●リプレイ本文
「『意外と大きい』じゃない、全然意外じゃないから!」
宵藍(
gb4961)は、レオポールの遠近感について多大な疑いを抱く。
キリンがアカシアの葉を食う横で体を揺らしているあのキメラ、どう見ても2階建てくらいある。あれの大きさが分からなかったというのは一体どういうことなのだ。目が悪くでもなったのか。それとも頭が悪くなりでもしたのか。
その点、楊 雪花(
gc7252)が解説する。
「イヤ、宇宙ボケが抜けないだけヨ、多分。かくいうワタシも上がって降りてきてする度、感覚が変になたものダシ。まあ、一時間もしたら元通りなんだケド――サテ、これでベストポジションセット完了ネ」
彼女の肩には小さくLHKのロゴが入っている撮影カメラ。【地球大自然】と書かれた企画書らしきものも、その手に握られている。
「シカシ、やと地球に帰れたと思たラ、今度はナミビアだテ? 善良な市民を何だと思てルのかネ。今回こそレオポールで楽しませてもらうヨ。こんだケ遠くに来て汗だくになて帰るだけとカ、ワタシ的にあり得ないからネ」
またぞろお金がらみの企みを模索しているらしい。毎度毎度忙しいことだ。
そんな感想を抱きながらフェンダー(
gc6778)は、吹っ飛ばされて五体投地したきりのレオポールに乗っかり、モフリかつモフリまたモフっていた。
「むむ。今日も毛並みだけはいいのうレオポール殿。わんちゃんシャンプーの賜物じゃ。聞くがよいぞ、我、ねんがんのえれくとろりんかーになったのじゃ。今までかもし出してきた高貴な可愛さと溢れる知性の光が合わさり最強に見えることと思うが、なにこれまで通りの付き合いでよいのじゃぞ。遠慮することはないのじゃ」
「‥‥いや、遠慮とか、そもそもねえし‥‥ていうかお前、どこが変わったんだ? こまっしゃくれのまま、全然変化ねえけどよ‥‥あいてっ、耳を引っ張るな、オレの耳を!」
「あれじゃな、このふにゃった耳の端をちょきちょきして立てたら、レオポール殿もドーベルマンみたいにりりしくなれるかも知れんぞよ」
「動物虐待キャンキャンキャン!」
子供と犬との触れ合いを他所に、辰巳 空(
ga4698)はライオンキメラを眺めていた。懐かしそうな表情を浮かべて。
それに気づいた夢守 ルキア(
gb9436)は双眼鏡を構えたまま、尋ねる。
「どうしたの、えらく思い入れありそうな顔してるけど」
「いえ‥‥かつてビーストマンだった頃を思い出しまして‥‥ビーストマンの持つもっとケモノっぽく、野生っぽい特性が生かせたなら、今頃はあんな感じに躍動できたのかもしれないなと」
ただそれをキメラにやられてしまうと色々と複雑である。
述べながら彼は、苦笑を漏らした。
「能力者って何なのか未だに良く分らなくなる事が有りますね‥‥もう一度‥‥自力で空が飛べたらどんなに素敵な事か‥‥」
「ふーん。まあ‥‥空を飛ぶっていうのは人類共通の夢だよね。ビーストマンも色々あるんだ」
かく言う彼女の視線はちらっとレオポールに向き、また正面のライオンに戻った。
レオポールが接近し挑発したから(速効で戻ってきたけど)当然だろうが、こちらの存在を意識し、注視しっぱなしだ。
「むっ。あのライオン頭にアンテナがあるので人工物かや?」
フェンダーが指摘する代物に、雪花は別の視点から一言。
「あレ、きちんと受信料払てるんだろうカ。公共の観点かラ滞納は許さない金が取れるまで追い詰めるコトヨ」
スーザンが彼女に横目を向ける。
「‥‥すんなり契約相手に魂売ってますよね、雪花さん」
「無論勿論。ワタシはワタシに都合さえよけれバいつでも体制の味方ネ。逆もまた真ヨ。まあここでグダってても無用な紫外線浴びるだけダ。そろそろ動こうカ、レオポール」
「動くって‥‥アレ大きいよ?」
最高に困った犬顔をしているが、とりあえず普段ほど大ビビリではない。
これまでの戦闘依頼でちょっとは鍛えられてきたのか、はたまた宇宙ボケが抜けてないのか。どちらにしても好都合。
宵藍は、ここぞとばかり発破をかける。
「積極的に行けとは言わんから、適度に囮になってくれ。折角のアフリカ、野生を解き放ってみろよ!」
「ウー‥‥ワンワンワン。オン」
「‥‥いや、人間語で返してくれ。なんとなく言いたいことは伝わってくるけどな」
