タイトル:長く短い冬休みマスター:菊池五郎

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/01/28 02:02

●オープニング本文


 ――カナダ北部。
 すっかり雪化粧を終え、白銀に輝く山間に、ぽつんと一軒の家が建っている。
 大きさは一般的な家とさほど変わらない。ただ、周りに人家はほとんどなく、かといって、その家は農地や牧場を有している訳ではない。
 別荘として建てられた家であった。
「ふぅ‥‥こんなにのんびりと休暇を過ごしているのは何年ぶりかしら‥‥」
 リビングのベランダ側は大きなガラス戸になっており、程良く日射しが差し込んで暖かい。
 眼前に広がる雄大な冬山の景色を見ながら、ミユ・ベルナール(gz0022)はソファーに半ば埋もれるように身体を預け、ティーカップを傾けていた。
 いつものパリッと糊の利いた紺色のスーツ姿ではなく、ラフなカジュアルウェアを着ている。
 リビングに彼女以外の人の気配はない。それどころか、この家には今、彼女以外いなかった。
 ソファーと対のテーブルにはノートパソコンが置かれている。

 ――PM−J9クルーエル(仮)
 ――X−201
 ――A−1ロングボウ

 ディスプレイに映し出されているのは、いずれもドローム社が開発を進めている、新型ナイトフォーゲルの設計図や開発状況の報告書だ。


 話は数日前に遡る。


 ――北アメリカ某所。ドローム社本社。
『ミユ君、あのクルメタル社の機体は何だね』
『これはいかんよ』
 ミユは上層部の役員達に呼び出されていた。会議室は円卓になっており、ミユは便宜上の下座に座している。役員達の姿はなく、各人はテレビモニターを通じて会議に出席している。
 議題は、クルメタル社から発売されたCD−016シュテルンの性能についてだった。
「それだけ他のメガコーポレーションも技術力を付けてきた、という事です。ですが、当社は電子戦において、バグア側へジャミングを仕掛けられるようになりましたし、ブースト空戦スタビライザーも改良を進めています」
 ドローム社はLM−04リッジウェイのバージョンアップを終え、能力者への貸出権の販売を終えたR−01を電子戦用に改修したR−01Eイビルアイズを販売したばかりだ。
『技術力は、まだまだ我が方に分がある。だが、クルメタル社が高性能汎用機を出してきた以上、他のメガコーポレーションも高性能機を出してくるだろうし、我が社も技術力を見せる上で高性能汎用機を造る必要がある』
 もちろん、高性能機ばかりが求められている訳ではない。安価な機体や中堅機も需要はあるし、ドローム社も開発を進めている。しかし、シュテルンの登場により、役員達はメガコーポレーション間の高性能機競争が激化する事を危惧していた。
「我が社では高性能汎用機として、F−104バイパーの後継機の開発に既に着手しています。また、私の開発室でも、PM−J8アンジェリカの後継機の開発に着手します」
『‥‥既にシュテルンの貸出権数は、アンジェリカを抜いている。ミユ君、君は少し休みを取った方がいい』
「そ、そんな‥‥」
『いや、君にはこれからも働いてもらうつもりだよ。しかし、我々は商売をやっているのだよ。他のメガコーポレーションが売れる機体を造ったのであれば、我が社はより売れる機体を造らなければならない』
『アンジェリカがシュテルンに劣るのなら、アンジェリカを越える機体を造る必要もあるだろうね』


