タイトル:アイ、キメラマスター:KINUTA

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/10/24 02:00

●オープニング本文


 そのキメラが自我を持ったのは、とある戦闘により脳の損傷を受けてからである。
 彼はもう人を食べない。というか何も食べない。常に満腹常態なのだ。キメラとして組まれたプログラムは完全に崩壊している。
 当然日々やせ衰えていくのだが、幸いにも本人、それを全く感じない。
 

 ワタシ ノ ナカマ‥‥

 無為に時を過ごすまま周囲を観察してみれば、たくさん生き物がいる。
 しかし自分が近づいていくと皆逃げてしまう。鳴き声も通じない。

 ワタシ ノ ナカマ ハ ドコジャイナ

 キメラは淡い寂しさを覚える。
 それを埋めるものを探すため、毎日あてどなく彷徨する。
 頭の中には常に、ぼんやりした期待というか理想というか、そんなイメージがあった。自分と似た姿で似た鳴き声を持つ群れがどこかにあって、この「ワタシ」を待っているという。



 天高く秋晴れ。紅葉は今が盛り。
 観光客の入りもよい奥山の茶屋にてレオポールは、むさむさ団子を食べていた。家族と共に。
 ただ今彼は休暇のお出かけ中。

「パパ、どうしても滝見に行かないの」

「ヤダ。またサルに囲まれる」

「すぐ近くじゃん」

「ヤダ。キーキー言われて毛を引っ張られる」

 長男レオンとそんな会話を交わしていた所、外が騒がしくなってきた。

「なんだ?」

 サルと観光客が大慌てで逃げていく。
 レオポールは、外に出てみた。そして、巨大な犬と鉢合わせした。
 その顔の大きさたるや縦横2メートル幅。思わず彼は叫んだ。

「ぎゃあああ、キメラ!」

 すると犬はうれしそうに鳴いた――人間の言葉で。

 オオ ワタシ ノ ナカマ

 しばし間を置いてレオポールは首を振った。よく見れば毛もはげちょろに衰え果てた、今にも死にそうな相手に。

「違うよ違うよ?」

 危険が少なそうだと見た息子レオンは距離をとって後ろに回りこみ、報告する。

「パパ、このキメラ、なんか顔だけしかないよ」



●参加者一覧

瓜生 巴(ga5119
20歳・♀・DG
最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
滝沢タキトゥス(gc4659
23歳・♂・GD
楊 雪花(gc7252
17歳・♀・HD
村雨 紫狼(gc7632
27歳・♂・AA
ルーガ・バルハザード(gc8043
28歳・♀・AA
不破 イヅル(gc8346
17歳・♂・DF

●リプレイ本文

 二脚歩行している犬の頭が直立歩行している犬に、非常な親愛の情を示している。大きな垂れ耳をぱたぱたさせて。

 ナカマ ナカマ ナカマ

「いやあの、間違えてるから、オレとお前とだとほら、色々違うと思うから」

 キメラ退治と気負い込んできた不破 イヅル(gc8346)の殺る気スイッチがたちまちOFFとなり、滝沢タキトゥス(gc4659)の目も丸くなる。
 キメラというものはどんなものであれ、戦意と敵意を発散しているもののはず。それがこれには微塵も感じられない。
 後続のルーガ・バルハザード(gc8043)が、不審の声を上げる。

