●リプレイ本文
●下準備。
終夜・無月(
ga3084)、UNKNOWN(
ga4276)、佐々木優介(
ga4478)、沖田 護(
gc0208)、そしてソウマ(
gc0505)は出発前に打ち合わせを行っていた。
「作戦行動に支障がなく席が余っているなら、同行させること自体は構わないそうです。自腹でという条件つきですけど」
無月からの報告に、UNKNOWNはゆったり紫煙をくゆらす。
「そうか。ならそこは私が持とう。無月は奥さんたちの滞在費を担当するわけだからな。さて、父の働きぶりを見てもらうといっても、現場に行かせるわけにもいかん。ここはやはり中継か」
「ですね。にしても、子供になんてことで悩ませているんですかね。家長としてしっかりしてもらわないと。家庭円満は美点ですが、それだけでも困りますし」
嘆息するソウマに、護も深く同意する。
「千尋の谷に突き落とし、這い上がってきたら認める、というところですか。ただしこの場合落とされるのは親の方で‥‥まあ、親の背を見て子は育つんですから、そのへん大いに自覚してもらいましょう」
「そうですね。これまでソウマ君が調べてくれた所からするに、かなり見えっ張りな御仁らしいですから、そこをうまく突けば動くようになるかと‥‥」
言っていたところ優介は、UNKNOWNからカフとピンを渡された。
「これを佐々木、つけてくれないかね。うまく使えるかどうか、今のうちに実験しておきたいのでな」
●前段階
レオポールは、難易度の高そうなキメラ退治もさることながら、別種の窮地にも立たされていた。
9人がけ高速艇内の座席には彼含めて6人の能力者がいるのだが、後の3つになぜか赤ちゃんを抱いた妻、レオン、その下2人がいるのである。
彼はまず、隣の席にいる優介を半眼で見た。
「うおい」
「なんですか」
「あれおかしいだろ。一般人乗せていいもんなのか。誰だ許可出しやがったのは。ていうか連れてきたのはお前らかこの野郎。今すぐ送り返せよ。危ないだろ」
「まあそんなに興奮しないで。大丈夫ですよ。彼女たちは現場に行かず、コテージにいますから、微塵も危険はないんです。家族っていいですねえ。実は俺にも美人だった妻とかわいかった息子娘がいるもので」
「何で全てが過去形なんだ」
「‥‥」
優介は曖昧な笑みによって、問いに対する説明を終えた。
沈黙が生まれてしまったその間を、ソウマが埋める。
「いやあ、いい奥さんですよね。たとえ稼ぎが悪くても咎め立てせず褒めて励ましてくれるなんて。優しいじゃないですか。まるで地上に舞い降りた天使のようなお人だ」
それがいかんのだろうなと、無月は後部座席を振り返る。
どうも見た感じからして――軽く話してみた感触からしても――溢れんばかりの愛まではいいとして、現在の環境に慣れ過ぎてしまっているように思える。
子供たちのためにも、もう少し高い生活を望むようになってもらいたい。それが一番の、亭主に対する薬だろう。
「はばかりながら、俺は冬の賞与が減額になりまして、妻から年末年始のやり繰りがつかないとえらく叱られてしまいましてね。防寒着を渡され、虎退治をして臨時収入を得てきてくれと言われたんですよ」
「へえ。大黒柱というのは大変なんですねえ優介さん」
「いえ、これも義務ですから。生活費、学費、家のローン‥‥そんなもろもろと24時間闘うのが俺の使命なのですよ」
「ワア素晴ラシイ。父ノ鑑デスネ(拍手)」
「てめえら、人の家のことになんか文句があんのか」
「いえ、僕らは出来る限りその人の自主性を尊重したいとは思っているんです、いつも。見るに見かねた場合は別ですけど」
「余計なお世話だ」
二枚目はふてて窓の方を向く。
前の席にいた護が、ここで参戦してきた。ひとまず谷底へ突き落として試練を与えるのは決定しているから、その前に心構えを作っておいてもらおうと。
「‥‥レオポールさん。あなたの家族と故郷をバグアが直接狙う事もあります。その時も、あなたは安全な場所にいるのですか。大切なものを失ってから後悔しても、遅いんです」
「お前もこいつらとグルかよ」
相手は素直に聞く耳持っていない姿勢だったが、かまわず彼は続けた。燃える村を背景にした少女の姿を、脳裏に思い浮かべて。
「グルというわけではありませんが、意見は一緒ですね。いつも危険が自分の遠くにあると思っているとしたら、それは間違いです。バグアは常に僕たちの背後を突こうとしていることをお忘れなく」
「なんだよもう、うるせえなあ。黙ってろよ」
ぷりぷりしているレオポールに、UNKNOWNだけはうるさくしなかった。ノートパソコンの動作を、最終確認していたので。
しかし、現場に着いてまず一番に彼へ打撃を与えたのは、この男なのである。
●本番
アルプスは白一色だった。冬だから当然だけど。