「アンジェリカを越える機体、か‥‥休暇をもらったのに、考えるのは仕事の事ばかりね」
「ミユ姉さんは相変わらずですね」
「!?」
 ミユはディスプレイを見ながら役員達との遣り取りを思い出して微苦笑すると、温くなってしまった紅茶をテーブルに置いた。
 すると、聞き覚えのある声が耳に届き、不意にリビングの入り口の方を振り返る。
 そこには、自分とよく似た顔立ちの、青い髪を肩口で切り揃えたセミロングの女性が、ぎこちない微笑みを浮かべて立っていた。着ているのは赤地をベースに白のラインが入ったライダースーツだ。
「‥‥どうしてここが」
「家族でよく夏に避暑に来たではないですか。それに、2人してメトロニューム合金複合C・Cに勤めた時も、無理して2人で同じ休みを取って、ここに来ましたよね」
 女性は驚くミユに遠慮なくリビングへ入る。右の鬢の髪には、ミユの首に掛けられた銀のネックレスと同じものが、リボンのように絡み付けられている。
「その紅茶‥‥覚えていてくれたんだ。嬉しいな。私のオリジナルブレンドですよね?」
「そうよ、リリア。あなたが徹夜明けによく淹れてくれたオリジナルブレンド。あの時は、茶葉の比率を教えてもらったけど上手く淹れられなかったわ。でも今では、あなた並みに淹れられるようになったの」
 女性の名はリリア・ベルナール(gz0203)。ミユの実の妹であり、今は南北アメリカ大陸を侵略している北米バグア軍の総司令官でもある。
 リリアはミユの元へ来ると、ノートパソコンのディスプレイを覗き込んだ。
「‥‥ツインブースト空戦スタビライザー、SESエンハンサーリミッター解除‥‥これでバグアに勝てるとお思いですか?」
 運良く、表示されていたのはクルーエル(仮)のデータだけだった。
 しかし、彼女の言葉には説得力があった。ミユとリリアは先月、一度刃を交えている。その時、リリアは100mクラスの大型ヘルメットワームに乗っていたが、彼女は慣性制御を十二分に使用し、1機で能力者達の機体と渡り合っていた。
 ファームライドやステアーといったバグアの新鋭機ではなく、ヘルメットワームで、だ。
 もっとも、ヘルメットワームは大半が無人機なので、リリアのような有人機と遭遇する事は希だが、操縦者によってはまだまだ手強い相手である事に代わりはない。
 ミユは高性能機を造る事も大切だが、安価の機体の底上げも必要だと感じていた。
「ここに何しに来たの?」
「ミユ姉さんを迎えに来た訳じゃないから、先ずはその銃を下ろしてください」
 ミユは愛銃を抜き、銃口をリリアに向けていた。彼女は肩を竦めると、両手を軽く上げて敵意がない事を示した。
「エミタ・スチムソンが北米に来たのは、ミユ姉さんも知っているでしょう? 彼女が来てくれたから、私も久しぶりに休暇が取れたの。だから、こうして別荘に来たのよ。ミユ姉さんがいたのは本当に偶然です」
「‥‥休みはいつまでなの?」
「明後日です」
「‥‥私と同じね」
「本当に奇遇ですね。では、2泊3日の間、久しぶりに姉妹水入らずで過ごしませんか? 私もバグアである事を忘れるから、ミユ姉さんもドローム社の社長である事を忘れて下さい」
 考えてみれば、気配を殺してリビングまで来られたのだ。その気になれば、生身でも自分など簡単に殺められるはず。
 ミユはリリアに本当に敵意がないと踏むと、銃を下ろした。
 リリアも上げていた両手を下ろし、緊張が解けたからか、軽く溜息を付いた。
「でも、私がドローム社の社長になって、この別荘にあまり来なくなったから、リビングとキッチンと私とあなたの寝室以外、掃除をしないと人が住める状態じゃないわよ」
「じゃぁ、先ずはお掃除からしましょうか」


 斯くして、ベルナール姉妹の2泊3日の長く短い冬休みが始まった‥‥。

●参加者一覧

煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
鳴神 伊織(ga0421
22歳・♀・AA
水理 和奏(ga1500
13歳・♀・AA
クラーク・エアハルト(ga4961
31歳・♂・JG
ハンナ・ルーベンス(ga5138
23歳・♀・ER
九条・縁(ga8248
22歳・♂・AA
百地・悠季(ga8270
20歳・♀・ER
エメラルド・イーグル(ga8650
22歳・♀・EP

