●リプレイ本文
夕暮れ迫る河川敷。
たくさんの機体が並ぶ様はまるで展示場。照明の始まる前から観覧者が引きも切らずやってきていた。バグアとの戦いも区切りがつき、一般市民がKVを見る機会も、どんどん少なくなっている。
子供たちなど単に、「大きなロボット」と見ている向きも多い。
「知ってる、変形合体すんだ、これ。テレビで見たもん。でさ、うちゅーじんやっつけんの」
彼らはこの機体が本当に戦って来たことを、命を奪って来たことを知らない。
そこを思うと氷室美優(
gc8537)は隔世の念に打たれる。
最後の決戦が行われたのはごく最近のことだというのに。
(思えばあっという間だったな‥‥)
フットライトの設置をすませた彼女は、ナイトフォーゲルS−02リヴァティ:愛称『イチキシマヒメ』のコクピットに戻り、戦場を駆け抜けたこれまでを思い返す。
始めは、家族を失った痛みを和らげる為に戦っていた。
しかし最後は、これ以上誰かが悲しまなくて済むように、と考えていた。
「知ってる知ってる、バグアだよ」
敵とはいえバグアに人間と似通った心があることも、戦いを通して知った。仲間を失って悲しみ、憤るバグアとも出会った。
「全滅させちゃえばよかったのにね」
「させるんじゃないの? 火星まで宇宙船で追いかけて行くって先生が」
矛盾は承知だった。
ただ、戦争では、敵の心情を秤にかけてはいけないのだ。敵は、敵でしかない。そんな事実を、自分に言い聞かせた。
綺麗事だけでは何も護れやしない。
その信念に従って、戦い続けた。
結果、今生き残っている。
「そっか。じゃあやっつけられるね」
子供たちが通り過ぎて行く。大人たちも。
人波がかつての敵よりなお遠く感じられる。
こんなとき以前の自分なら泣いていたかもしれないが――今の自分からは自嘲じみた苦笑いしか出てこない。
目を閉じ、美優はぽつりと呟いた。
「哀しいね」
そこに犬の鳴き声。
何事だろうとキャノピーを開け見てみれば、隣のKVで犬男が騒いでいた。体中電飾でこんがらがりぶら下がってる。
「たあすけてええ」
美優は、とりあえずそちらに行ってみた。自分の準備はすんだから。
「‥‥相変わらず騒がしいな、犬マンは」
「お知り合いですか?」
「まあ、ちょっとだけな」
レオポール方面から顔を戻し、狭間 久志(
ga9021)に応じる村雨 紫狼(
gc7632)は、彼の持ち込んで来た機体に興味津々だ。
「しっかし物持ちいいんだなあ、あんた。これハヤブサだろ? レアな機体だよな」
そう、ナイトフォーゲルG−43改ハヤブサ:愛称『紫電 −シデン−』は、現在まことに見かけないKV。
これこそまさに銀河重工製1号KV(S−01Gもあるが)。社史の1P目くらいには必ず出てくるだろう代物である。
「いやあ、晴れて私物化した自慢の愛機を見せびらか‥‥ハヤブサの良さを皆に知って貰おうと思ってさ。僕が持ち込まなきゃハヤブサなんて無いだろし、他の誰かとカブる事もないだろ‥‥ってね。でも紫狼さんのはすごいねー。一番目ひくんじゃない?」
向かいに設置している愛機、ナイトフォーゲルGSS−04タマモ:愛称『超魔導合神ブレイブダイバード』に話をふられ、紫狼は得意げである。
「いやなー、ホントは、コロナ改造の玄武型にヴァダーナフ改造の白虎型があってな〜、この二機が間に合ってりゃ4体合体のハイパーKVになってたんだが! しゃーない、2体合体ですら書類申請でえらく手間かかったし。もともと紅蒼で派手だから、デコレートは白色LED一本で行く気なんだ。あんたは?」
「僕は機体の色に準じて青と白に。流れるように点灯させて、疾走感を表そうかと」
久志は思い起こす。この紫電に乗って駆けた大空の広さを。
「ハヤブサは決して最強の兵器ではない。しかし、決して扱いにくい機体でもない。僕のハヤブサは、僕が扱うことによって初めて最強となる。また、そうならねばならない。それが、商品としてのハヤブサが失敗じゃなかったと証明する唯一の道。って事かな。銀河の路線がシコン以前に戻ってくれると嬉しいんだけどなー」
