●リプレイ本文
●始まりの朝
リミンの泊まる部屋のドアを、智久 百合歌(
ga4980)がコンコンコン!とリズミカルにノックした。
「‥‥開いてるー」
ドアの向こうから、もごもごとくぐもった声。がちゃりと空けると、奥のベッドに毛布の塊が1つ。近づいた百合歌は
「リーミンさーん、遊びーましょー♪ お出かけよっ」
容赦無く毛布をべりっ。ころん、と出てきたジャージ姿のリミンはぐずぐずとしながら顔を上げる。視界に入ったのは、毛布を放り楽しそうな百合歌と、特に何も言わず、少しだけ微笑んで軽く会釈したキア・ブロッサム(
gb1240)の二人。
「はい、こんにちはv」
「こんにちは、百合歌‥‥キア‥‥」
よく知る顔を見ても、めそめそぐずぐず。そんな様子に、横から声を掛けた者が居た。
「穢れを知らない清純派美幼女の空が来たからには、美幼女力でネガティブな空気など全て吹き飛ばしますよ!」
最上 空(
gb3976)、甘党美幼女の見参だ。その後ろから、彼女の妹であり、リミンとは知己でもある最上 憐 (
gb0002)が顔を出す。
「‥‥ん。リミン。久しぶり。何か。災難だった。みたいだけど。大丈夫。何とかなるよ。きっと」
そう言って、リミンの身支度を手伝い始める。
先に部屋を出たキアは杜若 トガ(
gc4987)と鉢合わせ。
「こんなトコに来るたぁ、随分とお優しいねぇ。いい顔してるぜ?」
「‥‥変な場所で御逢いするものです、ね‥‥」
と、和やかな場所で会う気まずさに目をそらすキア。トガは面白がってニヤ、と笑んでいたり。
その後、最上姉妹に両手を引かれて部屋から出てきたリミンに問いかけるのは須佐 武流(
ga1461)。
「頭から毛布を被ってた、ということは、閉所恐怖症は無いのか」
「うん、それは、あんまり気にならないよ」
そんな話をしながら、資料の確認をしてくるというトガを残して一行は宿の外へ。
●1日目
「どこ行くの?」
問うリミンに、百合歌が答える。
「とりあえずお散歩よ。まずは外の空気を吸うのが大事♪」
こくり、と頷くリミンの横の道を、轟音を立てて軽トラックが通り過ぎていった。びく!と一瞬固まるリミン。しかしその後、自分を追い越していく自転車には強い反応は無し。そんな様子を確認する百合歌の隣で、空が全員に向かって話す。
「今日は何をしてみましょうか!」
それに答えたのは武流。
「まずスピードが怖いんだろう。俺の乗るバイクの後ろに乗せて、乗り物のスピードに慣らせようと思う」
「‥‥ん。それは。まだ。やめたほうが。いいかも。バイクは。私も用意。してるけど」
思い切りびくついているリミンに気付いた憐が、それを制止する。
「明日か明後日、でしょうか、ね‥‥馬車も、少し後に。日程調整が必要です」
とキアも言い、結局何から始めようかという話に戻る。そして百合歌の、大型車を停車させたままみんなでお喋り、という案が採用された。
その頃。
宿に残ったトガは煙草の煙を吐き出しながら今回の依頼の資料を確認していた。
(乗り物恐怖症ねぇ。傭兵やめちまったほうがそいつの為じゃねーのかぁ?)
