タイトル:月の花咲く丘の上マスター:KINUTA

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/03/23 01:08

●オープニング本文




 月面である。
 空気のない、荒涼たる岩肌が広がる場所――のはずであるが、今その一角、とあるクレーターの斜面は、一面の花で埋まっていた。
 ふんわりした緑の葉に包まれた、真っ白な花。
 むろん尋常な生物なわけがない。月面には水もなければ空気もないのだ。
 これら全部、正真正銘のキメラ。



「とはいえ、どうやら何かの手違いだったようですな」

 と、宇宙服を着たキメラ学者は言う。

「手違いとは?」

「はい、これはもともと地球の環境内で発芽するように作られたものです。DNAを採取しました結果、これまでに採取したキメラのデータベースから、合致するものを見つけました。これです」

 学者が持つ携帯パネルに表示されたのは、とんでもなく凶悪そうな人食い植物の姿だった。棘だらけの蔓と葉、毒々しい紫の巨大花。花の真ん中には鋭い牙の生えた口がある。
 画像にかぶさっての説明文には、全長7〜10メートルの文字が。

「え、これが? 全っ然違うじゃないか‥‥」

「別物じゃないの?」

 傭兵たちに学者は、「はい」と頷く。

「間違いなく、同種です。とりあえずですな、この環境下で発芽してしまったため、本来の姿になれず矮小化してしまったものと推測します‥‥まあ、詳しいことはサンプルを集め、解析してからですな」

 真っ暗な星空にぽっかり浮く地球。その下に花園。宇宙服の作業員。
 なかなか非現実な光景である。

「どうなってんだ、わん」

 ちなみにレオポールも、いた。

●参加者一覧

クレミア・ストレイカー(gb7450
27歳・♀・JG
鈴木悠司(gc1251
20歳・♂・BM
ユウ・ターナー(gc2715
12歳・♀・JG
エイルアード・ギーベリ(gc8960
10歳・♂・FT

●リプレイ本文

 見渡せば一面の綺麗な花畑。見上げれば奇麗な碧に輝く地球。
 鈴木悠司(gc1251)は思わず夢見心地となってしまう。

「‥‥何だか天国ってこんな感じかなー」

 口にしてみて、自分でもその表現がしっくりするなと思った。
 陸を、海を、空を、宇宙を駆け戦い続けてきた傭兵たちには、雲の上よりこういう安息の地のほうが似合っている。

「わぁぁぁ! 綺麗なお花畑なのっ☆ これが生命の神秘ってヤツなのかなぁ? 神様は凄いなぁ」

 ユウ・ターナー(gc2715)は感動で胸を一杯にし、瞳をきらめかせている。嗅げもせぬ花の匂いを嗅ごうとしているレオポールの姿など度外視して。
 エイルアード・ギーベリ(gc8960)――覚醒中なので、以下リンスガルトとする――は、不満たらたらであった。

「ぬぐぐ‥‥またもやこんな可愛らしくも何ともない姿で戦わねばならぬのか‥‥。宇宙では致し方ないが、せめてドレス姿の宇宙服でもあればのう」

 そんな彼もまた、風景の妙に異を唱えるものではない。

「それはそうと‥‥」

 顔を上げ地球を見やる。
 球体の大半を覆う海、緑と砂色の大陸。そこに被さり渦巻く雲の流れ。
 あそこに幾億もの同胞がいる。今この瞬間も生きて、いいこと悪いこと、色々やっているのだろう。

「美しいのぅ‥‥。風流な花もある訳じゃし、このまま月見ならぬ地球見をするのも悪くない。‥‥花がキメラでさえなければのぅ」

 だけれどこれはキメラ。忘れちゃいけない大事な事実。

(なんかこの光景を無くすのも、勿体ない気もしないではないけれど‥‥一面の花畑に宇宙服で、シュールな光景もなんだし)

 やらねば仕方ない。
 思いながら悠司は足元の白い花に『ゼフォン』の先で触れてみる。
 瞬間花びらがぱくっと食いついた。剣を引いたらすぐ抜けたので大した力でもないらしいが、やはり単なる植物でない。
 クレミア・ストレイカー(gb7450)は、キメラ学者に聞いてみる。

