タイトル:【AP】幕引きマスター:KINUTA

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 9 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/04/05 22:16

●オープニング本文





 それは緑の丘にある、白く大きな建物。博物館のようにも、美術館のようにも、神殿のようにも見える。

 広い廊下には縦長の窓が連なり、外からの光を入れている。
 歩いているのは2人。背の高い金髪の青年ペーチャと、背の低い小太りの青年ミーチャ。

「今日も誰もいないなペーチャ」

「いないね、ミーチャ。話は変わるけど、先週千人ほどごそっと母星へ帰還していったよ」

「ふむ」

 彼らは人間ではない。両方、人間のデータをもとに製造されたアンドロイド。
 もっともアンドロイドというのは大抵そのように作られている。なるべく本物の人間らしくとなると、新規にプログラムするより、既存データを使ったほうが手っ取り早いのだ。
 その場合現存する人物と重複しないよう、はるか大昔に死亡している個人のものを使うことは言わずもがな。

「入学者がいないと困るな。おれたちはこの学校の教師として作られているんだから」

「まあ、仕方ないんじゃない? 子供自体ほとんどいないし」

「うちは生涯学習も受け付けているんだがな」

「勉強しようっていう人自体激減してるんだよ。実際そんなものしなくたってこのご時世、生きていけるものね。電子端末の操作さえ覚えていれば…」

「それがなくなったときにどうすんだと言いたいんだがな」

「ないよ、なくなることなんか。そうならないようにぼくらの仲間が管理してるんだから」

「そりゃそうだが。しかし納得いかん。おれたちは仕事をするよう作られているんだ。それなのにこの万年休校状態。どうしてくれる」

「休校っていうか、すでに廃校じゃないの?」

「冗談言うな。そんな通知は来てないぞ。ああ、製造された226年前はよかったなあ。生徒がまだたくさんいて、こっちもすることがたくさんあって」

 言っているところ、向こうから別のアンドロイドが歩いてきた。
 白衣を着た女の姿をしている。

「ナデジダ。お前病院はどうした」

「どうもこうも、暇でね。システムに任せて来たの。緊急事態があれば戻るけど、そんなのついぞ起こりそうにないわね‥‥事故も事件もないんだから‥‥」



「今日もいっちまうのかあ‥‥」

 緑の丘の上。
 珍妙な犬男の姿をしたアンドロイド、レオポールが眺めているのは、火も煙も音もなく虚空の彼方へ去っていく定期宇宙船。
 あれも3日に1度くらいしか運行しなくなってきた。最盛期には日に何十便とあったものを。
 この殖民星も日々がらんとしてくる。人間は皆地球へ引き上げていく。もうとっくに老いさらばえてしまっている星に。
 当地で生まれ育った世代までも引っ越していってしまうのは、理解しがたいと同時にやるせない。
 人間がいなくてはやることが何もなくなってしまう。彼らの代わりに食事を作り掃除をし洗濯もし子守もするのが自分の使命なのに。
 寂しいので遠吠えをしてみる。
 人間ではなく仲間がやってきた。十代の娘の姿をしたアンドロイドである。

「うるさいわよレオポール。何を騒いでいるの」

「おお、スーザン。人間がまたいっちまうんだ。どうしてかなあ。この惑星はとても住みやすいところだと思うんだけど。緑も多いし、水もたくさんあるし、空気の成分だって申し分ないし、気候も温暖だし‥‥今の地球よりずっと地球みたいなのに」

 くんくん鼻を鳴らす彼にスーザンは、諦めに似た表情を向けた。

「多分、もう年取って疲れたから、家に帰りたくなったのよ」

「? どういうこと?」

「‥‥人間っていう種族の寿命が尽きようとしているのよ、恐らくは。子供は滅多に生まれないし、社会の気力も弱まってるし‥‥崩れるに任せるって感じで‥‥」

「そんなあ。じゃあオレたち、どうしたらいいんだよう」

「知らないわよそんなこと‥‥」


●参加者一覧

/ ドクター・ウェスト(ga0241) / ハンナ・ルーベンス(ga5138) / 夢守 ルキア(gb9436) / ハンフリー(gc3092) / モココ・J・アルビス(gc7076) / 楊 雪花(gc7252) / 村雨 紫狼(gc7632) / クローカ・ルイシコフ(gc7747) / 御名方 理奈(gc8915

