タイトル:いしずえマスター:KINUTA

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/10/03 00:04

●オープニング本文




 そこは変わり映えしない無数の戦場の1つ。
 野戦病院。
 今しも1人の兵士が息を引き取ろうとしている。
 見取っているのはミーチャ。
 血の滲んだミイラとなっている相手の口に耳を近づけ、言葉を聞いている。

「‥‥バグアが来てから‥‥何年になりますかね」

「そうだな‥‥もう22年になるか」

 ずしんと地面が揺れた。
 兵士の胸に置いてやっていた十字架が滑り落ちたので、ミーチャは拾い、再度乗せてやる。

「‥‥私が生まれたときには、もういましたからね‥‥戦いは勝っているんでしょうか‥‥」

 テントの外はしのつく雨。
 普段乾燥している荒れ地は大量の雨を吸い込まず地表に流す。
 一面泥のスープのようだ。

「そういう話だ。バグア本星まで部隊が行ってるそうだ」

 空は真っ暗で、とても昼とは思えない。雷が天を走る。

「‥‥空から赤い星がなくなるんですか‥‥なんだか‥‥想像付かないなあ‥‥なくなったらなくなったで‥‥寂しい気持ちになるかも知れませんね‥‥私たちには‥‥あって‥‥当然なものでしたから‥‥」

 蠢いているのは全身泥にまみれた裸体。人間の形だけを真似した化け物。

「すぐ慣れるさ。人間なんでも慣れだ」

 腕だけで這いずり回っている。不自然に足が小さくて立てないのだ。

「‥‥そう‥‥ですか‥‥ねえドク‥‥もし平和になって‥‥百年くらいたったら‥‥忘れられてしまうんでしょうね‥‥私たちのような‥‥つまらない‥‥小さな戦いで‥‥死んだ人間のことは‥‥」

 周囲には巨体に潰された兵士たちの体が散らばっている。

「‥‥安心しろ。誰もが皆忘れても、神様だけは覚えててくれるさ」

 巨人は表情とも呼べない歪みを顔一杯にたたえていた。
 目を剥き出し、食いしばっていた口を開く。迫ってくる傭兵たちを前にしてあははあははと笑う。

「‥‥おい」

 ミーチャは返事のない兵士に呼びかけ、すでに息を引き取ったことを知る。
 十字を切り彼はベッドから離れ、生存者の治療に向かう。

●参加者一覧

旭(ga6764
26歳・♂・AA
アンジェラ・D.S.(gb3967
39歳・♀・JG
宵藍(gb4961
16歳・♂・AA
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
ハンフリー(gc3092
23歳・♂・ER
エレナ・ミッシェル(gc7490
12歳・♀・JG

●リプレイ本文

 土砂降りの雨。雷鳴が轟き、一瞬空が明るくなる。
 小さい頭を埋もれさせるほど盛り上がった肩。鋼のような胸板。それを支えるのが不可能なほど虚弱な下肢は、尻の横へ突き出ている。

 えへえへえへあはあはあは

 周辺は巨人の移動によって土がえぐられ、ぼこぼこになっている。
 宵藍(gb4961)は無数の兵士がその下に混ぜこまれていることを思いやった。

「何故、こんな変なキメラを作ったのだろうな‥‥」

 エレナ・ミッシェル(gc7490)が、彼のしかめ面に笑う。

「何言ってるの宵藍さん。そんなの決まってるじゃない、人間を殺すためだよ」

「いやまあ、そりゃそうなんだけどな。バランスが悪いというか、見た目も醜悪だし、造形にセンスを疑う‥‥まぁ‥‥恐怖心を煽る為の姿なのかもしれんが、あまり長く見ていたくはないな」

「ま、足場も悪いらしいしあんまり派手に動かないように気をつけよう。こけたら最悪だねー。一般の兵士さんってこんなのとも戦わないといけないなんて大変」

 口と異なり彼女は一般兵について、さほど思い入れていない。人助けより何より自分のやりたいことをやりたいようにやるのが大切、自己犠牲など真っ平ごめんというのがポリシーなので。
 戦場では人が死ぬなど当たり前だ。死にたくないというなら、相手を殺さなければならない。

