タイトル:KIDNAPマスター:KINUTA

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/04/22 23:35

●オープニング本文



 バグアとの競合地域に隣接する一都市。
 市長トマス氏の娘ジェシー(6歳)が、バグアシンパを名乗るグループにさらわれた。
 直後「UPCに協力姿勢をとるのを止めよ。24時間以内に、市内にある駐屯基地を閉鎖せよ。もしそれがなされない場合、我々は娘を殺害する」という脅迫文を送りつけた。
 トマス氏は警察に娘の捜索依頼を出し、「テロリストの脅しには屈しない」という声明を発表。
 悲痛に耐え職責をまっとうせんとする、施政者の鑑。誰もが彼の言動をそう受け取った。



 市のとある目立たぬホテルの一室。ペーチャが少数の傭兵たちに告げている。

「トマス氏の代理人としてあなたがたに頼みたいのは、被害者の救出です。彼女をひそかに救い出し、人目に触れないように――警察にも一切分からぬように、トマス氏のもとまで送り届けるんです」

 依頼の意味が、最初どの傭兵にも分からなかった。何故警察の裏をかくようなことをしなければならないのか。協力し、素直に救出すればいいではないか。

「違いますか?」

 スナイパーであるスーザンの言葉を聞き、ペーチャは少し笑った。

「むろん、あの子がジェシーちゃんならそうさせるんでしょうね、トマス氏も」

「‥‥なんのことです? 攫われたのはジェシーちゃんですよね?」

「いいえ、違います。あの子はジェシーちゃんじゃありません。ジェシカちゃんです。ごくごく最近彼の家に引き取られた戦災孤児でしてね」

 彼が出してきた写真に、一同目を見張った。そこにはとてもよく似た雰囲気の女の子2人が写っていたのだ。
 どちらも金髪に青い目をして、身長も髪の長さもほとんど変わらない。服も一緒。まるで姉妹だ。

「他人の空似なんですよ、これで。奇跡ですよね‥‥とにかくジェシーちゃんは、間違いなくトマス氏の家にいます。連れて行かれたのはジェシカちゃんの方」

「じ、じゃあどうしてトマス氏は訂正しないんです?」

「タイミングを逃したんですね。向こうが確認もせず、ジェシーを攫ったぞーって大向こうに言っちゃいましたから。今更違うって訂正出したら、腹いせにジェシカちゃん即殺されちゃうかもしれませんよ。まだ犯人も捕まってないんですから」

 スーザンはその言葉に少し考え、それから用心深く言った。

「本当にそれだけですか?」

「ああそうそう、改めてジェシーちゃんが狙われる危険性もありますよね」

「‥‥何故同じ衣装を着させているんです?」

「そのほうが双子みたいで可愛かろうと思ったんじゃないでしょうか? トマス氏はいつもそうさせていました」

「これだと、素で2人が取り違えられる危険性大きくなりますよね」

「あなたは戦いの場になると鋭くなるんですね、スーザンさん。いやね、実は前から狙われているという兆候はあったそうなんです。それでまあ、もしもの際のリスクを分散させるというか」

 そこまで言ってペーチャは肩をすくめた。

「親心です。ともあれあれだけ大見得切って攫われたのがジェシカだと満天下に知れたら、トマス氏の立場がちょいと悪くなりますね。だから警察のご厄介にならないうち連れ帰らせて、間違いなく娘が救い出されたという形にしたいんだそうです。その際は記者会見開くそうですよ。あなたがたも公の場で表彰するそうです。勇敢な救出部隊として」

「‥‥いりません、そんなの」

「まあそう言わずに。あ、そうそう、ジェシカちゃんですけどね、少し特殊な子です。目がほとんど見えなくて、口がきけないんです。戦火の中右往左往しているうちにそうなっちゃったものみたいで。そこのとこ留意しておいてください」

「なら、助けられた後も、自分がどういう目にあったか周囲に説明出来ないわけですね?」

 スーザンからの質問にペーチャは答えなかった。口笛を軽く吹いただけで。

「‥‥もしジェシカちゃんが殺されたとしても、やっぱりこっちまで運んできてくださいね――秘密裏に。当然このことは、他言無用にお願いします」




 ジェシカは手足を粘着テープで縛り上げられ、床に転がされていた。意識は朦朧としている。多量に睡眠薬を投与されているのだ。
 彼女が放り込まれている倉庫の前には自動小銃を手にした男が数人座っている。
 近くにある部屋では、同じような格好をした男たちがテレビを見、ラジオに耳を傾けている。