●リプレイ本文


 市街地は緑に包まれている。
 惑星を開発する際に行われた、環境連帯都市計画の賜物だ。
 ショッピングモールは、はるか高みのアーケードの下幾層にも店舗が重なり、渡り廊下で結ばれている。直線でなく曲線を多用した建造物ばかり。それが街路樹や花壇とあいまって、全体に有機的な印象を与えている。
 とて住みやすそうな、気持ちのいい空間。だが、人はまばら。



 『雪花雑貨店』主人、楊 雪花(gc7252)は、積まれた箱に小型電子機器をかざし、発注した品であると確認する。

「‥‥連絡便が減て商品が入てこなくなたナー。お客が少ないから保ているガ、これでは商売にならないネ」

 そのお客もいつまでいるやら、というのが彼女の悩みの種。今日は休日(ずっとそんな感じだが)だというのにこの人通りのなさ。張り合いがないといったら。常連さんも地球に帰還する人がちらほら出てきているし。

「困ったものネー」

 ぼやいて彼女はふいと顔を上げる。
 村雨 紫狼(gc7632)が来店してきたのだ。

「いよう、おはようさん。店開いてるか?」

「オー、紫狼サン。むろんのことヨ。何か買うかネ?」

「そうさな、メントール煙草くれるか?」

 そのとき、かすかな空気の振動が響いてきた。
 2人して軒先に出れば、青空に巨大な宇宙船が遠ざかって行くのが見えた。
 紫狼は額に手をかざし目を細める。

「やーれやれ‥‥また地球に戻る船、か。それほどまでに、人は『母』を求めるものか、なんてな」

「ああいう船が毎日何十便も行き来していた時があたそうヨ。アンドロイドたちがよくそう話してるネ‥‥今じゃ全く想像つかないのコトヨ。ワタシ、どうせならそんな賑やかな時代に生まれてみたかたナ」

 首をふりふりして雪花は、道向こうを行くハンフリー(gc3092)、レオポール、スーザンに駆け寄って行く。
 何故か知らないけど彼女には、彼らが昔からの知り合いのように思える。犬型のレオポールなんか特に。

「オーイ、そこ行くアンドロイド諸君。精密機械部品買わなイ? 新型バッテリーも有るヨ。他にも半導体にCPU等々色々有るのコトヨー」

 紫狼もまた、ぶらぶら近づいて行く。外見上は完璧に人間(レオポール除外)なアンドロイドたちのもとまで。

「お前達麻雀しねえか麻雀。暇なんだろ、どうせ。つーか、数千年経ってもレオポール型ロボットに会うとはなぁ‥‥こりゃどこぞの平行世界でも出会いそうな勢いだぜ!」



「ほう、珍しい! 訪問者とはな!」

 丘の上の建物に足を踏み入れ数分もしないうち、2体のアンドロイド‥‥ミーチャとペーチャが出てくる。
 10歳の子供であるモココ・J・アルビス(gc7076)は、自分とさほど身長の変わらないミーチャに、遠慮なく話しかけた。

「こんにちは、私、モココ」

 彼女に警戒心は全くない。世界が安全確実なものとなってから、すでに久しい。見知らぬ存在は敵かもしれないという発想そのものが、社会から絶えている。

「あのー、ここはどこなの?」

「‥‥ここというのは、この惑星のことか? それならNGC2024内SY35の第2惑星俗称『クォール』だ。母星から9億光年離れている植民惑星だ」

「ふーん。それなら、この建物はなあに?」

「ここは学校だ。いろんなことを勉強する場所だ」

「勉強って?」

「問題解決のための能力を会得するということだ。親から教わらなかったか?」

「うん。お父さんもお母さんも、そんなの教えてくれたことなかったよ」

「なんだけしからん。そいつらを連れてこい。説教をしてやる」

「無理だよ。2人とも地球に帰っちゃった」

「何、お前一人家に残されたのか? 感心せんな」

「‥‥ううん、私。自分で船から降りちゃったの。全然知らない母星なんて、行きたくなかったし」

 降りた後両親は探しに来なかった。いないのが分かっていたはずなのに、そのまま船に乗って行ってしまった。
 だから自分は捨てられたのだろう――とモココ自身は思っている。