「最近こんなのばっかなんだけど、私、そろそろ巨大キメラハンター名乗れるんじゃないかな? それにしても全然止まないよね。雨対策でレインコート着てきてよかったよ」

 アンジェラ・D.S.(gb3967)は、水気を含んだ軍用歩兵外套の重さを感じつつ立っている。

「コールサイン『Dame Angel』泥濘の最中に暴れまくる巨人キメラを制圧し無力化を推進してこれ以上の被害拡大を防ぐわよ」

 既に誰の足元も泥撥ねだらけだ。

「――あれだけの大物、連携しなくてはやれないわね。大まかに配置を決めましょうか?」

「それがいいな‥‥俺は背後から回ることにしよう。身を隠せる場所はないがこれだけの雨だ、足音も紛れる。見る限り知能も低いみたいだしな」

 杠葉 凛生(gb6638)は「ケルベロス」と「スコーピオン」を手に、場を移動して行く。エレナが跳びはねるようにして、それについていく。

「それなら私も、無防備な背中側から蜂の巣蜂の巣♪」

 ハンフリー(gc3092)が、改めて巨人に視線を向ける。

「‥‥破棄された出来損ないといったところか? どっちにしても正面からはナシだな。移動手段は腕しかないみたいだから、そこを攻めるのが常道か」

 この戦いは無数にあるありふれた戦いの1つでしかない。この地で戦いがあったことも、この地で散った命があったことも、そもそもこの地のことさえ記録に残りはしないだろう。
 だが、ここであれを倒せば、これ以上あれに奪われる命はなくなる。失われるはずだった人の営みは残る。
 それだけが自分たちが成し遂げ得る確かな結果だ。

「ああ、手首、肘辺りは加重が大きそうだよな。這うにしろ跳ぶにしろ。攻撃、合わせていこうぜ。優先度は手首、肘、肩の順かな」

 宵藍は「ブラッディローズ」の銃身を握り直す。雨で滑らせるまいと。
 巨人はすでに傭兵たちがいることに気づいており、這い寄ってきている。

「そうだな。その順で行こう」

 旭(ga6764)は足に力を入れた。すぐ飛び出せるように。
 また一瞬あたりが真っ白になった。
 バリバリと激しい音。どこかに雷が落ちたものらしい。巨人が笑う。

 いひひひひひっひいひい

 何の意味もない鳴き声なのだと理解してみても、不愉快さが消えるわけではない。旭の両目は鋭く細まる。

「笑ってるのか? やりたい放題できて楽しそうだな。でもそれも――そこまでだ」

 接近してくるものに向け全員が散開し、駆け出した。
 宵藍の呟きは雨音に飲まれ、誰にも聞こえることがない。

「さっさと倒して‥‥潰された兵士を弔ってやらないとな」



 全員巨人の正面には向かわない。あからさまに相手の射程に入るのは危険だ。大きいだけならともかく運動能力も高い。20メートルの物体にのしかかってこられたら、いかに優れた戦闘力をもつ傭兵といっても生身の人間、唯では済まない。

「おい、きたねえデカブツ!」

 巨人は鈍い知性しか持ち合わせていない。一番に近づいてきた宵藍を真っ先に狙う。右手を支えにして身をねじ曲げ、ハエでも潰すように腕を上げる。
 「ブラッディローズ」が、持ち上がった手首目がけて火を吹いた。

「こっちは雨の中に長居したくないんでな!」

 同時に旭の「デュランダル」が、支えとなっている左手の親指と人差し指に深く切り込む。
 巨人は驚いたか考えなしにそちらの手を持ち上げ、体勢を崩す。
 宵藍は飛びのいた。