雲の峰を飛び越えて行く感覚を。
「おお、語るねえ」
撃墜され錐揉みしながら落ちて行く敵機や友機の姿、インカム越しに交わした言葉を。
「‥‥実に色々あったね」
相手の言葉に含まれる様々な感情について紫狼は理解する。戦場を巡ってきた傭兵同士として。
「‥‥まあ、まだまだキナ臭い世情もあるけどな〜。広報の『傭兵は世界に概ね好意的に受け入れられてます』なんてどボラを信じるほど、俺もピュアじゃねーんでな」
事実、いくつもの依頼で傭兵自身の意見対立やトラブルを目撃した。
人類でありながら人類を裏切るものもいたし、バグアでありながら人類に傾斜するものもいた。
「俺自身も一時期は戦うこと、そのものに恐怖を感じていたさ。もちろん、今は吹っ切ったが‥‥殺し合いは正直勘弁だ。もう十分戦ったよ」
キャインと鳴き声。
首を振り向けてみればレオポールが地面でへばっている。
電飾をほどくと同時に支えがなくなり落下したものらしい。上で涼しい顔をして眺めている美優に吠えている。
「なんだかなあ‥‥」
言いながら紫狼はそちらへ歩いて行く。手伝いでもしてやろうかという腹のようだ。
なんとなく見送る久志に呼びかけがあった。
「はじまさーん」
旧友、赤宮 リア(
ga9958)だ。
「ああ、リアさん。デコレーションは終わったの?」
「ええ、後はポップを立てるだけ。流石、私の熾天姫はサンタルックにしても美しいですね♪」
彼女の愛機は、ナイトフォーゲルPM−J8改アンジェリカ:愛称「熾天姫 (Rote Seraphim)」。
元々赤いカラーリングであるため、白いモールや金銀の房飾りをつけてのサンタっぽい装飾がよく似合う。夜になれば尚更それらしく見えることだろう。
「お互い、初期の機体で最後まで良く頑張りましたよねぇ。このハヤブサって恐らく、最強最速のハヤブサですよね‥‥宜しければ一度、私にも操縦させて戴けませんか?」」
「いやぁ、コイツは他人にはお勧めしづらいかなぁ‥‥今はリミッターかかってるし、4連ブースターも封印中だしね」
苦笑する久志の視線はどうしてもリアのお腹に向く。この前見たときより、膨らみは大きくなっているようだ。
「まずは無事に子供が生まれてからでないとね。何カ月だったっけ?」
「7カ月ですよ。後もう一息‥‥はじまさんのところはどうなんです?」
「うちはまだ‥‥そもそも仕事の方を先にしっかり探さないとね。彼女に心配かけ続けるわけにもいかないし。そういえば王零さんは‥‥」
名前を口にしたところ、当人漸 王零(
ga2930)が折よくやってきた。
身重の妻が心配であるらしく、駆けよってくるなり抱き着いている。
「あまりあちこち歩き回るなよ。もしもがあったら一大事だからな」
「もう、大袈裟なんですから」
迷惑そうに言いながらリアは、肩に回された夫の手に、自分の手を重ねる。
この夫婦の桁違いな火力はKVに限ったことだけでもなさそうだ。
桃色がかってきた空気にばつが悪くなる久志は、目をそらす意味もあって、王零の愛機ナイトフォーゲルDEX−666ヴァダーナフ:愛称『ダーナヴァサムラータ』とナイトフォーゲルXF−08D改2雷電:愛称『アンラ・マンユ』を見上げた。
彼は今回2機持ち込んでいる。その分飾り付けも大変だと思うが、何とか間に合わせたもようだ。
『ダーナヴァサムラータ』は帽子型の電飾がついていることからサンタ、それに乗られている『アンラ・マンユ』は角の装飾があるところからトナカイをイメージしているのか。
確かめてみると、まさしくそうだった。
「ああ、『ダーナヴァサムラータ』は『魔人型サンタ』、『アンラ・マンユ』は『強襲型トナカイ』ってな。併せて『強襲!! 魔人サンタ』」
やや子供っぽいネーミングを得意げに披露した王零の口から続けて出てきたのは、嘆息だった。
「しかし‥‥まぁ、これからはこういった使い道が増えてくるのかなぁ‥‥こいつらは」
王零だってこういったイベントという形でのKVの使い道というのは、平和的でいいと思う。
