●リプレイ本文
●今日の先生たち
演習場に集まった依頼参加者8名。
智久 百合歌(
ga4980)が、お菓子を皿に盛っている依頼人に声を掛けた。
「こんにちは、リミンさん」
「こんにちは!」
パッと笑顔になるリミン。百合歌が微笑む。
「リミンさんが能力者の道を選ぶことになるとはね‥‥今日はよろしく」
「うん、よろしくっ」
目を眇めながら笑っているのは館山 西土朗(
gb8573)。
「課題か、学生も楽じゃないなぁ」
今日はよろしくな、と言う西土朗に笑顔でよろしく!と挨拶を返すリミン。そこへ、キア・ブロッサム(
gb1240)がやってきた。
「初めまして、ね‥‥」
実はキアとリミンは初対面ではない。だが初めて会った時のリミンは人という存在を意識から遮断してしまっているような状態だったので、彼女の記憶に自分は居ないだろうと思いキアはそう言ったのだ。
リミンは数秒黙ってキアの顔を見つめていたが、もごもごと
「‥‥はじめ、まして」
と挨拶を返す。それを見たキアは表情を変えることなく微笑む。
気まぐれに浮かんだ己の善意に対して何が起きるだろうか、何か起きないだろうか、と心のどこかで期待していた。期待する己の弱さへの軽い自嘲も含め、キアは微笑み、その期待を胸に仕舞う。
「‥‥鍵、使う‥‥先、何処へ‥‥」
「? かぎ‥‥」
ぼそりと話す不破 炬烏介(
gc4206)が、キアと同じときに1度会ったきりの人物であることに、リミンは気付いていない。しかし『鍵』という言葉が引っ掛かった。
「久しぶり、だ。少女‥‥扉、は。開け‥‥た、か?」
そこへ顔を出したウサギが1匹。
「‥‥ん。お菓子とお茶に。誘われ。私が。来たよ」
「わ、憐がうさぎっ。‥‥それとすごく、カレーの匂い」
挨拶もすっとばしてリミンが目をぱちくり。クリスマスの時に着ていた着ぐるみ姿な最上 憐 (
gb0002)の外見にも、憐から漂ってくるカレーのいい香りにも。
「‥‥ん。匂いは。この。カレーパン」
どうやら、膨大な数のカレーパンを購買で買った足でこちらに来たらしい。
殺風景な演習場、その一角にはホワイトボード、お菓子の盛られた皿が載った丸テーブルに椅子、そして漂うカレーのかほり‥‥。中々不思議な空間になりつつある演習場で講義は始まった。
●AU−KV初心者講座 〜AU−KVとは〜
ミルヒ(
gc7084)とキア以外がテーブルに着き、百合歌と西土朗そしてリミンは完全に講義を聴く態勢。
まず口火を切ったのは憐。
「‥‥ん。AU−KVは。バイク形態にも。なれる。これが。そう」
憐がポン、と手を置いたのは、先ほど運び込まれたリミンのAU−KV、『LL−011アスタロト』。ちなみに、ほぉぉ‥‥と呟いてメモを取っているリミンはバイク形態の事を知らない。横で西土朗が
「お。あれがミリンさんのか?」
と口を挟んだのに対し
「あれ、えと、私リミン、ミリンじゃなくt‥‥え? あれ、私のっ?」
などと驚いていた。
「‥‥ん。バイク形態は。特に。車両を持ち込めない。依頼とかで。輝くよ」
「あ、着て行けるから?」
「‥‥ん。そんなところ。次に。着用すれば。私みたいに。防寒対策を。しなくても。寒さとかに。耐えられるよ」
今着込んでいるウサギの着ぐるみの横っ腹あたりをつまんで引っ張る憐。もっこもこで見るからに動きにくそうだ。
「たしかに、便利‥‥」
「それでは、私から‥‥少しだけ」
席には着かず、壁にもたれて眺めていたキアがスッと壁から離れ、話し始める。
「他のAU−KVも‥‥見たことはあるの、かな‥‥」
「ん、と、バイクじゃない形なら、写真で、見た!」
なるほど、と頷いたキアは静かに話す。
