●リプレイ本文
それぞれ色々な物を手に、色々な気持ちを胸に、療養施設の前へ集まった能力者たち。案内に出てきたモア医師は、Laura(
ga4643)からコック帽を受け取った。
「これは?」
「リミンさんに被せてあげてくれませんか? ちょっとしたプレゼントなのですが‥‥」
「あぁ構いませんよ、ありがとうございます」
Lauraからモア医師へ渡されたコサージュ付きのコック帽を見ながら、智久 百合歌(
ga4980)が言う。
「私達が世界に興味を持てるキッカケになれれば、それはステキな事よね」
「あぁ。戦いの中に身を置く俺に出来る事は少ないが‥‥何かの足しになればいいな」
秋月 愁矢(
gc1971)も百合歌の言葉に頷き、
「ちょっとほっとけねーよなあ、やっぱさ。大事なのは笑顔だ! みんなも笑顔忘れんなよ!」
と村雨 紫狼(
gc7632)が気炎を上げる。が、その横では
「‥‥無表情、無反応‥‥思うに、似て。いる‥‥。本質‥‥は、別‥‥だが」
ぼそり、ぼそりと誰にともなく言葉を紡ぐ不破 炬烏介(
gc4206)の姿。そんな一同を眺めるキア・ブロッサム(
gb1240)は、ここに来た理由について思う。貧困と人が原因で人を信じなくなった自分の生い立ち。キアは、ただ生きているだけという世界から抜け出すために必要なことが何か、自分なりに知っている。それを伝えてもいいと考え、今ここに居た。
依頼参加者はもう一人居るが、先に施設内で準備中。何が出てくるかお楽しみに、と一同への伝言が残っていた。
●音楽の力。
療養施設のリハビリ室。その広い部屋の隅からぼんやりと窓のほうを眺めていた、車椅子に腰掛けている少女リミン。モア医師がリミンの頭にポス、とコック帽を被せ、最初に入ってきたLauraを指してにこやかに教える。
「お待たせリミン。これ、あの方からのプレゼントよ、可愛いわね」
モア医師はLauraや他の参加者たちを迎えると、そのまま入れ違いで退室していった。
「こんにちは、リミンさん」
Lauraは用意した大きなストールを取り出す。
「私はしがないオペラ俳優なんです。今日はちょっとしたお芝居をご覧に入れようと思って」
大きな窓から見える緑豊かな景色を、背景に見立ててLauraは言った。
「アテネの森の妖精たちと、森にやってきた人間たちのお話です」
森の奥では妖精の王と女王が喧嘩をしていたが、王は歌で女王に魔法をかけて眠らせる。Lauraの伸びやかな声がゆったりと部屋に響く。
その歌声が消える頃、森へやってきた人間たち。そこに小さな妖精が紛れ込んで、彼らにいたずらをしてしまう。目を覚ました妖精の女王も巻き込んでのコミカルな大混乱。クモの巣、豆の花、からしの種、蛾、という妖精たちを、Lauraはストールを翻して次々に演じ分けてみせた。くるくると変わるLauraの表情や声色に、見ている参加者たちから時折笑いが起きる。リミンもLauraの華やかでめまぐるしい変化をじっと見つめていた。
見かねた王は、歌を歌って人間たちを眠らせ、妖精のいたずら魔法を解く。巻き込まれた女王にかけられた魔法も解いてやって、どうにかこうにか大団円となるのである。
参加者たちの拍手に見送られ、Laura降壇。
次に前へ出たのは百合歌。
「珍しいモノをお見せしようかと、和装で決めてみましたv」
紺地に桔梗が咲く着物姿の彼女が取り出したるは、ヴァイオリン。緩やかな音色が歌い、音楽を描き出した。
(辛いことは次々に起きるものよね‥‥。それでも世の中にはまだまだ興味深い事がたくさんあるし、そういう事に触れるのは楽しいわ。綺麗なものから変なものまでいろいろよ。そのうちのひとつがこの音楽。どうかリミンさんの世界が広がりますように‥‥)