反面、激戦に備え強化してきた性能が全く顧みられくなるというのが寂しかった。
慰めるようリアが、彼の頭をなでなでする。
「いいじゃないですか、デコレーションKV。こんな事が出来るなんて、世の中平和になったものです」
「んと、こういう時くらいでないと、あんまり平和活用出来ないしね。たまには戦闘以外で役に立つのも良い事だよ、チャンドラ♪」
ナイトフォーゲルEPW−2400ピュアホワイト:愛称『チャンドラ』に語りかける高槻 ゆな(
gc8404)は、最後の調整を行っている。
あまり使ってないKVを活躍させてやろうと思い立ってのKVナリエ参加。『チャンドラ』は元々が白ベースの機体であるので、青系の電飾を多様し、雪像のようにしてみようとの所存である。
KV装備も全解除してあるので、シルエットもシンプルに決まるはず。
「スノーマンとかに見えるといいなあ」
頭のてっぺんからつま先まで電線が切れたりしてないか再点検。
試しに点灯スイッチを入れ、ついていないところがないかを確認する。
「よし、これでいいね。後は‥‥これ」
仕上げに彼はKVの両手を丸めて上にし、前に出す。大事なものを乗せているかのような表情を作らせ、ランタンを設置。電気ではなく、アンティークなケロシンランタン。暖かいオレンジの色が出るように。
「ふう。これでよし」
日は随分傾いている。後もう少しで点灯だ。
他の人は一体どんなデコレーションをするのだろう。
想像しながら周囲を見回すところ、なんだか変わった展示をしているKVが見えた。
「‥‥あれ?」
興味を引かれたので『チャンドラ』から降り、近づいてみる。
2人の男が電飾を超特急で巻き付けていた。
「おい、犬マン。本当にいいのかこれで」
「いいよ。適当にしててもそんなおかしくないだろ。ピカピカしてりゃそれなりにきれいだよ」
「いや、俺が言いたいのはそういうことじゃなくてだな‥‥」
柵に腰掛けている美優に近づき、ゆなは聞く。
「あのう、ちょっといいでしょうか」
「いいけど、何かしら」
「はい。このKVはどうしてお座りの格好をしているんでしょう」
「そうね、無意識の自己主張ってところじゃないかしら」
レオポールの姿を見て納得。
「‥‥なるほど。我輩は犬であるということですね」
本人聞こえたらしく、大声で否定してくる。
「オレは犬じゃねえよ!」
でも全然説得力がない。
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「おお、こんなところに初期型が! ハヤブサが!」
「銀河重工第一世代の申し子ですな!」
「速度のみを追求したそのストイックなメカニズム‥‥燃えますぞ燃えますぞ!」
(‥‥なんか僕のKVを狙って見に来るのってマニアックな人多いよね‥‥)
大きなカメラを手にぱちぱち写真を撮って行く人々を前に、久志は思う。うちのイベントにも出てくれないかと声かけしてくる人も、いるにはいるのだが、はたしてそれはKVパイロットとしてなのかどうか。
(まだハヤブサは骨董品じゃないんだけど‥‥)
見た目が地味なせいだろう、子供はあまり反応していない。しても、何か間違えている。
「あ、ひこーき」
「うん、ひこーき」
「おじさん、のってもいーい?」
(まあ、関心を持ってもらえるだけいいか)
「はい、どうぞ」
悟って彼はちびっ子を抱き上げ、操縦席に乗せてやる。むろん機器は全てロックし動かないようにしてあるが、雰囲気は味わえるらしく、皆楽しそうだ。席から両親に手を振っている。
その姿に口元を緩めているのは、隣接展示をしているリアと王零。
「メリークリスマス! KVサンタからのプレゼントです♪」
両者サンタルックをし、展示に興味を示してくれた人に特製ケーキを配布するというイベント盛り上げ役を買って出ているのだ。
もうじき子供が生まれる。それを思えばとめどなく、心が浮き立ってくるのだ。
「あの戦いから無事に帰って、こうしてまた一緒にクリスマスを迎える事が出来て‥‥私、とっても幸せです」