●リプレイ本文


●意外なオブザーバー
「あ、ありのままに今起こった事を話すぜ! 美人社長に呼ばれてカナダくんだりまで来たら、美人姉妹に出迎えられた! 何がどうなって」
「北米バグア軍総司令官、リリア・ベルナール‥‥その賞金額は5000万Cでしたね」
 ダークファイターの九条・縁(ga8248)は興奮を隠しきれずにいた。ヴィクトリアン調メイド服姿のエキスパート、エメラルド・イーグル(ga8650)が、ミユ・ベルナール(gz0022)と共に玄関先で彼女達を出迎えた女性を見て名を告げた。
 リリア・ベルナール(gz0203)はディエア・ブライトンやエミタ・スチムソンのように、大々的にメディアへ露出していないので、彼女もUPC軍の資料で見た程度の知識だ。
(「彼女をここで仕留める事が出来れば、或いは南北アメリカの戦局を変える事が出来るかも知れない」)
(「リリア‥‥!? 直接戦った時にその強さは分かってる‥‥その気になれば僕達は‥‥それに‥‥」)
(「ハリウッドでアルゲディという強化人間の方と戦いましたが、死に掛けました。総司令官の実力の程は未知数ですが、戦っても勝てるか分かりません」)
 ファイターの煉条トヲイ(ga0236)は敵愾心剥き出しの赤い瞳で、リリアを睨め付ける。そんな彼を、グラップラーの水理和奏(ga1500)がちっちゃな身体でさり気なく制した。同時に青地が鮮やかな和服姿のファイター、鳴神伊織(ga0421)も、流麗な立ち振る舞いでトヲイの射程に身体を割り込ませている。
「ベルナール家ってのは巨乳の家系? ‥‥おっと失礼、口が滑りました」
「いえ。ふふ、そうですね。母も豊満でしたよ」
 スナイパーのクラーク・エアハルト(ga4961)の言葉にミユは軽く吹き出し、リリアも釣られて微苦笑する。
「ありがとうミユ姉様‥‥誘って下さって‥‥嬉しいです‥‥初めまして、リリア姉様。ミユ姉様の妹ハンナ・ルーベンスです」
「話はミユ姉さんから聞いています。そちらの和奏の事も‥‥良かったわ、ミユ姉さんにこんな素敵な妹達やお友達たちがいて」
 クラークの言葉で張り詰めていた空気が解れたのは確かだ。予期せぬ事態に驚いていたスナイパーのハンナ・ルーベンス(ga5138)も心を静めると、ミユに微笑み、そしてリリアにも精一杯の挨拶をした。
 すると、リリアから軽く抱き付いてきた。
「(年末に社長にサンタコスを勧めたお返しに招待されたし、その後の伯爵との進展を聞きたいところだし、ハンナも一緒だし、ナイトフォーゲルの話もしたいし、色々楽しみだからこんなところで、ね)で‥‥北米攻略指令官と2泊3日間一緒なんだ。と・り・あ・え・ず、その見た目には誤魔化されてあげるわよ」
 ダークファイターの百地・悠季(ga8270)が仰々しく溜息を付いた後、肩を竦めた。
「(‥‥彼女の言葉に恐らく偽りは無いだろう。ミユ社長が無事なのが、その証拠だ。ならば――)だな、俺も姉妹水入らずの時を、ぶち壊す様な無粋な真似はすまい」
「せっかくのバカンスだし、敵とか味方とかは言いっこなしだぜ! 仕事は最小限にして遊びの方を優先しよう」
「縁さん、働かざる者食うべからず、ですよ。まずは客室の片づけからしないと」
 トヲイ反射的に構えてしまったそれを解くと、縁が自分も友愛のハグを受けに行こうとする。だが、伊織がハンナのジーザリオを指さす。その荷台には、彼女達の荷物やら麓で調達してきた食材やらが満載だ。
「では、皆さんの使いたい客間の掃除をお願いしようかしら。私達はその間、お昼ご飯を作るわね」
「ミユお姉様、僕、ピザがいい! ミユお姉様お手製のピザ食べたくて、材料買ってきたから!」
 ミユが立ち話も何だから別荘の中へ入るよう促すと、和奏がミユの腕に飛び付いて抱き締め、リリアに見せつけるかのようにちょっと甘えた。
 以前、ミユの得意な料理はピザだと教えてくれたからだ。ミユは笑顔で応えてくれた。


