●リプレイ本文
「この廃墟になった遊園地に何か出るらしーんで、バグアかどうかを調べろって依頼で来たんだがなあ〜」
村雨 紫狼(
gc7632)は手にしたカメラに向かって延々話しかけている。夜風にさらされた野原で。
「他の仲間、ロクに調べずに帰っちまったい!! まあバグアの気配も強化人間のプラントもなさそうだし、テキトーに報告すりゃそこそこの給金くれるけど‥‥」
このままでは土産話ひとつ恋人に出来ない。
という訳で、急遽頼まれてもいない廃墟巡りを敢行。
「そいじゃあ、こっからは俺だけの依頼スタートだ!」
ぐっと親指を立ててみせ、周囲を見回す。
誰もいないし何もない。町などはるか先の方に光の点として見えるだけ。ひたすら暗い。
「‥‥ま、まああれだ。うん、お化けとかいるわけがないしな‥‥ということで、廃墟マニアっぽく潜入DA☆」
昼間撮影しておけば良かったかもしれないと、軽く後悔。
しかし丘を登って現場についたところで、目を点にする。
「‥‥ってあれ?? ふつーに開業してるじゃん!! 昼間みんなで調べたときはボロボロだったのに!?」
崩れ落ちたはずの壁や建物が修復されているばかりか、横倒しになったままだった大型観覧車も立ち上がり、イルミネーションを輝かせている。
「あ、よく見たら遊園地の職員さんいるじゃん! あーそこの影の薄いっつーか幽霊みてーな、そう影っぽい係員さん!!」
随分な言いようだが、実際問題職員は異常に影が薄い感じだった。というより半ば以上影だった。しかも向こうが透けて見えるような見えないような。
それらをスルーした紫狼が事情を尋ねてみると、こういう返事が返ってきた。
「ここは明日取り壊されますのでね‥‥最後の記念と思いまして、この一晩だけ自主的に開業したんですよ。なんなら楽しんで行ってください‥‥お代はいりませんので‥‥」
「あー‥‥なるほど☆ ったく、ビックリさせんなよ〜〜てっきり、この手の話だと遊園地の精とか何とかが一夜の魔法ってな感じで復活させて朝になったら廃墟ってヤツだしな!」
その言葉で職員がどんな顔をしたのかは不明だった。何しろ影なので。
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エイルアード・ギーベリ(
gc8960)は焦っていた。
「これは一体‥‥?」
恋人の御名方 理奈(
gc8915)から誘われて廃墟の肝試しにやってきたのだが‥‥照明はついているし、どこかからか音楽は聞こえてくるし、遊具は動いている。
営業再開などという話は聞かなかったのだが。
訝しんでいると、急に御名方 理奈(
gc8915)から腕を引っ張られた。
「行こう、エイル君♪」
「わわっ! り、理奈さん、ちょっと‥‥何かおかしくないですか、これ?」
彼が抱く当然の疑問について彼女は、全く深く考えない。
「うーん‥‥別にいいんじゃないかな。バグアとか出てくる感じもしないし。嬉しいハプニング! 楽しくデートしちゃいます!」
まずはメリーゴーランドに向かう。数ある馬のうち、白馬に2人乗り。
「メリーゴーランド‥‥って2人乗りするものなの?」
などという問いかけは無視して、後ろから手を回し、ぴったりくっつく。
早鐘を打つ鼓動が体全体から伝わってくることに、彼女はいたくご満悦。
(きっとエイル君、顔真っ赤なんだろうな〜、えへへ☆)
まさにその通り。本人なんとか落ち着こうと試みるも、無駄だった。息は苦しくなる一方。
そこへ飛び入り客がやってくる。金髪の少女だ。
「お兄ちゃん、早く早く!」
後ろから、同じく金髪の少年――ドクター・ウェスト(
ga0241)が駆けてくる。両親に呼びかけながら。
「まてよフリー、迷子になっちゃうぞ。父さんたちも早く行こう!」
新しいお客さんが来たからという口実で、エイルは、メリーゴーランドから降りることが出来た。
しかし休まる暇などない。
「今度はあれ行こう!」
理奈が次に指定してきたのは、観覧車だ。かなり大型で、一際目を引く。
「観覧車かぁ‥‥お金払わなくていいのかな‥‥」
「いいんじゃないのかな。だってどこにも料金表なんかないもの」
気軽く言う理奈の向かいに座るエイルは、窓から外を眺めていたが、すぐと前にしか向けなくなった。なにしろじっと見つめられてしまうので。
「高いね‥‥2人っきり、だね」
「‥‥うん」
タンクトップの隙間から見える、日焼けしてない白い肌から目が離せないまま、円の頂点まできた。