そしてスキー客は誰もいなかった。人外の猛獣が二匹もうろうろしていたら当たり前だけど。
人間は皆麓のホテルやコテージに避難してしまった。
止まったリフトが空しく寒風に吹きさらされてキイキイ言っているだけだ。
そんな場所につくや否や、ロイヤルブラックの正装に身を包んだ紳士は、いきなり膝をついた。
「すまん、北京でバグアに斬られ‥‥私は後衛に専念しよう。なに、幾らかは治療も出来る」
彼はカフとピンをレオポールに託し、爽やかに肩を叩いた。
「頼んだ、よ」
「え、おいおい、やだよ、頼んだって言われても。あんた強いんだろ、オレより後ろに下がるなよお」
後退して行く相手に見苦しい狼狽を示す男は、はっと周囲の異変に気づいた。
他のメンバーが次々ヘッドカメラをつけ始めたのだ。
「ああ、これは実況中継用のものでして。安心してください。コテージの奥さんと子供さんたちには、すでに受像用のパソコンを貸与させていただきました」
にっこりしながらソウマが言うと、レオポールの顔色がたちどころに悪くなった。
「待てコラ、聞いてねえぞオレは。誰の許可得てそんなことしてんだよ」
それについては優介が答えた。
「ご子息のレオン君に頼まれました。父親の勇姿を見ることで自分も(耐乏生活を)頑張りたい、と。7歳というのは、純粋ですねぇ。お父さんはこれだけ頑張っている、という事実を息子さんに見せる事で、息子さんも(貧乏な)現状に納得してくれるのではないでしょうか?」
()は注釈というか、心の声であるので、レオポールに伝わったかどうかは定かではない。
「お、お前ら、ハメやがったな!」
「ハメたなんて人聞きの悪い。そんなことより来てますよ」
無月の指摘にゲレンデ上方を眺めれば、確かにはっきり二匹の虎が近づいてくるのが見えた。
最初はゆっくりだったが、徐々に早く、最後には吠えながら全力で駆け降りてくる。
その迫力たるやただ事ではない。
「わ、わ、わわわ」
レオポールは咄嗟に踵を返そうとしかけ、カメラに足止めを食い、両方見比べてどっと汗を吹き出させた。
この期に及んでプライドと臆病風とが激しく葛藤しているらしい。
見かねた優介は、覚醒していることもあって、荒い発破をかける。
「父親なら、家族を護る壁になりやがれっ! てめぇの後ろで、奥さんと子供達がてめぇの戦いを見てんだぞ!」
護も続ける。
「負傷者は僕がスキルで守ります。命の保証はします、ただし、怖かったり痛かったりは覚悟していただきますからね‥‥超強化、行きます!」
レオポールは、ゼンマイ人形みたいな動きで再度踵を返す。
途端にその顔の形が崩れ、毛が密集し、コリー犬そのままとなった。
これが彼の覚醒変化なのだろう。尻から出てきた尾が完全に丸まっているのが気にならないでもないが、逃げるのは観念したらしい。
誰より始めに動いたのは、優介である。彼は雪を蹴散らして疾駆してくる二匹のうち、前方の奴の前足目がけて刃を振るった。
それは当たり、ぽたぽた雪に赤い染みが落ちる。
怒りの咆哮を上げるその前に、無月が割り込む。
「こいつは俺が受け持つよ」
今回のキメラ退治に際して彼は、ただ単に倒すだけではなく、素手でどこまでやれるかの実験をしてみようと思っていたのだ。
FFは攻撃を著しく無力化する。しかし、完全に無とすることは出来ないはずである。
地を蹴り大口開けて虎が飛びかかる。
白い喉元目がけ、手刀がたたき込まれた。
ゴウゥと息が詰まるように吠え、巨体が退く。
今度は姿勢を低くして、下段から相手をねめつける。
もう一匹はというと、真っすぐレオポール目がけて飛びかかってきた。
猫がネズミを襲うよう両前足そろえて下に叩き落とす。雪煙が巻き上がる。
レオポールは一瞬の間で、虎の股の間から背後に滑り出た。身体能力は実際優れているらしい。
だが惜しいかな、そこで攻撃に移ればいもののを、尻尾巻いてビビリ続けている有り様なのである。
「怖え! もうなにこいつ、超怖え!」
何かと残念な奴だ。一同そう思ってしまう。
優介が怒鳴った。
「アホかお前! そのまま棒立ちで良い! その剣で虎の鼻っ柱をひっぱたけぇ!」
「は、鼻ってお前、口と一緒についてんだぞ、噛まれるじゃねえか!」
前足での攻撃を避けながら、彼は大声で喋っている。後方でマイクなしでも拾えるほどに。
「‥‥送信については音が入らないようにしておいて正解でしたね、UNKNOWNさん」
「そうだなソウマ。あんなでも無音声なら、まだ戦っているように見えなくもないからな」
どこまでもダンディな男は、咥え煙草で戦況全体を把握しつつ、エネルギーキャノンを構えた。
ひとまず虎同士は近づけさせず、別々にさせておいたがよかろう。そりゃ全員でかかれば倒すのはたやすいんだろうが、一匹はレオポールにやらせなければならない。