「思うに、AU−KVは‥‥選べることが楽しみではないか、と‥‥より速く走れる物や、頑丈な物もありますし、慣れましたら‥‥色々触ってみるのも、良いですね」
「へえぇ‥‥全部違うんだ‥‥」
にこり、と微笑んで再び壁に寄り掛かるキア。彼女からは以上らしい。
「じゃ、俺はその辺の違いの紹介を」
そう言ってホワイトボードの前に立ったのは大神 直人(
gb1865)だ。ボードにキュッキュッと機体名を書き並べていく。ホワイトボードに、
アスタロト
バハムート
パイドロス
ミカエル
と、4つの名前が書かれた。まず、とペンで一番上を指す。
「アスタロト。リミンさんの持っている機体で、これは知覚・抵抗重視」
「ちか‥‥?」
どこかで聞いたような‥‥と首をひねるも思い出せないリミンに百合歌が助け舟を出す。
「知覚っていうのは、そうね、電気と磁石の力とかで攻撃する時の、その強さを表す言葉とでも言えばいいかしら」
「物で殴るときとは、違う力‥‥かな?」
「そうそう」
百合歌の説明にふむふむと頷いて、直人のほうに向きなおったリミン。直人が百合歌に軽く会釈し話を続けた。
「じゃあ次はバハムート。物による攻撃に耐える力が高い」
「へえぇ‥‥」
「次、パイドロス。スピードと静音性を誇る」
「せーおんせー‥‥」
メモを取る手が止まったリミンに百合歌の助け舟再び。こそこそ。
「静かさ、ってことよ」
「あ、そうか」
こそこそ。
「最後にミカエル。これは物理戦闘に長ける」
「‥‥あれ? 全部で、5つあったような‥‥」
違ったかなとまた首を傾げるリミンに、そうだね、と直人はホワイトボードに名前を1つ書き足した。
「リンドヴルムだ。装備選択の幅が結構広い。価格も安いのでお金を装備購入に充てられる。‥‥さて、リミンさんにAU−KVを1つおすすめしておこうかな」
「どれー?」
「バハムート。これは知覚補正も付くから、アスタロト用の知覚武器をそのまま使える」
「そっか!」
「本格的に戦うつもりなら、そんな選択肢も覚えておいて損は無いと思うよ」
そう言って話をしめくくった直人であった。
●AU−KV初心者講座・2 〜AU−KVとドラグーン〜
「俺はAU−KVの知識らしい知識は持ってないが‥‥俺から話せるのは見た目の話だ」
そう言って、組んでいた腕を解いたのは西土朗。
「色々あったぞ。格好良かったり、特徴的だったり」
「そんなに、変えられるの?」
これもまた初耳で目を丸くするリミン。頷く西土朗。
「そうらしいなぁ。この辺はまさに着る人次第、ってところだ。‥‥ほら、あの子のなんかはほぼ真っ白だろ」
西土朗が指したのは、自分のAU−KVを調整中のミルヒ。
「アスタロトらしいが、ミ‥‥リミンさんのとはまた違う感じに見えるな」
そして話を続けたのは巳沢 涼(
gc3648)。彼自身もAU−KVを使うハイドラグーンであり、リミンの大先輩と言える。
「ああやって自分のAU−KVの色を決め、調整したり名を付けたりすると愛着が湧くんだよな」
「愛着?」
「そう。ドラグーンが他のクラスと一線を画しているのがAU−KVっていう要素だな。俺たちはこれが無けりゃ雑魚みたいな存在になる。だからAU−KVは半身みたいなものなのさ。それを大事にして、可愛がる、そういう気持ちも大事だと俺は思う。自分と共に戦い、命を預ける相棒だ。リミンちゃんも‥‥その子を可愛がってやってくれ」
「そうするっ」
色や名前、可愛がる、と聞いてわくわくし始めたリミンだった。
「次はメリットとデメリットの話。メリットは汎用性、あの依頼にはこの機体、ってな感じでな。2つ目はバイク形態時の機動力。それと、バイクに乗って戦うと普通はやりにくいんだが、俺たちはAU−KVとリンクしてるんで他のクラスより戦いやすい」