理奈が動く。相席から身を乗り出し、エイルに顔を近付け――目を閉じる。
(ふぇっ!? こ、これってキスのおねだり‥‥だよね)
メリーゴーランド2人乗りなど比較にならないほどの狼狽が、彼を襲った。
だがここで相手に恥をかかせるわけにはいかない。勇気を振り絞り、ゆっくり顔を近付けていく。
ああ、だがそれはあまりにゆっくり過ぎた。唇と唇が触れ合うまで後わずか1ミリというところで。
ガタン。
観覧車、終了。自動で搭乗口が開く。
「え? 終わり?」
ぶう、と不服そうな彼女の言葉にいたたまれないエイル。
「あの‥‥ごめん‥‥そ、そろそろ交代するね!」
己の不甲斐なさに涙しながらエイルは、女子トイレへ直行する。この時をもう一人の自分へと譲るために。
「あ、行っちゃった‥‥」
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「廃墟となったテーマパークが商業都市に変わると聞いたが‥‥」
狗谷晃一(
gc8953)は不機嫌そのものの顔で呟いた。
「‥‥なんだ、これは?」
テーマパークが商業都市へ生まれ変わるということで、なら一角に救急救命施設を併設できないかという案をペーチャへ提案。ついでに敷地の独自調査など試みようかとやってきたのだが――どう見ても営業中だ。
「これでは医療施設が作れないではないか‥‥サプライズイベントをするなら俺に断りを入れてからにするべきだ」
廃墟について自分がなんの権限も持ってないとか、このさい問題ではない。とにかく晃一は尊大な人間であり――
「こんないい加減な設備で、病人が出たらどうするのだ。見回ったところAEDも設置してないじゃないか」
――患者思いの人間なのである。
眉間にしわを寄せたまま彼は、公衆トイレの前を横切った。
するとそこに紫狼がいた。
ピンクのかつらをつけ、ピンクのドレスを着、少々濃いがメイクもバッチリ。まくった毛ズネにシェーバーを当てている。
「一度やってみたかったんだよ〜お姫様の恰好!! ちょうど衣装もあったし、ピンクのズラに化粧もしてっ‥‥と あ、ムダ毛もきちっと剃っておくわよ☆」
佇む晃一に気づいた彼は、フレンドリーに話しかけた。
「あ、お気になさらず用足しちゃってください」
手洗いの鏡をのぞき込み、斜め45度の角度で自画自賛。
「つーか俺マジイケてねぇ? じゃあ影の薄い係員さん、メリーゴーランドに乗るからカメラヨロシクね♪」
なにやらぼやけた輪郭の係員を引き連れ、スキップしながらどこぞへ行ってしまう。
入れ替わるように、今度は少年が走り込んできた――女子トイレに。
「うう、情けないよー!」
とかいう嘆きの声を上げてより数分後。颯爽と再登場。
「妾はリンスガルト・ギーベリ!」
ゴスロリワンピ、ヘッドドレス、ブーツ。おまけに一瞬風に裾があおられて見えたのだが、女児ショーツ。
覚醒し別人格になった時お気に入りの服装じゃないと、癇癪起こして全部脱いでしまう――そんな彼の裏事情など晃一は知る由もない。
「‥‥医療施設は必要だな‥‥色々と‥‥」
そんな彼の前でエイル、もといリンスは、追いついてきた理奈をお姫様抱っこする。
「待たせたのぅ! 今宵は楽しく過ごそうぞ、我が最愛なる理奈よ!」
「はあああん♪ リンスちゃん素敵ぃ♪ 好きにしてぇ♪」
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様々なものに乗った。メリーゴーランドから始まってローラーコースター、ティーカップ、ゴンドラ。アイスクリームやフィッシュ&チップスも買ってもらった。
最後は観覧車だ。
「た、高いよ」
窓から見下ろして怖がるウェストを、父は諭す。
「大丈夫だよ。作った人、点検する人、遊園地の人、皆に楽しんでもらおうとしているんだ。だから皆を『信じて』あげるんだよ」
遠くの景色が見えてきた。
テムズ川、ウェストミンスター寺院、ビッグベン、バッキンガム宮殿。はるかドーバー海峡。
「ここから見えるロンドンの街、そしてその向こうの海や世界は、全部お前たちのものだ」
二階建のバス。昔ながらの堅苦しい紳士たち。それから、流行のパンクファッションに身を包む町の若者たち。
「お兄ちゃん、ああ言うのが格好いいって、言ってたね」
「‥‥そうだったかな」
「そうだよ。忘れちゃったの? カセットテープ買ってきて、擦り切れるほど聞いてたじゃない。髪の毛こっそり染めてみようとして、お父さんからすごく怒られたりもしたよね」
屈託なく笑う妹。
