タイトル:求む、小村の治療者。マスター:菊ノ小唄

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/01 20:57

●オープニング本文


とある小さな町の集会所。そこは戦場と呼ぶべき場所になっていた。

「誰か!」
「まだかーっ」
「こっちの治療も頼む!」
「包帯はどこだ」
「せんせーい!!」
「消毒液は!?」
「はいはいはい、マークは向こうの手当て頼むよ、包帯はその箱、消毒液は‥‥もう無いのか? じゃあそっちの段ボールから出して」

 片手の指の数にも満たぬ人数で、14人もの重傷者を診るのは流石にきついだろう。軽傷者が重傷者の面倒を見るという有様を見るミリアムは焦りを感じる。そして、こんなことになった原因を思い出した。
 それは昨日やってきた大きなドブネズミのせいだ。そいつらが、この町で唯一の診療所を襲ったのである。4名死亡、17名が重軽傷という惨劇を引き起こしてネズミは逃走した。

 ミリアムは、とある運搬会社の通信部で働いている能力者である。この近くに新設した自社施設で働くため、この町の宿に一時滞在していた。しかし夜中に騒動を知って診療所へ急行し、ネズミからなんとか職員を救出。物を投げつけた際フォースフィールドを張ったため、それがキメラだとわかった。いつも携帯しているSES搭載武器で斬りかかったところ、キメラは反撃せず逃げ出した。しかしそのネズミ型キメラはまだ診療所に潜んでいるようで危険なため、町の自警団員数名と手分けして集会所へ運んだのだったが、その手際の良さから被害者の手当てやこれからの対策なども任されてしまった、というわけである。

 何とかせねばならないが、自分の仕事も山積しているため長く居ることは出来ないし、ペネトレーターの自分には治療技術等も無い。すぐさま本社へ連絡を入れ、治療とネズミ狩りのできる傭兵の派遣と、必要な物資を送ってくれるよう頼んだのだった。

●参加者一覧

辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER
ハンフリー(gc3092
23歳・♂・ER
杉田 伊周(gc5580
27歳・♂・ST
月居ヤエル(gc7173
17歳・♀・BM
ルーガ・バルハザード(gc8043
28歳・♀・AA

●リプレイ本文

●迫る敵は、時間
 大して広くもない集会所、その入口。
「ご同業が被害にあってると聞いたらじっとしていられないね」
 杉田 伊周(gc5580)は長いウルフヘアを揺らして呟きながら救急セットの山を抱えた。
 依頼人が手配した物資以外にも、伊周と辰巳 空(ga4698)が追加した医療物資や他の参加者が持参した道具が集まっていた。それらを集会所の中へ運ぶハンフリー(gc3092)と春夏秋冬 立花(gc3009)の姿。

 伊周は、依頼人のミリアムを見つけて声をかける。彼女はどうも様子がおかしい。
「ミリアム君おつかれさま、ここからはボクらが替わろう」
「‥‥! あぁ、あぁぁ、来てくれた、来てくれた‥‥っ! ありがとうございます‥‥!!」
 涙がぼろぼろ溢れては流れ落ちる。極度の焦りを感じていたようで、緊張の糸が切れたらしい。
「うん、来たよ。準備も万全だから、あとは情報提供を頼む」
「目の前で、どんどんどんどん悪くなってって! 私何もできなくて!」
「大丈夫、落ち着いて。‥‥ん? どんどん悪くなって、ていうのは、衰弱とは違うのかい?」
「違う、あんな悪化の仕方は衰弱じゃないです‥‥っ!」

 伊周が一瞬目を見張り、空に伝えた。
「辰巳君! 負傷者、毒をもらって重症化している可能性が高い!」
「! スキルは用意出来てます、負傷者を集めて!」
 民間人にとってキメラの毒は危険物で済むような代物ではない。4人と依頼人は急いでベッドを寄せ、集められた負傷者の傍で辰巳がひまわりの唄を発動する。2回に分ける必要があったが、怪我人全てが1回ずつその白い光の恩恵を受けた。その間に、立花が軽傷者を回りながら
「万が一キメラ来たら物でも投げてください。もしかしたら逃げ出すかもしれません。どちらにしろ自警団の人に私たちを呼ぶようすぐ頼んでくださいね」
 と伝えつつ、己に出来る限りの応急手当をしていく。ハンフリーは依頼人に、今回の作業・作戦の流れと、撤退は少しだけ待つようにという旨を伝え、落ち着かせる。