「‥‥それでおじさんは、ここで何してるの?」

「勉強を教えるんだ。オレたちは教師として作られているから」

 モココは耳をすませてみた。どこからも人の声などしてこない。

「誰もいないような感じがするんだけど」

「ああ、いない。最近ずっとこうだ」

 答えを聞いてモココは、もう一度建物の中を見回してみる。
 広くて清潔で、空っぽだ。

「どうして自分達のしたいことをしないの? おいしいもの食べたり、遊んだり、どうして自分の為に生きないの?」

 ミーチャたちが困った表情をした。根本的にナンセンスな質問だったので。

「そりゃ、おれたちの疑似精神がロボット工学三原則の上にプログラムされているからだが‥‥」

「それ以外説明しようがないよねえ‥‥大体ぼくらはものを食べたり飲んだりしないしね。人間を遊ばせるのはまた違ったアンドロイドの仕事だし」



「あの新生児たちもほんの数カ月のうちに、大きくなりましたね」

 病院の新生児室に並ぶ子供たちを眺め、アンドロイドA−DW−GA0241、通称ドクター・ウェスト(ga0241)はほほ笑んだ。話しかけてきたナデジダに。

「ええ。元気に成長しています。この星で一番新しく生まれた子たちです。ところであそこに寝ている子はどうしたんです? 何か怪我でも」

 彼は御名方 理奈(gc8915)の寝ているベッドを指さす。
 この質問は2回だとナデジダは、機械らしい冷静さでカウントした。
 この同僚の思考回路はとても優秀なのだが、ストレスについて極端に弱く、一定以上のショックを受けるたび初期化してしまう。最近もまたその理由で停止していた。だから、それまでのことは忘れているのだ。

「この子は、生まれたときからこうなんです。身体に何の異常もないのですが、未だ原因不明で――とはいえ、脳波等の測定により外界の出来事を完璧に把握していることが分かっています。『何か』と意思疎通している形跡も見受けられましてね」

 ナデジダは理奈の頬をなでる。寝たきりの状態なのに健康的でふっくらしており、血色のよい頬だった。

「『何か』とは?」

「分かりません。同様の症状の人間は全宇宙に何人かおり、いずれも彼女のように10歳以下の子供なのです。恐らく原因はあるはずなのですが、政府から組織的な調査命令もありませんのでね‥‥」

「そうですか‥‥」

 本来なら調べるべきであるとアンドロイドたちは思う。だが指示がなくては動けない。
 人間全体が何かにつけて無気力で鈍麻した状態なのだ。この理奈の両親も彼女を病院に任せ切りにし、母星へ帰還してしまった。一人にさせても十分世話してもらえると分かっているからだろうが、それにしても――肉親同士の関係性が淡泊になっているのは確か。

「こんにちはー」

 ウェストは声に振り向いた。
 いたのは夢守 ルキア(gb9436)だ。

「お久しぶりですね、ルキア君。今度の旅はどうでした?」

 彼にとって彼女は、前回朽ちた家屋で機能停止していたところ人里へと運んでくれた恩人だ。おかげでこのように再起動し、また動けるようになった次第。

「んー、そうだね。収穫は大きかったと思うよ。ウイルスの研究データがとれてさ」

 穏やかに聞いていたウェストは、ふと眉を顰める。
 彼は教育用であると共に医療用のアンドロイドでもあり、人間の健康状態を察する機能に優れているのだ。そのセンサーに今、異常が感知された。

