タイトル:赤ん坊と犬マスター:KINUTA

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/10/12 03:54

●オープニング本文



 レオポール、走る、走る。
 後ろから唸り声をあげて追いかけてきているのは、サーベルタイガー型キメラの群れ。
 周辺は砲撃等でぼろぼろになった村落。
 この村は先日バグア兵の残党による襲撃を受けた。
 住民たちは命からがら脱出し、近在の駐留軍のもとまで助けを求めにきた。現在全員そこに保護されている。
 食料や金を奪った後バグア兵らは逃走した。足止めとしてキメラを残して。
 彼らの行方は現在軍が追っているので、傭兵はキメラ退治に専念すればよい‥‥という話だった。
 しかし現場についた矢先、レオポールはキメラ退治以外に専念しなければならなさそうなものを見つけてしまった。
 それは。

 ふぎゃあ‥‥ふぎゃあ‥‥

 赤ん坊である。
 とある崩れかけた家の中で泣いているのを、見つけてしまったのだ。
 親の姿はどこにもない。
 逃げ遅れて犠牲になった人の遺体も外に散見されはするのだが、この子の親なのかどうなのか判るはずもなく。
 一日ほって置かれたため赤ん坊は、かなり弱っている。
 レオポールはそこらにあったシーツを裂いて不恰好な新しい布おむつを作り、汚れたのを履き替えさせ、水筒から水を飲ませてやった。
 その矢先キメラから嗅ぎ付けられ、この逃走とあいなったのだ。

「おい、泣くな泣くな」

 急ごしらえのおんぶ紐で背中にくくりつけた赤ん坊に話しかけながらレオポールは、仲間のもとに駆け戻る。こんな状態ではとてもじゃないが、まともに戦えそうもないからだ――赤ん坊がいなかったとしても、最初からビビリ気味ではあったのだが。

「おおい、おおい、皆こっちの応援来てくれ!」



●参加者一覧

秘色(ga8202
28歳・♀・AA
最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
ルノア・アラバスター(gb5133
14歳・♀・JG
エドワード・マイヤーズ(gc5162
28歳・♂・GD
モココ・J・アルビス(gc7076
18歳・♀・PN
楊 雪花(gc7252
17歳・♀・HD
村雨 紫狼(gc7632
27歳・♂・AA

●リプレイ本文

 壁の弾痕。割れ砕けた窓ガラス。焼けすぼった匂い。無造作に転がっている死体。
 略奪跡も生々しい村に足を踏み入れたモココ(gc7076)は、少なからぬ衝撃を受けた。

「こんな‥‥酷い‥‥もうここでの戦いは終わったはずなのに‥‥」

 色んな決戦が終わって少しは平和にした気でいたのに、目にするのは前とまるで変わらない光景。
 自分一人で出来ることがどんなに少ないか――思い知らされたモココは、唇を噛む。

「私は‥‥今まで何をしてきたんだろう‥‥」

 楊 雪花(gc7252)が彼女の肩を叩く。

「気を落とさないネ、モココサン。ワタシ達の働きによりバグアが追い詰めらレ、結果傘下の組織が補給を断たレ、一般集落を襲うまでニ衰退してきているんだト、前向きに解釈することヨ」

 ものは言いよう。
 そんな諺を思い浮かべるルノア・アラバスター(gb5133)は、足元を見る。
 幾重にも交錯するタイヤ痕。重車両が村の通りを突っ切った名残だ。

「下手に、攻められるより、こういうのが、一番面倒そう、かな‥‥」

 バグア兵はどこにもいない。長居は無用とばかりアジトにでも逃げ帰ったようだ。

(まぁ今回はキメラだけに集中をしていればいいか‥‥バグアの残党自体については、この地の治安部隊に任せるしかないし‥‥)