●素直になれなくて
 部屋割りはトヲイと縁で1室、ハンナと悠季で1室、クラークと伊織とエメラルドがそれぞれ個室、和奏はミユに無理を言ってミユの部屋に泊めてもらう事になった。
 悠季やエメラルド、伊織のように掃除が得意な者が多く、適材適所とばかりにクラークやトヲイ達へテキパキと指示を出し、自身達は汚れの酷そうなところを率先して担当した。また、メイド服姿は伊達ではなく、エメラルドは寡黙なメイドとして立ち振る舞い、掃除の終わった寝室から完璧にベッドメイキングを施していった。
(「最も懸念されるのは、リリアの意思を無視して仕掛けてくるバグアと、リリアとミユを鉢合わせる事で、それをミユの醜聞に仕立てようとする第三者の存在ですが‥‥」)
 その流れの中で全部屋を見て回り、不審者や盗聴器の類の有無、怪しい場所や物がないか確認をしたが、『探査の眼』を以てしてもそれらは一切無く、至って普通の別荘だった。
「うちのメイドに仕込まれたベッドの上のテク‥‥じゃなくて、掃除テクと根気を見せてやる!」
 縁が男性陣の先陣を切って働いた。別荘に来る前から和奏の元気がないようで、彼女の分まで動いた。
「アメリカンなバスタブはタイルの汚れが気になるからな〜‥‥と、こここ、この毛は社長のかリリアのか!? はう!?」
 ――女性陣の何者かによって(多分悠季)、縁、風呂場にて敢え無く轟沈。


 ワンピース姿の悠季の淹れた食後の紅茶を堪能しつつ、クラーク達はミユとリリアと歓談していた。
(「私は特にバグアに恨みがある訳では無いですが、今まで行ってきた所業を思うと‥‥ね。それに持っている力故か、酷く傲慢な方が多いので反りは合いそうに無いと思っていましたが」)
 伊織が一緒に食器を洗ったりと接してみると、リリアは普通の文学少女タイプの女性だった。
「バグアには文化はあるのですか?」
「バグアの文化はヘルメットワームといった星を渡る科学力、といったところです」
「じゃぁ、太陽系に来るまでどんな事を見聞きたの? 今の地球は外の様子なんて分からないから聞いてみたいわね」
「私はあくまでリリア・ベルナールですから、バグアが地球に来るまでの旅の事は分かりません」
(「今この場に存在するのは、『バグア』ではなく、『リリア』のようだな」)
 伊織と悠季の質問に、リリアはぎこちなく笑いながら応えた。紅茶を飲みながら、返答に耳を傾けていたトヲイは1つの結論に達した。
「どうして‥‥リリア姉様は悲しそうに微笑まれるのですか?」
 リリアはにっこりと笑った事がない。ハンナは素直に疑問をぶつけた。
「私は昔から本虫で、人付き合いがそれ程得意ではなかったんです。いつもミユ姉さんに頼ってばかりで‥‥人前で笑うのが苦手なんです」
「‥‥そうでしたか‥‥でも、私はリリア姉様とこの山荘で出会えて良かったと思っています‥‥ミユ姉様の妹で、私の姉であるあなたに‥‥」


 翌日は快晴で、冬のカナダの割りには暖かい事もあり、トヲイが和奏とミユ、リリアを誘ってスノーモービルに挑戦した。しかし、昨日から元気のない和奏はそれを断り、リビングで復活した縁や伊織と、持参した同人格闘ゲームで遊んでいる。
 代わりにエメラルドが参加し、4人は2列になって真っ新な雪原を併走した。
「バイク感覚と思いきや、意外と車に近い感覚なんだな。良い気晴らしになると思ったんだが‥‥」
「スノーモービルやプレジャーボートは私が先に始めたのですが、いつもミユ姉さんに腕で追い付かれて悔しかったですね。国際A級ライセンスも私より短い期間で取ってしまわれましたし」
 トヲイはリリアからスノーモービルのコツを教えてもらい、早くも乗りこなしていた。