「ネズミキメラ一匹で此処までボロボロになるとは‥‥」
 ひとまず重傷者たちが毒による致死を免れたことを確認して回り、空と伊周は冷や汗を拭った。しかし勝負はこれからだ。空が出口に向かいながら振り返る。
「私は診療所のほうへ向かいます、こちらは任せますね」
「全力で任されるよ、そちらも頑張ってくれ」
 伊周がヒラリと手を挙げて答え、二人の医師は背を向けあった。
 片や味方を繋ぎ留め、その命を救うため。
 片や敵を捕捉して、その命を消し去るため。

●逃げる敵は、キメラ
 ルーガ・バルハザード(gc8043)と月居ヤエル(gc7173)の2人は集会所へは向かわず診療所へ直行し、ルーガの発案で排水溝や穴などの場所を確認、監視していた自警団と塞ぎなおしていた。
 一通り確認し終えて、ルーガが自警団員に言う。
「もしこういう所へキメラが向かった様子などあったら、すぐ知らせてくれ」
「わかった、連絡する。無線はあるか?」
 という問いにはヤエルが答える。
「あるよ。今来てる傭兵はみんな持ってるから、上手く連絡取り合おう」
「頼もしいなぁ、よろしくな」

 そこへ到着した立花、そして空。
 空がバイブレーションセンサーでキメラの動きを探り、その結果次第で診療所の中の探索・調査を行う。既に手順は決まっており、行き違い無く、淀み無く、スムーズに動く彼らの様子に自警団員たちが勇気付けられたのは言うまでもない。

「辰巳さん。どうですか?」
 立花が尋ねると、空は多目的ツールをポケットから取り出す。そのツールに入っているボールペンで、湿布の裏紙の切れ端に素早く図を描いた。屋内の様子を実際に知っているわけではないため、2階のこの辺、と四角形の一角に丸を付けただけのざっくりした図だ。空が説明する。
「今はこの地点から移動せず微かに動いているだけです。何か食べているのかもしれません」
「何食べてんでしょうねー。まぁ大体予想付きますが」
 立花が意味深に言うと、ヤエルが気味悪そうに自分の腕をこすった。
「うえぇ、やめてよー」
「こら二人とも。冗談で士気を下げることも無いだろう。‥‥行くぞ」
 次の作業を促すルーガの言葉にヤエルは頷き、立花も暗い笑いをさっと引っ込めて後に続く。彼らの切り替えは素早く迅速だった。空はバイブレーションセンサーによるナビ担当として外に残り、3人を見送った。

●繋げ
『こちら退治班、実働3名が診療所へ入りました。現在敵は2階に居る模様です。どうぞ』
 伊周が負傷者の治療優先度合いを把握し終え、ハンフリーと共にスキルで治療を開始した頃、空からそんな無線連絡が入った。
「治療班了解、どうぞ」
 短く返し、伊周は重傷者の1人に向かう。症状を細かく確認していった。

 ハンフリーは練成治療で丁寧に、確実に治療を施していく。
「動じない性格が、こういう時はありがたい」
 大きく酷い有様の傷口。そんなものを前にしても怯むことなく、世界中を見て回る間に身に着けた応急処置‥‥止血、異物除去、洗浄、骨折処置など‥‥を行うハンフリー。その様子は、なんとか意識を保っている状態の重傷者たちの心を支えた。前向きな気持ちが、患者の体に力を与える。自分の無力さにしおれていた依頼人や、圧倒的な人手・物資不足に目の前が暗くなるようだった軽傷の医師、看護師たちもそうだ。集会所に澱んでいた絶望や恐怖を打ち払う力強さを持ち始める。

 様々な対応に忙しく負傷者たちから手の離せない伊周に代わり、ハンフリーが現状の報告をする。
「こちら集会所、軽傷者4名治療完了した。重傷者2名容体安定、ミリアム殿の撤退用車両を借り、医療機関へ搬送する。他の負傷者も順次治療中。どうぞ」
『退治班了解、引き続き頑張ってください、どうぞ』

 応援の無線を背で受け止めながら、伊周は重傷者の外科医の治療を始めていた。うっすら目を開けた患者を見て声を掛ける。
「外科医が外科医の手術なんて緊張するね」
「‥‥同業、か‥‥?」
「話せるようで何より。そうなんですよ、まったく、手際が悪かったらばれちゃうじゃないか」
「はは‥‥逐一、チェッ、ク、しててやる、よ」
「失敗できなくなったなこりゃ」
 重傷だった外科医の治療を的確に進めながら、伊周は軽口を叩く。着実な回復と、仲間であるという意識。心強いと同時に安堵が気持ちに余裕を生み、余裕が笑みを誘い、笑みが回復の力を引き出していった。