 「ケルベロス」のトリガーに指をかけ、遮蔽物づたいに移動していく。
 そこにウオウオ騒がしい遠吠え。どう聞いてもキメラのものではない。

「おおい、おおい、たあすけてえ、来てくれええええ!」

「‥‥問題発生、かな、レオポールさん」

「間違いなくネ。自他とも認めるキメラホイホイだからナー、レオポール」

 声がした方角に向かうと同時に、目を見張るばかりの速さで当人が走り込んできた。
 村雨 紫狼(gc7632)はまず聞いた。いやでも目につく彼の背中の異物について。

「おい、この赤ん坊はどーしたんだ、犬マン!」

「ワンワンワンウオー! ウオーン!」

「すまん、全っ然わかんねー!」

「なんでだワン!」

 最上 憐(gb0002)は、むうと腕を組む。疑わしげに。

「‥‥ん。赤ん坊。レオポールの。子? 浮気? 隠し子?」

「オー、レオポールにそんな甲斐性があたとはネ。これはさそくお舅サマに報告ダナ」

 雪花の合いの手で、犬の毛がたちまち膨らむ。

「止めて止めて止めて! 違うから! 空き家でほったらかされてるの拾っただけだから!」

 エドワード・マイヤーズ(gc5162)は急ぎ止めてある車両まで引き返し、乗り込む。

「憐嬢、雪花嬢、レオポール君をからかってるひまはなさそうですよ。敵のお出ましです」

 彼が言う通り、レオポールを追跡してきたサーベルタイガーの1匹が、家陰から顔を出してきた。すぐに近づいてこない。もう1匹後続が追いついてきたところで歩を進めてくる。身を低くしながら。
 モココが「ターミネーター」による牽制を始める。銃弾が未舗装の道をえぐり、砂ぼこりを巻き上げた。

「これ以上、命を狩らさせはしないよ?」

 ルノアは背後に視線を走らせる。気配を感じて。
 いつのまにか同じものが3匹、回り込んできている。

「‥‥挟み撃ちを、するつもりの、ようですね」

 秘色(ga8202)がふふんと鼻を鳴らす。

「なるほどのう‥‥きゃつら全くの馬鹿でもなさそうじゃ」

 それからレオポールに顔を向けた。

「背負うよりも抱きかかえた方が良いじゃろう。唸り声や銃声に怯えぬよう、耳を塞いでやるとよかろうて」

「お、おう」

 レオポールはそのようにしてやる。
 赤ん坊はぐずるのを中断した。安心感が増したからなのか、コリーの顔が間近に来て興味をそそられたからなのか、そこは分からない。

「レオポール、よくぞ見つけ出して来たのう。運の良い赤子じゃ。キメラはわしらが引き受ける故、おぬしは赤子を頼むぞえ」

 言って秘色は、すらりと「月詠」を抜き放つ。

「さて、始めようかの」

 エドワードがチェンジレバーに手をかける。

「ではマダム、僕が後ろのを引きはがしますよ」

 次の瞬間ジーザリオは猛スピードでバックした。

「こっちだよ。来たまえっ!」

 隠れていたサーベルタイガーたちは不意の動きに飛び下がり、後を追い始める。3匹が3匹とも、魅入られたように。
 モココがそれを追撃しにかかる。
 紫狼はエマージェンシーセット、及び偶然持ち合わせてきた食料をレオポールに投げよこした。

「っしゃ! 地球の命運も大事だけど、さすがに赤ん坊見捨ててちゃ意味ねーからな。犬マンこれ使え!」



 3匹が場を離れたと同時に正面にいた2匹が動いた。モココがエドワード側に回り、威嚇射撃が一時中断されたからである。
 重量感のある足音を響かせ彼らは、左右に分かれ襲いかかってくる。
 憐は右を目標と定め迎え撃つ。「ハーメルン」が狙うのは脚部だ。まず機動力から殺しておきたい。
 刃先が前足の肉を一直線に掠める。
 赤い筋が走った。サーベルタイガーは一旦飛び下がり、可能な限り身を低くしてから跳躍する。
 憐はそれを横っ跳びに避け、相手が着地の体勢から再機動するまでの隙にもう一度足を狙った。
 左前足が鮮血に染まった。苛立たしげな咆哮が轟きわたる。

「ひゃああ、くわばらくわばら」

 レオポールは赤ん坊を防寒シートでくるみ、耳を塞いでやっている。だがどうしても、全く聞こえないというわけにはいかないものだ。緊迫した空気も伝わってくるのだろう、再び泣き出す。
 秘色が声を上げた。