●パーティーと仕事の話
 トヲイ達が別荘に戻ると、パーティーの準備が出来上がっていた。
「寒かったでしょ? コーヒーです。味は自信ありです」
 湯気と香り立つコーヒーの入ったカップを両手に、出迎えたクラークがそれらをミユのリリアに差し出した。
 ダイニングは立食式のパーティー会場へ変貌していた。悠季がダンスパーティーの装いにしたのだ。
「音楽は持ってきたんだけど、掃除をしている時に物置でこんなのを見つけたから。ハンナ、1曲お相手願えるかしら?」
 黒地のバトラー(執事)服に着替えた男装の麗人たる悠季が、レコードでジャズを掛けると、ハンナを誘って踊り始めた。
「ミユさん、1曲お相手願えますか?」
「一曲、お相手戴けますか?」
 クラークとトヲイも後に続き、ミユとリリアを誘ってダンスの輪に加わる。伊織や縁も加わり(但し、縁は前日の件があるので、女性陣とは踊れなかったが)、代わる代わるミユやリリアと踊った。
 トヲイは踊りながら「ヨリシロの器の記憶や人格はそのまま残るのか? 寄生可能なのは死者のみなのか? バグア本体に自我は存在しないのか?」といったヨリシロに関する質問をぶつけると、「それらの質問の応えは、今の私を見れば分かるかと」と返答された。
 また、伊織もリリアと踊った際、「何故ドローム社ではなく、バグアに与したのですか?」と聞くと、「私もミユ姉さんとメトロニウムの研究を続けたかったのですけどね」と、今の地位は自分の意志で得たものではないような返答が返ってきた。
「カナダの山荘での休暇‥‥ミユ姉様と過ごせる日を待っていました‥‥」
 ハンナがクラークとパートナーを交代してミユと踊る中、エメラルドは給仕に徹していたが、和奏は踊りには加わらず、料理が置いてあるテーブルにぽつんと1人で佇んでいた。
 パーティーの締めはハンナの『カッチーニのアヴェ・マリア』だった。彼女は覚醒し、掛け替えない2人の姉達の心に届くように、朗々と心を込めて歌った。


「知ってます? ミユさん、好きな人がいるんですよ?」
「カプロイア伯爵ですよね? ミユ姉さん、昔から男の人に免疫がないから‥‥」
「伯爵、悪い人では無いんですよ? 少し変わった方ではありますがね?」
 パーティーが終わった後、クラークはリリアにポーカーで勝負を挑み、ミユやカプロイア伯爵を肴に彼女を引き留めていた。