「ルキア君。キミは‥‥具合が悪いのではないですか?」

 ナデジダもメガネの縁を持ち上げる。

「‥‥そのようですね。あなたは内臓器官に疾患がありそうです。検査を受けられては?」

 ルキアはそそくさ逃げにかかる。

「いやいや、やだよ。帰ってきたばかりでさ。明日明日、明日また来るからその時にね」



 クローカ・ルイシコフ(gc7747)は緑の惑星に降り立った。
 彼は一見アンドロイドと見えるが、その実9割以上機械化したサイボーグだ。
 宇宙探査と個人・文明の記録を目的に、長く長く生きてきた。

(また、地球への帰還船とすれ違ったな)

 この星だけではない。ほかの植民惑星も似たようなものだ。人類は老年期を迎え、静かに生涯を終えようとしている。

(ここに来るまで短かったような、長かったような)

 乗ってきた宇宙巡航艇「スプートニク」は、現在この星の軌道上。そこから3Dスキャン装置で地上の活動を丸ごとデータ化しているのだ。潰えゆく種族の全てを記録するために。セカイを残すために。

「さて、行こうか」

 まず向かうは、人の多いところだろう。



 緑の星にある一施設。ピラミッド型の建物。

 ハンナ・ルーベンス(ga5138)は目を覚ます。
 起きぬけにはいつも頭がぼうっとする。一体自分が何者で何をしていたのかしっかり思い出すまでに数時間かかる。
 まず浮かんできたのは、『エーデルワイス計画』という単語。続けてはその意味。

(一ヶ月の覚醒と、50年の睡眠。この星の科学技術を結集して作られた自律型超高性能冷凍睡眠プラントとプラント管理用ドロイド‥‥自分はその志願者)

 ようやくそこまでたどり着けたハンナはドロイドの手を借り衣類を身につけ、外へ出た。
 50年ぶりに見た光景は予測に違わぬものだった。緑はより深くなり、空は一段と澄み切っている。
 施設から見えていたはずの町が姿を消している。
 彼女は胸に手を当てる。
 瞳は哀惜に満ちていた――しかして、絶望はしていない。

「‥‥例え、この星の最後の一人となっても、私は待ち続けます。人類は必ずや活力を取り戻し、この星に還って来る事でしょう。季節が再び巡り来る様に」



「あの戦いから人類の幼年期は終わり、何度も大規模な宇宙戦争を繰り返しながら銀河全域へと版図を広げたんだっけ‥‥あ、それカンね」

「まるで今見てきたかのように言うのネー、紫狼サン。ア、ワタシ四暗刻ネ」

「しかし退屈なことだ。未踏の地の開拓に明け暮れた黎明期が懐かしくなる。この星には、私の求める未知など最早存在していない。それでも、昔は人間達が生み出す未知の誕生を期待する楽しみもあった。だが、人間達が新たなことに挑戦する活力を失って久しい今では、それも望むべくもない。こんなことなら、とっとと機能停止しておくべきだったかもしれんな。この星の開拓を終え、未知なる地が消え去ったあの時に‥‥大三元」

