●リプレイ本文
●サーチ、そしてサーチ
植物園内、温室前に集合した傭兵たち。
「セラだって妖精と例えられたアイドルなのです。妖精キメラには負けないんだから!」
可愛らしい声できりりと宣言するのはセラ(
gc2672)。
「ふむ、妖精とかくれんぼ‥‥素敵な響きだな。響きだけなら、だが」
龍乃 沙夜(
gc4699)はそう言って苦笑いを零し、
「敵が何者か、よく分かりませんね‥‥頑張って対処します。マリンチェさんも3階から捜索でしたか」
「うん、よろしくお願いします! 空さんとは反対側の通路から調べるね」
お互いの動きを確認しあうのは、辰巳 空(
ga4698)と、マリンチェ・ピアソラ(
gc6303)。
「私も3階から探すわ」
橘 緋音(
gc7355)が無線機の調整をしながら二人に声をかける。
「あと、言うまでもないかもしれないけど火を使うキメラがいるから、みんな火事には十分気を付けて」
という緋音の言葉に、柳凪 蓮夢(
gb8883)も頷いた。
「燃え広がりそうなら水筒の水で鎮火、もし間に合いそうになかったら着火した部分を攻撃して鎮火、だな」
「植物もだが、温室内の物にも注意だ」
そう沙夜が付け足した注意事項に、空はフム、と言葉をつなぐ。
「いかに見つけて、いかにそっと倒すか‥‥ですね。うまく見つかると良いのですが」
そして一行は植物の葉や花々が輝く大きな温室へと足を踏み入れたのだった。
3階から索敵、空とマリンチェ。
3階から下へ、緋音。
1階の捜索が、沙夜と蓮夢、そしてセラ。
6人の傭兵たちが温室の中へ入り、警戒しながら移動する。
1階の蓮夢は仲間から少し離れた場所へ行き、隠密潜行も使って植物の影に身を潜めた。仲間の動きに対するキメラの反応を察知するためだ。そして同じく1階の沙夜。彼女は
「こういう場所は仕事以外で来たいものだな‥‥」
などと零しながら、噴水とベンチ周辺に陣取って警戒に当たっていた。
(妖精とは随分と幻想的なことだ‥‥しかし子供にまで手を出しては夢も幻想も無いな)
依頼の情報を思い出し、ふぅ、とため息をついた沙夜は改めて気を引き締め、温室内に目を凝らす。
3階の空。望遠機能のあるタクティカルゴーグルや、タクティカルサポーター(こちらは空の自前のカメラ付き携帯端末だ)、無線機といった機材を揃えて、捜索と確認、そして連絡をする態勢を整えた。同じ通路の反対側で双眼鏡を握りしめているマリンチェに
「こちら辰巳、準備完了、索敵を始めます。どうぞ」
と無線の動作確認も兼ねて連絡を入れた。
「こちらマリンチェ、りょーかいですっ」
元気よく答えて探査の眼を発動させる。
「視界が狭まったら良いこと無いもんね」
と、まずは双眼鏡なしで階下を見下ろし、妙な物はいないかと捜し始めた。また、その二人とは別の場所で双眼鏡片手に歩いているのは緋音。
「あら、あそこにバナナの木‥‥。‥‥まぁソレは後回し後回し」
意味深な微笑と、ソレって何?とは尋ねにくい呟きを残し、緋音はキメラ捜索に再度集中し、2階、1階へと足を進めるのだった。
●追跡せよ!
