●リプレイ本文
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日本は四国、その南部。
レジスタンス・チーム『フロラ』の拠点を訪れたのは、最上 憐 (
gb0002)、智久 百合歌(
ga4980)、遠倉 雨音(
gb0338)の三人である。
「あ、いらっしゃーい」
片腕に書類の束を抱えた、黒髪に青い瞳の少女、リミン。知っている顔を見つけて空いているほうの手を振った。集まって一通り挨拶を済ませてから、憐がリミンに声を掛けた。
「‥‥ん。リミン。今から。時間もらえたり。する?」
「ええと、うん、大丈夫。あ、これだけ会議室に置いてくるね」
休憩もらえる時間だからー、と言って頷くリミン。
アンリと会いたい面々も居り、四人は会議室へ。
「ようこそいらっしゃいました」
機材や資料に囲まれながら顔を上げたのは、ヨツモト・アンリ。『フロラ』の指揮官である。
「こんにちは、アンリさん。また根を詰めてない?」
百合歌がにこりと笑って挨拶。雨音が続く。
「お手伝いさせて貰えればと思いまして」
「ありがとう、お二人とも。そうね‥‥このところは緊急事態の発生が減った分、だいぶ楽よ」
とはいえ街中の問題は未だに山積しており、手伝いの申し出は正直言って嬉しい、とアンリ。そうして彼女はまた目の前のディスプレイに目を戻す。
そんな彼女に横から憐がリミンを借りると言って、はしゃぐリミンを連れ近くのファミレスへと移動していった。
「そうそう。サンドウィッチ持って来たのでよかったら召し上がって」
そう言って百合歌が大振りなランチボックスを取り出し、机の隅にスペースを見つけて置いた。蓋を開けると、食べ易いサイズに切り分けられたサンドウィッチが綺麗に並んでいる。
「ああ、助かるわ‥‥急用が入ると食事の暇が無かったりするのよ」
「まだ手の回らなくなるときが?」
敵の脅威は去ったと聞きましたが、と尋ねるのは雨音。百合歌がサンドをひとつアンリに渡す。
「そうね。来る途中で見たかもしれないけど、通行止めがあちこちにあって事故が起き易いの」
また、公共施設が一部機能しておらず手続きなどが滞っていたり、必要な物が手に入らなかったり。先日の騒動で家を失った人も多い。街の中は予期せぬ場所に予期せぬ人や物が存在しうる、不安定な状態であることを説明した。
百合歌が軽く息をつく。
「ふむ‥‥二次被害の発生に、帰宅出来ない避難民、ですか。必要な物資の把握も大変そうね」
「ええ。‥‥あ、そろそろキャップが着く頃だわ」
「キャップというと物資補給の」
先日参加した市街戦闘で、物資補給チームが存在したことを思い出す百合歌。アンリの夫が経営する運搬会社の、車両と通信網を利用したチーム。今も『フロラ』の指揮下で動いているのだった。
「そう。ただ‥‥搬入チェックとか色々しなきゃいけないけど、今ここ離れられないのよね」
困ったわ、と呟くアンリは、ずっと更新され続けるコンピュータの画面を見ながら、手元の図面にチェックを入れ続けていた。それを見て、
「私でよければ代わりに行きますが」
そう申し出たのは雨音だ。
「お願いしようかしら‥‥そこの書類と届いた荷物を照合してから、搬出一覧を見て荷物を渡して欲しいの」
「わかりました。搬入手続きと搬出手続きですね」
「ええ。頼みます」
机に置かれていた一部の紙束とペンを受け取り、ざっと確認した雨音は静かにひとつ頷き、会議室を出ていった。
百合歌は残り、アンリと暫く話を続ける。
「ところで‥‥娘さんの事があるとは言え、何故フロラは四国を助けてるのかしら?」
いつまで活動を続けるのか不思議に思って、と百合歌。
「故郷をなんとかしたいから‥‥これは娘のことと並ぶ私情ね。その我儘にみんなを付き合せている自覚はあるわ」
軽く自嘲の笑みを浮かべるアンリ。そして続けた。
「あと。これはチームの共通意識で、これまでの恩返しがしたいから、よ」
沢山の協力、援助、気遣い、応援が暖かかった。だからお礼がしたいのだ、と。
「これ、私が聞き出した事じゃなく、リミンがみんなから聞いたと言っていたの。だからこれがみんなの本音だと思うのよ」
私も同じ。そう言って、アンリは微笑んだ。
あの子がこんな繋ぎ役を果たしていたのねと思いつつ、百合歌は纏めた。
「じゃあ、これからずっと四国に留まるということかしら」
「恐らく。復興支援を行うNPOとしてやっていくのはどうか、とメンバーから意見も出ているわ」
夫が退職したら巻き込もうかしら‥‥と笑う白髪交じりの婦人に、楽しそうで良いと思いますと同じく笑って頷き返した百合歌であった。
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天戸 るみ(
gb2004)はあちこち荒れた街並みを見て回る。
壊れた建物の周囲にはロープやテープが張られていたり、いなかったり。
