●リプレイ本文
日が傾き沈もうとしている。夕日を浴びて建っている廃棄工場は、大きな黒い塊としてうずくまっている。
生い茂る雑草が荒れ廃れた印象を強化しているが、中にある気配はごまかせない――日々硝煙の下をくぐる者たちには。
「前の依頼に続いてまたHRか。まぁ、規模は全然違うけど気は抜けねぇよなぁ‥‥」
ジャック・クレメンツ(
gb8922)は腕時計を見た。現在18時を少し過ぎたところだ。
もうすぐ暗くなり、視界が悪くなるだろう。そうすると能力者側に有利だが――人質の危険度も増すばかり。
作戦の至上命題はジェシカの生還だ。依頼主がある意味で、それを諦めているかも知れないとしても。
この潜伏場所である工場内部に敵の大部分が潜み、なおかつ周辺を警戒している。
見張りは先程まで3名歩いていて、今中に引っ込んだ――かと思いきや、また2名が出てきた。
「ちっ‥‥」
彼らの姿は逆光により影となっている。手にしている自動小銃の銃口だけが光を反射させて輝いている。武器を抱えたまま彼らは、やりにくそうにズボンのチャックを降ろした。
どうも用が足したかっただけらしい。
「歩哨が2名、武装は自動小銃か。撃っちまうぞ」
無線機からエドワード・マイヤーズ(
gc5162)の押さえた呟きが漏れてくる。
「今回の依頼をことわざで言い表すと‥‥壁に耳あり障子に目あり‥‥敵はもとより任務を追行する自分達にも言えるからね‥‥」
接近偵察を行っているメシア・ローザリア(
gb6467)は試行錯誤の末、敵が使っているとおぼしい無線周波数を探り当てていた。
ヒス音がひどいものの、会話の大意はなんとか掴める。グループは市長側に動きがないので、痺れを切らし始めていた。ジェシカに更なる危害を加えることも検討している。見張りは30分交代に行い、人間が出ないときはキメラを番に当たらせている‥‥。
『これで市政に打撃を与えれば‥‥俺たちも上に行けるぜ‥‥走り遣いじゃなくてよ、追い使う側に回れるんだぜ‥‥』
(馬鹿なこと。バグアにとっては貴方方など、道端の石ころ程の価値さえも無いのに)
声も出さず冷笑するメシアはバイブレーションセンサーを使い、手持ちの工場見取り図に、ざっと屋内にいる敵の配置を書き込んでいく。元製造機械が置いてあった部屋、通路、内階段、外階段、事務室、表口、裏口。さほど複雑な構造ではない。
「‥‥中に13名というところかしら」
「ジェシカ嬢の場所は分からねえか」
「‥‥難しいわね。センサーには引っ掛かってこないわ。どうやら動ける状態にないみたい。だけど連中の口ぶりからして、まだ殺されてはいない‥‥」
「‥‥まだ、か‥‥」
舌で唇を湿らせたジャックは、仲間に情報を伝達する。短兵急に作戦を実行しなければならないので。なにしろ早速犬の吠え声が聞こえてき始めたのだ。工場の中から。
『うるせえなこいつらは‥‥なんだ‥‥何か匂うのか‥‥』
傭兵は工場を取り囲むよう分散し、位置に着く。草陰に、あるいは物陰に隠れて。
吠え声が気にかかったのか、小用をすませた見回りが改めて銃を構え、巡回を始める。そうしながら、何事か相談を始めかけた。無線機を手に。
ジャックの音もない銃弾が2発。重めの麻袋が落ちるにも似た地響きがして――おしまいになる。
「作戦行動位置までのルート確認‥‥行動位置到着、待機モードへ移行」
向こうも連絡を取り合って行動している以上、気づかれないわけがない。その点弁えつつORT(
gb2988)は、無線を聞き続ける。
