タイトル:放置マスター:KINUTA

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 5 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/02/13 01:03

●オープニング本文




 それは、辺鄙な山の中。コンクリート作りの巨大な建物の中に傭兵たちはいる。
 窓は小さく電気も来ておらずひたすら暗い室内。照明器具なしには足元もおぼつかない。
 冷え切っていながら空気は饐えきって息が詰まりそう。
 数限りなく並んでいる檻の中から漂ってきている匂いだ。

「冬でよかったな。こりゃ夏だと入れんぞ」

 同行してきているミーチャは呟き、懐中電灯の明かりを檻の奥へ当てた。
 そこにはがりがりになった死体が転がっている。頭が3つある、犬のような熊のような、よく分からない生き物。
 他の檻も一緒のことだろう。
 ここは放棄されたキメラ研究所だ。もっともそれと分かったのはつい最近のこと。長の間続いた戦争が終わり、一帯が人類の手に帰してから。それも、得体が知れない悪臭がしてくるということで、やっと発覚した次第。
 最終戦争の勝敗が決する少し前くらいに、大急ぎで放棄されたらしい。設備も大方残っている。

「どうせなら火星に連れて行きゃいいのにな」

 シリンダー型の水槽が並ぶ一角があったが、どれも妙な色になっている。電源が止まってしまったからなのだろうか。とりあえず中でぷかぷかしている胎児みたいなものは、青白く膨れ上がって、もう生きてはいない。

「まあ、とはいってもまだ生きているのがいるかもしれないから、気をつけるだけは気をつけてくれ」

 咳き込んだ後ミーチャは、がらんとした廊下の突き当りまで光を届けた。
 そこには分厚い扉がある。

「地下室もあるみたいだからな――とりあえずおれは外で待つことにする」

●参加者一覧

百地・悠季(ga8270
20歳・♀・ER
クレミア・ストレイカー(gb7450
27歳・♀・JG
辻宮 奏乃(gb7453
13歳・♀・FC
村雨 紫狼(gc7632
27歳・♂・AA
ルーガ・バルハザード(gc8043
28歳・♀・AA

●リプレイ本文


「どうせ撤去させる施設だから、少々とばっちりで壊してもかまわんそうだ。この懐中電灯渡しておくから、使ってくれ」

 言い置いてミーチャは場を離れた。
 百地・悠季(ga8270)は暗がりに提灯の薄明かりをかざし、肩をすくめる。

「こうやって放棄された基地も有るのだけれど‥‥」

 湿っぽく冷たい。
 臭気は不愉快だが、ぞっとするというほどのものでもない。戦場では常にこういう匂いが漂っている――ここにいる全員が、それに慣れた人間だ。

「まずは安全第一に内部を確かめて危険排除しないとね。それがのちのちの為によね」

 悠季が見取り図を広げる間、村雨 紫狼(gc7632)は周囲の檻を照らしていた。
 見る影もないほど痩せ衰えてしまっている骸ばかりだ。死体の側に散らばっているものは、閉じ込められたまま垂れ流した排泄物らしい。そちらも水分を失い乾いている。
 管理者がいなくなってからどのくらいの期間生きていたのだろう。

「もしかしたらキメラが弱ってるかもしれないけど‥‥現状で助ける必要は無いわよね」

 そうだ、このキメラたちを生かす必然性はどこにもない。仮に生かそうとしたところで不可能に違いない。彼らを作ったバグアでもない限り、正確な管理の仕方が分からないのだから。

「例え小さな羽虫だろうと、真っ当に生まれていれば、真っ当に死ねたんだ。だがコイツ等は姿を、魂を醜悪に歪められ、挙句に楽にもされずに放棄された‥‥か」

 苦く一人ごちる紫狼に、クレミア・ストレイカー(gb7450)が言う。

「確かにキメラには罪は無いわね。けれども、人間から見れば結局は有害でしか無いのよ‥‥」

 頭ではすでに割り切っているが、感情はかすかに揺れる。

「迷惑な置き土産というか‥‥開発の過程によって中には失敗作があってもおかしくはないわね」

 ガン、と音が響いた。
 ルーガ・バルハザード(gc8043)が檻を蹴ったのだ。うんざりしたように吐き捨てて。

「ふ‥‥ここも、か。研究所もひきはらってから帰ってもらいたいものだな、バグアの連中も!」

 辻宮 奏乃(gb7453)はランタンで、天井付近を見ている。

(ヒビが‥‥注意するに越したことはないですね‥‥)

 戦いの場に出ることも無く開発者の都合で“実験台”として費やされたことは不憫だと思う。
 しかし、所詮キメラはキメラ。地球の環境にはそぐわぬ=害を及ぼす存在でしか無い。そう自分に言い聞かせて首を振る。