●絶て
「ドブネズミなキメラか〜‥‥結構大きそうだね」
 微かな声で呟くのはヤエル。呟きながら、椅子やテーブルがひっくり返っている屋内の隅のほうをそっと覗きこんでは、ネズミの通った形跡などが無いか探していた。
『こちら治療班、軽傷者の治療完了。重傷者の治療を先生に手伝ってもらうよ。どうぞ』
『こちら退治班、了解です頑張って。どうぞ』
 そんな無線のやり取りに耳を傾けていた彼女はある一点に目を留めた。
「!」
 ネズミの落し物らしき黒い小さな塊をいくつか発見。ヤエルは無線で
「こちら退治班。待合室のソファの下に、敵の物っぽいフン発見したよ。壁際に罠置いておく。どうぞ」
 と情報を共有し、逃走経路となりそうな位置に事前に用意しておいたトリモチ型の罠を設置。

 探査の眼を発動し、武器はしまって2階への階段に近付くのは立花。
 ヤエルが見つけたのとは別の場所で、埃に付いた足跡を発見。よくよく観察すればその足跡へ階段に伸び、そして階段から階下へも伸びて来ていた。ネズミが頻繁に階段を上ったり下りたりしていることが窺える。
「こちら退治班、敵は階段をしょっちゅう使ってるみたいです。どうぞ」

 警戒を怠らぬルーガ。彼女は弱った者を襲うという今回のキメラの習性に憤りを覚えながら、しかし冷静に周囲や気配に注意を巡らせる。

『こちら退治班。センサーで敵の移動を確認、2階東から西の角へ動きました』

 それはちょうど、2階の部屋から階段のそばまで来たことを意味した。診療所内の緊張が高まる‥‥かと思いきや、意外と緩む。
 階段の途中に立ち、ぐるっと見回す立花。
 ソファに軽く腰掛けるヤエル。
 2人とも武器は隠しており、ヤエルに至っては覚醒すら未だである。囮役となっている2人の陰で、ルーガは迎撃要員として物陰に潜み、
「ぬけぬけとご登場か‥‥」
 と小さく呟き、いつでも動き出せるよう待機する。

 その時。
 大きな黒い塊が弾け飛ぶように階段を駆け抜けた。立花を半ば飛び越えるようにしてヤエルを狙った巨大なネズミ型キメラの姿を、3人は捉える。そしてその直後から数拍の間に様々なことが次々起きた。

「砕けろ、ネズミ風情が!」
 ルーガは怒声と共に、立花とヤエルの間へ割って入るように、燃えるが如くオーラを纏った刀を振るい。

 刃が脚を掠め体勢を崩したキメラは狙いを外され床に着地、そのまま逃亡態勢に。

 しかし覚醒して黒い耳をはためかせたヤエルが瞬速縮地で回り込み、罠に向けて追い詰め。

 そこへ立花の凄皇弐式が閃き、青紫色の光が稲妻のように叩き込まれて。
 
 小さな診療所で惨劇を引き起こしたネズミ型キメラは文字通り瞬く間に討ち取られたのだった。

●終幕
 細菌などの付着を防ぐため、ネズミ退治中は外からのアシスタントに徹していた空は、退治後、再び集会所へ戻る空、ヤエル、立花の3人。ルーガは診療所に残って自警団員たちと共に散らかり放題の屋内を片付け開始。

「お疲れ様です」
 と軽く声を掛け、全身の消毒を丹念に行った空は集会所へ入る。中の様子を見てその顔がほころんだ。
「随分落ち着きましたね」
「退治おつかれさん。ああ、こっちもあと少しだ」
 伊周と頷き合い、空は重傷者最後の1人の治療に取り掛かった。
 少し向こうからハンフリーが
「練力残量に余裕のある者が居たら手伝ってくれないか」
 と呼んでいて、除菌を済ませた立花がそちらへ向かう。
 集会所内では、治療を受けてほぼ全快した者や、重傷から歩き回れるほどにまで回復した者たち(全て医療従事者である)が動ける範囲で動き回り、手を貸し合い、にも手伝われながらきびきびと働いていた。

 風前の灯火を守る為。
 診療所で、集会所で、
 傭兵たちが、医師・看護師たちが、
 出来る限りの力を尽くし、
 灯火は残らずその強さと温かさを取り戻したのである。