短い曲をいくつか奏で、弓を下ろした。
百合歌の演奏に拍手をしながら立ち上がったのは愁矢だ。彼もヴァイオリンを手に、
「俺も幾つか。そうだな、優しげな曲をメドレーで」
そう言って弾き始めた愁矢。短調の、しかし心を宥めて落ち着かせるような、優しい響きが紡がれる。
(色々あったのだろう‥‥。ゆっくりでいい、無理をする必要も無い‥‥いつか、でいい。その顔に笑顔が戻るように‥‥)
祈るような、癒すような曲調が、心を込めて演奏された。
その後、愁矢が百合歌に、
「智久、一緒に合わせて弾かないか」
「いいですね、どんな曲がいいかしら‥‥」
「明るめの曲でも楽しそうだが」
「あ、それじゃあ即興演奏などいかがでしょう」
と言いながら弾き始めた百合歌はリズミカルなフレーズを奏で、愁矢がその上にハーモニーの綺麗なメロディを乗せる。彼がリズムを刻むフレーズを弾き始めると、今度は百合歌がメロディを。彼女が同じメロディで音階を少しずらして演奏すると、同じメロディで愁矢がハモる。弾くほうも聴くほうも楽しくなってくるそんなやり取り。
するとそこへ、エレキギターの音色が混ざった。炬烏介だ。エフェクトの掛かっていない粒の揃ったクリーンな音が、ヴァイオリンの共演にうまく絡む。ヴァイオリン2台、ギター1台の、曲名の無い即興三重奏。
やがてヴァイオリンが鳴り止むと、炬烏介のエレキギターが音色を変える。そして、参加者らも聞いたことのある流行の曲をいくつか弾き始める。ふと思い立ってLauraが立ち上がると彼女の歌声が混ざり、百合歌が伴奏を、愁矢がその伴奏に色味を加えて、リハビリ室で見事に1曲が上演されたのだった。
「‥‥音楽、は‥‥ヒト、だ。ヒトの作る。意思の‥‥結晶‥‥」
弾き終わった炬烏介が、無反応に演奏者たちを見つめていたリミンに向かってぼそりと無表情で話す。数秒間向き合っていたが、リミンが何か答えるということもなく。ただ無機質な時間が流れる。
「本質は、違え、ど‥‥どうやら。俺は‥‥少女の側。だ‥‥」
かすかに首を傾げながらそう言うと炬烏介は
「‥‥この時間、身の周りの世話、申し出る‥‥」
と一言断る。そして、テーブルを出しアクセサリーを並べていたキアのそばへ、リミンの車椅子を押すのだった。
●いろいろな『物』。
石の付いた指輪、付いていない指輪、華やかなピアス、シンプルなイヤリング、ブレスレッドやネックレス。材質は様々で、デザインも千差万別。それらを、自分で着けて見せつつ感想を述べていくキア。
「これなどお気に入り、かな」
指にはめたリングをくるりと回して見せる。
「遠くからですと、解り難いのですけれど‥‥薔薇の模様が彫ってあって、ね‥‥」
ただ与えるのではなく、リミンの反応を待つ。本人が『したい』と思う気持ちを持つ事が大事、そう考えて、キアは紹介に徹する。
「こっちは、ネックレス。着け心地がなかなか良くて‥‥ん、それが気になりますか」
リミンが目をやっているブレスレットがあることに気付き、キアは少し待ってみることにした。彼女は何をするだろうか、何かするだろうか、と。リミンはブレスレットに手を伸ばす。手に取り、
「きれい」
と、ひと言だけ発し、テーブルに戻そうとした。キアはゆっくりとした仕草でそれを制し、リミンの手にしていたブレスレットを器用に着けてやろうとする。そのとき少女がかすかに、ぎこちなく身じろぎした。注意深く見守っていたためそれに気付いた憐は、そっとキアに声をかける
「‥‥ん。それ以上は。ストップ。リミンが。怖がっているかも。そんな気配」