「レオポ−ル、子守歌でも歌えばいいやもしれぬぞ! おっと!」

 彼女はサーベルタイガーが飛びかかってくるごと、「月詠」で弾きいなしていた。
 牙を防ぎ肩透かしを食わす際、刃をひねり切り込みを入れる。
 サーベルタイガーの唇、脇腹、顔等にはすでに無数の傷がついていた。
 「ティルフィング」で共闘している雪花は惜しそうな顔で、ぶつぶつ零している。

「アー、勿体ないネ。サーベルタイガーの毛皮尾頭付きとカ、好事家にはかなりの高値がつきそうなんだけどナー」

「言うことがブレんのう、おぬしも」

 ルノアは「ケルベロス」で、憐を援護している。射線に気をつけつつ狙うのは、やはり脚部。
 サーベルタイガーが逃げ腰になってきた。憐の側も、秘色の側も。

 動物の常として最も弱そうに見える獲物――この場合赤ん坊とレオポールということになる――を狙っているのだが、憐、秘色だけならともかくとしてルノア、雪花。

「っとお、こっちに来ちゃいかんぜ!」

 更にこの紫狼まで壁があっては、まるで突破出来ない。おまけに仲間の3匹とも、持ち場を離れたまま。

「おおよしよし。ほらほら、ねんねんころりねんころり、みったんゼリー食うか、ゼリー。いやそれよりフルーツ牛乳の方がいいか」

 先に逃走を図ったのは、秘色側のサーベルタイガー。
 くるりと身をひるがえした所へ、彼女は更なる斬撃を加える。

「遠慮するでない。まだ相手してやるぞえ?」

 背を血で濡らすサーベルタイガーは相手をどうにか引きはがそうと牙をむき――そのままの形相で固まった。喉を「月詠」から深々貫かれて。
 それを見た憐側のサーベルタイガーが断然怖じけづいた。正面を向いたまましりしり後退し、脇道に飛び込もうとする。
 だが手遅れだ。

「憐サン、頭は無傷で残して欲しいネ! ソコだけでも剥製にして売るからサ!」

「‥‥ん。難しい。注文」

 背後から跳躍してきた憐によって、うなじから切り落とされる。
 そこにエドワードからの無線が。

「そっちは仕留めたかね? だったら早くこっちに来てくれないかな? 今にも目が回りそうだよ」

 紫狼が答える。

「おう! 残りは今どこにいるんだ!」

「広場だよ。ルノア嬢が入手した地図通り、村の中央」

「よっしゃあ分かった、あと3匹!」



 ペイント弾で顔中蛍光色に染めたサーベルタイガーの尻に、モココの「蛍火」がぶちこまれる。
 飛び上がるような動きを見せた後、勢い余って転がる。

「あははっ! この程度で死なないでよねっ♪」

 哄笑を浴びせかける相手に、へっぴり腰で起き上がったサーベルタイガーが挑みかかる。
 攻撃をかわしたモココは武器を「ターミネーター」に取り替え、足を狙った。
 だがそのまま止めをさすとはいかない。残りの2匹が連携し背後から飛びかかってきたのだ。全長2〜2.5メートルにもなる筋肉の塊にのしかかられ、モココは地に押し付けられた。
 彼らは真っすぐ頭部を狙ってくる。
 咄嗟に彼女は「ターミネーター」の銃身を牙への盾にした。
 しかし防げるのは1匹だけ。

「無茶ですよ、モココ嬢!」

 エドワードが車から飛び降りる。
 モココの額目がけ前足を振り下ろそうとした1匹が、「ミスティックT」によって弾かれた。
 続けてモココの上にいるサーベルタイガーの肩に「雲隠」が押し込まれる。
 弱まった力をはねのけ、モココが起き上がる。「蛍火」に持ち替え、怯んだ足を狙って突く。
 そのときには仲間が現場に駆けつけていた。真っ先に逃亡を図ろうとする個体――先程尻に深手を負った個体目がけ、秘色の「S−01」が追いすがる。

