●リプレイ本文
●贈り物を
荷物置き場兼、控え室兼、依頼最後のお茶会場としてあてがわれた会議室から、厨房へ移動する傭兵達。
「さてと‥‥」
百地・悠季(
ga8270)は厨房に入りながらほんの少し物思いにふけった。これから作る菓子を受け取るであろう人たち、子供たちは、心や体に少なくない痛みを感じて日々過ごしている。そんな彼らに大切なのは何か。悠季は、彼ら自身が『自分が無視されておらず、大事に思われている』と感じる事だと考えていた。
そう思うことができますように、そしてそれが彼らの希望となりますように。
ホワイト・フェアリー作戦の一環として参加者を募った今回の仕事。参加者はクリスマスプレゼントとして菓子を配るが、その配る物を作るところからのスタートだ。集まっているのは5名。作って配るのは120人分。サンタクロースたちの忙しい1日が幕を開けた。
●厨房にて
「さーてお菓子作りだネ、腕が鳴るヨ。あ。初めまして、リミリミ♪」
厨房にやって来たリミンに手を振るラウル・カミーユ(
ga7242)。初めて聞いた自分の愛称に一瞬反応が遅れたリミンだったが、気を取り直して初めましてーと挨拶を返した。
「ステキなホワイトフェアリー作戦だネ、きっと皆喜んデくれると思うヨ」
にこやかに語るラウル。
「ありがとう! 今日は、よろしく!」
ぺこりとお辞儀をするリミンの後ろでは、わなわなと打ち震えている少年の姿があった。ヨグ=ニグラス(
gb1949)である。深刻そうに彼が言った。
「‥‥なんでプリンがないのですか」
「プリン?」
なぜまた急に、と隣に居た智久 百合歌(
ga4980)が首を傾げる。
「病院のデザートといえば、プリンと相場は決まっていますでしょうっ。アレですか、リミンさんがプリンをご存じないとか?」
「ああ、そうかもしれないわね、チョコバナナも知らなかったようだし」
それを聞いて、なんということ!と使命感に燃え始めたヨグ。
「それはいけません! なんとしてもプリンの素晴らしさを広めねばっ」
ぐっと両の拳を握り、何か決意を固めてから我に返る。そう、あまり時間が無いのだ。他のメンバー共々、急いで仕事に取り掛かるヨグであった。
プリンも知らないリミンにチョコバナナを紹介したのは最上 憐(
gb0002)。彼女は、今回もチョコバナナを作ることにしていた。用意されたバナナの皮をむく手が一瞬だけ止まることがあるのは、湧き上がってくる己の食欲を心から追い出すため必死になっているから。
「‥‥ん。無心。心を無に。迅速に。調理」
しかしふんわりと鼻をくすぐるのは、果物の香り。そして、ボウルの中に山と積まれた材料のチョコから漂ってくる甘い香り。思わずクラリ。
「憐? 大丈夫?」
ひょこっと顔を出したリミンに頷いてから気を取り直し、リミンにいくつかバナナを差し出した。
「‥‥ん。リミン。一緒にやる?。ついでに。私が。つまみ食いしない様に。見張って」
「ん! わかった」
憐の死闘はこの後もう暫く続くこととなる。頑張れ。
悠季と百合歌はツィームトシュテルンに2人で取り組んでいた。また、悠季は饅頭をヨグと共に、百合歌はチョコレートムースを1人で、生地を寝かせる時間など手が空いた時に作る。
「文明の利器は使わなくちゃと思うけど、流石にミキサーにかけるのは味気なくて」
そう言って電動泡立て器を唸らせているのは百合歌だ。
「自分の手で感触を確かめながら作るのが、料理の醍醐味だものねえ」
うんうんと相槌を打ちながら、今はてきぱきと饅頭の餡を生地に包んでいる悠季。また、その横ではヨグがレシピをきっちりと確認しつつ、時間や数などをチェックしている。彼にとっては馴染みの薄い菓子のようだったが、自身が貰ったものや知人への聞き込みから得た知識や知恵を総動員。饅頭の大きさを決める時も、
「うーん。そんなにおっきくなくていいよね?」
と入院患者が食べ易いように、大きさひとつにも気を配るヨグだった。かくして出来上がりつつあるのは、大人の片手で包み込める程度の小ぶりな饅頭。時間も間に合いそうである。また、彼は指定レシピとは別のものを作る為材料を揃えていた。ひっそりこっそりサプライズ進行中。
さて、ラウルはアイスケーキを担当する。
このレシピはアイスにスコーンと作る物が多い。生地を寝かせ、その間にハンドミキサーなどを活用して手早くアイスの素を作る。それを冷やす間にスコーンの生地を焼き、焼く間にソース作り。リズミカルに進んでいく工程を、百合歌の手伝いを終えたリミンが見ていた。
「リミリミ、こっちこっち」
とラウルが呼ぶ。手招きされて寄っていくリミン。
「はい、口開けて」
ぱかっと開けられた口に、出来立てのアイスクリームをほいっと入れる。目がキラキラし始めるリミンを見て
「美味しく出来てるっしょ」
「すごく!」
その時、チョコバナナを作っていた調理台の辺りから物凄く羨ましそうな気配が漂ってきたので、ラウルは素早く話題を変えた。
「味見係ごくろーデシタ。そうだ、施設の子たちの男女比ってわかるカイ?」
「うん、聞いてきた。男の子15人、女の子13人、だって。2個余るのは、予備」
「了解、ありがとネ」
手が空いた者はよそを手伝う。数の多い盛り付けや、使い終わった調理道具を洗って台の上を広くしたり。そうしてやっと菓子作りが完了した。
最後はラッピングだ。ラウルと百合歌を中心に、性別によって違う色のリボンを付けたり、ラウルの発案でWF作戦にちなんで妖精の形の綺麗な紙の切り抜きを添えることにしたり。迅速に、しかし和気藹々と作業は進んだのだった。
指定された数の菓子を無事用意することができ、配達準備に取りかかる参加者たち。何人かはクリスマス衣装に着替え、百合歌、ラウル、リミンは隣の児童養護施設へ、憐、悠季、ヨグは院内の入院病棟へ、二手に分かれて配達開始!
