至急応援頼みます」
無月は犀が近づくに任せている。
距離が縮まって行く。後5メートル、4メートル、3メートル。
彼は動いた。
「ティルフィング」を打ち出し、犀の身を刻む。それから「スブロフ」を敵の頭上で破裂させ、「炎舞」に持ち替え、再度刃を入れる。
全てがあまりにも早すぎ、能力者である巴にさえ動きが掴めなかった。
犀の全身に火が移り、炎上する。
しかし刻まれたはずの体は、すぐさま元に繋がった。内側からあふれ出てきた無数の触手が、無理やり皮を縮めくっつけたのだ。
犀だったものは、突然身を翻し、後ろに駆け出し始める。どうやら己の生命の危機を、感じ取ったものと見える。
「お前に行く場所などない。どこにも。ここで死ね」
呟く巴は「エネルギーガン」を浴びせ、逃走阻止を図った。
犀は撃たれるたびよろよろ右に左に傾き、速度を落とす。
焼けたからだろうか、身を包んでいた皮があちこちはがれ落ち始める。落ちた部分から、ねとねとした半固体の生き物が顔を出す。ペイント弾を浴びた目の中からも、にゅるにゅるとぶら下がる。最早悪夢の中でしかお目にかかれないような姿だ。
駆けつけてきた剣清が逃走の制御を図る。
「ちょいと前に出ますね」
射撃でひるませてから、接近。剥き出しになった触手が伸びてくるところを刀で切り落とし、「イグニート」をその断面に突き刺した。
触手は痛みなど感じないようだったが、動きを制限された。
「待て待て、お前にだけいい格好はさせないぜ!」
飛び込んできたサウルは、「オセ」で犀の腹部をねらい、蹴った。
腹が破れ蹴りはめり込む。だが。
「血が出ない‥‥だと?」
中からどっと触手がわき出て、彼の足に巻き付いてきた。瞬間無数の針に刺されるような痛みが襲ってくる。
「あででで! なんだこらあ!」
璃々が「橙」で弾頭矢を放ち、触手を剥がす。
「リズメリアさん、大丈夫ですかあー」
千切れた部分は個々が生きており、びくびく動いている。お互いが寄り集まり、また形をなそうとする。
「シエルクライン」にて足止めをしていたエイミーはそれを踏みにじり、「烈火」にて止めを刺す。
「こんなホラー映画がありましたね‥‥乗っ取られるのは御免ですよ」
スライムなのか、粘菌なのか――何と表現したらいいのかはよく分からないがこのキメラ、火で焼かれると完全に死んでしまうものと見える。黒焦げになった分は中身を吸われた動物たちのようにかさかさに乾き、粉となってしまうのだ。
「いでで、海水浴でクラゲにやられた時以来だぜこういうのは‥‥」
「我慢するのじゃサウル殿。男の子じゃぞ」
フェンダーはサウルにそう言い聞かせ、「雷上動」の弓と矢で十字を作り、派手に見栄を切った。
「我は神の代理人、神罰の地上ナントカ人じゃ、主様の名の下にお前を断罪するのじゃ、灰は灰に、キメラは塵に」
実に威勢がいいが、直接戦うのはサウルだったりする。今回彼女は後援に徹しているのだ。
「よし、攻撃手段を潰す! 野生の王者は、俺だぁぁあ!」
さっきので学習した彼は、「グロウ」を最大限利用し、しばき倒す方向で行く。
剣清からもスブロフを浴びせられ火をつけられ、キメラはますます躍起になったらしい。四方八方手を伸ばし、とにかく何か掴もうとする。乗っ取り生きながらえるために。
「お前の行動パターンがこの怜悧で瀟洒な我に読めぬはずがなかろう‥‥そんな大振りな攻撃は当たらん!」
火弾頭矢が炸裂し、焦げ臭い匂いが周辺に満ちる。
騒ぎで不安を醸し出されたか、動物たちはしきりと騒いでいた。近くにいるものから、離れたところにいるものまで。
直後、犀の体が内側に向けて縮小した――と思いきや弾け、己自身を辺りかまわずぶちまける。
大方は延焼によって消耗していたが、そのうちの一塊がたまたま近くにいた鳩の顔に取り付く。七転八倒する本体の意志を無視し、キメラは、たちまち中に潜り込む。
「しまった!」
鳩は羽ばたき、逃走を図る。
「おのれ、姑息なキメラめ、自分自身の力で勝負せんかッ」
彼女がそう言った瞬間、鳩が「橙」の矢に貫かれた。
続いて真っ二つになった。無月が宙に跳ね、切り裂いたのだ。
「炎舞」の刃を受けた鳩は炎に包まれ落下した。ちりちりに焼かれ息絶える。
「主様を信じない者の末路などこの程度じゃな‥‥くたばっちまえなのじゃアーメン」
フェンダーは格好をつけ十字を切った。直後頬を叩く。チクリとした刺激を感じて。
「あいたっ! もう、なんなのじゃ!」
手のひらを見ると、蚊だった。
両目をすがめてじいっと観察すると、糸屑くらい小さな粘菌が潰れたところから這い出し、逃げようとしている。
彼女は黙ってそれをつまみ、炎の中に投げ入れた。
「‥‥どうやら散った後片付けが難儀なようじゃのう‥‥」
そのへんは、傭兵仲間一同異存がない。
この後彼らは関係者にも協力してもらって隅々まで、徹底的に、残りがないか調べ回った。
こうして動物園は結局その日丸々、臨時休業とあいなったのである。