そんな気持ちも胸を去来する。
「‥‥お前さんは切望した夢の世界を拒絶するのか。贅沢な奴だ」
ぼそりと呟いて、短くなった煙草を灰皿に押し付けた。
散歩組は、しばらく歩いて宿の周辺を一巡りし、一旦宿へ戻る。
少し早い昼食‥‥と言えるかどうか不明だが、チョコレートフォンデュが食堂に用意されていた。(主に空と憐とリミンが猛然と食べ始め、心ゆくまで楽しんでいたのは言うまでもない。)
食べ終えた一行は、再度トガに見送られ、海の見える丘へ。そこには、百合歌が手配した大きなワゴン車が停まっていた。車は動かさないからね、と車のキーを見せながら確約した百合歌に手を引かれ、リミンがワゴン車に乗り込む。ふと思いついた終夜・無月(
ga3084)が車のバックドアを開けると、良い感じに風が入った。窓を開ければ海が煌めき、それを見て空が歓声を上げる。
「おおー、良いとこですね、ここ! ほらリミン、窓からの景色が素敵ですよ!」
「すごい、きれい‥‥!」
笑顔になるリミン。
「来て良かったでしょう?」
と言う百合歌にリミンが頷くと、百合歌は
「学園のお話聞かせて。最近は、どんな風に過ごしてる?」
と話を振る。
「やっぱり私は、勉強することが沢山。楽しいよ! あと、先生から狙撃兵の動きを教わって特訓する時間が‥‥」
そんな風に昼下がりを過ごし、夕刻。
キアがふらりと居なくなり、馬車を走らせて戻ってきた。やや大振りで、向かい合わせに合計六名座れる馬車だ。
「ここから宿まで、これで少々遠回りして帰ろうかな、と」
「‥‥止まらなくなったり、しない‥‥?」
不安そうにするリミンにキアはしっかりと頷いた。
「歩く程度の速さでしか、動かしません。‥‥大丈夫。馬は賢い、です」
「怖かったらずっと空が手を繋いでいてあげます!」
「万一何かあったら必ず受け止めてやる」
空や武流の言葉に背中を押され、皆に続いてそろり、と馬車に乗り込んだリミン。ゆったり動き出す馬車。左手は空の手を握り締め、右手は馬車の縁を力いっぱい掴み、俯き加減なのを見て憐がアドバイス。
「‥‥ん。下ばかり。見てるから。怖い。前を向くと。良いかも。夕焼けの。良い景色が。見えるよ」
「前‥‥」
と呟いて目に入ったのは向かいの憐と、手綱を握るキアの後姿と、ポクポク歩く馬の姿。
「‥‥馬、大人しいね」
「‥‥ん。馬。‥‥馬刺しが。恋しい」
憐の食欲全開な呟きにキアが思わず
「この子達は食べないで下さい、ね」
などと返す。和やかだか殺伐としているのだか。
宿に戻り、食堂で夕食を済ます。
食後、部屋へ戻る途中、トガがトリュフチョコを餌に声を掛け、リミンを華麗に外へ釣り出した。気付いていたのはキアだけ。キアは隠密潜行を使い、もし問題があれば話を止めに入ろうと思いつつ彼らの後に続く。
宿の外。木の柵に腰掛け、トガは
「話を聞かせろよ、脚が不自由だったときのお前さんの夢を」
と切り出した。
「私の夢、は‥‥自分の望んだ場所に行って、自分の脚で立つことが、夢だったよ。キメラが来た村に私だけ置いてかれちゃって、すごく寂しくて、それでも何も出来なかったから‥‥今は、脚が動いてすごく幸せだなって、思う」
トガは、口を閉じたリミンの前にトリュフチョコを改めて差し出した。
「‥‥よし。俺の話もしてやる。ガキの頃の、箱舟って名の牢獄の話をなぁ」
「箱舟?」
「多くの命を救うためのハコ、だ。つまり病院。3年くらい前まで、そこが俺の世界の全て。『外』は夢見るほど憧れてた、ってなわけだ」
一息ついてから続けた。
「なぁオイ、お前さんの夢ってぇのは、いっぺん食らったデケェ恐怖‥‥その程度で壊れちまうのかぁ?」
その問いに、明らかな答えは無かった。
「‥‥チョコ、ありがとう」
「おう」
トガは頷いた。今日はこの辺にしといてやろう。そう思って。
向こうで、ひっそりと話を聞いていたキアがそれら話の全てを胸に留め、自室へと戻っていった。