『‥‥おい、トミー、ホセ‥‥まだ話の途中だぞ‥‥どうした‥‥ええい、うるせえ犬だな‥‥出るのは待て‥‥次の交替は‥‥ジョゼか‥‥』
工場付近で待機しているエドワード、レスティー(
gc7987)、エリーゼ・アレクシア(
gc8446)、及び。
『おかしい‥‥こいつらに行かせた方がいい‥‥他の奴はガキに回れ‥‥奪還される前に、その場で殺せ‥‥そうすりゃ警察の面子も丸つぶれになるからな‥‥』
ORTを通じて終夜・無月(
ga3084)へ、ジャックが、戦闘開始の合図を送った。
「いいぞ、位置に着いた。派手に始めてくれや」
散らばっていた傭兵たちが一斉に動く。
「合図確認、行動開始」
しょっぱなは、まず壁の破壊から。
●
「行け!」
巨大な目なしの猛犬2匹が、外に向かって解き放たれる。
地を蹴って跳躍してくるキメラへ向けエリーゼは、「アサシンダガー」の切っ先を向けた。相手が襲いかかるより早く自分から襲いかかる。姿勢を低くし、狙うのは喉笛。刃が毛皮の下へ刺さったのを見計らい、頭を掴み巨体を引き倒し馬乗りになる。鋼のように堅い筋肉の更に奥へ押し込む。
キメラは苦し紛れに爪を出した前足で、彼女の体を掻きたおす。後足でも蹴る。
「くっ!」
柄まで赤く染まった「アサシンダガー」が、筋肉の硬直に締め付けられ、一時的に抜けなくなった。
もう1匹が駆け寄ってくるのを横目に彼女はダガーを手放し、「苦無」に持ち替える。
キメラは彼女に到達するまで行かず、横ざまに倒れる。メシアの「ジャッジメント」を食らったのだ。急所は外れていたようで、のたうちキャンキャン鳴きわめく。
彼女が止めをエリーゼに任せ、建物の壁をぶち破るや否や、敵側の閃光手榴弾が炸裂した。真っ白な光が視界を焼くも周囲の敵位置を探り当て、まず銃弾をお見舞いする。足元に転がってきた手榴弾を蹴り返し、歌を歌う。眠れ、意識を失えと。
「来やがった! あのガキ始末するぞ!」
ゲリラたちは分散していた配置場所から一斉に、人質を閉じ込めている倉庫へ向かう。その仲間の到着を待たず、番をしていた2名が扉を蹴り開け、飛び込んできた。転がっているジェシカへ向け発砲する。
銃弾は意味もなく天井に当たり、跳ね返った。
銃口が上を向いていた。本人は首をねじ折られ、倒れている。脇にいた者はそれを確認する前に、全く一緒のやり方で首をへし折られる。やったのは無月だ。
「貴女を助けに来ました‥‥ジェシカ‥‥」
彼はいち早くジェシカを壁の端に寄せ、前面に回った。盾になるためだ。戦って相手を殲滅するのはたやすいが、その間に流れ弾や爆風などの被害を受けては元も子もない。
横たわって動かない彼女がどういう状態にあるか――ケガをしているのか、眠っているだけなのか、細かに観察する余裕はない。矢継ぎ早に手榴弾が投げ込まれ、爆煙が狭い室内に満ちる。
彼は無線機を持っていない。なので、声を限りに張り上げ、周囲に知らせる。
「ジェシカ、発見しました! 倉庫に監禁されています。目立った外傷は確認されませんが、意識は無さそうです!」
真っ先に反応したのは、近くにいたレスティーだった。
「‥‥いかなる理由があろうとも、罪無き少女の命を弄ぶ行為を見過ごす訳には行きません。必ず、助けます‥‥!」
彼女は被害者発見の位置情報を全員に回し、廃工場の扉を体全体でぶつかって次々壊し開け、走る。行く手からの攻撃には盾を構え速度を落とさず進み、立ち塞がろうとするゲリラを勢いで突き飛ばす。