通行止めになっている場所に気付かず入り込んで立ち往生している車が数台いるかと思えば、近くでは店の前で焼きたてパンのセールを行われており人が集まっている。
「戦場と違う混乱や危険が、生活のすぐ隣に‥‥」
歩き回っている彼女自身も周囲に気を配っていなければどこへ迷い込むかわからない。そんな不安定さと、これから自分たちの生活を立て直していくんだ、という意気を感じる人々の活動。それらが混在している街の中をるみは進んでいった。
彼女は、平らに言えば軍で上を目指していくのに必要な経験や情報を得る為、復興途上の街を見て回っていた。
戦後の世界と能力者。これからの立ち位置を考え、必要な体制を作っていくというのが彼女が軍に所属している最大の理由‥‥目標である。それを達成するのに必要な力を手に入れるためにも、経験と知識の蓄積は重要だ。
「まずこの世界を知らないと、なんにもならないし」
無知のまま何を語ってもその言葉に重みなどない。
「それに書面のデータを見てても、人の感情や願いはわからないしね」
だから、るみはその目で見、その耳で聞くため、この街を歩いて回る。
所変わってファミレスに着いた憐とリミン。
早速デザート各種を頼んで、お菓子がテーブルに並ぶのを待つ。
「メニュー、1ページ復活してるー‥‥あ、でもこのページはお休みなんだ‥‥」
ぱらぱらとメニューをめくってみる二人。流通が滞っているらしく、一部のメニューが販売不可になっていた。憐が頷く。
「‥‥ん。やりくりが。まだ。大変だろうね。とりあえず。大きな戦いは。終わったけど」
「うん‥‥これからだね」
「‥‥ん。そう思う。私は。傭兵続けて。たまに聴講しに。学園に行くつもり。ただ」
「ただ?」
「‥‥ん。今後。傭兵は。お払い箱かも。だから。何十年後かの為に。本格的に学園で。学ぶのも。面白いかも。って思う」
「あ、そっかぁ‥‥」
リミンは少し目を見開く。傭兵を、或いは能力者を必要としない世界で生きていくための準備。これまでずっと、誰かから提示された選択肢から選ぶだけだったリミンには新しい考えと思えたらしい。
だがそんなリミンを見ても、憐はそれを押し付けるようなことは言わなかった。代わりに尋ねる。
「‥‥ん。リミンは。分校に。戻るとしたら。何がしたい?」
「強化人間の子たちにね、興味があるの。分校の近くに、ホスピスがあるでしょ?」
グリーンランドにある、ハーモニウムたちの終の棲家のことだ。リミンは『誰かに使われる為に生かされた存在』に親近感のようなものを覚え、もっと知りたいと感じるのだと話した。
「‥‥ん。成程。じゃあ。四国に残りたいのは。なぜ?」
沈黙するリミン。
丁度そこへ注文していたデザートが来た。カチャカチャ並べられていくお菓子たち。店員が去り、憐は猛然と食べ始める。リミンはフォークでパンケーキの上のアイスクリームをつついていた。だが憐は急かさない。ただもぐもぐとケーキを一皿平らげ、パフェに取り掛かる。
つつかれたアイスクリームが半分も溶けた頃、リミンがようやく口を開いた。
「大して役に立ててないまま、ここ離れるのって申し訳ない気がして」
「‥‥ん。あうほお」
もぐもぐしながら答え、口一杯の果物とビスケットを飲み込んだ憐。リミンの迷いの原因を見つけた。
「‥‥ん。取り敢えず。私に言えるのは。リミンが。足手まといなら。学園に強制送還。されてただろう。ってこと」
不安ならアンリ辺りに訊けば良い、あの人たちならきちんと話してくれると憐は話す。
「役に、立ててたかな」
まだ不安そうなリミンに、憐が少し食事の速度を緩めた。
「‥‥ん。同じ依頼で働いて。私が思ったのは。リミンが。物凄く戦力になる。わけじゃないこと。未熟な所も。目立つこと」
きっぱり言われてしょぼーんとしながら頷くリミン。
「‥‥ん。でも。向上心や。努力が見える。その。頑張りは。周りに。良い影響を。与えている」
成果を実感できず悩むかもしれないが焦らなくていい。
静かな(時々咀嚼で中断する)言葉を反芻しながら、リミンは頷いた。‥‥ん、と頷き返した憐はパフェの最後のソフトクリームを胃に流し込む。
その後はデザートを食べまくることに集中し平らげていく二人であった。
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ファミレスから戻り憐と別れたリミンに手を振る百合歌。ただいまー、と手を振り返すリミンに、
「おかえりなさい、お腹はいっぱいかしら?」
リミンが首を傾げると、百合歌は小ぶりなランチボックスを取り出した。
「甘い系のもあるのだけど‥‥チョコクリームとか」
ぴくん、と反応したチョコ大好き人間は、よたよたと百合歌の後に続く。施設内のベンチに腰掛け、サンドを齧る二人。
「さっき憐とね、これから先のことの話をしたよ」
「リミンさんは、どうするの?」
