タイトル:屋上劇場マスター:KINUTA

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 2 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/10/18 00:55

●オープニング本文



 秋も深まるこのごろの、冷たさを感じさせる風が、かさこそゴミを追い立て通り過ぎていく。
 デパート屋上の会場にはたくさん椅子があるのだが、嘘だろうと思うほど人がおらず、怖いほど空虚だった。
 仕立てられたステージでは子供向けの戦隊ショーがされているが、まともに見ている子供など数えるほどもいなかった。
 彼らはつまんないとわめき、おしっこいきたいと叫び、お腹減ったと泣き出す。椅子の上でぐにゃぐにゃするかと思えば、床の上で転げまわる。そして大人しくさせようと連れてきている母親をヒステリックに怒らせ舞台の声をかき消させる。
 痛々しすぎて目を背けたくなる光景だ。
 理由は分かっている。素直にこのショーの元番組である『江戸前戦隊スシレンジャー』の人気がないからだ。
 それが証拠にこの10月、1クールで打ち切りになる――恐らく頭だけ寿司ネタのヒーローたちが戦うという設定が斬新過ぎたためだろう。
 出演者はラスボス役の『バーガー大王』含めて頑張っているのだが、白けてくるばかりの空気を前に心が折れかけてきているのは明白だ。
 もう見ていられない。
 様々な理由で場に来てしまった傭兵たちは心を一つに、せめて最後の一花を咲かせてやる手伝いをせんと、飛び入り参加してやるとした。

 どうせ今日は暇だし。

●参加者一覧

/ ルーガ・バルハザード(gc8043) / エルレーン(gc8086

●リプレイ本文

 ルーガ・バルハザード(gc8043)とエルレーン(gc8086)は、揃ってデパートにやってきていた。
 何を買いに来たかというと、下着。彼女らにとってそれは戦闘に欠かすべからざる装備、そして消耗品だ。
 特にルーガはF級のバスト。激しい動きに負けずしかと支えガードし更にデザインもよろしいという代物となると、そうそう手軽に見つかるものではない。

「ふむ‥‥サイズはこれでいいとして、後は色か。白か黒か‥‥どちらにしたものかな‥‥」

「どっちも似合いますの。セクシーですの、ルーガ。ついでだから私も一枚新調しようかな‥‥」

 花柄や水玉、ボーダー、レース。さまざまバリェーションのあるブラを物色している女弟子の姿を見るにつけルーガは、自分の胸も標準サイズであればよかったかも知れないなど思ってしまう。なにしろこのサイズになってくると、過度にセクシー系だったり、逆に野暮ったいオバサン系だったりというものが多いように感じるので。

「大きいのも善し悪しだな‥‥」

「何か言った、ルーガ?」

「いや、何でもない。とりあえず両方買っていくとしよう。エルレーン、お前も決まったか?」

「はあい、決まったよう。このねえ、バーミュナス星人のキャラクターが入ってる奴にする。かわいいんだー♪」

「‥‥そんなものが出てるのか‥‥」

 どこの誰だか知らないがバグアをだしに商売するとは、いい根性をしている。著作権云々言ってくるはずもない相手だから構わないのだろうが。

「さて、と‥‥」

 ふと店内の時計を見れば、ちょうど昼下がり。

「意外と時間がかかったな。ついでに何か食べて帰るか、エルレーン」

「わあい、そうしましょそうしましょ。ちょうど小腹がすいていたところだったのぉ」

 かくして両者屋上にあるカフェに向かうこととした。
 そしてエレベーターの扉を空けた途端、特設会場が目に入ってくる。
 舞台の上で寿司ネタを頭に乗せた何物かが、ハンバーガーを筆頭とした被りものと戦っている模様‥‥