「ここに残されたキメラには何の罪もありませんが、このまま放って置くわけにもいきません」

 悠季が見取り図から顔を上げた。

「とにかく、もしもの時の為にハンドサイン等の合図を意思統一しておきましょう。もちろん無線なんかも使うけれど。分担して回らないとしょうがないわ、この広さだと。地下室もあるしね‥‥」

 閉じ切った鉄の扉は、ルーガが向けるランタンの光を鈍く反射させている。
 沈黙の後、彼女は言葉少なに言った。

「‥‥では、私が地下を行こう」

「それなら、私もそちらに行きましょうか。厳重に保管されていたもののほうが、厄介そうですし」

「あ、私もそういたします。よろしいでしょうか?」

 クレミアと奏乃も続いた。
 そちらの人員は十分と見た紫狼は、地上を志願する。

「じゃあ俺はこっちを探すわ。悠季はどうする?」

「あたしも上ね。こんな状態とはいえ、どういうキメラが出るかは分からないし、1人は危険よ。見通しもよくきかないし‥‥」

 この暗さでは視覚はあまりあてにならない。音、匂い、振動等で存在するキメラの各位置を判断するしかなさそうだ。

「鳴き声も漏れてきてないしね、今のところ‥‥でも生きているなら必ず気配があるはず」

 彼女はバイブレーションセンサーを発動させる。握り締められた右拳から『ラサータ』のレーザーが一瞬噴出され、ぱっと辺りを照らした。



 地下への扉は閉まったままだった。
 脇についている認証装置も電源が落とされては、何の役にも立たない。

「だったら、風穴を開けるまでよ」

「‥‥」

 クレミアの『ヘリオドール』とルーガの『烈火』が穴を空け、そこからこじ開ける。

「戻ってくる気なんかなかったんだから、開けておけばいいのに」

 踏み出した奏乃は、ランタンを足元にかざした。
 地下だけあって段違いに暗い。闇と言っても過言でないほどだ。
 下へ伸びる階段はくねり曲がっており、所々足場が欠けているので、注意が必要だった。
 ルーガは剣を握り直す。行く手からうなり声が聞こえてきたのだ。実に細々としたものだが、間違いない。

(「戦うために造られた」モノか‥‥)

 3人は共に足を速める。
 段は尽き、変わって圧倒的な広がりが現れた。
 ちっぽけな光では奥まで見えない。ただうめきは聞こえる。鎖が擦れる音も。
 換気もない地下の空気は汚れきり、凍りつき、固形物みたいだ。飲み込みにくい。

「いいさ‥‥それが、お前たちの本懐ならば」

 ルーガは先頭切って近づいて行く。我知らず眉を吊り上げて。

「かなえてやるさ…私も、同様だから、な」



 施設を見回ってもあるのは死体ばかりだ。獣のようなもの、鳥のようなもの、虫のようなもの。
 紫狼は喋り続けている。

「俺は、単純にバグアの仕業だから、キメラという存在が憎いから怒っているんじゃない。吐き気をもよおす『邪悪』とはッ! 何も知らぬ無知なる者を利用する事だ‥‥!! 自分の利益だけの為に利用する事だ」

 悠季がしいっと指を立てた。反響する音で、気配が感じ取りにくくなるからと。
 いけね、と紫狼は口を押さえる。
 得られた静寂のただなか、確信を得た囁きが漏れる。

「‥‥向こうにいるみたいね」

 彼女の後に紫狼が続く。懐中電灯で行く手を照らしながら。
 床の下から軽い振動がした。地下班もキメラを捜し当てたのだろうか。
 あの3人ならほどなく決着がつくだろう。

(彼らはただ、生きたいだけなんだ‥‥生きるものなら当たり前の希望だ。その望みを断つ事でしか救ってやれない俺もまた、業が深い。だが、俺ももう数えきれないキメラを、強化人間たちを、バグアたちを殺してきた。無論、彼らの所業は人類を脅かした許されざる行為さ、それでもな。もし、異星人でなければ‥‥侵略者の傀儡でなければ‥‥綺麗ごとと分かっていても、俺は、彼らともっと違う出会い方をしたかった)

 ここのキメラは外の世界を知らないまま死んで行く。太陽を見ることも地面を走り回ることも風を感じることもないまま。

「邪悪に、人間もバグアも関係ない。己の欲望を果たす為に、自分以外の命を弄び踏みにじるのならば、それは悪だ。偽善と罵られてもいい、アイツ等の最期の介錯をしてやれる事を幸福と思うよ」

 事実そう思いこまなければ甲斐もない気がした。しわしわに縮み、なおまだ余喘を保っているワームを目の当たりにして。
 人の気配を感じたワームは、檻の奥からのろのろ這い出してくる。
 襲おうとしているのか、餌を貰おうとしているのか、はっきりしない。