「そうなんだー‥‥」
「デメリットは、エンジン音が煩い事。克服した物もあるがな。それに何と言っても、他のクラスに比べて練力の消耗が激しい」
「頭、使わなきゃね」
「そう‥‥複雑な。判断‥‥要求される」
言葉を継いだのは炬烏介だ。
「変形、する。竜鎧‥‥。外から見る‥‥特徴。他クラス、との、比較‥‥する、ぞ。‥‥優位なのは‥‥まず、移動力。‥‥次に、装着、形態。での。多様な‥‥能力、用いた。仲間の、『手ノ届カナイ部分』‥‥フォロー、する。力に‥‥優れる」
「ふんふん」
「‥‥欠点、は。専門性‥‥に、欠ける。移動、も、短距離‥‥では、他に分、あり。隠密‥‥も、難しい。あくまでも‥‥生身に比べて‥‥だが」
淡々と、炬烏介の見るAU−KVの姿がリミンに伝えられる。難しいことも知った上での運用が求められる、と炬烏介はゆっくり語ったのだった。
●その身で感じ取るもの
一通りのレクチャーが終わった後、ミルヒがAU−KVの調整を終えてリミンを呼んだ。
「エミタAIの操縦補助がありますから、AU−KVを知るには体感するのがいいと思います」
そう言って自分のアスタロトの傍に立ち、リミンもそれに倣う。
「まずは覚醒」
ミルヒはその言葉と共に覚醒。白い燐光が周囲に舞った。リミンも真似する。
「同じような感覚で装着も出来るはず」
と言ってミルヒは自分のAU−KVを装着した。白く華やかな、女性らしい外見のアーマーを纏ったミルヒの姿。歓声を上げたリミンだったが、我に返って自分も真似をする。バイク形態だったAU−KVが瞬く間に形を変えて全身装甲となった。ブォン、と嘶くエンジン音。
「では走りましょう」
ぽんと言われて戸惑うリミン。
「えっえぇと、うん」
一歩、また一歩。徐々に力強く土を蹴り、駆け足になった。憐がそれを見て声を掛ける。
「‥‥ん。リミン。ジャンプとか。してみて」
「そ、れっ」
軽やかに。しなやかに。跳ねる。
暫くはしゃいでから戻ってきたリミンに、次は西土朗が
「何か武器は持ってるか?」
「んと、これとこれ」
「爪とガンか。シールドならあるから俺が爪の受け役になるぞ」
「いいの?」
「頑丈さなら多少は自信があるからな。ほら、思いっきりかかって来てみろ」
構えたプロテクトシールドをバンッと叩いて呼ぶ。緊張気味になるリミン。爪を装備し、狙う。過去、自分に飛び掛かってきたキメラはこんなふうだったのだろうか、と少し複雑な気持ちも胸に地を蹴った。
西土朗のシールドに叩き込まれた衝撃に軽く唸る。
「んっ、中々やるな。これで攻撃力不足なのが惜しい」
かなり効率の良い当たりだが、パワー不足なのがアスタロト。
「だがエネルギーガンでも持ったら問題なさそうだな。使ってみたらどうだ?」
アドバイスをしつつ、繰り返されるリミンの攻撃を盾で一つ一つ丁寧に受け止める西土朗。彼の、一児の親らしい落ち着いた一面を見た気がした。
「‥‥ん。鬼ごっこ。しない?」
憐の言葉に、リミンは目を輝かせた。
「するっ!」
物心ついて以来ずっと憧れてきた遊びに誘われる喜び。わくわくドキドキと、リミンが憐の誘いに乗る。他の参加者も集まって、演習場が鬼ごっこスペースとなった。
覚醒した能力者たちの鬼ごっこは、傍から見れば凄まじい速さだ。追いつ追われつ、飛んで跳ねて。
最年長ながら子供のように走り回る西土朗や、『これが世界の厳しさだ』としてスキル各種をフルで発動させ、鬼になったリミンから逃げ回る直人(実は負けず嫌いスキルが発動しているだけだったりする)。軽快に走るキアも、素っ気ない顔をしつつ