弾を打ちつくした一人がやけくそになったか、銃身で殴り掛かってくる。
「くそっ!」
レスティーはその喉目がけ、思い切り手を突き出した。相手は息を詰まらせ壁に叩きつけられる。そのまま彼女が力を緩めず押すと、白目をむいて落ちた。
それを確認し彼女は先を急ぐ。
脇道から合流してきたジャックが、聞く。
「「セレスタイン」は使わねえのか?」
彼は走りながら「奉天製SMG」を一連射し、側面にいた敵を片付けた。
レスティーが少しだけ悲しそうな顔をする。
「‥‥どんな相手であろうと、命だけは奪いたくないんです」
先程までの陰気な静けさがウソのように、騒然としている。銃撃の音、叫び声、壁を打ち抜く音、どれもがごちゃまぜ。
別方向から倉庫に向かうエリーゼは傷ついた腕の血を拭い、「アサシンダガー」でゲリラの喉をそいでいた。正直キメラよりもずっと、息の根をとめるのが容易い相手だ。
メシアは彼女のやり方に感心しない様子であった。注意してくる。
「あなた、そう殺してはいけませんわよ」
確かに彼女は手足を狙い、ゲリラをなるべく殺さないよう努めている――といって、レスティーのような感情からではない。後であれこれ情報を聞き出すために、生きていてもらわなければというだけの話である。
バグアとの繋がり、市長の娘(身代わりだが)をどうやって攫ったかなど、追求していかなければいけないことが山ほどある。それを吐かせなくては意味がない。
「例えケチな末端組織に過ぎなくても、一つくらいはなんらか情報を握っているはずでしょう?」
この意見には、エリーゼも一応納得する。実行するかどうかはともかくとして。
だがORTに限って言えば、そういった善後策など、どうでもよいと思っているらしかった。
「目標の保護を確認。攻撃、開始」
保護対象の位置が確認された今、自分のなすべきことが陽動で囮だと割り切っているにしても、戦い方が凄まじい。戦闘というより虐殺に近い。
「見敵、必殺」
出合い頭掴んだ頭を、壁に向かって思い切り叩きつける。頭が割れ赤い噴水が沸き上がるのみならず、灰色の中身がはみ出した。
それを無造作に投げ捨て、今度は雨あられと銃弾を浴びせてくる方に向かう。
「ひっ! 来るな来るな来るな!」
強ばった首から上はそのままの表情を保ち、床に落ちる。「獅子牡丹」の刃で。直後彼の至近距離で爆発が起きる。
「ざまあねえぜ、化け物‥‥」
手榴弾攻撃を行ったゲリラはそう吐き捨てた瞬間、首筋を掴まれていた。ボグといういやな音がして、くにゃりと体が床に落ちる。
「大丈夫かい、ORT君。今の爆発はかなり近かったと思うけど」
肩を鳴らしORTは、軽く焼けた首筋を撫でる。そして何も言わないまま先に進んで行く。
彼は極端に口数が少なく、作戦内容以外の会話には乗ってこないのが常なのだ。
「シャイだね、君は」
エドワードは肩をすくめ、自身も急ぐ。「S−O2」で出合い頭、ゲリラの眉間を貫く。倒れ込む体を突き飛ばして転がし、駆けて行く。
●
倉庫に駆け込んだレスティーは無月の横に位置する。ジャックが娘を抱え上げる。
倉庫周辺にいたゲリラはとりあえず沈黙させた。
取り急ぎタバコに火をつけ彼は、深く一服吸い込んだ。それから床に横たわっている少女を見下ろす。
「‥‥随分大人しいこって」
抱き上げてからタバコを床に吐き落とし、足でもみ消す。無線で一斉通知を行う。
「こちらシエラ1。対象のHVIを確保。これより抽出地点へ向かう。車両係、車をD位置まで回してくれ。無月、壁ぶち開けてくれるか、そのほうが早え」