「‥‥さあ‥‥今、楽にしてやる 奮い立て生命の波動ッ、滾れ黄金の鼓動ッ‥‥!! 目に焼き付けろ、哀れな魔獣たち‥‥これが貴様らを狩る悪鬼の姿だ!」

 紫狼は微塵の迷いも躊躇もなくその体を、『天照』で真っ二つにする。檻の柵ごと。



 壁に繋がれているのはドラゴン型キメラ1匹。4メートルはある大物。
 腹の肉がげっそり落ち、あばらが浮き出し、顔だけが大きく見える。
 首を繋いでいる鎖をいっぱいに延ばし――噛もうとしている。だが口がほんの少ししか開かない。筋肉が弱ってしまっているのだ。
 ルーガは怒りに似た感情をたぎらせる。

「終わらせてやるさ、お前らの‥‥その、哀れな生自体なッ!」

 カンテラを床に置き、つかつか相手に歩み寄る。恐れげもなしに。

「さあ! 戦いたいのだろう、それがお前の生まれた意味なんだろうッ?!」

 『烈火』がその名のとおり真っ赤に燃え上がった。
 ドラゴンは一瞬だけ正気を取り戻し、吠えた。

「私がその想い遂げさせてやろうッ! さあ、来いッ!」

 後足で立ち上がり、接近してくる相手を、骨ばかりとなった前足で押さえようとする。
 『烈火』はその足を切り裂き、喉に至る。たるんだ皮に深々と刃が突き刺さる。



 あの叫び声は断末魔だろうか。

 通り過ぎてきた空間をちらと振り向いたクレミアは、また前を向き、『ヘリオドール』の銃口を向ける。2匹の象型キメラに向けて。
 両者とも足かせをはめられたままであるため、反撃される気遣いはなかった。
 こちらに向けて鼻を長く伸ばしている。うう、ううとかすれた雄叫びを上げている。

「‥‥残念だけどね、助けてはあげられないの」

 小さな目と目の間に弾を撃ち込むと象は、酔っ払ったように腰を落とした。
 こうなるともう立ち上がれない。

「これでOK! あとは任せるわよっ!」

 奏乃は『天照』で檻の柵を払いのけ、うずくまる象の背に駆け登る。

「可哀相に。すぐに、その苦しみから解き放してあげますね‥‥」

 刃を持ち上げ順に打ち落とす。大きな首を。
 ごとんごとん2回音が響いて、後はひたすらな沈黙。
 ルーガのランタンが近づいてきた。

「そちらも終わりましたか」

「‥‥ああ。上に戻ろう。まだ残りのがいるかも知れないな‥‥飢えているなら、なおさらねぐらにもぐってじっとしているかもしれん…」



 ライオン型キメラの腹に『スコール』がめり込む。
 よろけたところ『ラサータ』が首の後ろから思い切り叩き込まれる。
 ごぎりと骨が砕け――それでおしまい。
 横たわる体を前に悠季は呟く。

「あっけないものね」

 飢えに震えが止まらなくなっている敵に勝利しても、爽快感はない。
 どうせなら腹一杯食って元気な状態で戦いねじ伏せたかった。言っても詮無いことながら。
 思って彼女は地下班に連絡を取る。

「もしもし、こちら任務終了。そちらは――え、そっちももう終わっちゃった? 早いわね」

 紫狼は息をつき、ぼんやり床を照らす。ヒビもあるが、大きな水たまりも出来ている。排水機関がいかれてしまっているらしい。
 しばらくして足音と共に、クレミアたちが戻ってきた。
 一同は言葉を交わさないまま外に出る。
 うっすら晴れている空の下に戻ると、生き返るような心地がした。

「おう、すんだのか。ご苦労さん。まあ飲め」

 ミーチャから各々ホットコーヒーを貰い、人心地つく。
 何やらずっと考えていた様子の奏乃が、そこで口を開いた。

「あのう、皆さん。もしよかったらですけど‥‥ついでですから‥‥」



 地面に突き立てられた施設の壁の一部。それがキメラたちの供養塔。
 奏乃は黙祷した。クレミアも、また。
 1分過ぎた後前者は合掌し、後者は十字を切る。安らかな眠りをと。

「お前たちはやらないのか?」

 ミーチャに尋ねられた悠季は首を振る。

「あたしの柄じゃないからね」

 紫狼からは苦笑が戻ってきた。

「ま、な。俺もそんなとこさ」

 ルーガは何も言わずにいる。

(‥‥あのキメラたちと、私。一体、何が違う?)

 戦うためにある。戦うために剣を振る。

(何が違う?)

 答えは何処からも帰らない。
 彼女は背を向け場を立ち去る。始まった解体工事の響きを聞きながら、重い疲労感に苛まれながら‥‥。