「どうしたのだ、発見したなら始末しないと」

「‥‥いや待て、このキメラいつものとは違うぞ!」

 ルーガは身を乗り出し、敵の様子を確かめた。

「おお、なんというか‥‥」

 眼窩は落ち窪み頬はこけ、目の回りにはヤニがくっつき毛はぱさぱさ。それもところどころ剥げている。

「うーむ、‥‥哀れ、だな」

 座布団のごとき舌で嘗められているレオポールは閉口しているが、実害と言えばそれだけのことで、いっこうに攻撃的行動を取ろうとしない。

「驚いたな、こんな穏やかなキメラは初めて見る‥‥一体どうしてこんな事が?」

「わかんねえけど、失敗作って奴じゃねえか?」

 タキトゥスに軽く答えた村雨 紫狼(gc7632)は「天照」を肩に担ぎ、ひょいひょい場を離れて行く。

「ま、退治しない退治依頼があってもいいじゃないか」

 足元の危ういキメラから寄りかかられているレオポールから、早速苦情が出た。

「おいどこ行くんだよ! キメラだぞキメラ!」

「いや、そーだけどさ。無抵抗の相手をなぶる趣味はないからなあ、俺」

「誰もなぶれとか言ってねえだろ! 支える手伝いしろよ重いんだよこいギャワン」

 とうとう顔の下敷きになるレオポール。
 引き返してきた紫狼はキメラの頭を撫でた。途端にふわあと毛が抜けたのですぐ止めたが。

「心配するな犬公、お・れ・は・み・か・た・だ。で、犬マン。息子のレオン君は俺たちがガードするから安心しろ。カッコいい父親の姿を見せるチャンスだぜ!」

 続けて不要な摩擦を起こさせるまいと、まだ残っている一般客の避難誘導を始める。

「はいはい、そこでちょっと離れてるからと余裕こいちゃって写メとか撮ってる皆さん、こんなのでも一応キメラですからねキメラ。離れて離れてー。最低でも700メートル以上離れてないと、一瞬で頭持ってかれますよー」

 そんな紫狼をイヅルも手伝う。

「‥‥あー、白線の内側までお下がりくださーい‥‥」

 キャンキャン助けを求める犬男に、タキトゥスが歩み寄った。

「あんたに任せるぞ、俺は‥‥こういう相手は得意じゃないんでな」

「オレだって得意じゃねオウオウオウ。重い重いウォンオンオン」

「どうするかはあんた次第だ、どうする事にしても‥‥俺は非難はしない、絶対にだ」

「え、おい、どこ行くのお前。おおい、おーい、ワオーン!」

 茶屋に引っ込んで行く相手に空しく吠え続けるレオポール。
 そこに今度はルーガが。

「いいなアマブル殿、なるべく人気の少ないところに誘導してくれ。私はこれから観光客の退避に専念するから、手は貸してやれん」

 言うだけ言ってあっさり離れて行く彼女の後ろ姿にまた吠える。

「お前ら助ける全然気ねえじゃねえか!」

 次に最上 憐(gb0002)がやってきて、まずは称賛の言葉を述べる。本人にとってうれしくもなんともないが。

「‥‥ん。レオポールは。いつも。キメラとか。良く分からない。モノに。モテモテ」

 それからぐっとサムズアップ。

「‥‥ん。レオポール。仲間の為に。頑張ってね。ヘタレだったら。罰ゲームだよ。この。麗しき。山里。お団子。まんじゅう。栗ご飯。うどんにそばに。山菜料理。後はししナベ。川魚。おいしい。ものを。食べ放題。レオポールの。ツケで」

「ギャウワウワウワウ!」

 けたたましいレオポールの悲鳴に反応したか、キメラが再度鳴いた。

 ナカマ ナカマ ワタシ ノ ナカマ

「‥‥ん。私は。茶屋を護衛‥‥では無く。レオポールの。家族を。護りに。行くよ」

 言うや憐はきびすを返し、一応心配そうであるレオンを茶屋へ誘導していく。

「‥‥ん。レオン。念の為に。茶屋に。避難して。観察しよう」

 ――誰も助けてくれない。思い知ったレオポールが視線を感じ、はっと首を巡らせてみれば、瓜生 巴(ga5119)だった。彼女の目は語る。てっきりビーストマンだと思ってましたがキメラだったのかそういえばいつも覚醒してるなんて変ですもんねあやしいあやしいとは前々から――

「いや違うよ? オレ人間だよ?」

 ――レオポールの見え透いた嘘を聞き流した巴は、憐と一緒に茶屋の露台に腰掛けるレオンへ視線を送った。父親がキメラだったなんてこれからこの子はつらい人生を送るのかしら強く生きるのよと――