「除草剤は効かないのかしら?」

「そうですなあ‥‥一応そこも考えはしたのですが‥‥もしかして化学反応を起こし、何らかの異変を起こされたらと思いまして‥‥」

「なるほど。何かの拍子に環境に適応してモルボr‥‥いや、本来の姿の人食い植物に進化するか分からぬの。ここは地道に駆除するしかあるまいのぅ」

 説明に納得を示すリンスガルトは、持ち込んできた三脚にカメラを据える。

「何しているの?」

「いや、せっかくじゃから記念撮影をとな。地球と花をバックに、皆でのぅ。友や恋人によい土産となるじゃろうし。さてどのアングルが一番いいかのう」

 あれこれしているその後ろでは、ユウがまだはしゃいでいる。

「ね、悠司おにーちゃんっ! あの白いお花で花冠を作って‥‥そうだ! 悠司おにーちゃん、お揃いに‥‥って、え?」

 悠司が何やら説明し、声のテンションが少し下がった。

「違うの? キメラ?」

 引き続いての説明で、沈黙が訪れた。
 レオポールは花をつつき、指を噛まれて痛がっている。引き抜いた拍子に転び、体中噛まれている。
 やがてユウから怒りの声が湧き上がってきた。

「‥‥‥‥ない。‥‥‥‥許さない。ユウの心を踏み躙ったキメラ‥‥許さない! えーいっ! わんわんのおじちゃん、邪魔なのっ! ユウが行くから其処どいて!!」

「うおおおおお!? やめろ人がいるのに銃口を向けるなあ! 撃つなあ!」

 リンスガルトは微調整に余念が無い。

「うーむ。もうちょい地球が真ん中に来た方が‥‥あ、待て。こっちの角度からの方が花が映える‥‥」

 クレミアが振り向き、騒ぎに呼びかける。

「あなたたち、落ち着きなさいよ。まずは記念撮影をしてから始めましょ」



 撮影を終え簡単な作戦会議。
 悠司は地面に視線を落とし、花を指さす。

「えーと、これ多分、上だけ‥‥地面に出てる分だけ刈ったりしても根っ子があれば、再生しちゃう気がもの凄くするんだよねぇ」

「妾もそこは同意見じゃな。加えていきなり近寄ると噛まれるかも知れぬで、花を含む部分を纏めて刈取り、無害にしてから一本一本引き抜くとするのが上策かと思うの。レオポール殿、貴殿さえ宜しければ、引き抜き作業を協力してやって頂けぬか?」

 総攻撃から抜け出してきたレオポールには、リンスガルトへの異論など全くなかった。

「おお、いいぞ。そのほうが助かるぜ‥‥」

 そんな彼にクレミアは、てきぱき指示を飛ばす。

「それじゃ早速作業に取り掛かりましょ。あっちからの土掘りお願いね。私はこっちからいくから」

 言って彼女は合金軍手をはめ、『ノコギリアックス』と『バトルスコップ』を担ぎ、丘の端から取り掛かり始めた。

「ホントはAU−KVがあると幾らか楽に進めれそうなんだけどね‥‥」

 まず花の部分を刈り取り、それからスコップで地面を掘り、根を緩め引き抜く。黙々と。
 引き換えユウは派手にやっていた。

「ユウの‥‥ユウの怒りを受け取るといいと思うのっ!」

 『ヴァルハラ』を構え容赦なき銃撃をした後、華麗にジャンプ。更なる弾丸の雨をお見舞いする。
 花と葉が千切れ、ふわふわ真空の宙に舞うが、彼女はそれだけに飽き足らない。

「こんなコト位じゃ、ズタズタにされたユウの心は元に戻らないんだから!」

 着地と同時に『雷光鞭』を振るい、半円形に花の部分を刈り取って行く。
 ズタズタにされているのはキメラのほうと言うべきだろう。

「先ずは引っこ抜く! どんどん、じゃんじゃん引っこ抜くよ!」

 悠司は最初噛まれない様に注意していたが、噛まれても大ケガというほどで無いと知り無視に切り替え、次々引っこ抜いては投げ抜いては投げし、山を築き上げている。

「あ。悠司おにーちゃんも素敵な刈取りっぷりなのっ☆ ふふっ‥‥ユウも負けないよっ! 今日のユウは一味違うんだから‥‥っ! この‥‥繊細なハートが壊れたユウは、ね‥‥っっ!!」