「どうだ、新しい声明は出たか」

「いや、まだだ‥‥」

「指を一本切って送りつけてやるか。それならさすがにこたえるだろう」

「‥‥このまま1時間たって動きがなかったら、そうするか。期限まで後12時間あるがな」

 彼らの足元には子牛ほどもある猛悪な犬が、2匹うずくまっている。あるべきところにあるべき目がなく、代わりに額が膨らんでいる。

「しかし、何度見ても気持ち悪い顔してるな、このキメラ」

「まあそういうな。便利だぞ。この額の器官で超音波を発して、物を見分けるんだそうだ。コウモリみたいなもんだな。普通の犬より断然役に立つ――よし、見回りに行って来い」


●参加者一覧

終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
ORT(gb2988
25歳・♂・DF
メシア・ローザリア(gb6467
20歳・♀・GD
ジャック・クレメンツ(gb8922
42歳・♂・SN
エドワード・マイヤーズ(gc5162
28歳・♂・GD
レスティー(gc7987
21歳・♀・CA
エリーゼ・アレクシア(gc8446
14歳・♀・PN

●リプレイ本文

 日が傾き沈もうとしている。夕日を浴びて建っている廃棄工場は、大きな黒い塊としてうずくまっている。
 生い茂る雑草が荒れ廃れた印象を強化しているが、中にある気配はごまかせない――日々硝煙の下をくぐる者たちには。

「前の依頼に続いてまたHRか。まぁ、規模は全然違うけど気は抜けねぇよなぁ‥‥」

 ジャック・クレメンツ(gb8922)は腕時計を見た。現在18時を少し過ぎたところだ。
 もうすぐ暗くなり、視界が悪くなるだろう。そうすると能力者側に有利だが――人質の危険度も増すばかり。
 作戦の至上命題はジェシカの生還だ。依頼主がある意味で、それを諦めているかも知れないとしても。
 この潜伏場所である工場内部に敵の大部分が潜み、なおかつ周辺を警戒している。
 見張りは先程まで3名歩いていて、今中に引っ込んだ――かと思いきや、また2名が出てきた。

「ちっ‥‥」

 彼らの姿は逆光により影となっている。手にしている自動小銃の銃口だけが光を反射させて輝いている。武器を抱えたまま彼らは、やりにくそうにズボンのチャックを降ろした。
 どうも用が足したかっただけらしい。

「歩哨が2名、武装は自動小銃か。撃っちまうぞ」

 無線機からエドワード・マイヤーズ(gc5162)の押さえた呟きが漏れてくる。

「今回の依頼をことわざで言い表すと‥‥壁に耳あり障子に目あり‥‥敵はもとより任務を追行する自分達にも言えるからね‥‥」

 接近偵察を行っているメシア・ローザリア(gb6467)は試行錯誤の末、敵が使っているとおぼしい無線周波数を探り当てていた。
 ヒス音がひどいものの、会話の大意はなんとか掴める。グループは市長側に動きがないので、痺れを切らし始めていた。ジェシカに更なる危害を加えることも検討している。見張りは30分交代に行い、人間が出ないときはキメラを番に当たらせている‥‥。

『これで市政に打撃を与えれば‥‥俺たちも上に行けるぜ‥‥走り遣いじゃなくてよ、追い使う側に回れるんだぜ‥‥』

(馬鹿なこと。バグアにとっては貴方方など、道端の石ころ程の価値さえも無いのに)

 声も出さず冷笑するメシアはバイブレーションセンサーを使い、手持ちの工場見取り図に、ざっと屋内にいる敵の配置を書き込んでいく。元製造機械が置いてあった部屋、通路、内階段、外階段、事務室、表口、裏口。さほど複雑な構造ではない。