「ああ、渡しておくだけにしたほうがいいかな」
キアも気が付いて頷き、ブレスレットはそのままにする。
「さて‥‥この辺にしておきましょう、まだまだ色々出てくるようだし」
そう言い、キアはテーブルに並べたアクセサリーを仕舞い始める。リミンに持たせたブレスレットは『回収し忘れ』て、次の憐にテーブルを渡した。
「ま、サービスはそれだけ、自分で手に入れる楽しみ無くなってしまいますし、ね」
小さく微笑むキアのひっそりとした呟きは、がさごそと憐がいろいろな物を取り出す音に紛れ込んだ。
最上 憐(
gb0002)が用意したのは様々な食べ物、そしておもちゃ、飾りなど。レーション各種、カレー、ジュース、饅頭、チョコレート、カロリーブロック、フルーツ。コマ、本、花かご。出てくるは出てくるは、あっという間にテーブルの上がいっぱいとなる。
「‥‥ん。食べ物。色々。沢山。持って来たので。好きなの。食べてね」
良い香りにつられたのだろうか、リミンは菓子に手を伸ばした。憐がそれを見て
「‥‥ん。甘い物。いろいろあるよ。糖分を摂ると。幸せになるので。好き」
と言いながら頷く。聞いているのかいないのか、憐の説明への反応らしいものは無かったが、手にした菓子をじっと見つめているリミン。
「‥‥ん。食べてみる?。美味しいよ。大丈夫。まだある」
恐る恐る包み紙を取って、かじる。もう一度、かじる。
「おいしい」
ぽそっと呟いた言葉は憐にも届き、憐は満足そうに
「‥‥ん。食べる事は。生きる事だから。とりあえず。食欲が。あれば。大丈夫」
と、もう一度頷いた瞬間。
「ハロー、グッボーイ&ナイスガール! 今日も皆半ズボン、良く似合ってるわ!」
野太くセクシー(?)な声がリハビリ室に響いた。
コッペリア・M(
gc5037)、満を持して登場である。
コッペリアは、現地の食材を購入したり、療養施設の調理師たちと相談して様々な料理を用意していた。カートに載せた数々の軽食、菓子、飲み物。依頼参加者たちは、おお、と目を丸くする。リミンもまた、憐が菓子類を残してテーブルを片付けているところへ並べられる、コッペリアの料理を目で追っていた。それに気付くコッペリア。
「あらん、可愛いふ・と・も・も☆ 触っても、良いのかしら!?」
「そこかよネーサン!? イヤわかるけど!!」
と紫狼がつっこみ、さらに紫狼は愁矢から
「つっこみになってない」
とつっこまれていたがそれは置いておこう。
●皆で楽しく。
コッペリアが用意した軽食、憐の菓子、そして百合歌が持参した菓子も並べられ、さぁティータイム。
切り分けられたフレンチトースト、一口サイズの小さなケーキ。リミンだけでなく、誰もがつまみやすい場が提供され、リミンがいる場所へ集まるように皆でテーブルを囲んだ。
百合歌は、大変飲みやすい紅茶、シレット・ティーを淹れる。
Lauraも菓子を持参したと言って取り出した‥‥のは、真っ黒い何か、だった。
「家事やお裁縫はできるんですけど、料理だけはあんまりうまくいかないんですよねぇ。ちょっと焦げてしまいまして‥‥食べてみます?」
何が出てきたんだろう‥‥と黒い物体を見ていたリミンに、Lauraが声をかけた。因みにリミンは己の身に迫る危険をわかっておらず、慌ててキアが救出に入る。
「待ってLaura、それ、ちょっと焦げたってレベルじゃないからお願い」
「やっぱりダメかしら」
「えぇ!」
などというひとコマもあったりしながら、賑やかに、和やかにティータイムが過ぎていくのだった。コッペリアはピンと小指を立てて優雅にお茶を頂きつつ、リミンを見て思う。