「おかあさーん、これつまんなーい」

「かえるう、かえるう」

「おなかへったああ」

「つまんなくても黙って見ときっ! お母さんは電話中なの!」

「もううるさい! 何度も同じこと言わない!」

「あっこら、座ってなさいって言ったでしょ!」

 ‥‥観客と演技者の間に透き間風どころか寒風吹きっさらしだ。
 スベった芸人のごときいたたまれなさを全身で感じているのだろう、役者は完全に萎縮し動きもたどたどしくなっている。横転しようとし失敗したり、回し蹴りをした勢いでこけたり。
 敵役も攻撃のタイミングを度忘れしてしまったか、変なところで飛び出しあわてて引っ込んだりしている。おまけに台詞も噛みまくる。
 そのたび観客に向かい照れた仕草をしているのだが、それすらこれまたスルーされているのが痛々しい。
 ルーガは騎士道精神にのっとり思う。皆少しは反応してやれと。

「こ、これは、なんといたたまれない‥‥!」

 エルレーンも、空気にされている役者一同が気の毒に感じられてならない。

「ありゃりゃ‥‥なんだか、かぁいそうなの」

 このままでは彼らが二度と舞台に立てない体になってしまうかも知れない。みすみす見過ごしてしまうなど、世界を守る能力者としての名にもとるではないか――という意志をアイコンタクトで交わした2人は、有無を言わさず舞台裏に突入する。

「いいなエルレーン、お前は正義側、私は敵側に! 派手なアクションで子どもたちを喜ばせるぞッ!」

「私、じゃあ‥‥せいぎの側だね! わかったよ! ルーガ、頑張ろうね!」

 無気力な表情でいた舞台監督は闖入に驚き、彼女らの素性を問いただした。

「な、なんだねキミたちは」

「なに、名乗るほどのものではない。我々はそう‥‥通りすがりの異邦人だ。あまりの惨状を見かね、飛び入り参加させてもらうことにした。衣装はどこかな?」

「安心してください、必ずや私たちがお客さんの心を取り戻してみせますッ!」

 なにがなんだか分からないが、もうすでにグダグダなのだ。ここで違うキャラクターを突っ込んだところで失うものなどなにもない。
 開き直った監督は彼女らにすんなり参加許可を出し、余っていた貸衣装を与えた。
 ルーガにはフライドチキン――通称チキンレディ――の着ぐるみ。

「む。なかなか造形がリアルだな‥‥」

 エルレーンには、エビが頭についたヒーロー衣装。

「はあ、なるほど、これは『エビピンク』さんですか。あ、被ると尻尾が背中まで」

 とにもかくにも準備万端。
 めいめい舞台の袖から、左右に別れて躍り出る。

「大王、もうご安心を! このチキンレディがメタボ帝国の栄光を見せつけてやりましょうぞ!」

 バーガー大王役の役者は、目が点になっていた。予定外の人員が突然組み込まれてきたのだから無理もない。
 とはいえすっかり芝居に自信喪失していたこともあり、最初からもしかしてそういう筋だったのかもしれないと思い返す。
「え‥‥ん、あ、そう、そうか! 頼むぞ我が腹心のチキンレディ!」

 それは寿司レンジャーにしても同様だ。

「とうっ! エビピンク、参上なのッ!」

 キメのポーズを適当に真似っこし飛び込んで来たエルレーンを怪しむものなど一人もいない。

「たんぱくしつほうふでとってもへるしー、なのッ! それがわしょくのいいところ、なのッ! あめりかんないずなふぁすとふーどになんかまけませんッ!」

 勇ましくビシっと指を指すエルレーンに、巨大フライドチキンもといルーガは余裕の笑みで返した。

「お前達はいつもそうだ。ヘルシーヘルシーと鬼の首を取ったように‥‥裏を返せばそれしか売りどころがないということではないか?」

「くぬっ‥‥な、なにをいうですか! そんなことはないのです! わたしたちはそざいのあじをいかしたおーがにっくなたべものなのです! ふらいどちきんやふらいどぽてとやどーなつみたいに、やたらとあぶらをつかわないからえこなのです! あなたがたはいつもそのはんぱないかろりーでにんげんをだらくさせるですよ!」

「負け惜しみだな‥‥今日こそはっきり言ってやる。低カロリーだのオーガニックだのぬかす食べ物はな、十中八九マズイんだよ! うまいものは皆、肉と脂肪と炭水化物、糖分塩分科学調味料で出来ているんだ! そして私も、ふふん、脂肪分たっぷりだぞッ!」