部屋に戻ったリミン。同じ部屋で泊まることになった空・憐・百合歌に迎えられ、四人でしばらく夜のガールズ(?)トークに興じる。お菓子はあれが良い、でもこっちもこんなのが、などと深夜までわいわい盛り上がったのだった。
●2日目
朝食を済ませた後。無月がリミンを、余っていた宿の一室に呼んだ。ゆったりとした安楽椅子が置かれ、窓が開いて海を望める。潮風がゆるやかに届く部屋だ。
「そちらの椅子へ、どうぞ‥‥」
部屋に入るとほんのり良い香り。アロマオイルが炊かれており、ほっとするような気持ちにさせる。無月はハーブティを振る舞い、
「乗り物のこと、楽しいことや遣りたいこと‥‥今の心に浮かんでくることを、何でも話してみて下さい‥‥気持ちの整頓、のようなものですね‥‥」
なかなか話しにくくて困るリミン。
「ああ‥‥私に話すというより、自分に説明するという感じで構いません‥‥」
説明、説明‥‥と呟いて、ぽつりぽつりと自分の気持ちや考え、感じたことなどを話すリミン。ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
昼までその「話」が続き、終わり頃。
「色々な言葉や気持ちがありましたね。気付いたことなど、ありましたか‥‥?」
「‥‥うん、私はやっぱり傭兵として働きたいってこと、かな」
「そうですか‥‥」
ニコリ。笑みを向け合い、ちょっとした達成感を胸に二人は朝食へ向かったのだった。
午後。
自分の意思を確認出来たものの、怖いのは怖い、とぐずるリミンを連れて一行は外へ出た。(例によってトガは情報集めだーと言って宿に残って一行を見送ったが。)今日は簡単な乗り物に挑戦させることになっている。昨日ワゴン車があった場所に今日置かれているのは、小さい子供用の三輪車2台、普通の自転車3台。そして宿屋が買い物に使う、後部に大きなカゴが付いた三輪自転車が2台。
「怖、い‥‥っ」
「‥‥ん。大丈夫。平らな場所で。絶対。暴走しない。三輪車と。自転車を。用意した」
「ブレーキもちゃんと効くわよ」
「これくらい出来なければバイクは程遠いな、ドラグーンなら困るだろ?」
「うううー‥‥!」
憐や百合歌や武流が、宥めたり、すかしたり、けしかけたり。
恐る恐る三輪自転車を選んでサドルにまたがったリミン。隣の同じ三輪に空が乗って、励ます。
「並んで一緒に進みましょう。ゆっくりでいいですから、ちょっとずつ、ね!」
丘の上を往復し、戻ってきた二人。憐が出迎え、リミンに言う。
「‥‥ん。そろそろ。糖分。補給する? 空を横に。揺らすと。チョコとかが。出て来るよ」
「憐! 空を菓子袋みたいに言わない! さぁさぁ、憐の様に、お腹いっぱい食べれば、不安など吹き飛びますよ!」
と半ば先ほどの憐へ言い返すように話す空の持っていた、チョコや飴を貰って口に含み、次は自転車に挑戦。今度は憐と空が両隣を走る。
実は昨夜、リミンが外へ行っている間に憐は、リミンの主治医と連絡を取って助言を得ていた。曰く、沢山のことを提案し、話しかけ、恐怖を気にする暇を与えないこと。憐は話術に長けているほうではないため、その助言を同室の女性陣にも伝え、自分は自分に出来る限りのことをしようと思いつつ、自転車の運転の感想などを述べる。
「‥‥ん。昨日も馬車で。言ったけど。前向くの。おすすめ。‥‥ほら。顔に。風が当たって。気持ち良い」
「そうそう! 自転車はこの爽快感がたまらないのですよ!」
空もそう言って、ほんの少しだけペダルを踏む足に力を入れる。そうして、普通の速度で自転車を走らせるところまで成功したのだった。
その夜、リミンの荷物に宿屋の店主経由でカードが届いていた。トガからのお呼び出しだ。
●3日目
夜明け前。
そろりそろり、と起き出して昨夜の木柵のところへ向かうリミン。外ではやはり、トガが待っていた。