「んと、まずはアンリに、私がお荷物じゃなかったか聞くの。それで、‥‥そこから先は、まだ未定」
しょぼしょぼと尻すぼみに終わったリミンの話に、ふふと笑ってから百合歌は頷いて見せた。
「貴女はちゃんとここで頑張ったのだから、『フロラ』の大切な力になっていたはずよ。あと私から言えるのは、そうね、今しか出来ない事を優先してみたらどうかしら」
「一杯あるよぅ」
「今の貴女に出来ること、今の貴女がしたいこと。自由に歩いていきなさい?」
微笑み、百合歌はランチボックスの蓋を閉じた。さてと、とベンチから立つ。ふぬぬと考え込みかけていたリミンに、雨音さんの手伝いに行くようアンリさんから言付かってるからいってらっしゃい、と言って、百合歌自身はアンリの手伝いに戻る為その場を後にするのだった。
体育館には、大量に届いた荷物を大まかに分類し終えた雨音が居た。
「おつかれさまー、お手伝いにきましたー」
リミンの声に振り向いた雨音は現状を説明する。
「ありがとうございます。届け先の方面別に大体分けたので、更に細かく分けて整理して頂けますか?」
「はーい!」
二人がかりでさまざまな荷物を並べ替え、整理整頓する。
その後到着した『キャップ』のトラックによってそれらが搬出されていったのを見届け、彼女らの仕事は完了。
体育館の壁に寄りかかりながら、二人は休憩がてらお喋りを始めた。
「そういえば、前回会ったのは蜜柑農園でしたか」
「うん。あのときも、荷物運びのお手伝いとかやったねー」
「そうですね。あれから、農家の方々とは」
「時々会うよ。差し入れしてくれたり、向こうの様子教えてくれたりする」
色々助けてくれるの、と微笑むリミン。その笑顔にどこか不安が見え隠れしていると気付く雨音。
迷惑でなければ、と前置いてから言ってみた。
「何か、気にしてらっしゃることが有るなら話してみて下さい」
数秒の間の後、俯き気味に話し出すリミン。
「私、へなちょこで大したことできなくて‥‥でも」
憐も、百合歌も、大丈夫って言ってくれる、けど、だけど‥‥とごにょごにょ言っている姿は、自信と勇気があと少しだけ足りない子供のそれだった。
真面目な表情の中に、ふ、と微笑を浮かべた雨音。
「この前の蜜柑農家で。キメラ退治の後、収穫のお手伝いをして、蜜柑を食べて、沢山笑っていましたよね」
と話し始める。こくり、と頷くリミン。
「皆で力をあわせて頑張ったから、あのみんなの笑顔があった――誰かの役に立つというのは、そういうことだと思います」
「力をあわせて頑張った‥‥」
「そう。だから、大丈夫。リミンさんは立派に、誰かの役に立てていますよ」
黒い瞳が青い瞳を見つめ、真摯にそう言った。続けて、私見ですが、と
「『区切り』をどこで付けるのかはリミンさん次第です。まだこの地でやりたいと思うことがあるのなら、心残りを抱えたまま戻るよりは、やり切ったと思えるまでこの地にいるべきではないでしょうか?」
そういう判断基準もあることを雨音は伝え、リミンはそれらを噛み締めるように聞くのだった。
会議室では、憐がアンリとぽつぽつ話をしている。
結局のところリミンの悩みは、自身が役に立っているか実感出来ない、という点にあると思われること。その辺についてアンリはどう思う、と憐から尋ねられアンリは少し困ったような笑みをその顔に湛え、
「不安にさせてしまったかしら‥‥指揮官失格ねぇ」
つまりきちんと目をかけたい部下の一人である、と言外に告げた。
「‥‥ん。とりあえず。アンリに直接。きいてみれば。と言っといたから。後で。リミンが来るかも」
「了解、その時は、少し時間を取って話を聞くことにします。彼女のこと気にかけてくださってありがとう」
「‥‥ん。そんなの。今更だから。気にしないで」
そんなことより、とサンドウィッチの入った大きな箱に熱い視線を注いでいる憐であった。
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アンリの言伝をリミンに伝え、その後は郵便物と書類の整頓に精を出していた百合歌。その作業があらかた終わったことをアンリに告げてから、体育館にいたリミンを外に連れ出した。
百合歌の手にはヴァイオリンのケース。それを開けながら彼女はリミンに
「ハーモニカ、持ってる?」
もちろん、と言わんばかりに取り出されたるは木製ハーモニカ。
それを見て百合歌はヴァイオリンを静かに構える。チューニングのゆったりした音から、明るいメロディが何度か同じように紡ぎ出された。それに合う旋律を以前百合歌から教わっていたリミンはタイミングをうかがってヴァイオリンのメロディに滑り込む。
百合歌が主導しつつ変化していく二重奏。殺伐とした街中に音楽が流れ、人が集まる。二重奏が終わると、ギャラリーから拍手が沸いた。残っている聴衆に百合歌が語りかける。
『フロラ』のことをご存知ですか?