 白熱する口論に、観客も注意を引かれ出した。椅子に寝転がっていた子供も起き上がり、前を見る。
 それらを横目にルーガは、舞台の中だけに聞こえる声量で忠告する。寿司レンジャーの他メンバーに。

「‥‥いいか、無理にかかってくるなよ! 死ぬぞ!」

 エルレーンも同じように注意を促す。バーガー大王とその部下たちに向けて。

「私、いがいと強いんだよぉ‥‥うまくよけてよねぇ!」

 かくして、いよいよ対決に。

「かってなことばかりいうなですよ、この、めたぼのあくまめ! きょうこそせいばいしてやるのです! かろりーめいっぱいのあげものさんには負けない、のぉ!」

「ほほう、面白い。さあっ、やるぞエル‥‥じゃない、エビピンク!」

 次の瞬間組み手が始まった。お互い相手の拳を受けつつ返す。息もつかせぬロー、及びハイキック。
 極力セーブしているとはいえ、数々の実践をくぐり抜けて来た傭兵であり能力者。常人には目で追うことすら難しい高速の動きだ。

「しかしなんだ、この被り物‥‥意外と重い、な! 重心が取りづらい‥‥」

「うう、エビの尻尾がかなり邪魔‥‥」

 ただのひと蹴りで宙高く飛び上がり打ち合い空中回転して降りてくる。
 注意されなくても共演者は近づけない。
 ルーガは着地した直後またバク転をし、観客席に降り立った。マイクを手に、言う。

「どうだ! スシよりハンバーガーが好きな子どもはいないかッ!」

 無情にもけっこうな数の手が挙がる。

「はーい、ぼくすき」

「わたしも」

「おすしだとおかあさんあんまりたべさせてくんないし」

 勝ち誇りながらルーガは再度舞台に戻ってくる。意志表明した子供たちを引き連れて。

「ふははは! 見るがいい寿司レンジャー、これが現実というものだ!」

 エルレーンはがくりと膝をつき、観客席に訴える。大きく手を差し伸べて。

「はううっ‥‥よ、よいこのみんなー! みんなのおすし愛を、私たちにちょっとわけてえぇ!!」

 幸い、こちらにも手が挙がった。

「おれ、おすしすきー」

「がんばれえびー」

「おすしたべたいー」

 声援を胸にエビピンクは立ち上がった。走りだした。

「ありがとう、ありがとうみんな! みんなのおすし愛で、おうごんのみぎてをまっかにもやすのですよ!」

「何、小癪な‥‥やれるものならやってみるがいい!」

 子供たちを下に戻したチキンレディーが、彼女目がけて走りだす。
 舞台の中央で交わされるクロスカウンター。
 拳が当たる瞬間両者は、後ろに向けて飛び下がった。観客の側からは、お互いの衝撃で舞台の左右に吹っ飛ばされたように見える。
 いつの間にやらかぶりつきになっていた親たちも、わあっと歓声をあげる。
 背を押されるように、本来の役者たちも生気を取り戻した。

「おのれ、チキンレディーの仇!」

「エビピンクの仇!」

 後は本来の筋を進めるだけ――。



「えへへ‥‥なかなか面白かったねぇ、ルーガ?」

 楽しげなエルレーン。
 ルーガも楽しげに答える。今出て来たデパートの屋上を見上げながら。

「ふん、そうだな。舞台というのもなかなか面白いものだな」

「子どもたち、よろこんでくれたかなぁ?」

「それはもちろんだろう。以降の食い付きがまるで違ったじゃないか。ま、柄でもないことだったが」

 2人紙袋をさげて、昼下がりの街を歩いて行く。

「また何かやれればいいな? なあ、エルレーン」

「ね、またいっしょにやろうね! ねっ!――あ‥‥私たち、結局何も食べてないね」

「おお、そういえば。仕方ない、回転寿司に行くか? ついでだから」

「わっ、だいさんせーい!」

 今日は、まことにいい休日。