「お安い御用です」
倉庫の壁が拳で打ち抜かれた。
外は相変わらず赤い。どれもこれも、ほんの10数分の出来事でしかなかったのだ。
エドワードの持ち込んだ「ジーザリオ」が、スピンを利かせて横付けされる。運転しているのは待機していたスーザンだ。
「皆さん、早く! 結構派手にやっちゃいましたからね、すぐ警察も来ますよ!」
彼女は窓の外に銃口を向け、撃つ。工場の周辺から、散発的なものながら、射撃が行われてきているのだ。どうもゲリラグループの仲間か残党かがいるらしい。
しかしそこまで相手にしてやっている余裕はない。
「一気に駆け抜けるよ!」
エドワードはジャックの横につき、無月、レスティーらとともに、遠距離攻撃からの護衛に努める。
レスティー、エリーゼ、メシアを乗せ、「ジーザリオ」は急発進した。
無月とエドワードはジャックの「ジーザリオ」に乗り込む。ORTは単独で「SE−445R」に跨る。
現場から一定距離離れたところで全員速度を落とし、通常運転を心掛ける。不審に思われてしまったらもともこもないからだ。
警察車両が対向車線を連なって走って行く。彼らが来た道を。メシアは後部座席からそれを眺め、両腕を前に伸びをする。
「なんとか先を越せましたわね。この後歌わせるのは、あの方たちの役目ですわ」
治療を受け、麻酔の効き目が和らぎ始めたのか、ぐったり横になっていたジェシカが身じろぎをし始める。
彼女はその上にジャケットをかけてやった。体も冷えているようだったので。額にキスをし、言ってやる。
「わたくしは、貴女を助けに来たメシアと言う者です。脅威は去りました」
ジェシカは盲人特有の焦点が定まらぬ目で周囲を見ていたが、やがて急に泣き出した。
「パパ‥‥ママ‥‥ママ‥‥どこ‥‥パパ‥‥どこ‥‥どこ‥‥おうち‥‥どこ‥‥」
胸をつかれるような顔をし、エリーゼが言い聞かせる。
「大丈夫ですよ、今から一緒におうちに帰るんですよ」
動転しているのか、ジェシカはなかなか泣き止まなかった。激しくわめくのではなく声を殺すといった具合で、およそ年に似つかわしくない泣き方だった。
「‥‥パパ‥‥ママ‥‥ママ‥‥」
小さな体をメシアが抱き、背中を叩いてやる。
(ジェシカ嬢で、よう御座いました。肉親を殺されるなど、耐えがたいものでしょう。その肉親すら、駒の可能性も御座いますが)
レスティーは、ジェシカの頭を撫でる。
「何があろうと、私達は貴女のお友達ですよ‥‥」
●
「ありがとうございます――やり過ぎじゃないかという意見も、警察にちょっとあったそうですけど。まあ現場すごかったですからねえ、血の海で――でも、間違いなくあなたがたは英雄ですよ」
気心の知れない笑みを浮かべたペーチャが、傭兵たちへ礼を述べる。市役所の記者会見会場裏で。表では関係者が詰め掛けフラッシュがたかれ、大変な騒ぎだ。もう夜も遅いが、周辺一帯静まる様子はない。
「で、表彰を受けられますか? 明日の一面に載りますよ」
レスティーは彼の顔を見、きっぱりと言った。
「申し訳ありませんが、表彰は辞退します。私は罪なき命を守りたいと言う思いで行動しただけ。それは、あくまで自分の為なんですから‥‥」
「なるほどご立派です。他の方は?」
これに返答したのは、メシアだけだった。
「秘密は守りますが、口封じなど考えない方がよくってよ?」
ペーチャがますますおかしそうに笑う。
「そりゃもちろん。しかし‥‥損な性分ですね、あなたがた」