「左右に引き離すかな‥‥追い込もう。レオポール。右からだ。右に回れ」
「なに、なんだっ‥‥」
相手から言葉が返るか返らないかのうちに、キャノンが火を吹いた。
爆発に虎は、吹き飛ばされるよう飛びのく。
その時には、レオポールは既に先の位置へ後退している。というか逃げている。後衛まで。
しかしもう一方の虎と格闘していた無月の横を、通り過ぎて行くことは出来なかった。
「しっかりしろ、まだ相手はピンピンしてるだろう!」
殴り飛ばされ、雪の上を転がるコリー犬。キャンキャン鳴く声が聞こえたようでもあった。
そこに掴みかかってくる虎の爪は避け切れず、肩が破れて血が滴り落ちる。
程度としてはごく軽症で、普通と呼べなくもない。無月もそのくらいはすでに負っている。素手でという制約をつけているからだが。
だけど本人は大騒ぎだ。
「死ぬ殺される食われるう!」
「やれやれ、あれだと自分ばかり消耗してしまいますよ‥‥残念ながら今日の僕は、主役を引き立てる脇役。見事演じ切って見せましょう」
かように評しながら、ソウマが木陰から飛び出す。
分かりやすく動き回っているレオポールを追い回し続けだった虎は、背後から急に痛みを感じたので、動きを止めて振り向いた。
途端にまた別方向から痛みを覚え、苛立たしげに立ち止まって頭を動かす。
しかし、影から影へと移る黒猫の姿を瞳に捕らえることは出来なかった。
剣を振るうなら、この機を置いて他にない。
のだが、レオポールは「ご家族が見てますよ!」という護からの声援に、へっぴり腰のままだ。
ソウマはその背後へ回り込み、天使のごとき悪魔の笑みを浮かべ、言った。
「がんばれ、お父さん」
次の瞬間レオポールは、虎に向かって投げ出される。避ける距離など全然ないところまで。
「#&+@↓●☆§*!」
もはや言葉になってない叫びとともに、脳天目がけて剣が振り下ろされる。
刃先が肉に食い込み頭蓋に刺さる。
虎が叫びを上げて転倒した。
レオポールはへたへた尻餅をついた。
優介がそこに駆け寄り、相手の背を叩く。
「ほら見ろ、死ぬ気になれば出来るだろう」
途端、彼は倒れた。
よくよく見ると気絶していた。体毛を真っ白にして。
「‥‥まあ、いいがな‥‥おっと」
口から赤と黄色と交じった泡を吹き出しながらも、まだうっすら頭をもたげようとする虎の頸動脈目がけ、優介はずぶりと刃を入れ止めをさす。25年ローンの残るわが家に入れて貰うために。
それらを見て息をつき、無月はなお我が相手に集中する。片目と鼻から血を流す虎は、FFも弱々しく、もう戦意を失っている。まだ使える方の足へ力を込めて、雪の坂を転がるように逃げ始めた。
だがその速度は、到底逃走に耐えるものではなくなっていた。すぐさま追い越され、前に回ってこられる。
破れかぶれで虎が跳躍し、相手を上から押し潰そうとし――後足で立ち上がった姿勢のままで硬直する。
銀狼の拳は毛皮を突き破り、心臓そのものにまで達していた。
●事後
「――勇敢であれとは言わん。が、一人減ると。その分、他の者達が危険になる」
レオポールは、皆とともにゲレンデから降りて行く。
「皆で元気に帰れるが一番、さ」
UNKNOWNからそうさとされつつ、尻尾を掴んで引きずられて。
なにしろ、まだ気絶したままなので。
「そうそう、やれば出来るじゃないですか」
「報酬でご家族に服や靴を買って差し上げたら如何ですか? ブランド物じゃなくていいんです。あなたが買える、あなたが示せる家族への愛です」
「それはいい。服や靴くらいはせめて不自由させないようにしないと」
レオンからのラムネ玉を口にほうり込み、おいしいと微笑むソウマの言葉も、優介と無月の提案も、聞いているのかいないのか。
「あ、奥さんたちコテージ前まで迎えに出てらっしゃいますよ、ほら」
護がこう言ったのには、コリーの耳がちょっとピクピク動いたようだったが――でもやっぱり起きなかった。十分後やっと起きても腰が抜けたのかしばらくへなったままだった。覚醒変化が戻らないまま。
「レオポール、すごいわ、偉かったわねえ」
「うん‥‥オレ、偉かった‥‥」
ぺそぺそ尻尾振って言う彼に、奥さんはやはり優しくしていた。なんとか週に一度は子供たちに、ここで食べるようなご飯を食べられるようにしてあげたいから、一緒に頑張りましょうねとも付け加えて。
後日、皆の元にレオンがやってきた。新品の服と靴を身につけて。
「ありがとうございました。おかげでパパも少しは働くようになったよ。とりあえず犬猫レベルの大きさのは、対処出来るようになったみたい。ママ喜んでるよ。魚肉ソーセージが常備出来るようになったって」
その結果報告に、まだまだ改善の余地はありそうだなと思いつつ、まあそれでもよかったと誰しも安堵したのであった。