●リプレイ本文
●敵を知り、己を知れば
ヲタウェイまで歩いて数分のホテルが拠点として用意され、部屋には発信器2個と受信機のノートパソコン、そしてデスクトップパソコンが2台置かれてあった。
「‥‥ご自分の趣味趣向を持つのも、気の合う方同士で集まってそれを語り合うのも、決して否定はしませんけれど‥‥事件まで発展するのは、ちょっと理解、難しい‥‥かな‥‥」
「同感ね。いやそりゃ、私も人の趣味に口出しはしないけど‥‥私だって『まぁ需要はあるさ』と言われ続けてきた人生だった訳だし。可愛い子を愛でたい気持ちも分からないではないけど、犯罪に走るのは戴けないわね」
グラップラーの朧 幸乃(
ga3078)は普段着の袖の中や靴や腰にパリィングダガーとアーミーナイフ、照明銃を仕込み、スナイパーの皇 千糸(
ga0843)は小銃「S−01」をバッグに入れている。
「自らの欲望の為にか弱き女性達を攫い、あまつさえ見せ物にするとは言語道断! 必ずや白日の下にその悪事を晒してみせてやりますわ!!」
「まったくにゃ、誰が何を信望しようと自由だけど、人攫いは良くないにゃね。そういう人にはお仕置きにゃ♪」
ビーストマンの西村・千佳(
ga4714)と、エクセレンターのジュリエット・リーゲン(
ga8384)は、方や髪型をポニーテールにしてセーラー服を着たり、方や太腿に小銃S−01のホルスターとジャックを括り付けてドレスのスカートの中に隠したりと、こちらは殺(や)る気満々だ。
緑一点のダークファイター神鳥 歩夢(
ga8600)が、部屋の入り口付近でジュリエット達より距離を置き、控えめに2人を宥める。唯一の男の娘だが、このメンバーに負けず劣らず可愛かったりする。
「忍法で少々お化粧してみました。これで二十歳の大人の女性に見える事は間違いありません!」
(「女性に囮をさせるなんてとんでもない! と女装好きではないですが似合ってしまうボクなら囮の代わりが務まると意気込んで来たのですが‥‥皆さんの囮の決心は固い様子。ならば唯一の男として‥‥!」)
備え付けの姿見に向かって四苦八苦していた忍者の末裔でドラグーンの直江 夢理(
gb3361)が振り返る。ブレザーへ着替え、ナチュラルメイクを施した彼女は、やや大人びた15、6歳くらいに見えなくはない。
歩夢は夢理達の姿を見て、彼女達の身が危険に晒される前に、自分がひんぬー同志と接触し、情報を得ようと決意を固めた。
『ひんぬーこそがトレンディ! きょぬーは最早時代遅れ! 君もぺたんこ教でひんぬーを骨の髄まで堪能しよう!!』
「愚かな‥‥ひんぬーこそが至上? それじゃ、ひんぬーときょぬーが入れ替わるだけで何も変わらないというのに‥‥」
その時、男性の軽快なアナウンスが部屋に響いた。それを聞いたスナイパーのファルル・キーリア(
ga4815)が吐き捨てるように言う。今の彼女の顔は『微乳教』教祖のそれだった。
ファルル達は先ず『ぺたんこ教』の活動を把握しようと、ドラグーンの二条 更紗(
gb1862)が公式ホームページにアクセスした。
「って、これ私じゃん! 写真なんて撮られたっけ?」
「この間の第二次制服聖戦の時じゃないかにゃ?」
「‥‥ここに載っているという事は、千糸さんも狙われる可能性がある、という事になりますよね‥‥」
掲示板とデータベース、アップローダーを一通り見て回ると、千糸の写真が掲載されていた。千佳が補足する。幸乃が言うように、千糸も注意した方がよさそうだ。
「ましてや攫うとなれば完全に女性の敵。私達と相容れないわ。徹底的に調教して差し上げましょ? ‥‥邪教狩りよ!!」
「本格的なサイトは難しいですが、このぺたんこ教と同程度の構造のホームページでしたら今日中にも立ち上げ、カウンターをあてます」
「では、更紗さんはネットを中心に、情報収集をお願いします。それと、1つお願いがあるのですが」
ファルルは高らかに宣言した。更紗も微乳教の信者の1人だ。
微乳教のホームページを作り始めた彼女に、歩夢はネット上での諜報を頼んだ。
●微乳特選隊!