「最近とみに犬化が進んでる気がするネ、レオポール。そんなキミに雪花サンがとっときのオマジナイをしてあげよウ。アフリカ最強の部族に伝わル、ハイエナのペイントだヨ。これさえしてれば元気百倍勇気千倍運気万倍。戦いに勝利すること間違いなしネ!」
雪花は塗料を持ち出し、レオポールをぬりたくる。
出来上がってみるとハイエナというより、黒と灰色のタヌキ+ダルメシアンといった具合。
「‥‥まア遠目にすればハイエナに見えるヨ」
強引に言ってのける彼女に対し、フェンダーは疑わしげだ。
「うーん、そうかのう。別の動物みたいじゃのう。なんの動物とも言えぬが。とにかくあのキメラ、口から炎とか出しそうなので、射線に立たないように注意じゃな」
彼女は、手持ちの「雷上動」をさする。あのライオンもモフると言う野望を胸に。
「予想としては、パワー・受防型だね。スピードよりも、パワーでの攻撃で相手を圧倒するカンジ‥‥」
分析しながらルキアは、閃光手榴弾のピンを抜く。
「相手の間合いに入らない、狙われているのはヒト。ならば迎撃態勢に持ち込んだ方が有利だ」
空が真っ先に駆け出した。正面から、呪歌で牽制するために。
●
ライオンキメラは狙っていた相手の方から間合いに入ってきたので、早速動いた。
小型の獲物を仕留める際どうするかという部分は、ベースになっているライオンそのまま。前足で一撃。項、喉に入るひと噛み。振り回して、おしまい。
猫がネズミを襲うのと基本変わらない動きで、前足が地面に叩きつけられた。
盛大に砂ぼこりが上がった。
だが、空は避けた。エンジェルシールドを盾に、歌い続ける。
「行くよ!」
ルキアの声とともに、閃光手榴弾とピュセルのアンモニアが弾けた。
強烈な光、音、そして匂い。
これらのうち光は太陽の真下なので、さほど効率よく作用しなかったが、残りの音と匂いはてきめんに効いた。キメラは顔をぶるぶる振るい、たじろぐ。
「相手の優れた点を、逆手に取る。戦略の基本だね」
彼女は「バラキエル」での制圧射撃をかけた。
巨大なライオンの顔面のあちこちから針でついたように、赤い血が盛り上がってくる。
がろおおおおおおおお
咆哮が空気を振動させる。
はるか向こうでフラミンゴの群れが、いっせいに飛び立った。イボイノシシが走り、鼻を上げた象が雄叫ぶ。
「おお、この絵はいいネ! いかにもアフリカだヨ!」
「雪花さん、カメラ回してないでちゃんと戦ってください」
「無論戦てるヨ、コノ偽りだらけの醜い世界デ一握りの愛と真実を求メ、カメラを武器に戦てるヨ!」
「いきなりジャーナリスト語りしないでください」
遠方射撃を行うスーザンから突っ込まれながら、死んでもカメラを離さない所存の雪花。
「うわっ‥‥きっついなこれ‥‥」
離れていても漂ってくるアンモニの匂いに宵藍が、鼻をつまむ。
「ブラッディイローズ」でキメラ腹部を狙う合間、傍らに目を向けると、レオポールがのたうっていた。
「ぐわああああああああああ! くっせえええええええええええ!」
どうやら犬であるだけに、この臭いを何倍、いや何十倍にも強く感じているようだ。
「匂いごときに負けてはいかん! 立つのじゃ、立ち上がるのじゃレオポール殿!」
「雷上動」を相手の攻撃圏外から次々放つフェンダーが、そんな彼を叱咤する。
「そちが立ち上がらなければ、誰がこの儚くか弱い水仙のような我を、あのデカブツの突進から守るのじゃ!」
地響き立ててライオンが移動してきた。
フェンダーはすかさず後退する。レオポールよりも先に。
的が大きいのだから距離を取ってもダメージを与え損なうことがない。なら直接攻撃しなくていい――それが彼女の考えだ。
戦いは試合とは違う。正々堂々やる必要など全くないのである。
「お前自分で避けてんじゃん!」
「乙女の言動にケチをつけるではない! 行くのじゃレオポール、百獣の王に勝てれば、パンダなど物の数ではないのじゃぞよ!」
最後の部分が琴線に触れたらしい。レオポールは急にはっと顔を引き締めた。彼なりに。
雪花が煽りを継ぐ。
「そうトモ、モシ百獣の王に勝たらパンダなんて目じゃないネ。奴らは所詮あざとい媚で世渡りをしているだけノ、自堕落な生き物なのヨ!」
「そうか‥‥よし、オレはあいつに‥‥吠えてくる!」
意気を上げる犬に、雪花はもう一押し付け加えた。女の武器、涙も入れて。
「頑張るのよレオポール。姉サンはいつでもあなたを見守ているワ」
「‥‥お前、何か目が顔の半分くらいになって怖いぞ?」
そこに、ルキアが声をかける。