「簡単に捕まっても‥‥楽しめませんし、ね」
と何だかんだで楽しもう、楽しませようとしていたり。百合歌は時折瞬速縮地を使ってリミンの手からリズミカルに逃げる。涼は後輩のリミンが誰かと衝突などしないよう時折気を付けつつ、しっかり逃げる。
風を巻き起こし土埃を巻き上げながらの壮絶な鬼ごっことなった。
キアは瞬天速をリミンの前で披露。鬼ごっこの最中に直人が同じスキルを使ったが、リミンはよく見えずにいたので何があったのかをやっと知ることができた。披露後にス、とスカートを持ち丁寧な礼をしたキアへ思わず拍手をおくるリミン。その横で百合歌が話す。
「魔法みたいかもしれないけれど、私がリミンさんから逃げる時に使った瞬速縮地と同じようなことは、リミンさんにも出来るのよ?」
「そうなの?」
「竜の翼、というスキルがそう。他にも色々出来るわ。あ、ドラグーンのスキルは基本的にAU−KVを着ないと使えないから気を付けてね」
「だが‥‥『全テハ道具ニ、手段ニ過ギナイ』‥‥」
ぼそりと言い、炬烏介が唐突に覚醒した。その口調が流暢になり、殺気が迸ってリミンにぶつかる。
「覚悟は、いいのか‥‥? その力の先は‥‥死と、暴力の世界だ‥‥恐怖も憎悪も‥‥全てが言い訳だ‥‥勝つか負ける、それ以外には‥‥!」
膨れ上がる威圧感は、本気の問い。リミンは奥歯を噛み締める。
「‥‥再度問う。覚悟は、良いか‥‥そして‥‥何を成す‥‥!」
「私は、私は、走る! 人を信じ続ける為に、走るッ」
きっぱりとした、心の底からの叫び。
殺気が消える。覚醒を解いた炬烏介が言った。
「‥‥やはり、俺と。お前‥‥違った、な‥‥気分、は。どうだ?」
「うん。ドアを開けて、外に出られたような、気持ち!」
きっかけという鍵は、半年かかって風や声や光に続く扉を開けたのだった。
●小休止
「やっぱいいもんだな、こういうのは」
そう言って、百合歌が配ったチョコレートタルトを齧りつつ、テーブルを眺める西土朗。その視線の先には、涼の話を聴くリミンや他の参加者たち。以前試作型パイドロスが学園本校で暴れまわるのを倒した時の話のようだ。その後、ミルヒが自分の境遇をぽつりぽつりと話し
「AU−KVは、自由に動く為の、新たな身体の一部であると考えると、受け入れやすいですよ」
と語った。
憐がお菓子を取り出す。
「‥‥ん。リミンは。今日。頑張ったので。チョコを。プレゼントするよ。好きな物。どうぞ」
「チョコ! ほんとっ? いいのっ? えーとねー!」
「‥‥こんな19歳で大丈夫か」
直人の呟きは、大好物を目の前にしたリミンの耳には届いていない。
和やかな様子を眺めながら、キアはふと物思いに耽る。以前、依頼人が物を得ようとする意志を持った時のように、今はまだ憧れでも手を伸ばしてほしい。この先、過去と対峙する日が来た時の力になるのは、未来への欲求。こう在りたいという意志だとキアは思った。‥‥その時、リミンの話し声がキアの耳に入った。
「私、貰ってばっかり。帽子、音楽プレイヤー、ハーモニカ、ケーキ、お花‥‥借りたままのブレスレットも、返したいんだけど、貸してくれた人の顔が、思い出せない。悔しい」
キアは思わず、答える。
「ブレスレットは‥‥大事に使えば、恐らく持ち主も‥‥喜びます」
「そう、かな?」
「ええ、‥‥きっと」
ブレスレットの持ち主は、キア。それを知っている者たちは仄かに笑い合い、知らぬ者たちもなんとなく察して暖かく見守る。
極寒の北国の地下で開かれた小さな勉強会は、ほっこりと温かな雰囲気で終わった。一息ついたら、勉強に、仕事に、戦いに、各自の道を進んでいくだろう。
‥‥それまで、小休止。