「あぶねええっ!」

 地面に溜まっていた泥水が高く飛沫となって飛散する。
 量の違いはあるが傭兵たちは、もれなくそれを被る羽目になった。

「ぶっ! もうもうもう、ちゃんと離れてるのに最悪! これじゃこけるのと一緒じゃないの!」

 おかんむりなエレナは巨人が起き上がろうともがくところ、「ターミネーター」を浴びせた。
 機動力を殺ぐよりも足止め狙い。指と爪の透き間を狙う。

「おっきくても、深爪は痛いはずだよね! なんたって爪剥がしは拷問の定番だし!」

 と、地面につけていた尻を軸にし巨人が反転した。

 あばばばばばばばばばばああああ

「うわ、動きが滑らかすぎて気持ち悪っ!」

 射撃を続けながらエレナは距離をとる。
 ハンフリーが肘の裏を「エネルギーキャノン」で撃つ。強烈な電波に巨人の体が震え、わずかの時間固まった。相手が止まった隙を縫い彼は、泥の中から突き出ていた腕をがっと掴み、兵士の体を引きずり出す――まだ生きていたのだ。

「しっかりしろ!」

 口に指を突っ込んで泥を吐かせ、ひとまず攻撃の邪魔にならない場所まで遠ざける。
 凛生はそれを横目に「スコーピオン」での牽制を行いつつ、再度横へと回り込んで行く。

「さあて、そろそろ大人しくなってもらわんとな」

 巨人の左手にあった親指と中指は皮一枚となりぶら下がっていたが、腕が振り回されたことで完全に千切れた。
 指を2つも失っては、力が格段に入りづらくなる。
 アンジェラは右腕の手首を狙う。「アンチシペイターライフル」が宵藍のつけた傷口を正確に上書きしていく。
 抉れた肉の下にある骨が砕かれ、体重に耐え切れなくなり折れる。
 気味の悪いことに巨人は悲鳴を上げず、笑い続けるだけだった。表情も苦痛を表すものではなく、爆笑というか、激笑というか、ぐにゃぐにゃ歪んだまま。

 あはっはあひいひいひいうへへへへへ

「‥‥悪趣味といったらないですね。これを作った奴の顔を拝んでみたいもんですよ」

 続けては、左肩の関節。
 手首と違い太いので崩れ落ちさせるわけにはいかないが、自由を奪うことには成功した。
 持ち上がらなくなった腕はもう腕としての用をなせない。
 まだ動く右腕を地面に突き刺し力を込め、巨人は移動を試みる。重心がうまく取れず、前のめりに転倒する。

 いひいひいひいひいひいひ

 いける。
 宵藍は武器を「ターミネーター」に切り替え、広い顔面に向け――特に目に向けて――弾丸をぶち込む。

「その薄気味悪い笑い、止めてもらおうか」

 血だらけの穴となった目を巨人は、ない右手で庇おうとする。
 持ち上がった腕の付け根目がけ旭が切り込む。体に足をかけ、跳び上がって。

「もう少しそのまま、動くなよっ!」

 いったん地面に降り、再度前方から。太すぎて一息では切り落とせないのだ。
 しかし攻撃は留保せざるを得ない。巨人が転がり始めたからだ。やけくそとも呼べる動きだが、大きさが大きさだけに侮れない。目視で目標の位置を確認不能になったとは言え、うかつに接近すれば巻き添えを食う恐れが十分ある。

「しぶといことで」

 アンジェラは眉根を軽く寄せ、エレナ、凛生、ハンフリーに呼びかける。

「背骨を狙いましょう。今少し動きを鈍らせなければ、前衛が近づけません」

 言葉が終わらぬうち、巨人の背を走る線目がけて一斉射撃が始まった

 あっはははあひいいいい

 巨人は再び倒れる。神経を損傷したらしい。横倒しになったまま転がることも不可能になった。

「流石にデカいだけあって、サックリとは行かない‥‥か?」

 宵藍は油断なく足の動きを見やるが、貧弱なそれも動く気配がない。
 そうと確認しすぐさま、泥山と化した巨人に駆け登る。
 敵はキメラ。今ダメージを受けて動けないとしても、いつ回復してくるか分からない。始末は早くつけなければ。