 その間、ハンナ達はリビングへ移動し、ミユを囲んで仕事の話に入った。
「S−01、R−01に続く次世代の基準機が欲しいですね。高級機も良いですが、全体の底上げも大事だと思います。兵装は、行動が落ちない高威力の知覚武器があれば良いですね」
 先ず、伊織がクラークの要望書をミユに渡し、自分の意見も述べた。
「S−01はS−01Hがあるし、R−01もイビルアイズがあるけど‥‥拡張性の高いバイパーを素体に低価格機を造るのもいいかもしれませんね。高威力の知覚兵器は弊社の開発室で開発中ですが、遠距離発射が可能なフレア弾は難しいですね」
 また、PM−J9クルーエル(仮)は、PM−J8アンジェリカより積載量は多くするつもりでいる。
「X−201だが、物理特化の格闘戦型になる事を期待している。または、対新鋭機戦において『確実に一撃を叩き込める機体』を目指してもらいたい」
「X−201はシュテルン以上のスペックの汎用機として開発中です」
「浮遊自立式思考誘導砲台はどうかしら? 後、ファイターからビーストマンまでの6クラスに優遇機種が欲しいわ」
「浮遊型は造れますが、自立思考型はそこまでAIの開発が進んでいないので無理です。優遇機種は私達ではなく、ULTが決めるものですから‥‥」
「現在のナイトフォーゲル開発事情に関してですが、ドロームを始め、英国王立兵器工廠、奉天、MSIといくつかの企業を回りました私の私感ですが、どこも大体、新しい他社の機体が登場するたびに大騒ぎしているのは、変わりありません。どこも同じようなところで悩んでいるものです」
 トヲイと悠季の質問に応えるミユに、気休めになればとエメラルドが私感を述べた。尚、伯爵との仲は一進一退らしい。
「ミユ姉様のデザインされるパイロットスーツ‥‥リリア姉様の衣装にとても似ていらっしゃるのですね‥‥」
「ナイトフォーゲルだけではなく、バイクにもそのまま乗れるようにしようと思ったら、こうなっていたのよね」
「それなんだけど、パイロット用の対Gスーツの性能上げて、一般人がナイトフォーゲルのGに耐えられるようなヤツってプランある?」
「ナイトフォーゲルの操縦はエミタに依存している部分が多いですので、仮にGに耐えられても、一般人にはブーストといった機能が使いこなせません」
 ハンナとの遣り取りを聞いた縁が質問するが、一般人からすればナイトフォーゲルは「性能の良い戦闘機」でしかなかった。


 その夜。1つの決意を固めた和奏は、ミユの寝室にリリアを呼んだ。
「単純にミユお姉様と一緒にいたかっただけに見えるけれど、それならどうしてリリアと戦う必要があるのかな‥‥」
「ミユ姉さんにバグアの素晴らしさを知ってもらう為です」
「リリアを取り戻す為よ。バグアを倒さない限り、リリアは帰ってこられないもの」
 ミユとリリアはお互いを手に入れる、或いは取り戻す為に、姉妹が戦っていた。
「‥‥後ね、不安だったんだ‥‥僕も妹だけど、2人の邪魔になってしまっていないか‥‥リリアにとって始末しておくべき存在にも、なっているかも‥‥? それでも‥‥ミユお姉様が望む限り、僕は今も、これからも‥‥命懸けでミユお姉様の妹でいる‥‥ずっと支えていく!」
「和奏‥‥」
「そうしてあげて下さい。私はミユ姉さんの横にいる事は出来ないけど‥‥あなたならそれが出来るから」
 和奏の決意を意外にもリリアが認め、しかもミユを託していた。
 話し終えて安心した和奏は、3人で一緒のベッドに入った。ミユとリリアに挟まれた彼女は、4つの水蜜桃に前後から挟まれ、こそばゆそうだ。
「‥‥あ、2人のネックレス気になる‥‥」
「これは私達がメトロニューム合金複合C・Cの初給料で、お互いへプレゼントし合ったものよ」
「リリアが未だに身に付けていてくれているのは嬉しかったけどね」
「僕もミユ姉さんとお揃いの何かが欲しいなぁ」
 姉妹の絆にちょっぴり嫉妬してしまう和奏だった。


「それでは‥‥縁があれば、またどこかで」
「‥‥奇妙な2泊3日の休戦だった。恐らく、次に会う時は戦場だろう。いつの日か、必ず決着は付けに行く‥‥」
「そうならないで、また、こうやって会えれば良いんですけどね」
「どうか‥‥どうかお元気でいて下さい。頑張れとは言えませんが‥‥リリア姉様の無事を願っています‥‥」
(「僕、これからの戦いで必ずリリアを‥‥救ってみせる‥‥!」)
 伊織が持ってきた使い捨てカメラで、ミユとリリアを含めて全員で記念撮影をした後、彼女やトヲイ、クラークやハンナが口々に別れの言葉を述べてゆく。和奏は1人、心の中で誓っていた。
 その時、悠季は台所に篭り、リリアが使用していた食器に癇癪を叩きつけようとし、エメラルドがそれを無言で止めていた。