「そういえば最近、ヲタウェイで行方不明の人が出てるって噂を聞いたにゃー。僕も気をつけないと危ないかにゃ?」
千佳は同人ショップを中心に足を運び、店では店員に何とはなしに行方不明事件の事を世間話として切り出した。しかし、ひんぬーの女性ばかり行方不明になっている事は意外と知られていなかった。
千糸と夢理は、千佳さんから覚醒すればすぐに駆け付けられるくらいの距離を保ちながら、隠れて護衛に付いている。
夢理は胸に挟んで隠そうとし、挟めるだけのボリュームがない事に軽くショックを受け、普通に胸元に忍ばせた小太刀(と夢理は思っているアーミーナイフ)の感触を、ブレザーの上から確かめる。
「その‥‥不謹慎かもしれませんが、襲われれば私も大人として見られているという事ですし‥‥もちろん、忍びの技で犯人を突き止め、撃退しますわ」
「ふふ、可愛いじゃない。依頼に参加する目的は人それぞれだし、夢理さんは女性達を探したいと思っているんだから、それでいいと思うわ」
可愛い動機に、思わず夢理を抱き締めてしまう千糸。
「写真ですか? 構いませんけど、綺麗に撮って下さるのが条件ですわよ?」
一方、メインストリートから一歩入った歩行者天国を歩くジュリエットは、両手で数えるくらい写真撮影を頼まれていた。
「‥‥普段着でいれば、男性に見られる事も少なくないですけど‥‥」
幸乃は彼女の様子から常に周囲を警戒している。ありとあらゆる萌えが集まるヲタウェイでは、男装の麗人萌えのヲタクの目に止まる可能性もなくはない。
「‥‥私にここまでさせたんだから、潰すわよ。徹底的に物理的に完膚無きまでに、ね」
幸乃と一緒に、ジュリエットと付かず離れずの位置で、看板などを使って目立たないよう見守るメイド服姿のファルル。その胸は偽乳‥‥もとい、PADで水増しして変装していた。
『胸の大小で優劣を決め、そのような形で女性を見判断する愚かな思想を持った輩に乙女の鉄槌を与え、大も小も分け隔てなく女性を凝り固まった目で見ないように公正させる事を目的にしています』
更紗が立ち上げた微乳教のホームページは、その謳い文句から始まる。構造はぺたんこ教と同じく、掲示板とアップローダー、そしてデータベースだ。そしてぺたんこ教のホームページへのリンクも張った。
『胸にコンプレックスを抱く女性に対してのカウンセリングも行います。』
唯一違うのは、更紗自身がブログを展開している事だ。またファルル達から胸に関するエピソードをブログへ公開し、似たような悩みを持つ女性達からカウンセリングを受け付けた。
しかも、もう1台のパソコンとネット回線を使って、ぺたんこ教の掲示板に微乳教の事を書くのも忘れない。
それらが呼び水となり、アクセス数は順調に伸びていった。
「どうせなら囮で動いて、鉄槌を与えたかったなぁ‥‥と、これは神鳥様にお知らせしなくては」
――夜の帳が降りる頃。
「ひんぬーの素晴らしさは個人的には、女の人に免疫が無く、特に胸の大きい人相手には普通に接する事すら難しいボクでも大丈夫なところですね」
歩夢はヲタウェイにあるファミレスにいた。周りにいるヲタク達に熱弁を振るっている。
「もちろんそれだけではなく、ひんぬーの女性は得てして自分がぺたんこである事を恥らっています。その様子やちょっとした仕草はとても魅力的なのですが、自分ではそれを気付いていない。それが実に惜しいんです! だからボクは思うのです。ぺたんこのままでいいんだ! と。ずっと恥らいを忘れない、素敵なぺたんこの女性でいて下さい、と」