「‥‥パパは一応人間のときもあるよ?」

「紛らわしいことを言うなレオン! つーか雪花、さっきから何を勝手にナレーションしてんだよ!」

 巴の横でマイクを握っていた楊 雪花(gc7252)は、心外そうな顔をした。

「エー、かなり正確に代弁したト思うけどナー。どこか違たカ、巴サン?」

「いいえ、今のでバッチリです」

「ならよかたヨ。レオポール、逃げようとするなんて可哀想なコトNGネ。せかく死ぬ間際に仲間に会いに来たんだカラ話してあげなヨー。チキンハートにハ怖いだろうけド」

「仲間じゃねえだろどう見ても‥‥」

 下敷きになったまま唸る犬男の鼻先で、雪花が人差し指を振る。

「ノンノンそんなことないヨ。何かすごい哀れぽくてレオポールと他人とは思えないネ。生き別れ兄弟レベルのシンパシーを感じてこなイ?」

「感じるわけ――ウギャア! ノミが移ってきやがったあああ!」

「そういや動物が死ぬとき寄生虫は自分から宿主替えするんでしたか‥‥ていうかレオポールさん、やっぱりこれと同じ生き物では?」

「違う違う違うったら! 痒い痒い痒い!」

 茶屋の店先で憐が、ずずとお茶をすする。

「‥‥ん。あの。引き付け力は。ある意味。凄い。才能かも」

 そして従業員に言う。

「‥‥ん。安全確保。出来るまで。店から出ないでね。護衛するから。後。団子。沢山。お願い」



 鋭い断崖から白糸と落ちてくる清流の飛沫をあびる紅葉。
 はらはら散る赤や黄色の落ち葉は流れに乗り、かつ苔むした岩に張り付いて、景色に彩を添えている。
 普段は観光客の持ち物を狙ったりする事もある猿たちも、本日は大人しくしている。キメラ出現による動転がまだ醒めやらないらしい。
 しかし子猿たちは好奇心が押さえ切れないのか近寄ってくる。滝を見ながら温泉まんじゅうを食べているタキトゥスに。

「いいですね、どんな動物も見てると自然と心が落ち着く。おっと‥‥餌付けはしちゃだめだったな」

 いつでも逃げられるよう距離を測りつつ観察してくる相手に、彼は軽く手を振った。
 背後から調子のいい口上が聞こえてくる。

「ハイ雪花餐館へ、ようこソいらっしゃいましタ! 女性とお子様にはスイーツをサービス! さァ奥さんもレオンも召し上がレ。傭兵の人もどうゾ」

 雪花が屋台式カフェを開き、行くも帰るも身動き取れない茶屋の客を呼び込んでいるのだ。
 戦争も終わったことであるからこれより益々儲けの道をひた走る所存である、とのこと。

「お客サン、噂の突然変異キメラと犬男による奇跡の友情を見られるのハ、ココしかないことヨ。来来、来来!」

 もれなくキメラを呼び込みの種としているのはご愛嬌。
 カフェの椅子に腰掛けコーヒーをたしなむルーガは、誰にともなく一人ごちる。

「結局は、同種の何かにすがらんと生きてはいけないのか‥‥キメラも、‥‥我々とそのあたりは同じ、イキモノ、か」

 みたらし団子を咥えた紫狼がそこにやってきた。

「よ。キメラ見にいかねえの? レオポールが裏の温泉で洗ってやってるぜ。ノミが出てきてしょうがねえんだってさ」

「‥‥いや、もうすでに、死に際している者に‥‥あえてふるう必要もないさ、私の剣は。だからわざわざ見に行く必要もない‥‥」

「‥‥そか」

 彼には怪物の姿が自分たち傭兵の行く末を暗示しているように思えてならない。
 しばし沈黙した後、その心情を吐露する。

「能力者って、兵器だよな。バグアに対抗できる有効な兵器‥‥兵器は替えがきく。一人二人失っても補充がきく。人々の為、世界の為、あるいは自分の為。どんな理由であれ、俺たちはこれからも利用され便利に使われるだろうな」

 膝に舞い降りてきたモミジの葉をもてあそぶルーガは、視線を合わせないまま聞いている。

「バグアがいない世界になろうと、恐怖を生み出す者はいるさ。そしてただ利用され、やがてどこかでのたれ死ぬまで使われる‥‥便利で強力な兵器として‥‥強化人間たちや、キメラのように」

 台詞が終わったところでようやく首を巡らせ、苦笑混じりに言った。

「それは泣き言か?」

 今度は紫狼が苦笑する。

「いんや、独り言」



「‥‥ん。レオポールが。奮闘中なので。マッタリ。団子を。食べながら。観察しよう。みたらしも。いいけど。餡子もね」

「‥‥頑張れパパさん‥‥応援してるよー‥‥」

「なあ、お前ら手伝ってもいいんだぞ?」

「‥‥ん。私の。柔肌に。ノミとか。ノーサンキュー」

「‥‥俺も虫とか、好きじゃないしー‥‥」

 レオポールは大いに不服だったのだろう。ブルブル体を震わせ、憐とイヅルに湯を跳ね飛ばした。届かなかったけど。
 温泉とは名ばかりな整備もされてない湯だまり。その脇でキメラは泡だらけだ。