「真音獣斬をお願いできないかな。レオポール君が弾き飛ばさ――もとい弾き飛ばせば、敵が此方に来るまでの時間を稼げるし。急所突きトカで、弱点を狙うのもアリだよね」
「‥‥ウォン?」
レオポールは目を点に、キメラの腹潜りをしている宵藍を見た。
「月詠」が、ライオンの後足の内股から後足にかけての肉を裂く。
いきり立ち足元の小さな動物を追う巨体。
空は盾で動きをいなしつつ、虎視眈々と首を狙っている。
レオポールは少し考え、大回りしてライオンキメラの背後に回り、尻尾を狙った。そこならなんとかなりそうかなと思えたので。
「えいやあ!」
実際、先っぽを切り落とすだけは出来た。
それだけのことで彼は有頂天だ。
「やった、オレすごくやった! すごく偉い!」
そこでライオンキメラの後足蹴りがヒットし、また吹っ飛ばされる。
晴れ渡ったアフリカの青空の下、放物線を描き、悲鳴とともに草むらへ落ちる犬男。
伏している間に本物のハイエナから寄ってこられ匂いを嗅がれ、ガブガブ頭にかじりつかれた。
「いてえよ馬鹿野郎!」
起き上がる彼の回りから散るハイエナたち。
今回も彼はいつもと変わらずショボい。だが一応役には立った。尻尾を切り取られた際に出来た隙に、空と宵藍のみならず、雪花とルキアも接近攻撃に移れたからだ。
「ティルフィング」の刃、そして「カルブンクス」の電磁波が、キメラの力をそいで行く。
「そろそろ止めとしましょうか。長引かせるのは趣味ではありませんからね」
空の呼びかけに宵藍が応える。
「だな!」
そしてよろよろ立ち上がってきたレオポールに向けて言う。
「レオポール! 中腰っ!」
反射的に屈んだレオポールを、宵藍は、思いきり踏み台にした。
そのまま彼は中空に舞う。
太いうなじ目がけ、「月詠」が食い込む。
拍子を合わせて空が下から喉を目がけ、「朱鳳」で切り上げる。
落ちた頭の重みで、また地が震えた。
桁違いの赤が草原を濡らす。
足型を頭と背中につけたレオポールは、次の宵藍の言葉に憤慨し、大いに吠えた。
「ふっ‥‥とどかなければ足場を作るだけさ」
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転がったライオンのたてがみを撫でたフェンダーと宵藍は、たちまちに不満顔となった。
「‥‥何かライオンの毛って脂っぽいのじゃ‥‥土ついてるし‥‥手触り直しじゃ、手触り直し」
「んー、結構剛毛なのかな。あんまり気持ちよくない‥‥オレも頼むわレオポール。ちぃっと血がついちゃったし」
「擦り付けるなよ! オレ塗料が落ちなくて困ってんだぞ!」」
「よいではないか。練成治療をしてしんぜようというのだから感謝しなくてはいかん。しかしハゲワシがうるさいのう」
2人からいじり回されるレオポールに雪花が接近し、肩を叩く。ぐっと親指を立てて。
「痛みに耐えテよく頑張たねレオポール。ワタシ感動したヨ! 世界の人々やご家族の皆サンも感涙間違いなしネ。これは素晴らしいドキュメントになるコトヨ! 何もかもレオポールの頑張りのおかげヨ!」
単純な男だけにレオポールは、ほめられると調子に乗る。尻尾をパタパタ。
「そっかな」
「そうそウ。塗料ならお風呂に入れば落ちるからサ。気にしない気にしなイ」
ルキアはそのやり取りを放置し、死骸からナイフで肉を切り取っている。空が彼女に近づく。
「なにしてるんです?」
「キメラ食。美味しかったら、干し肉にしよーっと。空もどう?」
「‥‥いえ、私は遠慮しておきます」
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それから数日後。
チャンネルはLHK。夜の8時。
「地球大自然番外編〜アフリカの伝説を求めて〜」
タイトルの後、ナレーション。
「この秘境には怪人、ハイエナマンが存在しているとの伝説があった。今回取材班はその姿をカメラに収めることに成功した。これは、世界初の映像である」
それに被さり、巨大ライオンの周囲を吠えて走るハイエナマンこと、レオポールの映像が。
「まあ、あなた本当によく映ってるわね。録画して、お父さんに是非見せてあげないと」
妻メリーから喜ばれているのでレオポールとして不満はないが、それでも首を傾げる。
「‥‥これ、傭兵活動の紹介番組かなあ‥‥」
息子レオンは半眼のまま父を見る。弟妹が無邪気に番組を面白がっている中で。
「絶対違うと思うけど」