●仮住まいへの贈り物
悠季、憐、ヨグの3人が入院病棟の患者たちへの配達サンタとなる。悠季が3人の配達の担当箇所を分割する。病室は4人部屋。2〜4階にある病室のうち、憐が2階、悠季が3階、ヨグが4階を担当することになった。
4階担当のヨグは、看護師に尋ねて配膳台を借り、菓子の他にお茶も配れるように用意した。準備万端で病室に向かう。
「Merry Xmas、えと、プレゼントのお菓子ですっ」
「あらまぁ、メリークリスマス。ありがとうねぇ」
配膳台からポットを手に取り、
「お茶もどぞーっ」
とすすめるヨグ。患者の老婦人はベッドのそばの棚から自分のコップを手にして
「ああ、こっちにお願いできる?」
「了解なのですっ」
そんな様子を見て40代くらいの婦人がフフと楽しそうに笑った。
「元気が良くて明るくなるわねぇ」
明るい優しさが病室に華を添えるひとときである。
3階の悠季は礼儀正しくも暖かい声掛けを心がけて病室を回る。
「こんにちは、Merry Xmas」
「素敵なサンタさんが来ましたねぇ、メリークリスマス」
出入り口のほうを向いた初老の男性が目を細める。
「プレゼントをお届けに。今大丈夫かしら?」
「はいはい、大丈夫ですよ」
「ゆっくり召し上がってね」
「ありがとう。クリスマスプレゼントなんてぇのは、何年ぶりかねぇ‥‥」
嬉しそうに頬を緩める老人たち。短くも優しい時間が暫し流れ、彼らの心を癒すのだった。
2階の憐は、持参したウサギのきぐるみを着込んだ姿だ。小柄な彼女にぴったりと言えるかもしれない。
「‥‥ん。謎の。ウサが。チョコバナナを。届けに。来た。ウサ」
入室時には、語尾まで変えてひょこっと登場。驚きもするがすぐに和む患者たち。
「おやー、いらっしゃいウサギさん」
「クリスマスにウサギと会えるとは思わなかったよ」
「‥‥ん。私は。月の方から。来た。謎の。ウササンタ。ウサ」
「あはは、月からわざわざプレゼントを届けに来てくれたのかー」
「ウササンタさんありがと、メリークリスマス」
「‥‥ん。糖分を。摂って。幸せになってね」
「あぁ、美味しく頂くよ」
楽しく和やかに、時間が過ぎる。
●ちびっこたちに温もりを
時は少し遡り、施設への配達へ行く百合歌・ラウル・リミン。その道すがら、百合歌が自分と同じようにサンタガールのワンピースを着て車椅子を動かすリミンに話しかけた。
「緊張してる?」
「うん、ちょっと」
というのも、百合歌のプレゼントがきっかけで練習を始めたリミンのハーモニカ演奏を、百合歌のヴァイオリンと共に子供たちに披露することになっているのだ。
「大丈夫、普段の練習通り落ち着いて」
「リミリミのハーモニカ楽しみにしてるヨ」
横からそう言うのは雪だるま姿のラウル。持参した着ぐるみだ。
「プレッシャーかけないの」
もう、と言いながら百合歌が笑う。そんなやり取りを見てリミンの表情も楽しげに。ラウルが頷く。
「ソウ、笑顔笑顔。こっちが楽しけれバ、向こうも楽しんでくれるカラ」
到着した施設の広い部屋に子供たちが集まっていた。そこへ雪だるまラウルが「Merry Xmas!」と大きな声で登場。
「わー!」
「雪だるまがプレゼントくれるのー?」
「そうだよー、でもちゃんとサンタさんも居るからネー」
「サンタさーん!」
呼ばれて登場、サンタガール(‥‥レディと呼ぶべきだろうか)の百合歌とリミン。百合歌が子供たちに尋ねる。
「みんな良い子にしてたー?」
「「「はぁーいっ」」」
「あら良いお返事。それじゃあ今からお菓子を配るから、もうしばらく良い子で待っててね」
「「「はーーい!」」」
それぞれ白い箱を持ち、三方から一人一人に手渡していく。
「Merry Xmas♪」
「めりーくりすます!」
「サンタさんと妖精サンからだヨ」
「ありがとう!」
全て配り終え、子供たちは美味しそうな菓子を手に『いただきます』。