「‥‥中に13名というところかしら」

「ジェシカ嬢の場所は分からねえか」

「‥‥難しいわね。センサーには引っ掛かってこないわ。どうやら動ける状態にないみたい。だけど連中の口ぶりからして、まだ殺されてはいない‥‥」

「‥‥まだ、か‥‥」

 舌で唇を湿らせたジャックは、仲間に情報を伝達する。短兵急に作戦を実行しなければならないので。なにしろ早速犬の吠え声が聞こえてき始めたのだ。工場の中から。

『うるせえなこいつらは‥‥なんだ‥‥何か匂うのか‥‥』

 傭兵は工場を取り囲むよう分散し、位置に着く。草陰に、あるいは物陰に隠れて。
 吠え声が気にかかったのか、小用をすませた見回りが改めて銃を構え、巡回を始める。そうしながら、何事か相談を始めかけた。無線機を手に。
 ジャックの音もない銃弾が2発。重めの麻袋が落ちるにも似た地響きがして――おしまいになる。

「作戦行動位置までのルート確認‥‥行動位置到着、待機モードへ移行」

 向こうも連絡を取り合って行動している以上、気づかれないわけがない。その点弁えつつORT(gb2988)は、無線を聞き続ける。

『‥‥おい、トミー、ホセ‥‥まだ話の途中だぞ‥‥どうした‥‥ええい、うるせえ犬だな‥‥出るのは待て‥‥次の交替は‥‥ジョゼか‥‥』

 工場付近で待機しているエドワード、レスティー(gc7987)、エリーゼ・アレクシア(gc8446)、及び。

『おかしい‥‥こいつらに行かせた方がいい‥‥他の奴はガキに回れ‥‥奪還される前に、その場で殺せ‥‥そうすりゃ警察の面子も丸つぶれになるからな‥‥』

 ORTを通じて終夜・無月(ga3084)へ、ジャックが、戦闘開始の合図を送った。

「いいぞ、位置に着いた。派手に始めてくれや」

 散らばっていた傭兵たちが一斉に動く。

「合図確認、行動開始」

 しょっぱなは、まず壁の破壊から。



「行け!」

 巨大な目なしの猛犬2匹が、外に向かって解き放たれる。

 地を蹴って跳躍してくるキメラへ向けエリーゼは、「アサシンダガー」の切っ先を向けた。相手が襲いかかるより早く自分から襲いかかる。姿勢を低くし、狙うのは喉笛。刃が毛皮の下へ刺さったのを見計らい、頭を掴み巨体を引き倒し馬乗りになる。鋼のように堅い筋肉の更に奥へ押し込む。
 キメラは苦し紛れに爪を出した前足で、彼女の体を掻きたおす。後足でも蹴る。

「くっ!」

 柄まで赤く染まった「アサシンダガー」が、筋肉の硬直に締め付けられ、一時的に抜けなくなった。
 もう1匹が駆け寄ってくるのを横目に彼女はダガーを手放し、「苦無」に持ち替える。
 キメラは彼女に到達するまで行かず、横ざまに倒れる。メシアの「ジャッジメント」を食らったのだ。急所は外れていたようで、のたうちキャンキャン鳴きわめく。
 彼女が止めをエリーゼに任せ、建物の壁をぶち破るや否や、敵側の閃光手榴弾が炸裂した。真っ白な光が視界を焼くも周囲の敵位置を探り当て、まず銃弾をお見舞いする。足元に転がってきた手榴弾を蹴り返し、歌を歌う。眠れ、意識を失えと。



「来やがった! あのガキ始末するぞ!」

 ゲリラたちは分散していた配置場所から一斉に、人質を閉じ込めている倉庫へ向かう。その仲間の到着を待たず、番をしていた2名が扉を蹴り開け、飛び込んできた。転がっているジェシカへ向け発砲する。
 銃弾は意味もなく天井に当たり、跳ね返った。
 銃口が上を向いていた。本人は首をねじ折られ、倒れている。脇にいた者はそれを確認する前に、全く一緒のやり方で首をへし折られる。やったのは無月だ。

「貴女を助けに来ました‥‥ジェシカ‥‥」

 彼はいち早くジェシカを壁の端に寄せ、前面に回った。盾になるためだ。戦って相手を殲滅するのはたやすいが、その間に流れ弾や爆風などの被害を受けては元も子もない。
 横たわって動かない彼女がどういう状態にあるか――ケガをしているのか、眠っているだけなのか、細かに観察する余裕はない。矢継ぎ早に手榴弾が投げ込まれ、爆煙が狭い室内に満ちる。
 彼は無線機を持っていない。なので、声を限りに張り上げ、周囲に知らせる。