「逃れられると思うてか?」

 足を折ってへたりこんだ所に、紫狼が躍りかかる。

「いくぜ超獣装! 紅蓮騎士、ブラスターゼオン!!」

 喉の動脈が「天照」によって切断される。
 残りは2匹。
 そのうち1匹はルノアが「ライトピラー」で足止め。

「こんにちは、そして‥‥」

 続けて口内から銃弾を撃ち込む。後頭部に穴があき中身が噴出する。

「‥‥さようなら」

 もう片方はすでにモココが息の根を止めていた。
 だが彼女はまだ戦っている。呪わしい「敵」というイメージに向けて。
 生暖かさの残る体を刃が裂く。ぬらぬらした血は屍ばかりか彼女の手も顔も濡らす。

「お前たちみたいなのがいるからぁぁあああっ!!」

 赤ん坊を抱っこし追いついてきたレオポールは、彼女の激高振りに驚き、ワンと鳴いてしまった。

「おいモココ、落ち着け落ち着け。どうした」

 おろおろしながら彼は言う。

「お前もゼリー食うか? ゼリー」

 我に返ったモココは自分の手を見下ろし、たちまちおどおどした表情になった。
 首を振り、聞こえないような小声で呟く。遠くを見て。

「‥‥いつか‥‥全部終わる日が来るのかな‥‥」



 赤ん坊を見つけた家に戻ってみたが、確保出来たのは布おむつと多少の衣料のみ。食料と名のつくものと共に粉ミルクも持ち去られていた。

「全く嘆かわしいのう、赤子の食べ物を盗むなど‥‥どいつもこいつも畳の上では死ねんと思え!」

 憤慨しながら秘色は濡らした滅菌綿でお尻を綺麗に拭き、新しいおむつをはかせてやり、服で改めてくるんでやる。寒くないように。
 気持ちいいのか赤ん坊は、ふやふや笑った。

「よしよし、いい子じゃな」

 しかしフルーツ牛乳とゼリーだけではあまりお腹にたまっていない模様で、またぐずつきだす。
 なだめるため胸に抱き揺すってやると、乳房をつかみ吸い付くような仕草をしてきた。

「‥‥懐かしいのう」

 わが子の幼かった頃を思い出し口元を緩ませた彼女は、空き家の外へ出た。

「おーい、おもゆは出来とるか」

「ええ、もう丁度いいと思いますよ」

「いい、塩梅に、冷めている、かと」

 そこではエドワードとルノアがアルコールストーブの上にナベをかけおにぎりを煮込み、乳児用の流動食を作っている。

「足りなければ、レーションのカーシャとコーンポタージュもありますのでね」

 秘色はさじでそれを掬い舌に乗せ、温度を確かめる。

「うん‥‥このくらいならよいじゃろう。さ、ご飯じゃぞ。リンゴジュースもあるでな。たんとおあがり」

 場には他のメンバーもいて、興味津々子供を見ている。
 しかしモココだけ距離を取ったままだ。キメラを倒した後、散らばっていた遺体を回収しやすいよう一カ所に集めてからこっち、ずっと元気がない。
 レオポールはそんな彼女に手招きする。

「よう、お前も赤ん坊触ってみろよ。かわいいぞ」

「‥‥いい‥‥手が汚れてるから‥‥」

「変な事言うなあ。お前さっきそこの水道で洗ってただろ。なあ?」

 同意を求められた紫狼が目をぱちくりさせ、苦笑した。

「そうだな、確かに。触ってみたらいいさ。憐たん、モココちゃん、ルノアちゃんもいい勉強になると思うぜ‥‥少なくとも、命の奪い合いの知識よりは遙かに尊いと思うよ、俺は」

 秘色から分けてもらったおにぎりを食べる憐は、レオポールに、労いの言葉をかける

「‥‥ん。今回は。珍しく。頑張ってたね。いつも。この調子なら。良いのにね。お茶。入れて。ちょうだい」

 せっせとサーベルタイガーの皮を剥ぐ雪花も、また。

「全くヨ。珍しく役立てたヨ、レオポール。ついでに頭蓋骨の肉剥ぎして欲しいナ」

「‥‥お前らオレを使いたいだけじゃないだろな」

 不審そうでありながらレオポールの尻尾は、ぱぱぱと揺れていた。ほめられると嬉しい単純な男なのだ。
 彼に押されるまま赤ん坊に近づいたモココは、恐る恐る指を延ばす。
 小さな手がしかとそれを握った。
 温もりと力強さに、彼女は思わず息を飲む。笑うような泣くような、なんともいえない表情で――。