「危険生物とかもいないしね‥‥昔はその駆逐を請け負ってたもんだけど‥‥国士無双」

「マジかお前ら! くそー、やられた‥‥強すぎだろ、誰かレオポールと交替してくれ! おーい、レオポール!」

 軒先で牌をかき混ぜる紫狼が呼んでも、レオポールは来なかった。見慣れぬ少女に張り付かれている。

「わーっ、なにこれなにこれもふもふしてる!」

 ロンだのポンだのリーチだの騒がしい声がしているので立ち寄ってみたら、世にも珍しいアンドロイド。
 犬好きなモココは、すっかり気に入ってしまった次第である。

「わーっ、まだ子供がいた子供がいた!」

 レオポールもうれしそうだ。尻尾を千切れんばかり振っている。
 そこに別のお客さんもやってきた。ふんわりしたワンピースをまとった女性だ。

「すいません、お店は営業していらっしゃいますか?」

 アンドロイドたちがいっせいに反応した。

「あっ、ハンナ」

「これはハンナ・ルーベンス殿」

「もう50年たったのね」

 雪花が席からいそいそと立ち上がり、接客に出る。

「オオ、アナタがあの『エーデルワイス計画』のハンナサン? お噂はかねがね聞いてるネ。当店にお立ち寄りいただいテ、まこと光栄ヨ。何をお探しカ?」

「ええ、紅茶葉缶を‥‥ありますか?」

「モチロン。マルス製のいいのがあるヨ」

「よかった。それなら在庫すべてをいただけますか? 未来の世界で紅茶が無くならないとも限りませんから。これで、心置きなく50年の眠りに入れます」

 ハンナはふと背後に首を向ける。穏やかな気配を感じて。

「あら、これはクローカさん。お久しぶりです」

 彼らが交わし合う微笑みはよく似ている、と紫狼は見る。

(担った役柄が似通っているからかな)

 煙草に火をつけくゆらし、別の時間軸に思いを馳せる。

(‥‥あのバグア戦争から先、人類の末路が知りたくなって来てみたが、まあ、生命体としちゃ上出来なラストかもな)

 何度も危機を迎えながら老いるまで生きることが出来て、静かに天寿を迎えられて――個人にたとえれば、幸せな一生だったと言っていいだろう。

「‥‥それでも、無駄じゃなかった。それが分かっただけでも、張り合いはあったってもんだ」

「ン? 何か言ったか紫狼?」

「あーこっちの話だ、気にすんなレオポール」

「そか」

 気にしなかったレオポールは、しばらくぶりである子供との接触にうきうきしている。

「何かして遊ぶか? かくれんぼでも鬼ごっこでも、なんでもいいぞ。それとも、お菓子でも食べるか? パンケーキとかプリンとか作ってやるぞ」

 そんな彼の言葉を聞いてモココは、首を傾げた。

「レオポール君たちは、どうして自分のしたいことをしないの? 今なら逆に人類を支配することもできそうなのに」

 レオポールは目を白黒させる。

「支配? なんで? オレたちはそんなことしないよ?」

 他のアンドロイドたちもこの質問には戸惑いを見せた。
 彼らを代弁をする形でクローカが、少女に語り聞かせる。

「アンドロイドたちはね、人間のためになることをするために生まれてきたんだ。だから、それ以外のことは出来ないんだよ」

 雪花がそこに付け加えた。

「正確には、『出来ないようにしている』だけどネ。まあでモ、今更人間支配なんかするまでもないとは思うナ。すでニほとんどアンドロイドで、社会回しているんだシ――そダ、ついでだから『記録者』サンに聞いてみたいことあるんだけどサ‥‥」



「――理奈? 理奈!」

 ナデジダは急ぎ、自身に連なる各階の管理システムにアクセスした。
 巡回に来てみれば、理奈のベッドがもぬけの殻だったのだ。

「あの子ったら、どこに‥‥」

 監視カメラの記録映像を検索し外に出て行ってしまったことを突き止め、追いかけて行く。機械にしてはやや冷静さを欠いた様子で。
 院内にいたウェストが声をかける。

「どうしました、ナデジダ君」

「いえ、理奈が急に覚醒したのよ。外に出て行ってしまったみたいでね。今時危険なこともないとは思うけど、探しに行かないと‥‥」



 はしゃぎ回り、転げ回る。自分の体で感じる自然を満喫して。
 息を弾ませ新緑麗しい雑木林を駆け抜け、出会う小鳥や小動物たちに声をかけて回る。

「あたし、遂に呼ばれたの! すごくうれしいんだ!」

 不思議なことに生き物たちは理奈を見ても驚かず、逃げ出しもしなかった。ずっと前から知っていたかのように、親しげな眼差しを注ぐだけで。
 雑木林を走り抜け、やがて緑の丘に出る。
 白い大きな建物のあるそこからは、緑こもれる町が一望出来た。
 麓から、女医姿のアンドロイドが息も切らさず走ってくる。