 景気よく駆除作業をしている反対側では、リンスガルトとレオポールが分業体制をしいていた。
 前者は刈る人、後者は掘る人。

「さてゆくぞ! 妾は<刈り入れ者>リンスガルト・ギーベリ! 悉く刈り尽くしてくれようぞ! ふはははは!」

 『マーダー』でスパンスパン花を切り飛ばし前進して行く後ろにレオポールがついて行き、土を返しては抜いて行く。

「えいさ、ほいさ、えいさ、ほいさ」

 犬だけに穴掘りは得意らしい。

「レオポール、そっちが終わったらこっちに来てー」

「ウォーン」

 応答を聞きクレミアは、『ノコギリアックス』を一時置き、多目的ツールからハサミとペンチを取り出した。刈り取りの取りこぼしを処分するには、小回りがきくもののほうがよさそうなので。

「切れてしまう前に終わらせないとね」

 キメラは土から出されてもまだピクピク動いている。死にかけの魚といった感じだ。

「‥‥とどめさした方が良いよね。生きてる? ようであれば」

 悠司は『ゼフォン』を引き抜いた分の山に向ける。ザクザク刻む。

「今度はじゃんじゃん引っこ抜いたの斬っていくよー!」

 しかし相手は通常の植物サイズ。立っているものをなぎ払うならともかく横になっているものに対して、大物はどうも使いづらい。というわけで途中から、『クリスダガー』に切り替える。
 そのときレオポールから悲鳴が上がった。

「きゃあ! 出た出た出た!」

 見れば突然変異だろうか、自力で地面から根っこを引きずり出し、果敢に動いている。

「ふ、のろいわ!」

 残念ながら、リンスガルトの一撃によって、次の瞬間叩き潰された。

「ふう。これで一段落かな☆」

 ユウは一旦武器を降ろす。彼女を中心とした範囲は死屍累々たる有り様であった。花も葉も茎も散らばりしっちゃかめっちゃかだ。
 てへ、と舌が出される。

「その‥‥ユウ、ほら、我を失ってたって言うか‥‥その、ね。ちょこっとやり過ぎちゃったし、ちゃんとお掃除もしとこっかな」



 花畑も大かた片付いた。
 腰を伸ばしとんとんやる悠司は周囲を見回す。
 後残っているのは目の前のわずかな株だけだ。

「夢中で引っこ抜いたけども、サンプル用にちゃんと少しは残しておくねー」

 彼は丁寧に掘り返す。クレミアが先にやっているように、鉢へ移し替えるため。

「そー言えばサンプル‥‥忘れてた」

 ユウも遅ればせながら、まだ被害を受けてない株を探し始めた。
 岩の背後に回り込んだ彼女は見つける。よたよた自力歩行しているキメラ花を。

「‥‥って! 物陰にまだこいつだけ残ってるし!! えい!」

 むんずと掴んだ瞬間噛まれたが、怒りの力で思い切り締めた結果相手は、かくっと首、いや花を落とした。

「ねーねーわんわんのおじちゃん、これ、要る?」

「やめろ近づけるな! 近づけるなって言ってるだろおお!」

「逃げなくていいじゃなーい。待て待てー!」

 追いかけっこに趣旨が変わったらしい。
 リンスガルトはそんな彼女を呼ぶ。

「おおいユウ殿、よければその変わり種をこちらに寄越してくれるかや? サンプルとして貴重じゃでのう」

「あ、分かったよー」

 かくして移動タイプも無事ケースに確保。後は鉢物として確保。

「いや、ありがとうございます。お陰で十分な研究が出来そうで」

 キメラ学者へクレミアは、興味深げに尋ねた。

「害虫駆除として流用するとか‥‥?」

「うーん、そうですなあ‥‥まあまだはっきりしたことは申せませんが、完全に危険性が取り除けるなら、あるいはそんな用途にも使えるかも知れませんなあ‥‥」

 地球は相変わらず青く奇麗に浮かんでいるが、月の丘はまた元通り。灰色の岩と砂だけ。
 悠司はそのことを少し惜しむ。

「‥‥こう、花がなくなっちゃって、荒涼としてて味気ないね。何時かキメラじゃなく、花とか緑が綺麗な場所になってたら良いな」

 悠司の背をリンスガルトは、ぽんと叩いた。笑って。

「多分こういう事は、これから何回も有るのじゃろうな」

 彼が見せるデジタルカメラの画像には、花咲く丘が変わらずあった。そこに並ぶ彼らの姿も――。

「よい記念じゃ、まことにの」