歩夢が一気に捲し立てると、彼の熱い語りを無言のまま聞いていたヲタク達から拍手が湧き起こる。
歩夢は更紗が手に入れたぺたんこ教の信者が集まる場所へ、赤いセーラー服姿で、ひんぬー娘好きが高じて自ら“ひんぬー男の娘に女装した少年”を装い、乗り込んでいた。
憧れのぺたんこの女の子を思い出しながら語るひんぬー娘萌えの姿は、同志として受け入れられた。
心の中で血涙を流しながら、歩夢は笑顔でぺたんこ教の信者と接した。その甲斐あって、「おたくも教祖様の偶像(アイドル)、見に行くかい?」とお声が掛かった。
「‥‥ぐーぐー‥‥はっ! 起こして下さってありがとうございます!」
ヲタウェイのメインストリートから少し離れると、整備された公園がある。千佳から囮を代わった夢理は、できるだけ襲われやすく無防備でいようと、公園のベンチで寝た振りをしていたのだが、どうやら本当に眠ってしまったようだ。
千糸と千佳が起こそうとすると、遠巻きにしばらく様子を窺っていたヲタクが「風邪引きますよ」と肩を揺すって起こしてくれた。
一旦は夢理から離れたが、まだ遠巻きに様子を窺っている。
「にゃ、あの人、夢理ちゃんがいくらキュートだからって、全身を舐め回すように見過ぎだにゃ!」
「値踏みしているようにも見えるわね。千佳さんは目を離さないでいて、私は幸乃さん達に連絡を入れるから」
千糸が幸乃とファルルへ連絡を取っていると、事態は動いた。
彼女が公園を出て人通りの少ない路地へ入ると、先程のヲタクが走って後ろからやってくる。そしていきなり夢理の手首を掴んだではないか!
大人として見られている証が立てられた事に内心嬉しがりつつ、抵抗する夢理。
「ど、どうして、まだ『動けるんだ』!?」
(「動ける? 私は何もされていないはずですよ?」)
夢理が抵抗するのは予想外だったのか、驚いたヲタクは彼女の手を放して逃げ出す。そこへ連絡を受けて駆け付けたジュリエット達が行く手を塞ぎ、後ろには千佳と千糸が仁王立ちし、まさに門前の虎、後門の狼状態だった。
1つ向こうの通りで、幸乃がフルートを吹いてストリートミュージシャンを演じ、通行人の気を引く間に、このヲタクから事情聴取を行った。彼はバグアや親バグア派ではなく普通の人間なので、素手で対応するが、骨折くらいは免れないだろう。
聞けば、ヲタク達はぺたんこ教の教祖から授かったという、ひんぬー娘を動けなくするお呪(まじな)いでひんぬー娘を攫っていたという。
「動けなくするお呪い、というのは胡散臭いですけど、バグアが一枚噛んでいるとすれば考えられなくはありませんわね」
「嘆かわしい。あなた達は聖地(と書いてアキバと読む)を奪った連中の尖兵となったのね」
「うふふ、女性を見世物にするその根性、お天道様が許しても、女性の胸の大小に関する格差を是正する会、“微乳教”が許さないわ」
ジュリエットと千糸、ファルルはヲタクから攫った女性の隠し場所を聞き出し、彼は大阪府警ではなく、近畿UPC軍へ突き出した。
その場所は、歩夢と更紗が向かっているぺたんこ教の偶像がある場所と一致していた。
●ぺたんこ教の野望
「‥‥こ、こんな事って‥‥」
幸乃達より一足早く、ぺたんこ教の偶像がある場所、美大の研究室へ案内された歩夢は、その異常な光景にエメラルドの瞳を見開いた。
そこには美術品よろしく、ひんぬー娘を象った石像が台座に乗せられて整然と並べられており、ぺたんこ教の信者達が愛でながら、ひんぬー娘トークに花を咲かせている。