「理奈!」

 その姿に彼女は跳びはね、大きく手を振る。

「あっ! ナデジダ先生! 今までありがとう! あのね、みんなと一緒に行く事になったんだ! 元気でね、バイバイ!」

「行くって、どこに‥‥」

 言いかけナデジダは目を見張った。
 軽やかにステップを踏んで舞う理奈の輪郭が、白くぼやけてきたのだ。



 ルキアは誰もいない公園にいた。
 細かく震える腕を押さえ、木の根方に座り込んでいる。

「動きにくいな。手と足が、崩壊を始めてる。僕の獣が、僕を食べてる」

 彼女は理解していた。数日のうちに死ぬだろうことを。
 『語り部』の役を請け負う自分たちの体は、愛玩用の生き物として歪め作られたもの。無理矢理未成年の外見を維持させる代償としての急激な内面崩壊が、今もたらされているのだ。
 一人の青年が近づいてくる。
 かすんだ目を持ち上げたルキアの頬が緩む。

「キロクが正しければ、きみはソナーレ。僕は語り部の、ソラ」

 ソナーレ。
 呼び名に青年――クローカは、気が遠くなるほど彼方に過ぎた記憶を呼び覚ます。
 今目の前にいる少女とそっくりな少女。
 髪は灰色でなく金髪で、瞳は夕焼け色ではなく紫だった人。

「僕はソラ。全てを受け入れるモノ。きみが最後の鍵なんだね、ソナーレ」

 容姿は違えど同じ種類の人間だと、彼には分かった。

「――ルキア。ヒカリは、自壊する遺伝子の病気で消えた」

 死を目前にし精神の混濁が起こり始めているらしく、ルキア――ソラは、前後のぶつ切れた言葉を呟き続ける。

「哀しいね。散らばったセカイはすり抜け。拾えないものが多すぎて、零れてしまう」

 だがその言わんとするところを、クローカはちゃんと理解した。『ルキア』に対してそうだったように。

「ポケットに、ウイルスが入っている。人類に依存しないよう、ロボット三原則の一部を書き換えるモノ――僕が死んだ後、ハンナ君に渡して。僕はもう、よく見えない‥‥造ったのがヒトなら、僕達が幕を下ろすべきだ。存在意義を奪ったとしても。僕は死者にすがるコトを赦さない」

 彼は小柄な彼女の体を抱き上げる。
 『ルキア』に対して叶えてあげられなかったかつての望みを叶えてあげたくて。背負ったセカイを受け継ぎ、役目から解放してやりたくて。

「白い花が見たい。あと、ソナーレ、僕を殺してくれる?」



「‥‥! ‥‥! ‥‥」

 ナデジダは声も出せず見守る。反陽子頭脳でさえ理解不能な現象を前に。
 何事か感じ建物から出てきたミーチャもペーチャも目を見張るばかり。
 理奈だったものは緑の丘を離れ、空へと上って行く。光の粉をばらまきながら、青空を貫いて。宇宙へ。

 そこまでしかアンドロイドたちには確認出来なかった。人間だったとしても同様だろう。全てはあまりに掛け離れた次元での出来事だったから。


 宇宙全体を俯瞰するかのような時空で白い影たちは輪になって踊りながら、さらに「上」へと向かう。
 白い影たちは一つになり、そして‥‥




 ピアノを弾き終えたクローカはそっと、足元に咲く白い花の上にルキアの体を横たえた。
 呼吸器の麻痺による最期を迎えた彼女の死に顔は安らかだった。
 周囲には崩れ駆けた家屋の壁があり、ツタがからまっている。
 それを黙って眺め終えた彼はきびすを返し、歩き出す。
 閑静な並木道をしばらく行ったところで、ウェストと出会った。

「ウェストさん」

 話しかけられたウェストは不思議そうな表情をした。クローカの顔がデータになかったので。

「あ、はい。ええと、失礼ですが、どちら様でしょうか?」

「‥‥クローカ、と言います。ルキアさんがこの先にある廃墟でお亡くなりになっていますから、一緒に来てくださいませんか?」

「えっ!? そ、それは大変だ!」

 あわてて駆け出すウェストには、今向かっている廃墟が以前自分の停止していた場所であることも、大事な人間と生活していた場所であることも分からない。リセットさせた記憶は本体のどこにも残っていないから。
 ルキア亡き今それを知っているのは、バックアップデータを保存しているクローカだけだ。