(とても辛い経験をしてきたのね‥‥でも、世の中は暗いことばかりじゃないのよ。どうか、どうか、それを忘れないでね‥‥)
と。
そんなティータイムがひと心地ついて皆が一息入れると、紫狼扮するクリニクラウン登場。クリニクラウンというのは、入院患者に笑顔を与えてそれを回復の力にしてもらおう、という道化師たちのことである。
ピエロの衣装に身を包んだ紫狼は、コミカルな動きでぴょこり、ぴょこんとテーブルに近づいてきて、並べられた食べ物に興味を示す。『残ってるのみんな食べても良いかな?』と、コッペリアに身振り手振りで尋ね、許可を得ると喜び勇んでLauraの肩を叩き、あれ取って、向こうのも!と頼む。Lauraは次々にそれを渡していき、受け取っては平らげていくピエロ。‥‥しかし途中で様子が変に! 彼の手に半分だけ残っていたのはLauraが作った消し炭‥‥もとい、元・菓子。派手にじたばたと駆け回り、それに乗ったLauraが両手を腰に当て、失礼しちゃうわ、とプンスカ怒ってみせたり。
コッペリアがピエロに水を渡してやり、やっと落ち着いたピエロは気を取り直して、今度はジャグリングの道具をポケットから取り出した。同時に炬烏介の肩を叩き、ギターを弾く真似をする。演奏頼む、ということらしい。炬烏介はリミンの車椅子から離れ、エレキギターを用意し、軽快な曲を弾き始めた。
それに合わせてピエロはまず、ボールを1つ、2つ、3つ、と投げ上げキャッチしてはまた投げる。お手玉の要領で器用にジャグリングを披露。笑顔でやっているが本人は必死だったりするがそれは紫狼自身の努力で傍目にはわからない。
曲が変わって、今度はトランプをひと箱手袋の中から取り出す。すべるように流れるようにカードを扱い、それは紙切れではない別のものに見えるほど。
そんな調子で面々を楽しませ、ピエロは可愛らしい花を一輪自分の帽子の中から取り出して、リミンにプレゼント。受け取ってもらえるとニッカリ笑顔で1歩下がり、観客に一礼したのだった。
●残るもの。
炬烏介は終わり際、リミンに話しかけた。ぼそり、ぼそ、と。
「お前が‥‥関心持つ、もの‥‥それは‥‥全て。ヒトから成る‥‥ものだ。‥‥故に思う。ヒト。は‥‥可能性だ。全て、を得る‥‥事の。少し‥‥でも。得たい、と思う‥‥ならば。扉に、触れる‥‥事、だ。ヒトへの‥‥」
そして携帯用音楽端末を渡す。
「これが‥‥『鍵』たる。事を‥‥祈、る‥‥」
キアは、回収しなかったブレスレットのことを『思い出し』、ふっとため息をついた。
「柄でもない事‥‥してしまいました、ね」
だが悪い気はしない。
百合歌は着物の袂から取り出したハーモニカで、アメイジング・グレイスを演奏した。夕暮れに染まるリハビリ室を、優しい音色が通り抜けていった。百合歌は、テーブルの上に木製のハーモニカをことんと置いて、プレゼント。
「興味が湧いたら、使って頂戴ね」
そして一行は退室。リミンはテーブルの前で、目を閉じていた。
モア医師に見送られ、帰り道。
夕焼け空を見上げながら、炬烏介が呟いた。
「‥‥人ノ魂ハ必ズ人タラントスル‥‥『鍵』は‥‥渡った」
「鍵?」
隣を歩いていた愁矢が鸚鵡返しに問う。
「鍵、だ‥‥必ず。何時か‥‥ヒトとなる‥‥だろ‥‥zzZ」
「え、寝たし!?」
紫狼がすっとんきょうな声を上げつつ、起きろ起きろと炬烏介の肩を揺さぶっていたり。
モア医師が戻ると、病室では少女が何か口ずさんでいた。今日聞いた音楽のフレーズだ。目を閉じて、クラシックから流行曲、即興演奏まで。
一通り口ずさむと、目を閉じたまま、誰かに贈るようかのように小さく拍手を。
きっと、何かが残り、それは彼女の芽となって、始まるに違いない。