また、1階では少女が無邪気な声を上げていた。
「セラってば植物園ってはじめて。迷路みたいかも!」
うきうきと、緑が交差する通路を突き進むセラ。ふと、それまでの天真爛漫な様子からは想像もつかないような口調で言葉がこぼれた。
「妖精キメラは攻撃時発光するというし、そのうち当たるだろう。問題は冷気の正体だ」
冷静な思考から紡ぎだされる考え。
「足元、という証言があった。妖精はともかく冷気キメラに浮遊能力は無い、ということかもしれないな」
ならば、と、バイブレーションセンサーを使おうとした時。
『こちら柳凪、蝶か妖精のような姿をセラ付近に視認』
ひらり
ひら
「あれ、蝶?」
ひらひら
『こちら辰巳、画像解析中‥‥ビンゴ、妖精キメラです、セラさん気を付けて!』
ふわり‥‥
「!! まさかそっちから出てくるとは」
無線連絡を聞き、改めて蝶ではなく妖精キメラであると確認したセラ、改め別人格のアイリス。白銀の片手剣を素早く両手にそれぞれ構え、二刀の戦闘態勢を整える。
しかし。次の瞬間キメラは身をひるがえし、幾重にも重なる植物のカーテンに飛び込んでしまった。面倒な‥‥と呟き、無線で周囲に連絡する。
『こちらセラ、逃げられた、バイブレーションセンサーで捕捉を試みる』
無線でアイリス、と名乗って判るとは限らないゆえ、セラ。以後、地の文章でもそれに倣うこととする。
「私も追うわね、案内よろしく」
1階に降りてきていた緋音がセラの妖精追跡に参加。センサーで葉の擦れる音をなんとか捉え、一時的とはいえ位置を特定。ガジュマルの植え込みやハイビスカスの鉢植えの間を縫うように移動して、妖精を噴水のほうへと追い込もうとする二人。
その途中、緋音は妙なものを見つける。ちらりと見かけただけだったが、おそらくカメレオン。
『こちら橘。温室入口と噴水の中間辺り、奇妙なカメレオンを発見したわよ』
『こちらマリンチェ! 特徴教えて、上から捜すから』
『体の模様を変えて周囲と同化、までは普通だけど、トカゲばりに足が速いの‥‥っと、妖精追跡に戻るわね』
『こちら辰巳。上からも妖精を追います』
『了解っ』
「さてさて、どこかな?」
無線のやり取りの直後、マリンチェは探査の眼を再度使い、恐らくキメラであろうカメレオンもどきの捜索にかかった。特徴と大体の位置が割れれば後は、彼女にとってはあまり難しくない仕事である。
「見つけた!」
植え込みの木の幹に張り付いている、茶色いカメレオン。しかしそいつは、するするする、とカメレオンにあるまじき身のこなしで幹を下り、自然の動物にあるまじき早さと正確さで周囲を模倣する。
『こちらマリンチェ〜。蓮夢さん、そこから噴水傍のベンチ見える?』
『見えるぞ』
『蓮夢さんとベンチの間の直線上に、とかげカメレオン発見!』
『了解、追跡を開始する』
『こちら龍乃。わしは少し噴水から離れ、とかげが妙な方向へ逃げ出さんよう追い込む』
妖精追跡と、とかげだかカメレオンだかの追跡が同時進行となり、緑溢れる温室の中で無機質な無線が飛び交い始めた。
『対象を見失った‥‥とかげの場所はわかるか』
『すぐ左のヤシの木の裏っ』
『ほんと気色悪い動きのカメレオンだな。‥‥もうとかげでいいか』
『また隠れましたか、さすが妖精。あぁ居ました、ソテツの葉の陰です』
『了解、そろそろ噴水まで出られそうだ』
『いい加減ケリを付けたいわねぇ』
●接敵、そして‥‥
ひたすら逃げに徹していた妖精キメラ。だが遂に逃げ切れないと悟ったらしい。妖精は不意に振り向き、セラに向けて白く輝く小さな光球と、一回り大きな炎の塊を連続して放った。しかし、それらが来るとわかっていれば目つぶしにも脅かしにすらもならないというもの。妖精の放った光の球と炎の球、一組の親子に重傷を負わせたその攻撃。セラは真っ向から二刀を構え、受け止める。
「悪いね。この子は非物質の方がよく切れるんだ」