今みなさんが必要としているのは何ですか?
みなさんはこの街の復興のために、どんなことをなさるでしょうか?
聴衆の幾人かと話をしたり、質問に答えたり質問したり。地元の者たちの中には、聞かれて初めて考えてみたという者も居る。前から意欲的に活動している者もまた居て、百合歌は彼らの間に立ち『この街について』考えるためのきっかけ作りに終始した。
そんな様子を遠目に見ていたのは、るみ。
街中を見て回っている最中に百合歌たちを見つけ、彼女たちや聴衆のやり取りを見ていた。敢えてそこに参加はせず、この街の人々の気持ちのいくつかに耳を傾けてからその場を去る。
向かった先は『フロラ』の拠点。
臨時拠点となっている施設の会議室で、この辺りで尽力してきたレジスタンス・チームのリーダー、アンリに会う(その横にはサンドウィッチをぱくついている憐の姿があった)。挨拶の後、るみは自分が見てきたものを事細かに、詳らかに伝えていく。
「大通りの、この通行止めの場所ですが、入り込んでしまった車が何台も立ち往生していました。近くで買い物をする人も多く危ないので、いっそしばらく車両進入禁止にしてもいいかもしれません。あと、ここと、ここも似たような状態でした。一番危険に感じたのは最初の箇所ですが」
「有難う、すぐ確認しますね。他には何かあります?」
視線が図面とメモとマイクとディスプレイを転々としながら二人の話は進んでいく。
「はい。この公園‥‥市街から少々離れた場所なんですが、避難先を見つけられていない方々が野宿をしようとなさってて」
「あらあら、何とかしなくては‥‥数は?」
「十名ほどです。身寄りの無いお年寄りもいらっしゃったので出来るだけ早い対応を」
「わかりました」
てきぱきとるみが伝えていく情報にひとつひとつ頷きながら、アンリはメモを取ったり、時に市街の『フロラ』メンバーへ連絡して対処したりと手際よく動く。
伝えられることは全て伝え、るみは一息ついた。それから、不意に問う。
「『フロラ』の皆さんは、これからの世界に何を願いますか?」
アンリの答えは簡潔だった。
「力無い人でも安住できる、平穏です」
るみは、迷うことなく返されたその答えを胸に刻み、頷いた。
「私は、今後の世界に於ける能力者の在り方を考えています。力を持つ存在の暴走が、力を持たない人を傷つけることを防ぎたい」
だから、と彼女は言葉を続けた。
「だから私、絶対に偉くなります。偉くなって、人々と能力者が紡ぐ未来を形にしたいんです」
るみの言葉は、未だ経験の浅い彼女が持つ真心として、初心として、アンリの記憶に刻まれる。
「芽吹いた貴方の願いが大きく育って大輪の花を咲かすよう、応援しています」
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後日。会議室によたよたと入ってくるリミンの姿があった。
「あのぅ」
「お呼びかしら?」
「えっと、その、んーと‥‥私は、皆の役に、立ってたのかな‥‥って、思って、自信なくてそのええと」
「それについて私から言えるのはひとつだけね。『フロラ』に、役に立たない人の面倒を見る余裕なんて無いの」
リーダーのきっぱりざっくりとした言葉に一瞬怯んだリミンだったが、アンリが微笑んでいるのを見てその言葉の真意を理解する。要するに、そもそもこのチームのキャパシティは小さく、仕事以外のことに手を回している余裕など全く無い。そんな場所に居続けられることがすなわち『必要とされていたこと』の証明なのである。
アンリが言う。
「今後の進む道は、他でもない貴方が、遠慮なく、自由に選び取りなさい」
それを聞いて、晴れ晴れとした笑顔でリミンが答えた。
「‥‥私、いろんなものを見てくることにする」
自分のやりたいこと、知りたいことが有る場所へ行こう。
自分を気にかけてくれた人達の想いを胸に、そして、ここまで尽力してきた四国への想いを胸に。
この島国を発とう。