そしてサンタたちはいそいそと楽器の用意を始めた。子供たちがはしゃぎながらアイスケーキやムースを食べ終える頃、ハーモニカとヴァイオリンの音が響いた。見聞きする機会の少ない楽器に耳を澄ませる子供たち。リミンのハーモニカの音が、子供たちもよく知っているクリスマスソングを奏で始めた。それに寄り添って響く百合歌のヴァイオリン。百合歌が歌を口ずさみながら弾いていると、子供たちのほうからも歌声が。
小さな菓子と小さな合唱が、クリスマスの1日を温かく彩ったのだった。
●ほっこりティーパーティ
配達が完了したことを依頼人に報告し、再び病院に集まった依頼参加者たち。これ以降は時間の制限が無いため、一番最初に案内された会議室に戻った彼らは到着して一息つく。
だがそれには加わらず厨房へ向かう者が居た。ヨグである。
「ヨグ? どっち行くんダイ?」
と、彼があらぬ方向へ行こうとしたのに気付いて声を掛けたラウル。ヨグは、
「ちょっと厨房に用が。少し時間がかかっちゃうかもしれないので、お茶会は先に始めていてくださいっ」
「探し物なら手伝おうカ?」
「あ、いえいえ大丈夫、ありがとうございます!」
そう言って駆けていったヨグに、ハイハーイと手を振って見送るラウル。百合歌が気付いてラウルに尋ねる。
「あら、あの子は?」
「キッチンに用事だってサ」
「待ってたほうがいいかしら」
「先に始めてて、だそうだヨ。忘れ物か何かじゃないカナ」
「忙しかったものね」
「ほんとにネー」
「あ、私、みんなのお茶を用意してきます」
「わかった、向こうには伝えとくヨ」
会議室の中でぐったりしているのは憐。
「‥‥ん。今日は。欲望を。抑えるのを。頑張った。危なく。餓死しそうになった」
「頑張ったねー。憐、偉い!」
ウサギ姿な憐の頭を撫でるリミン。ふかふかの耳がぱたりぱたりと揺れてちょっと楽しい。なでなでしながらポツリ。
「私が勝手に、言い出してやったことだけど、良かったのかな」
始めるときは周りの都合など考えないのだが、終わってしまってから少し不安になったらしい。
「‥‥ん。皆。喜んでたよ。たぶん。きっと。確実に。大成功だよ」
「ほんと?」
「‥‥ん。また。何か。作って。配りたいね。カレーとか。カレーとか。カレーとかが。オススメかも」
「ま、まえもそうだったけど、カレー大プッシュだね?」
「‥‥ん。1日1カレー。飲むの。健康的で。オススメ。‥‥カレー。飲みたくなってきた」
「‥‥ん? え、飲むの?」
迷走しつつある2人の会話だったが、厨房から戻ってきた百合歌がお茶を差し出して一旦ストップ。
「お疲れ様、楽しかった?」
「うん、とっても!」
「それにしても、選べないから全部だなんて、リミンさんも欲張りね」
くすくす笑う百合歌に、だってー‥‥と口ごもるリミン。
「でも何も要らないより、どれもって気持ちの方が私は大事だと思うわ」
「そう、かな」
「そうそう、人生は欲張りなくらいで丁度良いのよ♪」
うん、と頷いたリミンに笑顔が戻る。百合歌のお茶を啜りながら、悠季が声を掛けた。
「こういう催し提案してきたリミンに感謝ね」
「感謝?」
「ここ丸一年無理できなかった反動で、色々動き回って手助けしたかったからね」
09年に結婚し、その後に子供ができて暫くはその世話が最優先になるため、出来ることが少なかったのだ。現在、子供は託児所に預けて傭兵復帰活動中の彼女。
「えーと、子供は今、2ヶ月?」
「そうね、2ヶ月と少し。これが可愛くてねえ‥‥」
「わオ、メロメロだネー」
「だってあの子、帰ってきて私の顔を見て笑顔になるのよ? もう天使としか言えない笑顔で」
暫くの間、娘の惚気をリミンやラウル、憐や百合歌に聞かせる悠季なのであった。
そんなこんなしている間に、ヨグが戻ってきた。配膳台にのせているのは何とプリン。材料は、病院側に頼み厚意で余分にあった物を貰うことができたのだった。
「さあコレがプリンですっ」
ドドーン!と登場した初めて見るプリンにリミンは興味津々。憐は早く早く早くと待ち構える。プリンが配られ、流石の出来栄え、と参加者たちには好評。お茶会の終盤に甘い華を添えた。
ホワイトフェアリー作戦。
優しく甘いそして楽しい、クリスマスの時間を贈る仕事を完遂した彼らに、幸あれ。