「ジェシカ、発見しました! 倉庫に監禁されています。目立った外傷は確認されませんが、意識は無さそうです!」

 真っ先に反応したのは、近くにいたレスティーだった。

「‥‥いかなる理由があろうとも、罪無き少女の命を弄ぶ行為を見過ごす訳には行きません。必ず、助けます‥‥!」

 彼女は被害者発見の位置情報を全員に回し、廃工場の扉を体全体でぶつかって次々壊し開け、走る。行く手からの攻撃には盾を構え速度を落とさず進み、立ち塞がろうとするゲリラを勢いで突き飛ばす。
 弾を打ちつくした一人がやけくそになったか、銃身で殴り掛かってくる。

「くそっ!」

 レスティーはその喉目がけ、思い切り手を突き出した。相手は息を詰まらせ壁に叩きつけられる。そのまま彼女が力を緩めず押すと、白目をむいて落ちた。
 それを確認し彼女は先を急ぐ。
 脇道から合流してきたジャックが、聞く。

「「セレスタイン」は使わねえのか?」

 彼は走りながら「奉天製SMG」を一連射し、側面にいた敵を片付けた。
 レスティーが少しだけ悲しそうな顔をする。

「‥‥どんな相手であろうと、命だけは奪いたくないんです」

 先程までの陰気な静けさがウソのように、騒然としている。銃撃の音、叫び声、壁を打ち抜く音、どれもがごちゃまぜ。
 別方向から倉庫に向かうエリーゼは傷ついた腕の血を拭い、「アサシンダガー」でゲリラの喉をそいでいた。正直キメラよりもずっと、息の根をとめるのが容易い相手だ。
 メシアは彼女のやり方に感心しない様子であった。注意してくる。

「あなた、そう殺してはいけませんわよ」

 確かに彼女は手足を狙い、ゲリラをなるべく殺さないよう努めている――といって、レスティーのような感情からではない。後であれこれ情報を聞き出すために、生きていてもらわなければというだけの話である。
 バグアとの繋がり、市長の娘(身代わりだが)をどうやって攫ったかなど、追求していかなければいけないことが山ほどある。それを吐かせなくては意味がない。

「例えケチな末端組織に過ぎなくても、一つくらいはなんらか情報を握っているはずでしょう?」

 この意見には、エリーゼも一応納得する。実行するかどうかはともかくとして。
 だがORTに限って言えば、そういった善後策など、どうでもよいと思っているらしかった。

「目標の保護を確認。攻撃、開始」

 保護対象の位置が確認された今、自分のなすべきことが陽動で囮だと割り切っているにしても、戦い方が凄まじい。戦闘というより虐殺に近い。

「見敵、必殺」

 出合い頭掴んだ頭を、壁に向かって思い切り叩きつける。頭が割れ赤い噴水が沸き上がるのみならず、灰色の中身がはみ出した。
 それを無造作に投げ捨て、今度は雨あられと銃弾を浴びせてくる方に向かう。

「ひっ! 来るな来るな来るな!」

 強ばった首から上はそのままの表情を保ち、床に落ちる。「獅子牡丹」の刃で。直後彼の至近距離で爆発が起きる。

「ざまあねえぜ、化け物‥‥」

 手榴弾攻撃を行ったゲリラはそう吐き捨てた瞬間、首筋を掴まれていた。ボグといういやな音がして、くにゃりと体が床に落ちる。

「大丈夫かい、ORT君。今の爆発はかなり近かったと思うけど」

 肩を鳴らしORTは、軽く焼けた首筋を撫でる。そして何も言わないまま先に進んで行く。
 彼は極端に口数が少なく、作戦内容以外の会話には乗ってこないのが常なのだ。

「シャイだね、君は」

 エドワードは肩をすくめ、自身も急ぐ。「S−O2」で出合い頭、ゲリラの眉間を貫く。倒れ込む体を突き飛ばして転がし、駆けて行く。



 倉庫に駆け込んだレスティーは無月の横に位置する。ジャックが娘を抱え上げる。
 倉庫周辺にいたゲリラはとりあえず沈黙させた。
 取り急ぎタバコに火をつけ彼は、深く一服吸い込んだ。それから床に横たわっている少女を見下ろす。