 ――その晩、彼は惑星を発った。深宇宙へ向けて。ハンナから、以下のはなむけを受けながら。

「今度、目覚めるのは50年後‥‥その時、貴方はこの星でお過ごしでしょうか? クローカさん。‥‥よき航海を、キャプテン」



「なー、本当にお前も行っちまうのかー? オレたちまた寂しくなっちまうよう」

 レオポールの鼻を、大きなトランクを下げた雪花が撫でる。

「泣くでないヨ、レオポール。もう決めたことネ。クローカサンから聞いたヨ。商魂逞しい先祖が地球から火星に飛び出したコト。ワタシ、自分の進むべき道を見つけたヨ。衰えた地球デモ他の惑星でもお客の居るところがワタシのいるトコロ‥‥どんなに住み良い星でも商売出来なければ意味が無いのサ。人間到る処青山あリ、宇宙もまた然りヨ」

 レオポールがウオンウオン更に鳴き始めた。
 雪花はその体をハグし、よしよしと叩いてやる。

「なんでモ聞くところによれバ、ワタシの先祖が貴方のオリジナルに世話になたらしいヨ。今ココでお礼を言うネ。レオポール、謝謝――餞別あげるヨ」

 レオポールに骨を与えたのを皮切りに彼女は、他にも見送りに来ていたアンドロイドと人間たちに餞別を渡した。
 ハンフリーにはバッテリー、スーザンには外付けHD、モココにはお菓子で紫狼にはマージャンセット。
 配り終えた後は古い時代の名残としての仕草である、敬礼。

「それでは皆、再見!」

 タラップを上っていく姿は、扉が閉まることですぐ見えなくなった。
 定期宇宙船が重さのないものみたいにゆっくり浮き上がり、発進して行く。宇宙の彼方、母星へ向けて。

「あああ、行っちゃった‥‥」

「元気出してよレオポール君。まだ私がいるよ」

 しくしくやる犬男の頭を撫でてやるモココ。
 ハンフリーは腕を頭の後ろに回し、はあ、と息をついた。

「考えてみれば、この星から出ることなど思いも寄らなかったな。未知を求めるなら、すぐにそうすべきだったというのに」

「思うわけないわよ。私たち人間じゃないんだから」

 至極真っ当なスーザンの言葉に苦笑し、組んでいた手を解く。

「結局のところ、この星が私の世界の全てだったということか」

 この星から旅立っていくのは、変態を果たした新人類などではなく生き疲れた只人。上帝や上霊は現れず、人類の幼年期は何事もなく過ぎ去って、ついには老年期を終えようとしている。

「‥‥後に繋ぐものを生み出すことなく消え去るのみだというのなら、人類によって生み出されし者が人類の終焉を看取るもまた一興かもしれんな。とはいえ、狭い世界しか持たぬ私にはスケールが大きすぎる話だ。私はこの星の、私の世界を終焉を看取るとしよう。それもまた、ひとつの未知だ」

 そこで紫狼が腰を上げる。

「さて、と。俺もバカンスはお仕舞だ‥‥あるべき世界と時間へ戻るとするか」

「え、お前まで地球に行くのか?」

 慌て気味のレオポールに彼は、ちちちと指を降った。

「いやいや、そうじゃなくてだな‥‥出ろォーーーダイッバアァァァァドッ!!!!」

 叫びに合わせ虚空の彼方できらッと何かがきらめいたか思いきや、超速度で機械戦神‥‥かつてKVと呼ばれたものが地響きを轟かせ降り立ってきた。
 目を点にしているアンドロイドと人間たちを尻目に紫狼は、コックピットに乗り込んで行く。