自分の攻撃が欠片ほども効かないのを見た妖精は、標的を、セラに続いて噴水に到着した緋音へ変える。緋音は植物を背にしている己の位置に気付き、即座に噴水へ近付いた。水辺ならば火事の危険は一気に下がる。避けられる攻撃ならば避けてしまいたいというのもまた、命中と回避を得手とするグラップラーの彼女にとって至極当然の考え。妖精と噴水の間に移動した緋音は、妖精の放った炎を華麗に避けてみせた。炎が噴水の水面に飛び込むよう、角度も計算に入っている。
そしてドドドッ!と連発された炎の塊。それらは水に着弾し、ジュワッ!!!と物凄い音と勢いで泡立った水面から湯気が立ち上った。あるいは、もともとそういう狙いの兵器なのか。噴水のそばが突然白く煙り、視界を遮る。
疑似煙幕の発生で、劣勢だった妖精キメラは上空へ逃げ出した。
また、カメレオンのような何かを追っていた蓮夢と沙夜も、敵を白い視界の中に見失った。溜息をつく沙夜。
「見づらい敵が見づらいステージに入ったな、すぐ消えるといいが‥‥」
『こちら柳凪。煙ではないな、霧‥‥湯気? この中にヤツが紛れ込んだ、サーチ頼む』
『こちら辰巳。湯気ですね、妖精の放った炎が噴水に突っ込んだようで。バイブレーションセンサーでカメレオン捕捉しました。大して動いていません、ベンチの背の裏側です』
『了解』
無線の情報に一瞬思考を巡らせた沙夜が蓮夢に提案する。
「ふむ、動いてはおらん、と。この湯気に紛れて奇襲でもかけようか?」
「賛成だ、任せていいか? そのあと、私が挟み撃ちの位置から仕掛ける」
「承知した」
『こちらセラ。妖精は上へ逃げた、捕捉してくれ』
すかさず入った無線に、3階のマリンチェが妖精の動きと自分の装備を素早く確認する。
「たぶん‥‥ここまでは寄ってこないよね」
警戒心が強く、不意打ちを好む妖精キメラの様子からそう判断し、マリンチェは双剣を仕舞った。そしてペンほどの大きさの小型超機械αを取り出す。
「こっち使ってみよっと」
3階通路の手すりから身を乗り出し、
(このボタンでいい、のかな?)
えいや、とスイッチを入れる。操作に若干自信が無かったが、超機械はぎりぎり射程内に居た妖精へしっかりとダメージを叩き込んだ。バリバリッと音がして、電磁波を食らった妖精。2階より少し上まで来ていたが、一気に1階まで落ちていった。
「全くもう、手こずらせてくれちゃって」
落ちてきたところを緋音が綺麗に、されど一切の容赦無く殴り潰し、現実に出てきた妖精を幻想へと送り返したのだった。
沙夜に奇襲をかけられたカメレオンとかげは、避けることもできずベンチから地面へ叩き落された。瞬時に体の模様を変え、冷気を吐こうとする。しかし、もはや完全に見抜かれていた。迅雷を使い、走る稲妻の如く飛び掛かった蓮夢にとどめをさされ、温室には居ないはずのカメレオンは確実に駆除された。
噴水から溢れた湯気が完全に消えた時、温室はあるべき姿を取り戻したのである。
●エピローグ
「ふぅ‥‥終わったか‥‥。メルヘンも疲れるものだな‥‥」
心底くたびれた様子で、装備を外してベンチに腰掛ける沙夜。3階から降りてきていた空が労う。
「お疲れ様でした、走り回らせてしまってすいません」
「いやいや。あやつの動きを把握してもらえるのは助かった」
「しかし、向こうの3人は元気だな」
空と沙夜の横で同じくくたびれた様子の蓮夢は、何やら楽しそうなマリンチェとセラ、緋音の様子を眺め、半ば呆れたように笑う。彼らが何をはしゃいでいるのかといえば、先ほど緋音が見つけたバナナの木に、しっかりと実がなっているのを発見したらしい。
緋音が男性陣の視線に気付いて微笑む。豊満な女性とバナナの図。なんとも言えない連想をしてしまいがちな組み合わせに、蓮夢と空はそっと目をそらした。
セラとマリンチェが「帰る前に植物園を見に行こうよ」と言い出していて、ベンチの沙夜の手を二人がかりで引っ張っていた。それを蓮夢と空がのんびりと見送る。
「妖精が居なくても、珍しい生き物が居なくても、花を眺めて木を眺めて、子供がはしゃいで‥‥」
「それが植物園ってものですよね」
「さぁさぁ、座り込んでないで。貴方たちも行くのよ?」
「わっ」
「そ、そうですね」
背後から緋音に抱きつかれたり流し目を食らったりしながら、二人も温室を後にしたのだった。
温室に舞うのは、葉と蝶と花びら。
良いのだ、それだけで。