「上見てみろ」
「うえ? ‥‥あ、星」
遮蔽物も多く少し見えにくいが、綺麗な星がちらりと見えた。
「もっとよく見えんのが、あの辺らしいぜぇ。ただ、あそこに行くにゃ車を使うしかねーんだが‥‥どうするよ?」
そう言って、遠くに見える平地を指差す。
「恐怖と好奇心、どっちが勝つんだぁ?」
意地の悪い笑みを浮かべ、返答を待つ。リミンの表情は固い。30分も待っただろうか。
「‥‥見に、行く」
笑みを深め、例のワゴンがある車庫へ向かうトガ。
「や、やっぱりやめとk‥‥」
「聞こえねぇな」
「ううぅ」
車に放り込んだリミンが窓辺にしがみ付いているのを横目に、窓を開け颯爽と夜風に煙草の煙を流しながらハンドルをきるトガだった。
目的地に到着し、降車する二人。空は白んで、既に朝日を拝めそうな時間帯になっていた。東の空が明るくなり星の姿は薄くなっていく。しかし澄んだ水平線上に朝日が顔を出す光景を目の当たりにしたリミンは息をのむ。
「こっちも良いもんだろ」
とトガが声を掛けると、リミンは無言で深く頷いた。
リミンの中でくすぶっていた火が、「夢」の話で熾され、「星を見に行く」ことで煽られ、大きくなった。その証拠に。
「今日、バイク乗ろうかな」
朝食の席で、リミンがそう言った。反応したのは武流。
「やる気になったか」
「怖い、けど! 自分で乗って動かすところから‥‥頑張ってみる」
「わかった。安心しろ、何かあったら助ける」
朝食後、いつもの丘の上に到着。武流と憐が所有するバイクと、リミンのAU−KVが軽く唸り、それぞれの主に騎乗を促す。
「初めはゆっくり、だ」
「うん」
武流はリミンに併走し、憐がその反対側を走る。
「‥‥ん。良い感じ」
「うん」
返事が固いので少なからず無理はしているのだろうと察せられたが、彼女の真剣な表情を見た憐は止めない。
しばらく練習しても表情は固いままだったが、恐怖にとらわれ体が動かなくなるといったことは無かった。小さくはない進歩である。
バイク運転の特訓後、くたびれきったリミンにおつかれさまと言いながら、百合歌とキアが菓子を差し入れる。武流も用意してあったチョコレートケーキをリミンにプレゼントし、労った。皆でクッキーなどをかじり、次はAU−KVアーマーを試し、その後船に行こう、と流れを決定。
「私、思うのだけどそれって、乗り物というより服じゃない?」
AU−KVを、バイク形態からアーマー形態にする瞬間を若干ためらっているリミンを見て、百合歌が声をかけた。
「う、ん‥‥」
覚醒し、装着。恐る恐る歩き出す。自分ではうまく走れないリミンにとって、いとも容易く尋常ならざる速度で走り回れるようになる覚醒状態とAU−KVの装着は、中々に恐怖を感じさせる。しかし、一番最初にこれを着て走り回った日のことを思い出した。
覚醒状態だった無月が、軽く走り出したリミンと足並みを揃える。
「思い詰めては駄目ですよ、気にすべきことは他にも沢山あります‥‥」
「‥‥うん、そうだね、大丈夫」
落ち着いて動くことが出来るようになり、ほっと一息。その後、AU−KVを外して一行は港へ。フェリーの見学、として乗船するとリミンは出港後も殆ど取り乱さず歩き回っていた。心境の変化や特訓の成果、そういったことも影響したようだ。
隣の港までの航路を往復し、フェリーは帰港。ここで依頼の工程は終了する。が、
「‥‥ん。魚が。いる。美味しいかな」
「え、どこどこ?」
憐につられ、港の岸壁から海面を覗きこむリミン。
そんな姿を見遣ってから、何も言わず立ち去ろうとするトガに、キアが声を掛けた。
「挨拶は?」
「アイツをあんまり見てっと泣かせたくなっちまうんでねぇ」
「‥‥まぁ、ね」
その後、ゆるりと挨拶を交わして解散となった。
傭兵たちの協力と提案、配慮。それらが結実し、またリミンは進むことが出来そうだ。