この石像は教祖から授かったというお呪いで石に変えられたひんぬー娘達だった。
ぺたんこ教の信者は男性だったが、その中に紅一点、黒髪をツーテールにし、ブレザーを着ている女の子がいた。近くのテーブルに腰掛け、信者達のトークを愉しそうに聞いている。
「私は微乳教教祖、ファルル・キーリア! お仕置きされたいなら前に出なさい!」
「微乳教の名の元に、全ての胸を平等に愛でるのです。そうすれば新しい世界が開けます」
「胸なんか飾りにゃ! 胸の大小で人の価値を決める‥‥そんなのは許さないのにゃ! 魔法少女マジカル♪レッドがお仕置きなのにゃ♪」
「ふふふ、口には出せないような様々な忍法でお仕置きして、私を攫わなかった事を後悔させ、夢理は大人だという事を思い知らせてあげます‥‥ふふふふふ」
歩夢からの合図を受け、ファルルとリンドヴルムを装着した更紗が先陣を切り、千佳と夢理、幸乃と千糸、そしてジュリエットが雪崩れ込む。
とはいえ、ヲタク達はあくまで一般人。リンドヴルムを纏った夢理やジュリエットが小銃S−01を見せて威嚇射撃をすれば、たちまち腰を抜かして床にへたり込む。幸乃はぺたんこ教と少なからず因縁があるファルルと更紗が熱くなりすぎないよう、信者達を拘束しつつ、2人の動向にも目を配った。
教祖らしきヲタクが夢理の時と同じく、ジュリエットの手首を掴むが、彼女が抉るようなボディブローをプレゼントすると、あっさり撃沈した。
「『ジェダイト』は特定酵素だけではなく、能力者にも効かないようですね。エミタが感染を阻害しているのかも知れません」
黒髪のツーテールの少女は目の前の惨事に怯んだ様子はない。教祖が倒れても手を差し伸べず、嘲笑を浮かべながら歩夢達の様子を観察していた。
「‥‥翡翠(ジェダイト)? ‥‥状況からして、あなたがここにいる人達に‥‥女性達を石化させる力を与えたバグアですか‥‥? ‥‥すぐに女性達を元に戻して下さい‥‥」
「それは無理な注文ですね。今は『ワクチン』は持ってきていませんから。それに、動いて痛い思いをするのはあなた達の方ですよ?」
「!? いつの間に‥‥」
照明銃からアーミーナイフへ持ち替えた幸乃を始め、少女を半包囲したが、歩夢はいつの間にか少女の周りに糸が張り巡らされているのに気付いた。それはひんぬー娘の石像の何体かにも絡まっている。
「これはヘルメットワームの装甲にも使われている金属で造った斬糸なので、あなた達の武器でもそう簡単には切れないでしょう。それに、迂闊に触ると怪我をするどころか、あの娘達も壊してしまいますよ?」
「くっ」
「私の名前はローズマリー、もう会わないと思いますけど」
ローズマリーは歯噛みするファルルを後目に、嘲笑を崩さないまま窓から外へと躍り出たのだった。
幸乃達の通報で近畿UPC軍が駆け付け、ひんぬー娘達の石像を保護した。
また、ファルルと更紗はぺたんこ教の信者を調教し、ほぼそのまま微乳教へ鞍替えさせた。
「攫われた女性達の石化は、ウィルスよる感染症である事が判明しました。接触感染によって引き起こされるようで、発症するのは女性だけだそうです。ただ、治療するにはワクチンを精製する必要がありますが‥‥今のところ精製するまでには至っていません」
後日、リネーア・ベリィルンド(gz0006)より、ひんぬー娘達の分析結果を聞いた。
ワクチンを精製する、或いはローズマリーと名乗ったバグアから手に入れるしか、ひんぬー娘達を元に戻す術はないという。