「遊んでないで濯ぎしてください、濯ぎ」

「へいへい。しっかし巴、その被りものどうにかなんねえか?」

「仕方ないじゃないですか。土産物屋にはこれしかなかったんですから」

 巴の首から上は今、ビタワン犬となっている。キメラに警戒されないようにという試みだ――それはある程度成功している。ナカマ ナカマとしきりに鳴きかけてくるのだから。
 ついでだと思い彼女は、あれこれ質問してみた。まずはどこから来たのかと。
 だがあいまいな答えしか得られない。

 アッチ カラ キタ アッチ

(どうやら自我を持つ前の記憶はないらしいな。以前には人を襲ってた凶暴なキメラだったのかも知れない。でも、今は死に瀕しているひとつの命‥‥)

 出来れば助けたいところだ。とはいえ施設に運んでも、キメラが治療なぞしてもらえるはずもなく。
 せめてとまんじゅうを口に入れてやったがお義理に噛んで、プイと吐き出してしまった――その際歯が1本折れ一緒になって出てきた――食べる意志もだが、能力も残ってないのだ。

「ほーれ、濯ぎだ濯ぎ‥‥」

 レオポールがバケツに湯を組み、座り込んでいるキメラの上からかける。

「おうわっ!?」

 一同絶句する。
 湯と一緒にキメラの体毛が、ごそっと全部抜けてしまったのだ。はげちょろを越えて完全なはげ。
 レオポールは悲しげにくんくん鳴いた。ひどく哀れになってきたらしい。

「切ないなあ、お前、それは切ないなあ」

 そこに雪花が様子を見に来た。

「レオポール、ぞぬの具合はどうだネ? ――アイヤー‥‥これはまた‥‥」

 彼女も悟る。もうこれでこのキメラはおしまいなのだと。
 であれば、まだ息のあるうちに聞くだけ聞いておきたい。ぼんやり目をくすませている相手に。

「あなたのお名前なんてーノ?」

 ワタ シ

「レオポールを仲間と思た理由ハ?」

 ナ カマ ナカマ

「最期に仲間に会えて嬉しイ?」

 イタ イタ ウレシ イ ウレ シ

「よかたら犬用ジャーキー食べル?」

  イ

 身震いひとつし長い長いため息をついて――それっきり。
 イチョウの葉がひらひら落ちてきて、キメラの体に張り付く。
 巴はそれを払いのけてやった。

「私たちはキメラの生理を、もっと知る必要がありそうですね。謎が多すぎる」

 そして空に視線を移す。

「‥‥ん。何。見てるの?」

「雲を見ているんです――まあ、そもそもなんで私がここにいたのかが最大の謎ですけど」

 雲なぞ出ていない。透き通った秋晴れだ。
 知りつつ憐は彼女に持ちかける。

「‥‥ん。双眼鏡。使う?」



 ULT回収班がキメラの体をトラックに乗せ固定しているのを、タキトゥスとレオポール、雪花と巴が眺める。

「あれでよかったんですよ、あのキメラにとってあなたは、最期に逢えた仲間なんですから‥‥決して間違いではないはずです」
「そうかなあ‥‥」

「ココを名所にできないかナー。最後のキメラ終焉のとカ、自我を持ったキメラが現れた場所とカ、色々吹聴もといアピールしてだネ。そういう風に覚えられてるキメラが1匹位居ても良いと思うんだよネ。何もかも最低の戦争だたけド、それぐらいはサ‥‥なーんテ! ワタシの柄じゃないけどネ」

「‥‥確かに卒塔婆の1つ立ててやるくらいなら、してもいいでしょうね。手間も時間もかからないし」



 警戒線が解かれ戻ってきた観光客に混じり、ルーガと紫狼は買い物を行う。

「うーむ、どうせならあいつも連れてきてやればよかったな。とりあえず‥‥甘い物でも与えていくか。この温泉へそ饅頭を2箱頼む――おや、お前も買い物か?」

「へへ、いや、オレも連れてきたらよかったなって子いますんで」



 のんびり奥山の景色を楽しんでいるのは、イヅルと憐だ。

「あー‥‥落ち着くなー‥‥山里ー‥‥でさー、そんなに食べてパンクしないのー‥‥?」

「‥‥ん。まだまだ。全然。饅頭80。お団子90。栗釜飯10。秋茸釜飯10。程度では。小腹を。満たす。程度。もみじ大福。うまうま」



 荷台にブルーシートをかけトラックは動き出す。細道を降りて行く。
 燃え盛る秋の下を潜って。