「‥‥随分大人しいこって」

 抱き上げてからタバコを床に吐き落とし、足でもみ消す。無線で一斉通知を行う。

「こちらシエラ1。対象のHVIを確保。これより抽出地点へ向かう。車両係、車をD位置まで回してくれ。無月、壁ぶち開けてくれるか、そのほうが早え」

「お安い御用です」

 倉庫の壁が拳で打ち抜かれた。
 外は相変わらず赤い。どれもこれも、ほんの10数分の出来事でしかなかったのだ。
 エドワードの持ち込んだ「ジーザリオ」が、スピンを利かせて横付けされる。運転しているのは待機していたスーザンだ。

「皆さん、早く! 結構派手にやっちゃいましたからね、すぐ警察も来ますよ!」

 彼女は窓の外に銃口を向け、撃つ。工場の周辺から、散発的なものながら、射撃が行われてきているのだ。どうもゲリラグループの仲間か残党かがいるらしい。
 しかしそこまで相手にしてやっている余裕はない。

「一気に駆け抜けるよ!」

 エドワードはジャックの横につき、無月、レスティーらとともに、遠距離攻撃からの護衛に努める。
 レスティー、エリーゼ、メシアを乗せ、「ジーザリオ」は急発進した。
 無月とエドワードはジャックの「ジーザリオ」に乗り込む。ORTは単独で「SE−445R」に跨る。
 現場から一定距離離れたところで全員速度を落とし、通常運転を心掛ける。不審に思われてしまったらもともこもないからだ。
 警察車両が対向車線を連なって走って行く。彼らが来た道を。メシアは後部座席からそれを眺め、両腕を前に伸びをする。

「なんとか先を越せましたわね。この後歌わせるのは、あの方たちの役目ですわ」

 治療を受け、麻酔の効き目が和らぎ始めたのか、ぐったり横になっていたジェシカが身じろぎをし始める。
 彼女はその上にジャケットをかけてやった。体も冷えているようだったので。額にキスをし、言ってやる。

「わたくしは、貴女を助けに来たメシアと言う者です。脅威は去りました」

 ジェシカは盲人特有の焦点が定まらぬ目で周囲を見ていたが、やがて急に泣き出した。

「パパ‥‥ママ‥‥ママ‥‥どこ‥‥パパ‥‥どこ‥‥どこ‥‥おうち‥‥どこ‥‥」

 胸をつかれるような顔をし、エリーゼが言い聞かせる。

「大丈夫ですよ、今から一緒におうちに帰るんですよ」

 動転しているのか、ジェシカはなかなか泣き止まなかった。激しくわめくのではなく声を殺すといった具合で、およそ年に似つかわしくない泣き方だった。

「‥‥パパ‥‥ママ‥‥ママ‥‥」

 小さな体をメシアが抱き、背中を叩いてやる。

(ジェシカ嬢で、よう御座いました。肉親を殺されるなど、耐えがたいものでしょう。その肉親すら、駒の可能性も御座いますが)

 レスティーは、ジェシカの頭を撫でる。

「何があろうと、私達は貴女のお友達ですよ‥‥」



「ありがとうございます――やり過ぎじゃないかという意見も、警察にちょっとあったそうですけど。まあ現場すごかったですからねえ、血の海で――でも、間違いなくあなたがたは英雄ですよ」

 気心の知れない笑みを浮かべたペーチャが、傭兵たちへ礼を述べる。市役所の記者会見会場裏で。表では関係者が詰め掛けフラッシュがたかれ、大変な騒ぎだ。もう夜も遅いが、周辺一帯静まる様子はない。

「で、表彰を受けられますか? 明日の一面に載りますよ」

 レスティーは彼の顔を見、きっぱりと言った。

「申し訳ありませんが、表彰は辞退します。私は罪なき命を守りたいと言う思いで行動しただけ。それは、あくまで自分の為なんですから‥‥」

「なるほどご立派です。他の方は?」

 これに返答したのは、メシアだけだった。

「秘密は守りますが、口封じなど考えない方がよくってよ?」

 ペーチャがますますおかしそうに笑う。

「そりゃもちろん。しかし‥‥損な性分ですね、あなたがた」