「これで‥‥どうだ!」

 首の付け根から「月詠」が叩き込まれた。
 食い込んだのは途中まで。落とすに至らない。切られた部分の筋肉が震え、体液が勢いよく吹き出す。泥と入り交じったそれで足元を危うく滑らせそうになった宵藍は、体勢を立て直すため、いったん離れた。

 ぎゃははははははははははははううははははは

 首の後ろ半分を開きながら巨人が笑う。
 直後旭が真下から、「デュランダル」で切り込んだ。前半分も切断される。
 ずどおおんと地響きが起きた。
 笑い顔のまま転がる生首の前で彼は、剣を収めた。

「要するにね、木こりの要領ですよ」

 中空に稲妻が走り、あたりを白く照らす。



 異臭が漂っている――焼却処分されている巨人の骸から出ているものだ。

「ひでえ匂いだな‥‥」

 鼻を擦りながら宵藍は、兵士たちの遺体を回収する。小雨の中、軍関係者たちと一緒になって。

「駄目だなこれは‥‥こうまでぐちゃぐちゃじゃ、誰なんだか」

 一人の兵士がぼやいてる先にあるのは、とんでもない重量に押し潰され顔かたちも分からぬほど平たくなっている体だった。 宵藍は近づき、尋ねる。

「ドッグタグはないのか?」

「あったはずだがな。こう天気が悪くちゃ‥‥小さなものだからな。晴れたらもう一度あたりを探してみないと‥‥お前さん、もう任務はすんだはずが、戻らなくていいのか?」

「ああ、一応手伝ってから帰るわ。まだ生きてる者もいるかもしれないし、死んでても、このまま野ざらしは可哀想だしさ‥‥誰とまでは知らないから覚えられないけどさ、こういう戦いで戦った者がいた事は忘れない」

「‥‥そうか。ありがとうな」



 テントの中には所狭しと泥だらけの物体が並ぶ。

「すまんが、そっち端から詰めてくれ。まだまだ来そうだ」

 凛生はそこでハンフリーと、袖まくりしているミーチャを手伝っていた。
 人間一人一人の重みを彼は、心から悼む。

(バグア以前から、戦争は人の世の定め。英雄として死ねるのは一握りで、多くは名も無い兵として散る‥‥こんなふうに)

 人は二度死ぬと言う。一度目は肉体の死。二度目は誰からも忘れられた時。

(家族が居れば、悼んでくれる者もいよう。だが、戦時であれば、天涯孤独の身も珍しくない。遺体すら残らず、死に行く者も居る。何のためにこの世に生を受けたのか分からぬままに)

 ミーチャは来たものについていちいち十字を切ってから、記録に書き込んでいる。

「身元不明‥‥不明‥‥ジョン・オルブライト‥‥不明‥‥」

 凛生はハンフリーへ話しかけた。

「この戦いを生き抜いた者は、数々の犠牲の上に生かされていると‥‥忘れないように‥‥冷たい土の中に眠る、祖国の土を二度と踏めなかった者がいることを忘れないようにしてほしいもんだな」

 ハンフリーが少し黙り、ぶっきらぼうに言う。

「名は残らずとも結果は残り、人の歩みを繋ぐ未来への礎となる」

 今度は凛生が少し黙り、静かに述べた。

「せめて魂だけは安らかに」



 アンジェラ、エレナ、旭は一足先に帰路に就いている。ジープで高速艇乗り場まで向かう所だ。
 地面はまだ濡れて泥のまま。けれども空は小憎らしいほど晴れてきて、行く手に虹も見え始める。

「なによう、今頃になって」

 頬を膨らませるエレナの横、泥まみれの鎧をさてどこで手入れしたものかと悩んでいた旭の目も、そちらに釘づけだ。

「宇宙の向こうでも、みんな今頃頑張ってるかな」

 彼の呟きを耳に運転席のアンジェラもまた空を見る。

「頑張ってますよ、戦いなんですから――」

 理不尽さを覚えるほど虹は鮮やかで、美しかった。