「さて、寄り道ついでだ、こんどはKVや能力者の現れる前の地球へ介入してみるか。じゃあな、俺の子孫たち!! 俺たちも頑張ってお前らのいる未来へ歴史を繋げてやるからよ!」

 コクピットが閉まる。
 爆音と共に戦神は飛び立って行った。どことも知れぬ時空へ。
 混乱のあまりレオポールは吠えまくる。

「何だ、今の何だ!? ワンワンワンワン!? 何だ!? ワンワンワンワン!?」

 そこまでにはならないハンフリーたちも、やっぱり動揺はしていた。機械なりに。

「そういえばナデジダたちも、おかしいことがあったとか言ってたな。子供が消失したとか」

「ああ、そういえば。各植民地で同じ事例が確認されて‥‥全体からすれば微々たるものだけどね。そう大きなニュースにもなっていないし。ここ100年、いえ200年くらいずっとこうで」

 彼らの会話にモココは、ちょっと寂しくなった。人間というものがあまりに儚い存在だと思えてしまって。

(私もアンドロイドみたいだったらいいのになぁ。そしたら‥‥ずっと皆といれるのに‥‥皆の時間の中では私がいたことなんて一瞬なんだろうけど‥‥それでもいい。死ぬまで一緒にいて欲しいな)

 一方アンドロイド当人であるハンフリーもまた、機械としての儚さを思う。

(この星から人間がいなくなれば、アンドロイドの存在意義もなくなる。残るのは、完全なる停滞というわけだな。しかし、それでも私の稼動時間は残されているだろう。ならば、それから先は――)

 騒ぐだけ騒いで落ち着いたレオポールが戻ってくる。

「ああびっくりした‥‥なんだよもう。あいつ戻ってくるのかなあ‥‥モココ、帰ろうか」

「うん」

 レオポールと手を繋ぎ、モココは空港から町へ戻って行く。道々話をしながら。

「人間、またたくさん戻ってきてくれるといいんだけどなあ」

「人がもう一度蘇る為には‥‥突然変異が必要なのかもしれないね‥‥」

「するかなあ、変異」

「うーん、どうだろ‥‥」



 ‥‥同様の事件は、同時刻に宇宙の各所で起きた。消えたのは全て、件の症状で眠っていた子供達である。
 滅多にない「事件」に、人類の間にはちょっとした喧騒が起こったが、すぐに元の無気力がとって代わった。
 子供達がどこに消えたのか、誰も知らない。
 ただ‥‥或いは、人類とは、あの子供達を送り出す為にあったのではないか。
 私はそう夢想するのである。


 そう結んでナデジダは、システムへのデータ入力を終えた。
 記録に感情めいたものを入れるのはよいことではないが、こればかりはそうせざるを得ない。
 人類が滅びる、付随して自分たちが滅びる。それは意味のないことではない。きっと。



 矢のように時が過ぎ去る。
 ウェストの前には新生児ではなくかさかさに乾いた老人がいた。


 あなたがいてくれて私はとてもしあわせでした、ありがとう。


 言い残しその人は、生命活動を停止した。
 ウェストは呆然と枕元に座ったきりだ。
 焦点の合わない視線を宙にさまよわせ、ぶつぶつ呟いている。

「また‥‥また、私は取り残されてしまう‥‥『また』?‥‥」

 どうしてまたという言葉が出たのか。
 私はこういう人を以前も知っているのか。
 いつ、いつ。
 答えのない質問が、横たわる現実が、頭脳に多大な負荷をかけ、やがて――いつも通りの結末となる。

「けひゃ」

 声を最期にアンドロイドは、そのまま二度と動かなかった。
 屍は朽ち家も朽ちても彼だけが最期に残った。
 草むぐらに覆われ、地の盛り上がりの一つと成り果てながら。



 そして、また幾度となく昼と夜を繰り返した未来。緑あふれる美しい惑星で。



 管理用ドロイドは名も知れぬ花に覆われている。ピラミッドのかたわらで錆び付き、苔むし、リスの遊び場となっている。

 透明な棺ではハンナが眠りに就いている。託されたデータとともに、人類の再興を信じながら、今日も――。