デュークは少し考え、不思議そうな顔をする。
「‥‥そういえば、そうだ。忘れてたよ。どうしてかな」
母は息子の体を優しく抱いた。
「私たちはあなたを強い子だって『信じて』いるわ。ほら、もう大丈夫でしょう」
頬を伝う涙を拭いてやりながら。
「あなたはようやく戻ってきたのね、私たちのもとに。うれしいわ。私たちはずっと、それを待っていたの‥‥愛してるわ、デューク‥‥」
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ほわああああああああ
「恐くはないかの、理奈」
ひゃああああああああ
「ううん。だってリンスちゃんが一緒だから全然平気!」
ごおおおおおおおおお
「この、愛い奴め愛い奴め!」
が‥‥
「きゃー、リンスちゃんたらあ☆ えっち☆」
なにをしてもラブラブな2人の様子にやる気がなくなってしまったのか、お化け役は途中で全員消えてしまった。
「なんじゃ、揃いも揃って職場放棄か。いかんなそんなことでは‥‥まあよいわ。愛しておるぞ、理奈」
「‥‥うん‥‥リンスちゃん‥‥愛してるよ‥‥」
暗がりで抱き合い口づけを交わす、見た目少女2人。
そこにぱちりとフラッシュ。
揃って顔を向けると、暗がりの井戸の陰に、怪しげなオカマとしか見えない紫狼が。
「あ、気にしないでくれ。俺はただの少女愛好家。今の写真は個人的な嗜好品とする以外の意図はないんだ安心してくれ」
きらりと歯を光らせる彼を井戸に蹴り落とした彼女らは、お化け屋敷から出て行く。
「暑くなると変なのが増えるよね」
「全くじゃの。気分直しに別のに行こうぞ。カフェで何か食べるのもいいのう」
あれやこれやで、楽しいときはいかにも早く過ぎる。気が付けば夜も終わろうとしていた。
それと同時に、館内放送が響き渡る。
【ご来園誠にありがとうございました‥‥只今よりフィナーレです】
次の瞬間、園内にある全て――バルーンは言うに及ばずメリーゴーランドも観覧車も、ゴーカートも、ティーカップも、まるで糸が切れた風船のようにふわふわ浮き上がり、星空へ吸い込まれて行く。色とりどりの紙吹雪とともに。
あっけにとられて見守る理奈の隣でリンスは、聞こえないよう呟いた。
(妾はエミタに作り出された仮初の人。いつ消えるか分からぬ存在故愛を語るべきではないのかもしれぬ。じゃが‥‥妾は、捧げたいのじゃ 我が心よりの愛をの)
それから、聞こえるように言う。
「では、またのう、理奈」
「うん、リンスちゃん、またね! 大好きだよ!」
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「エイル君、お帰りっ!」
「はわっ! た、ただいま」
へどもどするエイルにほほ笑んだ理奈は、急にはっとした顔になり、ポケットから携帯を引っ張り出した。
切れっぱなしになっていた電源を入れると、立て続けにメール受信音。
着信履歴を見てみれば、上から下まで姉姉姉姉さらに姉。
一気に血の気が引く。
「どどどうしよう、姉ちゃんからメールと留守電がいっぱい! 帰ったらきっとお尻百叩きだよう〜」
それには頼もしい言葉が返ってきた。
「大丈夫、僕が誘った事にすれば! 何時だって、僕は理奈を守るよ!
「うん‥‥ありがとう、エイル君! じゃ、帰ろうか!」
手に手を取って大急ぎで帰宅する前、彼女はクルリと廃墟を振り返り、大声で言った。
「ありがとう、テーマパークさん! 楽しかったよ!」
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朝一番に来たショベルカーが瓦礫を片付け始める。
廃墟の隅で晃一が、空しさ交じりにため息ついた。
「直しても‥‥また壊れて、再び直す。同じだな、救命医療と」
彼の前には傾いたベンチが一つ。
そこで寝ていたウェストが起き上がり、不審そうに零す。
「我輩は何故コンナところで寝ているのだね〜?」
「さあな。俺には分からん」
要領を得ない答えが気に入らなかったか、ウェストは顔をしかめた。
それからベンチの下に目を移す。そこにはドレス姿ででかいコブを作り、気絶している紫狼が。
「‥‥彼は何をしているのだね〜?」
「さあ、それも分からん。しかしまあ、起きたら病院に連れて行くさ」
聞きながらウェストは、不意と口笛を吹いた。急に思い浮かんできたメロディに併せて。
「‥‥なんだね、その曲は」
「さあ、我輩もタイトルまではよく分からないね〜ただ、とても好きだった曲だよ〜。うんと昔にね〜‥‥」