「そうだな‥‥バグアとの戦争が終わって、しばらくはのんびりやっていけそうだな‥‥こいつらと一緒にな」
リアを後ろから抱き締め、お腹に当てている手を包み込む王零。
季節柄彼らのサンタデコはよく目に留まり、足を止める人々も多いわけだが、その前でもおそるるものなし。
「来年のクリスマスは、この子も一緒に‥‥ですね♪ 零さんは男の子と女の子、どちらが生まれると思います?」
「ん〜〜? そうだな‥‥まずは男の子かな‥‥色々鍛えるためにも‥‥その次は‥‥」
ゆなは、リア、王零夫妻の熱々ぶりに近寄るのが気恥ずかしくなってそっと通り過ぎる。
(こ、ここはまた後で‥‥邪魔しちゃいけませんし‥‥)
途中で買い込んだ屋台のあつあつ肉まんをほお張りながら、前方の展示に近寄る。
KVそのものも賑やかなデザインだが、それより何より人だかりがすごい。
「うわー、すんげー!」
「へんけーロボだ!」
「あちょー!」
「ごむごむぱーんち!」
「こらー! 上るな! 蹴るな! 柵を越えるな! クッキーやらんぞこのくそ坊ちゃんども!」
ブレイブダイバードには男の子心をくすぐる何かがあるらしい。わんさというほどたかられている。
サンタ姿の警備員紫狼も苦戦中だ。
「犬マン、お前もちゃんと手伝えよ!」
同じくサンタ衣装をしているレオポールは、紫狼の意に添えそうもない状態だった。
こちらも姿が見えないほどたかられている。幼児に。
「わんちゃん」
「わんちゃーん」
「わんわー」
「いでででで! 引っ張るな毛が抜ける毛が抜ける!」
その様にゆなは、孤児院にいる弟妹たちの姿を重ねた。
親代わりである院長の顔などもなつかしく思い出し、ほのぼの。
「そういえば、みんなも今頃、ツリー飾っているのかな」
どうにかこうにか悪ガキ軍団を追い払った紫狼は、乱れた衣装を整え直し、彼を呼ぶ。
「ほら、お前にもクッキー。あるうちに渡しとかねえとな」
「うわあ、ありがとうございます」
「あれ、ここはナビゲーションライトだけか」
「クリスマスカラーだけど、なんだか地味だねえ」
コックピットに乗り込んでいた美優は人が集まってきたのを確認し、エンジンに火を入れた。
肩、腰、背中の補助スラスター「フェザー」を軽く吹かす。
何事かと見守っていた人々は歓声をあげた。舞い散る羽根のような燐光が噴き出したのを見て。
コックピットからでは遠いが、それでも美優には彼らが何を言っているか分かった。こう言っているのだ「きれい」だと。ほかの感想はない。
もちろんなくて当然なのだ。
「綺麗でしょ。哀しいくらいに」
理解していてもやはり、苦笑いしか浮かんでこない。
自分はこれからもこの世界に必要とされるだろうか。
「気持ちを切り替えにきたはずなのにね‥‥」
コックピットを叩く音がした。開ければ、久志。
「こんばんは。ちょっとお知らせに来まして。多分気づいてないかと思ってね」
「‥‥なにかしら」
怪訝に首を傾ける彼女に彼は、暗い空を指さす。
「ほら――きれいだよね」
鼻の頭に冷たいものがふわりと当たった。
ゆなと紫狼とレオポールがそろって夜空を見上げる。
舞い落ちる無数の白い粒。
「わあ、雪ですね」
「おお、本当だなあ。こりゃ冷えるわけだ」
「えー、困ったな。オレの奥さんと子供、これから来るのに。寒くないかな」
「あ、それなら僕がポットセットで温かいミルクティー作りましょうか? ほっこりしますよ」
「え、本当、そんなら頼もうかな」
「素敵‥‥ホワイトクリスマスですね♪」
雪が降ってきたのを見上げたリアの唇に、王零が口づけする。人目もはばからず、情熱的に。
「メリークリスマス。リア。‥‥今はこんな状態だからキスで我慢だね」
一拍置いて今度は彼女がお返しした。彼の首に手を回しながら。
「メリークリスマス、零さん」
美優は正面を見た。
ゆなのチャンドラが立っている。大事に守っている手のひらの明かりを、渡そうとするかのような姿勢で。
彼女は表情を和らげ久志に返した。これまでへの愛惜をふり切って。
「‥‥そうね、きれいね‥‥」